特許權利範圍確認請求ノ件

平易表示にする 原文表示にする

大審院民事判決録（民録）24輯130頁

上告論旨第二点は原審決は重要書類を上告人に送達することなくして之に基き為されたるの不法あるものなり。 原審決主文に於ては「大正六年四月二日の訂正に係る（イ）号説明書に示せる方法は第一〇六〇八号染抜絣製造法の特許権利範囲に属せず」とありと雖[いえども]も右大正六年四月二日附訂正書は其副本を上告人にも又其代理人にも送達せざりしものなり。 特許法を見るに第七十条審判の請求は審判請求書を差出して之を為すべし。 審判請求書には一定の申立及理由を記載すべし、第七十一条審判請求書を受理したるときは其副本を被請求人に送達し期間を指定して答弁書を差出さしめ其答弁書を受理したるときは其副本を相手方に送達すべし。 審判に関しては当事者の差出したる書類に対し相手方をして答弁

書を差出さしめ又は当事者に訊問書を発して之に対する意見書を差出さしむることを得とあり。 而して[しこうして]前記規定は同法第八十二条に依り之を抗告審判に準用せらるるを以て抗告審判に於ける請求書は矢張其副本を差出さしめ之を相手方に送達せざるべからざるや明なり。 大正六年四月二日附訂正書は之によりて一定の申立中の（イ）号説明書をも又請求理由中をも訂正したるものなるを以て該訂正書は大正五年七月十三日附抗告審判請求書と合して本件抗告審判請求書の実体を構成せるものなり。 然らば其訂正書亦[また]特許法第七十一条に依り其副本を上告人に送達せざるべからざるや論なし。 口頭弁論主義を原則とする民事訴訟に在りても訴の基礎たる訴状又は其訂正書は之を相手方に送達することを要す。 況んや書面審理を原則とせる特許法にありては口頭弁論に於て相手方の主張又は其主張の変更を聴取するの機会なく一に副本の送達に依るの外なきを以て書面の送達は一層其必要を感せざるを得ず。 然るに原審に於ては被上告人より大正六年四月二日附を以て其抗告審判請求書の訂正書を受理し置きながら之を上告人に送達せざるは勿論何等答弁をも意見をも徴することなく三个[か]月の後卒然上告人敗訴の審決を為したるものなれば其違法なることは極めて明かなり。 其訂正書面の欄外には上告人に送達したるが如き文字の記載ありと雖[いえども]も之れ特許局官吏の自侭の記入にして事実に反すること甚しく上告人の頗る[すこぶる]遺憾とする所なり。 其記載の箇所に上告人又は其代理人の受領を証すべき証印なきに依りても其然る所以を知ることを得べきのみならず特許法及其施行細則には民事訴訟法第百三十六条の如き規定なきを以て抗告審判課所属の特許局属には書類送達の権限なきを以て該官吏が該訂正書の欄外に自侭に送達を為したるが如き記入を為すとも何等の証拠となることなし、而して[しこうして]特許に[もとに]於ける審判抗告審判に関する書類の送達は特許法施行細則第二十四条に依り民事訴訟法第百五十一条を準用せるを以て若しも訂正書を送達したるものならんには送達吏たる使丁又は郵便配達夫に於て送達の場所年月日時方法及受取人の受取証並に送達吏の署名捺印を具備する送達証書を作成せざるべからず。 然るに右訂正書面に関する送達証書は一件記録中何れの所にも存在せざるを以て不送達の事実は到底之を蔽ふべからず。 要するに原審決は其主文に援用せる訂正書面を上告人に送達せざるのみならず之に対し何等陳述の機会をも与へずしてなされたるものなるを以て到底破毀を免れざるものとす。 云ふ[いう]に在り

仍ち按ず[あんず]るに特許法第七十条には審判の請求は審判請求書を提出して之を為すべし。 審判請求書には一定の申立及理由を記載すべしとあり同第七十一条第一項には審判請求書を受理したるときは其副本を被請求人に送達し期間を指定して答弁書を差出さしめ其答弁書を受理したるときは其副本を相手方に送達すべしとありて同第八十二条を以て此等の規定を抗告審判に準用せり其法意は抗告審判請求書は之を相手方に送達し相手方に対し之が答弁を為すべき機会を与へたる上に非ざれば之を材料として審決を為すことを得さらしむるにありと解するを相当とす。 而して[しこうして]抗告審判請求書に記載したる事項を訂正する書面の提出ありたるときは其書面は抗告審判請求書の一部を成すものなれば是亦[また]相手方に送達して答弁を為すの機会を与ふることを要するものとす。 本件に就き之を観るに被上告人は大正六年四月二日附訂正書を以て抗告審判請求書に記載せる一定の申立を訂正し（イ）号を改めて「一、硫化染料中の「いむめじあーるぶらつく」にて染色したる絹糸二、ありざりん染料中の「あんすらせんぶろん」と酸性染料中の「あんすらせんあしどぶらつく」とを混合して一浴染を為したる絹糸以上一及び二の絹糸を便宜経緯に交織したる絹布面に「ひらるだいと」又は「でくろりん」の如き抜色剤を用ひて製したる抜色糊を型紙に。 仍て[よって]附著[ふちゃく]し蒸熱を加へて抜色する方法」と為せり。 故に此訂正書は抗告審判請求書の一部を成すものにして原審は其副本を上告人に送達し之が交弁を為すべき機会を与へたる後にあらざれば之を審決の材料と為すことを得ざるものとす。 然るに本件記録に依れば之を上告人に送達したる形迹なきに拘らず原審が大正六年四月二日の訂正に係る（イ）号説明書に示せる方法は云云と審決し、且、其理由に於て請求人が当審に於て提出したる（イ）号訂正説明書は云云と説明し右の訂正書を審決の材料と為したるは審判手続に関する規定に違背したるものにして上告論旨は其理由あり原審決の全部は破毀を免れざるを以て他の論旨に対する判断を省略し上告人栗島弥平、田端寅太郎、井上重一郎は口頭弁論期日に出頭せざるも本件は権利関係が合一に確定すべき事件なるを以て民事訴訟法第五十条第四項に依り出頭したる他の上告人に代理を任じたるものと看做し特許法第八十五条民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百四十八条第一項に従ひ主文の如く判決す