大正八年(オ)第六百七十四號
大正九年四月五日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 訴提起後假處分命令ノ執行ニ依リ係爭物ヲ占有セルニセヨ這ハ假ノ處分ニ過キサルカ故ニ實質上占有權ヲ有スルモノト謂フヲ得サルモノトス
上告人 富士製紙株式會社
訴訟代理人
前田米藏 中根四郎 大谷彰一 小久保時之助
被上告人 横山庄右衛門
右當事者間ノ木材引渡請求主參加事件ニ付札幌地方裁判所カ大正八年六月十九日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
主文
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告費用ハ上告人ノ負擔トス
理由
上告論旨第一點ハ本件係爭ノ物件即チ白糠川ニ流送繋留中ニ屬スル蝦夷松椴松其他丸太約一萬四千石ハ上告人ト訴外鶴谷吉太郎トノ賣買契約ニ基クモノニシテ而シテ右賣買契約ハ上茶路岩手團體移民豫定地内ヨリ伐採シタル蝦夷松椴松丸太ニ付キ種類債務トシテ契約シタルモノニシテ特定物ヲ目的トシタルモノニ非スト判示シ即チ上告人ト訴外鶴谷吉太郎トノ賣買契約ハ種類債務ナリト斷セリ而シテ原審判決ハ他ノ一面ニ於テ其ノ理由中ニ「被控訴兩名代理人ハ控訴人ノ一定ノ申立ハ約一萬四千石ノ引渡ヲ求ムルト云フニアリテ其數量ヲ確定セサルニヨリ不明ナリト抗爭スルモ之ニ付キ按スルニ被控訴人鶴谷吉太郎ハ原審ニ於テ同人カ釧路國上茶路原野岩手團體移民豫定地内ヨリ伐採シ目下白糠川ニ流送繋留中ノ丸太材ハ一萬二千石程ナルモ雇人ヨリ其數量ハ約一萬四千石ナリトノ報告ヲ受居タル旨及其ノ木材全部カ被控訴人横山庄右衛門ヨリ札幌區裁判所大正七年(ハ)第二六一號民事事件ニ於テ引渡請求ヲ受ケ居ルモノナルコトヲ供述セルヲ以テ控訴人カ本件主參加訴訟ニ於テ右ノ如キ申立ヲナシタルハ被控訴人兩名間ノ前掲訴訟ノ目的物全部ヲ指稱シ被控訴人横山庄右衛門ノ使用セル約一萬四千石ナル文字ヲ襲用シタルコト明カニシテ換言スレハ鶴谷吉太郎カ白糠川流送繋留中ノ丸太材全部ト云フニ異ナラス」ト判示シ上告人ノ本件引渡ヲ求ムル目的物ハ鶴谷吉太郎カ白糠川ニ流送繋留中ノ丸太材全部ニシテ特定物ナル旨ヲ認容セリ蓋シ種類債權ニアリテハ債權者カ債務者ニ對シ履行ノ請求ヲ爲サンカ爲メニ先ツ其ノ目的物カ特定スルコトヲ前提トセサル可カラス然ルニ原審判決ハ此ノ重要ナル事項即チ上告人ト外鶴谷吉太郎トノ種類債務カ何時如何ナル形式ニ於テ特定セルヤノ事實ヲ判斷セス漫然特定物ノ引渡ヲ求ムルモノナリトセルハ理由不備ノ失當アルモノト云ハサル可カラスト云ヒ
