明治四十四年(れ)第二五四五號
明治四十五年一月十五日宣告
◎判決要旨
- 一 苟モ他人ノ刑事被告事件ニ關シ證憑湮滅ニ關スル行爲ヲ爲シタル以上ハ縱令刑事被告人ノ教唆ニ因リ被告人ノ爲メニ之ヲ爲シタル場合ト雖モ猶ホ第百四條ノ罪ヲ構成スヘク從テ之ヲ教唆シタル刑事被告人ハ同罪ノ教唆者トシテ論スヘキモノトス(判旨第四點)
- 一 刑法第百四條ニ所謂刑事被告事件トハ現ニ裁判所ニ繋屬スル刑事訴訟事件ハ勿論將來刑事訴訟事件ト爲リ得ヘキモノヲモ包含スルモノト解スヘキモノトス(判旨第五點)
(參照)他人ノ刑事被告事件ニ關スル證憑ヲ湮滅シ又ハ僞造、變造シ若クハ僞造變造ノ證憑ヲ使用シタル者ハ二年以下ノ懲役又ハ二百圓以下ノ罰金ニ處ス(刑法第$百四條)
右横領及證據湮滅教唆被告事件ニ付明治四十四年十月十九日廣島控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人横山勝太郎上告趣意書第一點原判文ヲ閲スルニ證據ノ部ニ「檢事ノ實況見分書ニ明治四十三年八月三十一日小田郡眞鍋島村役場ニ臨ミ收入役船先恒太郎ヲシテ金庫ヲ開カシメ帳簿ヲ提出セシメ八月三十一日現在額ヲ整理セシメタルニ現金八百五十七圓六十錢一厘現在セサルコトヲ確メタル旨記載アリ」ト判示シアリテ檢事ノ實況見分書ナルモノノ内容ヲ證據ニ供シタルコト明カナリ依テ該書面ヲ閲スルニ其冒頭ニハ「船先恒太郎渡邊淡平等横領被告事件ニ付キ明治四十三年八月三十一日岡山地方裁判所檢事中島九八郎ハ小田郡眞鍋島村役場ニ臨ミ收入役保管ノ現金現在高及ヒ帳簿等ノ記載事實ヲ見分スル左ノ如シ」「……被告恒太郎ヲシテ金庫ヲ開披セシメ之ヲ見分スルニ……」「……依テ收入役ヲシテ保管ノ現金ノ提出ヲ命シタルニ……」「……茲ニ於テ本年度歳入出日計簿ヲ提出セシメ見分スルニ……」「……八月三十一日現在額ヲ整理セシメタルニ……」「前記ノ現金ハ一時之ヲ領置シ取調ヘ終了後下渡又ハ保管ヲ命シ……」「證據ト認ムヘキ書類ハ役場内ニ於テ之ヲ提出セシメ……」等ノ記載アリテ檢事ハ宛然豫審判事ニ屬スル強制處分ヲ爲シタルコト明カナリ然ラハ本件ハ現行ノ犯罪ナリヤト云フニ決シテ然ラス蓋シ本件ハ明治四十三年八月十七日附中尾音松ノ告發ニ係リ越ヘテ同年同月二十七日檢事ハ中尾音松ニ對シ同月二十九日守戸岩吉及赤松健太ニ對シ同犯罪事實ニ關スル聽取書ヲ作リ遂ニ同月三十一日實況見分ト稱シ右ノ如キ強制處分ヲ採リタル事實ニシテ法律上所謂現行犯ニ屬セサルハ明白ナルニ檢事カ本件ノ如キ強制處分ヲ採ルハ法律ノ許ササル所ナリ或ハ單ニ實況ノ見分ニシテ決シテ豫審處分ニ非ストノ論アランモ金庫ヲ開披セシメ帳簿ヲ提出セシメ會計ヲ整理セシムルカ如キハ所謂現況ヲ其儘ニ實見スルニ非スシテ事物ノ現状ヲ變更セシムルモノナルカ故ニ強制的處分ニ非スシテ何ソヤ要スルニ本件實況見分書ナルモノハ違法ノモノナルカ故ニ之ヲ證據ニ供シタル原判決ハ破毀ヲ免レスト思料スト云フニ在レトモ◎所論檢事ノ實況見分書ニ依レハ檢事ハ單純ナル搜査處分ヲ爲シタルニ止マリ強制處分ヲ爲シタルモノト認ムルヲ得サレハ該見分書ハ違法ノ廉ナク原審カ之ヲ罪證ニ供シタルハ不法ニアラス
