明治四十二年(オ)第二百六十八號
明治四十二年十二月十日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 登記簿上第一次ニ賃借權設定ノ登記、第二次ニ其權利移轉ノ登記アリテ抵當權者カ民法第三百九十五條但書ノ規定ニ從ヒ第一次ノ登記原因タル賃貸借ノ解除ヲ請求スル場合ニ於テ第二次ノ登記原因タル賃借權ノ移轉カ假裝ニ出テタル無效ノ行爲ナルトキハ其第一次及ヒ第二次ノ登記ハ孰レモ之ヲ抹消スルノ必要アルモノトス
(參照)第六百二條ニ定メタル期間ヲ超エサル賃貸借ハ抵當權ノ登記後ニ登記シタルモノト雖モ之ヲ以テ抵當權者ニ對抗スルコトヲ得但其賃貸借カ抵當權者ニ損害ヲ及ホストキハ裁判所ハ抵當權者ノ請求ニ因リ其解除ヲ命スルコトヲ得(民法第三百九十五條)
上告人 伊藤敬次郎 外一名
被上告人 株式會社北總銀行
右當事者間ノ土地賃貸借解除竝ニ登記抹消請求事件ニ付東京控訴院カ明治四十二年五月十八日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ム申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告論旨ノ第一點ハ原判決カ上告人ニ對シテ賃貸借契約ノ解除ヲ請求スルハ至當ナリト判斷セルハ訴訟ノ目的物ノ消滅セルニモ係ラス尚ホ之ヲ却下セサル違法アリ原判決理由ヲ見ルニ其冒頭ニ於テ「被控訴人等ハ本訴ヲ以テ不適法ナリト抗辯セリ其理由トスル所ハ本件賃貸借契約ノ賃借人石橋眞亮ハ既ニ自己ノ賃貸權ヲ訴外伊藤貞吉ニ讓渡シ去リシコトハ明カナルヲ以テ之カ解除ヲ求メントセハ必スヤ賃貸人タル伊藤敬次郎及ヒ現在ノ賃借人タル伊藤貞吉ヲ共同被告トセサルヘカラサルニ事茲ニ出テスシテ控訴人ハ伊藤敬次郎及ヒ前賃借人石橋眞亮ヲ相手方トセシ違法アレハナリト云フニ在リ仍テ先ツ此點ヲ按スルニ(中畧)此等諸證ヲ綜合スル時ハ石橋眞亮ヨリ伊藤貞吉ニ爲シタル賃借權ノ讓渡ハ全ク假裝ニ出テシモノト認ムルヲ相當トス(中畧)然ラハ本件賃貸借契約ニ於テハ賃借人名義カ訴外伊藤貞吉ニ移レルニ關セス其眞ノ當事者ハ依然被控訴人兩名ナルコト明カナレハ此兩名ニ對シ其解除ヲ請求スル本訴ハ至當ニシテ何等ノ違法ノ點ナキヲ以テ本訴ヲ不適法トスル被控訴人等ノ抗辯ハ之ヲ採用スルヲ得サルモノトス」ト説明シアルカ假リニ今訴外伊藤貞吉ニ對スル讓渡ヲ假裝ニ出テシモノトシテ之レヲ無效トシ賃貸借契約ハ尚ホ該當事者間ニ於テハ上告人兩名ノ間ニノミ存スルモノトスルモ本件賃貸借契約ハ第一審判決以前ニ被控訴人石橋眞亮ヨリ訴外伊藤貞吉ニ移轉セラレ居ルヲ以テ(之レ當事者間爭ナキノミナラス登記面上明確ナリ)被控訴人石橋眞亮ハ賃貸借契約ノ存立ヲ被上告人(控
訴人)ニ對シテ主張シ得ヘキ理由ナシ(民法第九十四條第二項)故ニ上告人石橋眞亮カ其賃貸借ヲ讓渡シタル以上ハ其讓渡ノ假裝ナルト否トニ係ラス被上告人ヨリ上結人(被控訴人)石橋眞亮ニ對スル上告人伊藤敬次郎間ノ賃貸借契約解除ノ請求ハ最早ヤ利益ナキコトニシテ目的物既ニ消滅セルモノト考ヘラル殊ニ上告人石橋眞亮ハ其賃貸權讓渡以後ハ其賃借權ヲ被上告人ニ對抗シテ主張シタル事實ナキニモ係ラス讓渡ヲナシ且ツ既ニ登記面ヨリ脱退シタル上告人石橋眞亮ヲ相手方トシタル本訴ハ却下スヘキニモ係ラス原判決ハ尚ホ本案ニ入リテ判決シタル違法アリト信ス(御廳明治四十二年(オ)第三十四號商標登録無效審判請求事件明治四十二年四月七日第二民事部言渡ノ判決要旨ハ此點ニ該當スルモノト信ス)ト云フニ在リ
