大正二年(オ)第五百八十六號
大正五年三月一日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 商法第三百五十九條ノ預證劵及ヒ質入證劵ノ作成ニ要スル倉庫營業者ノ署名ハ其氏名ヲ自署スルコトニノミ限定セルモノニ非スシテ自己ノ商號ヲ記載スルモ亦此要件ヲ具備スルモノトス(判旨第一點)
(參照) 預證劵及ヒ質入證劵ニハ左ノ事項及ヒ番號ヲ記載シ倉庫營業者之ニ署名スルコトヲ要ス」一、受寄物ノ種類、品質、數量及ヒ其荷造ノ種類、個數竝ニ記號」二、寄託者ノ氏名又ハ商號」三、保管ノ場所」四、保管料」五、保管ノ期間ヲ定メタルトキハ其期間」六、受寄物ヲ保險ニ付シタルトキハ保險金額、保險期間及ヒ保險者ノ氏名又ハ商號」七、證劵ノ作成地及ヒ其作成ノ年月日(商法第三百五十九條) - 一 倉庫營業者カ預證劵及ヒ質入證劵ニ目的物ノ性状ニ關スル記載ヲ爲スニ當リテハ普通一般ノ用語ニ從フコトヲ本則トスルモ證劵ヲ發行シタル地方ニ於テ取引上ノ慣例アル場合ニハ其慣用ノ文例ニ依ルコトヲ妨ケス(判旨第二點)
- 一 預證劵及ヒ質入證劵中目的物ノ品質ニ關スル記載ハ證劵ノ文言ニ依リ該物件カ商取引ノ目的タルコトヲ得ヘキ程度ニ於テ其品質ノ概要ヲ知了シ得レハ足リ上中下ノ如キ等級ヲ表示スル語辭ハ必スシモ之ヲ附加スルコトヲ要セス(同上)
上告人 株式會社長岡銀行
被上告人 田中聞能 外一名
右當事者間ノ米引渡請求事件ニ付東京控訴院カ大正二年十月六日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
主文
原判決中「控訴人ノ被控訴人田中聞能ニ對スル新訴ハ之ヲ却下ス」トアル部分ニ對スル上告ハ之ヲ棄却ス
其他ノ部分ハ之ヲ破毀シ本件ヲ東京控訴院ニ差戻ス
理由
上告理由第一點ハ原判決ハ其理由第三前段ニ於テ本件甲第一號證ノ一、二ノ預證劵ハ果シテ商法所定ノ要件ヲ具備スルヤ否ヤノ爭點ニ付審按スルニ甲第一號證ノ一、二ニハ倉庫營業者ノ署名トシテハ單ニ川中運送店ナル商號ノミヲ記載シ其下ニ捺印アルニ過キス商法第三百五十九條第一項ニ所謂倉庫營業者ノ署名トハ其氏名ヲ自書スルノ謂ニ係リ而シテ此氏名ハ明治三十三年法律第十三號ノ規定アル爲メ敢テ自書スルヲ要セスト雖モ商號ヲ以テ氏名ニ代ユルコトヲ許ササルモノト解釋スルヲ至當ナリトス(中畧)然レハ即チ本件預證劵及質入證劵ハ既ニ此點ニ於テ商法所定ノ要件ヲ缺クニヨリ全ク無效ノモノト謂ハサルヘカラスト論斷セラレタリ然レトモ原判決モ認ムルカ如ク商號ナルモノハ商人カ營業上自己ヲ表彰スル爲ニ用ヰル名稱ニシテ之ヲ有效ニ證劵上ノ署名ニ用フルコトヲ得ルコトハ既ニ御院判決例ニ認メラレシ所ノ(明治三十三年五月八日同三十九年十月四日御院民事部判決明治四十三年三月十日御院刑事部判決參照)商法法理上ノ通義ニシテ我カ邦學者間ニ於テモ殆ト異論ナキ所ナリ(松本烝治著商法原論一七六頁吾孫子勝矢部克己著改正商法通義一七頁竹田省著商法總論二九五頁青木徹二著手形法論第四版二六七頁等參照)故ニ商號ヲ以テ署名シタル本件預證劵及質入證劵ハ何等法定要件ヲ欠缺シタルモノニ非サルニ拘ラス原院ハ法理ヲ謬リ御院判例ニ違背シ本件預證劵及質入證劵ハ商法所定ノ要件ヲ缺クニヨリ無效ノモノナリトセラレタルハ不當ナリト信ス又原判決ハ(前畧)商號ヲ以テ氏名ト同視スヘキ場合ハ商法上一一明文ヲ以テ規定シ現ニ預證劵及質入證劵ニ付テハ同條(第三百五十九條第一項ヲイフ)第二號及第六號ニ寄託者ノ氏名又ハ商號保險者ノ氏名又ハ商號ト規定セルニ拘ラス倉庫營業者ノ署名ニ關シテハ斯ノ如キ規定ヲ缺如スルニヨリテ之ヲ見レハ前示解釋ノ謬ラサルコトヲ認ムルニ餘リアリトスト論セラレテ前顯論旨ノ根據トセラレタレトモ商法ハ倉庫證劵等ノ記載事項ニ就テハ明文ヲ以テ「氏名又ハ商號」ト規定セルモノアリト雖モ之ヲ以テ一般ニ商法上ノ署名ニ商號ヲ以テ氏名ニ代ユルコトヲ許サスト論斷シ得ヘキニアラス殊ニ倉庫證劵ノ發行者ノ署名ニ商號ヲ用フルヲ許サスト論結シ得ヘキニアラサレハ原判決ノ右ノ論旨ハ根據ナキモノト言ハサルヲ得ス然ルニモ拘ラス原院カ預證劵及質入證劵上ノ倉庫營業者ノ署名ハ商號タルコトヲ得ストナシ本件預證劵質入證劵ハ商法所定ノ要件ヲ缺クニ依リ無效ナリトセラレタルハ法律ヲ誤解シ理由不備ノ不法ヲ敢テセラレタルモノト信スト云フニ在リ
判旨第一點 因テ按スルニ商法第三百五十九條ノ預證劵及質入證劵ノ作成ニ要スル倉庫營業者ノ署名ハ倉庫營業者カ其氏名ヲ自署スルコトニ限定セルモノニ非スシテ其商號ヲ記載スルモ亦署名タル要件ヲ具備スルモノトス蓋シ商號ハ商人カ其營業上自己ヲ表彰スル爲メ用ユル名稱ニシテ營業關係ニ於テハ商號ハ氏名ニ代ハル效力ヲ有スルモノナレハ倉庫營業者ノ發行スル預證劵及ヒ質入證劵ニ其商號ヲ記載シ署名ニ代フルコトヲ得セシムルハ當然ナリ而シテ同條第二號又ハ第六號カ寄託者若クハ保險者ノ氏名ノ外特ニ商號ノ記載ヲ認ムルハ氏名ヲ有セスシテ商號ノミヲ有スル會社ノ如キ法人カ寄託者又ハ保險者ナルトキヲ豫想シ自然人ノミナラス法人ニモ通スル規定タラシメンカ爲メニ外ナラサルヲ以テ倉庫營業者ノ署名ニ關シテ斯ノ如キ規定ナキカ爲メ其署名ハ氏名ノ自署ナルコトヲ要シ商號ノ記載ヲ以テ之ニ代フルコトヲ許ササル趣旨ナリト解釋スヘキモノニ非ス是レ當院カ曩ニ約束手形ノ振出人ノ署名ニ付キ商號ヲ記載スルモ手形振出ノ要件ヲ具備スルモノト爲シタル所以ナリ(大正三年十一月十六日第二民事部判決參照)然ルニ原院カ本件甲第一號證ノ一、二ノ預證劵及ヒ質入證劵ニ倉庫營業者ノ署名トシテ運送兼倉庫營業者タル被上告人兩名ノ川中運送店ナル商號ヲ記載シ其下ニ捺印シタル事實ヲ認メナカラ商法所定ノ要件ヲ缺ク無效ノ證劵ナル旨ヲ判示シタルハ法則ヲ不當ニ適用シタル不法アルモノニシテ破毀スヘキモノトス
