損害賠償請求ノ件

平易表示にする 原文表示にする

大審院民事判決録（民録）11輯724頁

上告論旨の第一点は原判決の要旨は樹木が地上に生存する間は不動産なるを以て控訴人（被上告人）が被控訴人（上告人）に属することを知りながら之を佐藤覚兵衛外一名（訴外人）へ売却交付するも之が為めに其所有権を奪却し得べきものにあらず。 又佐藤覚兵衛外一名は仮令[たとい]被控訴人に属することを知らずして之を買取りたりとするも之が為め所有権を取得すべきものにあらずと云ふ[いう]にありて論点の帰着する所は主たる土地に成立する樹木の所有権を有するものは何等之を表明することなきも其所有権を以て善意の第三者に対抗することを得るや否にあり上告人の考ふる所に依れば他人の土地の上に成立する樹木に就て所有権を有するも其所有権あることを公然表明しあるにあらざれば善意を以て其土地と共に其樹木を買取りたるものに対し自己の所有権を主張することを得ず。 従て原判決は此根本の論点に於て誤あるものにして破毀せらるべきものと信ずと云ふ[いう]に在り

仍て[よって]按ず[あんず]るに立木は其立木の存する土地に定着して之と一体を成す物にして、且、特に建物の如く別箇独立の不動産として土地と区別する慣習若くは法令存せざるを以て其土地の売買ありたる場合に於て特に立木を除きたる事蹟なき限りは立木も共に売買せられたるものと看做すを当然とす。 従て其土地を立木と共に買受け其土地売買の登記を経たる者は単に其土地の取得を以て登記を経さる第三者に対抗することを得るのみならず立木の取得に付ても之を以て第三者に対抗することを得る場合ありと謂はざるを得ず。 故に土地と其土地に存する立木と各所有者を異にし其立木の所有者が他人の土地に付き地上権若くは賃借権等を有する場合に於ても其地上権若くは賃借権等に付き登記を為さざる限りは其権利を以て第三者に対抗することを得ざるや論を俟たざる所なれば其立木に関する権利に付ても其土地を立木と共に買受け其土地売買の登記を経たる第三者に対抗することを得ざる場合なしと謂ふ可からざるなり。 本件の事実は上告人が被上告人の土地に植込みたる樹木の十分の六を所得とする権利を有するに拘らず被上告人に於て其土地を立木全部と共に第三者に売渡したるものなることは原院の認定したる所なれば其第三者が該立木全部の所有権を取得して上告人が其立木に関する権利を失ふに至ることなきにあらざるや前示説明に依り自ら明白なり。 然るに原院は如何[いかん]なる場合に於ても苟も上告人の右の如き立木に関する権利ある以上は被上告人が其土地及び立木全部を第三者に売渡したるか為めに其第三者が該立木を取得して上告人が其立木に関する権利を失ふが如きこと絶で無しと判示し依て以て結局の判決を為したるは違法にして上告は其理由あり原判決は既に此論点に於て全部破毀す可きものなるを以て其他の上告論旨に付き説明を加ふるの要なし。

以上の説明の如く本件上告は其理由あるを以て民事訴訟法第四百四十七条第一項に依り原判決を破毀し尚ほ同法第四百四十八条第一項に依り事件を大坂控訴院に差戻す可きものとす。