大正元年(れ)第二五三二號
大正二年二月二十一日宣告
◎判決要旨
- 一 電信法第三十三條ハ單ニ電報ノ内容カ虚僞ナル場合ニ適用スヘキモノニシテ他人ノ署名ヲ使用シ通信文ヲ頼信紙ニ記入シタルカ如キ場合ニ適用スヘキモノニ非ス
(參照)自己若ハ他人ニ利益ヲ與ヘ又ハ他人ニ損害ヲ加フル目的ヲ以テ虚僞ノ電報ヲ發シタル者ハ一月以上五年以下ノ重禁錮ニ處シ五十圓以下ノ罰金ヲ附加ス」前項ノ場合ニ於テ電信爲替ニ要スヘキ電報ニ係ルトキハ輕懲役ニ處ス」電信事務ニ從事スル者前二項ノ所爲アリタルトキハ本刑ニ一等ヲ加フ(電信法第三十三條)
右文書僞造行使詐欺被告事件ニ付大正元年十二月七日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人山本佐1郎上告趣意書第一點原判決ハ法則ヲ適用セサル不法アリ電信法第三十三條ニ曰ク「自己若クハ他人ニ利益ヲ與ヘ又ハ他人ニ損害ヲ加フル目的ヲ以テ虚僞ノ電報ヲ發シタルモノハ云云」トアリ本件原審認定ノ主要ナル事實ハ「被告ハ小谷彌三郎カ岡米吉ニ對シ定期取引上ノ證據金豫約ノ事實ヲ知悉シ之ヲ利用シテ自己ノ證據金差入義務ヲ免レ以テ小谷彌三郎名義ニ依リ定期取引ヲ爲サントスル目的ヲ以テ同人署名ヲ冒用シテ電報ヲ發シタリ」ト云フニ在リテ明カニ前顯電信法則ノ事實ヲ認定シタルニ拘ハラス之ニ刑法第百五十九條第一項同法第百六十一條第一項同法第二百四十六條ヲ適用シ毫モ電信法ヲ適用セサリシハ明カニ法則ヲ適用セサル不法アルモノト思料ス尤モ假リニ前記認定事實實在セリトスルモ此事實ハ前記刑法條項ニ該當セサルニ非スト雖モ苟クモ特別法タル電信法ニ該當スル所爲ニ對シテハ少クトモ刑法ヲ以テ之ヲ處罰セサル法ノ精神ナリト解セサルヘカラス若シ然ラストセンカ啻ニ普通法特別法ノ適用ニ於ケル優劣ニ關スル大原則ヲ破壞スルノミナラス假リニ本件ノ如キ場合ニ於テ若シ被告カ小谷彌三郎等ニ對シ單ニ損害ヲ加フルノミノ目的ヲ有シタリトセハ終ニ刑法第二百四十六條ヲ適用スル能ハサルコトトナリ法ノ適用上彼是權衡ヲ失フ如キ奇觀ヲ見ルニ至ル之ヲ要スルニ原審認定ノ事實ニ對シテハ須ク電信法第三十三條ヲ適用セサルヘカラサルナリト云フニ在レトモ◎電信法第三十三條ハ單ニ電報ノ内容カ虚僞ナル場合ニ適用スヘキモノニシテ他人ノ署名ヲ使用シ通信文ヲ頼信紙ニ記入シタル本件ノ如キ場合ニ適用スヘキモノニ非サルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第二點原判決ハ其理由齟齬アリ不備ノモノト思料ス原判決理由ハ被告ハ小谷彌三郎カ岡米吉ニ豫納ノ證據金ヲ利用シ以テ被告自身證據金ノ差入ヲ爲スコトナク定期米ノ賣建ヲ爲シタリト斷定シアルニ其援用セラレタル證據ニ依レハ其一面ニ於テ云云「伊賀元次郎ニ對スル司法警察官作成聽取書中ニ私ハ米穀仲買業岡米吉ノ店員ニシテ主人不在ノ際ハ私カ代理シテ居レリ云云小谷彌三郎トハ取引ヲ致シテ居リ小谷ヨリハ常ニ一千圓位ノ證據金ヲ預リ居レラ然ルニ本年六月二十八日午前八時三十分前ナリシカ小谷名義ノ電報到着セシニ付開封シタルニ寄リ即チ一節ニ五百石二節ニ五百石ノ賣建注文ナリシニ付前ニ申上ケタル通リ主人ト小谷トハ常ニ取引ヲ爲シ居リ殊ニ證據金モ約一千圓位アルコト故早速證據金八百圓ヲ添ヘ取引所ヘ出シ彌三郎ニ對シテハ一節ハ二十圓六十七錢二節ハ二十圓七十錢ニテ各五百石賣整セシ旨通知云云ノ供述記載」其他之ト同趣旨ノ供述記載ヲ引用シ以テ(一)被告カ小谷ノ岡ニ對スル證據金豫納ノ事實ヲ知悉セシコト(二)故ニ被告ニ於テ此豫納證據金ヲ自己ノ取引證據金ニ充當利用セントシタルコト(三)被告カ自己ノ出捐ニ係ル證據金ヲ差入レサラントセシコト等