明治三十七年(オ)第五百五號
明治三十八年一月十四日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 係爭時日ニ於テ或慣習ノ存在シタルヤ否ヤハ民事訴訟法第三百三十三條ニ所謂過去ノ事實ニ該當スルカ故ニ此等ノ事實ニ實驗アル者ノ訊問ニ因リ之ヲ證明スル場合ハ同條ニ依リ人證ニ關スル規定適用スヘキモノトス
(參照)特別ノ知識ヲ要セシ過去ノ事實又ハ事情ニシテ其實驗アル者ノ訊問ニ因リテ確定ス可キトキハ人證ニ付テノ規定ヲ適用ス(民事訴訟法第三百三十三條)
上告人 岡嘉久
法律上代理人 岡正雄
訴訟代理人 宮田四八
被上告人 近藤市太郎 外一名
右當事者間ノ仲持口錢請求事件ニ付大阪控訴院カ明治三十七年七月十三日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全分破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
立會驗事北川信從ハ意見ヲ陳述シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告論旨第一點ハ原判决ハ不法ノ證言ヲ採用シテ判斷ノ資料ニ供シタル違法アリ原判决ハ本件主要ノ爭點タル仲持口錢ノ部合ニ關スル地方慣習ヲ認定スルニ證人上田源助門田牛藏ノ證言ニ依レリ然レトモ地方慣習ノ存在ハ經驗學識等知識ニ基キテ供述スヘキモノナレハ五官ノ實驗ノミニ付キ供述スヘキ證人ニ對シテ供述セシムヘキ事項ニ非ス證人ニ對シテ地方慣習ノ如何ヲ訊問スルハ不法ニシテ證人ノ其供述ハ證言タル効力ナシ是レ御院ニ於テ從來幾多ノ判例ヲ以テ確定セラレタル原則ナリ故ニ原判决カ證人上田源助門田牛藏ノ證言ニ依リテ安藝郡香美郡ニ於ケル仲持口錢ノ地方慣學ヲ確定シタルハ證言タル効力ナキ供述ニ其効力ヲ附シタルモノニシテ畢竟事實ヲ不法ニ確定シタル瑕瑾アルヲ免レスト云フニ在リ
按スルニ原判决ヵ其證言ヲ援用シタル證人上田源助門田牛藏ノ兩名ハ本件甲第一號證ノ契約成立ノ當時即チ明治三十六年四月頃高知縣安藝郡及香美郡ニ於テ地所ノ賣買ヲ周旋シタル者ハ賣買當事者ヨリ何程ノ仲持口錢ヲ受クルノ慣習アリヤノ事實ニ關シ證言シタルモノナリ而シテ此等係爭ノ時日ニ於テ或慣習カ存在シタルヤ否ハ民事訴訟法第三百三十三條ニ所謂過去ノ事實ニ屬スルモノニシテ此等ノ事實ニ實驗アル者ノ訊問ニ因リ證明スルコトヲ得ルモノニシテ即チ所謂鑑定的證人ノ證言スヘキモノナルヲ以テ同條ニ依リ人證ニ付キテノ規定ヲ適用スヘキモノトス是故ニ原院カ證人タル前記兩名ノ供述ヲ採用シテ慣習ノ存在ヲ認メタルハ相當ニシテ毫モ法則ニ違背シタルモノニ非ス
上告論旨第二點ハ原判决ハ不法ニ實事ヲ確定シ裁判ニ理由ヲ付セサル違法アリ原判决ハ上告人カ被上告人ニ對シテ仲持口錢三分ヲ支拂フ義務ヲ約シタルコトナシトノ爭點ニ關シ説明シテ曰ク甲第一號ノ一ニハ控訴人(被上告人)ニ於テ仲持トシテ連署シ居リ第六項ニ「此契約ニ違背シタルトキハ違背者ヨリ仲持口錢云々負擔ノ筈」トノ文詞アリ尚證人上田源助門田牛藏ノ證言ヲ綜合シテ觀察セハ控訴人カ被控訴人ト上田源助間ノ本訴賣買ニ關シ仲持ヲ爲シ其仲持口錢ハ安藝郡香美郡ニ於ケル地方ノ習慣ニ從ヒ賣買代金ノ三分ヲ買主二分ヲ買主ニ於テ控訴人ヘ支拂フコトヲ約諾セシモノト認メサルヲ得スト此裁判ハ極メテ瞹眛ニシテ極メテ不當ナリ甲第一號證ノ一ニ被上告人カ仲持トシテ蓮署シ居ル事實ハ被上告人カ仲持ヲ爲シタリトノ認定ヲ爲シ得ルモ之ニ依リ上告人カ其口錢三分ヲ支拂フ義務ヲ負擔シタル事實ヲ證スルニ足ラス又其第六項ニ所謂此契約ニ違背シタルトキハ違背者ヨリ仲持口錢其他該件ニ對スル費用一切且損害賠償負擔ノ筈トハ上告人ト上田源助トノ間ニ契約違背ノ場合ニ於ケル損害賠償ノ責任ヲ定メタルニ過キス即チ仲持口錢ノ如キ地所賣買ノ當事者中之ヲ支拂ヒタル者アルトキハ其支拂ヲ爲シタル者ハ違約者ニ對シテ償還ヲ請求スルコトヲ得ト謂フニ過キス固ヨリ上告人カ契約當事者以外ノ第三者タル被上告人ニ對シテ之ヲ支拂フコトヲ約束シタリトノ事實ハ毫モ之ヲ證明スルヲ得ス又證人上田源助ハ上告人カ被上告人ニ對シテ仲持口錢ヲ支拂フ契約アリシヤ之ヲ知ラスト供述シ證人門田牛藏ハ上告人被上告人間ノ契約ニ付テハ一言スル所ナシ故ニ原判决カ援用スル證據ニ依リテハ被上告人カ本件地所ノ賣買ニ付キ仲持ヲ爲セルコト及ヒ上告人カ違約シタル場合ニ上田源助ノ支拂ヒタル仲持口錢ヲ償還スル義務アルコトハ之ヲ證明シ得ルモ上告人カ被上告人ニ對シテ仲持口錢ヲ支拂フ義務ヲ約シタリトノ事ニ至リテハ一モ之ヲ發見スル證據存スルコトナシ故ニ原判决カ擧示スル證據ノミニテハ尚相當ノ説明ヲ下シテ此義務ヲ認メ得ル理由ヲ示サヽルヘカラス况ンヤ證人武内芳太郎岩井馬次等ノ證言ニ依レハ上告人カ被上告人ニ對シテ口錢支拂ノ義務ヲ負擔セサルコト明カナルニ於テオヤ且原判决カ仲持口錢ノ部合ヲ確定スルニ證人上田源助及ヒ門田牛藏ノ兩人ノ證言ニ依リタル如キハ不法ノ最モ甚タシキモノナリ兩人ノ證言ハ互ニ矛盾セリ即チ上田源助ハ賣主二分買主三分ヲ原則トシ賣主三分買主二分ハ例外ナルカ如ク答ヘ門田牛藏ハ賣主三分買主二分ヲ本則トシ賣主二分買主三分ヲ例外ナルカ如ク供述シテ相互ニ相容レサルコト明カナレハ原判决カ上田源助ノ證言ヲモ採用シテ口錢ノ部分ヲ確定シタリトセハ證言ニ反シテ事實ヲ確定シタル不法アルヘク又原院ニ於テ兩者ノ證言相一致スト看做シテ兩ナカラ採用シタリトセハ特ニ相當ノ説明ヲ下シテ其一致スル所以ヲ示サヽルヘカラス然ルニ原判决ハ此等ノ證據ノミニ依リテ漫然上告人ハ被上告人ニ對シテ仲持口錢三分ヲ支拂フ義務アリト認定シテ何等ノ理由ヲ説明スル所ナシ是レ原判决ヲ以テ表題ノ如キ違法アリト稱スル所以ナリト云フニ在リ
然レトモ本論旨ハ畢竟原院ノ職權上爲シタル事實ノ認定ヲ非難スルニ過キサルモノニシテ以テ上告ノ理由ト爲スニ足ラス而テ又上告人ハ本論旨ノ末段ニ於テ證人上田源助及門田牛藏ノ證言ハ互ニ矛盾セル旨陳述スト雖モ辯論調書ヲ査閲スルニ上田源助ハ仲持口錢ハ五分ニシテ賣主カ二分買主カ三分ヲ負擔スルコトアリ又反對ニ賣主カ三分買主カ二分ヲ出スコトアリ而テ自分カ買入レタルトキハ二分ヲ出シタリト證言シ又門田牛藏ハ賣主ハ三分買主ハ二分ヲ負擔スルカ古來ノ慣習ナリト證言シ而テ原院ハ右兩名ノ證言ヲ湊合シテ安藝郡及香美郡ニ於ケル仲持口錢ハ賣買代金ノ三分ヲ賣主ニ於テ其二部ヲ買主ニ於テ負擔スルノ慣習アルモノト認定シタルモノニシテ毫モ矛盾セル證言ヲ採用シタルモノニ非ス
以上説明スル如ク本件上告ハ毫モ其理由ナキニヨリ民事訴訟法第四百五十二條及同第七十七條ニ從ヒ棄却スルモノナリ
