明治四十四年(れ)第一七二〇號
明治四十四年十月三十一日宣告
◎判決要旨
- 一 同一意思ノ發動ノ下ニ同一ノ誣告事項ヲ記載シタル書面數通ヲ作リ之ヲ犯罪搜査ノ職責ヲ有スル官署ニ送致シタルトキハ假令該書面ハ同時ニ發送セラレタルニモセヨ申告ヲ受クル官署ニシテ各相異ナル以上ハ其行爲タルヤ一箇ニ非スシテ連續シタル數箇ノ行爲ナリトス
右誣告被告事件ニ付明治四十四年六月二十一日宮城控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
被告辯護人法學博士江木衷辯護人末繁彌次郎同村岡吾一上告趣意書第一點原判決ハ證第一號同第十一號同第十四號ノ投書ヲ證據ニ供シタルモ公判始末書(記録三四六丁)ニ依レハ單ニ差押書類タル證第六號(記録一〇〇丁差押目録參照)ヲ示シタル旨ノ記載アルノミニシテ右證第一號十一號十四號ニ付テハ證據調ヲ爲シタルモノニ非サルコト明ナレハ之ヲ證據ニ供シタル原判決ハ不法タルヲ免レサルモノトスト云フニ在レトモ◎原院公判始末書ヲ閲スルニ證據調ノ部ニ「差押書類ヲ示シタリ」トアリテ差押書類中ニハ領置ニ係ル證第一號第十一號第十四號ノ各投書ヲ包含スルコト該公判始末書ノ記載上自ラ明ナレハ從テ論旨ハ理由ナシ
第二點原判決ハ證第一號第十一號第十四號等ノ投書ニ各判示事實中ニ摘録シタルト同一趣旨ノ文言記載シアルトヲ綜合シテ被告ノ犯罪事實ヲ認定シタル旨判示セラレタルモ抑モ我刑事訴訟法ニ於テハ罪ト爲ル可キ事實ハ特定ノ證據ニ依リテ之ヲ認定スヘク而シテ其理由ハ之ヲ判決ニ記載スヘキモノニシテ前記ノ如ク證第一號第十一號第十四號等ト謂フカ如キ不特定ナル證據ニ依リ漠然被告ノ罪ヲ斷スルハ不法ノ甚シキモノニシテ又判決ノ理由ニ不備アルモノト謂ハサル可ラスト云フニ在レトモ◎原判決ハ單ニ證據書類ノ番號ノミニ止ラス其證據書類ニハ各判示事實中ニ摘録スル所ト同一趣旨ノ文言記載アリト判示シ以テ其内容ヲモ擧示シテ證據説明ヲ爲シタルモノナレハ不特定ノ證據ニ依リ罪ヲ斷シタルニ非サルハ勿論理由不備ニモ非サルヲ以テ論旨ハ理由ナシ
第三點原判決ハ被告ノ行爲ハ刑法第五十五條ニ該當スルト同時ニ同法第五十四條第一項前段ニ該當スル旨判示セラレタルモ刑法第五十五條ハ連續シタル數箇ノ行爲カ同一罪名ニ觸ルルトキハ一罪トシテ之ヲ處斷スル旨ノ規定ニシテ同法第五十四條第一項前段ハ一箇ノ行爲カ數箇ノ罪名ニ觸ルルトキハ其ノ最モ重ニ刑ヲ以テ處斷スル旨ノ規定ナリ即チ前者ハ數箇ノ行爲ニ關スル規定ニシテ後者ハ一箇ノ行爲ニ關スル規定ナレハ前者ノ適用アル場合ニ於テハ同時ニ後者ノ適用ナキコト論ヲ俟タサル所ナリトス然ルニ原判決カ前記ノ如ク此兩法條ヲ同時ニ適用シタルハ擬律ニ錯誤アルモノト謂ハサル可ラスト云フニ在レトモ◎一箇ノ行爲ニシテ數箇ノ罪名ニ觸ルル所ノ同一行爲カ連續シテ數囘反覆セラレタルトキハ之ニ對シ刑法第五十五條ヲ適用シ且同第五十四條第一項前段ヲ適用スヘキモノトス原判決ノ認定ニ依レハ被告ノ行爲ハ即チ一箇ノ行爲ニシテ數箇ノ罪名ニ觸ルル所ノ同一行爲カ連續シテ數囘反覆セラレタル場合ナルヲ以テ刑法第五十五條及同第五十四條第一項前段ヲ適用シタル原判決ノ擬律ハ正當ニシテ論旨ハ理由ナシ