第二點原院ハ森脇嘉吉ノ豫審調書ヲ有罪ノ資ニ供シタレトモ同調書ヲ見ルニ「……茲ニ於テ刑事訴訟法第百二十三條ニ記載ノ各事項ヲ説示シ本件被告人……船先恒太郎ニ該事件ノ關係ナキヤ否ヤヲ問査セシニ左ノ如ク陳述セリ「……何等關係ハアリマセヌ……」「本件事實參考人トシテ訊問スル旨ヲ告ク……」トアリテ同人ハ全ク證人資格ヲ有シ證人トシテ取調フルニ何等支障ナキニ拘ハラス之ヲ參考人トシテ訊問シタルハ違法ニシテ結局該調書ハ法律上無效ナルカ故ニ原判決ハ違法ナリト云フニ在レトモ◎森脇嘉吉ノ豫審調書ヲ閲スルニ同人ノ年齡ハ當時十四年ニシテ證人タルノ資格ナキコト洵ニ明ナレハ豫審判事カ同人ヲ參考人トシテ訊問シタルハ正當ニシテ不法ニアラス故ニ論旨ハ理由ナシ
第三點原判文ニ依レハ本件第二ノ犯罪事實ニ關シ證據發見調書ヲ有罪ノ資ニ供シタリ依テ該調書ヲ閲スルニ「……小田郡眞鍋島村役爆及ヒ恒太郎居宅淡平居宅ヲ見分シタル後引續キ恒太郎ヲ同村巡査駐在所ニ同行シテ取調ヘタルニ……他ヨリ借リ入レ未タ保管ノ體ニ裝ヒ置キタルモノト思料シ恒太郎ヲ駐在所ニ殘シ置キタル時既ニ日沒後ナリシモ隣人カ被告恒太郎ヲ庇護スル爲メ斯ル犯行ヲナセシモノノ如ク急速ヲ要スルヲ以テ同人居宅ニ行キ父久松ニ對シ……保管ノ場所ヲ告知セス其提出ヲ命シタルニ久松ハ知ラスト答ヘ……」トアリテ檢事ハ全ク強制處分ヲ爲シタルモノニシテ前第一點ノ論旨同樣無效ノ書類ナルコト明ナリ或ハ該調書末尾ニ「……依テ本職ハ恒太郎久松カ本職取調ヘ進行中證據ヲ湮滅シタルモノナリト認メ右六百三十圓ハ證據品トシテ押收セリ」トアルヲ以テ證據湮滅罪ノ現行犯ナリト論スルモノアラン然ラハ名目ハ證據發見調書ト云フモ其實ハ檢證搜索或ハ物件差押等刑事訴訟法ニ於テ規定シタル強制處分ニ屬スルカ故ニ之レニ適應スル相當ノ手續ヲ履踐セサルヘカラサルニ該調書ニハ刑事訴訟法第二十條第一項後段ニ依リ所屬官廳ノ印ヲ押捺スル能ハサル理由ヲ明記セサルモノニ屬シ無效ノ調書タリ要スルニ原院ハ該調書ヲ採用シタルハ違法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎所論證據發見調書ハ檢事カ被告恒太郎ノ横領被告事件ニ付キ搜査處分進行中新ニ證據湮滅ノ現行犯ヲ認知シ證據品ヲ押收シタル顛末ヲ叙述シタルモノニシテ其末尾ニ「當郡眞鍋島村ニ於テ此調書ヲ作ル依テ所屬官廳ノ印ヲ用ユルコト不能」ト附記シアルヲ以テ該調書ハ何等違法ノ廉ナケレハ原審カ之ヲ罪證ニ供シタルハ不法ニアラス
