大正六年(オ)第千七十號
大正七年一月三十一日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 上告人ハ被上告人カ價格一萬圓以上ヲ有スル不動産ヲ僅八千百餘圓ニテ競落シタルハ係爭賃貸借契約ノ眞正ナルコトヲ認メタルモノナリト主張シ又被上告人ハ該不動産ノ價格金一萬圓以上ナルコトヲ爭ヒタル場合ニハ上告人ニ於テ裁判所ヲシテ自己ノ主張ヲ認容セシムル爲メ不動産ノ價格ニ付キ進テ立證スヘキモノトス(判旨
第三點) - 一 裁判所ハ訴訟物ノ價格ヲ算定スルニ付キ必要アル場合ニハ民事訴訟法第百十七條ニ依リ職權上鑑定ヲ命スルコトヲ得ヘシト雖モ當事者ニ於テ立證ヲ爲スノ責任ヲ有スル場合ニ於テハ必スシモ進テ職權上鑑定ヲ爲サシメサル可カラサル職責ヲ有スルモノニ非ス(同上)
(參照)裁判所ハ檢證及ヒ鑑定ヲ命スルコトヲ得(民事訴訟法第百十七條第一項)
右當事者間ノ賃貸借契約無効確認登記抹消請求事件ニ付名古屋控訴院カ大正六年十月二十七日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ原判決ハ理由不備ノ判決ナリトス原判決理由ノ(四)ニ本件係爭ノ賃貸借ニ關シ大正五年三、四、五ノ三个月間ハ被上告人ニ於テ賃料ヲ取得シ來リ而シテ六月以後ニ於テハ上告人ニ於テ賃料ヲ取得シ來レル事實ヲ認メナカラ更ニ其理由ヲ説明セスシテ(一)乃至(五)ノ賃貸契約ノ存否ニ直接何等ノ關係ナキ(例ヘハ(三)ノ如シ)事實ヲ列擧シテ漫然本契約ハ上告人ト訴外三浦濱吉間ノ虚僞ノ意思表示ナリト認定シタルハ判決ニ理由ヲ付セサルノ不法アリトスト云フニ在リ
然レトモ右ハ要スルニ原審ノ專權ニ屬スル事實ノ認定又ハ證據ノ取捨判斷ヲ論難スルモノニシテ上告ノ理由トナラス
同論旨第二點ハ原判決理由ニ先ツ「本件主要ノ爭點ハ賃貸借契約カ果シテ假裝ナリヤ否ヤニ在リ」ト掲ケ次ニ被上告人(控訴人)カ係爭賃貸借ノ賃料カ普通賃料ニ比シ太タ低廉ナル事實ヲ以テ賃貸借ノ假裝ナリトスル主張ヲ排斥シタル後一轉シテ(一)乃至(四)ニ分チ原院ノ採用シタル書證及人證ニ依リ發見シタル數箇ノ事實ヲ列記シ最後ニ「此等ヲ斟酌シテ考覈スレハ本件ノ賃貸借契約ハ被控訴人(上告人)カ三浦濱吉ヲ庇護センカ爲メ濱吉ト相通シテ爲シタル虚僞ノ意思ナリト認ムルヲ相當トス」ト斷案セラレタルニ依レハ原院ハ民法第九十四條ノ規定ヲ不當ニ適用セラレタルニ非レハ判決ヲ爲スニ必要ナル理由ヲ付セサル不法ヲ免レス即チ(イ)判決理由ノ起首ニ本件ノ爭點ハ係爭ノ賃貸借カ假裝ナリヤ否ヤニ在リトセラレタルモ本訴請求ノ原因ハ係爭ノ賃貸借カ虚僞ノ意思表示ニシテ民法第九十四條ニ該當スルノ行爲ナリト云フニ在ルコトハ訴状竝ニ原審法廷調書ニ依リ明白ナリ而シテ同法條ニ所謂虚僞ノ意思表示トシテ無効トセラルル行爲ハ常ニ或ル法律行爲ヲ假裝スルモノナリト謂ヒ得ヘキモ假裝ノ法律行爲ハ常ニ必シモ虚僞ノ意思表示ナリトシ無効トセラルヘキモノニ非ス彼ノ隱蔽行爲又ハ信託行爲ノ如キハ或ハ甲ナル意思表示ニ假裝シ其内實乙ナル意思表示ノ効果ヲ希求スル如キ或ハ單一ナル賣買ニ假裝シテ其内實抵當權ヲ設定スルカ如キ何ツレモ假裝ノ法律行爲ナルニ拘ラス之ヲ虚僞ノ意思表示トシテ無効ナラシメサルコトハ御院ノ判例及ヒ一般ノ學説共ニ一致スル所ナリ故ニ民法第九十四條ニ基ツク無効ノ確認ヲ求ムル本訴ニ於テハ原院ハ單ニ賃貸借カ假裝ナリヤ否ヤヲ爭點トスルノミナラス更ニ一歩ヲ進メ係爭ノ賃貸借カ假裝ナルノミナラス當事者カ假裝ニ依リ他ノ法律上又ハ經濟上ノ効果ヲ希求スルノ意思アリタルヤ否ヤヲ判斷セサル可ラス而シテ縱令假裝ナルコト明ラカナルモ之ニ依リ他ノ法律上又ハ經濟上ノ効果ヲ希求スルノ意思アリタルコトヲ發見セハ本訴被上告人ノ請求ヲ却下セサル可ラス然ルニ原院カ單ニ賃貸借ノ假裝ナルヤ否ヤヲ以テ主要ノ爭點トセラレタルハ本訴請求ニ副ハサルモノトスヘキノミナラス假裝ナル用語ハ法文ニ依リ確定セラレタルモノニ非サレハ上告人ハ一歩ヲ讓リ原院ハ民法第九十四條ニ所謂虚僞ノ意思表示ナル法語ト假裝ナル用語トヲ同一視セラレタルモノトシ判文ヲ解釋セントセハ更ニ一箇ノ障碍ナキ能ハス即チ(ロ)右斷案ノ文中ニ「被控訴人ハ三浦濱吉ヲ庇護センカ爲メ相通シテ虚僞ノ意思表示ヲ爲シタルモノト認ムルヲ相當トス」トアリ
本訴ニ於テ被上告人カ訴ノ目的トスル所ハ三浦濱吉カ他人ノ爲メ抵當權ヲ設定シタル所有不動産ヲ上告人ニ賃貸シタリトシ其登記ヲ受ケタル行爲ヲ無効ナリト確定スルニ在リ凡ソ吾人カ取引生活ニ依リ經驗スル法則ニ於テ當事者ノ一方カ他ノ一方ヨリ財産ヲ賃借スルノ假裝行爲ヲ以テ他ノ一方ヲ庇護スルノ目的ヲ有スル場合ニ於テ其假裝行爲ニ依リ法律上又ハ經濟上ノ効果ヲ希求スル意思ナシト云フハ殆ント首肯スル能ハサル所ニシテ所謂庇護ノ文詞自體カ法律上又ハ經濟上ノ効果ヲ希求スルノ意義ヲ表示スルモノト云フヲ當然ノ條理ナリト云フヲ得ヘキナリ此點ヨリ觀察スルモ原院ハ假裝ノ語詞ヲ虚僞ノ意思表示ト同一視セラレタリト解スルハ不可能ニシテ要スルニ理由ノ不備ヲ免レス仍ホ進ンテ
(ハ)本件ニ於テ當事者ノ主張スル事實關係ヲ見レハ原告タル被上告人ハ主トシテ係爭ノ賃貸借ニ付キ定メタル賃料カ一般價格ニ比シ抵廉ナルコトヲ以テ賃貸借ヲ虚僞ナリトスル根據ト爲シ上告人(被告)ハ賃料ノ一般價格ニ比シ低廉ナルコトヲ爭ハス是レ上告人及ヒ其子タル川口茂十郎カ三浦濱吉ニ若干ノ債權ヲ有シ之レカ辨濟ヲ受クルノ方法トシテ低廉ナル賃料ヲ以テ抵當不動産ヲ賃借シ更ニ轉借人ヨリ比較的高價ナル賃料ヲ収受シ其差額ヲ以テ自己ノ債權ニ辨濟ヲ受クルノ目的ナリト主張セリ(原審判決ニ援用セル第一審判決ノ事實摘示)而シテ此爭ナキ係爭ノ賃貸借ノ賃料カ普通價格ニ比シ太タ低廉ナル事實ヲ判文ニ所謂「被控訴人カ三浦濱吉ヲ庇護センカ爲メ虚僞ノ賃貸借ヲ爲シタリト云フニ照セハ原院ハ濱吉カ抵當不動産ニ上告人賃借名義ノ賃貸借ヲ假裝スルニ當リ普通賃料ニ比シ太タ低廉ナル賃料ヲ定メ置キ抵當不動産ノ競賣ニ依リ競落セラルルヤ上告人賃借名義ヲ以テ賃料ノ名ニ依リ低廉ナル金額ヲ競落人ニ支拂ヒ他ノ一面上告人轉貸名義ヲ以テ轉借人ヨリ比較的多額ノ賃料ヲ受取リ濱吉ヲシテ其差額ヲ利セシムルヲ以テ濱吉ヲ庇護センカ爲メ虚僞ノ意思表示ヲ爲シタリト認メラレタルニ外ナラサル可シ然ラサレハ判文ヲ通讀シテ上告人カ濱吉ヲ庇護スルトノ意義ヲ發見スルコト能ハサルナリ原院カ上述ノ事實ヲ認メ之ヲ抽象的ニ「濱吉ヲ庇護センカ爲メ相通シテ爲シタル虚僞ノ意思表示」ト掲ケラレタルモノトセン乎上述ノ行爲ハ一面第三者殊ニ競落人タル被上告人ニ對シ上告人ト濱吉トノ間ニ賃貸借關係ノ法律効果ヲ生スルノ意思ニ出テ他ノ一面濱吉ト上告人トノ間ニハ上告人ハ轉借人ト稱スル不動産使用者ヨリ轉貸料名義ニ依リ収受スル比較的多額ノ金員中ヨリ被上告人ニ賃借料名義ノ比較的少額ノ金員ヲ支拂ヒ其差額ヲ被上告人ニ交付スルノ義務ヲ負フノ意思ニ出テタルモノニシテ之ヲ一ノ假裝行爲ナリト云ヒ得ヘキモ全然効果意思ヲ缺如セル虚僞ノ行爲ナリト云フヲ得サルナリ抵當債務者カ抵當不動産ニ關シ斯カル意思表示ヲ爲スハ抵當債權者ニ損失ヲ嫁スルニ代ヘ自ツカラ利センコトヲ圖ル場合ナキニアラサルモ(賃料ヲ普通價格ヨリ低下スルノ必要アリ從テ物件競賣ノ際所有權ノ價格ヲ減スヘシ)若シ之カ爲メ抵當債權者ニ損失ヲ與フルモノトセハ抵當債權者ハ民法第三百九十五條後段ニ依リテ賃貸借ノ解除ヲ求ムヘキ救濟手段アルノミナラス本件被上告人ノ如キ競落人ニ對シテハ何等損害ヲ與フヘキ虞レアルコトナシ何トナレハ競賣以前既ニ普通賃料ヨリ低廉ナル賃料其他賃貸借ノ要項ヲ登記セラレ競賣ノ際代價ヲ申込ムニ當リ價額ヲ決スルニ十分ノ資料アレハナリ而シテ之レカ爲メ競賣價額ノ減少ヲ來タシタル損失ハ本件濱吉ノ如キ抵當債務者ノ債務ヲ十分ニ辨濟スルコト能ハサル乎或ハ十分ニ債務辨濟ノ殘額ヲ受取ルコト能ハサル所ニ影響ヲ及ホスニ過キス從テ斯カル行爲ハ公序良俗ニ反スルモノニモ非ルナリ原院カ上告人ノ濱吉ヲ庇護スルト稱セラルル所茲ニ在リトセハ民法第九十四條ヲ誤解セラレタルモノナリ(二)若シ原院カ所謂庇護的虚僞行爲トセラルル具體的認定ノ事實茲ニ存セサルモノトセン乎益々理由ノ不備ヲ告クルモノアリ即チ原判文ニ(甲)「(一)證人三浦濱吉ハ當審ニ於テ川口茂十郎カ自分ノ債務ヲ辨濟シ呉レタルモノ二千三百五十圓許リアリ其内最終ノ分ハ古橋忠兵衛ヨリ借入レ是レ亦辨濟不能ノ爲メ茂十郎ヲ煩スニ至リシヨリ茂十郎及ヒ被控訴人(上告人)ノ承諾ヲ得テ家賃ノ差額ヲ以テ茂十郎ノ辨償金ノ償還ニ充ツルコトヲ約シ茂十郎ヨリ右千圓ヲ古橋ニ辨濟シ呉レタルハ大正四年八、九月頃ノ事ナリシカ賃貸借ノ登記ヲ爲シタルハ大正五年二月二十九日ナリ登記迄ハ賃貸借ノ話シアリシノミニテ登記ノ時ニ賃貸ノ事ハ確定シタルモノナレハ登記迄ノ家賃ハ自分ニ於テ取立タリ」云云ト掲ケ該證言ニ對シ何等信用上取捨スル所ナク而シテ原院ハ之ニ關シ「果シテ賃貸料ト轉貸料トノ差金ヲ以テ被控訴人等ノ有スル債權ノ辨濟ニ充ツルカ爲メ本件ノ賃貸借契約ヲ爲シタルモノナランニハ雙方意思ノ合致シタル時ヨリ直チニ實行シ家賃ノ差額ヲ被控訴人(上告人)ノ手ニ収ムヘキハ普通ノ状態ナルニ半个年以上ヲ經過シタル後始メテ登記ヲ經由シ其時迄ノ家賃全部ヲ濱吉ヲシテ収受セシメタルハ頗ル疑ナキヲ得ス」ト該證言ニ依リ係爭ノ賃貸借カ普通ノ事態ト稍々異ナレル經過ニ付疑フ可キ餘地アルコトヲ説明セラレタルニ拘ハラス原院カ措信シタル該證言中主要ナル部分即チ證人カ「登記ノ時ニ賃貸ノ事ニ確定シタルモノナレハ云云」ト證言シ眞正ニ賃貸借アリタリトノ事項ヲ其侭援用シ何故ニ該證言ノ措信セラルルニ拘ラス眞正ノ賃貸借ニ非スト認定セラレタリトノ理由ヲ付セサルハ判決ニ影響スヘキ重要ナル證據ニ關シ理由ヲ付セサル不法ヲ免レス(乙)又原判決理由ニ「(四)又乙第二號證ヲ見レハ大正五年二月二十九日附三浦濱吉及ヒ被控訴人(上告人)ノ名ヲ以テ右兩人間ニ本件ノ賃貸借ヲ爲シタリトテ各借家人ニ對シ其事ヲ通知シ轉貸借ニ付キ各借家人ノ同意ヲ求メ云云尚右深井玉次郎ハ「云云其後ニ至リ三浦濱吉ハ證人方ヘ安田利七ヲ連レ來リ今後ハ都合上此安田利七(上告人)ノ方ヘ家賃金ヲ納メ呉レト申來リシニ付キ證人ハ大正五年七八九月分ノ家賃金ハ安田利七ニ支拂ヒタリ」ト證言スルヲ見レハ云云」ト掲ケ是亦タ該證言ニ對シ何等斟酌取捨セラルル文言ナク其侭擧示セラレ該證言ニ依リ「濱吉ハ大正五年二月二十九日被控訴人(上告人)ニ賃貸シタリト云フニ拘ラス當時ハ各借家人ヲシテ被控訴人(上告人)ニ支拂ハシムヘキ何等ノ手段ヲ採ラス却テ控訴人(被上告人)ニ家賃ヲ支拂ハシムヘキ手段ヲ盡シ數月後ニ至リ被控訴人(上告人)ニ家賃ヲ支拂ハシムヘク各借家人ニ通告シタルニ過キサルコトヲ知ルヘク云云」ト説明シ賃貸借ヨリ生スル結果ニ付異常ナル情況ヲ摘示セラレタルモ原院ノ措信セラレタル右證言ノ主要部分タル三浦濱吉カ被上告人ヲ轉借人方ニ伴ヒ行キ向後此者ニ家賃ヲ支拂フヘク通告シ而