不法逮捕恐喝取財ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）16輯1651頁

本件上告は之を棄却す

被告弥兵衛弁護人横山鉱太郎上告趣意書第一点原判決は上告人は相被告人久和嘉太郎と謀り酒井政次郎を恐喝して金銭を交付せしめんと欲し之を上告人宅に招致し嘉太郎は刑事巡査なりと詐称して政次郎を塩の故買者なりと詰責し手にて数回同人の頭部を乱打し、且、袂より麻縄を取出し其両手を縛し更に殴打を加へ味噌代金と塩の損害金との支払を要求し若し其支払を承諾せざるに於ては同人を警察署に引致すべしと恐喝したるより政次郎は支払の義務なきものなるも嘉太郎を真実刑事巡査なりと信じ且つ制縛殴打せられたるに畏怖し其支払を承諾したるに依り上告人は同人より金十一円三十銭の交付を受けたりと本件事実を認定し以上の犯行に対し刑事巡査と詐称したるは警察犯処罰令第二条第二十号に政次郎を制縛したるは刑法第二百二十条第一項に恐喝の点は同法第二百四十九条第一項に各該当すべきものとし各所為に付、刑法第五十四条第一項を適用し処断せられたり。 然れども[しかれども]右の官職詐称及不法逮捕の行為は何れも目的たる恐喝罪の一部事実たるに過ぎずして合して単純なる恐喝罪を成すものとするを至当なりと信ず。 蓋し[けだし]刑法第二百四十九条の罪に付ては被害者に加へたる恐喝の方法を別に例示せざるを以て見れば其官職を詐称するは或は祈祷呪咀等を行ひ迷信上の畏怖を利用するか（警察犯処罰令第二条第十七号）又は制縛を加ふるか或は身体に加害すべく脅迫的告知をなすこと等を以て畏怖心挑発に資したる場合に於て右の各行為は斎しく恐喝罪の一部にして其罪に結付けられ該行為を分別し特に警察犯処罰令違犯不法逮捕罪又は脅迫罪等の擬律を為すべきものにあらざること極めて明かなり。 然らば則ち原判決が上記の如く法条を適施したるは擬律錯誤の裁判にして破毀を免れずと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]所掲判示事実は被告等は他人に対して官名を詐称し、且、其者を制縛し以て不法に害悪を加ふべきことを告知し之を畏怖せしめ金円を交付せしめたるものなりと謂ふに在れば恐喝罪を遂行する為めに官名詐称及び不法制縛の所為を行ひたるものなること洵に[まことに]明白にして右二箇の所為が恐喝罪の具体的犯罪構成の事実たることは固より[もとより]論なきも該所為は寔に[まことに]恐喝罪を犯すに付き普通用ゐらるる手段にして而かも[しかも]恐喝罪の特別構成要素に属せざるを以て刑法第五十四条に所謂犯罪の手段たる行為にして他の罪名に触るるものに該当す蓋し[けだし]恐喝罪は恐喝の所為と財物を交付せしむる所為とを以て構成し、而して[しこうして]恐喝の所為は他人に害悪を通告し之を畏怖せしむるの謂なれば其害悪を通告する手段として用ひたる官名詐称若くは不法制縛の所為の如きは恐喝の所為中に当然包含せらるべきものに非ずして別箇の所為たるべきものなればなり。 故に原判決に於て所論二箇の所為を以て恐喝罪の構成要素に該当するものと判示せず刑法第五十四条に依り処断すべき一箇の牽連[けんれん]犯罪を構成する別箇の所為なりとして各別に擬律したるは相当なり。

第二点原判決は上告人の相被告久和嘉太郎が酒井政次郎を麻縄にて縛したる犯行に付き其犯責を上告人にも科し刑法第二百二十条第一項を適用せられたるも上告人が該犯行の共同者なりとのことは之を認め得べき証憑[しょうひょう]の挙示なく。 即ち原判決は理由不備の違法ある裁判なりとすと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]原判決に拠れば被告は相被告久和嘉太郎と酒井政次郎を恐喝し金円を交付せしめんことを共謀したるものにして其恐喝の手段として用ゐたる制縛の所為に至ても被告等の共謀に出だるものなること判文上裕に之を認め得べきが故に被告が右制縛の所為を実行せざるも其罪責に任ずべきは当然なり。 而して[しこうして]原判決に於ては相被告嘉太郎が政次郎を制縛したる事実の証憑[しょうひょう]を挙示しあるを以て之に依りて共謀者たる被告の不法制縛の所為を認定するに余りありと謂ふべし。 本論旨は理由なし。