第四點原判文第二ノ事實ニ依レハ「被告恒太郎ハ明治四十三年八月三十一日岡山地方裁判所檢事中島九八郎カ前記横領嫌疑事件ニ付眞鍋島村役場ニ臨ミ帳簿金庫等ヲ檢査シタル結果村有金八百餘圓ノ不足アルコトヲ發見セラレ其取調ヲ受クルニ至ルヤ證據ヲ僞造シ犯罪ヲ免レント決意シ……茲ニ證據ノ僞造完了セシメ以テ被告恒太郎ハ同日前顯檢事ニ對シ村有金ハ私ニ横領シタルモノニ非ス該金員ノ内金二百圓ハ村役場ノ机抽斗ニ入レ置キタルヲ忘レ居リ又六百三十圓ハ自宅土藏二階簟笥抽斗ニ藏匿シ居レル旨申立該金員ヲ提出シタリ」トアリ之レニ對シ刑法第百四條ヲ適用シタリ然レトモ刑法第百四條ニハ「他人ノ刑事被告事件ニ關スル證憑ヲ湮滅シ又ハ僞造變造シ若クハ僞造變造ノ證憑ヲ使用シタル者ハ云云」トアリテ所謂證憑僞造罪ナルモノハ他人ノ刑事被告事件ニ關スル證憑ヲ僞造シタル場合ナラサルヘカラス故ニ同條ノ犯罪ヲ構成シ能フモノハ當該被告事件ノ犯人以外ノモノナラサルヘカラス然ルニ被告恒太郎ハ自己ノ被告事件ニ關シ其證憑ノ僞造ヲ爲サシメントシ他人ヲ教唆シタル事實ニシテ被告恒太郎ハ到底自己ノ刑事被告事件ニ關シ僞造罪ヲ犯シ能ハサルモノナレハ從テ其犯罪ニ關シ他人ヲ教唆スレハトテ法律上共犯タルノ責任ヲ負荷スヘキ道理ナシ然ルニ原院ハ被告ヲ共犯ナリトシテ有罪ノ宣告ヲ爲シタルハ刑法第百四條ノ法則ヲ誤解シ延イテ共犯ノ原理ヲ誤解シタル違法ノ裁判ナリト云フニ在リ◎因テ按スルニ刑法第百四條ノ罪ハ他人ノ刑事被告事件ニ關スル證憑ヲ湮滅シ又ハ僞造變造シ若クハ僞造變造ノ證憑ヲ使用スルニ依リテ成立スルモノナレハ苟モ他人ノ刑事被告事件ニ關シ此等ノ行爲ヲ爲シタル以上ハ縱令刑事被告人ノ教唆ニ因リ被告人ノ爲メ之ヲ爲シタル場合ト雖モ尚ホ同條ノ罪ヲ構成スヘク從テ之ヲ教唆シタル刑事被告人ハ該罪ノ教唆者トシテ論スヘキモノトス故ニ原審ニ於テ被告恒太郎ハ自己ノ被告事件ニ關シ他人ヲ教唆シテ證據ヲ僞造セシメタル事實ヲ認メ被告ヲ刑法第百四條ノ教唆者トシテ處斷シタルハ正當ニシテ不法ニアラス(判旨第四點)
第五點原判文第二ノ事實ニ依レハ被告カ犯人ヲ教唆シタル當時ハ檢事ノ犯罪搜査中ニ屬シ未タ刑法第四條ニ所謂「他人ノ刑事被告事件」ナル道程ニ達セス所謂刑事被告事件トハ少クトモ檢事起訴後ノ状態ヲ指示スルモノトス之レ刑法第百三條ノ「罰金以上ノ刑ニ該ル罪ヲ犯シタル者」ナル文字ニ對照スレハ其義極メテ明瞭ナリ從テ本件ノ所謂僞造罪ナルモノハ未タ犯罪ヲ構成スヘキ筋合ニ非サルニ原院カ有罪ノ判決ヲ下シタルハ擬律錯誤ノ違法アルヲ免カレスト信スト云フニ在レトモ◎刑法第四條ニ所謂「刑事被告事件」トハ現ニ裁判所ニ繋屬スル刑事訴訟事件ハ勿論將來刑事訴訟事件ト爲シ得ヘキモノヲモ包含指稱スルモノト解スヘキモノトス故ニ原審カ被告恒太郎ハ檢事ノ取調ニ係ル横領嫌疑事件ニ關シ他人ヲ教唆シテ證據ヲ僞造セシメタル事實ヲ判示シ被告ノ所爲ヲ刑法第百四條第六十一條第一項ニ問擬シタルハ正當ニシテ不法ニアラス(判旨第五點)
第六點從テ原院カ被告ニ對シ「押收ノ金品中第五十四號第五十五號現金ハ沒收シ……」ト判決シタルハ違法ナリ本件擬律ノ錯誤ニ依リ破毀セラレタルトキハ執行猶豫ノ情状ニ關シ審理アランコトヲ望ムト云フニ在レトモ◎其理由ナキコトハ第五點ニ對スル證明ニ依リ了解スヘシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事林頼三郎干與明治四十五年一月十五日大審院第二刑事部