同第四點ハ原判決ハ其理由ノ三中段ニ於テ(前畧)抑モ商業政策上貨物ハ之ヲ以テ或ハ金錢融通ノ用ニ供シ或ハ之カ轉換ヲ迅速確實ナラシムルノ必要アルニヨリ法律ハ種種ノ方法ヲ設ケタル所以ニシテ倉庫營業者ヲシテ保管貨物ニ對シ預證劵及質入證劵ヲ發行セシメ此等ノ證劵ノ裏書ニヨリ恰モ貨物其物ヲ直接金錢融通ノ用ニ供シ或ハ之カ轉換ヲ爲シタルト同一ノ效力ヲ有セシメタルハ畢竟前記ノ如キ必要ニ基因シタルニ外ナラス然リト雖モ此方法タル種種ノ弊害ト危險トヲ伴フモノナルニヨリ嚴ニ之カ防遏ノ手段ヲ講セサルヘカラス是レ此等ノ證劵ニハ種種ノ形式ノ必要トナシタル所以ニシテ要スルニ證劵ト貨物トヲ密著セシメ成ルヘク貨物ノ本體ヲ證劵ニ實現スルコトヲ目的トナシタルモノナリトス
從テ此見地ヨリシテ商法第三百五十九條第二號ノ所謂品質ノ記載ノ如キモ證劵自體ニヨリ寄託貨物ハ如何ナル品質ヲ有スルモノナルヤヲ認識シ得ヘキ程度ニ記載セサルヘカラサルハ論ヲ竢タス云云ト判示セラレタリ然レトモ預證劵質入證劵中品質ノ記載ヲ缺如スルモ證劵ヲ無效ナラシムヘキニアラサルコトハ前述スル如クナルカ假リニ百歩ヲ讓リテ右二證劵ニ於ケル品質ノ記載ハ之ヲ缺如スルトキハ證劵ヲ無效ナラシムル要件ナリトノ説ヲ取リ即チ證劵ノ有效ナルカ爲メニハ右ノ品質ノ記載ヲ必要ナリトスルモ其記載ハ原院ノ判示セルカ如ク詳密精細ナルヲ要スルモノニアラス本件甲第一號證ノ一、二ニハ品質ノ記載トシテ三十九年度産出米ナルノ記載アリテ寄託セラレタル米カ如何ナル品質ヲ有スルヤヲ明ニスルヲ以テ之ヲ有效ナル證劵トナササルヘカラサル筋合ナルニ原判決ハ之レヲ以テ尚ホ品質ノ記載アリト云フヲ得スト論斷シ右二證劵ヲ無效トセラレタルハ不法ナリ預證劵質入證劵ハ手形ノ如キ不要因證劵ニアラスシテ要因證劵ナルヲ以テ證劵上ノ權利ハ其原因ト分離シテ成立活動消滅スルニアラスシテ其原因タル寄託契約上ノ權利ニ根據シ寄託契約上ノ權利ヲ表彰スルニ過キサルヲ以テ證劵ノ記載モ權利ニ關スル事項ヲ細大洩サス記載シ盡スヲ必要トセス結局寄託契約上ノ權利ヲ窺知スルニ足ル程度ヲ以テ足レリトセサルヘカラス品質ノ記載モ亦精細詳委ナルヲ要セス苟モ品質ノ記載アレハ足ルモノト言ハサルヘカラス或ハ預證劵質入證劵ハ書面證劵又ハ(文言證劵)ニシテ寄託ニ關スル事項ハ倉庫營業者ト所持人トノ間ニ於テハ其證劵ノ定ムル所ニ依ルカ故ニ(商法第三百六十二條)品質ノ記載カ明細ナラサルトキハ流通ノ際證劵取得者ニ對シテ不慮ノ損害ヲ及ホス等ノコトアリテ其タ危險ナルヲ以テ品質ハ詳細ニ記載セシメサルヘカラスト主張シ得ヘキカ如キモ同シク文言證劵ニシテ且有價證劵タル性質ニ於テモ状態效用ニ於テモ殆ント同一ナル船荷證劵貨物引換證ニ於テハ品質ヲ記載要件トタモセサルニ見レハ右ノ主張ハ甚タ理由ナキヲ見ルヘシ加之品質ノ記載ヲ極メテ詳密ナラシムルコトハ實際上甚タ不必要ニシテ之レヲ詳密ニ記載セサレハトテ實際ノ取引ニ何等差支ヲ生スルモノニアラス且寄託物カ米ノ如キモノナルトキハ實際證劵面ニ詳密ナル記述ヲ爲スコトハ不可能タルナリ蓋シ預證劵質入證劵ハ手形ノ如ク其流通カ迅速頻繁ナルモノニアラサルカ故ニ取得者カ寄託物ニ就テ不測ノ損害ヲ蒙ル場合ハ甚タ少ナキノミナラス實際ノ取引ニ於テ倉庫中ニ在ル米ヲ金錢融通ニ資スル場合ハ兎モ角又ハ賣買等ノ轉換ヲ爲スニ當リテハ必ス先ツ現實ノ米ニ就テ親シク品質分量等ノ檢査ヲ遂ケタル上ニテ契約ノ取極メヲ爲シ只米ノ引渡ヲ確保分明ナラシムル爲メニ證劵ノ授受ヲ爲スニシテ何人モ證劵ノミヲ一見シテ全ク現物ヲ査閲セスシテ倉庫保管中ノ米ヲ處分スルカ如キモノ之ナキ實状ナレハ良シ證劵面ニ品等ノ如キ詳密ノ記載ナキモ實際取引上證劵ノ取得者ニ不測ノ損害ヲ及ホスカ如キコトハ殆ント全ク之レナシ斯クノ如キハ取引上永年ノ實驗ト米ノ如キ貨物ノ性質ヨリ來ル必然ノ結果ニシテ即チ詳密ノ記載ヲ爲ス能ハサルニ由來スルモノタリ假ヘハ米ノ品等ノ如キハ米カ所在ヲ移シ又ハ時日ヲ經過スルニ從テ刻刻ニ變化スルカ故ニ倉庫中ノ米ト證劵上ノ詳細ナル品質記載トヲ常ニ同一ナラシムルコトハ不可能ナリ故ニ假令證劵上ニ何等米ト記載シアルモ取引ノ際更ニ檢査スルニアラスンハ證劵ノ記載ノミニ依リテ取引ヲ爲スコトヲ得ス品等ノ記載アリト否トニ拘ラス檢査ヲ爲ササルヘカラサルモノナレハ品等ノ記載ハ全ク無用ノ長物タル觀ナキニアラス從テ又實際社會ニ於テ品等ノ記載ヲ爲スモノ之レナキナリ況ンヤ本件ノ寄託ノ如ク混藏寄託ニアラスシテ特定寄託ナル場合ニ於テオヤ此等ノコトハ上告人カ原院ニ於テ各證據鑑定ヲ以テ主張シ來リシ所ナルニ拘ラス原院ハ(前畧)當院ハ米ノ預證劵及質入證劵ニ其品質ヲ表示スルニ當リ産出年度竝ニ産出地ノ記載ノミニテハ未タ以テ品質ヲ認識スルニ足ラスト認ムルニ因リ右鑑定ノ結果ハ毫モ控訴人ノ主張ヲ確ムルノ資料トナラス云云ト論示セラレテ本件預證劵質入證劵ヲ無效トセラレタルハ其何ノ意ナルヤヲ解シ難シ倉庫中ノ米ト同一ナル詳細ノ品質ヲ記載スルコトハ前述スル如ク不可能ナルニ拘ラス之ヲ缺クニ於テハ證劵ヲ無效トスルニ於テハ抑モ法律ハ不能ヲ強ユトノ意ナリヤト問ハサルヲ得サルニ至ルヘシ又原院ハ本件預證劵質入證劵カ品質ノ記載中米ノ産出地ヲ記載セサルニ於テハ證劵ハ無效ナルカ如キ論法ヲ用ヰラレタレトモ上告人ハ何故ニ預證劵等ノ記載事項中ノ一項タル米ノ表示ノ又其一部分タル品質ノ記載ノ一方法タル産地ヲ記載セサルカ爲メニ全證劵ニ無效ナラシメサルヘカラサル程詳密ナル記載ヲ必要トスルヤヲ解スルニ苦シム且ツ原判決ノ所論ニ依ルモ「品質ノ記載ノ如キモ證劵自體ニヨリ寄託貨物ハ如何ナル品質ヲ有スルモノナルヤヲ認識シ得ヘキ程度ニ記載」スヘキモノニシテ本件甲第一號證ノ一、二ニハ三十九年度産出米ノ記載アリテ所謂如何ナル品質ヲ有スルモノナルヤヲ認識シ得ルニアラスヤ然ルニモ拘ラス本件甲第一號證ノ一、二ニハ品質ノ記載ヲ缺クカ如ク結論サレタルハ明ニ理由矛盾ノ不法ヲ敢テセラレタルモノニシテ況ンヤ預證劵質入證劵ノ性質上品質ノ記載ノ如キ爾カク詳密精細ナルヲ要セサルモノナルニ原院カ之ヲ手形ノ如キ證劵ノ要件ト混同誤解シタルハ明ニ法規ノ解釋ヲ謬リ不當ニ法則ヲ適用セルモノニシテ此點ニ於テモ違法タルヲ免レスト信ス且ツ米ノ品質ノ記載ノ如キハ原院ノ云ハルル如ク詳密ニ記載スルヲ得サルモノナルコトヲ知ラスシテ手形ニ於ケル如ク確固不動ノ記載ヲ爲シ得ルモノトセラレタルハ顯著ナル實驗法則ヲ無視シ從テ法規ニ於ケル品質ナル記載事項ノ解釋ヲ誤リタルモノナリト思考スト云ヒ」第五點ハ原判決ハ預證劵質入證劵ニ米ノ品質ヲ記載スルニハ産出年度産地竝ニ品等ヲ記載セサレハ到底商法第三百五十九條第二號ノ要件ヲ具備セサルニ依リ無效トスト論斷サレタレトモ商法第三百五十九條ハ唯品質ノ記載ノ要件トナシタルニ止ル故ニ原院ノ採レル見解ニ從ヒ商法第三百五十九條ハ強行的ノ規定ニシテ之ニ從ハサル證劵ヲ無效ナラシムル性質ヲ有ストスルモ其強行的ナルハ唯品質ノ記載ニ止リ記載ノ方法程度ニ及ハス即チ全然其記載ヲ缺ク場合ニハ證劵ヲ無效ナラシムヘシトスルモ苟モ其記載アルニ於テハ之ヲ無效ナラシムヘキニアラス記載ノ方法程度ハ當事者ノ任意ニ定メ得ル所ニシテ廣狹精粗如何樣ニモ記載シ得ヘク而シテ當事者ノ欲スル所ニ從テ如何ナル方法程度カニ於テ品質ノ記載カ爲サレアルニ於テハ證劵ヲ無效ナラシムヘキニアラス
本件甲第一號證ノ一、二ニハ品質ノ記載アリ其記載ハ當事者ノ協定ニ依リ米ノ産出年度ヲ以テ表示シタルナレハ毫モ商法第三百五十九條ニ違背スル所ナク之ヲ有效トセサルヘカラサルニ原院ハ證劵ノ有效ナルニハ品等産地等ノ記載ヲ爲ササルヘカラストナシ本件預證劵質入證劵ヲ無效トセラレタルハ此點ニ於テ法律ヲ誤解セラレタル不法アルモノト信スト云ヒ」第六點ハ預證劵質入證劵ニ於ケル品質ノ記載方法ニ就テハ商法ニ何等ノ規定ナキヲ以テ之ニ關スル商慣習法アルトキハ其商慣習法ヲ適用セサルヘカラス此點ニ付キ上告人(控訴人)ハ原審ニ於テ鑑定人木村林次郎利倉久吉佐藤惣吉竝ニ證人佐藤惣吉ノ各鑑定證言ニ依リテ預證劵質入證劵ニ品質ヲ記載スルニハ詳細ナルコトヲ要セス寄託物カ米ノ場合ニ於テハ産地又ハ品等等ヲ記載スルヲ要セサル慣習ナルコトヲ明ニシタリ然ルニ原院ハ此ノ立證セラレタル商慣習法ヲ適用セスシテ慢然右二證劵ニハ品等ヲ記載スルヲ要ストノ前提ニヨリ本件甲第一號證ノ一、二預證劵質入證劵ヲ無效ナリトセラレタルハ必要ナル爭點ヲ遺脱シテ判決セラレタル不法アリト信スト云フニ在リ
判旨第二點 因テ按スルニ商法第三百五十九條ノ規定ニ依レハ預證劵質入證劵ニハ同條第一號ニ掲クル目的物ノ性状ニ關スル事項ノ記載ヲ爲スコトヲ要シ此記載ヲ缺如スルニ於テハ其證劵ノ無效ヲ惹起スルニ至ルヘキハ當院從來ノ判例ニ於テ認メラルル所ナリ而シテ叙上物的性状ニ關スル記載ハ普通一般ノ用語ニ從フヲ本則トスルモ證劵ヲ發行シタル地方ニ於テ取引上ノ慣例アル場合ニ於テハ其慣用ノ文例ニ依ルハ毫モ妨ケナク此場合ニ於テハ必スシモ普通一般ノ用語ニ依ルコトヲ要セス故ニ本件證劵ノ發行地タル越後國長岡地方ニ於テ取引ノ目的トナルモノハ越後米ニシテ三十九年度産出米ナル語ハ其地方ニ於テハ三十九年度産出ノ越後米ヲ意味スルモノトセハ特ニ越後米ナルコトヲ明示セサルモ尚ホ目的物トシテ越後米ヲ表示シタルモノト解スヘク其文言ヲ省畧スルモ目的物ニ關スル記載ヲ缺如スルモノト言フコトヲ得ス蓋シ特定地方ニ於テ商取引ニ從事スル者ハ其地方ノ慣習ノ文例ニ通曉セサルヘカラサルハ論ヲ竢タサルヲ以テ既ニ三十九年度産出米ハ其地方ニ於テ越後米ノ意義ヲ有スルモノトセハ其記載ヲ省畧スルモ毫モ取引ノ安全ヲ阻害スルモノニアラサルヲ以テナリ又目的物ノ品質ニ關スル記載ハ必スシモ一定スルモノニアラスシテ其極メテ單簡ナルモノヨリ其尤モ詳密ナルモノノ間ニハ幾多ノ段階アリ其何レノ方法ヲ採ルヘキヤハ一ニ實際取引上ニ於ケル便宜問題ニ屬シ要ハ證劵記載ノ文言ニ依リ目的物カ商取引ノ目的タリ得ヘキ程度ニ於テ其品質ノ概要ヲ知リ得ルヲ以テ足リ上中下又ハ一等二等三等ノ如キ等級ヲ表示スヘキ語辭ハ必スシモ之ヲ附加スルコトヲ要セス故ニ證劵面ニ三十九年度産出米ト記載シ其等級ヲ示ササルモ其所謂産出米ハ越後米ヲ意味シ越後米ハ之ヲ包括シ他産地ノ米トノ關係上一定ノ品位ヲ保チ越後米トシテ商取引ノ目的ト爲リ得ヘキモノトセハ前掲ノ文言ハ目的物ノ品質ヲ表示シタルモノト解スルコトヲ得ヘク特ニ其等級ヲ明示セサルモ證劵記載ノ要件ヲ缺キタルモノト謂フコトヲ得ス然ルニ原院カ甲第一號證ノ一、二ナル預證劵及ヒ質入證劵ニ米ノ品質トシテ三十九年度産出ノ記載アル事實ヲ認メタルモ其産出地ノ記載ナク産出地ハ證劵作成地ナル越後ナリト假定スルモ品等ノ何等ナルヤノ記載ナク結局産出年度産出地及ヒ品等ヲ記載セサル證劵ハ品質ノ記載ヲ缺ク無效ノ證劵ナル如ク判定シタルハ是レ亦法則ヲ不當ニ適用シタル不法アルモノニシテ破毀スヘキモノトス
依テ他ノ論旨ニ對スル説明ヲ省畧ス
同第八點ハ原判決ハ其理由ノ冒頭ニ於テ一、被控訴人ノ訴變更ノ抗辯ニ付審按スルニ控訴人カ原審ニ於テ請求ノ原因トシテ主張シタル事實關係ハ控訴人ハ川中運送店ナル商號ノ下ニ運送及倉庫業ヲ共同經營セル被控訴人兩名ノ發行ニ係ル玄米四斗八升入一百俵ノ預證劵及質入證劵(甲第一號證ノ一、二)ヲ訴外名塚喜三次ヨリ裏書讓渡ヲ受ケタルニヨリ該證劵ノ所持人トシテ右玄米一百俵ノ引渡ヲ要求スト云フニ在ルコトハ訴状竝ニ原審口頭辯論調書ニ徴シテ明瞭ナリトス然ルニ當審ニ至リ右原因ニ附加シ被控訴人田中聞能ハ被控訴人小幡文治ヲシテ其商號中ニ自己ノ氏ノ一字ヲ使用セシメタルノミナラス川中運送店ノ營業者ハ被控訴人田中聞能タルカ如キ行動ヲナシ控訴人ヲシテ川中運送店ノ營業者ハ被控訴人聞能タルコトヲ信セシメタルモノナレハ其責ニ任セサルヘカラサル旨ヲ主張シタルハ被控訴人抗辯ノ如ク訴ヲ變更シタルモノト謂ハサルヘカラス蓋シ控訴人ノ前者ノ主張ハ被控訴人田中聞能ハ小幡文治ト同シク本件倉庫證劵ノ發行者タルコトヲ前提トナセルニ後者ハ其發行者ハ被控訴人小幡文治ニシテ被控訴人田中聞能ハ證劵發行者ニアラサルモ控訴人ヲシテ其發行者タルコトヲ信セシメタルモノナレハ其責ニ任セサルヘカラスト云フニ在リテ彼此其事實關係ヲ異ニスルモノナレハナリ然レハ則チ控訴人カ當審ニ至リ田中聞能ニ對シテ前記ノ如キ請求原因ヲ附加シタルハ全ク新ニ訴ヲ提起シタルコトニ歸著シ素ヨリ許スヘキモノニアラサルニヨリ右新訴ハ却下スヘキモノトスト説明シテ上告人(控訴人)ノ主張ヲ排斥セラレタリ然レトモ原審ニ提出シタル準備書面中ニ「良シヤ一歩ヲ退キテ小幡ハ田中ノ雇人タルニ過キス而シテ田中ノ承認ヲ得スシテ本件甲第一號證ノ一及二ヲ發行シタリト云ヘルヲ事實ナリト假定スルモ本人タル田中ハ雇人タル小幡ヲシテ其業務上一切ノ行爲ヲ爲サシメタルモノナレハ小幡カ權限ヲ超エテ爲シタル行爲ニ就テハ善意ノ第三者ニ對シテ責ニ任セサル可ラス(民法第百九條第百十條)」ト陳述シテ被上告人田中ニ對スル責任ノ基礎ニ付キ讓歩シタル理由ヲ主張シタリ(大正元年十二月七日附準備書面)此主張タルヤ代理法ノ原則ヨリシテ第三者ニ對シテハ良シ田中(被上告人)ハ知ラストスルモ尚本人ト見做サルヘキモノナリ即チ田中ハ本件預證劵及ヒ質入證劵ノ作成者其人ナリト云フニ歸著ス換言スレハ上告人ハ此主張ニ於テモ田中ヲ法律上證劵ノ作成者ト云ヘルモノニシテ唯本主張ト異ナルハ田中ヲ以テ小幡(被上告人ノ一人)ト共同シテ證劵ヲ作成シタリト云ヘル點ニ於テ存スルノミ左レハ毫モ原因ヲ變更シ若クハ異ナル原因ヲ附加シタルモノニアラス從テ此主張ヲ新訴ノ提起ナリト見ルヘキモノニアラス然ルニ原判決ハ此點ニ付キ新訴ナリトシテ之ヲ排斥シタル不法ヲ敢テセラレ從テ重要ナル爭點ヲ遺脱シテ判斷セラレタル不法ニ陷リタルモノナレハ破毀セラルヘキモノナリト思考スト云フニ在リ
然レトモ上告人カ第一審ニ於テ上告人ハ川中運送店ナル商號ノ下ニ運送及ヒ倉庫營業ヲ共同經營セル被上告人兩名ノ發行ニ係ル玄米四斗八升入一百俵ノ預證劵及ヒ質入證劵ヲ訴外名塚喜三次ヨリ裏書讓渡ヲ受ケタルニ依リ該證劵ノ所持人トシテ右玄米一百俵ノ引渡ヲ要求スト主張シタルニ原院ニ於テ被上告人田中聞能ハ被上告人小幡文治ニ自己ノ氏ノ一字ナル中ヲ川中運送店ナル商號中ニ用フルコトヲ許容シタルノミナラス川中運送店ノ資金調達ノ爲メニ川中運送店主田中聞能ナル名稱ノ下ニ上告人ト當座貸越契約ヲ締結スル等上告人ヲシテ被上告人田中聞能カ川中運送店營業主タルコトヲ誤信セシメタルモノナレハ被上告人田中聞能ハ上告人ニ對シ其責ニ任セサル可カラサル旨ヲ新ニ主張シ被上告人ニ於テ訴ノ變更ナリトノ抗辯ヲ提出シタルコトハ原判決竝ニ其引用セル第一審判決ノ摘示事實ニ依リテ明白ニシテ上告人ノ本訴請求原因タル證劵ノ發行者カ被上告人兩名ナリト主張シタルヲ其發行者ハ被上告人小幡文治ナルモ被上告人田中聞能ハ上告人ヲシテ其發行者タル如ク誤信セシメタルモノナレハ其責ニ任セサル可カラスト主張スルハ即チ訴ノ變更ニ外ナラス原院ハ本論旨ノ如キ假定論ヲ以テ訴ノ變更ト爲シタルニ非サルヲ以テ本論旨ハ原判決ニ副ハス適法ノ理由ナシ
以上説明ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條第四百四十七條第一項第四百四十八條第一項ニ依リ主文ノ如ク判決セリ
大正二年(オ)第五百八十六号
大正五年三月一日第三民事部判決