ノ事實ヲ立證説明スルト同時ニ他ノ一面ニ於テ「檢第一號證ノ通信文欄ヨリ五〇〇三セツ五〇〇ウリカネスクオクル」トアルヲ援用シ前記同一事實ノ説明ニ供セラレアリ然ルニ前者ハ何レモ明カニ被告カ既納證據金ノ實在ヲ知リ之ヲ利用セントシ又ハ利用シタルコトヲ説明スルニ反シ後者ハ「カネスクオクル」トアリテ即チ電報ノ後ニ遲滯ナク證據金ヲ送付スヘキ旨ヲ通告セラレタルニ止マリ毫モ豫納證據金ヲ利用セントシタル形跡ナキコトヲ説明シテ餘リアリ元來本件ノ犯罪ノ主タル部分ハ豫納證據金ヲ利用シタルヤ否ヤノ爭點ニ對シ原審ハ之ヲ積極的ニ認定セラレタルモノナルト同時ニ被告ノ行爲ハ檢第一號證ニ於テノミ直接ニ證明又ハ實現セラレタルモノトス故ニ豫納證據金ノ利用ト正反對ナル檢第一號證ニ關スル通信行爲カ本件認定事實ヲ惹起シタリトスルニハ具體的ニ連絡アル説明ナカラサルヘカラサルニ原判決ハ之ヲ爲サス唯漫然證據ヲ列擧シ説明ニ援用シタルニ止マルノミナラス反テ全然相背馳スル證據ヲ同一事實認定ノ資料ト爲シ且ツ之ヲ説明ニ代用セラレタルハ所謂判決理由ニ不備齟齬アルモノト信スト云フニ在レトモ◎原院ハ其判文列擧ノ證據ヲ綜合シテ所論ノ事實ヲ認定シタルモノニシテ檢一號證通信文ノ「カネスクオクル」トアル部分ハ原院ノ重キヲ置キタルモノニ非サルコト判文ノ全趣旨ニ徴シ自ラ明カナレハ之アルカ爲メ原判決ニ相互牴觸セル證據ヲ引用シタル事跡アリト爲スヲ得ス
從テ原判決ハ其理由ニ於テ毫モ所論ノ如キ不備齟齬ノ點アルコトナシ
第五點原判決ハ法則ヲ不當ニ適用シタル違法アリ原判決ハ被告ハ小谷彌三郎カ岡米吉ニ對スル豫納證據金利用ヲ認定シ之ニ刑法第二百四十六條ヲ適用セラレタルカ如シト雖モ是同法條ヲ不當ニ適用セラレタルモノト思料ス抑モ刑法第二百四十六條ノ犯罪行爲タルヤ犯人ニ於テ財物ヲ騙取スルカ(第一項)
又ハ財産上ノ不法利益ヲ得若クハ他人ヲシテ之ヲ得セシム(第二項)ルコトヲ要シ從テ行爲自體カ騙取又ハ利得ノ可能性性質ノモノタラサルヘカラサルハ自明ノ理ナリ原審ハ本件事實ニ對シ右第一、二項中其何レヲ適用セラレタルモノナルヤハ一見明瞭ナラサルカ如シト雖モ判決全部ヲ通覽スルニ結局其第二項前段ノ規定ニ該當セルモノト斷定セラレタルモノナルコトハ推測スルニ難カラス之ヲ詳言セハ原審ハ被告ハ自己カ證據金ヲ差入ルルコトナクシテ定期取引ヲ爲シタリト爲シ此證據金不提供ヲ以テ被告カ消極的ニ財産上不法ノ利益ヲ得タルモノト認メラレタルニ外ナラサルヘシ果シテ然ラハ原判決ハ一面ニ於テ財産上ノ利益ト其他ノ利益トヲ混淆シ他ノ一面ニ於テ利得不可能ノ事實ヲ積極的ニ可能ト認定セラレタル違法アルカ如シ蓋シ證據金不提供ニ因ル定期取引ヲ以テ消極的財産上ノ利得ト爲サンニハ其前提トシテ該取引カ自己ノモノトシテ主張シ得ヘキ外觀ヲ供ヘタルモノナラサルヘカラサル(少クトモ墮人ノ代理人トシテ)ハ條理上當然ノコトニ屬ス何者其取引ニシテ元來自己カ當事者トシテ若クハ代理人トシテモ何等ノ主張即チ利益金ノ請求ノ如キヲ爲シ得サル底ノモノナランニハ最初ヨリ絶對ニ利得云云ノ問題ヲ生スル餘地ナク反言セハ如斯取引ヲ爲シタル者ハ他人ヲ錯誤ニ陷レシメ以テ單ニ取引ヲ爲シ得タリトスルニ過キスシテ民事問題トシテモ刑事問題トシテモ全ク無意味ノ行爲ニ終ル(電信法ノ如キ特別法問題ハ暫ク之ヲ措キ)ヘシ飜テ本件ノ事實ヲ按スルニ原審ハ前屡々反覆スルカ如ク被告ハ他人ノ證據金ヲ不法ニ利用シ自己ノ取引ヲ爲シタリト認定セラルレトモ其所謂自己ノ取引ナルモノハ全ク語ヲ爲サス假リニ歩ヲ讓リ被告カ自己ノ爲メニ本件取引ヲ爲シ得タリトスルモ之ヲ以テ同人カ財産上ノ利益ヲ得タリト爲スハ餘リノ沒常識ナリ畢竟被告ハ自朱カ利害ノ外ニ在リテ定期取引ヲ爲サントスル精神