大正六年(オ)第百四十七號
大正六年三月十六日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 舊商法第九百九十一條第一項ニ謂總テノ支拂トハ債務者ノ任意ノ辨濟ノミナラス強制執行又ハ假差押等ノ方法ニ依リ債權ノ滿足ヲ得ルコトヲモ指称スルモノトス
(參照)前條ニ掲ケタルモノノ外債務者カ支拂停止後破産宣告前ニ財團ノ損害ニ於テ爲シタル總テノ支拂及ヒ權利行爲ハ相手方カ支拂停止ヲ知リタルトキニ限リ財團ノ計算ノ爲メ之ニ對シテ異議ヲ述フルコトヲ得(舊商法第九百九十一條第一項)
鈴木安次郎破産管財人
右當事者間ノ破産財團引渡請求事件ニ付大阪控訴院カ大正五年十二月二十三日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告理由第一點ハ原判決ハ「先ツ控訴人橋詰竹之助外三名ノ代理人ノ提出二係ル舊商法第九百九十一條第一項及ヒ九百九十六條ノ規定スル各事實ハ法律上相容レサルカ故ニ被控訴人カ本件請求ノ原因トシテ右二箇ノ事實ヲ主張スルハ請求ノ原因一定セサルヲ以テ不適法ナリトノ訴訟抗辯ニ付キ按スルニ舊商法第九百九十一條第一項ノ規定ハ破産者カ破産財團ノ損害ニ於テ爲シタル行爲ニ關シ否認權ヲ認メ同第九百九十六條ノ規定ハ破産者カ破産債權者ニ損害ヲ加フル目的ヲ以テ爲シタル行爲ニ關シ否認權ヲ認メタルモノニシテ二者相容レサル性質ヲ有スルモノニアラサルカ故ニ右二箇ノ事實ヲ同時ニ主張スルモ之ヲ以テ請求ノ原因一定セサルモノト謂ヒ得サルニ依リ右抗辯ハ理由ナシ」ト判示シ右兩法條ハ孰レモ破産者カ爲シタル同一行爲ニ關シ否認權ヲ認メタルモノナリト斷セリ然ルニ舊商法第九百九十一條ニハ債務者カ支拂停止後破産宣告前ニ財團ノ損害ニ於テ爲シタル總テノ支拂及權利行爲ハ相手方カ支拂停止ヲ知リタルトキニ限リ財團ノ計算ノ爲メ之ニ對シテ異議ヲ述フルコトヲ得云云ト規定シアリテ債務者ノ支拂其他ノ權利行爲カ支拂停止後破産宣告前ニ行ハレタルコトト破産財團ノ損害ニ於テ行ハレタルコトヲ要件トスルノミニシテ其目的ノ如何ヲ問ハス之ニ反シ同第九百九十六條ニハ債務者カ債權者ニ損害ヲ加フル目的ヲ以テ爲シタル權利行爲ハ相手方カ情ヲ知リタルトキニ限リ其日附ノ如何ヲ問ハス之ニ關シ異議ヲ述フルコトヲ得ト規定シアリテ前者ト異リ權利行爲ノ行ハレタル日時ノ如何ハ之ヲ問ハサルモ債權者ニ損害ヲ加フル目的ヲ要件トスルコト明ナリサレハ兩者ハ其適用ノ場合ヲ異ニスルモノニシテ債務者ニシテ債權者ヲ害スル目的ヲ有センカ其權利行爲カ支拂停止後破産宣告前ナルト否トヲ問ハス必スヤ第九百九十六條ニ依リテ支配セラルヘク第九百九十一條ヲ適用スヘキニアラス又債務者ニシテ債權者ヲ害スル目的ナクシテ支拂停止後破産宣告前ニ財團ノ損害ニ於テ權利行爲ヲナシタルニ於テハ必スヤ第九百九十一條ニ依リテ支配セラルヘク第九百九十六條ヲ適用スヘキニアラサルヤ明白ナリ而シテ債權者ヲ害スルヲ目的トスル一箇ノ行爲ハ同時ニ「之ヲ目的トセサル
行爲タルコトナキコト勿論ナレハ兩法條ニ該當スル事實ヲ原因トシテ主張スルハ二箇ノ事實ヲ主張スルモノニシテ原因不定ノ違法アルコト明カナリ假リニ之ヲ一箇ノ事實ヲ主張シタルモノトスレハ右第九百九十一條ノ適用ハ第九百九十六條ヲ排斥シ又第九百九十六條ノ適用ハ第九百九十一條ヲ排斥シ一ノ適用ハ必ス他ノ適用ヲ排斥シ兩者相容ルルモノニアラサルヲ以テ兩法條カ同時ニ適用セラレサルコト寔ニ看易キノ理ナルニ拘ハラス原判決ハ敍上ノ如ク兩法條ヲ相容レサルモノニアラスト斷シ上告人ノ主張ヲ排斥セルハ即チ法律ノ解釋ヲ誤リタル裁判ナリト云フニ在り
