詐欺及文書僞造行使等ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）18輯1119頁

原判決中被告藤三郎に関する有罪の部分を破毀す

被告藤三郎を懲役一年に処す

押収物件は各差出人に還付す

公訴裁判費用中証人高森柳太鑑定人今泉宗一に支給したる分（助手に支給したる分を含む。 ）合計金

三十二円七十二銭の二分の一及証人津田栄次郎外谷兵庫服部順次郎竹村兵太郎北村新次郎参考人藤

原忠次郎に支給したる分は被告藤三郎に於て原審相被告清次及第一審相被告伊三郎吟次郎直行と連

帯負担すべく証人高森柳太鑑定人今泉宗一に支給したる前顕金三十二円七十二銭の二分の一及証人

山平兼太郎に支給したる分は被告藤三郎に於て被告好則原審相被告清次及第一審相被告音吉徳松と

連帯負担すべし。

被告好則の上告は之を棄却す

被告好則上告趣意書一、原判決は被告清次好則藤三郎清吉は左記の如く最初又は中途より原審相被告下田音吉乾徳松野崎吟次郎港伊三郎と共謀し被告好則以外の被告等は連続して古田政次郎及森田信治より金品を詐取したりと判示し被告好則が本件犯罪の実行に関与せざることを認定したるに拘らず被告を処罰したるは違法なりと云ふ[いう]に在り◎因で原判決を閲するに其冒頭の判示は稍[やや]明瞭を欠くも其趣旨は被告清次好則藤三郎清吉は当初より又は中途より第一審相被告下田音吉乾徳松野崎吟次郎港伊三郎と共謀して左記第一乃至[ないし]第五に説示する如く吉田政次郎森田信治の両名より金品を詐取したり。 但被告好則以外の各被告等は右犯罪を連続実行したる者なりと云ふ[いう]に在りて被告好則は第一事実のみに関与せることを判示しあるを以て本論旨は謂はれなし

二、被告に下付せられたる原判決謄本には重複の記載若くは誤記と認むべき箇所（省略す）少からず。 粗漏の甚しきものと云はざるべからずと云ふ[いう]に在れども◎原判決謄本に所論の如き記載ありとするも之を以て上告の理由と為すを得ず。

三、原判決に援用せる第一審公判始末書中相被告藤三郎の供述記載に拠れば被告藤三郎等が古田森田の両名より炭鉱売渡代金として受領したる総額は六千四百円を算すべし。 而して[しこうして]炭鉱売買の契約代金は四千七百円なるを以て斯る余分の金額を受授すべき理由存在せざるに非ずや然るに如上信すべからざる供述を採りて被告等の詐欺罪を判定したるは違法なりと云ふ[いう]に在れども◎右は原審の専権に属する証拠の取捨判断を論難するものにして適法の上告理由と為らず

四、共同被告の上告趣意書は総で之を援用すと云ふ[いう]に在れども◎共同被告藤三郎弁護人三隅正外一名

上告趣意書は本論旨提出後に於て提出したるものに係るを以て之が援用を容さず

被告藤三郎弁護人三隅正四方田保上告趣意書第一点原判決第一第二事実は上告人が他の数人と相謀り古田政次郎森田信治の両名を欺罔し連続して右両名より財物を騙取[へんしゅ]したる所為即ち上告人等の行為は同時に二箇の法益を侵害したるものなることを認めたるものなるを以て之に法律を適用するに当りては連続したる行為が何れも二箇の罪名に触るるものとし刑法第五十四条第一項前段を適用処断せざるべからざるものなりしに原判決が事茲に[ここに]出でず単に刑法第五十五条第二百四十六条を適用したるに過ぎざりしは違法にして破毀を免れざるものとすと云ふ[いう]に在り◎按ず[あんず]るに数箇の財産権は一箇の監督の下に在で一箇の法益を組成する場合ありと雖[いえども]も各自独立せる別箇の法益として存在するを原則と為すか故に之を侵害する行為は各独立の犯罪を構成すべく。 而して[しこうして]一箇の犯罪行為に因りて同時に数人の財産権を侵害したるときは刑法第五十四条第一項前段に所謂一箇の行為が数箇の罪名に触るる場合に該当するを以て重き罪名に従ひ一箇の犯罪として処断すべきものとす。 原判決に於ては被告等が一箇の詐欺行為に因りて古田政次郎森田信治を欺罔し金円を交付せしめ両人の財産権を各別に侵害したる事実を判示しあるを以て当然前段所論の場合に該当するものとして刑法第五十四条第一項前段を適用すべき所擬律の茲に[ここに]出でさりしは所論の如く違法あるものにして本論旨は理由あり

第二点前第一点上告論旨の如く原判決の事実認定果して正当なりとせば之れ畢竟[ひっきょう]上告人等の行為は同時に二箇の法益を侵害したるものにして当然刑法第五十四条の適用を受くべきものなること勿論なり。

果して然らば原判決に於ては同条の適用上其何れに対する法益の侵害が重き刑に当るべきものなるやに関し被害法益両者の間に於ける事実関係を判示認定せざる可からざるに拘らず原判決が事茲に[ここに]出でさりしは理由不備の違法ある判決たるを免がれず。 従て当然破毀せらるべきものと云ふ[いう]に在り◎原判決の認定せる事実は刑法第五十四条第一項前段の場合に該当するに拘らず原判決が右擬律を為さざりしは違法にして論旨は理由あること前項説明の如しと雖[いえども]も一箇の行為が数箇の罪名に触れ重きに従ひ処断すべき場合に於て孰れ[いずれ]の罪名を以て重しと為すべきやは刑法第十条の規定に依るべく。 而して[しこうして]犯情に因り罪の軽重を定むべきときは諸般の事情を斟酌[しんしゃく]することを要するは勿論にして必ずしも其侵害に因りて生じたる損害の程度のみに因りて之を決すべきに非ず。 故に原判決に於て被告等が被害者両人より騙取[へんしゅ]したる金品の総額を判示したるのみにして各自の損害額を説示せざるに因り法益侵害の大小を判定するに由なきものとするも所論の如く違法あるものに非ず此点に関する本論旨は理由なし。

