明治四十年(オ)第四百九十四號
明治四十一年三月二十日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 抵當權設定者ハ質權設定者ト異ナリ設定行爲又ハ債務ノ辨濟期前ノ契約ヲ以テ抵當權者ニ辨濟トシテ抵當不動産ノ所有權ヲ取得セシムルコトヲ約定シ得ルモノトス(判旨第一點)
- 一 新辯論ニ基キ爲スヘキ判決カ闕席判決ノ一部ト符合シ其他ノ部分ト符合セサルトキハ闕席判決カ中符合スル部分ヲ維持シ符合セサル部分ヲ廢棄スルモ違法ニ非ス(判旨第二點)
- 一 辯論期日ヲ變更セシメタル原告若クハ被告ト雖モ自己ノ過失ニ因ルニ非サレハ之カ爲メニ生シタル費用ヲ負擔スヘキモノニ非ス(判旨第三點)
右當事者間ノ土地所有權移轉登記手續及入付米大豆引渡請求事件ニ付東京控訴院カ明治四十年十月八日言渡シタル判決ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
判決
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告理由ノ第一點ハ原判決ハ「按スルニ成立ニ爭ナキ甲第一號證ニ據レハ被控訴人主張ノ如ク控訴人ハ明治三十七年十二月二十五日本件地所ヲ抵當トシテ金三萬四千圓ヲ被控訴人ヨリ借用シ年利一割ノ率ヲ以テ三十八年度上半期分ノ利息ハ同年六月二十五日下半期分ノ利息ハ同年十二月二十五日ニ支拂フヘク若シ之ヲ怠ルトキハ元利金額ヲ對償トシ本件抵當地所全部ノ所有權ヲ債權者ナル被控訴人ニ取得セシメ其登記手續ヲ爲シ該地所ヲ引渡スヘク尚ホ該地所ヨリ生スル明治三十八年度ノ入付米及大豆ハ被控訴人ニ引渡スヘキ特約ヲ認ムルニ足ル」(中畧)「甲第一號證ニハ賣買ナル文字ヲ用ヒアルモ同號證全體ヨリ解釋スレハ前顯認定ノ如ク所定ノ利息ヲ所定ノ日ニ支拂ハサルトキハ元利金額ヲ對償トシ抵當地所ノ所有權ヲ貸主ニ取得セシムル契約ナルコト明カナリ我民法上質權ニ付テハ流質契約禁止ノ規定アリト雖モ該規定ハ質權及抵當權全部ニ及ホス法意ニアラサルコトハ商法第二百七十七條質屋取締法第十一條等ノ規定ニ依リ之ヲ推知スルコトヲ得ヘキカ故ニ本件ノ如ク抵當權設定者カ設定行爲ヲ以テ抵當物ノ所有權ヲ債權者ニ取得セシムルコトヲ約シタル意思表示ハ有効ニシテ公益ヲ害セサルハ勿論二箇ノ相容レサル意思表示ニ非ラサルヲ以テ前顯控訴人ノ第二抗辯モ亦之ヲ採用スルヲ得ス」ト説示シ以テ上告人カ本件ニ於テ被上告人主張ノ如ク特約アリトスルモ其特約ハ民法第三百四十九條ノ精神ニ違背シ法律上無効ナレハ之ニ由リ所有權ヲ取得シタリトスルコトヲ原因トスル被上告人ノ
本訴請求ハ不當ナリトノ抗辯ヲ排斥セリ然レトモ不動産ノ上ニ質權若クハ抵當權ヲ設定シ金圓貸借ヲ爲シタル場合ニ於テ債務者カ辨濟期ニ至リ債務ヲ辨濟セサルトキハ其不動産ヲ以テ貸借シタル元利金ノ辨濟ニ充ツヘシトノ契約ハ民法施行前ニ於テモ抵當直流シト稱シ法律上其効力ヲ認メラレサリシコトハ御院判例ニ徴シテ明カナリ(明治三十年第百三十三號同年十二月八日ノ判決參照)而シテ現行民法草案ニ於テハ此ノ從來ノ法則ヲ變更シ斯ノ如キ契約ヲ爲スハ當事者ノ自由意思ニ一任スヘシトノ主義ヲ採用シタルモノノ如クナリシモ帝國議會ニ於テハ此ノ主義ヲ以テ我國ノ社會状態ニ適切ナラストシ民法第三百四十九條ノ法文ヲ插入シ以テ此點ニ於テハ民法