然レトモ被上告人カ請求原因トシテ主張セル事實ソノモノハ終始渝ルコトナシ彼此法條ヲ擧示セルカ如キハ畢竟法律上ノ意見ノ表示ニ過キス請求原因ノ一定ニ於テ何等防クルトコロ無シ左レハ舊商法當該法條ニ對スル原院解釋ノ適否ハ如何ニモアレ請求原因ノ一定ヲ缺カストノ判斷ソノモノハ正鵠ヲ失ハサルヲ以テ上告論旨ハ理由無シ
上告理由第二點ハ原判決ハ事實ニ於テ被上告人ハ上告人等ハ鈴木安次郎ト共謀シ同人カ支拂停止ヲナセル事實ヲ知リナカラ他ノ債權者ヲ害シ上告人各自ニ利益ナル辨濟ヲ得ンコトヲ企テ明治四十五年四月十九日突然鈴木カ上告人等ニ對スル債務ヲ承認シ且ツ直チニ之ヲ支拂フヘキ旨ヲ記載セル強制執行認諾ノ公正證書ヲ作成シ上告人等ハ右債務名義ニ基キ上告人宮本安松ハ同年四月二十二日其他ノ上告人ハ同月十五日何レモ轉付命令ヲ得テ同月二十三日該命令ニ基キ和歌山縣ヨリ現金ノ交付ヲ受ケタリト陳述セリト摘示シ理由ノ前段ニ於テ鈴木安次郎ハ本件公正證書作成ノ日時タル明治四十五年三月十三日頃當時ニハ支拂不能ノ窮境ニ瀕シ云云上告人等ト鈴木ト共謀ノ上右各公正證書ヲ作成シ該公正證書ノ執行ニ藉口シ債權ノ差押轉付命令申請等ノ形式ニヨリ鈴木安次郎ノ支拂停止ノ日時タル明治四十五年三月三十一日以後破産宣告アリタル大正二年二月三日ニ至ル間ニ於テ明治四十五年四月二十三日右支拂停止ノ事實ヲ知リ乍ラ和歌山縣ヨリ本訴工事請負金ノ金額ヲ受領シ以テ鈴木安次郎ヨリ各其辨濟ヲ受ケタルモノニシテ即チ上告人等ハ孰レモ破産者タル鈴木安次郎ヲシテ他ノ債權者ヲ害スル目的ヲ以テ前記公正證書ヲ作成セシメ因テ其支拂停止ノ事實ヲ知リ乍ラ各債權ノ辨濟ヲ受ケ破産財團ニ損害ヲ加ヘタルモノナル事實ヲ認定スルニ足ル云云ト判示シ後段ニ於テ畢竟鈴木安次郎カ上告人等ト共謀シ右工事請負金ニ依リ上告人等ノ債權ノ辨濟ヲ得セシメントスルノ手段ニ供セラレタルモノニシテ該轉付命令ニ依リ上告人等ハ孰レモ鈴木安次郎ヨリ其債權ノ辨濟ヲ受ケタルモノナルコト明白ナルカ故ニ是等行爲ヲ以テ前記法條ニ所謂支拂又ハ權利行爲ナリト云フニ付キ毫モ妨ケナシ云云ト判示セリ敍上事實ノ摘示ニ依レハ被上告人ノ原審ニ於テ主張スル否認權ノ目的タル事實ハ公正證書ノ作成ニアリトスルカ又ハ轉付命令ノ申請ニアリトスルカ將タ轉付命令ニ基ク工事請負金ノ受領ニアリトスルカ將タ此等各事實ノ綜合ニアリトスルカ不明ナルヲ以テ原審ニ於テ釋明權ニヨリ原因タル事實ヲ一定シ原判決ニ於テ其一定セル原因事實ヲ掲ケサルヘカラサルニ事茲ニ出テサルハ違法ノ裁判ナリ加之原判決ハ其前段ニ於テハ公正證書作成ノ行爲カ破産財團ニ損害ヲ及ホスカ故被上告人ノ該行爲ニ基ク否認權行使ハ理由アリトセルカ如キモ其後段ニ於テハ上告人等ノ債權轉付命令申請ノ行爲若クハ該命令ニ基ク工事請負金受領カ否認權ノ基礎タルカ如ク判示セルノミナラス更ニ「此等行爲」ナル文言ヲ使用シ以上ノ各事實ヲ綜合シテ否認權ノ目的タル如ク斷セルハ同一法律關係ニ關シ前後矛盾セル斷定ヲナシタルモノニシテ理由不備ノ裁判ナリト云フニ在り
