大正四年(オ)第七百三號
大正五年七月二十二日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 占有保持ノ訴ハ客觀的ニ占有妨害ノ事實アル場合ニ妨害者ニ對シ之ヲ提起スルヲ得ヘキモノニシテ妨害ノ妨害者ノ責ニ歸スヘキ事由ニ出テタルト否トハ之ヲ問ハス故ニ特別ノ明文ナキ限リ故意又ハ過失ニ因リテ占有ヲ侵害セラレタルコトヲ要件トスル占有ニ對スル不法行爲ニ基ク損害賠償ノ請求トハ其原因ヲ異ニスルモノトス
- 一 占有保持ノ訴ニ於テ妨害ノ停止トハ妨害者ノ費用ヲ以テ妨害ヲ排除シ以テ原状ニ囘復セシムルコトヲ云ヒ其損害ノ賠償トハ原状ニ囘復セラルル迄ノ間占有ニ支障ヲ來シタルニ因リ生スル損害ノ賠償ヲ云フモノトス
上告人 黒崎村大字板井
代表者 米川又七
被上告人 團五郎江普通水利組合
代表者 薄田榮次郎
訴訟代理人 徳本寛三 矢部尚
右當事者間ノ江丸欠潰原状囘復請求事件ニ付新潟地方裁判所カ大正四年六月二十六日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
主文
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告費用ハ上告人ノ負擔トス
理由
上告理由第一點ハ原判決ハ法律ヲ不法ニ適用シタル違法アルモノト思考ス上告人カ第一審以來主張シタル本訴請求ノ原因タル事實ハ被上告人カ上告人ノ管理(占有)ニ屬スル堀切江ノ兩岸ニ存スル江丸(堤防)ニ對シ自己ニ管理權アリト稱シ其一部分ヲ破壞シ以テ不法ニモ上告人ヲシテ該江丸(堤防)ノ一部分ニ對スル占有ヲ喪失セシメ上告人ノ有セシ占有權ヲ妨害シタルヲ以テ上告人ハ其有セシ占有權ヲ從前ノ如ク保持センカ爲メ被上告人ノ不法行爲ニ依リ占有ヲ喪失セシメタル點ニ對シ損害賠償ノ請求ヲ爲シタル次第ナリ而シテ其要求スル損害額ハ被上告人カ破壊シタル江丸ヲ原状ニ囘復スルニ要スル費用即チ上告人カ該江丸ヲ從前ノ如ク占有スルヲ得ルカ爲メニ要スル金額ヲ以テ相當額ナリト信シタリ故ニ上告人ノ本訴請求ハ民法第百九十八條ニ依リ占有保持ノ訴ニ依リ被上告人ノ不法行爲ニ依リ爲サレタル占有妨害ニ對シ損害要求權アルコト洵ニ明瞭ナリ而シテ上告人ノ第一審ニ主張シタル本訴請求ノ原因タル事實及ヒ一定ノ申立ハ上述シタル所ト毫モ異ナル所ナキコトハ本件ノ訴訟記録ニ徴シテ最モ明白ナリ然ルニ原判決ハ次ニ本案ノ當否ニ付キ按スルニ被控訴人ハ其占有ニ係ル堀切江ノ江丸ヲ控訴組合ニ於テ恣ニ欠缺シタルコトヲ理由トシ占有保持ノ訴ニ依リ其妨害停止ノ爲メ原状囘復ニ代ルヘキ損害賠償ヲ求ムレトモ民法第百九十八條ニ依ル占有保持ノ訴トシテハ占有妨害ノ停止及ヒ占有妨害ノ爲メニ生シタル損害賠償ヲ請求シ得ルニ止マリ原状囘復ノ履行ニ代ルヘキ損害賠償ノ請求權ヲ許容シタル規定ノ見ルヘキモノニアラサレハ被控訴人ノ本訴請求ハ其請求自體ニ於テ認容シ得サルコト明カナルニ依リ當然棄却ス云云ト説明セラレタレトモ本訴請求ハ之ヲ要スルニ原判決ノ所謂占有妨害ノ爲メニ生シタル損害賠償ノ要求ヲ爲スモノニシテ其要求額ヲ原状囘復ニ要スル金額ト爲シタルニ過キサルコト上告人ノ第一審以來主張シタル事實陳述ニ徴シテ明白ナリ尤モ上告人ノ之ニ對スル法律上ノ釋明ニ付テハ多