然レトモ本件ハ抵當權ノ設定者タル上告人伊藤敬次郎カ其抵當權ノ目的タル不動産ヲ上告人石橋眞亮ニ賃貸ヲ爲シテ之ヲ登記シ更ニ上告人眞亮ヨリ其賃借權ヲ訴外人伊藤貞吉ニ讓渡シタル旨ノ登記ヲ爲シタル事實ニシテ抵當權者タル被上告人ハ右上告人兩名間ノ賃貸借ノ爲メニ損害ヲ受クルコトヲ主張シ上告人兩名ニ對シ民法第三百九十五條但書ノ規定ニ依リ其賃貸借ノ解除ヲ請求シ且上告人眞亮ヨリ其賃借權ヲ貞吉ニ讓渡シタル旨ノ登記ハ假裝ニ出テタルモノナリト主張シタルコトハ原審記録ニ徴シ明白ナリ故ニ原院認定ノ如ク右眞亮貞吉間ノ賃借權讓渡カ假裝ニ出テタルモノナルトキハ其假裝行爲ニ付テ第三者タル被上告人ハ其無效ヲ主張シ以テ上告人眞亮ニ對抗スルコトヲ得ルモノトス民法第九十四條第二項ハ相手方ト通シテ爲シタル虚僞ノ意思表示ノ無效ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ對抗スルコトヲ得サル旨ヲ規定シタルモノニシテ其第三者ヨリ虚僞ノ意思表示ノ當事者ニ對シ之ヲ主張スルコトヲ妨ケサルヤ疑ヲ容レス而シテ假裝ニ出テタル眞亮貞吉間ノ賃借權讓渡ノ登記存スルモ其效ヲ有スルコトナク從テ上告人兩名間ノ賃貸借ハ依然トシテ其效力ヲ有スルヲ以テ之カ爲メ抵當權者タル被上告人ニ損害ヲ及ホス場合ニ於テハ被上告人ハ民法第三百九十五條但書ノ規定ニ依リ上告人兩名ニ對シ其賃貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得ルモノトス然レハ原院カ被上告人ノ請求ヲ採用シテ上告人兩名間ノ賃貸借ノ解除ヲ命シタルハ違法ニアラサルヲ以テ本論旨ハ其理由ナシ
第二點ハ原判決ハ重要ナル事實ヲ遺脱シタル違法ノ判決ナリ原判決理由ヲ見ルニ「(前畧)之ヲ要スルニ控訴人カ被控訴人伊藤敬次郎ノ振出シタル約束手形ヲ割引シ同人ノ差引レタル根抵當ニヨリテ擔保セラルヘキ債權ハ登記上明カナル金一千九百圓ニ限ラルヘキモノト認ム因テ進ンテ被控訴人敬次郎カ畔抵當中係爭地百筆ノ上ニ設定シタル賃借權ハ控訴人ノ前記債權ノ擔保ヲ害スルワ否ヤノ點ヲ按スルニ(中畧)而シテ税務属高野勝之助カ鑑定人トシテ爲シタル鑑定ニヨレハ係爭地ハ本來一千七百七十二圓九十錢ノ價格ヲ有スルモ前記賃借權ノ認メラルル時ハ金一千三百七十圓四十錢ニ減額スヘキヲ認メ得ルヲ以テ之ニ根抵當中賃借權ノ設定ナキ二十筆ノ土地ノ價格ヲ被控訴人主張ノ如ク金百圓トシ合計スルモ其總額ハ尚ホ控訴人ノ債權額ニ達スルヲ得サルモノトス」トアレトモ第一審明治四十年九月二十六日ノ調書ニ明記シアルカ如ク「地上物件タル即チ植培樹木等ノ存在サルコトハ認メタルモ本鑑定價格中ニ差入サルモノナリ」トアリテ該鑑定ハ本件地所ノ上ニ樹木等ノ存在シタルコトヲ認メナカラ其價格ヲ通算セサリシモノナルカ故ニ該擔保物件タル地所ノ相當ナル價格ヲ算定センニハ假ヒ該高野勝之助ノ鑑定ヲ信用スヘキモノトスルモ尚ホ此植培樹木等ノ價格ヲ通算スヘキニモ係ラス之ヲ遺脱シ以テ「其總額ハ尚ホ控訴人ノ債權額ニ達スルヲ得サルモノトス」ト判決シタルハ此等ノ定着物ハ本來土地ト與ニ根抵當ノ擔保ノ當然ナル範圍内ニシテ特約ナキ限リ主物ト與ニ處分セラルヘキコトヲ無視シタル違法ノ判決ナリト信スト云フニ在リ
然レトモ原審口頭辯論調書ヲ査閲スルニ當事者雙方ハ本件抵當權ノ目的タル田畑百筆ノ價格カ賃借權設定ノ爲メ減少シテ抵當權者タル被上告人ニ損害ヲ及ホスモノナルヤ否ヤヲ論爭シ被上告人ハ第一審ノ鑑定人高野勝之助ノ鑑定ヲ援用シテ其損害アルコトヲ立證スル旨主張シタルコト明白ナルモ其田畑ニ存スル植培樹木等ノ價格ヲ計算ニ加フヘキモノナルヤ否ヤニ付テハ當事者雙方特ニ何等論爭シタル事蹟ノ看ルヘキモノナシ然レハ其植培樹木等ニ關スル問題ハ原審ニ顯ハレサル事項ナルヲ以テ原院カ之ニ論及セサリシハ當然ノ事ナリトス故ニ本論旨モ其理由ナシ