然レトモ原判決ノ全部及ヒ第一審判決事實摘示ニ據レハ被上告人(原告)主張ノ趣旨ハ強制執行ノ方法ニ依リ本訴請負金ヲ以テ上告人等ノ債權ヲ滿足セシメタルコトヲ否認權ノ目的タル事實トスルニアルコト之ヲ窺知シ得サルニアラス而シテ原院モ亦斯カル意味ニ於テ上告人ノ主張ヲ了解シ且ツ事實ヲ認定シタルモノナルコト之ヲ原判決ニ徴シ明白ナルヲ以テ勿論釋明權行使ノ必要モ無ク又何等斷定ノ矛盾モ無シ論旨後段ノ如キハ判文ノ末ヲ捉ヘテ云云スルニ過キス要スルニ論旨ハ總テ其理由ナシ
上告理由第三點ハ原判決ハ假リニ公正證書作成ノ行爲カ否認權ノ基礎ナリト斷セルモノトシタリトセンカ之甚タ不當ノ斷定ナリ何トナレハ債務者カ既存ノ債務ニ付キ公正證書ヲ作成スルモ其債務ノ實體ヲ増減スルコトナク之カ爲メ債務者ノ負擔ヲ重カラシムルモノニアラサルコトハ恰モ無證書ノ債務ニ付キ新ニ借用證書ヲ作成スルト異ナルコトナシサレハ之ヲ以テ財團ニ損害ヲ及ホス行爲若クハ他ノ債權者ヲ害スル行爲ナリトスルヲ得ス又假リニ轉付命令ノ申請若クハ該命令ニ基ク支拂ヲ以テ否認權ノ目的ナリト斷シタルモノナリトセンカ之又不當ナル斷定ナリ何トナレハ轉付命令ノ申請ハ債務者ノ行爲ニ非スシテ債權者ノ行爲而モ權利保護請求權ノ行使即チ公權ノ行使ニシテ轉付命令ハ國家ノ機關タル裁判所ノ命令ナレハ之ヲ以テ債務者ノ行爲ナリトスルヲ得サルヤ明カナリサレハ國家ノ命令ニ基ク請負金ノ授受ハ又債務者ノ行爲タラサルヤ亦言ヲ竣タス裁判所ノ命令若クハ命令ニ基ク行爲ヲ排斥セントスルニハ民事訴訟法上許サレタル手段ニ據ルヘク而シテ債權者カ轉付命令ニ基キ支拂ヲ受ケタル後ニ於テハ斯ル手段モ亦用ユヘキ餘地アルナシ以上何レヨリ見ルモ被上告人カ舊商法第九百九十一條若クハ同第九百九十六條ノ否認權ヲ有スルモノニ非サルヤ明ナルヲ以テ被上告人ノ否認權ヲ是認セル原判決ハ違法ノ裁判ナリト云ハサルヘカラスト云フニ在り
然レトモ上告理由第二點ニ對シ説示シタル如ク原院ハ強制執行ノ方法ニ依リ本訴請負金ヲ以テ上告人等ノ債權ヲ滿足セシメタルコトヲ否認權ノ目的ト判定シタルモノナリ而シテ舊商法第九百九十一條第一項ニ總テノ支拂トアルハ債務者ノ任意ノ辨濟ヲ云フノミナラス強制執行又ハ假差押等ノ方法ニ依リ債權ノ滿足ヲ得ルコトヲモ指スモノト解釋スルヲ相當ト爲スカ故ニ原院カ前記ノ如キ判定ヲ爲シタルハ正當ニシテ論旨ハ理由無シ
上告理由第四點ハ原判決ノ確定セル事實ニ依レハ上告人カ鈴木安次郎ヲシテ公正證書ヲ作成セシメタルハ明治四十五年三月十三日ニシテ又鈴木安次郎カ支拂停止ヲ爲セルハ同年三月三十一日破産宣告ノ時日ハ大正二年二月三日ナリ然ラハ假リニ鈴木安次郎ノ公正證書ヲ作成シタル行爲カ本件否認權ノ目的タル行爲ナリトセンカ之即チ支拂停止以前ノ行爲ナレハ舊商法第九百九十六條ヲ適用スヘキ場合ナルヲ以テ鈴木安次郎ニ於テ他ノ債權者ヲ害スル目的アルヲ要ス然ルニ原判決ノ認定セル事實ニヨレハ鈴木安次郎ハ右公正證書作成ノ條件トシテ轉付命令ニ依リ上告人等カ受領セシ金圓ノ半額ヲ借リ受ケ他ノ債權者ニ辨濟スル計畫ナリシヲ以テ右半額ヲ引去リ眞實上告人等ノ手ニ入ル金額ハ破産財團ヨリ正當ニ受ケ得ヘキ金額ニ過不足アルヤヲ決定スルノ必要アリ若シ上告人等カ轉付命令ニ依リ眞實支拂ヲ受クル金額カ破産財團ヨリ正當ニ支拂ハルヘキ金額ヨリ不足ナランカ債務者タル鈴木安次郎ニ於テモ又上告人等ニ於テモ債權者ニ損害ヲ加フル目的アリトスルヲ得ス然ルニ原判決ハ上告人等カ轉付命令ニ依リテ支拂ヲ受クル金額及ヒ其半額ノ金額如何及ヒ他ノ債權者ノ債權額如何ヲ確定セスシテ單ニ公正證書作成日時タル明治四十五年三月十三日ニ於テ鈴木安次郎ハ支拂不能ノ窮境ニ瀕シ云云證人鈴木安次郎ノ調書中證人カ控訴人等ヨリ債權ノ差押ヲ受