施行以前ノ法則ヲ維持スルコトヲ確定セリ是レ蓋シ金圓貸借ヲ爲スニ際シテハ債務者ノ位地ニ立ツモノハ金圓ヲ得ルノ急ニ迫ラレ債權者ノ位地ニ立ツモノノ強厭ニ依リ不本意ナカラ元利金ノ辨濟トシテ質物若クハ抵當物ヲ不當ナル低價ニテ債權者ニ取得セシムルカ如キ特約ヲ結フ場合多カルヘク斯ノ如キハ富者カ其威力ニ依リ弱者ノ財産ヲ不當ニ奪畧スルカ如キ結果ヲ來シ公益上看過スヘカラサルコトナリト認メタルニ外ナラサルヘク彼ノ利息制限法ノ規定等ト其趣旨ヲ同フスルモノナリ而シテ此理由タルヤ質權設定ノ場合ノミニ於テ存スルニアラスシテ抵當權設定ノ場合ニ於テモ亦存スヘキコトハ論ヲ俟タサル所ナルノミナラス質權者ハ質物ヲ占有シ之カ収益カ爲スコトヲ得ルニ拘ハラス尚ホ辨濟期限前ノ契約ヲ以テ當然元利金ノ辨濟トシテ其質物ヲ取得スルコトヲ得サルモノトスレハ抵當權者ノ如ク單ニ登記簿上ニ其權利ヲ記入スルニ止リ抵當物其物ニ對シテハ直接ニ其權利ヲ行フコト能ハサル位地ニアルモノカ辨濟期限前ノ契約ヲ以テ當然元利金ノ辨濟トシテ其抵當物ヲ取得スルコトヲ認許スヘキニアラサルハ論ヲ俟タス然ルニ民法第三百四十九條ハ其明文上質權設定契約ニノミ適用セラレ直接抵當權設定ノ場合ニ適用セラレサルヲ以テ抵當權設定ノ場合ニハ辨濟期前ノ特約ヲ以テ抵當物ヲ元利金ノ辨濟ニ充ツルコトヲ得ヘシトスルカ如キハ法律ノ精神ヲ無視シ民法第三百四十九條ヲ死文ニ歸セシムルモノタルヲ免レス尤モ我國古來ヨリ商事ニ就テハ流質ナル慣習アリテ民法施行前ノ法令(明治十七年布告第九號質屋取締條例)ニ於テモ認許シ來リタルヲ以テ商法第二百七十七條ハ商事ニ關シテノミ民法第三百四十九條ノ適用ヲ除外シ質屋取締法モ亦從前ノ法令ノ規定ヲ繼承シ質商人ニ付流質制ヲ認ムルト雖モ是レ何レモ商事ニ關シ法律カ明定シタル除外例ニ外ナラサルヲ以テ之カ爲メニ民法第三百四十九條ノ法則カ民事ニ就テモ一般的原則タル趣旨ニ出テサルモノト云フヲ得ス若シ然ラストスレハ商事ニ付除外例ノ規定アル民法ノ法則ハ總テ民事ニ就テモ一般的原則ニ非スト謂ハサルヘカラサルニ至ラン又民法第三百四十九條カ民事ニ關スル一般的原則ヲ示スモノナリトスレハ質權設定ノ場合ニ於テノミ此法則ノ適用アリテ抵當權設定ノ場合ニ付テハ此法則ノ適用ナシトスルカ如キハ毫モ其根據ヲ有セサル立論ナリトス要スルニ質權設定ニ就テ民法第三百四十九條ノ法則ヲ設ケラレタル上ハ抵當權設定ニ付テハ無論同一ノ法則ヲ適用セラルヘク敢テ之カ明文ヲ要セストスル立法者ノ精神ナリト解釋スルヲ至當ナリトスト云フニ在リ
因テ按スルニ民法第三百七十二條カ抵當權ノ總則トシテ質權ニ關スル第三百五十一條ノ規定ヲ抵當權ニ準用シナカラ同シク質權ニ關スル第三百四十九條ノ規定ヲ之ニ準用セス其他抵當權ニ關シテ禁止ノ明文ナキヲ以テ觀レハ抵當權設定者ハ質權設定者ト異ニシテ設定行爲又ハ債務ノ辨濟期前ノ契約ヲ以テモ抵當權者ニ辨濟トシテ抵當不動産ノ所有權ヲ取得セシムルコトヲ約スルコトヲ得ルモノト解釋スルヲ相當トス然レハ原院カ上告人ハ本件地所ヲ抵當トシテ被上告人ヨリ金員ヲ借受ケ若シ定期ノ利息支拂ヲ怠ルトキハ元利金額ヲ對償トシテ抵當地所全部ノ所有權ヲ被上告人ニ取得セシメ其登記手續ヲ爲スヘキコトヲ約シタル事實ヲ認メ該契約ノ有効ナルコトヲ判示シタルハ結局適當ニシテ本論旨ハ理由ナシ(判旨第一點)
