大正四年(オ)第百二十九號
大正四年十月二十九日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 一棟ノ建物ニ付キ登記簿ノ一用紙ニ甲者ノ爲メ既ニ所有權保存ノ登記ヲ爲シタル後其繼續用紙ニ非サル他ノ用紙ニ乙者ノ爲メ更ニ所有權保存ノ登記ヲ爲シタルトキハ後ノ用紙ハ不適法ニシテ之ニ在ル乙者ノ保存登記ハ勿論其登記ニ基ク以後ノ登記ハ總テ無效ナルモノトス
上告人 渡邊平三郎
被上告人 株式會社東京株式取引所
訴訟代理人 山浦橘馬
右當事者間ノ強制執行異議事件ニ付東京控訴院カ大正三年十二月二十四日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨ノ第一點ハ原審裁判所ハ其理由ニ於テ「被控訴人カ明治三十五年二月十日訴外松本留次郎ニ於テ所有權保存登記同年十一月十二日石井捨三郎ニ於テ所有權取得登記ヲ爲シタル登記番號第六十九號(第六十九號ノ登記ハ松本留次郎カ明治三十五年二月十日受附第一〇三七號ニテ保存登記ヲ爲シ同人ハ明治三十五年十一月十二日受附第一三六二九號ニテ石井捨三郎ヘ同人ハ明治三十六年六月九日受附第一四五五號ニテ株式會社三十五銀行ヘ同人ハ明治三十九年三月二十六日受附第二五五三號ニテ石井捨三郎ヘ同人ハ大正二年十二月二十九日受附第一三八九四號ニテ上告人ヘ順次賣買ニ依ル所有權移轉ノ登記事項記載アリ)用紙ニ表示サレアル建物即チ日本橋區蛎殻町一丁目四番地所在木造瓦葺二階建一棟建坪三十八坪二合五勺外二階二十六坪二合五勺ヲ大正二年三月八日當時ノ所有者石井捨三郎ヨリ買受ケタル旨ヲ以テ同年十二月十九日所有權取得ノ假登記ヲ爲シ次テ同年同月二十九日其本登記ヲ爲シタル事實ハ甲第一號證ノ一、二ニ依リ之ヲ認ムヘシ而カモ當審ノ檢證調書及其附屬圖面證人石井菊次郎ノ證言ヲ綜合スルトキハ右建物ハ檢證ノ目的物タル建物ニ該當スルコトヲ知ルニ足リ又當審ノ證人久保田善三郎ノ證言乙第二號證同第三號證ノ一ニ依ルトキハ本件ノ強制競賣事件ニ付キ久保善三郎カ鑑定人トシテ右建物ヲ該競賣ノ目的物ナリト認メ東京區裁判所カ指定シタル事項ニ付キ鑑定報告ヲ爲シタルコト及ヒ同裁判所カ該建物ヲ未登記物件ナリトシ大正二年十二月三日登記番號第四六三號(第四六三號ノ物件ハ岡崎瀧之丞カ明治四十一年十一月六日石井捨三郎ヨリ買受ケ其所有權移轉ニ關スル登記ヲ經サル儘日本橋區役所ヘ賣買届ヲ爲シタル届書ヲ基本トシ被上告人ハ岡崎瀧之丞ニ對スル強制執行方法トシテ東京區裁判所ヘ競賣ノ申請ヲ爲シ同裁判所ハ前記建物登記第六九號登記簿ヘ登記濟物件ヲ未登記物件ナリトシテ岡崎瀧之丞ノ爲ニ所有權保存登記ノ囑託ヲ爲シ次テ同用紙ニ競賣ノ登記ヲ爲シタルモノ也)用紙ヲ以テ岡崎瀧之丞ノ爲ニ所有權保存登記ヲ爲シ同時ニ強制競賣申立ノ登記ヲモ爲シタルコトヲ認メ得ヘシ然ラハ本件檢證ノ目的物タル建物ニ付テハ前記二箇ノ所有權ニ關スル登記保存スルノ結果ヲ生スルニ至リシト雖而モ本件強制競賣手續カ檢證ノ目的物タリシ前掲建物ニ對シ開始サレタルモノナルコトハ極メテ明白ナリトス」ト判定シ同一建物ニ對シ二箇ノ登記併存ヲ認メ右建物登記第六九號甲區事項欄中上告人カ大正二年十二月二十九日本登記ヲ申請シタル所有權取得登記ト建物登記第四六三號甲區欄ニ大正二年十二月八日被上告人ヨリ強制競賣申立アリタル登記ノ日附ヲ對照シ上告人カ右建物ヲ石井捨三郎ヨリ買受ケ所有權ヲ取得シタリトスルモ其登記ハ右競賣申立ノ登記後ニ係ルヲ以テ差押債權者タル被上告人ニ對シ其權利ヲ對抗スルコトヲ得ストシ上告人ノ主張ヲ全然排斥シタリ然レトモ民法第百七十七條ノ規定ハ物權ノ得喪及ヒ變更ハ登記法ニ定ムル所ニ從ヒ其登記ヲ爲スニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得スト云ヘリ故ニ同條ノ保護ヲ受ケンニハ第一實體上物權ノ得喪事實アルコト第二物權得喪ノ事實ニ適合スル登記アルコト第三登記カ不動産登記法上適法ナルコトヲ要ス若シ其一ヲ缺クトキハ假令登記簿ニ登記セラルルモ第三者ヘ對抗スルコトヲ得サルヤ勿論ナリ本件建物ニ關シテハ最初松本留次郎カ明治三十五年二月十日受附第一〇三七號建物登記第六九號ニ不動産登記法上適法ナル保存登記ヲ爲シ順次所有權移轉ノ事實ニ適合スル登記ヲ經最後ニ上告人カ右建物ノ所