◎判決要旨
- 一 商法第三百五十九条の預証劵及び質入証劵の作成に要する倉庫営業者の署名は其氏名を自署することにのみ限定せるものに非ずして自己の商号を記載するも亦此要件を具備するものとす。
(判旨第一点)
(参照) 預証劵及び質入証劵には左の事項及び番号を記載し倉庫営業者之に署名することを要す。」一、受寄物の種類、品質、数量及び其荷造の種類、個数並に記号」二、寄託者の氏名又は商号」三、保管の場所」四、保管料」五、保管の期間を定めたるときは其期間」六、受寄物を保険に付したるときは保険金額、保険期間及び保険者の氏名又は商号」七、証劵の作成地及び其作成の年月日(商法第三百五十九条) - 一 倉庫営業者が預証劵及び質入証劵に目的物の性状に関する記載を為すに当りては普通一般の用語に従ふことを本則とするも証劵を発行したる地方に於て取引上の慣例ある場合には其慣用の文例に依ることを妨げず。
(判旨第二点)
- 一 預証劵及び質入証劵中目的物の品質に関する記載は証劵の文言に依り該物件が商取引の目的たることを得べき程度に於て其品質の概要を知了し得れば足り上中下の如き等級を表示する語辞は必ずしも之を附加することを要せず。
(同上)
上告人 株式会社長岡銀行
被上告人 田中聞能 外一名
右当事者間の米引渡請求事件に付、東京控訴院が大正二年十月六日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
主文
原判決中「控訴人の被控訴人田中聞能に対する新訴は之を却下す」とある部分に対する上告は之を棄却す
其他の部分は之を破毀し本件を東京控訴院に差戻す
理由
上告理由第一点は原判決は其理由第三前段に於て本件甲第一号証の一、二の預証劵は果して商法所定の要件を具備するや否やの争点に付、審按ずるに甲第一号証の一、二には倉庫営業者の署名としては単に川中運送店なる商号のみを記載し其下に捺印あるに過ぎず商法第三百五十九条第一項に所謂倉庫営業者の署名とは其氏名を自書するの謂に係り。
而して此氏名は明治三十三年法律第十三号の規定ある為め敢て自書するを要せずと雖も商号を以て氏名に代ゆることを許さざるものと解釈するを至当なりとす。
(中略)。
然れば、即ち本件預証劵及質入証劵は既に此点に於て商法所定の要件を欠くにより全く無効のものと謂はざるべからずと論断せられたり。
然れども原判決も認むるが如く商号なるものは商人が営業上自己を表彰する為に用ゐる名称にして之を有効に証劵上の署名に用ふることを得ることは既に御院判決例に認められし所の(明治三十三年五月八日同三十九年十月四日御院民事部判決明治四十三年三月十日御院刑事部判決参照)商法法理上の通義にして我が邦学者間に於ても殆と異論なき所なり。
(松本烝治著商法原論一七六頁吾孫子勝矢部克己著改正商法通義一七頁竹田省著商法総論二九五頁青木徹二著手形法論第四版二六七頁等参照)故に商号を以て署名したる本件預証劵及質入証劵は何等法定要件を欠欠したるものに非ざるに拘らず原院は法理を謬り御院判例に違背し本件預証劵及質入証劵は商法所定の要件を欠くにより無効のものなりとせられたるは不当なりと信ず。
又原判決は(前略)商号を以て氏名と同視すべき場合は商法上一一明文を以て規定し現に預証劵及質入証劵に付ては同条(第三百五十九条第一項をいふ)第二号及第六号に寄託者の氏名又は商号保険者の氏名又は商号と規定せるに拘らず倉庫営業者の署名に関しては斯の如き規定を欠如するによりて之を見れば前示解釈の謬らざることを認むるに余りありとすと論せられて前顕論旨の根拠とせられたれども商法は倉庫証劵等の記載事項に就ては明文を以て「氏名又は商号」と規定せるものありと雖も之を以て一般に商法上の署名に商号を以て氏名に代ゆることを許さずと論断し得べきにあらず。
殊に倉庫証劵の発行者の署名に商号を用ふるを許さずと論結し得べきにあらざれば原判決の右の論旨は根拠なきものと言はざるを得ず。
然るにも拘らず原院が預証劵及質入証劵上の倉庫営業者の署名は商号たることを得ずとなし本件預証劵質入証劵は商法所定の要件を欠くに依り無効なりとせられたるは法律を誤解し理由不備の不法を敢てせられたるものと信ずと云ふに在り
判旨第一点 因で按ずるに商法第三百五十九条の預証劵及質入証劵の作成に要する倉庫営業者の署名は倉庫営業者が其氏名を自署することに限定せるものに非ずして其商号を記載するも亦署名たる要件を具備するものとす。
蓋し商号は商人が其営業上自己を表彰する為め用ゆる名称にして営業関係に於ては商号は氏名に代はる効力を有するものなれば倉庫営業者の発行する預証劵及び質入証劵に其商号を記載し署名に代ふることを得せしむるは当然なり。
而して同条第二号又は第六号が寄託者若くは保険者の氏名の外特に商号の記載を認むるは氏名を有せずして商号のみを有する会社の如き法人が寄託者又は保険者なるときを予想し自然人のみならず法人にも通ずる規定たらしめんか為めに外ならざるを以て倉庫営業者の署名に関して斯の如き規定なきか為め其署名は氏名の自署なることを要し商号の記載を以て之に代ふることを許さざる趣旨なりと解釈すべきものに非ず是れ当院が曩に約束手形の振出人の署名に付き商号を記載するも手形振出の要件を具備するものと為したる所以なり。
