大正七年(オ)第百六十二號
大正七年五月四日第三妙事部判決
◎判決要旨
- 一 株式會社ノ取締役ハ他人ニ同會社ノ事務一切ヲ經營處理セシムルノ代理權ヲ授與スルコトヲ得サ俊旨ノ法則ナキモノトス
上告人 株式會社關西豐昇社
法律上代理人 生藤雅雄
訴訟代理人
尾崎利中 吉田元一 澁田俊介 石川善盛
被上告人 譽田タネ
右當事者間ノ損害賠償請求事件ニ付大阪控訴院カ大正六年十一月二十二日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ原判決ハ上告會社ノ定款ニ於テ其目的トシテ金錢貸付及貸借ノ仲介竝ニ資金運用ノ受託トアル中最後ノ「資金運用ノ受託」トハ他人ノ債權取立ノ受託ノ意義ナリトセリ然レトモ資金運用ノ受託ト云フ語ハ普通ノ意義ニ於テ資本ノ運轉利用即チ有利ナル投資運轉ノ委託ヲ引受クルコトヲ云フモノニシテ反之他人ノ債權取立ノ受託トハ之ト全然意義ヲ異ニシ他人ノ債權ノ辯濟ヲ請求シ且ツ之カ受領ノ委託ヲ引受クルコトヲ云フモノナルカ故ニ兩者ハ其行爲ノ目的ヲ異ニス又後者ノ意味ヲ前者ノ文言ニ包括シテ用ユルコトモ亦未タ會テ實例アラサルナリ原判決ノ理由説明ニ依レハ上告會社カ屡々他人ノ債權ノ取立ノ委託ヲ引受ケタリト云フ事跡ヲ以テ定款ニ所謂資金運用ノ受託ナル文言ヲ強テ普通ノ用例ニ反シテ更正解釋シタルコトヲ知リ得ヘシト雖モ會社ノ目的ノ範圍ヲ超ヘテ行動スルコトアルハ稀ナラス而カモ之カ爲メニ炳然タル會社目的ノ範圍外ノ行爲カ性質ヲ變シテ目的ノ範圍内ノ行爲タルコトヲ得サルト同時以定款ノ文言カ本來有スル意味ヲ變更シテ特殊ノ意味ヲ含有スルコト能ハス故ニ原判決ハ定款ノ内容ヲ不當ニ確定シタル違法アルモノナリト云フニ在リ
然レトモ定款ノ解釋ハ契約書ノ解釋ト同シク事實裁判所タル原裁判所ノ專權ニ屬スル所ナルヲ以テ之ニ不服ヲ唱ヘ上告ノ理由ト爲スコトヲ得ス所論ハ畢竟スルニ原裁判所カ上告會社ノ定款ニ所謂資金運用ノ受託ノ文詞ニ付キ下シタル解釋ヲ非難スルニ歸スルヲ以テ本上告論旨ハ上告ノ理由ト爲スニ足ラス
上告論旨第二點ハ會社ノ取締役カ總員ノ協議ヲ以テスルモ其複代理人ヲ選任スルニ際シ包括的ニ法人ノ事務ヲ委任スルハ適法ニ非ス之レ民法ノ法人ニ關シテ第五十五條ノ規定アルヨリ見ルモ明カニシテ此理ハ會社法人ト雖モ亦同樣ニ律スルコトヲ得ヘシ或ハ支配人ノ例ヲ援ヒテ反對ニ解釋スルヲ得ヘキニ似タリト雖モ支配人ノ權限ハ法律ニ特殊ノ理由ヨリ明文ヲ以テ定メラレタルナリ故ニ支配人ヲ選任シタルニ非サル他ノ一般ノ場合ニ於テ會社ノ取締役カ復代理人ヲ選任シテ其事務ニ關スル代理ノ權限ヲ授與スルニハ常ニ特定的委任ナラサルヘカラス然ルニ原判決ハ上告會社取締役カ協議ノ上松岡正貞ナルモノニ對シ支配人タルノ地位ヲ與フルニ非スシテ會社ノ經營一切ヲ委任シタルコトヲ認メ此授權行爲ヲ以テ有效ナルモノト斷シ而シテ同人カ被上告人ト爲シタル代理行爲ノ效果ハ本人タル上告會社ニ及フモノト判決シタルハ法人ノ事務ニ關スル特定的委任ニ非サル包括的委任ヲ以テ有效トシタル不法ノ判決ナリト云フニ在リ
然レトモ民法第五十五條ノ規定ハ株式會社ニ準用ナキコト商法第六十二條第二項及ヒ同第百七十條第二項ノ法意ニ徴シ明白ニシテ又株式會社ノ取締役ハ他人ニ同會社ノ事務一切ヲ經營處理セシムルノ代理權ヲ授與スルコトヲ得サル旨ノ法則ナシ故ニ原裁判所カ「控訴會社(上告會社)ノ取締役岸田七太郎宮崎運平等協議ノ上同年三月一日以後ハ松岡ヲシテ同社業務一切ヲ經營處理セシムルコトト定メ即チ同人ニ廣汎ナル代理權限ヲ付與セシ事實ヲ認定スルニ足ル」ト判示シ上告人敗訴ノ判決ヲ言渡シタルハ洵ニ正當ニシテ所論ノ違法ナシ故ニ本上告論旨ハ失當ナリトス
上告論旨第三點ハ債務不履行ノ場合ニ於テ特別ノ事情ニ基ケル損害ニ付テハ債務者カ過失ニ因リテ其事情ヲ豫見セサリシトキ亦之カ賠償責任アリ而シテ其要償權成立ニハ(一)債務者カ善良ナル管理者ノ注意ヲ以テスレハ豫見シ得ヘカリシ事情ナルコト(二)然ルニ過失ニ因リテ其事情ヲ豫見セサリシコトヲ必要トス故ニ前ノ要件ヲ備フルモ後ノ要件ニ缺クル所アラハ其事情ニ基ク損害ハ之ヲ賠償スル責任ナキノミナラス(一)ノ要件アラハ必ス(二)ノ要件ヲ伴フモノトシ若クハ之カ存在ヲ推定スルヲ許サス
何トナレハ右二箇ノ要件ハ意思ト表示ニ於ケルカ如キ連絡ナク全然別箇獨立ノ存在ヲ有シ前者ハ客觀關係ニ於テ後者ハ債務者ノ主觀關係ニ於テ存在スルモノナレハナリ然ルニ原判決ハ委任状ノ濫用ナルモノハ特別ノ事情ナリト雖モ此事情ハ上告會社カ豫見シ得ヘカリシモノト判定シテ(一)ノ要件ノ存在ヲ認メ以テ上告人ノ右事情ハ豫見スヘカラサルモノナリトノ抗辯ヲ排斥シタルノミニテ(二)ノ要件タル上告會社カ過失ニ因リテ其事情ヲ豫見セサリシコトニ關シテハ一言モ説明スルコトナク(但原判決中控訴人ハ其代理人松岡カ被控訴人ヨリ受取リタル該委任状ニ對スル保管ニ付キ注意ヲ缺キタル爲メ云云ト説明セリト雖モ之ハ右特別ノ事情其モノニ對スル注意欠缺ニ付テノ説明ニ非ス)直ニ上告會社ニ對シ給付ヲ命シタルハ理由不備ノ違法アルモノナリト云フニ在リ
然レトモ原裁判所ハ「此損害ハ保管義務不履行ヨリ通常生スヘキモノニ非スシテ委任状ノ濫用ナル特別ノ事情ニ因リ生シタルモノト認ムヘク」云云「如上ノ損害ノ發生スヘキコトヲ豫見スヘカリシモノト認定ス」ト判示シ以テ上告人ノ過失ニ因リ豫見セサシリシモノナル旨ヲ判斷シタルコト判文上明白ナルヲ以テ原判決ハ正當ニシテ所論ノ違法ナシ故ニ本上告論旨ハ失當ナリ
上告論旨第四點ハ委任状ノ濫用ナル特別ノ事情ノ發生ハ債務者タル上告會社カ善良ナル管理者ノ用ユヘキ注意ヲ以テスレハ豫見シ又ハ豫見シ得ヘカリシモノナラサルヘカラス然レトモ保管ニ係ル委任状ノ占有ヲ喪フ場合ハ何人カカ保證金ノ取戻ヲ爲スコト即チ白紙委任状ノ濫用ヲ爲スヘキコトマテハ如上ノ注意ヲ用ユルモ豫見シ又ハ豫見シ得ヘキ事情ニ非ス從テ原判決カ控訴會社ノ如キ他人ノ債權取立ニ從事スルコトヲ常業ト爲ス者ニ於テハ其保管ニ係ル委託者ノ白紙委任状ヲ紛失シ其他其占有ヲ喪フ場合ニハ第三者カ之ヲ濫用シテ委託者カ既ニ供託セル假差押ノ保證金ヲ騙取シ云云等ノ結果ヲ生スヘキコトヲ豫見シ得ヘキモノナリト説明スレトモ假令債權取立業者ト雖モ善良ナル管理者ノ注意ヲ用ユレハ足リ而シテ其注意ヲ用ユルモカカル特別ノ事情ハ到底特別ノ智識經驗ヲ有スルモノニ非サレハ之ヲ豫見スルコト能ハス故ニ原判決カ上告會社ナルカ故ニ豫見シ能フモノノ如ク説明シタルハ過當ナル注意ヲ必要トスルモノニシテ法律ヲ不當ニ適用シタル違法アリト云フニ在リ
然レトモ所論ハ事實裁判所タル原裁判所ノ爲シタル事實ノ認定ヲ非難スルニ他ナラサレハ本上告論旨ハ上告ノ理由ト爲スニ足ラス
仍テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ則リ主文ノ如ク評決シタリ
大正七年(オ)第百六十二号
大正七年五月四日第三妙事部判決
◎判決要旨
- 一 株式会社の取締役は他人に同会社の事務一切を経営処理せしむるの代理権を授与することを得さ俊旨の法則なきものとす。
上告人 株式会社関西豊昇社
法律上代理人 生藤雅雄
訴訟代理人
尾崎利中 吉田元一 渋田俊介 石川善盛
被上告人 誉田たね
右当事者間の損害賠償請求事件に付、大坂控訴院が大正六年十一月二十二日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は原判決は上告会社の定款に於て其目的として金銭貸付及貸借の仲介並に資金運用の受託とある中最後の「資金運用の受託」とは他人の債権取立の受託の意義なりとせり。
然れども資金運用の受託と云ふ語は普通の意義に於て資本の運転利用即ち有利なる投資運転の委託を引受くることを云ふものにして反之他人の債権取立の受託とは之と全然意義を異にし他人の債権の弁済を請求し且つ之が受領の委託を引受くることを云ふものなるが故に両者は其行為の目的を異にす又後者の意味を前者の文言に包括して用ゆることも亦未だ会で実例あらざるなり。
原判決の理由説明に依れば上告会社が屡屡他人の債権の取立の委託を引受けたりと云ふ事跡を以て定款に所謂資金運用の受託なる文言を強で普通の用例に反して更正解釈したることを知り得べしと雖も会社の目的の範囲を超へて行動することあるは稀ならず而かも之が為めに炳然たる会社目的の範囲外の行為が性質を変して目的の範囲内の行為たることを得ざると同時以定款の文言が本来有する意味を変更して特殊の意味を含有すること能はず。
故に原判決は定款の内容を不当に確定したる違法あるものなりと云ふに在り
然れども定款の解釈は契約書の解釈と同じく事実裁判所たる原裁判所の専権に属する所なるを以て之に不服を唱へ上告の理由と為すことを得ず。
所論は畢竟するに原裁判所が上告会社の定款に所謂資金運用の受託の文詞に付き下したる解釈を非難するに帰するを以て本上告論旨は上告の理由と為すに足らず
上告論旨第二点は会社の取締役が総員の協議を以てずるも其複代理人を選任するに際し包括的に法人の事務を委任するは適法に非ず之れ民法の法人に関して第五十五条の規定あるより見るも明かにして此理は会社法人と雖も亦同様に律することを得べし或は支配人の例を援ひて反対に解釈するを得べきに似たりと雖も支配人の権限は法律に特殊の理由より明文を以て定められたるなり。
故に支配人を選任したるに非ざる他の一般の場合に於て会社の取締役が復代理人を選任して其事務に関する代理の権限を授与するには常に特定的委任ならざるべからず。
然るに原判決は上告会社取締役が協議の上松岡正貞なるものに対し支配人たるの地位を与ふるに非ずして会社の経営一切を委任したることを認め此授権行為を以て有効なるものと断し、而して同人が被上告人と為したる代理行為の効果は本人たる上告会社に及ぶものと判決したるは法人の事務に関する特定的委任に非ざる包括的委任を以て有効としたる不法の判決なりと云ふに在り
然れども民法第五十五条の規定は株式会社に準用なきこと商法第六十二条第二項及び同第百七十条第二項の法意に徴し明白にして又株式会社の取締役は他人に同会社の事務一切を経営処理せしむるの代理権を授与することを得ざる旨の法則なし。