少疑ヲ招クヘキモノナキニ非スト雖モ訴訟ノ基礎ト爲ルヘキモノハ訴ノ原因トシテ主張シタル事實其ノモノナレハ當事者ノ法律上ノ釋明ニ多少疑ヲ容ルヘキモノアリトスルモ本案請求ノ當否ニハ何等ノ影響ヲ及ホスヘキモノニ非ス是レ恰モ訴ノ原因トシテ消費貸借ナル事實ヲ主張シテ貸金ノ返濟ヲ求ムル場合ニ於テ原告カ此消費貸借ナル事實ヲ指シテ之ヲ法律上賃貸借ナリト釋明シタル場合ニ於テモ原告ノ主張シタル事實其モノニ基キ判決ヲ下スヘキモノニシテ法律上ノ釋明ノ不明ナル點アリトノ一事ニ依リ其請求ヲ排斥スヘキモノニ非サルト其理ヲ等ウス本訴ニ於テ上告人ハ被上告人ノ不法行爲ニ依リ占有ヲ妨害シタル事實ヲ訴ノ原因ト爲シ損害賠償ヲ要求スルモノナルコト明明白白ナレハ假令占有保持ノ訴ニ依リ其妨害停止ノ爲ニ原状囘復ニ代ルヘキ損害賠償ヲ求ムト云フカ如キ之ヲ了解スルニ困難ナル言語ヲ使用シタルコトアリトスルモ本件ノ訴ノ原因タル事實カ占有ノ妨害ニシテ其請求カ損害要償ニアルコト明ナルコト上述ノ次第ナレハ原裁判所ハ第一果シテ上告人主張ノ如キ不法行爲ニ依ル占有妨害ノ事實アルヤ否ヤ第二上告人ノ請求スル損害要求額ハ相當ナルヤ否ヤヲ判斷シテ相當ノ裁判ヲ下スヘキモノトス然ルニ原判決ハ茲ニ出テス徒ラニ意味不明ナル言語ヲ捕ヘ來リテ本訴請求ヲ以テ不適法ナリト爲シ本訴ノ請求却下ノ判決ヲ下シタルハ法律違反ノ違法アルモノナリト思考ス而シテ上告人カ原告トシテ訴ヲ提起シタル請求ノ原因ハ上述ノ如ク占有妨害ニシテ之カ請求ハ其既ニ妨害セラレタル占有妨害ニ對スル損害ノ賠償ニ外ナラサルコトハ第一上告人カ第一審第二審ニ於テ原告又ハ被控訴人トシテ爲シタル主張第二、第一審及ヒ第二審判決ニ於ケル事實ノ摘示ニ依リ明白ナリ第一上告人(原告)カ第一審ニ於テ爲シタル訴ノ原因カ上述ノ如キ次第ハ左ニ摘示スル所ニ依リ明ナリ(一)訴状中(イ)請求ノ目的トシテ左ノ記載被告組合カ大正二年十一月十九日原告大字ニ於テ管理スル堀切江ノ江丸ヲ不法ニモ缺潰シ其管理權ヲ侵害シタルヲ以テ其妨害ヲ除去スル爲メ原状ニ囘復セシメ若クハ損害額四百三十四圓ノ賠償ヲ求ム(ロ)一定ノ申立トシテ左ノ記載被告ハ原告ニ對シ原告大字ヲ貫通スル堀切江ノ南岸江丸ノ内側ニ於テ云云ヲ各其殘存江丸ノ高サニ築立テ兩江丸共原状ニ囘復スヘシ若ハ金四百三十四圓ヲ賠償スヘシ(ハ)訴ノ原因トシテ就中左ノ記載三云云同月十九日突然多數ノ人夫ヲ使役シ不法ニモ江丸ヲ破壊シ始メタルヨリ原告大字ノ重立タル者ハ之ヲ制止シタルニ拘ラス暴力ヲ以テ右兩岸江丸ヲ缺キ潰シテ以テ江幅ノ取擴ヲ敢行スルニ至レリ四、云云殘存ノ江丸幅甚シキハ一尺ニ滿タサル箇所ヲ生スルニ至リ危險此上ナキニ至レリ五、以上被告組合ハ不法ニモ原告大字ノ管理權ヲ侵害シタルモノニシテ現ニ其侵害カ繼續中ナルカ故其侵害停止(損害賠償ノ意ニ解スヘシ)ノ手段トシテ原状囘復ヲ求メ若ハ其損害額四百三十四圓ナルヨリ其賠償ヲ求ムル爲メ本訴ヲ提起シタル所以ナリ(二)第一審口頭辯論調書中特ニ左ノ記載原告ハ一、請求原因ヲ訴状記載ノ通リ陳述シタリ一、本訴ハ占有保持ノ訴ナリ一、原状囘復ハ即チ妨害ノ停止(損害ノ賠償ノ意ニ解スヘシ)ナリ一、損害額ハ原状囘復ノ費用ナリ(三)第一審判決中(イ)一定ノ申立及請求ノ原因トシテ左ノ記載原告訴訟代理人ハ云云各殘存江丸ノ高サニ築立テ兩江丸共原状ニ囘復スヘシ若ハ金二百五十八圓六十四錢二厘ヲ支拂フヘシ訴訟費用ハ被告ノ負擔トストノ判決ヲ求メ其請求ノ原因トシテ云云前記江丸ヲ一定ノ申立ノ如ク破壊シ以テ原告江丸占有權ヲ妨害シタリ而シテ原告ハ之カ爲メ金二百五十八圓六十四錢二厘ノ損害ヲ受ケタルヲ以テ占有權ニ基キ茲ニ本訴ヲ提起シタリ(ロ)右判決理由中左ノ記載按スルニ本件ノ訴旨トスル所ハ被告ハ係爭江丸ヲ缺壊シテ原告ノ江丸占有權ヲ妨害シ以テ原告ニ損害ヲ被ラシメタリト云フニ在ルヲ以テ本訴請求ノ原因ハ江丸占有權妨害ナルコト明ナリ第二、上告人カ第二審ニ於テ爲シタル訴ノ原因モ亦上述ノ如キ次第ハ左ニ摘示スル所ニ依リ明ナリ(一)口頭辯論調書中左ノ記載原審原告代理人ハ大正四年(レ)第三二號事件ノ控訴状ニ基キ一定ノ申立ヲ爲シ原審被告ノ控訴ハ之ヲ棄却ストノ判決相成度シト申立テ原判決摘示ト同一ナル請求原因タル事實關係ヲ陳述シ尚裁判長ノ問ニ對シ本件ハ原状囘復ヲ求メ若シ原状囘復ヲ爲ササル時ハ履行ニ代ハルヘキ損害金ノ支拂ヲ求ムル次第ナリト釋明シ本日附準備書面ニ基キ演述シ尚ホ準備ノ爲メ續行期日ノ指定ヲ求メタリ(二)第二審口頭辯論調書中左記ノ記載被控訴人ハ本訴損害賠償ノ請求ハ控訴人ニ於テ被控訴人ノ請求ニ應シ原状囘復ヲ爲ササル場合ニ之カ履行ニ代ルヘキモノナリト疏明シタル外當事者事實上ノ主張ハ原判決中被告ノ(二)(四)ノ抗辯ヲ除キタル摘示事實ト同一ナルヲ以テ茲ニ之ヲ援用スト云ヒ」第二點ハ原判決ハ法律違反ノ違法アルモノト思考ス凡ソ不法行爲ニ依ル損害賠償ハ其未タ不法行爲ニ依リ侵害セラレサル從前ノ状形即チ原状ニ囘復ニ要スヘキ費用ヲ要求スルヲ以テ目的ト爲ス故ニ損害賠償ハ原状囘復ニ代ルヘキ損害賠償ヲ求ムト云フモ單ニ損害賠償ヲ求ムト云フモ意味ニ於テ同一ナリ原判決ニ於テハ占有妨害ノ爲メニ生シタル損害賠償ヲ請求シ得ルコトヲ説明シナカラ上告人ノ使用シタル言語中ニ原状囘復ニ代ルヘキ損害賠償ノ文字アリタルカ爲メ本訴請求ハ其レ自體ニ於テ認容スヘキモノニ非スト判示シタルハ損害賠償ノ法理ニ違反シタル失當ノ判決ナリト思考ス而シテ本訴請求ノ損害賠償ハ用語ノ了解ニ苦ム文字ヲ使用シタルモノアリト雖モ其精神トスル意味ハ占有妨害ニ依リテ生シタル損害ノ賠償ヲ求ムルニアルコトハ第一點ニ於テ説明シタル外尚ホ左記ノ事項ニ依リ明ナリ損害ノ賠償ハ占有妨害前ノ状態ニ囘復セシムルニ要スル費用ニ付キ鑑定人ノ鑑定アリタル額ヲ請求シタルモノニシテ右額ハ其妨害セラレタル損害ヲ賠償セシムル額ト同意義ナリ上告人カ訴状ノ請求ノ原因「五」トシテノ記載中侵害停止ノ手段トシテ原状囘復ヲ求メ若クハ其損害額云云ヲ求ムトアル文字中其「侵害停止ノ手段トシテ」ナル文字ハ「損害賠償ノ手段トシテ」トノ意義ニ解スヘク第一審口頭辯論調書中原告カ原状囘復ハ即チ妨害停止ナリトノ文字中其「妨害停止」トハ損害賠償ノ意義ニ解スヘキコトハ上告人カ爲シタル總テノ申立主義立證等ニ依レハ極メテ明白ナリ之ニ反シテ其使用シタル文字ニ拘泥スルトキハ其何ノ意義タルヤヲ解スル能ハサルニ至ルヘシト云フニアリ
