明治三十四年（オ）第四十一號
明治三十四年四月二日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 期限附債務ノ負擔者カ期限ヲ定メテ擔保ヲ供スヘキコトヲ約シタルニ拘ハラス其期限ヲ經過スルモ之ヲ供セサルトキハ債務者ハ債務ニ付シタル業限ノ利益ヲ失ヒ即時ニ其債務ヲ履行スヘキモノトス
上告人 宮内六郎
被上告人 古見平介
右法定代理人 古見キヨ 外二十名
右當事者間ノ頼若返掛金一時請求事件ニ付廣島控訴院カ明治三十三年十一月八日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告理由ノ第一ハ民法第百三十七條第三ノ規定ニ依リ債務者カ擔保ヲ供スルノ義務ヲ負ヒ而シテ之ヲ供セサルトキハ債務者ハ期間ノ利益ヲ主張スルコトヲ得サルハ勿論ナレトモ本件ノ如ク擔保ヲ供スル義務自身ニ付キ爭ヒアル場合ニ於テハ裁判上此義務アルコトヲ認メ而シテ尚ホ此義務ヲ盡サヽル場合ニアラサレハ直チニ主タル債務ノ一時ノ履行ヲ請求スルコトヲ得ス原判决ノ認メタル事實ニ依ルモ甲第一號證ハ初メヨリ單純ナル債務ニ付スルニ擔保ノ義務ヲ以テシタルモノニアラス唯タ擔保物ノ代換ヲ約セルモノニ過キス而シテ上告人ハ其義務ノ存在ヲ爭フモノナレハ被上告人ハ宜シク先ツ擔保ノ提供ヲ爲スヘキコトヲ求メ若シ之ヲ提供セサルトキハ主タル債務ノ一時ノ履行ヲ求ムヘキナリ何トナレハ裁判上果シテ擔保提供ノ義務アリト判决セラルヽニ於テハ上告人ハ直チニ之ヲ提供スルニ躊躇セサレハナリ然ルニ原院カ何等ノ條件ヲ付セス請求金全部一時ノ支拂ヲ爲スヘシトノ判决ヲ與ヘタルハ法律ヲ誤解シタルモノト信ス又タ縱ヒ原判决ノ如クナリトスルモ民法ノ明文ヲ待ツテ始メテ定マルヘキ特例ヲ民法執行以前ニ於ケル頼若講暇約ニ適用セルハ不法ナリト云フニ在リ
期限附債務ノ負擔者カ自ラ約シタル擔保ヲ供セサリトキハ其期限ヲ與ヘタル債權者ノ信用ニ背反スルモノナルカ故ニ之ニ對シテ期限ノ利益ヲ主張スルヲ得サルコトハ當然ノ條理ニシテ民法第百三十七條ハ此條理ヲ明カニ規定シタルニ過キス而シテ原院ハ「前畧被控訴人（上告人）カ舊抵當ニ代ヘテ新抵當ヲ差入ルヘキ義務ヲ負ヒ且ツ之ヲ差入ルヽノ期限ヲ明治三十年十一月中ト約シタルコト甲第一號證ニ徴シ明白ニシテ其義務ヲ免カレタルモノト認メ難キコトモ前既ニ説明スル如クナルニ拘ラス右確定期限ヲ經過シ舊抵當ノ解除ヲ遠タルノミニシテ新抵當ヲ差入ルヽコトヲ怠ラ居レル以上ハ返掛金ノ一時皆濟ヲ求ムル控訴人共ノ本訴請求ヲ拒ムヲ得サルヤ固ヨリ論ナキ云々」ト説明シ即チ上告人カ期限ヲ定メテ擔保ヲ供スヘキコトヲ約シタルニ拘ラス其期限ヲ經過スルモ之ヲ供セサルカ故ニ上告人ハ債務ニ附シタル期限ノ利益ヲ失ヒ即時ニ其債務ヲ履行スヘキモノナリト判示シタルニ外ナラサレハ原判决ハ上告所論ノ如キ不法ナシ而シテ頼母子講金返掛債務ノ如キハ數囘ノ期限ニ之ヲ履行スルヲ以テ通例ト爲スコト上告所論ノ如シト雖モ其債務ニ付キ供スヘキ擔保ヲ供セサル爲メ期限ノ利益ヲ失フヘキトキハ其數囘ノ期限ノ利益ヲ失フコト猶ホ一囘ノ期限ヲ定メタル場合ニ於テ債務者ノ供スヘキ擔保ヲ供セサル爲メ其一囘ノ期限ノ利益ヲ失フト毫モ異ナル理由アルヘキ筈ナシ
