業務横領ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）19輯1090頁

被告求四郎の上告は之を棄却す

原判決中被告徳四郎に係る部分を破毀し被告徳四郎を懲役一年に処す

押収物件は各所有者に還付す

被告徳四郎弁護人法学博士花井卓蔵弁護人田坂貞雄上告趣意書第一点本案予審終結決定書には「被告求四郎が出納係として保管せる同会社会員積立金中より仮払金名義の下に擅に[ほしいままに]支出して横領し」と記載せらる第一審判決も亦[また]「当時会社の取締役兼支配人と為り金銭出納を担任せる被告求四郎に於て其保管に係る会社所有の金員中より云云数回に合計金五千九百三十円を擅に[ほしいままに]引出し以て之を横領したるものなり。」と判示し被告の横領したる金円は商工貯蓄株式会社の取締役兼支配人たる相被告求四郎の保管に係る事実を明かにせり。 然るに原判決は「当時役員改選に因り新に取締役に就任したる被告人両名の保管に係る同会社所有金五千九百三十円を云云横領したるものなり。」と判示し被告の横領したる金円は被告並に求四郎の保管に係るものと認定せり。 而して[しこうして]被告の横領したる金円が原判決認定の如く被告並に求四郎の保管に係るものなるや将た[はた]予審決定及び第一審判決の認定せる如く相被告求四郎の保管に係るものなるやほ刑法第六十五条同第二百五十三条を適用すべきや否やを決すべき要点なるに拘はらず前述の如く重要なる事実理由に於て第一審判決の其認定を異にしながら輙すく被告の控訴を棄却したる原判決は法則に違背する不法あるものと信ずと云ひ」各被告弁護人高木益太郎上告趣意書

第二点本件第一審判決は事実理由として「被告両名は共謀の訴……当時会社の取締役兼支配人となり金銭出納係を担任せる被告求四郎に於て其保管に係る会社所有の金員中より同月（明治四十五年四月）より翌五月に亘り……横領したるものなり。」との認定を為したるに対し第二審に於ては「被告両名は共謀し……当時役員改選に因り新に取締役に就任したる被告両名の保管に係る同会社所有金……を横領したり。」と判示せり。 即ち第一審と原審とは業務横領罪の構成上重要なる関係ある財物の占有権所在に付き其認定を異にするを以て原審に於ては第一審判決を取消し更に相当なる裁判を為さざるべからざるものなりしに事茲に[ここに]出でず控訴棄却の言渡を為したるは違法にして此点に於て破毀せらるべきものとすと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに株式会社の取締役社長又は専務取締役は必ずしも常に其業務として当然会社財産を保管する任に当り之を占有するものにあらず。 然れば取締役が会社の財産を横領したる場合に刑法第二百五十三条を適用せんには先づ其業務上占有の事実を確定せざるべからず。 今第一審判決を査するに被告徳四郎が取締役社長たること及び取締役兼支配人にして金銭出納係を担任せる被告求四郎と共謀して求四郎の保管に係る会社所有の金員を横領したることを判示しあるも被告徳四郎が求四郎と同じた其業務上之が保管を為し居りたることを確定せず尤も[もっとも]其法律適用の部分に於て被告徳四郎にも被告求四郎と全く同様に刑法第二百五十三条第五十五条を適用しある点より看れば我は原院と同じく徳四郎も亦[また]取締役社長として保管の職務を負ひ居たるものと認めたることを推測し得ざるにあらずと雖[いえども]も苟も右業務上占有の事実を確定せざる以上は被告徳四郎には右第二百五十三条のみならず同法第六十五条第二項をも適用せざるべからざるものなれば第一審判決は擬律錯誤の不法あり。 故に原院に於て新に被告徳四郎に付ても亦[また]業務上占有の事実を認めて刑法第二百五十三条を適用すべきものと判示する以上は第一審判決は事実認定を異にし及び擬律錯誤の不法あるものとし刑事訴訟法第二百六十一条第二項に依り控訴を理由ありとして第一審判決を取消さざるべからざるに拘はらず二者同趣旨なりとして控訴を棄却したるは。 即ち原判決に擬律錯誤の違法あるものにして本論旨は被告徳四郎の論旨として理由あり。 然れども[しかれども]被告求四郎に関しては第一、二審共謀業務上占有の会社の金員横領の事実を認定して刑法第二百五十三条及第五十五条を適用すべきものとし二者其判断を一にせるを以て原院が第一審判決を正当なりとし控訴を棄却したるは相当にして同被告の論旨としては理由なし。 （判旨第一点）