按スルニ先ツ占有保持ノ訴ハ占有ノ妨害ト云フ客觀的事實アル場合ニ妨害者ニ對シ之ヲ提起スルヲ得ヘク妨害カ妨害者ノ責ニ歸スヘキ事由ニ出テタルト否トハ之ヲ問ハス從ヒテ占有ニ對スル不法行爲ニ基ク損害賠償ノ請求トハ其原因ヲ同フセス何者此場合ニハ特別ノ明文無キ限リ故意又ハ過失ニ因リテ占有ヲ侵害スルコトヲ要件トスレハナリ故ニ占有保持ノ訴ト占有ニ對スル不法行爲ノ訴トハ自カラ其請求原因タル事實ヲ異ニシ別箇ノ訴ニ屬スルハ論無ク唯民事訴訟法第百九十一條ニ據リ二箇ノ訴ヲ併合シテ提起スルヲ得ヘキニ過キス次ニ占有保持ノ訴ニ於テ妨害ノ停止トハ妨害者ノ費用ヲ以テ妨害ヲ排除シ以テ原状ニ囘復セシムルコトヲ云ヒ又損害ノ賠償トハ原状ニ囘復セラルル迄ノ間占有ニ支障ヲ來シタルカ爲メニ生スル損害ヲ賠償スルコトヲ云フ尤モ或事情ノ爲メ原状囘復ヲ爲スヲ得サルニ至リ而モ右事情カ義務者タル妨害者ノ責ニ歸スヘキモノナル場合ニハ金錢的賠償ヲ求ムル外ナシト雖此場合ノ賠償額ハ原状囘復ヲ爲シ得サルカ爲メ失ハレタル程度ニ相當スル占有權ノ價格ニ該ルニ過キス必スシモ物質的缺損自體ノ價格ニ相當スルモノニアラス又必スシモ原状囘復費用ニ相當スルモノニモアラス本件ニ於テ上告人ハ第一審以來專ラ占有保持ノ訴トシテ原状囘復ヲ請求シ之ヲ爲ササル場合ノ豫備的請求トシテ原状囘復ニ要スル費用ノ支拂ヲ主張セルモノニシテ不法行爲ニ基ク損害賠償ヲ請求セルモノナラサルコトハ請求原因ニ關スル供述自體及ヒ原審ニ於ケル釋明ニ徴シ甚タ明白ナリ而シテ原状囘復義務ノ履行ニ代ハル損害賠償トシテ當然原状囘復ノ費用ヲ計上スルコトノ不當ナル以上説示ノ如クナルヲ以テ原裁判所カ上告人主張ニ係ル如キ損害賠償ノ請求ヲ棄却シタルハ相當ニシテ何等違法ノ點ヲ見ス
仍テ當院ハ民事訴訟法第四百五十三條第七十七條ヲ適用シ主文ノ如ク判決ス
大正四年(オ)第七百三号
大正五年七月二十二日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 占有保持の訴は客観的に占有妨害の事実ある場合に妨害者に対し之を提起するを得べきものにして妨害の妨害者の責に帰すべき事由に出でたると否とは之を問はず。
故に特別の明文なき限り故意又は過失に因りて占有を侵害せられたることを要件とする占有に対する不法行為に基く損害賠償の請求とは其原因を異にするものとす。
- 一 占有保持の訴に於て妨害の停止とは妨害者の費用を以て妨害を排除し以て原状に回復せしむることを云ひ其損害の賠償とは原状に回復せらるる迄の間占有に支障を来したるに因り生ずる損害の賠償を云ふものとす。
上告人 黒崎村大字板井
代表者 米川又七
被上告人 団五郎江普通水利組合
代表者 薄田栄次郎
訴訟代理人 徳本寛三 矢部尚
右当事者間の江丸欠潰原状回復請求事件に付、新潟地方裁判所が大正四年六月二十六日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
主文
本件上告は之を棄却す
上告費用は上告人の負担とす。
理由
上告理由第一点は原判決は法律を不法に適用したる違法あるものと思考す上告人が第一審以来主張したる本訴請求の原因たる事実は被上告人が上告人の管理(占有)に属する堀切江の両岸に存する江丸(堤防)に対し自己に管理権ありと称し其一部分を破壊し以て不法にも上告人をして該江丸(堤防)の一部分に対する占有を喪失せしめ上告人の有せし占有権を妨害したるを以て上告人は其有せし占有権を従前の如く保持せんか為め被上告人の不法行為に依り占有を喪失せしめたる点に対し損害賠償の請求を為したる次第なり。