明治四十四年(レ)第二五四五号
明治四十五年一月十五日宣告
◎判決要旨
- 一 苟も他人の刑事被告事件に関し証憑湮滅に関する行為を為したる以上は縦令刑事被告人の教唆に因り被告人の為めに之を為したる場合と雖も猶ほ第百四条の罪を構成すべく。
従て之を教唆したる刑事被告人は同罪の教唆者として論すべきものとす。
(判旨第四点)
- 一 刑法第百四条に所謂刑事被告事件とは現に裁判所に繋属する刑事訴訟事件は勿論将来刑事訴訟事件と為り得べきものをも包含するものと解すべきものとす。
(判旨第五点)
(参照)他人の刑事被告事件に関する証憑を湮滅し又は偽造、変造し若くは偽造変造の証憑を使用したる者は二年以下の懲役又は二百円以下の罰金に処す(刑法第$百四条)
右横領及証拠湮滅教唆被告事件に付、明治四十四年十月十九日広島控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
弁護人横山勝太郎上告趣意書第一点原判文を閲するに証拠の部に「検事の実況見分書に明治四十三年八月三十一日小田郡真鍋島村役場に臨み収入役船先恒太郎をして金庫を開かしめ帳簿を提出せしめ八月三十一日現在額を整理せしめたるに現金八百五十七円六十銭一厘現在せざることを確めたる旨記載あり」と判示しありて検事の実況見分書なるものの内容を証拠に供したること明かなり。
依て該書面を閲するに其冒頭には「船先恒太郎渡辺淡平等横領被告事件に付き明治四十三年八月三十一日岡山地方裁判所検事中島九八郎は小田郡真鍋島村役場に臨み収入役保管の現金現在高及び帳簿等の記載事実を見分する左の如し」「……被告恒太郎をして金庫を開披せしめ之を見分するに……」「……依て収入役をして保管の現金の提出を命じたるに……」「……茲に於て本年度歳入出日計簿を提出せしめ見分するに……」「……八月三十一日現在額を整理せしめたるに……」「前記の現金は一時之を領置し取調へ終了後下渡又は保管を命じ……」「証拠と認むべき書類は役場内に於て之を提出せしめ……」等の記載ありて検事は宛然予審判事に属する強制処分を為したること明かなり。
然らば本件は現行の犯罪なりやと云ふに決して然らず蓋し本件は明治四十三年八月十七日附中尾音松の告発に係り越へて同年同月二十七日検事は中尾音松に対し同月二十九日守戸岩吉及赤松健太に対し同犯罪事実に関する聴取書を作り遂に同月三十一日実況見分と称し右の如き強制処分を採りたる事実にして法律上所謂現行犯に属せざるは明白なるに検事が本件の如き強制処分を採るは法律の許さざる所なり。
或は単に実況の見分にして決して予審処分に非ずとの論あらんも金庫を開披せしめ帳簿を提出せしめ会計を整理せしむるが如きは所謂現況を其儘に実見するに非ずして事物の現状を変更せしむるものなるが故に強制的処分に非ずして何そや要するに本件実況見分書なるものは違法のものなるが故に之を証拠に供したる原判決は破毀を免れずと思料すと云ふに在れども◎所論検事の実況見分書に依れば検事は単純なる捜査処分を為したるに止まり強制処分を為したるものと認むるを得ざれば該見分書は違法の廉なく原審が之を罪証に供したるは不法にあらず。