被告徳四郎弁護人法学博士花井卓蔵弁護人田坂貞雄上告趣意書第二点原判決は「被告人徳四郎は明治四十五年四月中旬株主総会に於て株式全部の売却方を提議して其同意を得、且、其手続一切を自己に一任せしむるに至りしを以て同被告人は自己及び妻子名義にて二百株被告求四郎は自己及び妻子名義にて二百株其余は寺田駒吉外数名に於て引受くることとし右株式代金支払の用に供する為め云云会社所有金五千九百三十円を云云支出し以て之を横領したるものなり。」と認定し被告徳四郎は株式売買に付、自己の買受名義の分に対しては相手方たる株主の代理人と為り又自己の買受名義以外の部に対しては株主並に買受人双方の代理人と為りたる事実を明かに説明せり。 然るに何人と雖[いえども]も同一の法律行為に付、其相手方の代理人と為り又は当事者双方の代理人と為ることを得ざるは民法第百八条の規定する所なれば被告の為したる株式売買の法律行為は全部無効に帰すべく。 従て株式売買代金支払の名義の下に支出したりと称する会社の所有金五千九百三十円も亦[また]依然として会社の所有に属すること明白なるを以て被告の所有は横領罪を横成せざるものとす。 然るに有罪の言渡を為したる原判決は擬律錯誤の法法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎原院の確定したる事実に依れば被告等は其同志以外なる商工貯蓄株式会社株主の持株を被告等及び其家族名義にて買受ける代金支払の用に供する為めに其業務上保管せる会社所有の金銭を擅に[ほしいままに]支出して之を横領したりと云ふ[いう]に在りて則ち右横領費消に因り会社の所有物としての金銭の存在を事実上滅失せしめたるものなるを以て被告等の為したる株式売買なる行為の効力如何[いかん]に拘はらず其行為が横領罪を構成すべきは当然にして其滅失の事実を無視し依然として其金銭は法律上会社の所有に属せりと主張して其責任を免るるを得ず。 然れば原院が右事実に対し刑法第二百五十三条を適用したるは正当にして擬律錯誤の不法あることなく論旨は理由なし。

同第三点本件に付、立花徳四郎、土屋求四郎の両名は大正元年十二月十一日起訴せられ次で寺田駒吉も亦[また]右両名の共犯として同年同月十七日公訴を提起せられたるを以て同日以後証人を訊問するに当りては被告人三名と証人との身分関係を問査せざるべからず。 然るに同日の訊問に係る証人宮沢弥三吉の予審調書には立花徳四郎外一人横領事件に付き訊問せし旨の記載存するに止まるを以て被告人の一名と証人との身分関係は之を問査せざるものと言はざるべからず。 従て同人は証人たるの資格を有するや否や之を知るに由なきに拘はらず証人として訊問したる該予審調書を罪証に供したる原判決は証拠の法則に違背する不法あるものと信ずと云ひ」各被告弁護人高木益太郎上告趣意書第七点原判決は証人宮沢弥三吉予審調書を援用したり。 仍て[よって]同調書を閲するに予審判事が右証人を訊問するに当り土屋求四郎

