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多田保房 (初版 [明治36(1903)年4月] の情報)

位階・勲等・功級從五位、勳三等
爵位・身分・家柄石川縣士族
職業陸軍砲兵大佐陸軍野戰砲兵第二聯隊長
性別男性
生年月日嘉永五年三月二十一日 (1852)
親名・続柄 多田與十郞の長男
家族母 けん 天保三年十二月生石川縣士族故後藤次右衞門二女
妻 つや 元治元年九月生石川縣士族廣根尚廣三女
男 寅三郞 明治二十二年二月生
記述部分(略伝)君は石川縣士族故多田與十郞の長男なり嘉永五年三月二十一日を以て生る慶應元年家督相續明治八年陸軍士官學校入學同十年陸軍少尉に任じ同三十年現職に擧げられ同三十二年陸軍砲兵大佐に歷進す其間近衞砲兵聯隊副官等の榮職にあり同二十八年日清の役第二軍兵站部司令官として出征す同二十九年勳三等に同三十二年從五位に叙せらる
家には尚ほ男四郞(明治三十一年十二月生)同五郞(同三十四年十二月生)女富美(同二十二年九月生)同靜(同二十六年八月生)あり
女志那(同十五年二月生)は東京府士族三好久太郞に嫁せり
住所・電話番号原籍石川縣金澤市上百々女木町七
参照人物(親類)
参照次数
読みただ やすふさ
別名