有權ヲ取得シ同號登記簿ヘ其登記ヲ爲シ前示條件ヲ具備シ民法第百七十七條ノ規定ニ基キ差押債權者タル被上告人ハ勿論一般第三者ニ完全ニ所有權取得ヲ對抗シ得ル權利状態トナレリ被上告人ハ之ニ反シ前記建物ヲ石井捨三郎ヨリ岡崎瀧之丞ヘ所有權移轉シタリト主張シ之ニ適合セル賣買登記缺除ノ儘(御院三十八年民事判例六百四十七頁御院四十三年一月二十四日判例法律新聞第六百二十四號十五頁御院四十二年(オ)第三百八十八號四十三年一月二十四日民事第二部判例法律新聞七百六十七號二十六頁御院明治四十三年民事判例八十頁御參照)既登記建物ヲ未登記物件トシ建物第四六三號ニ重複シテ保存登記ヲ經其登記簿ニ競賣申立ノ登記ヲ爲シ不動産登記法第十五條ニ違反シ一棟ノ建物ニ二用紙ヲ用ヒ二箇ノ登記併存ノ結果ヲ來シ從テ被上告人カ爲シタル登記ハ石井捨三郎ヨリ岡崎瀧之丞ヘ所有權移轉ノ事實ニ適合スル登記ノ缺除及不動産登記法ニ違反シタル不適法ナル登記ニシテ結局民法第百七十七條ノ保護ヲ受クヘキ條件ヲ具備セサルモノナリ然ルニ原審裁判所ハ前記一棟ノ建物ニ對スル二箇ノ登記併存ヲ認メ漫然各登記ヲ有效ト前提シ雙方ノ登記ノ日附(上告人所有權所得登記日附ト被上告人カ競賣申立登記日附)ヲ對照シ其前後ニ依リ上告人カ爲シタル登記ハ被上告人ニ對抗スルコト能ハストセリ右ハ法則ヲ不法ニ適用シタル失當ノ判決ナリト言ハサルヲ得ス若シ原院判示ノ見解ニ從ヘハ一棟ノ建物ニ付キ二以上ノ登記用紙ノ設ケアル場合ニハ其各用紙ニ爲サレタル登記ハ何レモ其效力ヲ有シ而シテ各用紙ニ爲サレタル各箇登記權利者間ノ權利ノ優劣ハ一ニ登記ノ先後ニヨリ決セラルヘキコトトナルヘシ然レトモ如此斷定ハ之ヲ法理ニ照スニ到底首肯スヘカラサルモノニシテ其理論ヲ推シテ各種ノ場合ニ付キ考覆セハ幾多説明スヘカラサル結果ニ逢着スルヲ看ルヘシ不動産登記法第一五條第一項ニ依レハ登記ハ一筆ノ土地又ハ一棟ノ建物ニ付キ一用紙ヲ備フヘキモノトス此規定ハ單ニ舊法時代ニ於テ一用紙中ニ數筆若クハ數棟ノ土地建物ノ登記ヲ爲シ爲メニ紛雜ヲ極メタリシ弊ヲ嬌ムルノ趣旨ニ出テタルノミナラス一筆ノ土地又ハ一棟ノ建物ニ付キ數用紙ヲ備ヘ其各用紙ニ別別ニ登記ヲナスノ結果權利關係ノ不明確ヲ來スノ弊ヲモ避ケントスルノ趣旨ニ基クモノナリ故ニ一筆ノ土地又ハ一棟ノ建物ニ付キ二以上ノ登記用紙ヲ設クルコトハ登記法ノ許ササル所ニシテ或土地又ハ建物ニ付キ既ニ一用紙ノ設アル以上ハ之ニ關スル登記ハ總テ其用紙中ニ爲サルヘキモノトス從テ登記官吏ノ錯誤其他ノ原由ニ因リ別ニ一用紙ヲ設ケラレタル場合ニ於テモ其別用紙ノ登記ハ全ク何等ノ效力ナキモノト解セサルヘカラス且同條第二項ニ於テ同一ノ登記所ノ管轄ニ屬スル不動産カ登記簿ヲ分設シタル數箇ノ區劃ニ跨ル場合ト雖モ其一箇ノ區劃ノ登記簿ニノミ其不動産ニ關スル用紙ヲ備フヘキモノトシタルモ亦第一項ト同一ノ精神ニ出ツルモノニシテ右解釋ノ正當ナルコトヲ證シテ餘アリト云フヘシ次ニ不動産登記ニ付キ新ナル用紙ヲ設ケラルルハ常ニ所有權保存ノ登記ヲ爲スヘキ場合ニ限ルモノナリ本件ニ於テ岡崎瀧之丞竝ニ被上告人ノ爲メ新ニ登記用紙ヲ設ケラレタルモ當ニ此例ニ洩レス然ルニ所有權保存ノ登記ナルモノハ未登記ノ不動産ニ關シテノミ之ヲ爲スヘキモノニシテ既登記ノ不動産ニ關シ所有權保存ノ登記ナルモノアルヘカラス之所有權保存登記ニ關スル規定タル不動産登記法第百五條以下ニ於テ未登記ノ不動産所有權ノ登記云云ト云ヒ常ニ未登記ノ文字ヲ用ヒタルヨリシテ一見明白ナル所ナリ加之既ニ或物件ニ付キ從來某ノ所有セルモノトシテノ所有權保存ノ登記アル以上ハ其後其物件ニ付キ所有權ノ登記名義者タラントスルモノハ右ノ者ヨリ之ヲ取得シタリトシテ所有權取得ノ登記ヲ申請スルハ格別別途ニ所有權保存ノ登記ヲ申請スルハ既存ノ登記ト相容レサル所ニシテ登記法第一條竝ニ第四十九條第二號ニ照シ許スヘキモノニ非ス(御院三十九年(オ)第三二六號判決同年民事判決録一三六六頁御參照)果シテ然ラハ本件ニ於テ岡崎瀧之丞ノ爲メニ爲サレタル登記第四六三號用紙ニ於ケル所有權保存ノ登記ハ十數年來嚴トシテ存スル既登記ノ建物ニ付キ未登記不動産トシテナサレタルモノナルカ故ニ登記法ニ違反セリ從テ何等ノ對抗力タモ有セサルモノナリト云ハサル可ラス然ラハ即チ此無效ノ保存登記ヲ基礎トセル被上告人ノ爲メノ競賣申立記入ノ登記モ亦當然無效ノモノタルヲ免レス蓋シ其申立記入ノ登記タルヤ建物カ岡崎瀧之丞ノ所有トセラレタルカ故ニ爲サレタルモノニシテ即チ岡崎ノ所有權ノ登記カ有效ナルコトヲ前提トスルモノナレハナリ即チ第一順位ノ所有權保存登記ト第二順位ノ記入ノ登記トハ相俟テ其意義ヲ有シ相俟テ其效力ヲ有スヘキモノニシテ之レ登記法上未登記ノ不動産ニ付キ競賣申立記入ノ囑託アリタルトキハ登設官吏ハ先ツ職權ヲ以テ所有權保存ノ登記ヲ爲ササルヘカラサル點ヨリ考フルモ更ニ疑ヲ容ルヘキ餘地ナシトス惟フニ本件ニ於テ大正二年十二月三日東京區裁判所カ登記所ニ對シ競賣申立記入登記ノ囑託ヲ爲セルニ當リ登記官吏ハ其既登記ノ建物ニ關スルニモ拘ハラス誤テ未登記建物ニ關スルモノト信シ不動産登記法第百九條第百二十八條第百二十九條第百三十五條等ノ規定ヲ類推シテ先ツ岡崎瀧之亟ノ爲メ職權ヲ以テ所有權保存ノ登記ヲ爲シ次テ囑託ニ基ク記入ノ登記ヲナシタルモノナルヘシト雖モ是全ク既存登記ノ不知ヨリ登記法ノ適用ヲ誤リタルモノニシテ若シ此不知ニ座スルコトナクンハ囑託書ニ於ケル義務者ノ表示カ登記簿ニ於ケル所有者ノ表示ト相異ルコトヲ發見スヘク從テ登記法第四十九條第六號ニ依リ其囑託ニハ應スヘカラサリシナリ(右百九條以下ノ條文ニ就テ見ルモ未登記ノ不動産ニ付キテハ競賣申立記入ノ囑託アラハ登記官吏ノ職權ヲ以テスル所有權保存ノ登記ヲナスヘキ趣旨ヲ覗フニ足ルト雖モ既登記ノ不動産ニ付キ此ノ如キ手續ヲナスヘキ趣旨ヲ覗フニ由ナシ)更ニ原審判示ノ見解ヲ採ルニヨリテ到底説明スルコト能ハサル場合ヲ擧ケテ其不當ナルコトヲ見ンニ第一原審判示ニ從ヘハ數用紙ニ登記セラレタル登記權利者間ノ權利ノ優劣ハ一ニ登記ノ先後ニ依リテ定マルコトトナルモ若シ二ノ用紙ニ於ケル登記ノ日附カ同一ナリシトキハ如何ニシテ決スヘキカ或ハ曰ク此場合ニハ受附番號ノ先後ニ依リテ決セント然レトモ其受附番號モ亦登記官吏ノ錯誤ニ依リテ同一ナリシトキハ如何錯誤ニ依ル保存登記ノ效力ヲ認メントスル原審ノ見解ハ此時ニ至リ遽ニ受附番號ニ錯誤アルノ故ヲ以テ其一方ノ效力ヲ否認スルヲ得サルヘク結局一ノ不動産カ同時ニ二人以上ノ所有ニ屬スルカ如キ不都合ナル結果ノ生スルヲ否ム能ハサルヘシ第二或不動産ニ付登記第一號ノ用紙ニハ一月一日甲ノ爲メ所有權保存ノ登記アリ次テ二月一日乙ノ爲メ三月一日丙ノ爲メ所有權取得ノ登記アリトシ又其不動産ニ關スル登記第十號用紙ニハ一月二日甲ノ爲メ所有權保存二月二日丁ノ爲メ所有權取得同日戊ノ爲メ競賣申立記入ノ登記アリト假定シ原審判示ニ從ヒ登記ノ先後ヲ以テ各登記權利ノ優劣ヲ定メンニ丁ノ所有權取得ノ登記竝ニ戊ノ競賣申立記入ノ登記ハ乙ニ對スル關係ニ於テハ對抗力ナキモ丙ニ對スル關係ニ於テハ對抗力アルコトトナル現ニ原審判決ニ「石井捨三郎ヨリ異議ノ訴ヲ爲スハ格別ナルモ被控訴人(即チ上告人)ヨリ本訴ヲ提起シタルハ失當云云」ト言ヘルハ明ニ右ノ斷定ヲ採レルモノタリ然レトモ仔細ニ登記ノ趣旨ヲ觀察スルトキハ右ノ例ニ於テ丙ハ乙ヨリ直接所有權ヲ取得シタルコトトナリ居ル筈ニテ丙ノ登記ハ單純ニ所有權ヲ取得シタリトノ意味ノ登記ニアラス乙ヨリ直接ニ取得シタリトノ意味ノ登記ナリ然ラハ既ニ丙ノ前主タル乙ニ於テ丁戊ニ對シ優越ナル權利ヲ有セル以上ハ之カ直接ノ後者タル丙者モ亦丁戊ニ對シ其權利ヲ對抗スルコトヲ得トスルニアラサレハ解スヘカラサルニアラスヤ更ニ三用紙四用紙ニ亘リテ登記アル場合ヲ想像セハ右ニ類スル不可解ノ場合ハ多多益益生スヘキナリ第三最初ヨリ一箇ノ不動産カ別箇ノ用紙ニ何等關係ナキ別人ノ所有トシテ登記セラレタル場合ヲ想像セハ其何レカ一方ハ必ス事實ニ適合セサル登記ニシテ無效ノモノタルコト甚タ明瞭ニシテ其何レモ效力アリトスル原審見解ノ採ルヘカラサル所以ヲ知ルニ便ナリ本件ニ於テ岡崎瀧之丞ハ明治四十一年十一月六日石井捨三郎ヨリ建物ヲ買受ケ後ニ同人ノ爲メ所有權保存ノ登記アリタリト云フモ右賣買ノ事實ハ登記簿面ニ現ハレ居ラサルカ故ニ畢竟本件ノ場合ハ最初ヨリ別人ノ所有トシテ二ノ登記用紙ニ登記セラレアル場合ニ外ナラス故ニ二用紙ノ登記中何レカ一方ヲ無效トスルニ非サレハ到底説明ノ付カサル譯合ナリ(御院四十四年(オ)第三二〇號判決同年民事判決録八七七頁御參照)而シテ何レカ一方ヲ無效トスヘキモノトセハ後ニ爲サレタル登記第四六三號ノ用紙ニ於ケル岡崎瀧之丞ノ所有權保存登記以下ヲ無效トスヘキモノナルコトハ前述セル所