立花徳四郎横領被告事件に付、証人資格ありや否やを調査し宣誓を命じたる上訊問を為したる旨の記載あり。 然れども[しかれども]右証人訊問の日たる大正元年十月十七日には寺田駒吉なる者右両人の共同被告人として起訴せられ（記録には右起訴状は右調書の後に編綴[へんてつ]しありと雖[いえども]も裁判所の受付印に依りて見るときは右起訴は右証人訊問の後に為されたるものに非ざるを知るべき）たるを以て右証人に就きては前示両人の外更に寺田駒吉との関係に於ても亦[また]証人資格ありや否やを問査せざる可からざるものとす。 然るに予審判事が単に前示の如く土屋求四郎、立花徳四郎との関係のみを問査したる上宣誓を命じて訊問し其供述を録取したる右調書は法律上全く無効なり。 果して然らば此無効の調書を罪証に供したる原判決は違法にして破毀を免れずと云ふ[いう]に在り◎依て証人宮沢弥三吉の予審調書及追起訴状を閲するに其証人としての資格問査の記載部分並に該訊問の日附と共同被告寺田駒吉の起訴状の日附と同一なることは洵に[まことに]弁護人の所論の如し、而して[しこうして]共同被告人に対する追起訴ありたる後に証人訊問を為す場合に於ては其訊問が追起訴と同日にして又予審判事に於て偶或事由の為め其追起訴ありたる事実を知らざりしか為めなりとするも苟くも追起訴ありたる被告人との関係を証人に問査することを遺脱せば之に基ける訊問は違法にして其予審調書は無効たるべしと雖[いえども]も所論予審調書追起訴状の士全部及目録を対照すれば証人宮沢弥三吉の訊問ありたる後同日中に寺田駒吉の追起訴ありたるものと認むべく。 従て右証人訊問の際証人と駒吉との関係の問査なかりしは当然にして該訊問調書は違法にあらず。 右起訴状の静岡地方裁判所予審掛の受付印の部分に日記第一二一七号と記入し、而して[しこうして]七の字を抹消し其傍に八の字を記しありて所論予審調書には日記第一二一七号の記入しありと雖[いえども]も裁判所書記が一事件に関する書類を整理して記録に編綴[へんてつ]するの際時としては其作成若くは受領の順序の記載を誤ることもあり得べければ右の記入の状況のみを以て起訴状の受理が証人調書の作成よりも早かりしことを認め難し。 然れば原判決が本件宮沢弥三吉の訊問調書を罪証に供せるは毫も[ごうも]違法に非ず論旨は理由なし。 （判旨第三点）

被告徳四郎弁護人法学博士花井卓蔵弁護人田坂貞雄上告趣意書第四点原判決は被告人求四郎の第二回調書に「何れ株は他に配付せんければならぬか夫れまでは一時会社に金があるにより之を以て払ひ置き後に埋合せればよいと云ふ[いう]相談を為したるものにして右相談には立花の外寺田駒吉小長谷勝之助も加はりたり」との供述記載換言すれば被告徳四郎は会社の所有金横領に関し寺田小長谷等と相談を為したるものと説明せり。 依て該調書を閲するに「（問）其相談は御前と立花と二人なりしか（答）寺田駒吉も小長谷勝之助も株を買占めると云ふ[いう]ことは知てますので一時会社の金を立替で支払ふと云ふ[いう]ことは知で居ることと思ひますけれども夫れは何処へ寄で相談したと云ふ[いう]ことはありませぬ」との供述記載せらるるに止まり会社所有の金員を支出する相談を為したる旨の供述記載絶で存することなし然るに前記の如く説明して断罪の資料に供したる原判決は虚無の証拠を罪証に供したる不法あるものと信ずと云ひ」各被告弁護人高木益太郎上告趣意書第一点原判決は土屋求四郎第二回予審調書を援用し「何れ株は他に配付せんければならぬか夫れまでは一時会社に金があるにより之を以て払ひ置き後に埋