第四點原判決ハ被告カ泉順次郎紺野源助寺田慶吉ノ三名ヲシテ共ニ刑事上ノ處分ヲ受ケシメンコトヲ決意シ本年一月十九日不實ノ事項ヲ記載シタル無名ノ投書數通ヲ作成シ犯意ヲ連續シテ同日之ヲ大審院檢事局宮城控訴院檢事長秋田地方裁判所檢事正秋田警察部長等ニ郵送シ其頃各宛名ニ到達セシメ以テ右三名ヲ誣告シタリトノ事實ヲ認定シ之ヲ以テ連續シタル數箇ノ行爲カ同一ノ罪名ニ觸ルルモノトシテ刑法第五十五條ヲ適用シタリ然レトモ誣告罪ハ人ヲシテ刑事又ハ懲戒ノ處分ヲ受ケシムル目的ヲ以テ虚僞ノ申告ヲ爲スニ因リテ成立スルモノニシテ一事實ヲ申告スルニ當リ數通ノ書面ヲ用ユルモ又ハ一箇ノ犯罪事實ヲ同一犯罪搜査機關タル數箇ノ官署ニ對シテ申告スルモ之ヲ以テ數箇ノ誣告行爲アリト謂フ可カラス殊ニ本件ノ如ク被告カ一箇ノ決意ニ基キ數通ノ投書ヲ同時ニ郵便ニ付シ各所ニ發送シタリトノ事案ニ於テハ之ヲ數箇ノ誣告行爲トシテ觀察スルハ失當ニシテ須ク一箇ノ誣告行爲トシテ觀察ス可キモノナリ然ルニ原判決カ之ヲ數箇ノ行爲ナリトシ連續犯ノ規定ヲ適用シタルハ擬律ノ錯誤ナリト謂ハサルヘカラスト云フニ在レトモ◎同一意思ノ發動ノ下ニ同一ノ誣告事項ヲ記載シタル書面數通ヲ作リ之ヲ犯罪搜査ノ職責ヲ有スル官署ニ送致シタルトキハ假令該書面ハ同時ニ發送セラレタルニモセヨ申告ヲ受クル官署ニシテ各相異ナル以上ハ其行爲タルヤ一箇ニ非スシテ連續シタル數箇ノ行爲ナリトス左レハ判示事實ニ關シ刑法第五十五條ヲ適用シタル原判決ノ擬律ハ正當ニシテ論旨ハ理由ナシ
辯護人安達元之助上告趣意書第一點原判決ハ其冒頭ニ於テ被告カ泉順次郎竝ニ檢事紺野源助及署長寺田慶吉間ニ賄賂ノ授受アリテ爲メニ檢事署長カ毒殺事件ノ檢擧ヲ懈ルカ如ク事實ヲ虚構シ右三名ヲシテ共ニ刑事上ノ處分ヲ受ケシメンコトヲ決意シタルヲ説キ而シテ右事實ヲ認定スルニ當リ第一審第一囘公判始末書ノ被告米司供述中「自分ハ明治三十七年十二月三十一日順次郎ノ養父皆吉ノ死亡シタルハ順次郎夫婦ニ於テ毒殺シタルモノナリトノ評判ヲ知レリ順次郎ハ以前放蕩者ナリシカ基督教ヲ信スルヤウニナリテヨリ品行改マリタルモ同年頃ニ至リ性格一變シ權勢利欲ニ趨ルヤウニナリシ故十中八九皆吉ヲ毒殺シタルナラント思ヒタリ尚同四十三年十二月中泉浩ナルモノ秋田地方裁判所檢事正ニ對シ順次郎ノ毒殺事件ヲ搜査シ呉レヨトノ投書ヲ爲シタルコトヲ新聞ニテ見タルコトアリ自分ハ右ノ如キ重大ナル殺人犯ヲ等閑ニ付スルヤウノコトアリテハ國家ノ爲メ憂フヘキコトト思ヒ紺野檢事及ヒ寺田大館署長ハ順次郎ヨリ收賄シテ搜査セサルモノナリトノ意味ニテ(中畧)紺野檢事及寺田警察署長ハ順次郎ヨリ賄賂ヲ贈リタリト云フコトハ只評判ニ聞キタルノミ又何等人ヨリ聞キタルカ記憶セス同檢事等カ殺人犯ノ被告トナルヘキ者ト親密ニナシ居ルハ宜シカラサルコトト思ヒタリ云云」ヲ援用セラレタリ抑モ刑法第百七十二條誣告罪ヲ構成スルニハ犯人カ豫メ主觀的ニ事實ノ不存在ヲ認知シタルコトヲ要ス換言スレハ犯人申告ノ事實カ獨リ客觀的ニ存在セサルノミナラス犯人ノ意識中先ツ其申告事實ノ虚僞ナルコトヲ知覺シタルコトヲ要スルモノナリ此故ニ苟モ犯人ニ於テ主觀的ニ其事實ノ存在ヲ信念シタルモノナルトキハ假令客觀的ニ其事實カ存在セストスルモ是レ單ニ犯人ノ確信カ輕卒妄斷ニ構成セラレタル瑕瑾アルニ過キスシテ未タ以テ刑法上ノ誣告罪タルニ適セサルモノトス原判決カ援用セラレタル被告人ノ供述ハ前後ヲ通シテ犯人カ順次郎檢事署長間ニ賄賂ノ授受アルコトヲ疑感セシメ感知セシメタル徑路ヲ示スモノニシテ偶々以テ被告人カ當時主觀的ニ贈賄收賄ノ事實アルコトヲ信シタル所以ヲ説明スルモノニ外ナラサルヲ以テ苟クモ如上被告人ノ供述ヲ以テ刑法誣告罪ヲ構成スルニ足ルトスルニハ更ニ被告人ノ供述ノ虚僞ナル所以ヲ明カニシ當時被告人カ主觀的ニモ尚ホ賄賂授受ノ不存在ヲ知悉シタルコトヲ證明セサルヘカラサル筋合ナルニ原判決カ漫然前記被告人ノ供述ヲ援用シテ被告人ニ刑法第百七十二條ノ罪アリト斷シタルハ法則ニ違背シテ不當ニ事實ヲ認定シ且ツ理由不備ノ誤謬アルモノナリト云フニ在レトモ◎原判決ハ第一審公判始末書ニ録取セル被告ノ供述ノミナラス