同第二點ハ原判決ノ主文ニ曰ク「明治四十年一月二十九日當院ノ言渡シタル判決中假執行宣言ノ部分ヲ廢棄シ其他ヲ維持ス」ト即チ原院ハ新辯論ニ基キ爲ス可キ判決ノ一部ハ先キノ闕席判決ニ符合シ一部ハ符合セサルヲ以テ闕席判決ノ一部ヲ廢棄シ一部ヲ維持セリ然レトモ民事訴訟法第二百六十一條ニ依レハ單ニ符合スル場合モ符合セサル場合ノ二ツノ場合ヲ規定シタルニ止マリ其中間ノ一部ノ符合ナル場合ヲ規定セス故ニ同條ニ所謂「符合スルトキ」トハ新辯論ニ基キ爲ス可キ判決ノ全部カ先キノ闕席判決ノ全部ト符合スル場合ヲ指稱スルモノタルコト極メテ明瞭ナリ故ニ假令一部分ニテモ闕席判決ニ符合セサル點アルトキハ同條末段ニ基キ新判決ニ於テハ闕席判決ヲ廢棄セサル可カラス然ルニ原院カ一部ヲ廢棄シ一部ヲ維持スルノ判決ノ言渡ヲ爲シタルハ民事訴訟法第二百六十一條ニ違背シタル不法ノ裁判也ト云フニ在リ
然レトモ新辯論ニ基キ爲ス可キ判決カ闕席判決ノ一部ト符合シ其他ノ部分ト符合セサルトキハ闕席判決中符合スル部分ヲ維持シ符合セサル部分ヲ廢棄スルコトハ民事訴訟法第二百六十一條ニ違背スルモノニアラス故ニ原院カ明治四十年一月二十九日同院ノ言渡シタル闕席判決中假執行宣言ノ部分ヲ廢棄シ其他ヲ維持ストノ判決ヲ爲シタルハ不法ニアラス(判旨第二點)
同第三點ハ第一審判決ハ訴訟費用ノ全部ヲ上告人ヲシテ負擔セシメタリ然レトモ本件第一審ニ於ケル明治三十九年三月六日ノ辯論期日ノ變更(記録三百〇六丁)ハ原告代理人ノ都合ニ依リタルモノニシテ之ニ關スル費用ハ無論上告人ノ負擔ス可キモノニ非ス然ルニ第一審裁判所カ全部ノ費用負擔ヲ命シ原院亦之ヲ認可シタルハ民事訴訟法第七十五條ニ違背シタル不法ノ裁判也ト云フニ在リ
然レトモ辯論期日ヲ變更セシメタル原告若クハ被告ト雖モ自己ノ過失ニ因ルニ非サレハ之カ爲メニ生シタル費用ヲ負擔スヘキモノニアラサルコトハ民事訴訟法第七十五條ニ依リテ推知シ得ヘク本件第一審ニ於ケル明治三十九年三月六日ノ辯論期日ハ原告タル被上告人ノ過失ニ因リテ變更セラレタルモノニ非サルカ故ニ本論旨ハ理由ナシ(判旨第三點)
同第四點ハ原判決ノ理由ニ「……而シテ同年度上半期分ノ利息ノ支拂期限カ同年九月二十日マテ延期セラレタルコトカ爭ナキ所ニシテ控訴人ハ右九月二十日ノ期限モ亦更ニ同年十二月二十五日マテ被控訴人承諾ノ上延期セラレタリト抗辯スレトモ當審ニ於ケル中野太郎星野正七郎ノ證言ハ信ヲ措キ難キト同時ニ……故ニ該抗辯ハ之ヲ眞實ト認ムルコトヲ得ス……」ト判示シタリ即チ原院ハ上告人ノ援用シタル右兩證人ノ證言ノ措信シ難キ理由ヲ以テ上告人ノ原院ニ於ケル第四ノ抗辯ヲ排斥シタリ然レトモ該證人等ノ證言ハ形式上何等不法ノ點ナキノミナラス相手方タル被上告人モ亦此等ノ證言ヲ援用セリ元來證據ハ共通ノモノニシテ既ニ證言ノ形式内容ニ關シ當事者等ニ何等異存ナク雙方ニ於テ之ヲ援用スルカ如キ場合ニ於テハ裁判所ハ素ヨリ之ニ覊束セラルルヲ以テ法則トナス然ルニ原院カ前述ノ判示ヲナシタルハ不干渉主義ニ背戻シ當事者ニ爭ヒナキ訴訟材料ヲ排斥シタルモノニシテ極メテ不法ノ裁判也ト云フニ在リ
然レトモ證據ノ取捨ハ事實承審官ノ專權ニ屬シ原院カ證人中野太郎星野正七郎ノ證言ヲ採用セサルハ即チ其職權ヲ行使シタルニ外ナラサルヲ以テ之ヲ不法トスル本論旨ハ上告適法ノ理由トナラス
以上説明ノ如クナルヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ主文ノ判決ヲ與フルモノナリ