ナリ(御院三十八年(オ)第二二號判決同年民事判決録六四七頁四十二年(オ)第三八六號判決同四十三年民事判決録一頁御參照)第四不動産登記法第四十九條第六號ニ依レハ登記官吏ハ申請書ニ掲ケタル登記義務者ノ表示カ登記簿ト符合セサルトキハ申請ヲ却下スヘキモノナリ然ルニ原審ノ見解ニ從ヘハ數用紙ノ登記何レモ有效ナルカ故ニ登記官吏カ調査ノ結果甲用紙ノ登記名義人ハ申請書記載ノ登記義務者ト符合スルモ乙用紙ノ登記名義人ハ之ト符合セサルコトヲ發見シタルトキ如何ニ處置スヘキヤ之カ解釋ニ苦マスンハアラス或ハ其申請ヲ却下セスシテ符合スル方ノ用紙ニ登記セハ可ナリト云フモノアランモ如此ンハ最初ヨリ申請書ニ何レノ登記番號ノ用紙ニ登記ヲ爲スヘキヤヲ記載セシムルノ必要ヲ生スルニ至ルヘク到底登記法ノ精神ト背馳スルヲ免レサルナリ(登記法第三十六條ノ申請要件中ニ登記用紙ノ番號ヲ記載スヘキコトハ掲ケアラス)第五不動産登記法施行細則第七條ハ土地登記見出帳ニハ土地ノ番號ヲ逐ヒ豫メ各筆ノ見出欄ヲ設ケ置クヘキ旨ヲ規定セリ從テ土地ニ付テハ一筆ニ付キ二用紙ヲ生スルコト稀ナルヘシト雖モ原審判示ノ如ク一筆ニ付キ有效ナル二用紙ノ登記ヲ是認スルトキハ偶々錯誤其他ノ原因ニ依リ一箇ノ土地ニ付キ二用紙ヲ生シタル場合ニハ見出帳面ニモ同一土地ニ關スル見出欄ヲ二箇設クルニ至ルヘク該條ニ土地ノ番號ヲ逐ヒテ各筆ノ見出欄ヲ設クト言ヘル趣旨ニ背馳スルニ至ルヘシ此點モ亦原審見解ノ不當ナル一證トシテ擧クルニ足ルナリ之ヲ要スルニ原審判示ノ見解ハ民法第百七十七條竝不動産登記法ノ趣旨ニ背反セル違法ノモノナリト信スト云フニ在リ
仍テ按スルニ原審ニ於テ當事者間ニ爭ナカリシ確定ノ事實及ヒ原院ノ認定シタル事實ニ依レハ被上告人ハ岡崎瀧之丞ニ對スル強制執行ノ爲メニ本件係爭ノ建物一棟ニ對シ強制競賣ノ申立ヲ爲シ東京區裁判所ハ右申立ニ因リ強制競賣手續ヲ開始シ該建物ヲ未登記ナルモノト看做シ大正二年十二月三日登記第四六三號用紙ヲ以テ岡崎瀧之丞ノ所有權保存登記ヲ爲シ同時ニ右強制競賣申立ノ登記ヲ爲シタル處是ヨリ先ニ該建物ハ既ニ明治三十五年二月十日(訴訟記録中ニ存スル登記簿謄本ニハ明治三十三年二月十日受附トアリ)松本留次郎ニ於テ所有權保存登記ヲ爲シ同年十一月十二日石井捨三郎ニ於テ所有權取得登記ヲ爲シタル登記第六九號用紙ニ表示サレ尚ホ同用紙ニ於テ上告人ハ大正二年三月八日當時ノ所有者石井捨三郎ヨリ買ヒ受ケタル旨ヲ以テ同年十二月十九日所有權取得ノ假登記ヲ受ケ同月二十九日其本登記ヲ受ケタリト云フニ在ルコト判文上明白ニシテ之ヲ要スルニ登記第六九號用紙ニ既ニ松本留次郎ノ爲メ所有權保存ノ登記ヲ爲シタル後ニ至リ其用紙ト全ク關係ナキ別箇ノ登記第四六三號用紙ニ更ニ岡崎瀧之丞ノ所有權保存及ヒ被上告人ノ強制競賣申立ノ各登記ヲ爲シタルモノトス而シテ不動産登記法ノ規定ニ依レハ登記簿ハ一棟ノ建物ニ付キ一用紙ヲ備ヘ登記用紙ニ餘白ナキ場合ニ於テ登記ヲ爲スニハ其用紙ノ登記番號ヲ轉寫スル繼續用紙ヲ新ニ設クルコトヲ要シ同一ノ建物ニ付キ別箇獨立ノ數用紙ヲ以テ各別ノ登記ヲ爲スカ如キハ之ヲ許ササル所ナレハ一棟ノ建物ニ付キ始メテ一用紙ニ甲者ノ爲メ既ニ所有權保存登記ヲ爲シタル後ニ至リ更ニ其繼續用紙ニ非サル他ノ用紙ニ乙者ノ爲メ又所有權保存登記ヲ爲シタルトキハ後ノ用紙不適法ニシテ之ニアル乙者ノ所有權保存登記ハ勿論其登記ニ基ク以後ノ登記ハ總テ無效ナリト謂ハサルヲ得ス然レハ登記第四六三號用紙ニアル岡崎瀧之丞ノ所有權保存登記及ヒ被上告人ノ強制競賣申立ノ登記ハ共ニ無效ニシテ初メヨリ其各登記ナカリシモノト看做スヲ當然トスルヲ以テ若シ上告人カ眞實石井捨三郎ヨリ本件係爭建物ヲ買受ケ適法ニ其登記ヲ爲シタリトセンカ其所有權ノ取得ハ之ヲ以テ被上告人ニ對抗スルコトヲ得ルモノト論斷セサル可カラス
然ルニ原院カ登記第四六三號用紙ニアル如上ノ登記ヲ有效視シ其登記ト登記第六九號用紙ニアル上告人ノ所有權取得登記トノ前後ヲ理由トシテ假令上告人カ石井捨三郎ヨリ本件係爭建物ヲ買受ケタリトスルモ之ヲ以テ被上告人ニ對抗スルコトヲ得スト判定シタルハ違法タルヲ免レス本件上告ハ既ニ此點ニ於テ其理由アルヲ以テ爾餘ノ上告論旨ニ對スル説明ニ及ハス民事訴訟法第四百四十七條及ヒ第四百四十八條各初項ニ依リ主文ノ如ク判決ス
大正四年(オ)第百二十九号