其他ニ證據ヲ擧示シ之ヲ綜合シテ論旨所掲ノ判示事實ヲ認定シタルモノニシテ不當ニ事實ヲ認定シタルモノニ非サルハ勿論理由不備ノ不法ナキヲ以テ論旨ハ理由ナシ
第二點原判決ハ被告人ノ行爲ヲ以テ刑法第百七十二條第六十九條以外更ニ第五十五條ニ該當スル所一箇ノ行爲ニシテ數箇ノ同一罪名ニ觸ルルモノナルニ付キ同法第五十四條第一項前段第十條ニ依リ最モ重キ紺野源助ニ對スル誣告ニ從フ旨ヲ判示セラレタリ思フニ刑法第五十四條第一項前段ハ所謂想像的數罪ニ關スル規定ニシテ實體上ノ數罪ニ對スル稱呼タルニ過キス即チ其結果ハ數箇ナルモ其行爲ハ單一ナル場合之ヲ指示シテ想像的數罪ト云フ而シテ刑法第五十四條ハ連續シタル數箇ノ行爲ニシテ同一ノ罪名ニ觸ルル場合ヲ指スモノトス連續犯ニ於ケル連續ノ觀念ニ付キテハ法律ノ規定ヲ以テ之ヲ明カニスルコトヲ得スト雖モ凡ソ日時場所ノ異同ヲ問ハス苟クモ單一ノ意思ヲ以テ同種ノ行爲ヲ反覆シ單一ノ法益ヲ侵害スルニ於テハ連續犯ナリト云フヲ得ヘシ被害法益ノ單一ナルヤ複數ナルヤハ法律ノ保護スル法益中各人ニ固有ニシテ格別ニ之ヲ觀察シ別箇獨立ナル犯罪ノ目的ト爲スコトヲ得ルモノト包括的ニ之ヲ觀察シ數箇ノ法益侵害ヲ網羅シ一括シテ之ヲ犯罪ノ目的ト爲スコトヲ得ルモノトアリ人ノ生命名譽體躯等ノ如キ其人ト分離スルコトヲ得サル財産權ノ侵害ハ後者ニ屬ス故ニ意思繼續スルモ數人ヲ傷害スルハ併合罪トシテ連續犯ニアラサルコトハ實ニ御院ノ判例ノ示ストコロ也換言スレハ行爲ノ連續犯ヲ構成スルヤ否ヤヲ決定スルニハ先ツ同一罪名ニ觸ルル數箇ノ行爲アリヤ否ヤヲ審査シ更ニ意思責任及結果ノ包括的單一ナリヤ否ヤニ依リ連繼ト非連繼トヲ分タサルヘカラサルナリ原審判決ニ依レハ被告ハ明治四十四年一月十九日數通ノ同一文書ヲ作成シ同日直チニ大審院檢事局以下各司法官衙ニ投送シタルモノニシテ被告ノ意思状態ト擧動事情トハ繼連シテ包括的單一行爲ヲ構成スルニ過キサルモノナルコトハ之ヲ誣告罪ノ本質ニ照合スルモ尚ホ且ツ甚タ明白ナル事柄ナリトス而シテ被告ノ斯カル包括的單一行爲ハ判示ノ如ク各異リタル順次郎檢事署長ノ法益ヲ侵害シタルモノナルヲ以テ其被害法益ノ數箇複數ナルコトモ亦多言ヲ要セサル次第ナルヲ以テ被告ノ行爲ハ唯タ一ノ併合罪ニ該當スルモ決シテ連續犯ノ觀念ヲ容ルルコトヲ許ササルモノ也原判決カ此法理ヲ遺却シテ被告ノ所爲ニ對シ刑法第五十五條及第五十四條第一項前段ヲ併セ適用シタルハ擬律ノ錯誤アルモノナリト云フニ在レトモ◎被告ノ行爲カ合併罪ナリトノ論旨ハ被告ノ不利益ニ歸スル論旨ナルヲ以テ上告適法ノ理由トナラス其他論旨ノ理由ナキコトハ辯護人江木衷等ノ上告趣意書第三點第四點ニ對スル説明ニ就キ了解スヘシ
第三點同辯護人江木衷末繁彌次郎村岡吾一ノ上告趣意書ヲ援用スト云フニ在レトモ◎其理由ナキコトハ既ニ説明スル所ノ如シ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事板倉松太郎干與明治四十四年十月三十一日大審院第一刑事部
明治四十四年(レ)第一七二〇号
明治四十四年十月三十一日宣告
◎判決要旨
