私文書僞造行使公私金横領等ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）17輯513頁

本件上告は之を棄却す

被告裕上告趣意書第一点原判決は犯罪の証拠として被告竹村勲の予審調書（第一回乃至[ないし]第七回）を援用するに当り「……自分等が費消したる金額は罹災[りさい]救助金五十七円二十銭……」と供述記載ある旨を記載し恰も[あたかも]右罹災[りさい]救助金は上告人等が共謀の上横領費消したる如く犯罪の証拠として説明せり。 然れども[しかれども]同人第三回予審調書には「明治四十一年度の罹災[りさい]救助金を保管し置きたるもの五十七円二十銭及明治四十年度罹災[りさい]救助金五十七円二十銭を藤本佐市が費消したる為め……」「問藤本佐市は何時費消したるか」「答何時費消したるか知らず」藤本佐市が単独に一人にて費消したる旨を供述したる記載あるも同人及上告人等が藤本佐市と共謀の上費消したる意味に於ける供述即ち前記原判決に於て引用したるが如き調書の記載あることなし故に原判決は虚無の証拠を断罪の証拠に供したる不法の判決なりと云ふ[いう]に在れども◎記録を閲するに竹村勲第四回予審調書第二問答の部に論旨に摘示しある原判決の証拠説示と同趣旨の供述記載あり原判決は之れを採用したるものなれば所論の如き不法なし。

第二点原判決は上告人は原審共同被告藤本佐市竹村勲と共謀し明治四十年十月二十五日より同四十二年七月三十日迄の間に同村（観音村）公金千四百三十三円五十七銭九厘を横領したる旨を判示せり。 然れども[しかれども]其横領金額中五十七円二十銭の罹災[りさい]救助金は藤本佐市に於て単独の費消に係るものなることは原判決の援用せる同人の第二回予審調書に明記する所にして而かも[しかも]原判決は其他に上告人の共謀関係を見るべき犯罪の証拠を説明せず。 故に原判決は犯罪証拠の明示を欠きたる不法の判決なりと云ふ[いう]に在れども◎原判決は竹村勲の第二回予審調書第二問答及第四回予審調書第二問答の部に記載しある同人の供述を採用し之を判文列記の爾余の証拠と綜合[そうごう]し所論の判示事実を認定したるものなれば証拠の明示に欠くる所なく論旨は理由なし。

第三点原判決は上告人は右藤本佐市竹村勲と共謀の上藤本佐市の保管に係る愛国婦人会年醵金百二十二円及赤十字社年醵金四円を明治四十一年二月より同四十二年十二月迄の間に横領費消したる旨を判示せり。 然れども[しかれども]原判決の援用せる藤本佐市の予審調書には同人の保管中同人に於て単独に該金員を費消せる旨を明記しありて被告人と共謀の上横領したる旨を記載せざるのみならず其他原判決は上告人の共謀関係を見るべき犯罪の証拠を明示せず。 故に原判決は犯罪証拠の明示を欠きたる不法の判決なりと云ふ[いう]に在れども◎原判決は竹村勲の第四回予審調書第二問答の部に記載しある同人の供述を採用し之を判文所掲の爾余の証拠と綜合[そうごう]し被告裕等が所論金員を横領したる事実を判定したるものなれば証拠の説示に欠くる所なく論旨は理由なし。

同被告弁護人横山鉱太郎上告趣意書第一原判決第二事実は上告人は被告佐市勲と共謀の上被告佐市の保管に係る愛国婦人会年醵金百二十二円及赤十字社年醵金四円を明治四十一年二月より同四十二年十月の間に飲食其他に費消し之を横領したりと記載せらる然るに刑法第二百五十二条第一項の罪は占有中にある他人の物を横領するに依り成立し同条の犯罪を論するに当りては其費消したる物が他人の所有たることを認定し証拠に依りて之を明示せざるべからず。 原判決は右の如く単に愛国婦人会の年醵金若干及赤十字社の年醵金若干を横領したりと判示せるのみにて該金は何人より醵出[きょしゅつ]し乃ち[すなわち]何人の為めに占有中なりしや不明にして横領罪の要件たる事実の認定を欠き理由不備の失当ある裁判なりと云はざるべからずと云ふ[いう]に在れども◎刑法第二百五十二条第一項の横領罪を断するに当りては犯人の横領したる物は犯人以外の者に属し犯人が之れを占有せしことを判示するを以て足り論旨所掲の事実の如きは之を判示するの要なし。 而して[しこうして]原判決に被告裕は被告佐市勲と共謀の上被告佐市の保管に係る愛国婦人会年醵金百二十二円及赤十字社年醵金四円を費消横領したる旨を判示しある以上は該金員は犯人の占有に係る他人の物なること洵に[まことに]明なれば原判決は該犯罪事実の判示に欠くる所なく論旨は理由なし。

第二原判決は第二事実の第三項に於て上告人に対する公金横領並に文書偽造行使の犯行を認定せらる。 而して[しこうして]文書偽造と其行使との点に付、「前略其犯跡を蔽はんか為め明治四十年十二月二十八日より同四十二年七月三十日迄の間に同村役場に於て擅に[ほしいままに]左記人人の署名を使用し尚左記本人の印を使用して観音村収入役に宛てたる左記の領収証書を偽造し各其日附の当日同村役場に備附けて行使したり。」と判示しありて乃ち[すなわち]各領収証書は明治四十年十二月二十八日以降同四十二年七月三十日迄の間に各之を偽造し、而して[しこうして]此各偽造領収証書は其証書面日附の当日に役場に備附けて行使を遂けたりとせらる然るに其領収証書を表に編製して掲出せられある部を見るに森岡七兵衛名義金額五円三十銭の領収証書の日附は明治四十年十月二十五日にして又増田清蔵名義金額九十銭の領収証書の日附も同く明治四十年十月二十五日なり。 依て右二通の領収証書の偽造及其行使を前記原判決の認定に対応せしむるときは該証書は明治四十年十二月二十八日以後即ち其証書の日附以後に各偽造せられ此偽造領収証書は其証書面日附の当日即ち明治四十年十月二十五日に各役場に備付けて行使したることとなる左すれば証書の偽造以前に既に其証書の行使を為したりと云ふ[いう]奇怪なる現象たるに帰し右二通の偽造領収証書の行使に関する判示頗る[すこぶる]違法なりと云はざるべからず。 本件六十有余通の各領収証書の偽造及其行使は各連続犯なりとせるものなるを以て其各偽造領収証書の行使に付ては一一正確に之を判示することを要し単に二箇の領収証書に関するものとは云へ其行使の事実認定に付、右の如く違法ある以上は原判決は破毀せらるべき失当ありとなさざるべからずと云ふ[いう]に在り◎因で原判決を閲するに其判文に記載しある所は洵に[まことに]所論の如し。 然れども[しかれども]論旨摘示の部前段に「被告裕は云云被告佐市は云云被告勲は云云三名共謀して明治四十年十月二十五日より同四十二年七月三十日迄の間に於て同村収入役の保管に係る観音村公金千四百三十三円三十七銭九厘を云云擅に[ほしいままに]飲食其他の費用に費消し」と判示しあるのみならず所論森岡七兵衛増田清蔵の各領収証書の日附は何れも明治四十年十月二十五日なる旨を判示しあり、且、証拠説明の部に乙第四号証の五（所論森岡七兵衛の領収証書）及乙第十二号証の四（所論増田清蔵の領収証書）に明治四十年十月二十五日金員を受領せる旨の記載ありと説示しあるに依れば判文に「其犯跡を蔽はんか為め明治四十年十二月二十八日より同四十二年七月三十日迄の間に云云」とある「明治四十年十二月二十八日」は「明治四十年十月二十五日」の誤記なること洵に[まことに]明なれば原判決は所論の如き理由齟齬[そご]の不法あることなし

第三原判決は本件各横領行為及各文書偽造並に其行使罪は敦れも各連続せる一罪なりと認定処断しながら刑法第五十五条の適用を為さざりしは擬律錯誤の失当ありと云ふ[いう]に在れども◎連続犯を処断するに当りては刑法第五十五条の規定に準拠することを要するも必しも之を判文に掲記するを要せざることは当院判例の夙に[つとに]判示する所なり。 原判決は被告裕の第一の横領文書偽造及其行使の各所為並に第二の横領の所為は各連続せる旨を判示し刑法第五十五条に依り各一罪として処断せるが故に特に該法条を判文に掲げざるも不法にあらず。