シテ其後大正五年七、八、九月分ノ賃料カ上告人ニ支拂ハレタル點ニ付何等説明ヲ與ヘラレス原院斷案カ果シテ民法第九十四條ニ所謂虚僞ノ意思表示ナリト云フニ在ラハ轉借料カ上告人ニ支拂ハレタル事實ト兩立セサルヲ以テ普通ノ状態トスルハ勿論ナレハ尚ホ他ニ特殊ノ事由アリテ賃借人ト稱スル上告人カ轉借料ト稱スル金員ヲ受取リツツアルモノトセハ其理由ヲ明示セラレサル可ラス原院カ何等此點ヲ説明セラレサルハ不法ナリ之ヲ要スルニ原判決ハ民法第九十四條ノ規定ヲ不當ニ適用セラレタルニ非レハ理由不備ノ不法ヲ免レスト云フニ在リ
然レトモ原判決理由ノ冒頭ニ「本件主要ノ爭點ハ賃貸借契約カ果シテ假裝ナリヤ否ヤニ在リ」トアル假裝ナル文詞ハ民法第九十四條ニ規定セル相手方ト通シテ爲シタル虚僞ノ意思表示ナル趣旨ニ使用シタルモノナルコトハ判文全體ヲ通讀シテ極メテ明瞭ナリ而テ原判決ハ判文ニ列擧セル數箇ノ事實及證據ヲ考覈シテ本件ノ賃貸借契約ハ上告人カ訴外三浦濱吉ヲ庇護スルカ爲メ名義上賃借人ト爲リタルニ過キサルモノニシテ即チ右賃貸借契約ハ上告人ト濱吉ト通シテ爲シタル虚僞ノ意思表示ニシテ法律上何等ノ効力ヲ生セサルモノナルコトヲ認定シタルモノナリ本論旨ハ縷々數百言ニ亘レトモ畢竟右原院ノ爲シタル事實ノ認定及ヒ證據ノ取捨判斷ヲ論難スルニ歸著シ適法ナル上告理由ト爲スニ足ラス
同第三點ハ原判決理由ニ「被控訴(上告)代理人ハ云云一萬圓以上ノ價格ヲ有セシ本件不動産ヲ控訴人カ八千餘圓ノ廉價ヲ以テ競落セシハ本件賃貸借契約ノ眞正ナルコトヲ認メタルニ依ルト主張スルモ價格ニ付キ爭ヒアルニ拘ラス何等ノ立證ナキヲ以テ其主張ハ全ク根據ナキニ歸ス」ト説明セラレタルモ本件不動産ハ訴状一定ノ申立中ニ訴ノ目的トシテ記載セラレ法廷ニ提出セラレタルコト原審法廷調書其他記録ニ依リ明ラカナリ若シ其價額ノ如何カ爭トナリ判決ニ影響ス可キ場合ニハ原院ニ於テ自由ナル心證ヲ以テ判斷セサル可ラス獨自ニ判斷スルコトヲ得サレハ職權ヲ以テ鑑定ヲ命スルコトヲ得可シ民事訴訟法ニ證據調ハ一般ニ當事者ノ申立ニ依ルヘキモノトシタルニ檢證及ヒ鑑定ニ付テハ同法第百十七條ヲ以テ職權取調ヲ爲スコトヲ得セシメタルハ實ニ本件ノ如ク裁判所ニ提出セラレタル訴訟物ノ價額ノ如キハ彼ノ一定ノ時ト場所トニ於テ或ル一定ノ人ニ見聞セラレタル既往ニ於ケル特殊事項ト異ナリ裁判官ノ智識ヲ以テ判斷シ得ヘキモノニシテ若シ其智識ノ不足ナル場合ニハ專門技術者ヲシテ補助セシメ得可ケレハナリ然ルニ原院カ當事者ノ訴訟物價額ノ立證ヲ爲ササリシヲ責問シ其主張ニ對シ審議セサリシハ正當ニ法則ヲ適用セサルノ不法ヲ免レスト云フニ在リ
然レトモ原審ニ於テ上告人ハ被上告人カ價格一萬圓以上ヲ有スル本件不動産ヲ僅僅八千百餘圓ニテ競落シタルハ本件賃貸借契約ノ眞正ナルコトヲ認メタルモノナリト主張シ又被上告人ハ本件不動産ノ價格ノ金一萬圓以上ナルコトヲ爭ヒタルモノナルヲ以テ斯カル場合ニ上告人ニ於テ裁判所ヲシテ自己ノ主張ヲ認容セシメントスルニハ不動産ノ價格ニ付キ自ラ進テ立證スル所ナカル可カラス但裁判所ハ訴訟物ノ價格ヲ算定スル等必要ナル場合ニハ民事訴訟法第百十七條ニ依リ職權上鑑定ヲ命スルヲ妨ケスト雖モ本件ノ如ク當事者ニ於テ立證ヲ爲スノ責任ヲ有スル場合ニ裁判所ハ必スシモ進テ職權上鑑定ヲ爲サシメサル可カラサル職責ヲ有スルモノニ非ス論旨理由ナシ(判旨第三點)
上來説明スルカ如ク本件上告ハ其理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條ヲ適用シ主文ノ如ク判決ス
大正六年(オ)第千七十号