- 一 同一意思の発動の下に同一の誣告事項を記載したる書面数通を作り之を犯罪捜査の職責を有する官署に送致したるときは仮令該書面は同時に発送せられたるにもせよ申告を受くる官署にして各相異なる以上は其行為たるや一箇に非ずして連続したる数箇の行為なりとす。
右誣告被告事件に付、明治四十四年六月二十一日宮城控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
被告弁護人法学博士江木衷弁護人末繁弥次郎同村岡吾一上告趣意書第一点原判決は証第一号同第十一号同第十四号の投書を証拠に供したるも公判始末書(記録三四六丁)に依れば単に差押書類たる証第六号(記録一〇〇丁差押目録参照)を示したる旨の記載あるのみにして右証第一号十一号十四号に付ては証拠調を為したるものに非ざること明なれば之を証拠に供したる原判決は不法たるを免れざるものとすと云ふに在れども◎原院公判始末書を閲するに証拠調の部に「差押書類を示したり。」とありて差押書類中には領置に係る証第一号第十一号第十四号の各投書を包含すること該公判始末書の記載上自ら明なれば。
従て論旨は理由なし。
第二点原判決は証第一号第十一号第十四号等の投書に各判示事実中に摘録したると同一趣旨の文言記載しあるとを綜合して被告の犯罪事実を認定したる旨判示せられたるも。
抑も我刑事訴訟法に於ては罪と為る可き事実は特定の証拠に依りて之を認定すべく。
而して其理由は之を判決に記載すべきものにして前記の如く証第一号第十一号第十四号等と謂ふが如き不特定なる証拠に依り漠然被告の罪を断するは不法の甚しきものにして又判決の理由に不備あるものと謂はざる可らずと云ふに在れども◎原判決は単に証拠書類の番号のみに止らず其証拠書類には各判示事実中に摘録する所と同一趣旨の文言記載ありと判示し以て其内容をも挙示して証拠説明を為したるものなれば不特定の証拠に依り罪を断したるに非ざるは勿論理由不備にも非ざるを以て論旨は理由なし。
第三点原判決は被告の行為は刑法第五十五条に該当すると同時に同法第五十四条第一項前段に該当する旨判示せられたるも刑法第五十五条は連続したる数箇の行為が同一罪名に触るるときは一罪として之を処断する旨の規定にして同法第五十四条第一項前段は一箇の行為が数箇の罪名に触るるときは其の最も重に刑を以て処断する旨の規定なり。
即ち前者は数箇の行為に関する規定にして後者は一箇の行為に関する規定なれば前者の適用ある場合に於ては同時に後者の適用なきこと論を俟たざる所なりとす。
然るに原判決が前記の如く此両法条を同時に適用したるは擬律に錯誤あるものと謂はざる可らずと云ふに在れども◎一箇の行為にして数箇の罪名に触るる所の同一行為が連続して数回反覆せられたるときは之に対し刑法第五十五条を適用し、且、同第五十四条第一項前段を適用すべきものとす。
原判決の認定に依れば被告の行為は。
即ち一箇の行為にして数箇の罪名に触るる所の同一行為が連続して数回反覆せられたる場合なるを以て刑法第五十五条及同第五十四条第一項前段を適用したる原判決の擬律は正当にして論旨は理由なし。
第四点原判決は被告が泉順次郎紺野源助寺田慶吉の三名をして共に刑事上の処分を受けしめんことを決意し本年一月十九日不実の事項を記載したる無名の投書数通を作成し犯意を連続して同日之を大審院検事局宮城控訴院検事長秋田地方裁判所検事正秋田警察部長等に郵送し其頃各宛名に到達せしめ以て右三名を誣告したりとの事実を認定し之を以て連続したる数箇の行為が同一の罪名に触るるものとして刑法第五十五条を適用したり。