上ノ滿足ヲ得タリト爲スノ外ナシ若シ夫レ被告ニ於テ他人ニ損益ヲ與ヘン爲メ本件ノ行爲ヲ爲シタリトノ原審認定ナリシナランニハ前所論ハ自ラ變更セラルヘキモ原審ノ如ク被告ノ意思利得ニアリトセラルル以上ハ即チ上述ノ不法アルモノト思料セラルト云フニ在レトモ◎原院判示ノ事實ニ依レハ被告ハ自己ノ爲メニスル意思ヲ以テ他人カ仲買人ニ對シ預託シタル證據金ヲ利用シ賣建注文ヲ發シタルモノニシテ即チ自己ノ計算ニ於テスル證據金ノ支拂ヲ不法ニ免レタルモノニ外ナラサルカ故ニ原院カ之ヲ刑法第二百四十六條ニ問擬シタルハ相當ニシテ論旨ハ理由ナシ
辯護人關直彦、富田富治郎上告趣意書第一點原審ハ判決ニ於テ被告ノ本犯動機ヲ説明スルニ當リ被告ハ小谷彌三郎カ岡米吉ト取引關係アリテ米吉ニ對シ彌三郎ヨリ證據金ノ豫納アルヲ知ル所ヨリ自己ノ證據金ノ差入ヲ爲スコトナク彌三郎名義ヲ利用シテ定期米ノ賣建ヲ爲サンコトヲ企テ云云ト判示スルモ原審カ判決ニ於テ採證シタル被告ニ對スル檢事ノ聽取書小谷彌三郎及伊賀元次郎ニ對スル司法警察官ノ聽取書中被告カ前記彌三郎ノ豫納證據金ヲ自己ノ賣建米ニ利用セント欲スル意思毫末モ之ヲ認ムルコト能ハサルヲ以テ結局原審ハ虚僞ノ證據ヲ基礎トシテ斷罪ノ材料ト爲シタルモノナリトス或ハ犯罪事實ト犯罪ノ動機トヲ區別シ前者ニ付テハ之カ證據ヲ要スルモ後者ニ對シテハ犯罪事實ニアラストシテ其認定シタル證據ヲ擧示スルヲ要セストノ所論アルカ如シ然レトモ本犯ノ如ク原審カ文書僞造ト其行使及ヒ詐欺トノ間ニ刑法第五十四條ヲ適用シ其間手段結果ノ連續ヲ認メタル以上ハ原審カ認メテ連續ノ基礎ト爲シタルハ要スルニ被告ノ本犯動機ニ存スヘク斯ク被告ノ犯行動機カ本犯手段結果ノ連結材料ト爲ルニ於テハ單純ナル犯罪ノ動機トシテ法律上取扱フヘキニアラスシテ手段結果ノ連續的觀察アリテ一ノ犯罪事實ヲ構成スルモノト云ハサルヘカラス然ラハ原審カ被告ノ本犯敢行ノ動機ニ對シ證據ヲ擧示セサルハ虚無ノ證據ヲ以テ犯罪ヲ斷シタルヤ明カニシテ刑事訴訟法第二百三條ニ違背シタル裁判ナリトスト云フニ在レトモ◎犯罪ノ動機ハ罪ト爲ルヘキ事實ニアラサルヲ以テ假令本件ノ如ク手段結果ノ關係アル犯罪ヲ連結スル有力ナル事實資料タルヘキモノトスルモ刑事訴訟法ノ規定ニ從ヒ之ヲ認メタル證據ヲ判示スルノ要ナシ然ラハ原判決カ此點ニ於テ證據説示ヲ缺キタレハトテ所論ノ如キ不法ナリト爲スヲ得ス
第二點原審カ本犯ヲ斷スルヤ其證據トシテ伊賀元次郎小谷彌三郎ニ對スル司法警察官ノ聽取書ヲ併セテ之ヲ採用セリ然レトモ飜テ公判始末書ヲ閲スルニ右彌三郎元次郎ニ對スル警察官ノ聽取書ナルモノハ之ヲ讀聞ケタル記載ナシ抑モ警察署ナルモノト司法警察官トハ全然法律上其性質觀念ヲ異ニシ之ヲ同一ニ論下スルヲ得サルヲ以テ警察署ノ聽取書ハ以テ司法警察官ノ聽取書ト稱スヘカラス然ラハ原審カ採證シタル司法警察官ノ聽取書ハ畢竟公判ニ於テ讀聞ケサル聽取書ヲ採テ斷罪ノ材料ト爲シタルモノナルニ依リ法律ニ違背シタル裁判ナリト云ハサルヘカラスト云フニ在レトモ◎警察署ハ司法警察官モ執務スヘキ官廳ニ外ナラサルヲ以テ所論警察署ノ聽取書トアルハ同廳ニ於テ同法警察官ノ作成セル聽取書ヲ指シタルモノナルコト自ラ明カナルノミナラス如上聽取書ハ何レモ之ヲ被告ニ示シ辯解ヲ求メアルコト記録上明白ナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第三點原審ノ確定シタル事實ニ依レハ被告ハ明治四十五年六月二十八日小谷彌三郎ノ署名ヲ冒用シテ同人ヲ發信人ト爲シ岡米吉ニ宛テ同日第一訂銑移二節各五百石ノ賣建注文ヲ爲ス旨電報頼信紙ニ認メ之ヲ和歌山郵便局ニ差出シ以テ同局ヲシテ打電セシメ岡米吉ヲ錯誤ニ陷ラシメタル結果云云ト判示シ當該事實ニ法律ヲ適用スルニ當リ原審ハ之ヲ文書僞造文書行使罪ト爲造ニ付テハ刑法第百五十九條
