明治四十五年（オ）第二十四號
明治四十五年二月十六日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 貯蓄銀行條例第四條及ヒ供託法第一條ニ依ル供託物ノ保管ニ關スル貯蓄銀行ト金庫トノ關係ハ公法的關係ニ非スシテ純然タル私法的關係ナルヲ以テ金庫ハ其供託物ノ保管ニ關シテハ民法上ノ受託者トシテノ義務ヲ負ヒ之カ返還ヲ爲ササルトキハ銀行ニ對シ損害賠償ノ責ニ任セサルヘカラス
（參照）貯蓄銀行ハ貯蓄預金拂戻ノ擔保トシテ預金總高ノ四分ノ一ヨリ少ナカラサル金額ヲ利付國債證券又ハ地方債證券ニテ備ヘ置キ之ヲ供託所ニ預ケ入ルヘシ」但擔保金額カ資本金半額以上ニ及フトキハ商業手形及確實ナル會社ノ債券又ハ株券等ヲ用井ルコトヲ得（貯蓄銀行條例第四條）
法令ノ規定ニ依リテ供託スル金錢及ヒ有價證券ハ金庫ニ於テ之ヲ保管ス（供託法第一條）
上告人 淺野忠兵衛 外一名
被上告人 株式會社大垣共立銀行
右當事者間ノ公債證書返還請求事件ニ付名古屋控訴院カ明治四十四年十一月十五日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第一點ハ本件ニ於テ被上告銀行カ日本銀行トノ契約ニ基ツキ大垣支金庫ノ事務ヲ取扱ヒ西濃貯蓄銀行ヨリ供託ヲ受ケ保管中ノ係爭公債證書ヲ被上告銀行ノ右支金庫事務取扱主任ノ職ニ在ル高橋政太郎カ擅ニ自己ノ爲メ上告人等ニ擔保トシテ差入レタル事實ハ當事者間ニ爭ナキ所ニシテ只タ其主要ノ爭點ハ政太郎カ被上告銀行ヨリ之ヲ竊取シテ擔保ニ供シタルヤ將タ自己占有中之ヲ横領シタルヤト云フニ存ス原院ハ政太郎カ之ヲ竊取シタルモノト判斷シ其理由トシテ二三ノ證據ヲ綜合シ「係爭公債證書ハ政太郎ノ横領セルモノニ非スシテ西濃貯蓄銀行カ貯蓄銀行條例ノ規定ニ依リ貯蓄金拂戻ノ擔保トシテ大垣支金庫ニ供託シ置キタルモノニシテ當時被控訴銀行ハ日本銀行トノ契約ニ基ツキ大垣支金庫ノ事務ヲ取扱ヒ右公債ヲ保管シ居リタル所明治四十三年十月十二日ヨリ同四十四年二月二十五日迄ノ間ニ政太郎カ之ヲ竊取セシモノト認ムルヲ相當トス」ト説明セラレタルハ理由ヲ備ヘサルモノト謂ハサル可カラス何トナレハ被上告人ハ株式會社タル法人ニシテ自ラ占有スルコト能ハス必スヤ代理機關ニ依テ占有セラレサル可カラス而シテ政太郎カ支金庫ノ金庫事務取扱主任ナル以上ハ亦是レ被上告人ノ代理機關ノ一タルヤ疑ナキノミナラス寧ロ金庫保管ノ任ニアリタリト推定セラルヘキモノトス
從テ金庫中ニ存在セル支金庫占有ノ公債證書ヲ他ニ持出スコトアラハ寧ロ政太郎カ之ヲ横領シタリト推定セラレサルヘカラス若シ原院カ之ヲ以テ盜罪ナリト認定センニハ須ラク代理機關中ノ何人カ之ヲ占有シタルノ事實ヲ明示セサル可カラス然ルニ原院ハ漫然「當時被控訴銀行ハ云云右公債證書ヲ保管シ居リタル所云云政太郎カ之ヲ竊取セシモノト認ムルヲ相當トス」ト説示スルニ過キス之ヲ約言セハ單ニ横領ニ非スシテ竊盜ナリト云フニ異ラスシテ法律上竊盜ノ要件ヲ具備セシヤ否ヤヲ見ルニ足ラス
要スルニ原判決ハ理由不備ノ不法アリト信スト言フニ在リ
然レトモ原院ハ甲第三號證ニ依リ兵頭久カ被上告人ノ營業部長トシテ金庫ノ鎖鑰ヲ保管シ高橋政太郎ハ自由ニ之ヲ開閉スルコトヲ得サリシ事實ニ徴シ係爭ノ公債證書ハ政太郎ノ横領シタルモノニ非スシテ之ヲ竊取シタルモノナル事實ヲ認定セルモノナレハ本論旨ハ此事實ノ認定ヲ非難スルモノニシテ上告適法ノ理由トナラス