明治三十七年(オ)第五百五号
明治三十八年一月十四日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 係争時日に於て或慣習の存在したるや否やは民事訴訟法第三百三十三条に所謂過去の事実に該当するが故に此等の事実に実験ある者の訊問に因り之を証明する場合は同条に依り人証に関する規定適用すべきものとす。
(参照)特別の知識を要せし過去の事実又は事情にして其実験ある者の訊問に因りて確定す可きときは人証に付ての規定を適用す(民事訴訟法第三百三十三条)
上告人 岡嘉久
法律上代理人 岡正雄
訴訟代理人 宮田四八
被上告人 近藤市太郎 外一名
右当事者間の仲持口銭請求事件に付、大坂控訴院が明治三十七年七月十三日言渡したる判決に対し上告人より全分破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
立会験事北川信従は意見を陳述したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告論旨第一点は原判決は不法の証言を採用して判断の資料に供したる違法あり。
原判決は本件主要の争点たる仲持口銭の部合に関する地方慣習を認定するに証人上田源助門田牛蔵の証言に依れり。
然れども地方慣習の存在は経験学識等知識に基きて供述すべきものなれば五官の実験のみに付き供述すべき証人に対して供述せしむべき事項に非ず証人に対して地方慣習の如何を訊問するは不法にして証人の其供述は証言たる効力なし。
是れ御院に於て従来幾多の判例を以て確定せられたる原則なり。
故に原判決が証人上田源助門田牛蔵の証言に依りて安芸郡香美郡に於ける仲持口銭の地方慣学を確定したるは証言たる効力なき供述に其効力を附したるものにして畢竟事実を不法に確定したる瑕瑾あるを免れずと云ふに在り
按ずるに原判決ヵ其証言を援用したる証人上田源助門田牛蔵の両名は本件甲第一号証の契約成立の当時即ち明治三十六年四月頃高知県安芸郡及香美郡に於て地所の売買を周旋したる者は売買当事者より何程の仲持口銭を受くるの慣習ありやの事実に関し証言したるものなり。
而して此等係争の時日に於て或慣習が存在したるや否は民事訴訟法第三百三十三条に所謂過去の事実に属するものにして此等の事実に実験ある者の訊問に因り証明することを得るものにして、即ち所謂鑑定的証人の証言すべきものなるを以て同条に依り人証に付きての規定を適用すべきものとす。
是故に原院が証人たる前記両名の供述を採用して慣習の存在を認めたるは相当にして毫も法則に違背したるものに非ず
上告論旨第二点は原判決は不法に実事を確定し裁判に理由を付せざる違法あり。
原判決は上告人が被上告人に対して仲持口銭三分を支払ふ義務を約したることなしとの争点に関し説明して曰く甲第一号の一には控訴人(被上告人)に於て仲持として連署し居り第六項に「此契約に違背したるときは違背者より仲持口銭云云負担の筈」との文詞あり尚証人上田源助門田牛蔵の証言を綜合して観察せば控訴人が被控訴人と上田源助間の本訴売買に関し仲持を為し其仲持口銭は安芸郡香美郡に於ける地方の習慣に従ひ売買代金の三分を買主二分を買主に於て控訴人へ支払ふことを約諾せしものと認めざるを得ずと此裁判は極めて瞹昧にして極めて不当なり。