合せればよいと云ふ[いう]相談を為したるものにして右相談には立花の外寺田駒吉小長谷勝之助も加はりたり」との供述記載ありと判示せり。 依て同調書を査閲するに答何れ株は他に配付せぬければなりませぬか夫れまでは一時会社に金かありますから夫れを払って置いて後に埋合せればいいと云ふ[いう]相談をしたのであります問其相談はお前と立花と二人にりか答寺田駒吉も小長谷勝之助も株を買占めると云ふ[いう]事は知って居りますのめ一時会社の金を立替へて支払ふと云ふ[いう]事は知って居ると思ひますけれども夫れは何所へ寄で相談したと云ふ[いう]ことはありませぬ（記録一二一丁）」の記載あるに過ぎずして之に依りて見れば判示の如く寺田駒吉小長谷勝之助が判示相談に加はりたりと云ふ[いう]にあらずして右両人は株買占の事情を知れるも別に相談を為したるにあらずと云ふ[いう]にありて、即ち判決摘録する所と正反対なる記載あり果して然らば原判決は虚無の証拠を断罪の資に供したるの違法あるものにして此点に於て破毀せらるべきものとすと云ふ[いう]に在り◎依て被告土屋求四郎の第二回予審調書中に記載ありとして原判決の援用せる部分並に該予審第二回調書を査するに其掲くる所孰れ[いずれ]も所論の如くにして被告求四郎の右調書の記載は一時会社の金員を流用せんとの相談を為したる者は被告両名に止まり駒吉勝之助は其情を知るならんも特に会合相談せしことなしとの趣旨なるに拘はらず原判決が被告両名と駒吉勝之助と四名相談したる旨の供述ありしものの如くに援用せるは其当を得ざるが如くなれども同被告の第三回予審調書には明に此四名一所に会合し会社の金員費消を相談したる旨の同被告の陳述の記載あるが故に原判決に被告求四郎の予審第二回調書とあるは二の字の下に三の字を遺脱せしものなりと認め得べきのみならず被告両名の相談に関する事実に伴ひて他人の之に加はれるや否やの如きは原院に於て被告両名の罪を断するに付き証拠の重要なる部分に非ざるを以て縦令[たとい]之が援用に多少の錯誤ありとするも之を以て原判決に虚無の証拠を断罪の資に供せる違法ありとするに足らず論旨は理由なし。

被告徳四郎弁護人法学博士花井卓蔵弁護人田坂貞雄上告趣意書第五点原判決の認定事実に依れば被告は商工貯蓄株式会社を自己の自由に経営せんか為め会社株式全部の売却方を提議し自己に一任せられたるを以て其株式を自己及妻子其他の名義とし会社の財産を以て其代金の支払に充当したりと云ふ[いう]に在りて株式を自己若くは家族の名に於て横領せんとしたるにあらず。 自己の自由に経営するの必要上仮に自己並に其家族等の名義と為したるに過ぎず。 即ち被告の意思は株式の横領にあらずして会社を自由に経営せんとの意思ありたるのみ既に株式横領の意思なし。 株式買受代金の横領にあらざるや論を竢たずされば被告の行為は商法第二百六十一条第二項の会社の計算に於て株式を取得したるものに該当せんも刑法上の横領罪を構成するものにあらず。 然るに原判決が刑法第二百五十三条を以て論したるは法則の適用を誤りたる不法あるものと信ずと云ひ」各被告弁護人高木益太郎上告趣意書第三点原判決は事実理由として「被告人徳四郎は……商工貯畜株式会社の取締役社長被告人求四郎は其支配人たりし所……他株主の持株を被告人等の手に買占め……んことを共謀し徳四郎は……株主総会に於て株式全部の売却方を提議し其同意を得且つ其手続一切を自己に一任せしむるに至りしを以て同被告人は自己及妻子名義にて二百株被告人求四郎は自己及び妻子名義にて二百株其余は寺田駒吉外数名に於て引受くることとし右株式代金支払の用に供する為め当時役員改選に因り新に取締役に就任したる被告人両名の保管に係る同会社所有金五千九百三十円を……数回に仮払名義の下に擅に[ほしいままに]之を支出し以て之を横領したるものなり。」と判示し右所為に対し刑法第二百五十三条を適用したり。 然れども[しかれども]古認定事実に依りても明かなるが如く右会社所有の金員は同会社新株主全員の利益の為め会社を代表する権限ある者が協議の上支出したるものにして殊に原判決証拠説明に依れば上告人以外の株主に於ても右会社所有金支出の相談に加はりたりと云ふ[いう]にあるを以て右支出は会社法違反として之が責任を負担することあるは格別刑法に所謂横領の所為なりとして責任を負ふべきものにあらず。 然るに原判決が右所為に対し前示横領罪の法条を適用処断したるは違法にして此点に於て破毀せざるべきものとすと云ふ[いう]に在れども◎原判決の確定せる事実は被告等は会社を自己の自由に経営せんと欲するの動機より会社の金員を流用して他人の持株を買占めんと企で其株式代金支払の為め被告等の保管せる会社所有の金員を支出して之を横領したりと云ふ[いう]にあれば其行為は商法違犯にあらずして業務横領なるを以て原判決が此事実に対し刑法第二百五十三条を適用したるは洵に[まことに]正当なり。 本論旨は孰れ[いずれ]も畢竟[ひっきょう]原判決の判示に副はざる事実を主張して之を攻撃するに外ならざるを以て理由なし。