ケタルニ當リ他ニ支拂ヲ爲スヘキ金員ヲ有セサリシニ依リ云云ノ供述記載アリト説示セルモ鈴木安次郎カ支拂不能ニ瀕シ又差押ノ當時他ニ支拂ヲ爲スヘキ財産ナケレハコソ上告人ハ轉付金額ノ半額ヲ鈴木ニ支拂シ之ヲ以テ他ノ債權者ニ辨濟セシメ因テ以テ之ヲ害セサラントスルニ至リタルモノナリ以上ノ如ク公正證書作成當時ニ於ケル鈴木安次郎ノ債務總額ハ如何轉付金額ハ如何上告人等カ受クル轉付金額ノ半額ト他ノ半額ニ依リテ他ノ債權者等カ受クル割合如何ヲ確定セサル原判決ハ理由不備ノ裁判ナリト云フニ在り
然レトモ所論ノ如キ事實ハ原院ノ確定スルトコロニアラス單ニ證人鈴木安次郎ノ供述ノ一部トシテ掲ケアルニ過キサルコト判文上明白ナルヲ以テ論旨ハ其前提ニ於テ原判示ニ副ハサルモノナリ從ヒテ採ルニ足ラス
上告理由第五點ハ原判決ハ上告人代理人ハ右支拂停止ノ事實又ハ之ヲ知レリトノ事實若クハ詐害ノ事實又ハ其意思アリタリトノ事實ヲ認定シ證人田中藤次郎、田中兵吉、村上喜一郎、佐々木六郎、佐々野幡男ノ證言竝ニ乙號各證ノ提出ニ依リ右否認ニ係ル事實ヲ立證セントスルモ是等ノ證據ニ依リテハ前示認定ヲ覆スニ足ラスト判示セルモ以上ノ各事實ハ原告タル被上告人ニ於テ立證スヘク上告人ニ於テ立證スヘキモノニアラス然ラハ原判決ハ立證責任ヲ顛倒シタル違法ノ裁判ナリト云フニ在り
然レトモ原判決ハ先ツ種種ノ證據ニ基キテ否認權成立ノ要件タル事實ヲ認メタル上筆路ヲ一轉シ上告人採用ニ係ル證據ヲ以テシテハ右ノ認定ヲ覆スニ足ラスト説示セルモノナルカ故ニ所論ノ如キ違法ナキコト多言ヲ要セス
以上ノ理由ナルニ依リ當院ハ民事訴訟法第四百三十九條第一項ヲ適用シ主文ノ如ク判決ス
大正六年(オ)第百四十七号
大正六年三月十六日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 旧商法第九百九十一条第一項に謂総ての支払とは債務者の任意の弁済のみならず強制執行又は仮差押等の方法に依り債権の満足を得ることをも指称するものとす。
(参照)前条に掲げたるものの外債務者が支払停止後破産宣告前に財団の損害に於て為したる総ての支払及び権利行為は相手方が支払停止を知りたるときに限り財団の計算の為め之に対して異議を述ぶることを得。
(旧商法第九百九十一条第一項)
鈴木安次郎破産管財人
右当事者間の破産財団引渡請求事件に付、大坂控訴院が大正五年十二月二十三日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告理由第一点は原判決は「先づ控訴人橋詰竹之助外三名の代理人の提出二係る旧商法第九百九十一条第一項及び九百九十六条の規定する各事実は法律上相容れざるが故に被控訴人が本件請求の原因として右二箇の事実を主張するは請求の原因一定せざるを以て不適法なりとの訴訟抗弁に付き按ずるに旧商法第九百九十一条第一項の規定は破産者が破産財団の損害に於て為したる行為に関し否認権を認め同第九百九十六条の規定は破産者が破産債権者に損害を加ふる目的を以て為したる行為に関し否認権を認めたるものにして二者相容れざる性質を有するものにあらざるが故に右二箇の事実を同時に主張するも之を以て請求の原因一定せざるものと謂ひ得ざるに依り右抗弁は理由なし。」と判示し右両法条は孰れも破産者が為したる同一行為に関し否認権を認めたるものなりと断せり。