(大正三年十一月十六日第二民事部判決参照)然るに原院が本件甲第一号証の一、二の預証劵及び質入証劵に倉庫営業者の署名として運送兼倉庫営業者たる被上告人両名の川中運送店なる商号を記載し其下に捺印したる事実を認めながら商法所定の要件を欠く無効の証劵なる旨を判示したるは法則を不当に適用したる不法あるものにして破毀すべきものとす。
同第四点は原判決は其理由の三中段に於て(前略)。
抑も商業政策上貨物は之を以て或は金銭融通の用に供し或は之が転換を迅速確実ならしむるの必要あるにより法律は種種の方法を設けたる所以にして倉庫営業者をして保管貨物に対し預証劵及質入証劵を発行せしめ此等の証劵の裏書により恰も貨物其物を直接金銭融通の用に供し或は之が転換を為したると同一の効力を有せしめたるは畢竟前記の如き必要に基因したるに外ならず然りと雖も此方法たる種種の弊害と危険とを伴ふものなるにより厳に之が防遏の手段を講せざるべからず。
是れ此等の証劵には種種の形式の必要となしたる所以にして要するに証劵と貨物とを密著せしめ成るべく貨物の本体を証劵に実現することを目的となしたるものなりとす。
従て此見地よりして商法第三百五十九条第二号の所謂品質の記載の如きも証劵自体により寄託貨物は如何なる品質を有するものなるやを認識し得べき程度に記載せざるべからざるは論を竢たず云云と判示せられたり。
然れども預証劵質入証劵中品質の記載を欠如するも証劵を無効ならしむべきにあらざることは前述する如くなるか仮りに百歩を譲りて右二証劵に於ける品質の記載は之を欠如するときは証劵を無効ならしむる要件なりとの説を取り。
即ち証劵の有効なるか為めには右の品質の記載を必要なりとするも其記載は原院の判示せるが如く詳密精細なるを要するものにあらず。
本件甲第一号証の一、二には品質の記載として三十九年度産出米なるの記載ありて寄託せられたる米が如何なる品質を有するやを明にするを以て之を有効なる証劵となさざるべからざる筋合なるに原判決は之れを以て尚ほ品質の記載ありと云ふを得ずと論断し右二証劵を無効とせられたるは不法なり。
預証劵質入証劵は手形の如き不要因証劵にあらずして要因証劵なるを以て証劵上の権利は其原因と分離して成立活動消滅するにあらずして其原因たる寄託契約上の権利に根拠し寄託契約上の権利を表彰するに過ぎざるを以て証劵の記載も権利に関する事項を細大洩さず記載し尽すを必要とせず結局寄託契約上の権利を窺知するに足る程度を以て足れりとせざるべからず。
品質の記載も亦精細詳委なるを要せず。
苟も品質の記載あれば足るものと言はざるべからず。
或は預証劵質入証劵は書面証劵又は(文言証劵)にして寄託に関する事項は倉庫営業者と所持人との間に於ては其証劵の定むる所に依るが故に(商法第三百六十二条)品質の記載が明細ならざるときは流通の際証劵取得者に対して不慮の損害を及ぼす等のことありて其た危険なるを以て品質は詳細に記載せしめざるべからずと主張し得べきが如きも同じく文言証劵にして、且、有価証劵たる性質に於ても状態効用に於ても殆んど同一なる船荷証劵貨物引換証に於ては品質を記載要件とたもせざるに見れば右の主張は甚た理由なきを見るべし加之品質の記載を極めて詳密ならしむることは実際上甚た不必要にして之れを詳密に記載せざればとて実際の取引に何等差支を生ずるものにあらず、且、寄託物が米の如きものなるときは実際証劵面に詳密なる記述を為すことは不可能たるなり。
蓋し預証劵質入証劵は手形の如く其流通が迅速頻繁なるものにあらざるが故に取得者が寄託物に就て不測の損害を蒙る場合は甚た少なきのみならず実際の取引に於て倉庫中に在る米を金銭融通に資する場合は兎も角又は売買等の転換を為すに当りては必す先づ現実の米に就て親しく品質分量等の検査を遂けたる上にて契約の取極めを為し只米の引渡を確保分明ならしむる為めに証劵の授受を為すにして何人も証劵のみを一見して全く現物を査閲せずして倉庫保管中の米を処分するが如きもの之なき実状なれば良し証劵面に品等の如き詳密の記載なきも実際取引上証劵の取得者に不測の損害を及ぼすが如きことは殆んど全く之れなし斯くの如きは取引上永年の実験と米の如き貨物の性質より来る必然の結果にして、即ち詳密の記載を為す能はざるに由来するものたり仮へは米の品等の如きは米が所在を移し又は時日を経過するに。
従て刻刻に変化するが故に倉庫中の米と証劵上の詳細なる品質記載とを常に同一ならしむることは不可能なり。
故に仮令証劵上に何等米と記載しあるも取引の際更に検査するにあらずんば証劵の記載のみに依りて取引を為すことを得ず。
品等の記載ありと否とに拘らず検査を為さざるべからざるものなれば品等の記載は全く無用の長物たる観なきにあらず。
従て又実際社会に於て品等の記載を為すもの之れなきなり。
況んや本件の寄託の如く混蔵寄託にあらずして特定寄託なる場合に於ておや此等のことは上告人が原院に於て各証拠鑑定を以て主張し来りし所なるに拘らず原院は(前略)当院は米の預証劵及質入証劵に其品質を表示するに当り産出年度並に産出地の記載のみにては未だ以て品質を認識するに足らずと認むるに因り右鑑定の結果は毫も控訴人の主張を確むるの資料とならず云云と論示せられて本件預証劵質入証劵を無効とせられたるは其何の意なるやを解し難し倉庫中の米と同一なる詳細の品質を記載することは前述する如く不可能なるに拘らず之を欠くに於ては証劵を無効とするに於ては。