明治四十年(オ)第四百九十四号
明治四十一年三月二十日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 抵当権設定者は質権設定者と異なり。
設定行為又は債務の弁済期前の契約を以て抵当権者に弁済として抵当不動産の所有権を取得せしむることを約定し得るものとす。
(判旨第一点)
- 一 新弁論に基き為すべき判決が闕席判決の一部と符合し其他の部分と符合せざるときは闕席判決が中符合する部分を維持し符合せざる部分を廃棄するも違法に非ず(判旨第二点)
- 一 弁論期日を変更せしめたる原告若くは被告と雖も自己の過失に因るに非ざれば之が為めに生じたる費用を負担すべきものに非ず(判旨第三点)
右当事者間の土地所有権移転登記手続及入付米大豆引渡請求事件に付、東京控訴院が明治四十年十月八日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告理由の第一点は原判決は「按ずるに成立に争なき甲第一号証に拠れば被控訴人主張の如く控訴人は明治三十七年十二月二十五日本件地所を抵当として金三万四千円を被控訴人より借用し年利一割の率を以て三十八年度上半期分の利息は同年六月二十五日下半期分の利息は同年十二月二十五日に支払ふべく若し之を怠るときは元利金額を対償とし本件抵当地所全部の所有権を債権者なる被控訴人に取得せしめ其登記手続を為し該地所を引渡すべく尚ほ該地所より生ずる明治三十八年度の入付米及大豆は被控訴人に引渡すべき特約を認むるに足る」(中略)「甲第一号証には売買なる文字を用ひあるも同号証全体より解釈すれば前顕認定の如く所定の利息を所定の日に支払はざるときは元利金額を対償とし抵当地所の所有権を貸主に取得せしむる契約なること明かなり。
我民法上質権に付ては流質契約禁止の規定ありと雖も該規定は質権及抵当権全部に及ぼす法意にあらざることは商法第二百七十七条質屋取締法第十一条等の規定に依り之を推知することを得べきが故に本件の如く抵当権設定者が設定行為を以て抵当物の所有権を債権者に取得せしむることを約したる意思表示は有効にして公益を害せざるは勿論二箇の相容れざる意思表示に非らざるを以て前顕控訴人の第二抗弁も亦之を採用するを得ず。」と説示し以て上告人が本件に於て被上告人主張の如く特約ありとするも其特約は民法第三百四十九条の精神に違背し法律上無効なれば之に由り所有権を取得したりとすることを原因とする被上告人の
本訴請求は不当なりとの抗弁を排斥せり。
然れども不動産の上に質権若くは抵当権を設定し金円貸借を為したる場合に於て債務者が弁済期に至り債務を弁済せざるときは其不動産を以て貸借したる元利金の弁済に充つべしとの契約は民法施行前に於ても抵当直流しと称し法律上其効力を認められざりしことは御院判例に徴して明かなり。
(明治三十年第百三十三号同年十二月八日の判決参照)。