大正四年十月二十九日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 一棟の建物に付き登記簿の一用紙に甲者の為め既に所有権保存の登記を為したる後其継続用紙に非ざる他の用紙に乙者の為め更に所有権保存の登記を為したるときは後の用紙は不適法にして之に在る乙者の保存登記は勿論其登記に基く以後の登記は総で無効なるものとす。
上告人 渡辺平三郎
被上告人 株式会社東京株式取引所
訴訟代理人 山浦橘馬
右当事者間の強制執行異議事件に付、東京控訴院が大正三年十二月二十四日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
理由
上告論旨の第一点は原審裁判所は其理由に於て「被控訴人が明治三十五年二月十日訴外松本留次郎に於て所有権保存登記同年十一月十二日石井捨三郎に於て所有権取得登記を為したる登記番号第六十九号(第六十九号の登記は松本留次郎が明治三十五年二月十日受附第一〇三七号にて保存登記を為し同人は明治三十五年十一月十二日受附第一三六二九号にて石井捨三郎へ同人は明治三十六年六月九日受附第一四五五号にて株式会社三十五銀行へ同人は明治三十九年三月二十六日受附第二五五三号にて石井捨三郎へ同人は大正二年十二月二十九日受附第一三八九四号にて上告人へ順次売買に依る所有権移転の登記事項記載あり)用紙に表示されある建物即ち日本橋区蛎殻町一丁目四番地所在木造瓦葺二階建一棟建坪三十八坪二合五勺外二階二十六坪二合五勺を大正二年三月八日当時の所有者石井捨三郎より買受けたる旨を以て同年十二月十九日所有権取得の仮登記を為し次で同年同月二十九日其本登記を為したる事実は甲第一号証の一、二に依り之を認むべし而かも当審の検証調書及其附属図面証人石井菊次郎の証言を綜合するときは右建物は検証の目的物たる建物に該当することを知るに足り又当審の証人久保田善三郎の証言乙第二号証同第三号証の一に依るときは本件の強制競売事件に付き久保善三郎が鑑定人として右建物を該競売の目的物なりと認め東京区裁判所が指定したる事項に付き鑑定報告を為したること及び同裁判所が該建物を未登記物件なりとし大正二年十二月三日登記番号第四六三号(第四六三号の物件は岡崎滝之丞が明治四十一年十一月六日石井捨三郎より買受け其所有権移転に関する登記を経さる儘日本橋区役所へ売買届を為したる届書を基本とし被上告人は岡崎滝之丞に対する強制執行方法として東京区裁判所へ競売の申請を為し同裁判所は前記建物登記第六九号登記簿へ登記済物件を未登記物件なりとして岡崎滝之丞の為に所有権保存登記の嘱託を為し次で同用紙に競売の登記を為したるもの也)用紙を以て岡崎滝之丞の為に所有権保存登記を為し同時に強制競売申立の登記をも為したることを認め得べし。
然らば本件検証の目的物たる建物に付ては前記二箇の所有権に関する登記保存するの結果を生ずるに至りしと雖而も本件強制競売手続が検証の目的物たりし前掲建物に対し開始されたるものなることは極めて明白なりとす。」と判定し同一建物に対し二箇の登記併存を認め右建物登記第六九号甲区事項欄中上告人が大正二年十二月二十九日本登記を申請したる所有権取得登記と建物登記第四六三号甲区欄に大正二年十二月八日被上告人より強制競売申立ありたる登記の日附を対照し上告人が右建物を石井捨三郎より買受け所有権を取得したりとするも其登記は右競売申立の登記後に係るを以て差押債権者たる被上告人に対し其権利を対抗することを得ずとし上告人の主張を全然排斥したり。
然れども民法第百七十七条の規定は物権の得喪及び変更は登記法に定むる所に従ひ其登記を為すに非ざれば之を以て第三者に対抗することを得ずと云へり故に同条の保護を受けんには第一実体上物権の得喪事実あること第二物権得喪の事実に適合する登記あること第三登記が不動産登記法上適法なることを要す。
若し其一を欠くときは仮令登記簿に登記せらるるも第三者へ対抗することを得ざるや勿論なり。