第一項行使ノ所爲ニ付テハ同法第百六十一條第一項同第百五十九條第一項ヲ採用シタリ然レトモ凡ソ僞造文書行使ノ所爲ヲ處罰スル所以ノモノハ僞造文書ヲ行使セラルルニ因テ行使セラルヘキ相手方カ之ヲ眞正ニ文書ト誤認スルノ危險アルカ爲メニ外ナラス從テ行使セラルヘキ相手方ハ犯人カ僞造文書ヲ眞正ノ文書ナリトシテ欺罔セント欲シタルヲ指稱シ本件ニ付テ之ヲ觀察スレハ岡米吉カ即チ本件僞造文書行使ノ相手方ナリト云フヘシ然ルニ原審ノ確定シタル事實ヲ讀下スルトキハ其行使セラレタル相手方ハ和歌山郵便局ナルカ或ハ岡米吉ナルカ判文上明瞭ヲ缺ク嫌アリテ假リニ之ヲ岡米岸ナリト假定スルモ被告カ僞造シタル頼信紙ハ郵便局ニ存シ米吉ニ交付セラレタル文書ハ郵便局公務員カ其職務ニ於テ作成シタル電報受信紙ナルカ故ニ前ノ僞造文書ト全ク別異ノ文書ナリトス從テ岡米吉ニ對シテハ前記僞造文書カ行使セラレタリト云フヲ得ス反之若シ行使ノ相手方カ和歌山郵便局ナリトセンカ被告カ僞造文書ヲ行使セント欲シタル被欺罔者ハ岡米吉ナレハ文書ノ作成名義カ眞正ナルト將タ不眞正ナルト何等關係ナキ和歌山郵便局ヲ目シテ右僞造文書行使ノ相手方ト認定シタル原審ノ措置ハ極メテ秩當ナリト謂ハサルヘカラス故ニ右判示事實ニ對シテハ刑法第百六十一條第一項第百五十九條ヲ適用スヘキモノニアラサルニ不拘原審ニ於テ當該法條ヲ問擬シタルハ法則ノ適用ヲ誤リタルモノトス假リニ之ヲ罪ト認ムヘキモノトスルモ斯ル場合ハ文書僞造ト相竢テ電信法第三十三條ノ支配スヘキ範圍ニ屬シ刑法ノ干渉スル所ニアラスト信スト云フニ在レトモ◎原判示ハ被告カ小谷彌三郎ノ署名ヲ冒用シ電報頼信紙ヲ遷造シ和歌山郵便局ニ提出行使シタル事實ヲ認メタルモノニ外ナラスシテ局員ハ其依頼ノ趣旨ニ從ヒ發信ノ取扱ヲ爲シタルモノナルコト明カナレハ右判示ハ相當ナル耳ナラス判示ノ事實ニ對シテハ電信法第三十三條ヲ適用スヘキモノニ非サルコト山本辯護人上告趣意書第一點ニ就テ説明シタル如クナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ
第四點更ニ原審ハ被告タル文書僞造僞造文書行使ノ爲メ岡米吉ハ錯誤ニ陷リ遂ニ同人ヲシテ豫テ小谷彌三郎ヨリ預託セラレアル證據金ノ内八百圓ヲ大阪堂島米穀取引所ニ差入レシメ小谷名義ニ依リ賣建契約ヲ爲シタルモノト事實ヲ判定シ刑法第二百四十六條ヲ適用シタリ然レトモ原審ノ確定シタル事實ノ如ク岡米吉カ錯誤ノ結果彌三郎ヨリ預リ居リシ證據金ヲ右取引所ニ納入シタリトスルモ該證據金ノ納入ハ結局小谷彌三郎ノ爲メ定期米賣建ニ供用シタルモノナレハ岡米岸ノ計算ニ於テハ證據金ノ納入ハ小谷彌三郎トノ關係ニ止マリ被告ハ何等之カ爲メ利益ヲ受ケタルモノト云フヲ得ス何ントナレハ右彌三郎ノ米吉ニ預託シアル證據金ハ被告名義ニ振替ヘラレタルコトナク又被告名義ノ賣建ニ供用セラレタル事實ナケレハナリ故ニ被告カ右彌三郎名義ヲ冒用シテ定期米賣建委託ヲ爲シタル結果後ニ至リ相場ノ昂騰ニ因リ或ハ彌三郎米吉ヲシテ不法ノ損害ヲ生セシムル虞アリト謂ヒ得ヘキモ積極的ニ被告カ利益ヲ得タルモノトハ認ムルヲ得ス然ルニ原審カ之ヲ同シク詐欺ノ所爲ト認定シ刑法第二百四十六條ヲ適用シタルハ不當ニ法則ヲ適用シタルモノナリト信スト云フニ在レトモ◎右ハ山本辯護人上告趣意書第三點ト論旨ヲ同ウシ其理由ナキコトハ既ニ説示セル如クナルヲ以テ就テ知了スヘシ
以上説明ノ如クニシテ本件上告ハ理由ナキヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事板倉松太郎干與大正二年二月二十一日大審院第一刑事部