而して現行民法草案に於ては此の従来の法則を変更し斯の如き契約を為すは当事者の自由意思に一任すべしとの主義を採用したるものの如くなりしも帝国議会に於ては此の主義を以て我国の社会状態に適切ならずとし民法第三百四十九条の法文を挿入し以て此点に於ては民法施行以前の法則を維持することを確定せり是れ蓋し金円貸借を為すに際しては債務者の位地に立つものは金円を得るの急に迫られ債権者の位地に立つものの強厭に依り不本意ながら元利金の弁済として質物若くは抵当物を不当なる低価にて債権者に取得せしむるが如き特約を結ふ場合多かるべく斯の如きは富者が其威力に依り弱者の財産を不当に奪略するが如き結果を来し公益上看過すべからざることなりと認めたるに外ならざるべく彼の利息制限法の規定等と其趣旨を同ふするものなり。
而して此理由たるや質権設定の場合のみに於て存するにあらずして抵当権設定の場合に於ても亦存すべきことは論を俟たざる所なるのみならず質権者は質物を占有し之が収益が為すことを得るに拘はらず尚ほ弁済期限前の契約を以て当然元利金の弁済として其質物を取得することを得ざるものとすれば抵当権者の如く単に登記簿上に其権利を記入するに止り抵当物其物に対しては直接に其権利を行ふこと能はざる位地にあるものが弁済期限前の契約を以て当然元利金の弁済として其抵当物を取得することを認許すべきにあらざるは論を俟たず。
然るに民法第三百四十九条は其明文上質権設定契約にのみ適用せられ直接抵当権設定の場合に適用せられざるを以て抵当権設定の場合には弁済期前の特約を以て抵当物を元利金の弁済に充つることを得べしとするが如きは法律の精神を無視し民法第三百四十九条を死文に帰せしむるものたるを免れず尤も我国古来より商事に就ては流質なる慣習ありて民法施行前の法令(明治十七年布告第九号質屋取締条例)に於ても認許し来りたるを以て商法第二百七十七条は商事に関してのみ民法第三百四十九条の適用を除外し質屋取締法も亦従前の法令の規定を継承し質商人に付、流質制を認むると雖も是れ何れも商事に関し法律が明定したる除外例に外ならざるを以て之が為めに民法第三百四十九条の法則が民事に就ても一般的原則たる趣旨に出でさるものと云ふを得ず。
若し然らずとすれば商事に付、除外例の規定ある民法の法則は総で民事に就ても一般的原則に非ずと謂はざるべからざるに至らん又民法第三百四十九条が民事に関する一般的原則を示すものなりとすれば質権設定の場合に於てのみ此法則の適用ありて抵当権設定の場合に付ては此法則の適用なしとするが如きは毫も其根拠を有せざる立論なりとす。
要するに質権設定に就て民法第三百四十九条の法則を設けられたる上は抵当権設定に付ては無論同一の法則を適用せらるべく敢て之が明文を要せずとする立法者の精神なりと解釈するを至当なりとすと云ふに在り
因で按ずるに民法第三百七十二条が抵当権の総則として質権に関する第三百五十一条の規定を抵当権に準用しながら同じく質権に関する第三百四十九条の規定を之に準用せず。
其他抵当権に関して禁止の明文なきを以て観れば抵当権設定者は質権設定者と異にして設定行為又は債務の弁済期前の契約を以ても抵当権者に弁済として抵当不動産の所有権を取得せしむることを約することを得るものと解釈するを相当とす。
然れば原院が上告人は本件地所を抵当として被上告人より金員を借受け若し定期の利息支払を怠るときは元利金額を対償として抵当地所全部の所有権を被上告人に取得せしめ其登記手続を為すべきことを約したる事実を認め該契約の有効なることを判示したるは結局適当にして本論旨は理由なし。
(判旨第一点)
同第二点は原判決の主文に曰く「明治四十年一月二十九日当院の言渡したる判決中仮執行宣言の部分を廃棄し其他を維持す」と。