抑も法律は不能を強ゆとの意なりやと問はざるを得ざるに至るべし又原院は本件預証劵質入証劵が品質の記載中米の産出地を記載せざるに於ては証劵は無効なるが如き論法を用ゐられたれども上告人は何故に預証劵等の記載事項中の一項たる米の表示の又其一部分たる品質の記載の一方法たる産地を記載せざるか為めに全証劵に無効ならしめざるべからざる程詳密なる記載を必要とするやを解するに苦しむ且つ原判決の所論に依るも「品質の記載の如きも証劵自体により寄託貨物は如何なる品質を有するものなるやを認識し得べき程度に記載」すべきものにして本件甲第一号証の一、二には三十九年度産出米の記載ありて所謂如何なる品質を有するものなるやを認識し得るにあらずや然るにも拘らず本件甲第一号証の一、二には品質の記載を欠くが如く結論されたるは明に理由矛盾の不法を敢てせられたるものにして況んや預証劵質入証劵の性質上品質の記載の如き爾かく詳密精細なるを要せざるものなるに原院が之を手形の如き証劵の要件と混同誤解したるは明に法規の解釈を謬り不当に法則を適用せるものにして此点に於ても違法たるを免れずと信ず。
且つ米の品質の記載の如きは原院の云はるる如く詳密に記載するを得ざるものなることを知らずして手形に於ける如く確固不動の記載を為し得るものとせられたるは顕著なる実験法則を無視し。
従て法規に於ける品質なる記載事項の解釈を誤りたるものなりと思考すと云ひ」第五点は原判決は預証劵質入証劵に米の品質を記載するには産出年度産地並に品等を記載せざれば到底商法第三百五十九条第二号の要件を具備せざるに依り無効とすと論断されたれども商法第三百五十九条は唯品質の記載の要件となしたるに止る故に原院の採れる見解に従ひ商法第三百五十九条は強行的の規定にして之に従はざる証劵を無効ならしむる性質を有すとするも其強行的なるは唯品質の記載に止り記載の方法程度に及ばす。
即ち全然其記載を欠く場合には証劵を無効ならしむべしとするも苟も其記載あるに於ては之を無効ならしむべきにあらず。
記載の方法程度は当事者の任意に定め得る所にして広狭精粗如何様にも記載し得べく。
而して当事者の欲する所に。
従て如何なる方法程度かに於て品質の記載が為されあるに於ては証劵を無効ならしむべきにあらず。
本件甲第一号証の一、二には品質の記載あり其記載は当事者の協定に依り米の産出年度を以て表示したるなれば毫も商法第三百五十九条に違背する所なく之を有効とせざるべからざるに原院は証劵の有効なるには品等産地等の記載を為さざるべからずとなし本件預証劵質入証劵を無効とせられたるは此点に於て法律を誤解せられたる不法あるものと信ずと云ひ」第六点は預証劵質入証劵に於ける品質の記載方法に就ては商法に何等の規定なきを以て之に関する商慣習法あるときは其商慣習法を適用せざるべからず。
此点に付き上告人(控訴人)は原審に於て鑑定人木村林次郎利倉久吉佐藤惣吉並に証人佐藤惣吉の各鑑定証言に依りて預証劵質入証劵に品質を記載するには詳細なることを要せず。
寄託物が米の場合に於ては産地又は品等等を記載するを要せざる慣習なることを明にしたり。
然るに原院は此の立証せられたる商慣習法を適用せずして慢然右二証劵には品等を記載するを要すとの前提により本件甲第一号証の一、二預証劵質入証劵を無効なりとせられたるは必要なる争点を遺脱して判決せられたる不法ありと信ずと云ふに在り
判旨第二点 因で按ずるに商法第三百五十九条の規定に依れば預証劵質入証劵には同条第一号に掲ぐる目的物の性状に関する事項の記載を為すことを要し此記載を欠如するに於ては其証劵の無効を惹起するに至るべきは当院従来の判例に於て認めらるる所なり。
而して叙上物的性状に関する記載は普通一般の用語に従ふを本則とするも証劵を発行したる地方に於て取引上の慣例ある場合に於ては其慣用の文例に依るは毫も妨げなく此場合に於ては必ずしも普通一般の用語に依ることを要せず。
故に本件証劵の発行地たる越後国長岡地方に於て取引の目的となるものは越後米にして三十九年度産出米なる語は其地方に於ては三十九年度産出の越後米を意味するものとせば特に越後米なることを明示せざるも尚ほ目的物として越後米を表示したるものと解すべく其文言を省略するも目的物に関する記載を欠如するものと言ふことを得ず。
蓋し特定地方に於て商取引に従事する者は其地方の慣習の文例に通暁せざるべからざるは論を竢たざるを以て既に三十九年度産出米は其地方に於て越後米の意義を有するものとせば其記載を省略するも毫も取引の安全を阻害するものにあらざるを以てなり。
又目的物の品質に関する記載は必ずしも一定するものにあらずして其極めて単簡なるものより其尤も詳密なるものの間には幾多の段階あり其何れの方法を採るべきやは一に実際取引上に於ける便宜問題に属し要は証劵記載の文言に依り目的物が商取引の目的たり得べき程度に於て其品質の概要を知り得るを以て足り上中下又は一等二等三等の如き等級を表示すべき語辞は必ずしも之を附加することを要せず。