第三點ハ原判決ハ不必要ナル登記ノ抹消ヲナサシメントシタル違法アリ且ツ登記抹消請求ノ目的ヲ誤解セル違法アリ夫レ不動産ノ抵當權者カ自己ノ權利ニ害アル登記數次アルトキ其權利ヲ保全セント欲セハ唯現ニ其權利ニ害アル登記ヲ抹消セハ示レルモノニシテ之レヲ登記ノ形式上自己カ眞正ニ其登記名義人タルコトヲ明ニスヘキ手續ヲ要スル場合ト混同スヘカラサルナリ(明治四十年(オ)第三百七十一號永小作權及地上權移轉登記抹消請求上告事件明治四十一年三月十七日民事聯合部判決判旨)本件訴訟ノ如キハ其前者ニ属スルモノニシテ被上告人ノ有スル抵當權ノ登記ハ儼乎トシテ存在シ現ニ其害トナル登記ヲ抹消スルノミニシテ優ニ其權利ヲ保全スルコトヲ得ヘシ即チ原判決理由説明ノ如ク假ヒ上告人兩名ノ間ニ於テハ賃貸借契約ハ尚ホ存在スヘキモノト見做スモ之レカ對抗力ヲ第三者ニ對シテ有セサルハ勿論殊ニ登記面上ニ表示シテ其登記上ノ關係ヨリ脱退シタル以上ハ抵當權者トシテハ既ニ其抹消ノ必要ナキニモ係ラス尚ホ登記抹消ノ義務アリトシテ原判決理由ニハ「(前畧)然リ而シテ抵當物ノ價格ヲ減少シテ抵當權者ニ損害ヲ與フル如キ賃借權ハ(中畧)其解除ヲ裁判所ニ請求スルハ至當ナリトス從テ其登記モ亦タ抹消セラルヘキハ言ヲ俟タス(以下畧ス)」ト判示シアルモ上告人石橋眞亮ハ既ニ其登記上ノ關係ヨリ脱退シ登記抹消ニ關シテ登記上利害關係アラサルモニナラス其登記ヲ抹消セシムルモセシメサルモ抵當權者トシテ被上告人カ有スル不動産上ノ權利ハ得喪變更存在等ニ毫モ影響ナキニ係ラス本訴ノ請求ヲ正當視シタルハ失當ノ判決タルコトヲ免レス然モ尚ホ原判決ハ進ンテ「訴外伊藤貞吉カ賃借人トシテ最後ニ登記セラレアルコトハ爭ナキヲ以テ登記抹消ノ請求ハ或ハ同人ニノミ對シテ之ヲ爲スヘキモノノ如キ觀アルモ前段説明ノ如ク眞ノ賃借人ハ依然眞亮ナルヲ認メタル以上ハ同人名義ノ登記モ未タ其效力ヲ失ハサルモノナルニヨリ之ヲ抹消センコトヲ求ムルハ其理由アルモノト認ム」ト判示セラレタルハ登記手續請求ノ目的ナ法律行爲取消ノ請求ト異ナリ單ニ登記面上ノ形式ト其效力トノ消滅ヲ目的トスルニ外ナラサルコトヲ無視シテ登記面上現在ノ賃貸借登記抹消ノ義務者タル伊藤貞吉ヲ相手方トセスシテ既ニ登記名義人ノ變更アリシニモ拘ラス其行爲ノ假裝ナルト否トヲ論シテ登記關係上登記ノ形式ヨリ見ルモ又ハ其效力ヨリ見ルモ被上告人ノ權利ノ保護ニ必要ナラサルニモ係ラス該登記ノ抹消ヲ認メタル原判決ハ違法ノ判決ナリト信スト云フニ在リ
仍テ按スルニ本件事實ノ如ク登記簿上第一次ニ賃借權設定ノ登記アリ第二次ニ其賃借權移轉ノ登記アリテ抵當權者カ民法第三百九十五條但書ノ規定ニ依リ第一次ノ登記原因タル賃貸借ノ解除ヲ請求スル場合ニ於テ第二次ノ登記原因タル賃借權ノ移轉行爲カ假裝ニ出テタル無效ノ行爲ナルトキハ第一次及ヒ第二次ノ登記ハ共ニ抵當權者ノ權利ニ害アルモノニシテ何レモ之ヲ抹消スルノ必要アルモノトス何トナレハ第二次ノ登記原因タル賃借權ノ移轉行爲ハ無效ニシテ其實移轉ナカリシモノナレハ第一次ノ登記原因タル賃貸借ハ依然トシテ其效力ヲ有シ從テ第一次ノ登記モ亦現ニ其效力ヲ有スルヲ以テ之ヲ抹消スルニ非サレハ抵當權者ノ權利ヲ保全スルニ足ラサレハナリ但タ第二次ノ登記ハ形式上存在スルヲ以テ其原因ノ無效ヲ理由トシテ之ヲ抹消スルコトヲ得ルハ勿論ナルモ之ヲ抹消シタレハトテ第一次ノ登記ハ其原因タル賃貸借ト共ニ依然效力ヲ有シテ存在スルコト敍上ノ如クナルカ故ニ尚ホ其賃貸借ノ解除ヲ理由トシテ之ヲ抹消スル必