然るに旧商法第九百九十一条には債務者が支払停止後破産宣告前に財団の損害に於て為したる総ての支払及権利行為は相手方が支払停止を知りたるときに限り財団の計算の為め之に対して異議を述ぶることを得。
云云と規定しありて債務者の支払其他の権利行為が支払停止後破産宣告前に行はれたることと破産財団の損害に於て行はれたることを要件とするのみにして其目的の如何を問はず之に反し同第九百九十六条には債務者が債権者に損害を加ふる目的を以て為したる権利行為は相手方が情を知りたるときに限り其日附の如何を問はず之に関し異議を述ぶることを得と規定しありて前者と異り権利行為の行はれたる日時の如何は之を問はざるも債権者に損害を加ふる目的を要件とすること明なりされば両者は其適用の場合を異にするものにして債務者にして債権者を害する目的を有せんか其権利行為が支払停止後破産宣告前なると否とを問はず必ずや第九百九十六条に依りて支配せらるべく第九百九十一条を適用すべきにあらず。
又債務者にして債権者を害する目的なくして支払停止後破産宣告前に財団の損害に於て権利行為をなしたるに於ては必ずや第九百九十一条に依りて支配せらるべく第九百九十六条を適用すべきにあらざるや明白なり。
而して債権者を害するを目的とする一箇の行為は同時に「之を目的とせざる
行為たることなきこと勿論なれば両法条に該当する事実を原因として主張するは二箇の事実を主張するものにして原因不定の違法あること明かなり。
仮りに之を一箇の事実を主張したるものとすれば右第九百九十一条の適用は第九百九十六条を排斥し又第九百九十六条の適用は第九百九十一条を排斥し一の適用は必す他の適用を排斥し両者相容るるものにあらざるを以て両法条が同時に適用せられざること寔に看易きの理なるに拘はらず原判決は叙上の如く両法条を相容れざるものにあらずと断し上告人の主張を排斥せるは。
即ち法律の解釈を誤りたる裁判なりと云ふに在り
然れども被上告人が請求原因として主張せる事実そのものは終始渝ることなし彼此法条を挙示せるが如きは畢竟法律上の意見の表示に過ぎず請求原因の一定に於て何等防くるところ無し左れば旧商法当該法条に対する原院解釈の適否は如何にもあれ請求原因の一定を欠かずとの判断そのものは正鵠を失はざるを以て上告論旨は理由無し
上告理由第二点は原判決は事実に於て被上告人は上告人等は鈴木安次郎と共謀し同人が支払停止をなせる事実を知りながら他の債権者を害し上告人各自に利益なる弁済を得んことを企で明治四十五年四月十九日突然鈴木が上告人等に対する債務を承認し且つ直ちに之を支払ふべき旨を記載せる強制執行認諾の公正証書を作成し上告人等は右債務名義に基き上告人宮本安松は同年四月二十二日其他の上告人は同月十五日何れも転付命令を得て同月二十三日該命令に基き和歌山県より現金の交付を受けたりと陳述せりと摘示し理由の前段に於て鈴木安次郎は本件公正証書作成の日時たる明治四十五年三月十三日頃当時には支払不能の窮境に瀕し云云上告人等と鈴木と共謀の上右各公正証書を作成し該公正証書の執行に藉口し債権の差押転付命令申請等の形式により鈴木安次郎の支払停止の日時たる明治四十五年三月三十一日以後破産宣告ありたる大正二年二月三日に至る間に於て明治四十五年四月二十三日右支払停止の事実を知り乍ら和歌山県より本訴工事請負金の金額を受領し以て鈴木安次郎より各其弁済を受けたるものにして、即ち上告人等は孰れも破産者たる鈴木安次郎をして他の債権者を害する目的を以て前記