然れども誣告罪は人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむる目的を以て虚偽の申告を為すに因りて成立するものにして一事実を申告するに当り数通の書面を用ゆるも又は一箇の犯罪事実を同一犯罪捜査機関たる数箇の官署に対して申告するも之を以て数箇の誣告行為ありと謂ふ可からず。
殊に本件の如く被告が一箇の決意に基き数通の投書を同時に郵便に付し各所に発送したりとの事案に於ては之を数箇の誣告行為として観察するは失当にして須く一箇の誣告行為として観察す可きものなり。
然るに原判決が之を数箇の行為なりとし連続犯の規定を適用したるは擬律の錯誤なりと謂はざるべからずと云ふに在れども◎同一意思の発動の下に同一の誣告事項を記載したる書面数通を作り之を犯罪捜査の職責を有する官署に送致したるときは仮令該書面は同時に発送せられたるにもせよ申告を受くる官署にして各相異なる以上は其行為たるや一箇に非ずして連続したる数箇の行為なりとす。
左れば判示事実に関し刑法第五十五条を適用したる原判決の擬律は正当にして論旨は理由なし。
弁護人安達元之助上告趣意書第一点原判決は其冒頭に於て被告が泉順次郎並に検事紺野源助及署長寺田慶吉間に賄賂の授受ありて為めに検事署長が毒殺事件の検挙を懈るが如く事実を虚構し右三名をして共に刑事上の処分を受けしめんことを決意したるを説き。
而して右事実を認定するに当り第一審第一回公判始末書の被告米司供述中「自分は明治三十七年十二月三十一日順次郎の養父皆吉の死亡したるは順次郎夫婦に於て毒殺したるものなりとの評判を知れり順次郎は以前放蕩者なりしか基督教を信ずるやうになりてより品行改まりたるも同年頃に至り性格一変し権勢利欲に趨るやうになりし故十中八九皆吉を毒殺したるならんと思ひたり尚同四十三年十二月中泉浩なるもの秋田地方裁判所検事正に対し順次郎の毒殺事件を捜査し呉れよとの投書を為したることを新聞にて見たることあり自分は右の如き重大なる殺人犯を等閑に付するやうのことありては国家の為め憂ふべきことと思ひ紺野検事及び寺田大館署長は順次郎より収賄して捜査せざるものなりとの意味にて(中略)紺野検事及寺田警察署長は順次郎より賄賂を贈りたりと云ふことは只評判に聞きたるのみ又何等人より聞きたるか記憶せず同検事等が殺人犯の被告となるべき者と親密になし居るは宜しからざることと思ひたり云云」を援用せられたり。
抑も刑法第百七十二条誣告罪を構成するには犯人が予め主観的に事実の不存在を認知したることを要す。
換言すれば犯人申告の事実が独り客観的に存在せざるのみならず犯人の意識中先づ其申告事実の虚偽なることを知覚したることを要するものなり。
此故に苟も犯人に於て主観的に其事実の存在を信念したるものなるときは仮令客観的に其事実が存在せずとするも是れ単に犯人の確信が軽卒妄断に構成せられたる瑕瑾あるに過ぎずして未だ以て刑法上の誣告罪たるに適せざるものとす。