其第二ハ原院ハ甲第一號證ヲ以テ擔保ノ提供ノ義務ノ消滅シタルモノニアラサルコトヲ説明スルニ於テ充分ナル理由ヲ付シタリト雖如斯キ解釋ハ上告人モ殆ント爭ハサル所ニシテ上告人ノ爭フ所ハ寧ロ此擔保義務ハ何人ニ存スルヤ否ニ在リ則チ上告人ハ此擔保義務ハ義務更改ニ依リ訴外人林半槌ニ在ルコトヲ主張シタルハ調書竝ニ原判决中事實ノ摘示ニ於ト明白爭フヘカラサルナリ然ルニ原院ハ此點ニ付キ何等ノ説明ヲ與ヘラルヽ所ナシ原院ノ引用セリ第一審ノ事實ノ摘示ニ據ルモ「被告ハ債務者ノ更改アリタルモノヽ如ク抗辯スレトモ更改ノ如キハ頼若總代一人ニテハ之ヲ承諾スルノ權限ヲ有セス」ト明言シ頼若總代一人ノ承諾アリシコトハ被上告人（原告）モ之ヲ認メ且上告人ハ其承諾ノ立證トシテ乙第三號證乃至第六號證ヲ提出シ被上告人（原告）モ亦其成立ヲ爭ハサルモノアルニ於テハ總代一人ノ承諾ヲ以テ義務更改ヲ爲シ得ヘキヤ否ハ本件ノ重要ナル爭點ナリ原院ハ甲第一號證ニ依リ擔保義務ノ存在ヲ認メ且之レカ説明ヲ與ヘタレトモ擔保義務ノ存在ハ毫モ此重要ナル爭點ハ牴觸スルコトナキヲ以テ甲第一號證ノ説明ハ此點ニ關シテ毫モ乙第三號證乃至第六號證ヲ左右スル所ナシ二者固ヨリ別個ノ爭點ニ屬ス然ルニ原院カ此重要ナル爭點ニ付一ノ説明スル所ナカリシハ重大ナル爭點ヲ判决セス又此點ニ關スル判决ノ理由ヲ付セサル不法アリ尤モ原院ハ甲第二號證ヲ引用シ講員名簿ニ氏名ノ切替ナキヲ以テ擔保義務者林半槌ニ更替セラレタル事實ナキモノトスル旨ヲ説明セラレタレトモ乙第三證號乃至第六號證ヲ以テ立證シ又被上告人モ爭ハサル所ノ事實即チ義務者ヲ右林半槌ニ更改スルニ付頼若總代ノ承諾ヲ得タル事實アルニ於テハ總代ハ宜シク右名簿ヲ切替ヘスヘキモノニシテ偶々之ヲ切替ヘサリシハ其怠慢ニ過キサルヲ以テ甲第二號證カ有効ナレハトテ右乙號各證ヲ破ルニ足ラス即チ被上告人ノ爭フ所ハ唯タ右總代ノ承諾ハ一人ノ總代ナルヲ以テ承諾ノ効ナキモノトスルハ前述ノ調書及判决摘示ノ事實ニ於テ明瞭ナル所ナリ要スルニ當事者主要ノ爭點タリシ右ノ事實及證據ニ付キ何等ノ説明ナキハ重要ナル爭點ヲ判决セス且重要ノ證據ニ付説明ヲ與ヘサルノ不法アリト云フニ在リ按スルニ原院ハ上告人ヨリ構ノ總代ノ一人タル萬代利七ヘ宛テタル明治三十三年十一月二十五日附預リ證書ト題スル甲第一號證ニ「前畧右ノ頼若證書（頼母子返掛證書）今般株券ヲ以テ入替ノ御示談申上候處御承諾被成下候ニ付テハ代リ抵當差入候迄正ニ預リ置申候然ル上ハ代リ抵當竝ニ本年返掛金ハ本月中ニ取調差出可申候云々」トアルカ故若シ上告人カ返掛義務ト併セテ代リ抵當差入レ義務ヲ免カレタリトスレハ上告人ハ代リ抵當差入マテ頼若返掛證書ノ預リ證書タル甲第一號證ヲ取戻スヘキ筈ナルニ今日ニ至ルマテ該證カ被上告人共ノ手ニ存在スル事實ト講員ノ更迭アル毎ニ執リ來リタル例ニ反シテ岡本頼若人名竝ニ諸記載簿ト題スル甲第二號證ニ記載シアル上告人ノ氏名カ舊ニ依リ存在シ林半槌ノ氏名ニ改メアラサリシ事實トニ據リ上告人カ依然返掛義務者ニシテ隨テ擔保ヲ供スヘキ義務ヲ負擔スルモノト判示シタルコト原判文上明瞭ナリ乃チ之ヲ換言要約センニ原院カ下シタル「甲第一號證ハ云云」ノ説明ハ即チ構總代ノ一人タル萬代利七ニ對シ期限ヲ定メテ抵當ノ入替及ヒ其年分返掛金支拂ヲ約シタルニ拘ハラス甲第一號證カ依然被上告人供ノ手ニ存在スルカ故ニ債務更改ノ繋リタル條件（新抵當ノ差入及返掛金支拂）カ到來セス隨テ更改カ成立スルニ至ラサリシトノ事實上ノ認定ヲ説示シタルモノニシテ甲第二號ニ關スル説明モ亦此事實上ノ認定ヲ確固ナラシメタルニ外ナラス然レハ頼若返掛金債務ノ更改カ講總代ノ一人ノ承諾ニテ爲シ得ヘキモノナリヤ將タ其全員ノ承諾アルニ非サレハ爲シ得サル者ナリヤノ爭點ニ至テハ特ニ判斷ヲ下スノ要ナキニ至リタリモノトス而シテ原院辯論調書ニ依レハ乙第三號乃至第六號證ハ被上告人ノ否認スル所ニシテ原院カ其立證趣旨ニ反スル事實ヲ他ノ證據ニ因リ認定シタル以上ハ之レカ排斥ノ理由ヲ説明セサルモ以テ原判决ヲ不法ナリト云フコトヲ得ス上來説明スル如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ノ規定ニ從ヒ主文ノ如ク判决ス
明治三十四年（オ）第四十一号