要アルヤ明ケシ上告人ノ援用スル明治四十年(オ)第三百七十一號上告事件明治四十一年三月十七日判決ノ先例ハ最終ノ登記カ無效ノ原因ニ基キタルカ爲メニ其前ノ登記カ依然效力ヲ有スル本件ノ如キ場合ヲ豫想シタルモノニアラサルヲ以テ本件ニ適切ナルモノニアラス然レハ原院カ上告人兩名間ノ賃貸借ヲ以テ抵當權者タル被上告人ニ損害ヲ及ホスモノト爲シ民法第三百九十五條但書ノ規定ニ依リ其賃貸借ノ解除ヲ命シ又上告人眞亮ヨリ訴外人伊藤貞吉ニ爲シタル賃借權ノ讓渡ハ全ク假裝ニ出テラル無效ノ行爲ニシテ眞ノ賃借人ハ依然上告人眞亮ナリト認定シ以テ同人ニ對シ其賃借權設定登記ノ抹消手續ヲ爲スヘキコトヲ命シタルハ正當ナリトス故ニ本論旨モ其理由ナシ
第四點ハ原判決ハ登記法上不能ノ手續ヲ命シタル違法ノ判決ナリ原判決ハ其主文第三項ニ於テ「被控訴人石橋眞亮ハ明治三十九年一月十九日八日市場區裁判所ニ於テ爲シタル右賃貸借設定登記ヲ抹消スルノ手續ヲ爲スヘシ」ト裁判シアルモ本來登記抹消ハ登記上ノ權利者義務者ノ共同行爲ヲ必要トスルモノニシテ其何レカ一方ノ行爲ノミニテハ之ヲ抹消スヘカラサル筋合ナルニモ拘ラス原判決カ被上告人ノ共同申請ヲ命セス唯タ上告人ノ一人石橋眞亮(登記義務者)ニテ登記抹消ノ手續ヲナスヘシト裁判シタルハ違法ニシテ如此裁判ハ之ヲ執行スル上ニ於テ登記法上不能ナリト云ハサルヘカラス蓋シ原判決カ如此登記義務者ノミニ此命令ヲ下シ登記權利者(被上告人)ノ共同申請ヲ命セサリシハ本來被上告人カ其一定ノ申立トシテ原判決事實摘示ノ冐頭ニ示スカ如ク「控訴代理人ハ主文第一第二第五項及ヒ被控訴人兩名ハ明治三十九年一月十九日八日市場區裁判所ニ於テ爲シタル本件賃貸借設定登記ヲ抹消スルノ手續ヲ爲スヘシトノ判決ヲ求ムル旨一定ノ申立ヲ爲シ云云」トテ登記權利者ノ意義ヲ誤解シテ被控訴人ノ一名伊藤敬次郎即チ抵當權設定者ヲ登記權利者ナリトシテ被控訴人ノ他ノ一名石橋眞亮即チ抵當權者ト共同シテ申請スヘシトノ申立ナリシヲ原判決理由ニ於テ示スカ如ク「抹消義務者ノ地位ニ在ル者ハ被控訴人中石橋眞亮一人ニシテ伊藤敬次郎ハ係爭地ノ所有者ナレハ此場合ニ於テハ寧議抹消權利者ナルヲ以テ眞亮ニ對スル抹消請求ヲ許容シ敬次郎ニ對スルモノハ之ヲ棄却スヘキモノトス」トテ被控訴人ノ一名ヲ除外シタルモノニシテ被上告人ノ申立ハ前提ニ於テ登記權利者ノ意義ヲ誤マリタルヨリ生シタル不適法ノ申立ニシテ初メヨリ抹消登記ニ付被上告人ノ共同行爲ヲ要件トセサリシ違法ノ申立ナリ即チ其形式ニ於テモ其實質ニ於テモ訴トシテ不適式ナルヲ以テ却下スヘキモノナリシナリト云フニ在リ
然レトモ本件ノ如キ場合ニ於テ登記權利者カ判決ニ因ラスシテ登記ヲ申請スルニハ登記義務者ト共同シテ之ヲ爲スコトヲ要スルハ勿論ナルモ登記義務者ニ對シ登記義務ノ履行ヲ請求スルハ即チ登記手續ヲ爲スニ付テ必要ナル登記義務者ノ共同行爲ヲ求ムルモノニ外ナラサレハ其請求ノ訴訟ニ於テモ登記義務者ニ於テ登記手續ヲ爲スヘキ旨ノ判決ヲ求ムレハ足ルモノニシテ特ニ登記權利者ト共同シテ之ヲ爲スヘキ旨ヲ明示シテ申立ツルノ必要ナキヤ言ヲ俟タス而シテ判決ニ於テ登記權利者ノ請求ニ因リ登記義務者ニ對シ登記手續ヲ爲スヘシト命シタルトキハ其判決ニ因ル登記ハ不動産登記法第二十七條ニ依リ登記權利者ノミニテ之ヲ申請スルコトヲ得ルヲ以テ其判決ハ固ヨリ執行上不能ナルモノニ非ス故ニ本論旨モ其理由ナシ
以上説明スルカ如ク本件上告ハ其理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ主文ノ如ク判決スルモノナリ
明治四十二年(オ)第二百六十八号
明治四十二年十二月十日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 登記簿上第一次に賃借権設定の登記、第二次に其権利移転の登記ありて抵当権者が民法第三百九十五条但書の規定に従ひ第一次の登記原因たる賃貸借の解除を請求する場合に於て第二次の登記原因たる賃借権の移転が仮装に出でたる無効の行為なるときは其第一次及び第二次の登記は孰れも之を抹消するの必要あるものとす。
(参照)第六百二条に定めたる期間を超えざる賃貸借は抵当権の登記後に登記したるものと雖も之を以て抵当権者に対抗することを得。
但其賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすときは裁判所は抵当権者の請求に因り其解除を命ずることを得。
(民法第三百九十五条)
上告人 伊藤敬次郎 外一名
被上告人 株式会社北総銀行
右当事者間の土地賃貸借解除並に登記抹消請求事件に付、東京控訴院が明治四十二年五月十八日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求む申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告論旨の第一点は原判決が上告人に対して賃貸借契約の解除を請求するは至当なりと判断せるは訴訟の目的物の消滅せるにも係らず尚ほ之を却下せざる違法あり。
原判決理由を見るに其冒頭に於て「被控訴人等は本訴を以て不適法なりと抗弁せり其理由とする所は本件賃貸借契約の賃借人石橋真亮は既に自己の賃貸権を訴外伊藤貞吉に譲渡し去りしことは明かなるを以て之が解除を求めんとせば必ずや賃貸人たる伊藤敬次郎及び現在の賃借人たる伊藤貞吉を共同被告とせざるべからざるに事茲に出でずして控訴人は伊藤敬次郎及び前賃借人石橋真亮を相手方とせし違法あればなりと云ふに在り。
仍て先づ此点を按ずるに(中略)此等諸証を綜合する時は石橋真亮より伊藤貞吉に為したる賃借権の譲渡は全く仮装に出でしものと認むるを相当とす。
(中略)然らば本件賃貸借契約に於ては賃借人名義が訴外伊藤貞吉に移れるに関せず其真の当事者は依然被控訴人両名なること明かなれば此両名に対し其解除を請求する本訴は至当にして何等の違法の点なきを以て本訴を不適法とする被控訴人等の抗弁は之を採用するを得ざるものとす。」と説明しあるか仮りに今訴外伊藤貞吉に対する譲渡を仮装に出でしものとして之れを無効とし賃貸借契約は尚ほ該当事者間に於ては上告人両名の間にのみ存するものとするも本件賃貸借契約は第一審判決以前に被控訴人石橋真亮より訴外伊藤貞吉に移転せられ居るを以て(之れ当事者間争なきのみならず登記面上明確なり。
)被控訴人石橋真亮は賃貸借契約の存立を被上告人(控
訴人)に対して主張し得べき理由なし。
(民法第九十四条第二項)故に上告人石橋真亮が其賃貸借を譲渡したる以上は其譲渡の仮装なると否とに係らず被上告人より上結人(被控訴人)石橋真亮に対する上告人伊藤敬次郎間の賃貸借契約解除の請求は最早や利益なきことにして目的物既に消滅せるものと考へらる殊に上告人石橋真亮は其賃貸権譲渡以後は其賃借権を被上告人に対抗して主張したる事実なきにも係らず譲渡をなし且つ既に登記面より脱退したる上告人石橋真亮を相手方としたる本訴は却下すべきにも係らず原判決は尚ほ本案に入りて判決したる違法ありと信ず。
(御庁明治四十二年(オ)第三十四号商標登録無効審判請求事件明治四十二年四月七日第二民事部言渡の判決要旨は此点に該当するものと信ず。