第三点警察犯処罰令第二条第二十号規定の官職詐称は自ら官職を詐称したる者のみを律すべき法意にして他人の詐称を故意に利用したる者又は他人をして詐称せしめたる者等を包含せず。 然らば詐称者は久和嘉太郎のみなることを認めたる原判決が其罪責を上告人にも負担せしめたるは理由の不備にあらざれば擬律錯誤の違法ある裁判なりと謂はざるべからずと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]原判決は被告等が共謀して官名詐称又不法制縛の手段により酒井政次郎を恐喝し以て金円を交付せしめたる事実を判示したるものなれば仮令[たとい]被告自ら官名を詐称せざるも相被告嘉太郎に於て官名詐称の所為ある以上は被告も亦[また]其所為に付き責を負ふべきや勿論なり。 故に原判決が被告に対して官名詐称の所為を論したるは相当なり。

被告嘉太郎及弁護人石沢斎造上告趣意書第一点原判決には有罪の証憑[しょうひょう]として当被告人に対する司法警察官の聴取書を援用せり。 然るに該聴取書には其終りより前に遡りて二枚目と三枚目との間に之れを作製せし亦[また]埴警部の契印を欠如せるが故に無効なり。 蓋し[けだし]刑事訴訟法第二十条は単に刑事訴訟法の規定により作製すべき書類に限り適用あるに止まり司法警察官の聴取書の如きは此限りにあらずとの説ありと雖[いえども]も同条には「官吏公吏の作るべき書類には」とありて右の如き制限的の文字なく。 而して[しこうして]該条は刑事被告事件に付き作成すべき書類に関し遵守すべき一般の原則を規定したるもの（四十二年五月発行判例要旨類集三九五頁）なれば縦し[よし]刑事訴訟法中に規定なき書類と雖[いえども]も苟くも刑事被告事件に関し作成する書類殊に実質上予審訊[しんじん]問調書に亜くべき司法警察官の聴取書の如きは該条の適用あるべきものなるを以て其作成者の契印欠如あるは無効の聴取書たるや明かなり。 此無効の聴取書を採で断罪の証拠とせし原判決は不法なりと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]司法警察官の作成する聴取書なるものは刑事被告事件に関して作成するものなりと雖[いえども]も本と刑事訴訟法の規定に依るべきものに非ざれば同法第二十条に違背するも無効にあらず。 蓋し[けだし]同条に所謂官吏公吏の作るべき書類とは官吏公吏が刑事訴訟法に従ひ作るべき書類を謂ふものに外ならざればなり。 故に所論聴取書に作成者の契印を欠くも之が為めに無効に帰すべきに非ざるを以て之を罪証に供したる原判決は違法に非ず

第二点刑事訴訟法第九十五条第二項に被告人の予審訊[しんじん]問調書には被告人に署名捺印せしむべきの規定あり。 然るに原判決が採で被告人の有罪たる証拠に供せし被告人和田弥兵衛予審訊[しんじん]問調書には弥兵衛の署名のみに止まり捺印を欠如せり同人拘留中に係るを以て印章を携帯せざるも拇印も亦[また]捺印の効あることは御院判例の夙に[つとに]認むる所なり。 然るに該調書は被告人の署名のみに止まるは則ち刑事訴訟法第九十五条の規定に違反する無効の予審調書なるに之を証拠とせしは不法なりと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]刑事訴訟法第九十五条第二項に於ける予審調書に被告人の署名捺印を要すとの規定は明治三十二年法律第七十三号を以て追加せられたる同法第二十一条の二に依り自ら変更を受け被告人捺印すること能はざるときは署名のみを以て足るものとす。 故に所論予審調書に被告人の署名のみありて捺印なきも違法に非ず。 従て該予審調書を援用したる原判決も亦[また]違法に非ず

第三点被告人久和嘉太郎は原院が認むる如く酒井政次郎を制縛殴打せしことありて為めに政次郎が弥兵衛との取引残金及塩に関する賠償金と指唱する金円を支出するを一旦略ほ承諾せるものとするも嘉太郎は元来弥兵衛が嘉太郎に一任しながら酒気を帯ひて嘉太郎と政次郎との談判に干渉するを不快に感し一旦政次郎が略ほ承諾せしを機として其後の談判成行を顧みず中途に其席を去りて帰宅し爾後[じご]復た本件に干与せず而て其後の成行如何[いかん]と云ふ[いう]に嘉太郎が帰宅後政次郎は翻然前の承諾を無視し出金を否拒する態度に変したるが故に弥兵衛は煙管を以て数回政次郎を殴打し且つ電話を以て裁判所へ政次郎の故買者なることを通知すべきことを以て政次郎を恐喝し是に於て政次郎は愈愈出金を承諾し且つ金額も弥兵衛の主張に服従し、而して[しこうして]其翌日弥兵衛が政次郎より金員を受領せるものなり。 若し嘉太郎の同席中に政次郎が一旦承諾せし儘にて嘉太郎が去りたる後も政次郎の意思態度に変更なかりしならば嘉太郎が去りたる後に於て弥兵衛が更に煙管にて政次郎を殴打し、且、故買者たることを裁判所へ電話にて通知する抔と恐喝する必要なきなり。 （公判始末書）即ち裁判長「金員は何程迄取立つ筈になりたるや」との間に対し「自分が取極める考てありましたか和田が大酔を為し居りて傍より喧敷云ひますに付、自分は多少腹を立てしを以て熊吉は円満に話をして遣れと云ひ聞け立帰りたるのであります。 故に其後の事は知らざるを以て亦[また]金円は何程受取りたるやも存せず」と答へ居るのみならず被害者政次郎の供述殊に原判決に援用する同人の予審訊[しんじん]問調書に依り、且、其他本件関係人の供述に徴するも嘉太郎が談判中途に帰宅し其後に於て愈愈出金することとなり金額も定まり其授受も弥兵衛が之を為し嘉太郎は帰宅後一切本件に干与し居らざること亦[また]明白なり。 又嘉太郎の談判中に政次郎が一旦略ほ出金を承諾せし言詞ありしも個は真箇の承諾に非ざりしことは嘉太郎が帰宅せし後に於ける弥兵衛及政次郎の言動に依て明なり。 如上の変更にして而て嘉太郎が半途にあって本件の関係を断ちて弥兵衛と共に遂行せざりしは外部の妨害に因りたるに非ず全く自己の任意に基くものにして、即ち中止犯なり。 然るに原院が此事実を認めざりしは極で不当たるを免れずと雖[いえども]も個は適法の上告理由たるを得ずとするも茲に[ここに]上告の理由となり得可きは証拠により理由を付せざるの点に存す。 抑も原判決に援用せし聴取書及予審調書は政次郎の調書を始め其他何れに拠るも其主旨に徴せば嘉太郎が本件の関係を脱し爾後[じご]一切之に干与せずして任意に中止したるものたること明かなるに原判決に此証拠を採用しながら之に反する事実即ち漫然弥兵衛と共に恐喝取財を遂行せしものとなし任意中止に非ずと認定する証拠上の理由を付せざりしは不法たるを免れずと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]本論旨の前段は原判決の認定せざる事実を主張し以て原審の職権に属する事実の認定を非難するものに外ならざれば適法の上告理由とならず。 而して[しこうして]原判決に援用せる証拠には所論の如く被告が犯行を任意中止したる事実の説示あることなく又判示事実を認めたる証憑[しょうひょう]は一一列挙しありて原判決には理由不備の違法あることなければ後段諸旨も亦[また]理由なし。