故に証劵面に三十九年度産出米と記載し其等級を示さざるも其所謂産出米は越後米を意味し越後米は之を包括し他産地の米との関係上一定の品位を保ち越後米として商取引の目的と為り得べきものとせば前掲の文言は目的物の品質を表示したるものと解することを得べく特に其等級を明示せざるも証劵記載の要件を欠きたるものと謂ふことを得ず。
然るに原院が甲第一号証の一、二なる預証劵及び質入証劵に米の品質として三十九年度産出の記載ある事実を認めたるも其産出地の記載なく産出地は証劵作成地なる越後なりと仮定するも品等の何等なるやの記載なく結局産出年度産出地及び品等を記載せざる証劵は品質の記載を欠く無効の証劵なる如く判定したるは是れ亦法則を不当に適用したる不法あるものにして破毀すべきものとす。
依て他の論旨に対する説明を省略す
同第八点は原判決は其理由の冒頭に於て一、被控訴人の訴変更の抗弁に付、審按ずるに控訴人が原審に於て請求の原因として主張したる事実関係は控訴人は川中運送店なる商号の下に運送及倉庫業を共同経営せる被控訴人両名の発行に係る玄米四斗八升入一百俵の預証劵及質入証劵(甲第一号証の一、二)を訴外名塚喜三次より裏書譲渡を受けたるにより該証劵の所持人として右玄米一百俵の引渡を要求すと云ふに在ることは訴状並に原審口頭弁論調書に徴して明瞭なりとす。
然るに当審に至り右原因に附加し被控訴人田中聞能は被控訴人小幡文治をして其商号中に自己の氏の一字を使用せしめたるのみならず川中運送店の営業者は被控訴人田中聞能たるが如き行動をなし控訴人をして川中運送店の営業者は被控訴人聞能たることを信ぜしめたるものなれば其責に任ぜざるべからざる旨を主張したるは被控訴人抗弁の如く訴を変更したるものと謂はざるべからず。
蓋し控訴人の前者の主張は被控訴人田中聞能は小幡文治と同じく本件倉庫証劵の発行者たることを前提となせるに後者は其発行者は被控訴人小幡文治にして被控訴人田中聞能は証劵発行者にあらざるも控訴人をして其発行者たることを信ぜしめたるものなれば其責に任ぜざるべからずと云ふに在りて彼此其事実関係を異にするものなればなり。
然れば則ち控訴人が当審に至り田中聞能に対して前記の如き請求原因を附加したるは全く新に訴を提起したることに帰著し素より許すべきものにあらざるにより右新訴は却下すべきものとすと説明して上告人(控訴人)の主張を排斥せられたり。
然れども原審に提出したる準備書面中に「良しや一歩を退きて小幡は田中の雇人たるに過ぎず。
而して田中の承認を得ずして本件甲第一号証の一及二を発行したりと云へるを事実なりと仮定するも本人たる田中は雇人たる小幡をして其業務上一切の行為を為さしめたるものなれば小幡が権限を超えて為したる行為に就ては善意の第三者に対して責に任ぜざる可らず(民法第百九条第百十条)」と陳述して被上告人田中に対する責任の基礎に付き譲歩したる理由を主張したり。
(大正元年十二月七日附準備書面)此主張たるや代理法の原則よりして第三者に対しては良し田中(被上告人)は知らずとするも尚本人と見做さるべきものなり。
即ち田中は本件預証劵及び質入証劵の作成者其人なりと云ふに帰著す換言すれば上告人は此主張に於ても田中を法律上証劵の作成者と云へるものにして唯本主張と異なるは田中を以て小幡(被上告人の一人)と共同して証劵を作成したりと云へる点に於て存するのみ左れば毫も原因を変更し若くは異なる原因を附加したるものにあらず。
従て此主張を新訴の提起なりと見るべきものにあらず。
然るに原判決は此点に付き新訴なりとして之を排斥したる不法を敢てせられ。
従て重要なる争点を遺脱して判断せられたる不法に陥りたるものなれば破毀せらるべきものなりと思考すと云ふに在り
然れども上告人が第一審に於て上告人は川中運送店なる商号の下に運送及び倉庫営業を共同経営せる被上告人両名の発行に係る玄米四斗八升入一百俵の預証劵及び質入証劵を訴外名塚喜三次より裏書譲渡を受けたるに依り該証劵の所持人として右玄米一百俵の引渡を要求すと主張したるに原院に於て被上告人田中聞能は被上告人小幡文治に自己の氏の一字なる中を川中運送店なる商号中に用ふることを許容したるのみならず川中運送店の資金調達の為めに川中運送店主田中聞能なる名称の下に上告人と当座貸越契約を締結する等上告人をして被上告人田中聞能が川中運送店営業主たることを誤信せしめたるものなれば被上告人田中聞能は上告人に対し其責に任ぜざる可からざる旨を新に主張し被上告人に於て訴の変更なりとの抗弁を提出したることは原判決並に其引用せる第一審判決の摘示事実に依りて明白にして上告人の本訴請求原因たる証劵の発行者が被上告人両名なりと主張したるを其発行者は被上告人小幡文治なるも被上告人田中聞能は上告人をして其発行者たる如く誤信せしめたるものなれば其責に任ぜざる可からずと主張するは。
即ち訴の変更に外ならず原院は本論旨の如き仮定論を以て訴の変更と為したるに非ざるを以て本論旨は原判決に副はず適法の理由なし。
以上説明の如くなるを以て民事訴訟法第四百五十二条第四百四十七条第一項第四百四十八条第一項に依り主文の如く判決せり