上告論旨第二點ハ原判決理由ニ依レハ「且ツ被控訴銀行カ右公債證書ヲ竊取セラレタルニ付契約ニ因リ日本銀行ニ全部其損償ヲ賠償シ又日本銀行ハ金庫ニ金庫ハ供託者タル西濃貯蓄銀行ニ順次損害ノ全部ヲ賠償シタル事實ハ云云被控訴銀行ハ民法第四百二十二條ニ依リ債權者タル日本銀行ニ代位シ控訴人ニ對シ本訴請求ヲ爲ス權利アルモノトス」トアルモ民法第四百二十二條ノ規定ハ債權者ト債務者トノ關係即私法上關係ニ依リ損害賠償ヲ爲シタル場合ニ於ケル規定タルヤ論ナシ然ルニ金庫カ貯蓄銀行條例ニ依リ貯蓄銀行ヨリ供託ヲ受クルハ國家ノ行政機關トシテ貯金保護ノ爲メ貯蓄銀行條例第四條ノ法規ヲ執行スルニ外ナラス而シテ金庫ノ構成ヲ按スルニ會計法第三十一條ニ政府ハ國庫金ノ取扱ヲ日本銀行ニ命スルコトヲ規定シ此場合ニ於テハ會計規則第百十一條ニ依リ日本銀行總裁ハ金庫出納役トシテ執務シ金庫規則第六條第八條ニ依レハ日本銀行ノ代理店長ハ金庫出納役ノ代理人トシテ執務スルモノニシテ被上告銀行カ支金庫ノ事務ヲ取扱フハ即チ如上ノ法令ニ基ツキ其西濃貯蓄銀行ノ係爭公債證書ヲ保管スルハ純然タル公務員トシテ純乎タル行政事務ヲ行フモノナリ從テ金庫ト西濃貯蓄銀行トノ間ニ私法上債務關係ヲ發生スルモノニ非ス故ニ金庫カ金庫主任高橋政太郎ノ爲メ係爭公債證書ヲ竊取セラレタリトスルモ債務不履行若クハ不法行爲ノ責ヲ負フヘキニ非ス此分義ハ實ニ貴院明治三十六年（オ）六六三號不動産競賣配當金請求事件ノ判決ニ於テ明示セラレタル所ナリ故ニ縱令金庫カ西濃貯蓄銀行ニ對シ損害ヲ賠償シタリトスルモ是レ國家カ其徳義ヲ守リ公明ノ處置ニ出テタルニ外ナラスシテ債務者トシテ其債務ヲ履行シタルニ非ス從テ民法第四百二十二條ニ依リ西濃貯蓄銀行ニ代位スルノ結果ヲ生セサルノミナラス日本銀行ト金庫トノ關係ニ付テモ亦タ同シク會計法日本銀行條例等ニ依ル國家財政上ノ命令關係ニシテ私法上ノ權義ニ本ツクモノニ非ス同銀行カ金庫ニ對シ損害ヲ賠償シタルハ惟フニ金庫規則第十一條ニ依リ其責ニ任シタルモノナラン要スルニ西濃貯蓄銀行ト金庫トノ間ニ私法上ノ關係存在セサル以上ハ民法第四百二十二條ノ代位關係ヲ生セス從テ日本銀行カ金庫ニ賠償シ次テ被上告銀行カ日本銀行ニ賠償シタリトテ西濃貯蓄銀行ノ係爭公債證書所有權被上告銀行ニ移轉スヘキニ非ス即チ原判決ハ不當ニ民法第四百二十二條ノ法則ヲ適用シタル不法アリト信スト言フニ在リ
因テ審按スルニ貯蓄銀行條例第四條ニ依レハ貯蓄銀行ハ其貯蓄預金拂渡ノ擔保トシテ預金總額ノ四分ノ一ヨリ少カラサル金額ヲ利付國債證券又ハ地方債證券ニテ備ヘ置キ之ヲ供託所ニ預ケ入ルルコトヲ要シ預金者ハ同條例第六條ニ依リ右供託證券ノ上ニ優先權ヲ有スルモノトス而シテ金庫ハ供託法第一條ニ依リ右ノ供託物ヲ保管スルモノニシテ證券ノ供託ハ貯蓄銀行カ預金者ノ權利ヲ擔保スルカ爲メニ之ヲ爲シ金庫モ亦此財産上ノ關係ニ付キ供託物ヲ保管シ預金者ノ利益ヲ保護スルモノナルコト明ナリ而シテ金庫カ證券ノ供託ヲ受ケ之ヲ保管スルニ付テハ公力ヲ以テ之ヲ強制スルモノニ非ス故ニ供託物ノ保管ニ關スル貯蓄銀行ト金庫トノ關係ハ上告人所論ノ如ク公法的關係ニ非スシテ全ク純然タル私法的關係ナリト解スルヲ至當トス從テ金庫ハ其供託物ノ保管ニ關シテハ民法ノ規定ニ從ヒ受託者トシテノ義務ヲ負ヒ之レカ返還ヲ爲ササルトキハ銀行ニ對シ損害賠償ノ責ニ任セサルヘカラス本件ニ於テ株式會社西濃貯蓄銀行ハ其貯蓄預金拂渡ノ擔保トシテ係爭ノ公債證書ヲ大垣支金庫ニ供託シタルモノニシテ金庫ト該銀行トノ關係ハ前示ノ理由ニ依リ私法上ノ關係ナルヲ以テ原院カ本件ニ關シ民法第四百二十二條ヲ適用シテ判決シタルハ相當ニシテ上告論旨ハ採用スルコトヲ得ス
右ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條ニ則リ主文ノ判決ヲ爲ス