故に原裁判所が「控訴会社(上告会社)の取締役岸田七太郎宮崎運平等協議の上同年三月一日以後は松岡をして同社業務一切を経営処理せしむることと定め。
即ち同人に広汎なる代理権限を付与せし事実を認定するに足る」と判示し上告人敗訴の判決を言渡したるは洵に正当にして所論の違法なし。
故に本上告論旨は失当なりとす。
上告論旨第三点は債務不履行の場合に於て特別の事情に基ける損害に付ては債務者が過失に因りて其事情を予見せざりしとき亦之が賠償責任あり。
而して其要償権成立には(一)債務者が善良なる管理者の注意を以てずれば予見し得べかりし事情なること(二)然るに過失に因りて其事情を予見せざりしことを必要とす。
故に前の要件を備ふるも後の要件に欠くる所あらば其事情に基く損害は之を賠償する責任なきのみならず(一)の要件あらば必す(二)の要件を伴ふものとし若くは之が存在を推定するを許さず
何となれば右二箇の要件は意思と表示に於けるが如き連絡なく全然別箇独立の存在を有し前者は客観関係に於て後者は債務者の主観関係に於て存在するものなればなり。
然るに原判決は委任状の濫用なるものは特別の事情なりと雖も此事情は上告会社が予見し得べかりしものと判定して(一)の要件の存在を認め以て上告人の右事情は予見すべからざるものなりとの抗弁を排斥したるのみにて(二)の要件たる上告会社が過失に因りて其事情を予見せざりしことに関しては一言も説明することなく(但原判決中控訴人は其代理人松岡が被控訴人より受取りたる該委任状に対する保管に付き注意を欠きたる為め云云と説明せりと雖も之は右特別の事情其ものに対する注意欠欠に付ての説明に非ず)直に上告会社に対し給付を命じたるは理由不備の違法あるものなりと云ふに在り
然れども原裁判所は「此損害は保管義務不履行より通常生すべきものに非ずして委任状の濫用なる特別の事情に因り生じたるものと認むべく」云云「如上の損害の発生すべきことを予見すべかりしものと認定す」と判示し以て上告人の過失に因り予見せさしりしものなる旨を判断したること判文上明白なるを以て原判決は正当にして所論の違法なし。
故に本上告論旨は失当なり。
上告論旨第四点は委任状の濫用なる特別の事情の発生は債務者たる上告会社が善良なる管理者の用ゆへき注意を以てずれば予見し又は予見し得べかりしものならざるべからず。
然れども保管に係る委任状の占有を喪ふ場合は何人かか保証金の取戻を為すこと。
即ち白紙委任状の濫用を為すべきことまでは如上の注意を用ゆるも予見し又は予見し得べき事情に非ず。
従て原判決が控訴会社の如き他人の債権取立に従事することを常業と為す者に於ては其保管に係る委託者の白紙委任状を紛失し其他其占有を喪ふ場合には第三者が之を濫用して委託者が既に供託せる仮差押の保証金を騙取し云云等の結果を生ずべきことを予見し得べきものなりと説明すれども仮令債権取立業者と雖も善良なる管理者の注意を用ゆれば足り。
而して其注意を用ゆるもかかる特別の事情は到底特別の智識経験を有するものに非ざれば之を予見すること能はず。
故に原判決が上告会社なるが故に予見し能ふものの如く説明したるは過当なる注意を必要とするものにして法律を不当に適用したる違法ありと云ふに在り
然れども所論は事実裁判所たる原裁判所の為したる事実の認定を非難するに他ならざれば本上告論旨は上告の理由と為すに足らず
仍て民事訴訟法第四百三十九条第一項に則り主文の如く評決したり。