同第二點ハ原審ニ於テハ本件係爭丸太材ハ其流送前上告人及訴外鶴谷吉太郎雙方ノ代理人之ヲ集積シ之ヲ山元工場ニ立會シ豫定ノ内金ヲ支拂ヒ假檢收ヲ爲シタル事實ヲ認メ進ンテ假檢收ヲ經テ流送繋留中ノ本件丸太材ヲ特定物ナリト原審カ認定シタルハ第一點所論ノ如シ然ラハ上告人カ引渡ヲ求ムル丸太材ハ此ノ假檢收ニヨリテ特定シタルモノト云ハサル可カラス果シテ然ラハ特定物ノ賣買ハ賣買契約ノ成立ト同時ニ其所有權ハ法律上當然買主ニ移轉スルト同樣種類債務ニアリテモ其ノ給付ノ特定ト同時ニ其所有權ハ法律上當然買主ニ移轉スルモノト云ハサル可カラス然ラハ本件係爭ノ丸太材ノ所有權ハ假檢收ト同時ニ法律上當然上告人ニ移轉セルモノニシテ上告人ノ被上告人ニ對スル確認ノ訴ハ法律上認容サル可キモノナルニ原審判決カ「假檢收ハ買受人ニ於テ將來自己ノ所有ニ歸ス可キ見込アルコトノ一ノ希望ヲ確實ナラシムルニ過スキ」ト判示シ上告人ノ請求ヲ排斥シタルハ擬律ノ錯誤アルモノト言ハサル可カラスト云ヒ」同第四點ハ上告人ハ大正八年五月八日原審口頭辯論調書ニ記載セラレアルカ如ク「裁判長ノ問ニ對シ控訴代理人ハ左ノ如ク答フ本訴ノ目的物ハ前述ノ川ニ流送中ノ木材ニシテ前述ノ極印ヲ打込アルモノ全部ナルカ故ニ特定物ノ引渡ヲ訴求スルモノナリ」ト明カニ特定物ノ引渡ヲ求メ原判決事實摘示ニアル假檢收ニヨリ所有權又ハ占有權ヲ獲得シタリト主張シタルハ此假檢收ニヨリ目的物ハ特定セラレタルモノナル事ヲ意味スルモノナル事明カニシテ又原判決理由全部ニ徴スルモ本訴目的物ハ特定セラレテ且ツ特定物ノ引渡ヲ求メタルモノナルコトヲ認容セラレタルニ原判決ハ假檢收ニヨリテハ未タ所有權又ハ占有權ハ買主タル上告人ニ移轉セスト論斷シタリ然レトモ種類債務ノ目的物カ特定シタルトキニ於テハ特定物ノ賣買ニ於テ特ニ意思表示ナキニ於テハ所有權ノ移轉スルト同シク此ノ時ニ於テモ亦所有權ハ買主ニ移轉セサルヘカラス而シテ本訴種類債務ノ目的物カ特定シタルトキ即チ假檢收ノ時ニハ何等特別ノ意思表示ナキモノナルカ故ニ又所有權ハ移轉セサルヘカラス故ニ原判決ノ如キ論斷ヲ爲スニ於テハ其如何ナル理由ニ於テ所有權ノ移轉セサルカヲ説明セサルヘカラサルニ單ニ假檢收ヲ了スルモ「被控訴人鶴谷吉太郎ノ其木材ヲ目的地ニ流送シテ控訴人ニ引渡ヲ爲スノ義務ヲ有スルコト明ナルヲ以テ假檢收ニ依リ其占有權ヲ控訴人カ獲得シタルモノト爲スヲ得サルヤ亦敢テ論ナキ所ナリトス故ニ控訴人ハ甲第一、二號證ノ約旨ニ從ヒ被控訴人鶴谷吉太郎カ前述ノ如ク白糠驛構内ニ運搬椪積ノ上本檢收ヲ爲シ引渡ヲ終了シタル後ニ非サレハ本訴物件ノ所有權又ハ占有權ヲ獲得シタリト謂フ可ラス云云」ト説明シタルハ理由不備ノ違法ノ判決ナリト云フニ在リ
然レトモ原審ノ確定セル所ニ依レハ上告人ト鶴谷吉太郎間ノ賣買契約ハ吉太郎カ上茶路原野岩手團體移民豫定地ヨリ伐採シタル蝦夷松椴松丸太ヲ白糠驛構内ニ運搬椪積ノ上箇箇ノ丸太ヲ檢査シ豫定ノ品質ヲ具備セサルモノヲ不合格トシ之ヲ除外シテ引渡ヲ爲スヘキ約旨ナリ然レハ本訴丸太材ハ假檢收ニ依リ白糠驛構内ニ運搬椪積セラレテ檢査ヲ經ヘキモノト確定シタルニセヨ其檢査ニ於テ豫定ノ品質ヲ具備スト査定セラレサル限リ賣買ノ目的物タルコト確定セサル筋合ナルヲ以テ未タ賣買ノ目的物カ特定セラレタルモノト謂フ可カラス故ニ原審モ賣買ノ目的物カ特定セラレタリト爲シタルニ非スシテ唯被上告人ニ於テ上告人ノ一定ノ申立ハ約一萬四千石ノ引渡ヲ求ムト云フニ在リテ其數量確定セサルヲ以テ不明ナル旨抗辯シタルニ付所謂約一萬四千石ハ被上告人カ札幌區裁判所大正七年(ハ)第二六一號事件ニ於テ使用セシ文字ヲ襲用セルモノニシテ鶴谷吉太郎カ白糠川ニ流送繋留セル丸太材全部ヲ指スニ外ナラサルヲ以テ本訴請求丸太材ノ數量ハ確定的ニ之ヲ知ルヲ得ヘク申立ハ不明ニ非サル旨判示シ即チ本訴目的物ノ數量カ確定セル旨判定シタルニ過キサルコト判文上之ヲ知ルニ餘アレハ賣買ノ目的物カ特定セラレタル旨判示セルモノトシテ原判決ヲ非難スル本論旨ハ孰レモ原審ノ判旨ニ副ハス