原判決が援用せられたる被告人の供述は前後を通じて犯人が順次郎検事署長間に賄賂の授受あることを疑感せしめ感知せしめたる径路を示すものにして偶偶以て被告人が当時主観的に贈賄収賄の事実あることを信じたる所以を説明するものに外ならざるを以て苟くも如上被告人の供述を以て刑法誣告罪を構成するに足るとするには更に被告人の供述の虚偽なる所以を明かにし当時被告人が主観的にも尚ほ賄賂授受の不存在を知悉したることを証明せざるべからざる筋合なるに原判決が漫然前記被告人の供述を援用して被告人に刑法第百七十二条の罪ありと断したるは法則に違背して不当に事実を認定し且つ理由不備の誤謬あるものなりと云ふに在れども◎原判決は第一審公判始末書に録取せる被告の供述のみならず
其他に証拠を挙示し之を綜合して論旨所掲の判示事実を認定したるものにして不当に事実を認定したるものに非ざるは勿論理由不備の不法なきを以て論旨は理由なし。
第二点原判決は被告人の行為を以て刑法第百七十二条第六十九条以外更に第五十五条に該当する所一箇の行為にして数箇の同一罪名に触るるものなるに付き同法第五十四条第一項前段第十条に依り最も重き紺野源助に対する誣告に従ふ旨を判示せられたり思ふに刑法第五十四条第一項前段は所謂想像的数罪に関する規定にして実体上の数罪に対する称呼たるに過ぎず。
即ち其結果は数箇なるも其行為は単一なる場合之を指示して想像的数罪と云ふ。
而して刑法第五十四条は連続したる数箇の行為にして同一の罪名に触るる場合を指すものとす。
連続犯に於ける連続の観念に付きては法律の規定を以て之を明かにすることを得ずと雖も凡そ日時場所の異同を問はず苟くも単一の意思を以て同種の行為を反覆し単一の法益を侵害するに於ては連続犯なりと云ふを得べし被害法益の単一なるや複数なるやは法律の保護する法益中各人に固有にして格別に之を観察し別箇独立なる犯罪の目的と為すことを得るものと包括的に之を観察し数箇の法益侵害を網羅し一括して之を犯罪の目的と為すことを得るものとあり人の生命名誉体躯等の如き其人と分離することを得ざる財産権の侵害は後者に属す。
故に意思継続するも数人を傷害するは併合罪として連続犯にあらざることは実に御院の判例の示すところ也換言すれば行為の連続犯を構成するや否やを決定するには先づ同一罪名に触るる数箇の行為ありや否やを審査し更に意思責任及結果の包括的単一なりや否やに依り連継と非連継とを分たざるべからざるなり。
原審判決に依れば被告は明治四十四年一月十九日数通の同一文書を作成し同日直ちに大審院検事局以下各司法官衙に投送したるものにして被告の意思状態と挙動事情とは継連して包括的単一行為を構成するに過ぎざるものなることは之を誣告罪の本質に照合するも尚ほ且つ甚た明白なる事柄なりとす。
而して被告の斯かる包括的単一行為は判示の如く各異りたる順次郎検事署長の法益を侵害したるものなるを以て其被害法益の数箇複数なることも亦多言を要せざる次第なるを以て被告の行為は唯た一の併合罪に該当するも決して連続犯の観念を容るることを許さざるもの也原判決が此法理を遺却して被告の所為に対し刑法第五十五条及第五十四条第一項前段を併せ適用したるは擬律の錯誤あるものなりと云ふに在れども◎被告の行為が合併罪なりとの論旨は被告の不利益に帰する論旨なるを以て上告適法の理由とならず其他論旨の理由なきことは弁護人江木衷等の上告趣意書第三点第四点に対する説明に就き了解すべし。
第三点同弁護人江木衷末繁弥次郎村岡吾一の上告趣意書を援用すと云ふに在れども◎其理由なきことは既に説明する所の如し
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事板倉松太郎干与明治四十四年十月三十一日大審院第一刑事部