大正元年(レ)第二五三二号
大正二年二月二十一日宣告
◎判決要旨
- 一 電信法第三十三条は単に電報の内容が虚偽なる場合に適用すべきものにして他人の署名を使用し通信文を頼信紙に記入したるが如き場合に適用すべきものに非ず
(参照)自己若は他人に利益を与へ又は他人に損害を加ふる目的を以て虚偽の電報を発したる者は一月以上五年以下の重禁錮に処し五十円以下の罰金を附加す」前項の場合に於て電信為替に要すべき電報に係るときは軽懲役に処す」電信事務に従事する者前二項の所為ありたるときは本刑に一等を加ふ(電信法第三十三条)
右文書偽造行使詐欺被告事件に付、大正元年十二月七日大坂控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
弁護人山本佐1郎上告趣意書第一点原判決は法則を適用せざる不法あり。
電信法第三十三条に曰く「自己若くは他人に利益を与へ又は他人に損害を加ふる目的を以て虚偽の電報を発したるものは云云」とあり本件原審認定の主要なる事実は「被告は小谷弥三郎が岡米吉に対し定期取引上の証拠金予約の事実を知悉し之を利用して自己の証拠金差入義務を免れ以て小谷弥三郎名義に依り定期取引を為さんとする目的を以て同人署名を冒用して電報を発したり。」と云ふに在りて明かに前顕電信法則の事実を認定したるに拘はらず之に刑法第百五十九条第一項同法第百六十一条第一項同法第二百四十六条を適用し毫も電信法を適用せざりしは明かに法則を適用せざる不法あるものと思料す尤も仮りに前記認定事実実在せりとするも此事実は前記刑法条項に該当せざるに非ずと雖も苟くも特別法たる電信法に該当する所為に対しては少くとも刑法を以て之を処罰せざる法の精神なりと解せざるべからず。
若し然らずとせんか啻に普通法特別法の適用に於ける優劣に関する大原則を破壊するのみならず仮りに本件の如き場合に於て若し被告が小谷弥三郎等に対し単に損害を加ふるのみの目的を有したりとせば終に刑法第二百四十六条を適用する能はざることとなり法の適用上彼是権衡を失ふ。
如き奇観を見るに至る之を要するに原審認定の事実に対しては須く電信法第三十三条を適用せざるべからざるなりと云ふに在れども◎電信法第三十三条は単に電報の内容が虚偽なる場合に適用すべきものにして他人の署名を使用し通信文を頼信紙に記入したる本件の如き場合に適用すべきものに非ざるを以て本論旨は理由なし。
第二点原判決は其理由齟齬あり不備のものと思料す原判決理由は被告は小谷弥三郎が岡米吉に予納の証拠金を利用し以て被告自身証拠金の差入を為すことなく定期米の売建を為したりと断定しあるに其援用せられたる証拠に依れば其一面に於て云云「伊賀元次郎に対する司法警察官作成聴取書中に私は米穀仲買業岡米吉の店員にして主人不在の際は私が代理して居れり。
云云小谷弥三郎とは取引を致して居り小谷よりは常に一千円位の証拠金を預り居れら然るに本年六月二十八日午前八時三十分前なりしか小谷名義の電報到着せしに付、開封したるに寄り。
即ち一節に五百石二節に五百石の売建注文なりしに付、前に申上けたる通り主人と小谷とは常に取引を為し居り殊に証拠金も約一千円位あること故早速証拠金八百円を添へ取引所へ出し弥三郎に対しては一節は二十円六十七銭二節は二十円七十銭にて各五百石売整せし旨通知云云の供述記載」其他之と同趣旨の供述記載を引用し以て(一)被告が小谷の岡に対する証拠金予納の事実を知悉せしこと(二)故に被告に於て此予納証拠金を自己の取引証拠金に充当利用せんとしたること(三)被告が自己の出捐に係る証拠金を差入れさらんとせしこと等の事実を立証説明すると同時に他の一面に於て「検第一号証の通信文欄より五〇〇三せつ五〇〇うりかねずくおくる」とあるを援用し前記同一事実の説明に供せられあり。