被告徳四郎弁護人法学博士花井卓蔵弁護人田坂貞雄上告趣意書第六点相被告並に其弁護人より提出したる上告趣意は之を援用すと云ふ[いう]に在りて◎被告両名弁護人高木益太郎上告趣意書第二点が被告徳四郎の論旨としては理由あること並に同第一点第三点及び第七点の理由なきことは前段に説明したる所にして其他の各点に付ては以下説明する所に依り其理由なきことを諒解すべし。

被告紫四郎弁護人田坂貞雄同法学博士花井貞蔵上告趣意書第一点本件に対する各被告の弁解は何れも会社其者の売買にして其株金受授に関する一切の権限は株主総会及重役会に於て特に付、与せられたる当然の措置にして会社の金銭を一時融通して其後始末を為し会社に存失なきを期するは其責務なりと信じたりと云ふ[いう]にありき之を原判決引用の各証拠に徴するも被告立花は明かに此趣旨を明かにし被告土屋証人岡本久蔵の各予審調書にも「会社の売買」とあり株式の売買なることを示さず且つ之に関し特に株主総会及重役会議を開催して之を附義可決し其決議録又会社売買なる旨を明示せり。 而して[しこうして]会社の売買なることは法律上及事実上認め得べきものたる以上は名は会社売買なるも其実株式売買たることを認定したる理由及証拠を指出することを要す。 而して[しこうして]原判決援用の証拠に依りては却て以上陳述せる如く会社売買たることを認むるに足るも株式売買たる事実を認むるに足らず。 然るに原判決は此点に於て事実及証拠理由を尽さざりしは不備の違法あるものと云はざるべからず。 加之[しかのみならず]飽件被告は法律家にあらず。 全く法律知識なき者なるを以て之を普通知識に訴へ会社の委托により其始末を為し旧会社株主に所定の支払を了し且つ会社に損失なきを期し以て其責務を実行せるものと見るべき証左ある以上は之を否定して反対事実即ち株式売買にして会社には全然関係なき行為たることを認定せんには其然る理由及証拠を説明せざるべからざるは一層明白なる事理に属すと云ひ」第二点若し之を会社の売買とせば株式全部の受授に対し取締役として其責を負ふべきこと自明なると同時に若し之を株式の売買とせば自ら取受けたる被告四名分四百株以上に責任あることなし蓋し[けだし]自己の為めに会社の財産を侵したるは此部分に限ればなり。 之れ横領と背任務との異なる所なり。 而して[しこうして]原審は第一審と共に之を株式の売買とし第一審の如きは明に自ら引受けたる株式四百株（立花二百土屋二百）の代金に充てんか為めに会社所有金五千九百三十円を横領したりと認定せり。 然るに原審援用の被告土屋の供述には「五千九百三十円の外は全部立花より支出したり。」。 而して[しこうして]「代金は一株十九円五十銭即ち一万千七百円也」とあるに対照せば一万千七百円より五千九百三十円を控除したる残金五千七百七十円は立花の支出したる全額にして之を被告両名の支出すべき四百株分の代金七千八百円より控除するときは二千〇三十円の不足を生ずるのみ又之を原審援用の立花の供述に徴するに「三千六百七十円は自分の親族及手許より支出したり。」とあるを以て之を前記被告両名の引受したる四百株の代金七千八百円より控除するときは残額四千百三十円となる。 