第三点原判決は其第一第二の事実に関し上告人が他の数名と共謀して為したるものなりと判決せられたりと雖[いえども]も其共謀の事実に関しては何等の証拠説明を与へられたるものなし。 従て原判決は理由不備の違法あり。 到底其破毀を免れざるものとすと云ふ[いう]に在れども◎原判決所掲各般の証憑[しょうひょう]を綜合[そうごう]すれば優に被告が他の相被告等と共謀して所論犯罪を実行したるものなることを判断するに足るを以て論旨は理由なし。

第四点原判決は上告人等の犯罪事実認定の証拠資料として第一審の公判始末書を採用せり。 然るに第一審の公判始末書を閲みずれば上告人等の犯罪事実に関する裁判所の訊問を記載する所なく単に被告人等の供述を記載せるのみ果して然らば右公判始末書は刑事訴訟法第二百八条に違背せる不適法のものにして適法なる公判始末書として書証たるべき効力を有するものにあらず。 然るに前述の如く原判決が之を書証として犯罪事実認定の資料に供したるは違法にして破毀を免れざるものとすと云ふ[いう]に在れども◎第一審公判始末書を閲するに「裁判長は被告等に対し此様の犯行を為したるかと問ひ（此時検事陳述の公訴事実を言ひ聞かせたり）被告等は左の如く陳弁せり」と掲記し其以下に於て各被告の供述を詳記しあるを以て被告人の供述のみならず裁判長の訊問の要旨をも記載しあること明確なり。 論旨は謂はれなし

第五点適法なる公訴の提起なき犯罪事実に付、判決を為したる違法あり。 到底其破毀を免れざるものとす。 即ち本件記録第七七丁上告人藤三郎に対する予審請求書を閲みずるに単に氏名の上に詐欺と表示せられたるのみにして起訴の目的たるべき犯罪事実の内容如何[いかん]は殆んど之を推知するに由なし。 元来公訴提起なる観念は或特定の犯罪事実に関し裁判所の審理裁判を要求する訴訟上の行為に外ならざるが故に其提起に具備すべき要件としては必ずや其提起せらるべき犯罪の内容を尠なくとも特定的に表示することせ要し若し之を特定する所なくんば起訴の効力なきや起訴其ものの性質上当然の事理に属す。 然るに本件記録に添附せられたる右予審請求書には審理裁判の目的たるべき犯罪事実の内容を特定的に表示せずして単に頭書に詐欺と表示せるのみなり。 或は一件記録の全部を通覧せば其内容判然すべしとの議論を生じ得べきが如しと雖[いえども]も右予審請求書には相竣を起訴の目的たる犯罪事実の内容を認め得べき書類を添附せられたる形跡なく全然独立せるものなること書面自体に依て明なるが故に如此[かくのごとき]議論を生ずるの余地なし。 果して然らば右予審請求書は其目的を欠欠せる違法無効のものにして之に基き為したる原判決は当然起訴なき犯罪事実に関して刑を言渡したる違法あり。 到底破毀を免れざるものとすと云ふ[いう]に在り◎因で本件被告藤三郎に対する予審請求書を閲覧するに詐欺の罪名を表記しあるのみにして公訴事実の摘示なしと雖[いえども]も同請求書は記録第一頁より第七十六頁に至る告訴状及各被告に対する検事の聴取書等添附しありたる事跡を認むるに足るが故に当該予審判事は右記録の調査に依りて如何[いかん]なる犯罪事実の起訴せられたるやを了知し得べきを以て被告に対する起訴を適法ならずとする本論旨は謂はれなし

右の理由なるを以て被告好則の上告は刑事訴訟法第二百八十五条に依り之を棄却すべく被告藤三郎の上告に付ては同法第二百八十六条第二百八十七条に依り原判決中被告藤三郎に関する有罪の部分を破毀し本院に於て直に判決すべきものとす。 因で原判決の認定せる事実を法律に照すに被告藤三郎の所為は刑法第二百四十六条第一項第五十四条第一項前段に該当するを以て同法第十条に依り重き古田政次郎に対する詐欺罪に従ひ処断すべく。 而して[しこうして]同法第五十五条を適用し被告藤三郎を懲張一年に処し押収物件は刑事訴訟法第二百二条に依り各差出人に還付し公訴裁判費用は同第二百一条第一項刑法施行法第六十七条に従ひ証人高森柳太鑑定人今泉宗一に支給したる分（助手に支給したる分を含む。 ）合計三十二円七十二銭の二分の一及証人津田栄次郎外谷兵庫服部順次郎竹村兵太郎北村新次郎参考人藤原忠次郎に支給したる分は被告藤三郎に於て原審相被告清次及第一審相被告伊三郎吟次郎直行と連帯負担すべく証人高森柳太鑑定人今泉宗一に支給したる前顕金三十二円七十二銭の二分の一及証人山平兼太郎に支給したる分は被告藤三郎に於て被告好則原審相被告清次及第一審相被告音吉徳松と連帯負担すべきものとす。 因で主文の如く判決す

検事矢野茂干与大正元年八月六日大審院第二刑事部