然るに前者は何れも明かに被告が既納証拠金の実在を知り之を利用せんとし又は利用したることを説明するに反し後者は「かねずくおくる」とありて、即ち電報の後に遅滞なく証拠金を送付すべき旨を通告せられたるに止まり毫も予納証拠金を利用せんとしたる形跡なきことを説明して余りあり元来本件の犯罪の主たる部分は予納証拠金を利用したるや否やの争点に対し原審は之を積極的に認定せられたるものなると同時に被告の行為は検第一号証に於てのみ直接に証明又は実現せられたるものとす。
故に予納証拠金の利用と正反対なる検第一号証に関する通信行為が本件認定事実を惹起したりとするには具体的に連絡ある説明ながらざるべからざるに原判決は之を為さず唯漫然証拠を列挙し説明に援用したるに止まるのみならず反で全然相背馳する証拠を同一事実認定の資料と為し且つ之を説明に代用せられたるは所謂判決理由に不備齟齬あるものと信ずと云ふに在れども◎原院は其判文列挙の証拠を綜合して所論の事実を認定したるものにして検一号証通信文の「かねずくおくる」とある部分は原院の重きを置きたるものに非ざること判文の全趣旨に徴し自ら明かなれば之あるか為め原判決に相互牴触せる証拠を引用したる事跡ありと為すを得ず。
従て原判決は其理由に於て毫も所論の如き不備齟齬の点あることなし
第五点原判決は法則を不当に適用したる違法あり。
原判決は被告は小谷弥三郎が岡米吉に対する予納証拠金利用を認定し之に刑法第二百四十六条を適用せられたるが如しと雖も是同法条を不当に適用せられたるものと思料す。
抑も刑法第二百四十六条の犯罪行為たるや犯人に於て財物を騙取するか(第一項)
又は財産上の不法利益を得若くは他人をして之を得せしむ(第二項)ることを要し。
従て行為自体が騙取又は利得の可能性性質のものたらざるべからざるは自明の理なり。
原審は本件事実に対し右第一、二項中其何れを適用せられたるものなるやは一見明瞭ならざるが如しと雖も判決全部を通覧するに結局其第二項前段の規定に該当せるものと断定せられたるものなることは推測するに難からず。
之を詳言せば原審は被告は自己が証拠金を差入るることなくして定期取引を為したりと為し此証拠金不提供を以て被告が消極的に財産上不法の利益を得たるものと認められたるに外ならざるべし果して然らば原判決は一面に於て財産上の利益と其他の利益とを混淆し他の一面に於て利得不可能の事実を積極的に可能と認定せられたる違法あるが如し。
蓋し証拠金不提供に因る定期取引を以て消極的財産上の利得と為さんには其前提として該取引が自己のものとして主張し得べき外観を供へたるものならざるべからざる(少くとも堕人の代理人として)は条理上当然のことに属す何者其取引にして元来自己が当事者として若くは代理人としても何等の主張即ち利益金の請求の如きを為し得ざる底のものならんには最初より絶対に利得云云の問題を生ずる余地なく反言せば如斯取引を為したる者は他人を錯誤に陥れしめ以て単に取引を為し得たりとするに過ぎずして民事問題としても刑事問題としても全く無意味の行為に終る(電信法の如き特別法問題は暫く之を措き)へし翻で本件の事実を按ずるに原審は前屡屡反覆するが如く被告は他人の証拠金を不法に利用し自己の取引を為したりと認定せらるれども其所謂自己の取引なるものは全く語を為さず仮りに歩を譲り被告が自己の為めに本件取引を為し得たりとするも之を以て同人が財産上の利益を得たりと為すは余りの没常識なり。