甲第一号証の一に被上告人が仲持として蓮署し居る事実は被上告人が仲持を為したりとの認定を為し得るも之に依り上告人が其口銭三分を支払ふ義務を負担したる事実を証するに足らず又其第六項に所謂此契約に違背したるときは違背者より仲持口銭其他該件に対する費用一切、且、損害賠償負担の筈とは上告人と上田源助との間に契約違背の場合に於ける損害賠償の責任を定めたるに過ぎず。
即ち仲持口銭の如き地所売買の当事者中之を支払ひたる者あるときは其支払を為したる者は違約者に対して償還を請求することを得と謂ふに過ぎず固より上告人が契約当事者以外の第三者たる被上告人に対して之を支払ふことを約束したりとの事実は毫も之を証明するを得ず。
又証人上田源助は上告人が被上告人に対して仲持口銭を支払ふ契約ありしや之を知らずと供述し証人門田牛蔵は上告人被上告人間の契約に付ては一言する所なし。
故に原判決が援用する証拠に依りては被上告人が本件地所の売買に付き仲持を為せること及び上告人が違約したる場合に上田源助の支払ひたる仲持口銭を償還する義務あることは之を証明し得るも上告人が被上告人に対して仲持口銭を支払ふ義務を約したりとの事に至りては一も之を発見する証拠存することなし故に原判決が挙示する証拠のみにては尚相当の説明を下して此義務を認め得る理由を示さざるべからず。
況んや証人武内芳太郎岩井馬次等の証言に依れば上告人が被上告人に対して口銭支払の義務を負担せざること明かなるに於ておや、且、原判決が仲持口銭の部合を確定するに証人上田源助及び門田牛蔵の両人の証言に依りたる如きは不法の最も甚たしきものなり。
両人の証言は互に矛盾せり。
即ち上田源助は売主二分買主三分を原則とし売主三分買主二分は例外なるが如く答へ門田牛蔵は売主三分買主二分を本則とし売主二分買主三分を例外なるが如く供述して相互に相容れざること明かなれば原判決が上田源助の証言をも採用して口銭の部分を確定したりとせば証言に反して事実を確定したる不法あるべく又原院に於て両者の証言相一致すと看做して両ながら採用したりとせば特に相当の説明を下して其一致する所以を示さざるべからず。
然るに原判決は此等の証拠のみに依りて漫然上告人は被上告人に対して仲持口銭三分を支払ふ義務ありと認定して何等の理由を説明する所なし。
是れ原判決を以て表題の如き違法ありと称する所以なりと云ふに在り
然れども本論旨は畢竟原院の職権上為したる事実の認定を非難するに過ぎざるものにして以て上告の理由と為すに足らず而て又上告人は本論旨の末段に於て証人上田源助及門田牛蔵の証言は互に矛盾せる旨陳述すと雖も弁論調書を査閲するに上田源助は仲持口銭は五分にして売主が二分買主が三分を負担することあり又反対に売主が三分買主が二分を出すことあり而て自分が買入れたるときは二分を出したりと証言し又門田牛蔵は売主は三分買主は二分を負担するか古来の慣習なりと証言し而て原院は右両名の証言を湊合して安芸郡及香美郡に於ける仲持口銭は売買代金の三分を売主に於て其二部を買主に於て負担するの慣習あるものと認定したるものにして毫も矛盾せる証言を採用したるものに非ず
以上説明する如く本件上告は毫も其理由なきにより民事訴訟法第四百五十二条及同第七十七条に従ひ棄却するものなり。