大正七年一月三十一日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 上告人は被上告人が価格一万円以上を有する不動産を僅八千百余円にて競落したるは係争賃貸借契約の真正なることを認めたるものなりと主張し又被上告人は該不動産の価格金一万円以上なることを争ひたる場合には上告人に於て裁判所をして自己の主張を認容せしむる為め不動産の価格に付き進で立証すべきものとす。
(判旨
第三点) - 一 裁判所は訴訟物の価格を算定するに付き必要ある場合には民事訴訟法第百十七条に依り職権上鑑定を命ずることを得べしと雖も当事者に於て立証を為すの責任を有する場合に於ては必ずしも進で職権上鑑定を為さしめざる可からざる職責を有するものに非ず(同上)
(参照)裁判所は検証及び鑑定を命ずることを得。
(民事訴訟法第百十七条第一項)
右当事者間の賃貸借契約無効確認登記抹消請求事件に付、名古屋控訴院が大正六年十月二十七日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は原判決は理由不備の判決なりとす。
原判決理由の(四)に本件係争の賃貸借に関し大正五年三、四、五の三个月間は被上告人に於て賃料を取得し来り。
而して六月以後に於ては上告人に於て賃料を取得し来れる事実を認めながら更に其理由を説明せずして(一)乃至(五)の賃貸契約の存否に直接何等の関係なき(例へば(三)の如し)事実を列挙して漫然本契約は上告人と訴外三浦浜吉間の虚偽の意思表示なりと認定したるは判決に理由を付せざるの不法ありとすと云ふに在り
然れども右は要するに原審の専権に属する事実の認定又は証拠の取捨判断を論難するものにして上告の理由とならず
同論旨第二点は原判決理由に先づ「本件主要の争点は賃貸借契約が果して仮装なりや否やに在り」と掲げ次に被上告人(控訴人)が係争賃貸借の賃料が普通賃料に比し太た低廉なる事実を以て賃貸借の仮装なりとする主張を排斥したる後一転して(一)乃至(四)に分ち原院の採用したる書証及人証に依り発見したる数箇の事実を列記し最後に「此等を斟酌して考覈すれば本件の賃貸借契約は被控訴人(上告人)が三浦浜吉を庇護せんか為め浜吉と相通して為したる虚偽の意思なりと認むるを相当とす。」と断案せられたるに依れば原院は民法第九十四条の規定を不当に適用せられたるに非れば判決を為すに必要なる理由を付せざる不法を免れず。
即ち(イ)判決理由の起首に本件の争点は係争の賃貸借が仮装なりや否やに在りとせられたるも本訴請求の原因は係争の賃貸借が虚偽の意思表示にして民法第九十四条に該当するの行為なりと云ふに在ることは訴状並に原審法廷調書に依り明白なり。
而して同法条に所謂虚偽の意思表示として無効とせらるる行為は常に或る法律行為を仮装するものなりと謂ひ得べきも仮装の法律行為は常に必しも虚偽の意思表示なりとし無効とせらるべきものに非ず彼の隠蔽行為又は信託行為の如きは或は甲なる意思表示に仮装し其内実乙なる意思表示の効果を希求する如き或は単一なる売買に仮装して其内実抵当権を設定するが如き何つれも仮装の法律行為なるに拘らず之を虚偽の意思表示として無効ならしめざることは御院の判例及び一般の学説共に一致する所なり。
故に民法第九十四条に基づく無効の確認を求むる本訴に於ては原院は単に賃貸借が仮装なりや否やを争点とするのみならず更に一歩を進め係争の賃貸借が仮装なるのみならず当事者が仮装に依り他の法律上又は経済上の効果を希求するの意思ありたるや否やを判断せざる可らず。