本件建物に関しては最初松本留次郎が明治三十五年二月十日受附第一〇三七号建物登記第六九号に不動産登記法上適法なる保存登記を為し順次所有権移転の事実に適合する登記を経最後に上告人が右建物の所有権を取得し同号登記簿へ其登記を為し前示条件を具備し民法第百七十七条の規定に基き差押債権者たる被上告人は勿論一般第三者に完全に所有権取得を対抗し得る権利状態となれり被上告人は之に反し前記建物を石井捨三郎より岡崎滝之丞へ所有権移転したりと主張し之に適合せる売買登記欠除の儘(御院三十八年民事判例六百四十七頁御院四十三年一月二十四日判例法律新聞第六百二十四号十五頁御院四十二年(オ)第三百八十八号四十三年一月二十四日民事第二部判例法律新聞七百六十七号二十六頁御院明治四十三年民事判例八十頁御参照)既登記建物を未登記物件とし建物第四六三号に重複して保存登記を経其登記簿に競売申立の登記を為し不動産登記法第十五条に違反し一棟の建物に二用紙を用ひ二箇の登記併存の結果を来し。
従て被上告人が為したる登記は石井捨三郎より岡崎滝之丞へ所有権移転の事実に適合する登記の欠除及不動産登記法に違反したる不適法なる登記にして結局民法第百七十七条の保護を受くべき条件を具備せざるものなり。
然るに原審裁判所は前記一棟の建物に対する二箇の登記併存を認め漫然各登記を有効と前提し双方の登記の日附(上告人所有権所得登記日附と被上告人が競売申立登記日附)を対照し其前後に依り上告人が為したる登記は被上告人に対抗すること能はずとせり右は法則を不法に適用したる失当の判決なりと言はざるを得ず。
若し原院判示の見解に従へは一棟の建物に付き二以上の登記用紙の設けある場合には其各用紙に為されたる登記は何れも其効力を有し、而して各用紙に為されたる各箇登記権利者間の権利の優劣は一に登記の先後により決せらるべきこととなるべし。
然れども如此断定は之を法理に照すに到底首肯すべからざるものにして其理論を推して各種の場合に付き考覆せば幾多説明すべからざる結果に逢着するを看るべし不動産登記法第一五条第一項に依れば登記は一筆の土地又は一棟の建物に付き一用紙を備ふべきものとす。
此規定は単に旧法時代に於て一用紙中に数筆若くは数棟の土地建物の登記を為し為めに紛雑を極めたりし弊を嬌むるの趣旨に出でたるのみならず一筆の土地又は一棟の建物に付き数用紙を備へ其各用紙に別別に登記をなすの結果権利関係の不明確を来すの弊をも避けんとするの趣旨に基くものなり。
故に一筆の土地又は一棟の建物に付き二以上の登記用紙を設くることは登記法の許さざる所にして或土地又は建物に付き既に一用紙の設ある以上は之に関する登記は総で其用紙中に為さるべきものとす。
従て登記官吏の錯誤其他の原由に因り別に一用紙を設けられたる場合に於ても其別用紙の登記は全く何等の効力なきものと解せざるべからず、且、同条第二項に於て同一の登記所の管轄に属する不動産が登記簿を分設したる数箇の区劃に跨る場合と雖も其一箇の区劃の登記簿にのみ其不動産に関する用紙を備ふべきものとしたるも亦第一項と同一の精神に出づるものにして右解釈の正当なることを証して余ありと云ふべし。
次に不動産登記に付き新なる用紙を設けらるるは常に所有権保存の登記を為すべき場合に限るものなり。
本件に於て岡崎滝之丞並に被上告人の為め新に登記用紙を設けられたるも当に此例に洩れず。
然るに所有権保存の登記なるものは未登記の不動産に関してのみ之を為すべきものにして既登記の不動産に関し所有権保存の登記なるものあるべからず。
之所有権保存登記に関する規定たる不動産登記法第百五条以下に於て未登記の不動産所有権の登記云云と云ひ常に未登記の文字を用ひたるよりして一見明白なる所なり。
加之既に或物件に付き従来某の所有せるものとしての所有権保存の登記ある以上は其後其物件に付き所有権の登記名義者たらんとするものは右の者より之を取得したりとして所有権取得の登記を申請するは格別別途に所有権保存の登記を申請するは既存の登記と相容れざる所にして登記法第一条並に第四十九条第二号に照し許すべきものに非ず(御院三十九年(オ)第三二六号判決同年民事判決録一三六六頁御参照)果して然らば本件に於て岡崎滝之丞の為めに為されたる登記第四六三号用紙に於ける所有権保存の登記は十数年来厳として存する既登記の建物に付き未登記不動産としてなされたるものなるが故に登記法に違反せり。
従て何等の対抗力たも有せざるものなりと云はざる可らず。
然らば、即ち此無効の保存登記を基礎とせる被上告人の為めの競売申立記入の登記も亦当然無効のものたるを免れず蓋し其申立記入の登記たるや建物が岡崎滝之丞の所有とせられたるが故に為されたるものにして、即ち岡崎の所有権の登記が有効なることを前提とするものなればなり。