第四原判決第一事実中上告人に関する部分の偽造領収書表中の島谷義郎名義明治四十一年三月三十一日附金額四円七十銭乙第二十二号の二とある領収証書の印章は有合印なりと認定しあるも之に対する唯一の証拠理由たる原判決挙示の証人「島谷ふゆ」の予審調書に依るときは「島谷義郎の観音村役場に対する売品のことは私が一切為し居れり。 乙第二十二号証の一及び二は金を受取りたるものにあらず。 役場の使来り計算の都合上領収証を記し呉れと云ひ白紙の領収用紙を出したるを以て私は其用紙に記名捺印し渡したる旨の供述記載あり」とありて、即ち右乙第二十二号証の二の印章は島谷義郎の印章を押捺したるものなりと云ふ[いう]に在るを以て右領収証書は本人の印章を不正に使用して偽造したることとなる然らば原判決は前記の如く島谷義郎の署名のみを用ひて偽造したるものなりと認定せるは其認定と証拠理由と相副はずして理由齟齬[そご]の失当ありと云ひ」第五同上領収証書表中川崎善助名義明治四十二年月日記入なき金額十六円四十五銭乙第二四号の九とある領収証書の印章は有合印なりと認定せられたるも原判決に挙示せらるる之れに対する唯一の証拠理由たる同人の予審調書に依るに「証人川崎善助の予審調書に乙第二十六号（二十四号の誤記と認む）の二及三は全く覚なく名下の印も私の印にあらず。 同号証の六、八、九は私の実印押しあるも覚えなき旨の供述記載あり」とありて乃ち[すなわち]右第二十四号証の九なる領収証書の印は同人の実印なりと云ふ[いう]にあるを以て其署名を偽造し、且、印章を不正に使用して領収証書を偽造したる節合たるに帰すべし。 然るに原判決は右の如く単に川崎善助の署名のみを使用して偽造したりと認定せるは其認定と証拠理由一致せずして所謂理由の齟齬[そご]ある失当の裁判なりとすと云ふ[いう]に在れども◎所論領収証書の印章が有合印なりとのことは文書偽造罪の構成に関係なき事実にして之が証拠を説示するの要なければ原審は判文所掲の証拠に依りて之を認めたるものにあらず。 故に論旨は理由なし。

同被告弁護人高木益太郎上告趣意書第一点原院判決は被告佐市の予審調書を援用し同予審調書に（前略）学校基本財産なる有価証券額面五百円一枚百円券一枚を明治三十九年中役場金庫中に保管し置きたるに盗難に罹り云云の記載ありと摘示せられたるも同予審調書には百円券二枚とありて一枚なることの見るべきなし左れば原院は虚無の証拠に依りて犯罪事実を認定したる違法あるとすと云ひ」第二点原院判決は被告佐市の予審調書を援用し同調書に（前略）村長長裕と肥料立替金の計算を為したる際佐太郎の弁償金六百十八円八十銭と相殺したるか云云の記載ありと摘示せられたるも同予審調書には弁償金六百八十一円八十銭とあるも六百十八円八十銭の記載あることなしされば原院は虚無の証拠によりて事実を認定したる違法ありとすと云ふ[いう]に在れども◎判文に「百円券一枚」とある「一枚」は

「二枚」の誤記又判文に「金六百十八円八十銭」とあるは「金六百八十一円八十銭」の誤記なること所論各調書に対照し洵に[まことに]明なれば原判決は所論の如き不法なし。

第三点原院判決は被告佐市の予審調書を援用し同調書に（前略）公金を費消せし為め役場内に於て甲第一、三、四号乙第一号乃至[ないし]二十八号証の領収証を役場員の全部又は一部の者と相談の上偽造せり云云の記載ありと摘示したるも果して被告佐市は役場員の全部と偽造に付き相談せりや否やを同証書に就き査閲するも役場員全部相談の事実の見るべきなしされば原院は虚無の証拠によりて事実を認定したる違法ありとすと云ふ[いう]に在れども◎被告佐市第二回予審調書（記録三一三丁及三一四丁）に論旨に摘示しある原判決の説示と同趣旨の同人供述を録取しあり原判決は之を引用したるものなれば論旨は謂はれなし

第四点原院判決は参考人原田樹楼の予審調書を援用し同調書に明治四十一年三月及四十二年三月中役場員の全部及村会議員十二名が自分方にて飲食し（中略）自分方には座敷を貸し其都度五十銭米若干宛を貰受けたる旨の供述記載ありと摘示せられたるも同予審調書には米代若干を貰受けとありて米若干を貰受けたることの記載あることなしされば原院判決は虚無の証拠によりて事実を認定したる違法ありとすと云ふ[いう]に在れども◎判文に「米若干」とあるは「米代若干」の誤記なること所論調書に対照し洵に[まことに]明なれば論旨は理由なし。