公正証書を作成せしめ因で其支払停止の事実を知り乍ら各債権の弁済を受け破産財団に損害を加へたるものなる事実を認定するに足る云云と判示し後段に於て畢竟鈴木安次郎が上告人等と共謀し右工事請負金に依り上告人等の債権の弁済を得せしめんとするの手段に供せられたるものにして該転付命令に依り上告人等は孰れも鈴木安次郎より其債権の弁済を受けたるものなること明白なるが故に是等行為を以て前記法条に所謂支払又は権利行為なりと云ふに付き毫も妨げなし云云と判示せり叙上事実の摘示に依れば被上告人の原審に於て主張する否認権の目的たる事実は公正証書の作成にありとするか又は転付命令の申請にありとするか将た転付命令に基く工事請負金の受領にありとするか将た此等各事実の綜合にありとするか不明なるを以て原審に於て釈明権により原因たる事実を一定し原判決に於て其一定せる原因事実を掲げざるべからざるに事茲に出でさるは違法の裁判なり。
加之原判決は其前段に於ては公正証書作成の行為が破産財団に損害を及ぼすか故被上告人の該行為に基く否認権行使は理由ありとせるが如きも其後段に於ては上告人等の債権転付命令申請の行為若くは該命令に基く工事請負金受領が否認権の基礎たるが如く判示せるのみならず更に「此等行為」なる文言を使用し以上の各事実を綜合して否認権の目的たる如く断せるは同一法律関係に関し前後矛盾せる断定をなしたるものにして理由不備の裁判なりと云ふに在り
然れども原判決の全部及び第一審判決事実摘示に拠れば被上告人(原告)主張の趣旨は強制執行の方法に依り本訴請負金を以て上告人等の債権を満足せしめたることを否認権の目的たる事実とするにあること之を窺知し得ざるにあらず。
而して原院も亦斯かる意味に於て上告人の主張を了解し且つ事実を認定したるものなること之を原判決に徴し明白なるを以て勿論釈明権行使の必要も無く又何等断定の矛盾も無し論旨後段の如きは判文の末を捉へて云云するに過ぎず要するに論旨は総で其理由なし。
上告理由第三点は原判決は仮りに公正証書作成の行為が否認権の基礎なりと断せるものとしたりとせんか之甚た不当の断定なり。
何となれば債務者が既存の債務に付き公正証書を作成するも其債務の実体を増減することなく之が為め債務者の負担を重からしむるものにあらざることは恰も無証書の債務に付き新に借用証書を作成すると異なることなしされば之を以て財団に損害を及ぼす行為若くは他の債権者を害する行為なりとするを得ず。
又仮りに転付命令の申請若くは該命令に基く支払を以て否認権の目的なりと断したるものなりとせんか之又不当なる断定なり。
何となれば転付命令の申請は債務者の行為に非ずして債権者の行為而も権利保護請求権の行使即ち公権の行使にして転付命令は国家の機関たる裁判所の命令なれば之を以て債務者の行為なりとするを得ざるや明かなりされば国家の命令に基く請負金の授受は又債務者の行為たらざるや亦言を竣たず。
裁判所の命令若くは命令に基く行為を排斥せんとするには民事訴訟法上許されたる手段に拠るべく。
而して債権者が転付命令に基き支払を受けたる後に於ては斯る手段も亦用ゆへき余地あるなし以上何れより見るも被上告人が旧商法第九百九十一条若くは同第九百九十六条の否認権を有するものに非ざるや明なるを以て被上告人の否認権を是認せる原判決は違法の裁判なりと云はざるべからずと云ふに在り