明治三十四年四月二日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 期限附債務の負担者が期限を定めて担保を供すべきことを約したるに拘はらず其期限を経過するも之を供せざるときは債務者は債務に付したる業限の利益を失ひ即時に其債務を履行すべきものとす。
上告人 宮内六郎
被上告人 古見平介
右法定代理人 古見きよ 外二十名
右当事者間の頼若返掛金一時請求事件に付、広島控訴院が明治三十三年十一月八日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告理由の第一は民法第百三十七条第三の規定に依り債務者が担保を供するの義務を負ひ。
而して之を供せざるときは債務者は期間の利益を主張することを得ざるは勿論なれども本件の如く担保を供する義務自身に付き争ひある場合に於ては裁判上此義務あることを認め。
而して尚ほ此義務を尽さざる場合にあらざれば直ちに主たる債務の一時の履行を請求することを得ず。
原判決の認めたる事実に依るも甲第一号証は初めより単純なる債務に付するに担保の義務を以てしたるものにあらず。
唯た担保物の代換を約せるものに過ぎず。
而して上告人は其義務の存在を争ふものなれば被上告人は宜しく先づ担保の提供を為すべきことを求め若し之を提供せざるときは主たる債務の一時の履行を求むべきなり。
何となれば裁判上果して担保提供の義務ありと判決せらるるに於ては上告人は直ちに之を提供するに躊躇せざればなり。
然るに原院が何等の条件を付せず請求金全部一時の支払を為すべしとの判決を与へたるは法律を誤解したるものと信ず。
又た縦ひ原判決の如くなりとするも民法の明文を待って始めて定まるべき特例を民法執行以前に於ける頼若講暇約に適用せるは不法なりと云ふに在り
期限附債務の負担者が自ら約したる担保を供せざりときは其期限を与へたる債権者の信用に背反するものなるが故に之に対して期限の利益を主張するを得ざることは当然の条理にして民法第百三十七条は此条理を明かに規定したるに過ぎず。
而して原院は「前略被控訴人（上告人）が旧抵当に代へて新抵当を差入るべき義務を負ひ且つ之を差入るるの期限を明治三十年十一月中と約したること甲第一号証に徴し明白にして其義務を免がれたるものと認め難きことも前既に説明する如くなるに拘らず右確定期限を経過し旧抵当の解除を遠たるのみにして新抵当を差入るることを怠ら居れる以上は返掛金の一時皆済を求むる控訴人共の本訴請求を拒むを得ざるや固より論なき云云」と説明し。
即ち上告人が期限を定めて担保を供すべきことを約したるに拘らず其期限を経過するも之を供せざるが故に上告人は債務に附したる期限の利益を失ひ即時に其債務を履行すべきものなりと判示したるに外ならざれば原判決は上告所論の如き不法なし。
而して頼母子講金返掛債務の如きは数回の期限に之を履行するを以て通例と為すこと上告所論の如しと雖も其債務に付き供すべき担保を供せざる為め期限の利益を失ふべきときは其数回の期限の利益を失ふこと猶ほ一回の期限を定めたる場合に於て債務者の供すべき担保を供せざる為め其一回の期限の利益を失ふと毫も異なる理由あるべき筈なし。
其第二は原院は甲第一号証を以て担保の提供の義務の消滅したるものにあらざることを説明するに於て充分なる理由を付したりと雖如斯き解釈は上告人も殆んど争はざる所にして上告人の争ふ所は寧ろ此担保義務は何人に存するや否に在り則ち上告人は此担保義務は義務更改に依り訴外人林半槌に在ることを主張したるは調書並に原判決中事実の摘示に於と明白争ふべからざるなり。
然るに原院は此点に付き何等の説明を与へらるる所なし。