)と云ふに在り
然れども本件は抵当権の設定者たる上告人伊藤敬次郎が其抵当権の目的たる不動産を上告人石橋真亮に賃貸を為して之を登記し更に上告人真亮より其賃借権を訴外人伊藤貞吉に譲渡したる旨の登記を為したる事実にして抵当権者たる被上告人は右上告人両名間の賃貸借の為めに損害を受くることを主張し上告人両名に対し民法第三百九十五条但書の規定に依り其賃貸借の解除を請求し、且、上告人真亮より其賃借権を貞吉に譲渡したる旨の登記は仮装に出でたるものなりと主張したることは原審記録に徴し明白なり。
故に原院認定の如く右真亮貞吉間の賃借権譲渡が仮装に出でたるものなるときは其仮装行為に付て第三者たる被上告人は其無効を主張し以て上告人真亮に対抗することを得るものとす。
民法第九十四条第二項は相手方と通じて為したる虚偽の意思表示の無効は之を以て善意の第三者に対抗することを得ざる旨を規定したるものにして其第三者より虚偽の意思表示の当事者に対し之を主張することを妨げざるや疑を容れず。
而して仮装に出でたる真亮貞吉間の賃借権譲渡の登記存するも其効を有することなく。
従て上告人両名間の賃貸借は依然として其効力を有するを以て之が為め抵当権者たる被上告人に損害を及ぼす場合に於ては被上告人は民法第三百九十五条但書の規定に依り上告人両名に対し其賃貸借の解除を請求することを得るものとす。
然れば原院が被上告人の請求を採用して上告人両名間の賃貸借の解除を命じたるは違法にあらざるを以て本論旨は其理由なし。
第二点は原判決は重要なる事実を遺脱したる違法の判決なり。
原判決理由を見るに「(前略)之を要するに控訴人が被控訴人伊藤敬次郎の振出したる約束手形を割引し同人の差引れたる根抵当によりて担保せらるべき債権は登記上明かなる金一千九百円に限らるべきものと認む因で進んで被控訴人敬次郎が畔抵当中係争地百筆の上に設定したる賃借権は控訴人の前記債権の担保を害するわ否やの点を按ずるに(中略)。
而して税務属高野勝之助が鑑定人として為したる鑑定によれば係争地は本来一千七百七十二円九十銭の価格を有するも前記賃借権の認めらるる時は金一千三百七十円四十銭に減額すべきを認め得るを以て之に根抵当中賃借権の設定なき二十筆の土地の価格を被控訴人主張の如く金百円とし合計するも其総額は尚ほ控訴人の債権額に達するを得ざるものとす。」とあれども第一審明治四十年九月二十六日の調書に明記しあるが如く「地上物件たる。
即ち植培樹木等の存在さることは認めたるも本鑑定価格中に差入さるものなり。」とありて該鑑定は本件地所の上に樹木等の存在したることを認めながら其価格を通算せざりしものなるが故に該担保物件たる地所の相当なる価格を算定せんには仮ひ該高野勝之助の鑑定を信用すべきものとするも尚ほ此植培樹木等の価格を通算すべきにも係らず之を遺脱し以て「其総額は尚ほ控訴人の債権額に達するを得ざるものとす。」と判決したるは此等の定着物は本来土地と与に根抵当の担保の当然なる範囲内にして特約なき限り主物と与に処分せらるべきことを無視したる違法の判決なりと信ずと云ふに在り
然れども原審口頭弁論調書を査閲するに当事者双方は本件抵当権の目的たる田畑百筆の価格が賃借権設定の為め減少して抵当権者たる被上告人に損害を及ぼすものなるや否やを論争し被上告人は第一審の鑑定人高野勝之助の鑑定を援用して其損害あることを立証する旨主張したること明白なるも其田畑に存する植培樹木等の価格を計算に加ふべきものなるや否やに付ては当事者双方特に何等論争したる事蹟の看るべきものなし。