即ち第一順位の所有権保存登記と第二順位の記入の登記とは相俟て其意義を有し相俟て其効力を有すべきものにして之れ登記法上未登記の不動産に付き競売申立記入の嘱託ありたるときは登設官吏は先づ職権を以て所有権保存の登記を為さざるべからざる点より考ふるも更に疑を容るべき余地なしとす惟ふに本件に於て大正二年十二月三日東京区裁判所が登記所に対し競売申立記入登記の嘱託を為せるに当り登記官吏は其既登記の建物に関するにも拘はらず誤で未登記建物に関するものと信じ不動産登記法第百九条第百二十八条第百二十九条第百三十五条等の規定を類推して先づ岡崎滝之丞の為め職権を以て所有権保存の登記を為し次で嘱託に基く記入の登記をなしたるものなるべしと雖も是全く既存登記の不知より登記法の適用を誤りたるものにして若し此不知に座することなくんば嘱託書に於ける義務者の表示が登記簿に於ける所有者の表示と相異ることを発見すべく。
従て登記法第四十九条第六号に依り其嘱託には応すべからざりしなり。
(右百九条以下の条文に就て見るも未登記の不動産に付きては競売申立記入の嘱託あらば登記官吏の職権を以てずる所有権保存の登記をなすべき趣旨を覗ふに足ると雖も既登記の不動産に付き此の如き手続をなすべき趣旨を覗ふに由なし。
)更に原審判示の見解を採るによりて到底説明すること能はざる場合を挙けて其不当なることを見んに第一原審判示に従へは数用紙に登記せられたる登記権利者間の権利の優劣は一に登記の先後に依りて定まることとなるも若し二の用紙に於ける登記の日附が同一なりしときは如何にして決すべきか或は曰く此場合には受附番号の先後に依りて決せんと。
然れども其受附番号も亦登記官吏の錯誤に依りて同一なりしときは如何錯誤に依る保存登記の効力を認めんとする原審の見解は此時に至り遽に受附番号に錯誤あるの故を以て其一方の効力を否認するを得ざるべく結局一の不動産が同時に二人以上の所有に属するが如き不都合なる結果の生ずるを否む能はざるべし第二或不動産に付、登記第一号の用紙には一月一日甲の為め所有権保存の登記あり次で二月一日乙の為め三月一日丙の為め所有権取得の登記ありとし又其不動産に関する登記第十号用紙には一月二日甲の為め所有権保存二月二日丁の為め所有権取得同日戊の為め競売申立記入の登記ありと仮定し原審判示に従ひ登記の先後を以て各登記権利の優劣を定めんに丁の所有権取得の登記並に戊の競売申立記入の登記は乙に対する関係に於ては対抗力なきも丙に対する関係に於ては対抗力あることとなる現に原審判決に「石井捨三郎より異議の訴を為すは格別なるも被控訴人(即ち上告人)より本訴を提起したるは失当云云」と言へるは明に右の断定を採れるものたり。
然れども仔細に登記の趣旨を観察するときは右の例に於て丙は乙より直接所有権を取得したることとなり居る筈にて丙の登記は単純に所有権を取得したりとの意味の登記にあらず。
乙より直接に取得したりとの意味の登記なり。
然らば既に丙の前主たる乙に於て丁戊に対し優越なる権利を有せる以上は之が直接の後者たる丙者も亦丁戊に対し其権利を対抗することを得とするにあらざれば解すべからざるにあらずや更に三用紙四用紙に亘りて登記ある場合を想像せば右に類する不可解の場合は多多益益生すべきなり。
第三最初より一箇の不動産が別箇の用紙に何等関係なき別人の所有として登記せられたる場合を想像せば其何れか一方は必す事実に適合せざる登記にして無効のものたること甚た明瞭にして其何れも効力ありとする原審見解の採るべからざる所以を知るに便なり。
本件に於て岡崎滝之丞は明治四十一年十一月六日石井捨三郎より建物を買受け後に同人の為め所有権保存の登記ありたりと云ふも右売買の事実は登記簿面に現はれ居らざるが故に畢竟本件の場合は最初より別人の所有として二の登記用紙に登記せられある場合に外ならず。
故に二用紙の登記中何れか一方を無効とするに非ざれば到底説明の付かざる訳合なり。
(御院四十四年(オ)第三二〇号判決同年民事判決録八七七頁御参照)。
而して何れか一方を無効とすべきものとせば後に為されたる登記第四六三号の用紙に於ける岡崎滝之丞の所有権保存登記以下を無効とすべきものなることは前述せる所なり。