畢竟被告は自朱が利害の外に在りて定期取引を為さんとする精神上の満足を得たりと為すの外なし。
若し夫れ被告に於て他人に損益を与へん為め本件の行為を為したりとの原審認定なりしならんには前所論は自ら変更せらるべきも原審の如く被告の意思利得にありとせらるる以上は。
即ち上述の不法あるものと思料せらると云ふに在れども◎原院判示の事実に依れば被告は自己の為めにする意思を以て他人が仲買人に対し預託したる証拠金を利用し売建注文を発したるものにして、即ち自己の計算に於てずる証拠金の支払を不法に免れたるものに外ならざるが故に原院が之を刑法第二百四十六条に問擬したるは相当にして論旨は理由なし。
弁護人関直彦、富田富次郎上告趣意書第一点原審は判決に於て被告の本犯動機を説明するに当り被告は小谷弥三郎が岡米吉と取引関係ありて米吉に対し弥三郎より証拠金の予納あるを知る所より自己の証拠金の差入を為すことなく弥三郎名義を利用して定期米の売建を為さんことを企で云云と判示するも原審が判決に於て採証したる被告に対する検事の聴取書小谷弥三郎及伊賀元次郎に対する司法警察官の聴取書中被告が前記弥三郎の予納証拠金を自己の売建米に利用せんと欲する意思毫末も之を認むること能はざるを以て結局原審は虚偽の証拠を基礎として断罪の材料と為したるものなりとす。
或は犯罪事実と犯罪の動機とを区別し前者に付ては之が証拠を要するも後者に対しては犯罪事実にあらずとして其認定したる証拠を挙示するを要せずとの所論あるが如し。
然れども本犯の如く原審が文書偽造と其行使及び詐欺との間に刑法第五十四条を適用し其間手段結果の連続を認めたる以上は原審が認めて連続の基礎と為したるは要するに被告の本犯動機に存すべく斯く被告の犯行動機が本犯手段結果の連結材料と為るに於ては単純なる犯罪の動機として法律上取扱ふべきにあらずして手段結果の連続的観察ありて一の犯罪事実を構成するものと云はざるべからず。
然らば原審が被告の本犯敢行の動機に対し証拠を挙示せざるは虚無の証拠を以て犯罪を断したるや明かにして刑事訴訟法第二百三条に違背したる裁判なりとすと云ふに在れども◎犯罪の動機は罪と為るべき事実にあらざるを以て仮令本件の如く手段結果の関係ある犯罪を連結する有力なる事実資料たるべきものとするも刑事訴訟法の規定に従ひ之を認めたる証拠を判示するの要なし。
然らば原判決が此点に於て証拠説示を欠きたればとて所論の如き不法なりと為すを得ず。
第二点原審が本犯を断するや其証拠として伊賀元次郎小谷弥三郎に対する司法警察官の聴取書を併せて之を採用せり。
然れども翻で公判始末書を閲するに右弥三郎元次郎に対する警察官の聴取書なるものは之を読聞けたる記載なし。
抑も警察署なるものと司法警察官とは全然法律上其性質観念を異にし之を同一に論下するを得ざるを以て警察署の聴取書は以て司法警察官の聴取書と称すべからず。
然らば原審が採証したる司法警察官の聴取書は畢竟公判に於て読聞けざる聴取書を採で断罪の材料と為したるものなるに依り法律に違背したる裁判なりと云はざるべからずと云ふに在れども◎警察署は司法警察官も執務すべき官庁に外ならざるを以て所論警察署の聴取書とあるは同庁に於て同法警察官の作成せる聴取書を指したるものなること自ら明かなるのみならず如上聴取書は何れも之を被告に示し弁解を求めあること記録上明白なるを以て本論旨は理由なし。
第三点原審の確定したる事実に依れば被告は明治四十五年六月二十八日小谷弥三郎の署名を冒用して同人を発信人と為し岡米吉に宛で同日第一訂銑移二節各五百石の売建注文を為す旨電報頼信紙に認め之を和歌山郵便局に差出し以て同局をして打電せしめ岡米吉を錯誤に陥らしめたる結果云云と判示し当該事実に法律を適用するに当り原審は之を文書偽造文書行使罪と為造に付ては刑法第百五十九条