然れども上告理由第二点に対し説示したる如く原院は強制執行の方法に依り本訴請負金を以て上告人等の債権を満足せしめたることを否認権の目的と判定したるものなり。
而して旧商法第九百九十一条第一項に総ての支払とあるは債務者の任意の弁済を云ふのみならず強制執行又は仮差押等の方法に依り債権の満足を得ることをも指すものと解釈するを相当と為すか故に原院が前記の如き判定を為したるは正当にして論旨は理由無し
上告理由第四点は原判決の確定せる事実に依れば上告人が鈴木安次郎をして公正証書を作成せしめたるは明治四十五年三月十三日にして又鈴木安次郎が支払停止を為せるは同年三月三十一日破産宣告の時日は大正二年二月三日なり。
然らば仮りに鈴木安次郎の公正証書を作成したる行為が本件否認権の目的たる行為なりとせんか之即ち支払停止以前の行為なれば旧商法第九百九十六条を適用すべき場合なるを以て鈴木安次郎に於て他の債権者を害する目的あるを要す。
然るに原判決の認定せる事実によれば鈴木安次郎は右公正証書作成の条件として転付命令に依り上告人等が受領せし金円の半額を借り受け他の債権者に弁済する計画なりしを以て右半額を引去り真実上告人等の手に入る金額は破産財団より正当に受け得べき金額に過不足あるやを決定するの必要あり。
若し上告人等が転付命令に依り真実支払を受くる金額が破産財団より正当に支払はるべき金額より不足ならんか債務者たる鈴木安次郎に於ても又上告人等に於ても債権者に損害を加ふる目的ありとするを得ず。
然るに原判決は上告人等が転付命令に依りて支払を受くる金額及び其半額の金額如何及び他の債権者の債権額如何を確定せずして単に公正証書作成日時たる明治四十五年三月十三日に於て鈴木安次郎は支払不能の窮境に瀕し云云証人鈴木安次郎の調書中証人が控訴人等より債権の差押を受けたるに当り他に支払を為すべき金員を有せざりしに依り云云の供述記載ありと説示せるも鈴木安次郎が支払不能に瀕し又差押の当時他に支払を為すべき財産なければこそ上告人は転付金額の半額を鈴木に支払し之を以て他の債権者に弁済せしめ因で以て之を害せさらんとするに至りたるものなり。
以上の如く公正証書作成当時に於ける鈴木安次郎の債務総額は如何転付金額は如何上告人等が受くる転付金額の半額と他の半額に依りて他の債権者等が受くる割合如何を確定せざる原判決は理由不備の裁判なりと云ふに在り
然れども所論の如き事実は原院の確定するところにあらず。
単に証人鈴木安次郎の供述の一部として掲げあるに過ぎざること判文上明白なるを以て論旨は其前提に於て原判示に副はざるものなり。
従ひて採るに足らず
上告理由第五点は原判決は上告人代理人は右支払停止の事実又は之を知れりとの事実若くは詐害の事実又は其意思ありたりとの事実を認定し証人田中藤次郎、田中兵吉、村上喜一郎、佐佐木六郎、佐佐野幡男の証言並に乙号各証の提出に依り右否認に係る事実を立証せんとするも是等の証拠に依りては前示認定を覆すに足らずと判示せるも以上の各事実は原告たる被上告人に於て立証すべく上告人に於て立証すべきものにあらず。
然らば原判決は立証責任を顛倒したる違法の裁判なりと云ふに在り
然れども原判決は先づ種種の証拠に基きて否認権成立の要件たる事実を認めたる上筆路を一転し上告人採用に係る証拠を以てしては右の認定を覆すに足らずと説示せるものなるが故に所論の如き違法なきこと多言を要せず。
以上の理由なるに依り当院は民事訴訟法第四百三十九条第一項を適用し主文の如く判決す