然れば其植培樹木等に関する問題は原審に顕はれざる事項なるを以て原院が之に論及せざりしは当然の事なりとす。
故に本論旨も其理由なし。
第三点は原判決は不必要なる登記の抹消をなさしめんとしたる違法あり。
且つ登記抹消請求の目的を誤解せる違法あり。
夫れ不動産の抵当権者が自己の権利に害ある登記数次あるとき其権利を保全せんと欲せば唯現に其権利に害ある登記を抹消せば示れるものにして之れを登記の形式上自己が真正に其登記名義人たることを明にすべき手続を要する場合と混同すべからざるなり。
(明治四十年(オ)第三百七十一号永小作権及地上権移転登記抹消請求上告事件明治四十一年三月十七日民事連合部判決判旨)本件訴訟の如きは其前者に属するものにして被上告人の有する抵当権の登記は儼乎として存在し現に其害となる登記を抹消するのみにして優に其権利を保全することを得べし。
即ち原判決理由説明の如く仮ひ上告人両名の間に於ては賃貸借契約は尚ほ存在すべきものと見做すも之れが対抗力を第三者に対して有せざるは勿論殊に登記面上に表示して其登記上の関係より脱退したる以上は抵当権者としては既に其抹消の必要なきにも係らず尚ほ登記抹消の義務ありとして原判決理由には「(前略)然り、而して抵当物の価格を減少して抵当権者に損害を与ふる如き賃借権は(中略)其解除を裁判所に請求するは至当なりとす。
従て其登記も亦た抹消せらるべきは言を俟たず。
(以下略す)」と判示しあるも上告人石橋真亮は既に其登記上の関係より脱退し登記抹消に関して登記上利害関係あらざるもにならず其登記を抹消せしむるもせしめざるも抵当権者として被上告人が有する不動産上の権利は得喪変更存在等に毫も影響なきに係らず本訴の請求を正当視したるは失当の判決たることを免れず然も尚ほ原判決は進んで「訴外伊藤貞吉が賃借人として最後に登記せられあることは争なきを以て登記抹消の請求は或は同人にのみ対して之を為すべきものの如き観あるも前段説明の如く真の賃借人は依然真亮なるを認めたる以上は同人名義の登記も未だ其効力を失はざるものなるにより之を抹消せんことを求むるは其理由あるものと認む」と判示せられたるは登記手続請求の目的な法律行為取消の請求と異なり。
単に登記面上の形式と其効力との消滅を目的とするに外ならざることを無視して登記面上現在の賃貸借登記抹消の義務者たる伊藤貞吉を相手方とせずして既に登記名義人の変更ありしにも拘らず其行為の仮装なると否とを論して登記関係上登記の形式より見るも又は其効力より見るも被上告人の権利の保護に必要ならざるにも係らず該登記の抹消を認めたる原判決は違法の判決なりと信ずと云ふに在り
仍て按ずるに本件事実の如く登記簿上第一次に賃借権設定の登記あり第二次に其賃借権移転の登記ありて抵当権者が民法第三百九十五条但書の規定に依り第一次の登記原因たる賃貸借の解除を請求する場合に於て第二次の登記原因たる賃借権の移転行為が仮装に出でたる無効の行為なるときは第一次及び第二次の登記は共に抵当権者の権利に害あるものにして何れも之を抹消するの必要あるものとす。
何となれば第二次の登記原因たる賃借権の移転行為は無効にして其実移転なかりしものなれば第一次の登記原因たる賃貸借は依然として其効力を有し。
従て第一次の登記も亦現に其効力を有するを以て之を抹消するに非ざれば抵当権者の権利を保全するに足らざればなり。