第五点原院判決は証人平井瀬助の予審調書を援用し同調書に乙第三号証の一及二は覚えなしと（（ト）の字誤記ならん）印も私のものにあらず。 云云供述記載ありと摘示したるも同予審調書には乙第三号証の二を示し供述を為さしめたる記載あることなしされば原判決は虚無の証拠によりて事実を認定したる違法ありとすと云ふ[いう]に在れども◎証人平本瀬助（論旨に平井とあるは平本の誤記と認む）予審調書に「此時乙第三号証の一、二を示す答更に覚なし。 云云」と記載しあるを以て予審判事が該証人に乙第三号証の二を示し供述を為さしめたること洵に[まことに]明なれば論旨は謂はれなし

第六点原院判決は其事実認定の証拠として広島地方裁判所予審判事の作成に係る第十一号表を援用し同表中消費金額総計表と題する部に左の記載あり（中略）右の内一金百七円六十三銭九厘偽造領収証中正当支払、一金千二十七円三十四銭一厘村税にて正当支払、一金四十八円四銭九厘正当支払、（中略）差引金千六百十九円八十二銭一厘公金費消総計、云云と摘示せられたるも該表は予審判事が違法なる証拠調によりて必証を構成し作成したるものなれば採りて断罪の資料に供し得べきものにあらず。 左に逐一違法の点を挙示すべし。 （一）明治四十二年十月六日検事は長裕、藤本佐市に対する公私文書偽造行使公金横領被告事件に付き起訴を為したるに同年十月九日予審判事は右事件の証人として畠山元吉今本来次梅田八十六笠井唯一田原金蔵川崎善助を訊問し同日検事は竹村勲前田八重吉同同幸一に対し長裕藤本佐市の共犯なりとして起訴したりされば爾後[じご]右証人等を訊問する必要あるときは更に刑事訴訟法第百二十三条の関係を訊問し其有無を確めざるべからざるに同月二十三日畠山元吉を同年十一月四日今本来次を同月六日梅田八十六笠井唯一田原金蔵川崎善助を証人として訊問するに当り刑事訴訟法第百二十三条の関係の有無を確めず直ちに証人として供述を為さしめたるに拘はらず之れによりて第十一号表を作成したり。 或は曰はん右第十一号表は証人の供述に信を措きたるの形跡あることなしと。 然れども[しかれども]右証人等の訊問調書を査閲するに十月二十三日の畠山元吉の訊問調書に乙第二一号証の二三を示し木炭其他役場の必要品代金と飲食物との区別を申立てしめ十二月四日の今本来次訊問調書に甲第四〇号証の一を示し学校建築人夫賃金額を供述せしめ同月六日の梅田八十六訊問調書に乙第八号証の二並に乙第十八号証の三を示して作物の損害金並に埋立土代を明かにし同日の笠井唯一訊問調書に小学校建築請負費を供述せしめ同日の田原金蔵訊問調書に菓子代及び人夫賃を供述せしめ同日の川崎善助訊問調書に甲第四十八号証の（ロ）の二十七を示して学校敷地売渡代を明にし、而して[しこうして]之等は正当支出として一号表乃至[ないし]十号表中に掲げらる更に第十一号表に援用せられ正当支出差引金千六百余円公金費消総計となりて表示せられたり之によりて見れば予審判事は右違法の証拠調によりて必証を構成し第十一号表を作成するに至れること明なり。 然るに斯る違法の証拠によりて成れる第十一号表を断罪の資料に供したる原判決は亦[また]。 従て違法にして破毀を免れざるものとすと云ふ[いう]に在り◎因で記録を案するに所論第十一号表は予審判事が取調の便宜上作成したるものに過ぎざれば素何等証明力なきものなれども同判事が之を被告佐市及被告勲に示し同人等が之を承認したること明なれば（被告佐市第四回予審調書第四問答の部及被告勲第五回予審調書第四問答の部参照）該表は之に依りて有効の証拠となりたるものなり。 故に該表の効力を論するに当りては其資料となりたる証人供述の効力如何[いかん]を問ふの要なきものとす。 然れば原審は之を断罪の証拠に採用したるは正当にして不法にあらず。 （判旨第十二点）