而して其要求する損害額は被上告人が破壊したる江丸を原状に回復するに要する費用即ち上告人が該江丸を従前の如く占有するを得るか為めに要する金額を以て相当額なりと信じたり。
故に上告人の本訴請求は民法第百九十八条に依り占有保持の訴に依り被上告人の不法行為に依り為されたる占有妨害に対し損害要求権あること洵に明瞭なり。
而して上告人の第一審に主張したる本訴請求の原因たる事実及び一定の申立は上述したる所と毫も異なる所なきことは本件の訴訟記録に徴して最も明白なり。
然るに原判決は次に本案の当否に付き按ずるに被控訴人は其占有に係る堀切江の江丸を控訴組合に於て恣に欠欠したることを理由とし占有保持の訴に依り其妨害停止の為め原状回復に代るべき損害賠償を求むれども民法第百九十八条に依る占有保持の訴としては占有妨害の停止及び占有妨害の為めに生じたる損害賠償を請求し得るに止まり原状回復の履行に代るべき損害賠償の請求権を許容したる規定の見るべきものにあらざれば被控訴人の本訴請求は其請求自体に於て認容し得ざること明かなるに依り当然棄却す云云と説明せられたれども本訴請求は之を要するに原判決の所謂占有妨害の為めに生じたる損害賠償の要求を為すものにして其要求額を原状回復に要する金額と為したるに過ぎざること上告人の第一審以来主張したる事実陳述に徴して明白なり。
尤も上告人の之に対する法律上の釈明に付ては多少疑を招くべきものなきに非ずと雖も訴訟の基礎と為るべきものは訴の原因として主張したる事実其のものなれば当事者の法律上の釈明に多少疑を容るべきものありとするも本案請求の当否には何等の影響を及ぼすべきものに非ず是れ恰も訴の原因として消費貸借なる事実を主張して貸金の返済を求むる場合に於て原告が此消費貸借なる事実を指して之を法律上賃貸借なりと釈明したる場合に於ても原告の主張したる事実其ものに基き判決を下すべきものにして法律上の釈明の不明なる点ありとの一事に依り其請求を排斥すべきものに非ざると其理を等うす本訴に於て上告人は被上告人の不法行為に依り占有を妨害したる事実を訴の原因と為し損害賠償を要求するものなること明明白白なれば仮令占有保持の訴に依り其妨害停止の為に原状回復に代るべき損害賠償を求むと云ふが如き之を了解するに困難なる言語を使用したることありとするも本件の訴の原因たる事実が占有の妨害にして其請求が損害要償にあること明なること上述の次第なれば原裁判所は第一果して上告人主張の如き不法行為に依る占有妨害の事実あるや否や第二上告人の請求する損害要求額は相当なるや否やを判断して相当の裁判を下すべきものとす。
然るに原判決は茲に出でず徒らに意味不明なる言語を捕へ来りて本訴請求を以て不適法なりと為し本訴の請求却下の判決を下したるは法律違反の違法あるものなりと思考す。
而して上告人が原告として訴を提起したる請求の原因は上述の如く占有妨害にして之が請求は其既に妨害せられたる占有妨害に対する損害の賠償に外ならざることは第一上告人が第一審第二審に於て原告又は被控訴人として為したる主張第二、第一審及び第二審判決に於ける事実の摘示に依り明白なり。