原院の引用せり第一審の事実の摘示に拠るも「被告は債務者の更改ありたるものの如く抗弁すれども更改の如きは頼若総代一人にては之を承諾するの権限を有せず。」と明言し頼若総代一人の承諾ありしことは被上告人（原告）も之を認め、且、上告人は其承諾の立証として乙第三号証乃至第六号証を提出し被上告人（原告）も亦其成立を争はざるものあるに於ては総代一人の承諾を以て義務更改を為し得べきや否は本件の重要なる争点なり。
原院は甲第一号証に依り担保義務の存在を認め、且、之れが説明を与へたれども担保義務の存在は毫も此重要なる争点は牴触することなきを以て甲第一号証の説明は此点に関して毫も乙第三号証乃至第六号証を左右する所なし。
二者固より別個の争点に属す。
然るに原院が此重要なる争点に付、一の説明する所なかりしは重大なる争点を判決せず又此点に関する判決の理由を付せざる不法あり。
尤も原院は甲第二号証を引用し講員名簿に氏名の切替なきを以て担保義務者林半槌に更替せられたる事実なきものとする旨を説明せられたれども乙第三証号乃至第六号証を以て立証し又被上告人も争はざる所の事実即ち義務者を右林半槌に更改するに付、頼若総代の承諾を得たる事実あるに於ては総代は宜しく右名簿を切替へずべきものにして偶偶之を切替へざりしは其怠慢に過ぎざるを以て甲第二号証が有効なればとて右乙号各証を破るに足らず。
即ち被上告人の争ふ所は唯た右総代の承諾は一人の総代なるを以て承諾の効なきものとするは前述の調書及判決摘示の事実に於て明瞭なる所なり。
要するに当事者主要の争点たりし右の事実及証拠に付き何等の説明なきは重要なる争点を判決せず、且、重要の証拠に付、説明を与へざるの不法ありと云ふに在り按ずるに原院は上告人より構の総代の一人たる万代利七へ宛てたる明治三十三年十一月二十五日附預り証書と題する甲第一号証に「前略右の頼若証書（頼母子返掛証書）今般株券を以て入替の御示談申上候処御承諾被成下候に付ては代り抵当差入候迄正に預り置申候然る上は代り抵当並に本年返掛金は本月中に取調差出可申候云云」とあるが故若し上告人が返掛義務と併せて代り抵当差入れ義務を免がれたりとすれば上告人は代り抵当差入まで頼若返掛証書の預り証書たる甲第一号証を取戻すべき筈なるに今日に至るまで該証が被上告人共の手に存在する事実と講員の更迭ある毎に執り来りたる例に反して岡本頼若人名並に諸記載簿と題する甲第二号証に記載しある上告人の氏名が旧に依り存在し林半槌の氏名に改めあらざりし事実とに拠り上告人が依然返掛義務者にして随で担保を供すべき義務を負担するものと判示したること原判文上明瞭なり。
乃ち之を換言要約せんに原院が下したる「甲第一号証は云云」の説明は。
即ち構総代の一人たる万代利七に対し期限を定めて抵当の入替及び其年分返掛金支払を約したるに拘はらず甲第一号証が依然被上告人供の手に存在するが故に債務更改の繋りたる条件（新抵当の差入及返掛金支払）が到来せず随で更改が成立するに至らざりしとの事実上の認定を説示したるものにして甲第二号に関する説明も亦此事実上の認定を確固ならしめたるに外ならず。
然れば頼若返掛金債務の更改が講総代の一人の承諾にて為し得べきものなりや将た其全員の承諾あるに非ざれば為し得ざる者なりやの争点に至ては特に判断を下すの要なきに至りたりものとす。
而して原院弁論調書に依れば乙第三号乃至第六号証は被上告人の否認する所にして原院が其立証趣旨に反する事実を他の証拠に因り認定したる以上は之れが排斥の理由を説明せざるも以て原判決を不法なりと云ふことを得ず。
上来説明する如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項の規定に従ひ主文の如く判決す