第七点原判決は被告長裕等は有合印を使用し明治四十二年二月三十一日附小松貞吉名義観音村収入役竹村勲宛佐方尋常小学校修繕費三十三円四十三銭の受取証（乙第十三号証の二）を偽造せりと判示せられたり然りと雖[いえども]も今証拠説明の部を見るに証人小松順造の供述として「貞吉は私の父なり。 乙第十三号証の二は佐方尋常小学校の修繕を為し其賃金三十三円二十三銭を受取りたる節の受取証なるも同証には三十三円四十銭とあり父の記載したるものにあらざる故分らざる旨記載あり」とせられたり之によりて見れば同証書は単に貞吉の自筆にあらざることは明なるも直ちに以て被告等が偽造したるものなりと云ふ[いう]を得ずして却て三十三円二十三銭を受取りたるとき貞吉が差出したるものにして正当なる受領証なるを知るべし仮りに之れを偽造したるものとするも有合印を押捺したるや否やは全く不明なり。 要するに原判決は証拠によらずして事実を認定したるの違法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎論旨前段は原審の職権に属する証拠判断事実認定の批難に過ぎざれば上告の理由とならず又所論領収証書に有合印を使用したりとのことは文書偽造罪の構成に関係なき事実にして証拠に依りて之れを認定したる所以を説示するの要なければ論旨後段も亦[また]理由なし。

第八点原判決は有合印を使用して明治四十一年三月三十一日附島谷義郎名義観音村収入役竹村勲宛半紙代金四円七十銭の受取証（乙第二二号証の二）を偽造せりと判示せられたり。 然れども[しかれども]此点に関する証拠説明の部を見るに証人島谷ふゆの予審調書に「島谷義郎の観音村役場に対する売品の事は一切私かなし居れり。 乙第二二号証の一及二は金を受取りたるものに非ず役場の使来り計算の都合上領収証を記し呉れと云ひ白紙の領収用紙を出したるを以て私は其用紙に記名捺印し渡したる旨の供述とあるのみ之れに仍りて之れを見れば被告等は有合印を用ひたるにあらざるは明なりと云ふ[いう]べし。 然らば原判決は同上の違法ありと云はざるべからずと云ひ」第九点原判決は被告等が有合印を用ひて明治四十二年（月日なし。 ）附川崎善助名義収入役宛金十六円四十五銭の受取証（乙第二十四号の九）を偽造したりと判示せられたりと雖[いえども]も此点に関する証拠を見るに川崎善助予審調書に「（前略）同号証二十六号（二十四号の誤記と認む）の六、八、九は私の実印押しあるも覚なき旨」とあるのみ然らば有合印を用ひたるに非ずして本人の印を用ひたることは明なりと云ふ[いう]べし。 果して然らば原判決は前同様の違法ありと云はざるを得ずと云ふ[いう]に在れども◎其理由なきことは同被告弁護人横山鉱太郎上告趣意書第四及第五に対する説明に依り了解すべし。

被告佐市佐太郎弁護人法学博士花井卓蔵弁護人渡辺澄也上告趣意書第一点原判決は被告勲が原院公廷に於て「自分は（中略）四十年四月以来村の公金を費消し云云」の旨供述せりとなし之を断罪の証拠に採用したり。 依て原審公判始末書を閲するに同人の供述として「私が収入役として実際の事務を取扱ひ始めしは明治四十二年四月一日より同年七月三十日迄の間に於て村公金を飲食費等に費せり云云」の旨録取せられ四十年以来村の公金を費消したる旨の供述記載あることなし。 従て原判決は四十年四月より四十二年四月に至る迄の犯罪事実に関し虚無し証拠を採で断罪の資料に供したるの不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎判文に「明治四十年四月以来云云」とある「明治四十年」は「明治四十二

年」の誤記なること所論公判始末書に対照し明なれば原判決は所論の如き不法なし。

第二点原判決は証人増田清蔵予審調書に「乙第十二号証の一乃至[ないし]五、七、八中五の分は名下に私の印押しあり（中略）其他の分は覚なく名下の印も私のものにあらざる」旨換言すれば乙第十二号証中五の名下の印は同人の印章なるも其余は全部知らざるものなりとの供述記載ありとして之を証拠に採用したり。 依て同調書を閲するに乙第十二号証の五と六、八は私の印に相違なく。 従て同証は覚ある旨換言すれば乙第十二号証中五は勿論六、八も亦[また]之を承知する旨の供述記載あり。 従て原判決は爰点に於て虚無の証拠を採で以て断罪の資料に供したるの不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎増田清蔵の予審調書を閲するに「答乙第一二号証の五と六は私の印に相違なきも其他は私の印てありません更に覚なきものなり。」とあり（論旨は該調書に「六、は」とあるは「六、八」なりと云ふ[いう]も該調書中右記載の次に「間然らば乙第一二号証の五と六は覚あらん」とあるに依れば右「六、八」は「六は」の意味にして「六及八」の意味にあらざること疑なし。 ）。 而して[しこうして]同調書に「同号の六に対しては全部受解りたり」とありて原判決も同号の六に付ては横領又は文書偽造の罪あることを認定せざるを以て原判決の証拠説示に所論の如く「六」の字を遺脱しあるも之れが為めに被告の罪責に何等の影響をも及ぼすことなければ論旨は理由なし。