第一上告人(原告)が第一審に於て為したる訴の原因が上述の如き次第は左に摘示する所に依り明なり。
(一)訴状中(イ)請求の目的として左の記載被告組合が大正二年十一月十九日原告大字に於て管理する堀切江の江丸を不法にも欠潰し其管理権を侵害したるを以て其妨害を除去する為め原状に回復せしめ若くは損害額四百三十四円の賠償を求む(ロ)一定の申立として左の記載被告は原告に対し原告大字を貫通する堀切江の南岸江丸の内側に於て云云を各其残存江丸の高さに築立で両江丸共原状に回復すべし。
若は金四百三十四円を賠償すべし。
(ハ)訴の原因として就中左の記載三云云同月十九日突然多数の人夫を使役し不法にも江丸を破壊し始めたるより原告大字の重立たる者は之を制止したるに拘らず暴力を以て右両岸江丸を欠き潰して以て江幅の取拡を敢行するに至れり四、云云残存の江丸幅甚しきは一尺に満たざる箇所を生ずるに至り危険此上なきに至れり五、以上被告組合は不法にも原告大字の管理権を侵害したるものにして現に其侵害が継続中なるが故其侵害停止(損害賠償の意に解すべし。
)の手段として原状回復を求め若は其損害額四百三十四円なるより其賠償を求むる為め本訴を提起したる所以なり。
(二)第一審口頭弁論調書中特に左の記載原告は一、請求原因を訴状記載の通り陳述したり。
一、本訴は占有保持の訴なり。
一、原状回復は。
即ち妨害の停止(損害の賠償の意に解すべし。
)なり。
一、損害額は原状回復の費用なり。
(三)第一審判決中(イ)一定の申立及請求の原因として左の記載原告訴訟代理人は云云各残存江丸の高さに築立で両江丸共原状に回復すべし。
若は金二百五十八円六十四銭二厘を支払ふべし。
訴訟費用は被告の負担とすとの判決を求め其請求の原因として云云前記江丸を一定の申立の如く破壊し以て原告江丸占有権を妨害したり。
而して原告は之が為め金二百五十八円六十四銭二厘の損害を受けたるを以て占有権に基き茲に本訴を提起したり。
(ロ)右判決理由中左の記載按ずるに本件の訴旨とする所は被告は係争江丸を欠壊して原告の江丸占有権を妨害し以て原告に損害を被らしめたりと云ふに在るを以て本訴請求の原因は江丸占有権妨害なること明なり。
第二、上告人が第二審に於て為したる訴の原因も亦上述の如き次第は左に摘示する所に依り明なり。
(一)口頭弁論調書中左の記載原審原告代理人は大正四年(レ)第三二号事件の控訴状に基き一定の申立を為し原審被告の控訴は之を棄却すとの判決相成度しと申立で原判決摘示と同一なる請求原因たる事実関係を陳述し尚裁判長の問に対し本件は原状回復を求め若し原状回復を為さざる時は履行に代はるべき損害金の支払を求むる次第なりと釈明し本日附準備書面に基き演述し尚ほ準備の為め続行期日の指定を求めたり。
(二)第二審口頭弁論調書中左記の記載被控訴人は本訴損害賠償の請求は控訴人に於て被控訴人の請求に応し原状回復を為さざる場合に之が履行に代るべきものなりと疏明したる外当事者事実上の主張は原判決中被告の(二)(四)の抗弁を除きたる摘示事実と同一なるを以て茲に之を援用すと云ひ」第二点は原判決は法律違反の違法あるものと思考す凡そ不法行為に依る損害賠償は其未だ不法行為に依り侵害せられざる従前の状形即ち原状に回復に要すべき費用を要求するを以て目的と為す。
