放火及囚徒逃走ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）19輯1185頁

本件上告は之を棄却す

弁護人川島仟司同大内誠美同長山寿雄同永屋茂上告趣意書第一、本件第一及第二の犯罪に付、其事実を認めたる証拠理由を閲するに右両箇の犯罪に付、各別に之が証拠を挙示せず一斎に被告の検事聴取書以下の内容摘載を臚列するに過ぎずして其何れの証拠な何れの犯罪事実に添ふべき証拠なるや全く明白ならず如斯[かくのごとき]は事実と証拠との間に因果関係を明にするに足らず。 従て刑事訴訟法第二百三条に所謂証拠に依り罪となるべき事実を認めたる理由の明示を欠くものと謂はざるを得ず。 此点に於て原判決は理由不備の不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎原判決は各種の証拠を摘示し之を綜合[そうごう]して判示の事実を認定したるものなれば本論旨は其理由なし。

第二、刑法第百八条及第百九条は罪種を同うするも同一の罪名にあらざることは法文自体に於て敢て多言を要せず。 而して[しこうして]刑法第五十五条に所謂連続犯として数箇の行為を一罪として処断する場合は同一の罪名に触るる場合に限るべきは是亦[また]法文自体に於て明瞭なりとす。 本件第二の犯罪に付ては其一、二、六の行為と其三、四、五の行為とは全く同一罪名にあらざることは原判文の法律の適条によるも疑なく。 従て此両様の罪種に付ては之を通じて一箇の連続犯と為すの不法あるは勿論なりとす。 然るに原判決は同一罪名にあらざる数箇の行為なることを認めながら尚且つ累犯関係として刑法第五十五条を適用したるは理由に齟齬[そご]ある不法の裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎刑法第百八条の罪と同第百九条の罪とは共に同一罪質に属する放火罪なれば原審に於て右両罪の間に連続犯ありと認めたるは不当にあらず。

本論旨は理由なし。 （判旨第二点）

第三、本件被告は大正二年一月四日五所川原警察署金木分署に於て警察犯処罰令違反罪に依り拘留十五日の即決処分を受けたること並に右即決処分を以て刑法第四十五条に所謂確定裁判と為し右処分と本件第一第二の犯罪を以て併合罪の規定に依るべきものと判示したるは原判文に於て明瞭なりとす。 抑も警察犯処罰令に付、各警察署に於て為す即決処分は明治十八年第三十一号布告違警罪即決例の適用に外ならざるは言を竣たざるも元来右布告は（一）憲法第五十七条同第五十九条同第二十四条の精神に違背し行政官庁をして司法権の行使を為さしむるものなるが故に憲法施行と共に当然法律上の効力なきものたること（二）右布告は旧刑法の違警罪規定の即決処分を為す手続に外ならざるが故に明治四十年十月一日旧刑法施行廃止と共に当然法律上の効力を失したるものにして右布告を直に警察犯処罰令に適用することは法律上全く何等の根拠なきこと等により本件即決言渡の何等法律上の効力なきものなることの当然たるを信ず。 加之[しかのみならず]仮りに右布告の効力尚ほ存するものと為し又警察犯処罰令を以て之に擬すべきものと為すも右布告に基く即決言渡は一種の行政処分にして司法裁判にあらざることは同布告自体に於て明瞭なり。 従て併合罪の適用を為すに当り右布告に依る警察官庁の即決処分を以て直ちに確定裁判と同一視するの不法たるは言を俟たず[またず]。 然るに原判決は前掲の如く右処分を以て確定裁判なりと為し第一第二の犯罪にのみ併合罪の規定を適用し第三の犯罪を累犯関係と為したるは擬律錯誤の不法あるものとすと云ふ[いう]に在れども◎違警罪即決言渡が確定したるときは確定判決と同一の効力を有するを以て右言渡に依り確定したる罪と原審判示の第一、二の罪との間に併合罪の関係ありと認めたるは失当にあらず。 本論旨は其理由なし。 （判旨第三点）

第四、原判決は第二判示冒頭に於て放火の嫌疑を転嫁する目的を以て第二の一乃至[ないし]六の累犯行為を為したりと為すも其内五の行為に付、右目的に出でたる事実は証拠説明に依り明瞭なるも爾余の行為に付、同一目的に出でたる証拠は何等開示する所なし。 如斯[かくのごとき]は本件の如き併述罪の規定により刑法第四十七条同第十条により其犯情の最も重きものに付、刑の量定を為すべき場合に於ては右犯情に影響すべき前示事実に付、何等証拠を示さざるは理由不備の裁判たるを免れずと云ふ[いう]に在れども◎本論旨は原審の専権に属する証拠判断及び事実の認定に対する非難に外ならざれば本論旨は其理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事林頼三郎干与大正二年十一月十日大審院第二刑事部