即ち之を何れの証拠に依りて算出するも原審認定の如く五千九百三十円を横領すべき理由なきなり。 此矛盾を生じたる所以のものは被告等が会社にあらざる株式を買占めんとして其四百株を両人に於て引受け其代金に充てんか為めに五千九百三十円を横領したりと認定したる不当に座す厳審判決は四百株を被告両名其他を寺田房吉外数名とありて稍[やや]此欠点を免がれたるが如きも全体の文詞より見で自己の引受株の為めに横領したりと解し得るのみならず仮りに然らずとするも此矛盾ある第一審判決を取消さずして認容したるは不当たるを免がれざるなりと云ひ」第三点原判決は被告は会社仮払金の名目を以て社金を横領したりと認定したり。 然れども[しかれども]仮払金なるものの文字上の意義及商人会社間に用ひらるる意味を考覈[こうかく]するに。 即ち単に支出者の責任を明にするのみならず未だ其内容の当否を決するものにあらず。 内容の当否は其本払として確定せるときに生ず例之は[これをたとえば]取締役が旅行の為めに給せらるる金円は之を仮払の名に於て支出せられ其金円を預りたる責任は預りたる日に生ずるも其支途の内容は決算を為したるときに定まるが如し。 故に仮払の場合に於て其仮払たる事実を示し其責任者を明にせる以上は未だ精算確定の日を待たずして直に横領を成立すべきものにあらず。 蓋し[けだし]取締役は会社と取引を為し其金を一時借入るる如きは法の禁ぜざる所にして当然無効のものにあらず。 唯其監査役の承認ある場合に比し取消さるるの弱点あるのみざれば其精算勘定の場合即ち仮払を本払と為す迄に於て或他の新株主を求めて会社の為めに現金を収入し或は自ら之を補填して実質上の株主とならば其責任は自ら解消せらるるものとす。 況んや本件の如く始めより株主総会の決議を以て会社売買の跡始末を被告等に一任したる事実あるに於てをや然るに仮払は被告及其親族のみを以て成れる新株主総合に於て被告等に公然正当に与へられたる金員を以て之を補填し会社（特に旧株主）に何等損失を生ぜしめざりし事実に徴せば原院が仮払金なる文字の意義に付、深く考ふる所なくして不当に事実を認定したる不法ありと云はざるべからずと云ふ[いう]に在れども◎原判決に掲げたる証拠に依れば優に其事実認定の相当なることを認むるに足れり右論旨は要するに原判決の判示に副はざる事実を主張し又事実裁判所たる原院の職権に属する証拠の取捨判断に対し非難を試むるものにして孰れ[いずれ]も理由なし。

各被告弁護人高木益太郎上告趣意書第四点原判決は其事実理由に於て「被告人両名の保管に係る同会社所有金五百九百三十円を……仮払名義の下に擅に[ほしいままに]之を支出し以て之を横領したるものなり。」と説明し上告人徳団郎も亦[また]同金員保管の責にありたるものなる旨を判示せり。 然るに之を証拠理由につきて観るに上告人徳四郎第二回予審調書中の供述として「当時自分は支配人にして出納系を為し居りしにより自分が保管し居る金を以て支払ひたるに相違なきも其実社長も一緒に仕事し居たるにより社長も共に保管し居りたる様の訳なり。 云云」との説明あるのみ同供述中の「社長も共に保管し居りたる様の訳なり。」とは極めて曖昧なる語のみならず金銭の出納に付きては悉く[ことごとく]被告求四郎の手を経へく被告