而して縦令仮装なること明らかなるも之に依り他の法律上又は経済上の効果を希求するの意思ありたることを発見せば本訴被上告人の請求を却下せざる可らず。
然るに原院が単に賃貸借の仮装なるや否やを以て主要の争点とせられたるは本訴請求に副はざるものとすべきのみならず仮装なる用語は法文に依り確定せられたるものに非ざれば上告人は一歩を譲り原院は民法第九十四条に所謂虚偽の意思表示なる法語と仮装なる用語とを同一視せられたるものとし判文を解釈せんとせば更に一箇の障碍なき能はず。
即ち(ロ)右断案の文中に「被控訴人は三浦浜吉を庇護せんか為め相通して虚偽の意思表示を為したるものと認むるを相当とす。」とあり
本訴に於て被上告人が訴の目的とする所は三浦浜吉が他人の為め抵当権を設定したる所有不動産を上告人に賃貸したりとし其登記を受けたる行為を無効なりと確定するに在り凡そ吾人が取引生活に依り経験する法則に於て当事者の一方が他の一方より財産を賃借するの仮装行為を以て他の一方を庇護するの目的を有する場合に於て其仮装行為に依り法律上又は経済上の効果を希求する意思なしと云ふは殆んど首肯する能はざる所にして所謂庇護の文詞自体が法律上又は経済上の効果を希求するの意義を表示するものと云ふを当然の条理なりと云ふを得べきなり。
此点より観察するも原院は仮装の語詞を虚偽の意思表示と同一視せられたりと解するは不可能にして要するに理由の不備を免れず仍ほ進んで
(ハ)本件に於て当事者の主張する事実関係を見れば原告たる被上告人は主として係争の賃貸借に付き定めたる賃料が一般価格に比し抵廉なることを以て賃貸借を虚偽なりとする根拠と為し上告人(被告)は賃料の一般価格に比し低廉なることを争はず是れ上告人及び其子たる川口茂十郎が三浦浜吉に若干の債権を有し之れが弁済を受くるの方法として低廉なる賃料を以て抵当不動産を賃借し更に転借人より比較的高価なる賃料を収受し其差額を以て自己の債権に弁済を受くるの目的なりと主張せり(原審判決に援用せる第一審判決の事実摘示)。
而して此争なき係争の賃貸借の賃料が普通価格に比し太た低廉なる事実を判文に所謂「被控訴人が三浦浜吉を庇護せんか為め虚偽の賃貸借を為したりと云ふに照せば原院は浜吉が抵当不動産に上告人賃借名義の賃貸借を仮装するに当り普通賃料に比し太た低廉なる賃料を定め置き抵当不動産の競売に依り競落せらるるや上告人賃借名義を以て賃料の名に依り低廉なる金額を競落人に支払ひ他の一面上告人転貸名義を以て転借人より比較的多額の賃料を受取り浜吉をして其差額を利せしむるを以て浜吉を庇護せんか為め虚偽の意思表示を為したりと認められたるに外ならざる可し然らざれば判文を通読して上告人が浜吉を庇護するとの意義を発見すること能はざるなり。
原院が上述の事実を認め之を抽象的に「浜吉を庇護せんか為め相通して為したる虚偽の意思表示」と掲げられたるものとせん乎上述の行為は一面第三者殊に競落人たる被上告人に対し上告人と浜吉との間に賃貸借関係の法律効果を生ずるの意思に出で他の一面浜吉と上告人との間には上告人は転借人と称する不動産使用者より転貸料名義に依り収受する比較的多額の金員中より被上告人に賃借料名義の比較的少額の金員を支払ひ其差額を被上告人に交付するの義務を負ふの意思に出でたるものにして之を一の仮装行為なりと云ひ得べきも全然効果意思を欠如せる虚偽の行為なりと云ふを得ざるなり。
抵当債務者が抵当不動産に関し斯かる意思表示を為すは抵当債権者に損失を嫁するに代へ自つから利せんことを図る場合なきにあらざるも(賃料を普通価格より低下するの必要あり。
