商標登録無効審判請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）13輯891頁

上告理由第一点は上告人は原審に於て被上告人は本件係争物上に何等の利害関係を有するものに非ず

従て本件請求に関して訴権を有せざる旨主張せしに係らず原審は商標法第二十条特許法第三十条は何等利害関係を有せざるものと雖[いえども]も訴権を有するものの如く審決せられしも同条の精神は利益なければ訴権なしとの法則に対する例外的規定に非ること固より[もとより]論を待たず。 即ち原審決は特許法第三十条商標法第二十条の規定を誤解したる不法の審決なりと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]特許法第二十九条には同条所定の原因に基き請求権を行使するを得べき者を利害関係人のみに限定せるに同法第三十条には広く特許を受けたる発明第二十条に該当することを発見したる者は其特許を無効とする為め特許局に審判を請求することを得る旨を規定し同条の請求権を有する者に付き制限を置かざるを以て観れば現に利害の関係なき者と雖[いえども]も請求権を許与す[くみす]る法意なりと解釈すべきものとす。 （明治三十五年（オ）第百八十二号明治三十六年五月四日当院第二民事部判例参照）。 而して[しこうして]同条は商標法第二十条に依り商標に準用せらるるものなれば原特許局が「凡そ商標を無効とする為め審判を請求し得る者は必ずしも利害関係人に限らざる法意なることは商標法第二十条に依り商標に関して準用せられたる特許法第三十条の解釈上疑を容るべからず。」と説明せるは正当なるを以て本論旨は其理由なし。 （判旨第一点）

上告理由第二点は商品の図形が商標なるや意匠なるやは登録の有無により決定す可き問題にして既に登録に係るものなるときは世人が見で以て商標（又は意匠）と為すと否とを問はず法律上等しく之を以て商標（又は意匠）と為さざる可らざるも未登録の図形に至りては使用者に於て商標として之を使用し世人も亦[また]見で以て商標なりと為すべき場合に於て始めて之を登録を受けざる商標なりと決定すべきなり。 之を換言せば登録を受けざる図形に在ては苟くも使用者に於て之を意匠として使用する己上は単に世人が見で以て之を商品を表彰すべき目標と為すの一事により直ちに之を以て登録を受けざる商標と為すべき条理なし。 何となれば世人の意思のみにより使用者の意思を拘束すべからざるは勿論商品の意匠も亦[また]取引上往往商品区別の目標となることあればなり。 而して[しこうして]本件係争の図形は三平株式会社に於て従来意匠として使用せし事実あるも未だ曽て商隅として使用せし事実なきことは上告人の原審に提出せし乙第一号証乃至[ないし]乙第三号証乙第五号証及証人川瀬与三郎の証言に徴し誠に明瞭なる次第なるに原審は三平株式会社の製造販売に係る釦鈕の表面に押刻せる図形は登録を受けざる図形なるを以て世人が見で以て商品を表彰する目標なると為したるの一事に依り直ちに之を商標なりと審決せられしは世人の意思のみを以て三平株式会社即使用者の意思を拘束し、且、商品を表彰すべきものは必す商標のみなりとし意匠の存在することを顧みざるものにして、即ち法則を不当に適用し、且、御院判例に違背せる不法の審決なりと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]被上告人は何れも三平株式会社を代表せる取締役にして同会社の商品の販売製造に従事し来れることは当事者間に争なき事実にして又係争の図形は三平株式会社が其製造の釦

鈕に商標として使

用したりとの事実は被上告人主張の骨子にして原特許局は此主張を採用したる理由として「三平株式会社に於て商標法施行前より引続き製造販売したる九種の釦鈕の表面に押刻せる図形は釦鈕の意匠なるや将た[はた]商標なるやに付、審究するに云云該図形が広く右釦鈕の取引に従事したる者の間に於て商標法施行前より商品を表彰するの目標なりと見られたるの事実は証人張秀岩中略の証言に依りて明かなり。

従って該図形は世人が見で以て商品を表彰する目標なりと為したる者即ち商標なりと推断するを得べし」と説明したるものなれば其趣旨被上告人が商標として使用し来れる事実と世人が見で以て商標なりとせし事実とに依り本件図形を商標なりと断定せるに在ること明瞭にして世人が見で以て商品を表彰するの目標なりとせし一事に依り使用者の意思に反し本件図形を商標なりと断定したるものにあらざれば原審決には所論の如き不法なし。

上告理由第三点は原審決理由中「該図形が広く右釦鈕の取引に従事したるものの間に於て商標法施行前より商品を表彰するの目標なりと見られたるの事実は証人張秀岩喬捷卿北村安之助松宮のぶ周慶鐘の証言に依りて明なり。 従て該図形は世人が見で以て商品を表彰するの目標なりと為したるもの。 即ち商標なりと推断するを得可し」とあり。 然れども[しかれども]被上告人は原審に於て甲第十二号証の外何等の証拠をも提出せしことなく又引用せざりしことは原審最後の口頭審判調書に徴し明かなるのみならず前記証人は一も本件図形を以て三平株式会社の商品を表彰すべき目標と認めしことを証言せしものなきに如上の証言ありとし以て被上告人の請求を採用せられしは。 即ち法律に違背して事実を確定し、且、提出せざる証拠を提出せしものと看做したる違法あるものにして破毀の原由あるものと信ずと云ふ[いう]に在り

