傷害致死ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）18輯1459頁
大正元年（れ）第二〇〇一號
大正元年十一月二十八日宣告
◎判決要旨
- 一 刑法第二百五條第二項ハ第一項ノ犯罪事實ヲ承ケタル法文ナルヲ以テ第二項ヲ適用スルニ於テハ第一項ヲ適用スルノ要アルコトナシ
（參照）身體傷害ニ因リ人ヲ死ニ致シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ處ス」自己又ハ配偶者ノ直系尊屬ニ對シテ犯シタルトキハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ處ス（刑法第二＄百五條）
第一審 京都地方裁判所
第二審 大阪控訴院
右傷害致死被告事件ニ付大正元年九月二十四日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人法學博士花井卓藏辯護人森田茂上告趣意書第一點判決ハ「モトハ之カ爲メ同創口ヨリ化膿菌侵入シ蜂窼織炎ヲ惹起シ同月十六日遂ニ死亡シタルモノナリ」ト判示シ被告ノモトニ負ハシメタル創口ヨリ化膿菌侵入シタル何等ノ證據ヲ説明セス乃チ原判決ハ爰點ニ於テ理由不備ノ不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎原判決ニハ葛西明ノ豫審調書中「創ヨリハ稍々化膿ニ傾キカケタル液ヲ分泌シ云云要スルニ負傷カ原因ニテ化膿シ始メ頭部蜂窼織炎ヲ惹起シタルモノト診斷シ」云云トアル部分ヲ援用シアリテ創口ヨリ化膿菌ノ侵入シタル事實ヲ證明スルニ餘リアレハ本論旨ハ理由ナシ
第二點傷害致死ノ場合ニ於テハ傷害ハ致死ノ直接ノ原因ヲ爲シタル事實ヲ必要ト爲ス原判決ハモトハ被告ノ負ハシメタル創傷ヨリ化膿菌侵入シタル爲メ蜂窼織炎ヲ惹起シテ死亡シタルモノト認定シモトノ死ハ被告ノ負ハシメタル創傷ノ爲メニ非ス其創傷ヨリ化膿菌侵入シタル爲メナル事實ヲ明カニシナカラ被告ニ傷害致死ノ刑責ヲ負ハシメタルハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎然レトモ原判決ニ認ムル如ク化膿菌ノ侵入カ創傷ニ基因スル以上ハ創傷ヲ以テ直チニ死亡ノ原因ト爲スハ失當ニアラス故ニ原院カ被告ノ行爲ヲ以テ傷害致死ニ問擬シタルハ正當ニシテ本論旨モ亦理由ナシ
第三點原判決ハ被告ハ原院法廷ニ於テ「母モトカ飯杓子ヲ自分ヨリ奪取リ毆打スルヨリ之ヲ取還サント掴合フ機ミテ母ノ頭部ニ傷カ出來云云」ノ供述ヲ爲シタルモノト説明セリ依テ原院公判始末書ヲ閲スルニ「互ニ爭フ柏子ニ母ハ其場ニ倒レテ傍ニアリタル木ニテ其頭部ヲ打チタル爲メ云云」ノ供述セラレモトノ創傷ハ被告ノ負ハシメタルニ非スモト自身ノ行爲ニ因リテ生シタルモノナルコトヲ明カニシ原判決ノ説示ト其趣旨ヲ異ニス乃チ原判決ハ爰點ニ於テ採證ノ法則ニ背反スル不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎原判文ニ「取還サント掴合フ機ニ母ノ頭部ニ傷カ出來」トアルハ母モトノ創傷ハ被告ノ行爲ニ因リ生シタルニアラス母自ラ傷キタル意義ニ歸シ得ラレ二者其趣旨ヲ異ニスルモノト云フヲ得サレハ本論旨モ亦上告ノ理由ト爲スニ足ラス
第四點刑法第二百五條第二項ハ直系尊屬ニ對シテ傷害致死罪ヲ犯シタル場合ニ於ケル刑ノ加重ヲ規定シタルニ過キサルヲ以テ傷害致死ノ場合ニ於テハ其根本規定タル同條第一項ヲ適用セサルヘカラス原判決ハ被告ハ實母モトヲ傷害死ニ致シタルモノト認定シナカラ單ニ同條第二項ヲ適用スルニ止マルハ擬律錯誤ノ不法アリト云フニ在レトモ◎刑法第二百五條第二項ハ第一項ノ犯罪事實ヲ承ケタル法文ナルヲ以テ第二項ヲ適用スルニ於テハ第一項ヲ適用スルノ要アルコトナシ故ニ本論旨モ亦理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事矢野茂干與大正元年十一月二十八日大審院第二刑事部