従て物件競売の際所有権の価格を減ずべし)若し之が為め抵当債権者に損失を与ふるものとせば抵当債権者は民法第三百九十五条後段に依りて賃貸借の解除を求むべき救済手段あるのみならず本件被上告人の如き競落人に対しては何等損害を与ふべき虞れあることなし何となれば競売以前既に普通賃料より低廉なる賃料其他賃貸借の要項を登記せられ競売の際代価を申込むに当り価額を決するに十分の資料あればなり。
而して之れが為め競売価額の減少を来たしたる損失は本件浜吉の如き抵当債務者の債務を十分に弁済すること能はざる乎或は十分に債務弁済の残額を受取ること能はざる所に影響を及ぼすに過ぎず。
従て斯かる行為は公序良俗に反するものにも非るなり。
原院が上告人の浜吉を庇護すると称せらるる所茲に在りとせば民法第九十四条を誤解せられたるものなり。
(二)若し原院が所謂庇護的虚偽行為とせらるる具体的認定の事実茲に存せざるものとせん乎益益理由の不備を告ぐるものあり。
即ち原判文に(甲)「(一)証人三浦浜吉は当審に於て川口茂十郎が自分の債務を弁済し呉れたるもの二千三百五十円許りあり其内最終の分は古橋忠兵衛より借入れ是れ亦弁済不能の為め茂十郎を煩すに至りしより茂十郎及び被控訴人(上告人)の承諾を得て家賃の差額を以て茂十郎の弁償金の償還に充つることを約し茂十郎より右千円を古橋に弁済し呉れたるは大正四年八、九月頃の事なりしか賃貸借の登記を為したるは大正五年二月二十九日なり。
登記迄は賃貸借の話しありしのみにて登記の時に賃貸の事は確定したるものなれば登記迄の家賃は自分に於て取立たり」云云と掲げ該証言に対し何等信用上取捨する所なく。
而して原院は之に関し「果して賃貸料と転貸料との差金を以て被控訴人等の有する債権の弁済に充つるか為め本件の賃貸借契約を為したるものならんには双方意思の合致したる時より直ちに実行し家賃の差額を被控訴人(上告人)の手に収むべきは普通の状態なるに半个年以上を経過したる後始めて登記を経由し其時迄の家賃全部を浜吉をして収受せしめたるは頗る疑なきを得ず。」と該証言に依り係争の賃貸借が普通の事態と稍稍異なれる経過に付、疑ふ可き余地あることを説明せられたるに拘はらず原院が措信したる該証言中主要なる部分即ち証人が「登記の時に賃貸の事に確定したるものなれば云云」と証言し真正に賃貸借ありたりとの事項を其侭援用し何故に該証言の措信せらるるに拘らず真正の賃貸借に非ずと認定せられたりとの理由を付せざるは判決に影響すべき重要なる証拠に関し理由を付せざる不法を免れず(乙)又原判決理由に「(四)又乙第二号証を見れば大正五年二月二十九日附三浦浜吉及び被控訴人(上告人)の名を以て右両人間に本件の賃貸借を為したりとて各借家人に対し其事を通知し転貸借に付き各借家人の同意を求め云云尚右深井玉次郎は「云云其後に至り三浦浜吉は証人方へ安田利七を連れ来り今後は都合上此安田利七(上告人)の方へ家賃金を納め呉れと申来りしに付き証人は大正五年七八九月分の家賃金は安田利七に支払ひたり」と証言するを見れば云云」と掲げ是亦た該証言に対し何等斟酌取捨せらるる文言なく其侭挙示せられ該証言に依り「浜吉は大正五年二月二十九日被控訴人(上告人)に賃貸したりと云ふに拘らず当時は各借家人をして被控訴人(上告人)に支払はしむべき何等の手段を採らず却て控訴人(被上告人)に家賃を支払はしむべき手段を尽し数月後に至り被控訴人(上告人)に家賃を支払はしむべく各借家人に通告したるに過ぎざることを知るべく云云」と説明し賃貸借より生ずる結果に付、異常なる情況を摘示せられたるも原院の措信せられたる右証言の主要部分たる三浦浜吉が被上告人を転借人方に伴ひ行き向後此者に家賃を支払ふべく通告し、而して其後大正五年七、八、九月分の賃料が上告人に支払はれたる点に付、何等説明を与へられず原院断案が果して民法第九十四条に所謂虚偽の意思表示なりと云ふに在らば転借料が上告人に支払はれたる事実と両立せざるを以て普通の状態とするは勿論なれば尚ほ他に特殊の事由ありて賃借人と称する上告人が転借料と称する金員を受取りつつあるものとせば其理由を明示せられざる可らず原院が何等此点を説明せられざるは不法なり。