徳四郎が直接に出張の任にあらざりし事実は求四郎の供述に照して明白なり。 依て原判決は右事実の認定に付き理由不備の違法あるものと謂ふべく破毀を免れずと云ふ[いう]に在れども◎原判決の証拠理由に援用せる各証拠を綜合[そうごう]すれば被告徳四郎も亦[また]其業務上本件会社所有金を保管せし事実を認むるに足れり本論旨は事実裁判所たる原院の職権に属する証拠の綜合[そうごう]判断に対する非難に外ならずして理由なし。

同第五点原判決は土屋求四郎第二回予審調書を援用したり。 仍て[よって]同調書を閲するに其供述を録取し且つ供述人に署名せしめたる紙葉の次に「右読聞けたる所相違なき旨申立署名を。 但印無きに付、捺印せしめず」と印刷したる一葉を存す。 即ち右調書は供述者の供述を録取したる後直に其余白に署名せしめ然る後予め「右調書を読聞かせたる旨」及「印章持参せざるを以て捺印せしめざる旨」印刷しある紙葉を添附したるものにして明に刑事訴訟法第九十五条の方式を履践せざる無効のものなりとす。 果して然らば此無効の調書を罪証に供したる原判決は破毀せらるべきものとすと云ふ[いう]に在れども◎刑事訴訟法第九十五条第百三十一条等に依りて予審刑事は被告若くは証人等の訊問終了の上其供述の相違なきや否やを確むるか為めに之を読聞かせ又被告人には特に相違の有無を問ひたる後に於て之等供述者をして署名捺印せしむべきものなりと雖[いえども]も其形式履行の事実は供述者の署名捺印の次に之を掲ぐるは毫も[ごうも]違法にあらざるのみならず供述者に於て読聞を受けたる旨を記すべきものにあらざれば調書作成者たる書記に於て最後に右の記載を為すを以て相当なりとす。 其署名奈印の次に読聞手続の記載あるを指して読聞前に署名捺印を為さしめたるものと認むるを得ず。 而して[しこうして]此の如き法律上一定せる形式は必す履行せられざるべからざるものなれば其履行を為したる後便宜上之が履行の旨の文言を印刷したる紙葉を用ふると之を筆録するとは毫も[ごうも]其形式に関する効力に軒輊する所なければ被告求四郎第二回予審調書が所論の如き体裁を有するも之を無効なりとするを得ず。 故に之を罪証に供したる原判決に違法の点なく論旨は理由なし。

同第六点原判決原本を閲するに裁判長判事中島正司判事尾佐竹猛の署名あり。 而して[しこうして]其中間には文字に類する墨痕あるも判事の署名と見るべきものあることなし。 即ち右判決原本は刑事訴訟法第二百五条に違反するを以て原判決は此点に於て破毀せらるべきものとすと云ふ[いう]に在れども◎原判決原本中裁判長判事中島正司判事尾佐竹猛の各署名捺印の間に明に判事満田寛一の文字及び満田なる印影を認め得べきを以て原判決原本に所論の如き違法あることなし右満田寛一の署名を以て文字に類する墨痕なりとするは洵に[まことに]謂はれなき非難に外ならず論旨は理由なし。

以上の理由なるに因り被告求四郎の上告は理由なきを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り之を棄却すべく被告徳四郎の上告は理由あるが故に同法第二百八十六条第二百八十七条に依り原判決中同被告に係る部分を破毀し原院認定の事実を法律に照すに被告徳四郎の所為は刑法第二百五十三条第五十五条に該当するを以て同被告を徴役一年に処し押収物件は没収に係らざるを以て刑事訴訟法第二百二条に依り各所有者に還付すべきものとす。 因で主文の如く判決す

検事鈴木宗言干与大正二年十一月四日大審院第一刑事部