但た第二次の登記は形式上存在するを以て其原因の無効を理由として之を抹消することを得るは勿論なるも之を抹消したればとて第一次の登記は其原因たる賃貸借と共に依然効力を有して存在すること叙上の如くなるが故に尚ほ其賃貸借の解除を理由として之を抹消する必要あるや明けし上告人の援用する明治四十年(オ)第三百七十一号上告事件明治四十一年三月十七日判決の先例は最終の登記が無効の原因に基きたるか為めに其前の登記が依然効力を有する本件の如き場合を予想したるものにあらざるを以て本件に適切なるものにあらず。
然れば原院が上告人両名間の賃貸借を以て抵当権者たる被上告人に損害を及ぼすものと為し民法第三百九十五条但書の規定に依り其賃貸借の解除を命じ又上告人真亮より訴外人伊藤貞吉に為したる賃借権の譲渡は全く仮装に出でらる無効の行為にして真の賃借人は依然上告人真亮なりと認定し以て同人に対し其賃借権設定登記の抹消手続を為すべきことを命じたるは正当なりとす。
故に本論旨も其理由なし。
第四点は原判決は登記法上不能の手続を命じたる違法の判決なり。
原判決は其主文第三項に於て「被控訴人石橋真亮は明治三十九年一月十九日八日市場区裁判所に於て為したる右賃貸借設定登記を抹消するの手続を為すべし。」と裁判しあるも本来登記抹消は登記上の権利者義務者の共同行為を必要とするものにして其何れか一方の行為のみにては之を抹消すべからざる筋合なるにも拘らず原判決が被上告人の共同申請を命ぜず唯た上告人の一人石橋真亮(登記義務者)にて登記抹消の手続をなすべしと裁判したるは違法にして如此裁判は之を執行する上に於て登記法上不能なりと云はざるべからず。
蓋し原判決が如此登記義務者のみに此命令を下し登記権利者(被上告人)の共同申請を命ぜざりしは本来被上告人が其一定の申立として原判決事実摘示の冒頭に示すが如く「控訴代理人は主文第一第二第五項及び被控訴人両名は明治三十九年一月十九日八日市場区裁判所に於て為したる本件賃貸借設定登記を抹消するの手続を為すべしとの判決を求むる旨一定の申立を為し云云」とて登記権利者の意義を誤解して被控訴人の一名伊藤敬次郎即ち抵当権設定者を登記権利者なりとして被控訴人の他の一名石橋真亮即ち抵当権者と共同して申請すべしとの申立なりしを原判決理由に於て示すが如く「抹消義務者の地位に在る者は被控訴人中石橋真亮一人にして伊藤敬次郎は係争地の所有者なれば此場合に於ては寧議抹消権利者なるを以て真亮に対する抹消請求を許容し敬次郎に対するものは之を棄却すべきものとす。」とて被控訴人の一名を除外したるものにして被上告人の申立は前提に於て登記権利者の意義を誤まりたるより生じたる不適法の申立にして初めより抹消登記に付、被上告人の共同行為を要件とせざりし違法の申立なり。
即ち其形式に於ても其実質に於ても訴として不適式なるを以て却下すべきものなりしなりと云ふに在り
然れども本件の如き場合に於て登記権利者が判決に因らずして登記を申請するには登記義務者と共同して之を為すことを要するは勿論なるも登記義務者に対し登記義務の履行を請求するは。
即ち登記手続を為すに付て必要なる登記義務者の共同行為を求むるものに外ならざれば其請求の訴訟に於ても登記義務者に於て登記手続を為すべき旨の判決を求むれば足るものにして特に登記権利者と共同して之を為すべき旨を明示して申立つるの必要なきや言を俟たず。
而して判決に於て登記権利者の請求に因り登記義務者に対し登記手続を為すべしと命じたるときは其判決に因る登記は不動産登記法第二十七条に依り登記権利者のみにて之を申請することを得るを以て其判決は固より執行上不能なるものに非ず。
故に本論旨も其理由なし。
以上説明するが如く本件上告は其理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条に依り主文の如く判決するものなり。