上告論旨第三點ハ上告人ハ原審判決事實摘示ニ記載セラレタル如ク控訴人ニ於テ賣買契約ニ基キ假檢收ヲ爲シタル結果本訴木材ノ所有權ヲ取得シタリ假リニ所有權ヲ取得セサルモ之レカ占有權ヲ獲得シタルヲ以テ控訴人横山庄右衛門ニ對シテ物權的效力ニヨリ控訴人ノ有スル權利ノ確認ヲ求メ云云ト主張シタルノ外大正八年六月五日ノ原審口頭辯論調書ニヨリテ本訴目的物ニ對スル占有權ヲ獲得シタルカ故ニ少クトモ相手方横山ニ對シテハ右權利ヲ主張シ得ル事ヲ立證シ」ト主張シ假處分命令ニヨリ獲得シタル占有權ヲ併セ主張セルモノナルニ此點ニ關シテハ原判決ハ事實摘示ノ部ニモ之ヲ遺脱シタルノミナラス其理由ニ於テモ假檢收ノ結果ニヨル所有權又ハ占有權ニ關シテハ其説明ヲ爲セトモ亦何等説明ヲ爲ササルハ理由不備ノ違法アル判決ナリト云フニ在リ
然レトモ縱令本訴提起後上告人カ假處分命令ノ執行ニ依リ係爭物ヲ占有セルニセヨ這ハ畢竟假ノ處分ニ過キサルカ故ニ實質上占有權ヲ有スルニ非サル限リ之ヲ以テ被上告人ニ對抗スルコトヲ得ヘキニ非ス而シテ上告人カ占有權ヲ有セサルコトハ原審ノ確定セル所ナレハ論旨ニ謂ヘル上告人ノ主張ハ到底採用セラルヘキモノニ非ス左レハ原審カ該主張ニ對シ判斷説明ヲ爲ササリシハ不法ナルニセヨ他ノ理由ニ依リ判決ヲ維持スルニ足ルヲ以テ本論旨ハ結局理由ナキニ歸ス
上告論旨第五點ハ原判決ハ其理由ニ於テ「且甲第一、二號證ニ徴スレハ縱令假檢收ヲ了スルモ被控訴人鶴谷吉太郎ハ其木材ヲ目的地ニ流送シテ控訴人ニ引渡ス爲スノ義務ヲ有スルコト明カナルヲ以テ假檢收ニ依リ其占有權ヲ控訴人カ獲得シタルモノト爲スヲ得サルヤ亦敢テ論ナキ所ナリトス」ト説明セラレタルモ上告人ハ假檢收ニヨリ少クモ占有權ヲ獲得シタルモノナルコトヲ主張スルモノニシテ鶴谷吉太郎カ引渡ノ義務アリトスルモ其引渡前上告人ニ於テ占有權ヲ取得スルコトハ何等抵觸スル所ナキモノナルヲ以テ甲第一、二號ノミニヨツテ引渡義務アルカ故ニ上告人カ占有權ヲ取得セサルト説明セルハ理由不備ノ違法アルモノトスト云フニ在リ
然レトモ原審ハ假檢收ハ賣渡人カ之ニ依リ代金ノ一部ヲ受領スル權利ヲ有スルニ至ルモ買受人ノ爲メニハ唯其物カ將來自己ノ所有ニ歸スヘキ見込アルコトノ一希望ヲ確實ナラシムルモノ換言スレハ白糠驛構内ニ運搬椪積セラレ檢査ヲ經ヘキコトヲ確定スルモノニ過キサルコト及ヒ假檢收ヲ了スルモ賣渡人ナル鶴谷吉太郎ハ丸太材ヲ白糠驛構内ニ運搬ノ上引渡ヲ爲ササル可カラサル約旨ナルコトトニ依リ假檢收ハ買受人ナル上告人ヲシテ占有權ヲ獲得セシムルモノト爲スヲ得サル旨判定シタルニ外ナラサレハ本論旨ハ畢竟事實認定ニ對スル非難ニ過キス
上來説明ノ如ク本上告ハ理由ナキニ因リ民事訴訟法第四百五十二條同第七十七條ニ從ヒ主文ノ如ク判決ス