第一項行使の所為に付ては同法第百六十一条第一項同第百五十九条第一項を採用したり。
然れども凡そ偽造文書行使の所為を処罰する所以のものは偽造文書を行使せらるるに因で行使せらるべき相手方が之を真正に文書と誤認するの危険あるか為めに外ならず。
従て行使せらるべき相手方は犯人が偽造文書を真正の文書なりとして欺罔せんと欲したるを指称し本件に付て之を観察すれば岡米吉が。
即ち本件偽造文書行使の相手方なりと云ふべし。
然るに原審の確定したる事実を読下するときは其行使せられたる相手方は和歌山郵便局なるか或は岡米吉なるか判文上明瞭を欠く嫌ありて仮りに之を岡米岸なりと仮定するも被告が偽造したる頼信紙は郵便局に存し米吉に交付せられたる文書は郵便局公務員が其職務に於て作成したる電報受信紙なるが故に前の偽造文書と全く別異の文書なりとす。
従て岡米吉に対しては前記偽造文書が行使せられたりと云ふを得ず。
反之若し行使の相手方が和歌山郵便局なりとせんか被告が偽造文書を行使せんと欲したる被欺罔者は岡米吉なれば文書の作成名義が真正なると将た不真正なると何等関係なき和歌山郵便局を目して右偽造文書行使の相手方と認定したる原審の措置は極めて秩当なりと謂はざるべからず。
故に右判示事実に対しては刑法第百六十一条第一項第百五十九条を適用すべきものにあらざるに不拘原審に於て当該法条を問擬したるは法則の適用を誤りたるものとす。
仮りに之を罪と認むべきものとするも斯る場合は文書偽造と相竢で電信法第三十三条の支配すべき範囲に属し刑法の干渉する所にあらずと信ずと云ふに在れども◎原判示は被告が小谷弥三郎の署名を冒用し電報頼信紙を遷造し和歌山郵便局に提出行使したる事実を認めたるものに外ならずして局員は其依頼の趣旨に従ひ発信の取扱を為したるものなること明かなれば右判示は相当なる耳ならず判示の事実に対しては電信法第三十三条を適用すべきものに非ざること山本弁護人上告趣意書第一点に就て説明したる如くなるを以て本論旨は理由なし。
第四点更に原審は被告たる文書偽造偽造文書行使の為め岡米吉は錯誤に陥り遂に同人をして予で小谷弥三郎より預託せられある証拠金の内八百円を大坂堂島米穀取引所に差入れしめ小谷名義に依り売建契約を為したるものと事実を判定し刑法第二百四十六条を適用したり。
然れども原審の確定したる事実の如く岡米吉が錯誤の結果弥三郎より預り居りし証拠金を右取引所に納入したりとするも該証拠金の納入は結局小谷弥三郎の為め定期米売建に供用したるものなれば岡米岸の計算に於ては証拠金の納入は小谷弥三郎との関係に止まり被告は何等之が為め利益を受けたるものと云ふを得ず。
何んとなれば右弥三郎の米吉に預託しある証拠金は被告名義に振替へられたることなく又被告名義の売建に供用せられたる事実なければなり。
故に被告が右弥三郎名義を冒用して定期米売建委託を為したる結果後に至り相場の昂騰に因り或は弥三郎米吉をして不法の損害を生ぜしむる虞ありと謂ひ得べきも積極的に被告が利益を得たるものとは認むるを得ず。
然るに原審が之を同じく詐欺の所為と認定し刑法第二百四十六条を適用したるは不当に法則を適用したるものなりと信ずと云ふに在れども◎右は山本弁護人上告趣意書第三点と論旨を同うし其理由なきことは既に説示せる如くなるを以て就て知了すべし。
以上説明の如くにして本件上告は理由なきを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事板倉松太郎干与大正二年二月二十一日大審院第一刑事部