依て按ず[あんず]るに証人を申出てたる原告若くは被告は其訊問の開始後は相手方の承諾あるにあらざれば之を放棄する能はざることは民事訴訟法第三百二十条に規定する所にして被上告人（原審に於ける請求人）は原審に於て訊問せし証人張秀岩外数名の証言を援用したる後之を撤回する旨申立たるも上告人が之に対して異議を唱へたるため右証言を放棄する能はざりしものなり。 右の如く上告人の異議の為め被上告人の撤回の申立は其効力なく該証言は依然訴訟材料として原審に存在せるものなれば之を取捨するは原特許局の職権に属するを以て被上告人が之を使用するの意思なきに拘はらず被上告人に利益なる事実認定の資料に供せしを以て不法なりと云ふ[いう]を得ず。 故に本論旨前段は其理由なし。 又後段は原特許局の職権に属する証拠判断の非難なるを以て適法の上告理由とならず

上告理由第四点は上告人は原審に於て同一商品を表彰するに二箇以上の商標を使用すべからざるは商標の性質上当然の結果なるを以て三平株式会社製造の釦鈕には既に寿字紋の商標あるを以て本件図形は其商標にあらざることを主張せしに原審に於て右寿字紋の登録商標（明治三十一年二月十四日登録第一〇四六五）を漫然登録商標に非ず又同一商品に二箇己上の商標を使用するも毫も[ごうも]差支なして審決せられしは。 即ち法則を不当に適用し、且、法律に違背して事実を確定したる違法あるものと信ずと云ひ

第六点は商品に附着せる一の図形が商標なるや否やを判定すべき場合は其商品が別箇の商標を有せざるときに限る。 一の商品は二箇の商標を有せざるを原則とす。 従て一の商品が既に一の商標の登録を受け居る場合に於て尚他に別箇の商標ありと為すには少くとも特別の理由あることを要す。 本件係争の三平株式会社の釦鈕には既に登録を受けたる寿字紋の商標あることは争ひなきの事実なるを以て係争の図形も亦[また]同社の釦鈕の商標なりと為すには三平社が二箇の商標を必要としたる事実並に二箇の図形共に商標として之を使用し来りたる事実あることを判定せざるべからず。 然るに原判決が此点を判断せざりしは法則に反し、且、理由不備の不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]原審決には該釦鈕の裏面に押刻せる寿の文字は未だ登録を受けざる文字にして世人が見で以て商品を表彰する目標なりと為したるものにあらずとあるのみにて寿字紋を以て登録を受けざるものとせるの説明にあらざれば第四点前段は原審決の趣旨に副はざる論難なるを以て適法の上告理由とならず。 而して[しこうして]同一商品に数箇の商標を使用するを禁ずるの法文なく商品の性質に依りては数箇の商標を必要とする場合あるべきを以て一商品は一商標に限れりとするの法理も亦[また]存することなし、而して[しこうして]何人と雖[いえども]も必要なくして数箇の商標を使用する謂れなければ裁判所が商標権者が数箇の商標を使用するの事実を認定するに当りても特に之を必要とせる理由を判示する要なきのみならず原審決は被上告人かに箇の商標を使用したる事実を認定したるにあらず。 一の仮定論として二箇の商標を使用するものとするも其使用は適法なりとの理由を示したるに止まれば第六点末段に云へるが如き事実を確定するの要なきものなるを以て第四点後段及第六点の論旨は其理由なきものとす。 （判旨第四点）

上告理由第五点は凡そ一の図形が商標なりや意匠なるやを判定せんには其図形と図形の附着せる物質若くは図形の形状等を考察して之が区別を為さざるべからず。 従て図形が商品に附着せる事実若くは或人が之を商標なりと見たる事実あればとて直に其図形を以て商標なりと云ふ[いう]を得ず。 而して[しこうして]一の図形が商標なりや意匠なりやは或人の特別の智能に訴へて之を判断すべきものにして其図形を商標と見たる人ありたればとて之が為めに商標なりと為すを得ず。 原審決は其審決の理由に於て「該図形が広く右釦鈕の取引に従事したる者の間に於て商標法施行前より商品を表彰するの目標なりと見られたるの事実は証人張秀岩喬捷卿北村安之助松宮のぶ周慶鐘の証言に依りて明かなり。 従て該図形は世人が見で以て商品を表彰する目標なりと為したるもの即商標なりと推断するを得べし」と判示し以て係争の図形を商標なりと推断すれども此等の証言は三平社の釦鈕に本件係争の図形が存在せしとの事実の外他の事実を証言したるものにあらず。 仮りに此等の者が該図形を商標と見たる事実ありしとするも此等の人が商標と信じたりと云ふ[いう]に過ぎず。 従て之を以て世人が見で以て商標と見たるものと為すを得ず。 要之原審決は特別の智能を有する鑑定人をして鑑定せしむべき事項を証人の陳述に因り判断したるものにして証拠の法則に違反する不法あるのみならず主観的に商標と意匠との区別を判示せざりし点に於て理由不備の不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在り

然れども[しかれども]第二点の下に於て説明したる如く原審決は本件図形は使用者たる被上告人が商標として使用する意思を以て使用せし事実と張秀岩等の証言に依りて認定せる世人が見で以て之を商標なりとせる事実とに依りて之を被上告人の商標なりと断定したるものなり。 而して[しこうして]事実裁判所が諸般の証憑[しょうひょう]に依りて係争事実を認定するの事権は本件の如き場合に在りても制限を受くべき理由なく或図形が商標なりや否やを決するには鑑定に依らざるべからずとするの法理あることなければ原審決は証拠の法則に違背する所なく又本件の図形を商標なりとするに付き主観的に意匠と商標との区別を説示するの要あることなければ原審決には理由不備の不法なし。

以上説明の如く本件上告は一も其理由なきに依り民事訴訟法第四百五十二条の規定に従ひ主文の如く判決す