大正八年(オ)第六百七十四号
大正九年四月五日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 訴提起後仮処分命令の執行に依り係争物を占有せるにせよ這は仮の処分に過ぎざるが故に実質上占有権を有するものと謂ふを得ざるものとす。
上告人 富士製紙株式会社
訴訟代理人
前田米蔵 中根四郎 大谷彰一 小久保時之助
被上告人 横山庄右衛門
右当事者間の木材引渡請求主参加事件に付、札幌地方裁判所が大正八年六月十九日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
主文
本件上告は之を棄却す
上告費用は上告人の負担とす。
理由
上告論旨第一点は本件係争の物件即ち白糠川に流送繋留中に属する蝦夷松椴松其他丸太約一万四千石は上告人と訴外鶴谷吉太郎との売買契約に基くものにして、而して右売買契約は上茶路岩手団体移民予定地内より伐採したる蝦夷松椴松丸太に付き種類債務として契約したるものにして特定物を目的としたるものに非ずと判示し。
即ち上告人と訴外鶴谷吉太郎との売買契約は種類債務なりと断せり。
而して原審判決は他の一面に於て其の理由中に「被控訴両名代理人は控訴人の一定の申立は約一万四千石の引渡を求むると云ふにありて其数量を確定せざるにより不明なりと抗争するも之に付き按ずるに被控訴人鶴谷吉太郎は原審に於て同人が釧路国上茶路原野岩手団体移民予定地内より伐採し目下白糠川に流送繋留中の丸太材は一万二千石程なるも雇人より其数量は約一万四千石なりとの報告を受居たる旨及其の木材全部が被控訴人横山庄右衛門より札幌区裁判所大正七年(ハ)第二六一号民事事件に於て引渡請求を受け居るものなることを供述せるを以て控訴人が本件主参加訴訟に於て右の如き申立をなしたるは被控訴人両名間の前掲訴訟の目的物全部を指称し被控訴人横山庄右衛門の使用せる約一万四千石なる文字を襲用したること明かにして換言すれば鶴谷吉太郎が白糠川流送繋留中の丸太材全部と云ふに異ならず」と判示し上告人の本件引渡を求むる目的物は鶴谷吉太郎が白糠川に流送繋留中の丸太材全部にして特定物なる旨を認容せり蓋し種類債権にありては債権者が債務者に対し履行の請求を為さんか為めに先づ其の目的物が特定することを前提とせざる可からず。
然るに原審判決は此の重要なる事項即ち上告人と外鶴谷吉太郎との種類債務が何時如何なる形式に於て特定せるやの事実を判断せず漫然特定物の引渡を求むるものなりとせるは理由不備の失当あるものと云はざる可からずと云ひ
同第二点は原審に於ては本件係争丸太材は其流送前上告人及訴外鶴谷吉太郎双方の代理人之を集積し之を山元工場に立会し予定の内金を支払ひ仮検収を為したる事実を認め進んで仮検収を経で流送繋留中の本件丸太材を特定物なりと原審が認定したるは第一点所論の如し然らば上告人が引渡を求むる丸太材は此の仮検収によりて特定したるものと云はざる可からず。
果して然らば特定物の売買は売買契約の成立と同時に其所有権は法律上当然買主に移転すると同様種類債務にありても其の給付の特定と同時に其所有権は法律上当然買主に移転するものと云はざる可からず。