即ち原院は新弁論に基き為す可き判決の一部は先きの闕席判決に符合し一部は符合せざるを以て闕席判決の一部を廃棄し一部を維持せり。
然れども民事訴訟法第二百六十一条に依れば単に符合する場合も符合せざる場合の二つの場合を規定したるに止まり其中間の一部の符合なる場合を規定せず。
故に同条に所謂「符合するとき」とは新弁論に基き為す可き判決の全部が先きの闕席判決の全部と符合する場合を指称するものたること極めて明瞭なり。
故に仮令一部分にても闕席判決に符合せざる点あるときは同条末段に基き新判決に於ては闕席判決を廃棄せざる可からず。
然るに原院が一部を廃棄し一部を維持するの判決の言渡を為したるは民事訴訟法第二百六十一条に違背したる不法の裁判也と云ふに在り
然れども新弁論に基き為す可き判決が闕席判決の一部と符合し其他の部分と符合せざるときは闕席判決中符合する部分を維持し符合せざる部分を廃棄することは民事訴訟法第二百六十一条に違背するものにあらず。
故に原院が明治四十年一月二十九日同院の言渡したる闕席判決中仮執行宣言の部分を廃棄し其他を維持すとの判決を為したるは不法にあらず。
(判旨第二点)
同第三点は第一審判決は訴訟費用の全部を上告人をして負担せしめたり。
然れども本件第一審に於ける明治三十九年三月六日の弁論期日の変更(記録三百〇六丁)は原告代理人の都合に依りたるものにして之に関する費用は無論上告人の負担す可きものに非ず。
然るに第一審裁判所が全部の費用負担を命じ原院亦之を認可したるは民事訴訟法第七十五条に違背したる不法の裁判也と云ふに在り
然れども弁論期日を変更せしめたる原告若くは被告と雖も自己の過失に因るに非ざれば之が為めに生じたる費用を負担すべきものにあらざることは民事訴訟法第七十五条に依りて推知し得べく本件第一審に於ける明治三十九年三月六日の弁論期日は原告たる被上告人の過失に因りて変更せられたるものに非ざるが故に本論旨は理由なし。
(判旨第三点)
同第四点は原判決の理由に「……。
而して同年度上半期分の利息の支払期限が同年九月二十日まで延期せられたることが争なき所にして控訴人は右九月二十日の期限も亦更に同年十二月二十五日まで被控訴人承諾の上延期せられたりと抗弁すれども当審に於ける中野太郎星野正七郎の証言は信を措き難きと同時に……故に該抗弁は之を真実と認むることを得ず。
……」と判示したり。
即ち原院は上告人の援用したる右両証人の証言の措信し難き理由を以て上告人の原院に於ける第四の抗弁を排斥したり。
然れども該証人等の証言は形式上何等不法の点なきのみならず相手方たる被上告人も亦此等の証言を援用せり元来証拠は共通のものにして既に証言の形式内容に関し当事者等に何等異存なく双方に於て之を援用するが如き場合に於ては裁判所は素より之に羈束せらるるを以て法則となす。
然るに原院が前述の判示をなしたるは不干渉主義に背戻し当事者に争ひなき訴訟材料を排斥したるものにして極めて不法の裁判也と云ふに在り
然れども証拠の取捨は事実承審官の専権に属し原院が証人中野太郎星野正七郎の証言を採用せざるは。
即ち其職権を行使したるに外ならざるを以て之を不法とする本論旨は上告適法の理由とならず
以上説明の如くなるを以て民事訴訟法第四百五十二条に依り主文の判決を与ふるものなり。