明治四十五年（オ）第二十四号
明治四十五年二月十六日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 貯蓄銀行条例第四条及び供託法第一条に依る供託物の保管に関する貯蓄銀行と金庫との関係は公法的関係に非ずして純然たる私法的関係なるを以て金庫は其供託物の保管に関しては民法上の受託者としての義務を負ひ之が返還を為さざるときは銀行に対し損害賠償の責に任ぜざるべからず。
（参照）貯蓄銀行は貯蓄預金払戻の担保として預金総高の四分の一より少ながらざる金額を利付国債証券又は地方債証券にて備へ置き之を供託所に預け入るべし」。
但担保金額が資本金半額以上に及ぶときは商業手形及確実なる会社の債券又は株券等を用井ることを得。
（貯蓄銀行条例第四条）
法令の規定に依りて供託する金銭及び有価証券は金庫に於て之を保管す（供託法第一条）
上告人 浅野忠兵衛 外一名
被上告人 株式会社大垣共立銀行
右当事者間の公債証書返還請求事件に付、名古屋控訴院が明治四十四年十一月十五日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第一点は本件に於て被上告銀行が日本銀行との契約に基つき大垣支金庫の事務を取扱ひ西濃貯蓄銀行より供託を受け保管中の係争公債証書を被上告銀行の右支金庫事務取扱主任の職に在る高橋政太郎が擅に自己の為め上告人等に担保として差入れたる事実は当事者間に争なき所にして只た其主要の争点は政太郎が被上告銀行より之を窃取して担保に供したるや将た自己占有中之を横領したるやと云ふに存す原院は政太郎が之を窃取したるものと判断し其理由として二三の証拠を綜合し「係争公債証書は政太郎の横領せるものに非ずして西濃貯蓄銀行が貯蓄銀行条例の規定に依り貯蓄金払戻の担保として大垣支金庫に供託し置きたるものにして当時被控訴銀行は日本銀行との契約に基つき大垣支金庫の事務を取扱ひ右公債を保管し居りたる所明治四十三年十月十二日より同四十四年二月二十五日迄の間に政太郎が之を窃取せしものと認むるを相当とす。」と説明せられたるは理由を備へざるものと謂はざる可からず。
何となれば被上告人は株式会社たる法人にして自ら占有すること能はず必ずや代理機関に依て占有せられざる可からず。
而して政太郎が支金庫の金庫事務取扱主任なる以上は亦是れ被上告人の代理機関の一たるや疑なきのみならず寧ろ金庫保管の任にありたりと推定せらるべきものとす。
従て金庫中に存在せる支金庫占有の公債証書を他に持出すことあらば寧ろ政太郎が之を横領したりと推定せられざるべからず。
若し原院が之を以て盗罪なりと認定せんには須らく代理機関中の何人が之を占有したるの事実を明示せざる可からず。
然るに原院は漫然「当時被控訴銀行は云云右公債証書を保管し居りたる所云云政太郎が之を窃取せしものと認むるを相当とす。」と説示するに過ぎず之を約言せば単に横領に非ずして窃盗なりと云ふに異らずして法律上窃盗の要件を具備せしや否やを見るに足らず
要するに原判決は理由不備の不法ありと信ずと言ふに在り
然れども原院は甲第三号証に依り兵頭久が被上告人の営業部長として金庫の鎖鑰を保管し高橋政太郎は自由に之を開閉することを得ざりし事実に徴し係争の公債証書は政太郎の横領したるものに非ずして之を窃取したるものなる事実を認定せるものなれば本論旨は此事実の認定を非難するものにして上告適法の理由とならず