故に損害賠償は原状回復に代るべき損害賠償を求むと云ふも単に損害賠償を求むと云ふも意味に於て同一なり。
原判決に於ては占有妨害の為めに生じたる損害賠償を請求し得ることを説明しながら上告人の使用したる言語中に原状回復に代るべき損害賠償の文字ありたるか為め本訴請求は其れ自体に於て認容すべきものに非ずと判示したるは損害賠償の法理に違反したる失当の判決なりと思考す。
而して本訴請求の損害賠償は用語の了解に苦む文字を使用したるものありと雖も其精神とする意味は占有妨害に依りて生じたる損害の賠償を求むるにあることは第一点に於て説明したる外尚ほ左記の事項に依り明なり。
損害の賠償は占有妨害前の状態に回復せしむるに要する費用に付き鑑定人の鑑定ありたる額を請求したるものにして右額は其妨害せられたる損害を賠償せしむる額と同意義なり。
上告人が訴状の請求の原因「五」としての記載中侵害停止の手段として原状回復を求め若くは其損害額云云を求むとある文字中其「侵害停止の手段として」なる文字は「損害賠償の手段として」との意義に解すべく第一審口頭弁論調書中原告が原状回復は。
即ち妨害停止なりとの文字中其「妨害停止」とは損害賠償の意義に解すべきことは上告人が為したる総ての申立主義立証等に依れば極めて明白なり。
之に反して其使用したる文字に拘泥するときは其何の意義たるやを解する能はざるに至るべしと云ふにあり
按ずるに先づ占有保持の訴は占有の妨害と云ふ客観的事実ある場合に妨害者に対し之を提起するを得べく妨害が妨害者の責に帰すべき事由に出でたると否とは之を問はず従ひて占有に対する不法行為に基く損害賠償の請求とは其原因を同ふせず何者此場合には特別の明文無き限り故意又は過失に因りて占有を侵害することを要件とすればなり。
故に占有保持の訴と占有に対する不法行為の訴とは自から其請求原因たる事実を異にし別箇の訴に属するは論無く唯民事訴訟法第百九十一条に拠り二箇の訴を併合して提起するを得べきに過ぎず次に占有保持の訴に於て妨害の停止とは妨害者の費用を以て妨害を排除し以て原状に回復せしむることを云ひ又損害の賠償とは原状に回復せらるる迄の間占有に支障を来したるか為めに生ずる損害を賠償することを云ふ尤も或事情の為め原状回復を為すを得ざるに至り而も右事情が義務者たる妨害者の責に帰すべきものなる場合には金銭的賠償を求むる外なしと雖此場合の賠償額は原状回復を為し得ざるか為め失はれたる程度に相当する占有権の価格に該るに過ぎず必ずしも物質的欠損自体の価格に相当するものにあらず。
又必ずしも原状回復費用に相当するものにもあらず。
本件に於て上告人は第一審以来専ら占有保持の訴として原状回復を請求し之を為さざる場合の予備的請求として原状回復に要する費用の支払を主張せるものにして不法行為に基く損害賠償を請求せるものならざることは請求原因に関する供述自体及び原審に於ける釈明に徴し甚た明白なり。
而して原状回復義務の履行に代はる損害賠償として当然原状回復の費用を計上することの不当なる以上説示の如くなるを以て原裁判所が上告人主張に係る如き損害賠償の請求を棄却したるは相当にして何等違法の点を見す
仍て当院は民事訴訟法第四百五十三条第七十七条を適用し主文の如く判決す