然らば本件係争の丸太材の所有権は仮検収と同時に法律上当然上告人に移転せるものにして上告人の被上告人に対する確認の訴は法律上認容さる可きものなるに原審判決が「仮検収は買受人に於て将来自己の所有に帰す可き見込あることの一の希望を確実ならしむるに過すき」と判示し上告人の請求を排斥したるは擬律の錯誤あるものと言はざる可からずと云ひ」同第四点は上告人は大正八年五月八日原審口頭弁論調書に記載せられあるが如く「裁判長の問に対し控訴代理人は左の如く答ふ本訴の目的物は前述の川に流送中の木材にして前述の極印を打込あるもの全部なるが故に特定物の引渡を訴求するものなり。」と明かに特定物の引渡を求め原判決事実摘示にある仮検収により所有権又は占有権を獲得したりと主張したるは此仮検収により目的物は特定せられたるものなる事を意味するものなる事明かにして又原判決理由全部に徴するも本訴目的物は特定せられて且つ特定物の引渡を求めたるものなることを認容せられたるに原判決は仮検収によりては未だ所有権又は占有権は買主たる上告人に移転せずと論断したり。
然れども種類債務の目的物が特定したるときに於ては特定物の売買に於て特に意思表示なきに於ては所有権の移転すると同じく此の時に於ても亦所有権は買主に移転せざるべからず。
而して本訴種類債務の目的物が特定したるとき。
即ち仮検収の時には何等特別の意思表示なきものなるが故に又所有権は移転せざるべからず。
故に原判決の如き論断を為すに於ては其如何なる理由に於て所有権の移転せざるかを説明せざるべからざるに単に仮検収を了するも「被控訴人鶴谷吉太郎の其木材を目的地に流送して控訴人に引渡を為すの義務を有すること明なるを以て仮検収に依り其占有権を控訴人が獲得したるものと為すを得ざるや亦敢て論なき所なりとす。
故に控訴人は甲第一、二号証の約旨に従ひ被控訴人鶴谷吉太郎が前述の如く白糠駅構内に運搬椪積の上本検収を為し引渡を終了したる後に非ざれば本訴物件の所有権又は占有権を獲得したりと謂ふ可らず云云」と説明したるは理由不備の違法の判決なりと云ふに在り
然れども原審の確定せる所に依れば上告人と鶴谷吉太郎間の売買契約は吉太郎が上茶路原野岩手団体移民予定地より伐採したる蝦夷松椴松丸太を白糠駅構内に運搬椪積の上箇箇の丸太を検査し予定の品質を具備せざるものを不合格とし之を除外して引渡を為すべき約旨なり。
然れば本訴丸太材は仮検収に依り白糠駅構内に運搬椪積せられて検査を経へきものと確定したるにせよ其検査に於て予定の品質を具備すと査定せられざる限り売買の目的物たること確定せざる筋合なるを以て未だ売買の目的物が特定せられたるものと謂ふ可からず。
故に原審も売買の目的物が特定せられたりと為したるに非ずして唯被上告人に於て上告人の一定の申立は約一万四千石の引渡を求むと云ふに在りて其数量確定せざるを以て不明なる旨抗弁したるに付、所謂約一万四千石は被上告人が札幌区裁判所大正七年(ハ)第二六一号事件に於て使用せし文字を襲用せるものにして鶴谷吉太郎が白糠川に流送繋留せる丸太材全部を指すに外ならざるを以て本訴請求丸太材の数量は確定的に之を知るを得べく申立は不明に非ざる旨判示し。