第三点原判決は小松順造予審調書中「乙第十三号証の一一は佐方尋常小学校の修繕をなし其賃金三十三円四十銭とあり云云」の供述記載ありとなし之を証拠理由に採用したり。 然るに同調書を閲するに予審判事は同人に対して乙第十三号証の一一なるものを示したることなく。 従て同人が同証に関し斯の如き供述をなしたる事跡の見るべきものなし乃原判決は爰点に於て虚無の証拠を採で以て断罪の資料に供したる不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在り◎因で証人小松順造（論旨に順蔵とあるは誤記と認む）の予審調書を閲するに「此時乙第一三号証の一、二を示す答（前略）乙第一三号の二は昨年中佐方尋常小学校修繕を為し其賃金三十三円二十三銭を受取りたるものなり。」とあり原判決は此供述を引用したるものにして判文に「一一」とあるは「二」の誤記なること洵に[まことに]明なれば原判決は論旨の如き不法なし。

第四点原判決は押収物件中甲第一号証甲第三号証甲第四号証なるもの存在せさ（（サ）の一字誤記ならん）りとなし之を採で証拠説明の用に供したり。 然れども[しかれども]一件記録に就て押収品目録を閲するに甲第一号証第三号証甲第四号証なるもの絶で存することなし。 従て原判決は爰点に於て虚無の証拠を採で断罪の資料に供したる不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎原判決に甲第一号証とあるは証拠物件目録（記録五丁）に掲げある一号の金十七円八十五銭の領収証を謂ひ甲第三号とあるは同目録（記録二一丁）に掲げある三号の金十六円の領収証を謂ひ甲第四号証とあるは該目録（同丁）に掲げある四号の金四円四十三銭の領収証を謂ふこと各証拠の番号金額が両両互に相符合するに依りて洵に[まことに]明なり。 故に原判決は論旨の如き不法なし。

第五点原判決は被告佐太郎同佐市共謀の上田原金蔵名義（乙第一九号証の一）明治三十八年十一月三十日附金額十五銭の領収証を偽造したる事実を認定すれども其証拠理由に依れば該偽造領収証の日附は明治三十八年十一月一日なりと説明せり。 即ち原判決は爰点に於て理由齟齬[そご]の不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在れども◎判文事実判示の部に「明治三十八年十一月三十日」とあるは「明治三十八年十一月一日」の誤記なること判文上明なれば論旨は理由なし。

第六点原判決は予審判事勝沼保一郎作成の第十一号表（記録七九六丁）中「金四十九円三十二銭代納金差引金千六百十九円八十二銭一厘公金費消総計」の記載ありと説明して之を断罪の証拠に採用せり

依て右第十一号表なるものを閲するに二箇所共に貼紙を為して右の記載を為し貼紙の下前者には五十円三十四銭と記載し後者には千六百十八円八十銭一厘と記載せること明白なりとす。 而して[しこうして]刑事訴訟法第二十一条第一項は官吏公吏の書類作成には改竄[かいざん]を禁じ若し挿入削除及欄下の記入あるときは字体を存して之に認印すべき旨を規定するも貼紙を為して挿入削除に代ゆるは其認めざる所なれば該貼紙並に其記載は何等の効力を生ぜざるを以て貼紙の下に記載せられたる金額は該文書の記載として適正の効力を保有すべきものとす。 果して。 然れば該表の記載と原判決援用の記載とは其金額を異にするを以て原判決は被告等の費消したる金額に付き虚無の証拠を断罪の資料に供したる不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在り◎因で按ず[あんず]るに所論第十一号表なるものは予審判事が取調の便宜上作成したる計算表にして法律の規定に依りて作成したる文書にあらず。 故に刑事訴訟法第二十一条の規定に依らず貼紙を為して文字を訂正するも訂正の効なきものにあらず。 論旨は理由なし。 （判旨第二十点）

第七点相被告並に其弁護人より提出したる上告趣意書は総で之を援用すと云ふ[いう]に在れども◎其理由なきことは相被告並に其弁護人の論旨に対する説明に依りて了解すべし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事中川一介干与明治四十四年四月六日大審院第二刑事部