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安東久次郞 (第4版 [大正4(1915)年1月] の情報)

位階・勲等・功級正五位、勳四等
爵位・身分・家柄岡山縣平民
職業防疫官兼内務技師
性別男性
生年月日安政六年十二月二十三日 (1860)
親名・続柄
家族妻 津る 文久三、一〇生、養父惣兵衞長女
男 一久 明二六、四生(目下高等商業學校在學中)
記述部分(略伝)君は舊備中國新見藩士難波敦の弟にして安政六年十二月二十三日を以て生れ明治八年九月安東惣兵衞の養子となり翌年八月分家して一家を創立す夙に經史を學び醫學に志ざし學成りて大阪に業を開く明治十八年朝鮮事件の大疑獄起るや君亦之れに連坐して囹圄の身と爲る後數年恰かも憲法發布に際し大赦に浴し出でゝ藥石新報を發刋し衞生事業に貢献する所尠からす大坂上下水道の敷設及同築港の際は擧けられて委員となる同二十八年清韓の地に政治及商業を視察し二十九年大阪衛生試驗會社々長に推さる同三十一年隈板聯合内閣の成立するや當時檢疫局事務官に任せられ尋て臨時檢疫局技師となり四十年十月上海及南清地方に差遣を命ぜらる同四十五年七月防疫官兼内務技師に任し衛生局勤務を命ぜられ今日に及へり
住所・電話番号東京、麴町、富士見町二ノ六
参照人物(親類)
参照次数
読みあんどう きゅうじろう
別名
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