詐害行爲取消竝抵當權設定登記抹消請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）25輯788頁

上告論旨第二点は仮りに前掲事実の確定にして正当なりとするも凡そ適法に手形の振出を為したるものは之に因りて法律上当然手形上の債務を負担し此債務は其原因の如何[いかん]を問はず履行せざるべからず。 唯其債務の履行が所持人又は後者の請求に応して為さるべき関係に於て存するのみ故に本件に於て被控訴人が売買代金の支払に充つる為め約束手形を振出したるにより被控訴人は手形金額支払の債務を負担し、而して[しこうして]此債務の負担は不法行為に基因するが故に被控訴人は此債務の負担に因り現実に損害を蒙りたるものにして。 従て此時に於て損害賠償請求権は発生したるものなり。 換言すれば債務の負担夫れ自体が現実の損害なり。 所持人の請求に応し手形金の支払を為すは既に発生せる損害賠償請求権の行使の条件を為すに過ぎず況んや手形債務は手形行為に基き独立して負担するものなれば手形が既に善意の第三者の所持に帰したる以上如何[いかん]なる事由を以てずるも其履行を免るる能はず之を以て債務の履行を為すべきことは債務投担の当時に於て確定せるものにして本件の如き第三者たる柳瀬万吉をして割引せしむるの前提の下に振出されたる場合に於ては殊に然りとす。 故に本件被控訴人が山崎今之助外三名の不法行為に因る損害賠償請求権の発生したるは二万円の約束手形を振出したる大正四年五月三日にして詐害行為のありたる以前なり。 仮りに手形の振出を為したるのみにては未だ現実に損害を蒙りたるものにあらずとするも少くとも不法行為者に於て該手形に因り金銭を受領し以て詐取の目的を達したる場合に於ては此反面に於て被控訴人が損害を受けたるものと為すを正当とすべし。 何となれば被控訴人の振出したる手形は宛名人の裏書譲渡に因りて被控訴人の債務の履行が愈愈確定したるものにして。 従て損害の事実も尤明かなれば他。 而して[しこうして]爾後[じご]の所持人に対する関係は全く手形上の関係にしてこの所持人との法律関係を以て被控訴人と不法行為者との間の法律関係即ち損害賠償請求権発生の時期を定むるの標準と為すは蓋し[けだし]正当にあらず。 若し原審の云ふ[いう]所に従はんか如此[かくのごとき]不法行為者が善意の第三者より手形の割引を受けて金銭を詐取し、而して[しこうして]振出人は所持人に対し手形金額の支払を為すべきこと明瞭となれるに拘はらず尚ほ損害賠償請求権発生せざることとなり極めて不当の結果を生ずるに至るべし之を以て少くとも柳瀬万吉より被控訴人振出の手形の割引を受けたる時に現実に被控訴人が損害を蒙りたるものと為すを妥当とすべし。 然らば山崎今之助が柳瀬万吉より右手形の割引を受けたるは大正四年五月三日にして、即ち本件詐害行為の以前なるを以て之に依るも被控訴人は民法第四百二十四条に所謂債権者として取消権を行使し得るは当然なり。 然るに原審に於て本件損害賠償請求権発生の時期を被控訴人が柳瀬万吉に対して手形金の支払を為したる時なりとし以て被控訴人に取消権行使の資格なしと判決したるは損害賠償請求権発生に関する法律上の解釈を誤り不当に法則を適用したるものなりと云ふ[いう]に在り

仍て[よって]按ず[あんず]るに詐害行為の廃罷詐権は債権者の債権を害することを知りて為したる債務者の法律行為の取消を裁判所に訴求することを得べき債権者の権利なるを以て債権者の債権が債務者の法律行為を為したる当時現に存在せざるべからざることは債務者に債権を詐害する意思の存することを必要とせるに依り勿論なりと雖[いえども]も債務者の法律行為を為したる当時債権者の債権の現に存在せる以上は其債権の数額範囲は必ずしも確定せることを要せず。 蓋し[けだし]詐害行為廃罷訴権を債権者に付、与したる所以は一に債権を保護して其満足なる弁済を受けしめんとするに在るを以て現に其保護せらるべき債権の存する以上は其数額範囲の未だ確定せざる場排と雖[いえども]も之を害することを知りて為したる債務者の法律行為は之を廃罷する必要存するを以てなり。 本訴に於て原審の確定する所に依れば上告人は訴外山崎今之助外三名の詐欺に依り山林の売買契約を締結し其代金の支払に充つる為め大正四年五月三日金額二万円の約束手形を振出し同年八月二十七日被裏書人柳瀬万吉の請求に依り手形金額二万円を同人に支払ひたりと謂ふに在りて上告人は債務者山崎今之助外三名が手形受領の当日手形の割引を受けて之を分配し、而して[しこうして]山崎今之助は上告人の債権を詐害する為め同年五月七日被上告人と本訴消費貸借契約及び抵当権設定契約を締結し同年六月四日及び同月十一日登記を為し被上告人両名は其情を知れるものなるを以て茲に[ここに]法律行為の取消及び登記抹消を求むと主張するものなり。 依是観之上告人は訴外山崎今之助外三名の詐欺に依り大正四年五月三日額面金二万円の約束手形を騙取[へんしゅ]せられたるものなるを以て上告人は手形振出と同時に金額二万円の手形債務を負担し、而して[しこうして]右の債務の負担は訴外山崎今之助外三名の不法行為に基因するものなれば右四名は不法行為と同時に之に依り生じたる損害を上告人に賠償すべき債務を負担するり至りたるものにして其損害の数額範囲は行為当時に於て未だ確定せずと雖[いえども]も少くとも上告人の手形債務額に相当するものなりと解し得べきを以て訴外山崎今之助が右上告人の債権を害するの意思を以て被上告人との間に本件係争の法律行為を為し被上告人に於て詐害の情を知れること上告人主張の如くなりせば上告人が右の詐害行為を廃罷せんとする本件訴権行使の正当なること勿論なりとす。 然るに原審は上告人の債権が大正四年八月二十七日訴外柳瀬万吉に対し手形金額の支払を為したるに依り現実に発生し手形の振出のみに依り未だ現実に債権発生せざりしものなりと判示し係争の法律行為前に侵害せらるべき債権未だ存在せずとの理由を以て上告人の本訴請求を排斥したるは詐害行為に関する法規の解釈を誤る失当あり原判決は此点に於て破毀を免れず上告は理由あるを以て他の論旨に対する説明を省略し民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百四十八条第一項を適用して主文の如く判決す