(御院三十八年(オ)第二二号判決同年民事判決録六四七頁四十二年(オ)第三八六号判決同四十三年民事判決録一頁御参照)第四不動産登記法第四十九条第六号に依れば登記官吏は申請書に掲げたる登記義務者の表示が登記簿と符合せざるときは申請を却下すべきものなり。
然るに原審の見解に従へは数用紙の登記何れも有効なるが故に登記官吏が調査の結果甲用紙の登記名義人は申請書記載の登記義務者と符合するも乙用紙の登記名義人は之と符合せざることを発見したるとき如何に処置すべきや之が解釈に苦ますんばあらず。
或は其申請を却下せずして符合する方の用紙に登記せば可なりと云ふものあらんも如此んば最初より申請書に何れの登記番号の用紙に登記を為すべきやを記載せしむるの必要を生ずるに至るべく到底登記法の精神と背馳するを免れざるなり。
(登記法第三十六条の申請要件中に登記用紙の番号を記載すべきことは掲げあらず。
)第五不動産登記法施行細則第七条は土地登記見出帳には土地の番号を逐ひ予め各筆の見出欄を設け置くべき旨を規定せり。
従て土地に付ては一筆に付き二用紙を生ずること稀なるべしと雖も原審判示の如く一筆に付き有効なる二用紙の登記を是認するときは偶偶錯誤其他の原因に依り一箇の土地に付き二用紙を生じたる場合には見出帳面にも同一土地に関する見出欄を二箇設くるに至るべく該条に土地の番号を逐ひて各筆の見出欄を設くと言へる趣旨に背馳するに至るべし此点も亦原審見解の不当なる一証として挙くるに足るなり。
之を要するに原審判示の見解は民法第百七十七条並不動産登記法の趣旨に背反せる違法のものなりと信ずと云ふに在り
仍て按ずるに原審に於て当事者間に争なかりし確定の事実及び原院の認定したる事実に依れば被上告人は岡崎滝之丞に対する強制執行の為めに本件係争の建物一棟に対し強制競売の申立を為し東京区裁判所は右申立に因り強制競売手続を開始し該建物を未登記なるものと看做し大正二年十二月三日登記第四六三号用紙を以て岡崎滝之丞の所有権保存登記を為し同時に右強制競売申立の登記を為したる処是より先に該建物は既に明治三十五年二月十日(訴訟記録中に存する登記簿謄本には明治三十三年二月十日受附とあり)松本留次郎に於て所有権保存登記を為し同年十一月十二日石井捨三郎に於て所有権取得登記を為したる登記第六九号用紙に表示され尚ほ同用紙に於て上告人は大正二年三月八日当時の所有者石井捨三郎より買ひ受けたる旨を以て同年十二月十九日所有権取得の仮登記を受け同月二十九日其本登記を受けたりと云ふに在ること判文上明白にして之を要するに登記第六九号用紙に既に松本留次郎の為め所有権保存の登記を為したる後に至り其用紙と全く関係なき別箇の登記第四六三号用紙に更に岡崎滝之丞の所有権保存及び被上告人の強制競売申立の各登記を為したるものとす。
而して不動産登記法の規定に依れば登記簿は一棟の建物に付き一用紙を備へ登記用紙に余白なき場合に於て登記を為すには其用紙の登記番号を転写する継続用紙を新に設くることを要し同一の建物に付き別箇独立の数用紙を以て各別の登記を為すが如きは之を許さざる所なれば一棟の建物に付き始めて一用紙に甲者の為め既に所有権保存登記を為したる後に至り更に其継続用紙に非ざる他の用紙に乙者の為め又所有権保存登記を為したるときは後の用紙不適法にして之にある乙者の所有権保存登記は勿論其登記に基く以後の登記は総で無効なりと謂はざるを得ず。
然れば登記第四六三号用紙にある岡崎滝之丞の所有権保存登記及び被上告人の強制競売申立の登記は共に無効にして初めより其各登記なかりしものと看做すを当然とするを以て若し上告人が真実石井捨三郎より本件係争建物を買受け適法に其登記を為したりとせんか其所有権の取得は之を以て被上告人に対抗することを得るものと論断せざる可からず。
然るに原院が登記第四六三号用紙にある如上の登記を有効視し其登記と登記第六九号用紙にある上告人の所有権取得登記との前後を理由として仮令上告人が石井捨三郎より本件係争建物を買受けたりとするも之を以て被上告人に対抗することを得ずと判定したるは違法たるを免れず本件上告は既に此点に於て其理由あるを以て爾余の上告論旨に対する説明に及ばす民事訴訟法第四百四十七条及び第四百四十八条各初項に依り主文の如く判決す