上告論旨第二点は原判決理由に依れば「且つ被控訴銀行が右公債証書を窃取せられたるに付、契約に因り日本銀行に全部其損償を賠償し又日本銀行は金庫に金庫は供託者たる西濃貯蓄銀行に順次損害の全部を賠償したる事実は云云被控訴銀行は民法第四百二十二条に依り債権者たる日本銀行に代位し控訴人に対し本訴請求を為す権利あるものとす。」とあるも民法第四百二十二条の規定は債権者と債務者との関係即私法上関係に依り損害賠償を為したる場合に於ける規定たるや論なし。
然るに金庫が貯蓄銀行条例に依り貯蓄銀行より供託を受くるは国家の行政機関として貯金保護の為め貯蓄銀行条例第四条の法規を執行するに外ならず。
而して金庫の構成を按ずるに会計法第三十一条に政府は国庫金の取扱を日本銀行に命ずることを規定し此場合に於ては会計規則第百十一条に依り日本銀行総裁は金庫出納役として執務し金庫規則第六条第八条に依れば日本銀行の代理店長は金庫出納役の代理人として執務するものにして被上告銀行が支金庫の事務を取扱ふは。
即ち如上の法令に基つき其西濃貯蓄銀行の係争公債証書を保管するは純然たる公務員として純乎たる行政事務を行ふものなり。
従て金庫と西濃貯蓄銀行との間に私法上債務関係を発生するものに非ず。
故に金庫が金庫主任高橋政太郎の為め係争公債証書を窃取せられたりとするも債務不履行若くは不法行為の責を負ふべきに非ず此分義は実に貴院明治三十六年（オ）六六三号不動産競売配当金請求事件の判決に於て明示せられたる所なり。
故に縦令金庫が西濃貯蓄銀行に対し損害を賠償したりとするも是れ国家が其徳義を守り公明の処置に出でたるに外ならずして債務者として其債務を履行したるに非ず。
従て民法第四百二十二条に依り西濃貯蓄銀行に代位するの結果を生ぜざるのみならず日本銀行と金庫との関係に付ても亦た同じく会計法日本銀行条例等に依る国家財政上の命令関係にして私法上の権義に本つくものに非ず同銀行が金庫に対し損害を賠償したるは惟ふに金庫規則第十一条に依り其責に任じたるものならん要するに西濃貯蓄銀行と金庫との間に私法上の関係存在せざる以上は民法第四百二十二条の代位関係を生ぜず。
従て日本銀行が金庫に賠償し次で被上告銀行が日本銀行に賠償したりとて西濃貯蓄銀行の係争公債証書所有権被上告銀行に移転すべきに非ず。
即ち原判決は不当に民法第四百二十二条の法則を適用したる不法ありと信ずと言ふに在り
因で審按ずるに貯蓄銀行条例第四条に依れば貯蓄銀行は其貯蓄預金払渡の担保として預金総額の四分の一より少からざる金額を利付国債証券又は地方債証券にて備へ置き之を供託所に預け入るることを要し預金者は同条例第六条に依り右供託証券の上に優先権を有するものとす。
而して金庫は供託法第一条に依り右の供託物を保管するものにして証券の供託は貯蓄銀行が預金者の権利を担保するか為めに之を為し金庫も亦此財産上の関係に付き供託物を保管し預金者の利益を保護するものなること明なり。
而して金庫が証券の供託を受け之を保管するに付ては公力を以て之を強制するものに非ず。
故に供託物の保管に関する貯蓄銀行と金庫との関係は上告人所論の如く公法的関係に非ずして全く純然たる私法的関係なりと解するを至当とす。
従て金庫は其供託物の保管に関しては民法の規定に従ひ受託者としての義務を負ひ之れが返還を為さざるときは銀行に対し損害賠償の責に任ぜざるべからず。
本件に於て株式会社西濃貯蓄銀行は其貯蓄預金払渡の担保として係争の公債証書を大垣支金庫に供託したるものにして金庫と該銀行との関係は前示の理由に依り私法上の関係なるを以て原院が本件に関し民法第四百二十二条を適用して判決したるは相当にして上告論旨は採用することを得ず。
右の如くなるを以て民事訴訟法第四百三十九条に則り主文の判決を為す