即ち本訴目的物の数量が確定せる旨判定したるに過ぎざること判文上之を知るに余あれば売買の目的物が特定せられたる旨判示せるものとして原判決を非難する本論旨は孰れも原審の判旨に副はず
上告論旨第三点は上告人は原審判決事実摘示に記載せられたる如く控訴人に於て売買契約に基き仮検収を為したる結果本訴木材の所有権を取得したり。
仮りに所有権を取得せざるも之れが占有権を獲得したるを以て控訴人横山庄右衛門に対して物権的効力により控訴人の有する権利の確認を求め云云と主張したるの外大正八年六月五日の原審口頭弁論調書によりて本訴目的物に対する占有権を獲得したるが故に少くとも相手方横山に対しては右権利を主張し得る事を立証し」と主張し仮処分命令により獲得したる占有権を併せ主張せるものなるに此点に関しては原判決は事実摘示の部にも之を遺脱したるのみならず其理由に於ても仮検収の結果による所有権又は占有権に関しては其説明を為せども亦何等説明を為さざるは理由不備の違法ある判決なりと云ふに在り
然れども縦令本訴提起後上告人が仮処分命令の執行に依り係争物を占有せるにせよ這は畢竟仮の処分に過ぎざるが故に実質上占有権を有するに非ざる限り之を以て被上告人に対抗することを得べきに非ず。
而して上告人が占有権を有せざることは原審の確定せる所なれば論旨に謂へる上告人の主張は到底採用せらるべきものに非ず左れば原審が該主張に対し判断説明を為さざりしは不法なるにせよ他の理由に依り判決を維持するに足るを以て本論旨は結局理由なきに帰す
上告論旨第五点は原判決は其理由に於て「、且、甲第一、二号証に徴すれば縦令仮検収を了するも被控訴人鶴谷吉太郎は其木材を目的地に流送して控訴人に引渡す為すの義務を有すること明かなるを以て仮検収に依り其占有権を控訴人が獲得したるものと為すを得ざるや亦敢て論なき所なりとす。」と説明せられたるも上告人は仮検収により少くも占有権を獲得したるものなることを主張するものにして鶴谷吉太郎が引渡の義務ありとするも其引渡前上告人に於て占有権を取得することは何等抵触する所なきものなるを以て甲第一、二号のみによって引渡義務あるが故に上告人が占有権を取得せざると説明せるは理由不備の違法あるものとすと云ふに在り
然れども原審は仮検収は売渡人が之に依り代金の一部を受領する権利を有するに至るも買受人の為めには唯其物が将来自己の所有に帰すべき見込あることの一希望を確実ならしむるもの換言すれば白糠駅構内に運搬椪積せられ検査を経へきことを確定するものに過ぎざること及び仮検収を了するも売渡人なる鶴谷吉太郎は丸太材を白糠駅構内に運搬の上引渡を為さざる可からざる約旨なることとに依り仮検収は買受人なる上告人をして占有権を獲得せしむるものと為すを得ざる旨判定したるに外ならざれば本論旨は畢竟事実認定に対する非難に過ぎず
上来説明の如く本上告は理由なきに因り民事訴訟法第四百五十二条同第七十七条に従ひ主文の如く判決す