第二点原院は森脇嘉吉の予審調書を有罪の資に供したれども同調書を見るに「……茲に於て刑事訴訟法第百二十三条に記載の各事項を説示し本件被告人……船先恒太郎に該事件の関係なきや否やを問査せしに左の如く陳述せり「……何等関係はありませぬ……」「本件事実参考人として訊問する旨を告ぐ……」とありて同人は全く証人資格を有し証人として取調ふるに何等支障なきに拘はらず之を参考人として訊問したるは違法にして結局該調書は法律上無効なるが故に原判決は違法なりと云ふに在れども◎森脇嘉吉の予審調書を閲するに同人の年齢は当時十四年にして証人たるの資格なきこと洵に明なれば予審判事が同人を参考人として訊問したるは正当にして不法にあらず。
故に論旨は理由なし。
第三点原判文に依れば本件第二の犯罪事実に関し証拠発見調書を有罪の資に供したり。
依て該調書を閲するに「……小田郡真鍋島村役爆及び恒太郎居宅淡平居宅を見分したる後引続き恒太郎を同村巡査駐在所に同行して取調へたるに……他より借り入れ未だ保管の体に装ひ置きたるものと思料し恒太郎を駐在所に残し置きたる時既に日没後なりしも隣人が被告恒太郎を庇護する為め斯る犯行をなせしものの如く急速を要するを以て同人居宅に行き父久松に対し……保管の場所を告知せず其提出を命じたるに久松は知らずと答へ……」とありて検事は全く強制処分を為したるものにして前第一点の論旨同様無効の書類なること明なり。
或は該調書末尾に「……依て本職は恒太郎久松が本職取調へ進行中証拠を湮滅したるものなりと認め右六百三十円は証拠品として押収せり」とあるを以て証拠湮滅罪の現行犯なりと論するものあらん然らば名目は証拠発見調書と云ふも其実は検証捜索或は物件差押等刑事訴訟法に於て規定したる強制処分に属するが故に之れに適応する相当の手続を履践せざるべからざるに該調書には刑事訴訟法第二十条第一項後段に依り所属官庁の印を押捺する能はざる理由を明記せざるものに属し無効の調書たり要するに原院は該調書を採用したるは違法の裁判なりと云ふに在れども◎所論証拠発見調書は検事が被告恒太郎の横領被告事件に付き捜査処分進行中新に証拠湮滅の現行犯を認知し証拠品を押収したる顛末を叙述したるものにして其末尾に「当郡真鍋島村に於て此調書を作る依て所属官庁の印を用ゆること不能」と附記しあるを以て該調書は何等違法の廉なければ原審が之を罪証に供したるは不法にあらず。
第四点原判文第二の事実に依れば「被告恒太郎は明治四十三年八月三十一日岡山地方裁判所検事中島九八郎が前記横領嫌疑事件に付、真鍋島村役場に臨み帳簿金庫等を検査したる結果村有金八百余円の不足あることを発見せられ其取調を受くるに至るや証拠を偽造し犯罪を免れんと決意し……茲に証拠の偽造完了せしめ以て被告恒太郎は同日前顕検事に対し村有金は私に横領したるものに非ず該金員の内金二百円は村役場の机抽斗に入れ置きたるを忘れ居り又六百三十円は自宅土蔵二階簟笥抽斗に蔵匿し居れる旨申立該金員を提出したり。」とあり之れに対し刑法第百四条を適用したり。
然れども刑法第百四条には「他人の刑事被告事件に関する証憑を湮滅し又は偽造変造し若くは偽造変造の証憑を使用したる者は云云」とありて所謂証憑偽造罪なるものは他人の刑事被告事件に関する証憑を偽造したる場合ならざるべからず。
故に同条の犯罪を構成し能ふものは当該被告事件の犯人以外のものならざるべからず。
然るに被告恒太郎は自己の被告事件に関し其証憑の偽造を為さしめんとし他人を教唆したる事実にして被告恒太郎は到底自己の刑事被告事件に関し偽造罪を犯し能はざるものなれば。
従て其犯罪に関し他人を教唆すればとて法律上共犯たるの責任を負荷すべき道理なし。
然るに原院は被告を共犯なりとして有罪の宣告を為したるは刑法第百四条の法則を誤解し延いて共犯の原理を誤解したる違法の裁判なりと云ふに在り◎因で按ずるに刑法第百四条の罪は他人の刑事被告事件に関する証憑を湮滅し又は偽造変造し若くは偽造変造の証憑を使用するに依りて成立するものなれば苟も他人の刑事被告事件に関し此等の行為を為したる以上は縦令刑事被告人の教唆に因り被告人の為め之を為したる場合と雖も尚ほ同条の罪を構成すべく。
従て之を教唆したる刑事被告人は該罪の教唆者として論すべきものとす。
故に原審に於て被告恒太郎は自己の被告事件に関し他人を教唆して証拠を偽造せしめたる事実を認め被告を刑法第百四条の教唆者として処断したるは正当にして不法にあらず。
(判旨第四点)
第五点原判文第二の事実に依れば被告が犯人を教唆したる当時は検事の犯罪捜査中に属し未だ刑法第四条に所謂「他人の刑事被告事件」なる道程に達せず所謂刑事被告事件とは少くとも検事起訴後の状態を指示するものとす。
之れ刑法第百三条の「罰金以上の刑に該る罪を犯したる者」なる文字に対照すれば其義極めて明瞭なり。
従て本件の所謂偽造罪なるものは未だ犯罪を構成すべき筋合に非ざるに原院が有罪の判決を下したるは擬律錯誤の違法あるを免がれずと信ずと云ふに在れども◎刑法第四条に所謂「刑事被告事件」とは現に裁判所に繋属する刑事訴訟事件は勿論将来刑事訴訟事件と為し得べきものをも包含指称するものと解すべきものとす。
故に原審が被告恒太郎は検事の取調に係る横領嫌疑事件に関し他人を教唆して証拠を偽造せしめたる事実を判示し被告の所為を刑法第百四条第六十一条第一項に問擬したるは正当にして不法にあらず。
(判旨第五点)
第六点。
従て原院が被告に対し「押収の金品中第五十四号第五十五号現金は没収し……」と判決したるは違法なり。
本件擬律の錯誤に依り破毀せられたるときは執行猶予の情状に関し審理あらんことを望むと云ふに在れども◎其理由なきことは第五点に対する証明に依り了解すべし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事林頼三郎干与明治四十五年一月十五日大審院第二刑事部