之を要するに原判決は民法第九十四条の規定を不当に適用せられたるに非れば理由不備の不法を免れずと云ふに在り
然れども原判決理由の冒頭に「本件主要の争点は賃貸借契約が果して仮装なりや否やに在り」とある仮装なる文詞は民法第九十四条に規定せる相手方と通じて為したる虚偽の意思表示なる趣旨に使用したるものなることは判文全体を通読して極めて明瞭なり。
而て原判決は判文に列挙せる数箇の事実及証拠を考覈して本件の賃貸借契約は上告人が訴外三浦浜吉を庇護するか為め名義上賃借人と為りたるに過ぎざるものにして、即ち右賃貸借契約は上告人と浜吉と通じて為したる虚偽の意思表示にして法律上何等の効力を生ぜざるものなることを認定したるものなり。
本論旨は縷縷数百言に亘れども畢竟右原院の為したる事実の認定及び証拠の取捨判断を論難するに帰著し適法なる上告理由と為すに足らず
同第三点は原判決理由に「被控訴(上告)代理人は云云一万円以上の価格を有せし本件不動産を控訴人が八千余円の廉価を以て競落せしは本件賃貸借契約の真正なることを認めたるに依ると主張するも価格に付き争ひあるに拘らず何等の立証なきを以て其主張は全く根拠なきに帰す」と説明せられたるも本件不動産は訴状一定の申立中に訴の目的として記載せられ法廷に提出せられたること原審法廷調書其他記録に依り明らかなり。
若し其価額の如何が争となり判決に影響す可き場合には原院に於て自由なる心証を以て判断せざる可らず独自に判断することを得ざれば職権を以て鑑定を命ずることを得。
可し民事訴訟法に証拠調は一般に当事者の申立に依るべきものとしたるに検証及び鑑定に付ては同法第百十七条を以て職権取調を為すことを得せしめたるは実に本件の如く裁判所に提出せられたる訴訟物の価額の如きは彼の一定の時と場所とに於て或る一定の人に見聞せられたる既往に於ける特殊事項と異なり。
裁判官の智識を以て判断し得べきものにして若し其智識の不足なる場合には専門技術者をして補助せしめ得可ければなり。
然るに原院が当事者の訴訟物価額の立証を為さざりしを責問し其主張に対し審議せざりしは正当に法則を適用せざるの不法を免れずと云ふに在り
然れども原審に於て上告人は被上告人が価格一万円以上を有する本件不動産を僅僅八千百余円にて競落したるは本件賃貸借契約の真正なることを認めたるものなりと主張し又被上告人は本件不動産の価格の金一万円以上なることを争ひたるものなるを以て斯かる場合に上告人に於て裁判所をして自己の主張を認容せしめんとするには不動産の価格に付き自ら進で立証する所なかる可からず。
但裁判所は訴訟物の価格を算定する等必要なる場合には民事訴訟法第百十七条に依り職権上鑑定を命ずるを妨げずと雖も本件の如く当事者に於て立証を為すの責任を有する場合に裁判所は必ずしも進で職権上鑑定を為さしめざる可からざる職責を有するものに非ず論旨理由なし。
(判旨第三点)
上来説明するが如く本件上告は其理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条を適用し主文の如く判決す