被告弥兵衛弁護人甘粕勇雄上告趣旨書第一点本件は明治四十二年二月三日の予審請求に係る被告弥兵衛嘉太郎両名に対する不法逮捕恐喝取財事件の予審進行中同年同月十九日の予審請求に係る被告浅次郎に対する偽証事件を惹起[じゃっき]したるものなり。 而して[しこうして]此両箇の被告事件の予審終結決定に於て併合せられ。 従て第一審及原院の公判に於て併合審理せられたるものなること一件記録中の予審終結決定書第一審及原院の公判始末書及原院判決書に徴し当に疑なき所なり。 然れども[しかれども]其併合は予審の終結決定に始まり其前予審の審理中に於ては両箇の被告事件が形式上全然別箇の被告事件を為したるものなること明治四十二年（チ）第二八八号及四十二年（チ）第二八九号両箇に分離せられたる一件記録自体に徴し洵に[まことに]明白なる所なり。 若し此両箇の被告事件が四十二年（チ）第二八九号予審開始の当初より併合審理せられたるものとせば此両箇被告事件は形式上一箇の訴訟事件を構成し独立別箇の訴訟事件を構成するものに非ざるが故に被告弥兵衛嘉太郎の両名は被告浅次郎の偽証事件に付ても亦[また]被告人としての訊問を受く。 可く証人として受け得べき筋合に非ざること勿論なり。 然るに第一審の予審に於ては被告弥兵衛嘉太郎の両名を四十二年（チ）第二八九号の証人として訊問し又第一審公判始末書中四十二年（チ）第二八九号事件記録中として予審に於ける「中略」証人和田弥兵衛証人久和嘉太郎「中略」訊問調書の記載あるを以て見るも此両箇の被告事件は予審終結の決定に於て始めて併合せられたるは一点の疑を容れざる所なり。 果して然らば第一審公判に於て呼出したる証人酒井政次郎参考人和田熊吉及原院に於て呼出したる窪田正保に関する公訴裁判費用は併合審理の結果被告三名に付き三分し内一部は被告浅次郎の負担とし其他の部分は被告弥兵衛嘉太郎両名の連帯負担とすること固より[もとより]当然なりと雖[いえども]も併合前の公訴裁判費用即ち予審審理中の公訴裁判費用は明治四十二年（チ）第二八八号の分は被告弥兵衛嘉太郎の連帯負担とし四十二年（チ）第二八九号の分は全部被告浅次郎の負担とするか当然なり。 即ち被告弥兵衛嘉太郎の側より云へは四十二年（チ）第二八八号の予審に付、呼出したる証人酒井政次郎参考人和田栄吉同和田八重同布引ちか同和田ひちゑ同相田熊吉及証人松村浅次郎に関する公訴裁判費用（日当請求したるものとし）は被告両名の連帯負担すべきこと勿論なるも四十二年（チ）第二八九号の予審に付、呼出したる証人和田弥兵衛同久和嘉太郎同岸本竜太同岡本熊次郎同酒井政次郎同湯川義夫に関する公訴裁判費用（岸本竜太岡本熊次郎両名日当を請求して給与を受けたるものなり。 ）は被告浅次郎に於て全部負担すべきものなり。 然るに原院判決は「公訴裁判費用は第一二審を通じて之れを三分し其二分を両名の連帯負担とす。」と言渡し被告浅次郎の負担すべき前記四十二年（チ）第二八九号の予審費用迄も被告弥兵衛嘉太郎の両名に連帯せしめたり。 是れ被告弥兵衛嘉太郎両名の利益を侵犯する不法の判決と云はざる可らず原院判決が適用したる刑事訴訟法第二百一条には「裁判所の職権を以て」とあれども是只特に検事の請求なくとも裁判所自ら被告人に訴訟費用の全部を負担せしむるや将た[はた]其一部を負担せしむるやの問題を決し、且、之を言渡す可しとの法律の精神に止り敢て甲事件の甲被告人に対し乙被告人の負担すべき乙事件の訴訟費用迄も職権を以て負担せしめ得るの律意にあらざること洵に[まことに]明瞭なりと云ふ[いう]に在り◎依て記録を閲するに予審に於て要したる公訴裁判費用は金六十銭にして右は証人岸本竜太岡本熊次郎の両名が和田弥兵衛久和嘉太郎の不法逮捕恐喝取財被告事件及び松村浅次郎の偽証被告事件に付き出頭したる日当に係り控訴審に於て要したる公訴裁判費用は金九十三銭にして右は証人窪田正保が前同一被告事件に付き出頭したる日当なりとす。 原判決に於て第一審及第二審に於ける公訴裁判費用と謂ふものは之を指称したるものに外ならざれば右費用を三分し其二分を被告弥兵衛嘉太郎両名に連帯負担せしめたるは相当にして他の被告事件に付き要したる費用を其事件に関係なき被告等に負担せしめたる違法あることなし

第二点原院判決は被告弥兵衛嘉太郎の不法逮捕恐喝取財に関し被告弥兵衛の警察部に於ける聴取書同嘉太郎に対する司法警察官の聴取書松付浅次郎聴取書前田栄吉の警察部に於ける聴取書和田熊吉の同上聴取書和田八重の同上聴取書証人酒井政次郎の第一回予審調書を採で証拠とし以て断罪の資料に供したり。 然るに原院公判始末書に依れば原院が採で以て罪証に供したる証拠中被告弥兵衛が警察部に於ける聴取書和田八重の警察部に於ける聴取書被告人並に酒井政次郎の予審調書原審公判始末書は被告人に読み聞け以て弁解を為す可しと告げたるも被告嘉太郎に対する司法警察官の聴取書松村浅次郎の聴取書前田栄吉の警察部に於ける聴取書和田熊吉の同上聴取書に付ては被告人に読み聞けて弁解をなさしめざりしものなり。 原院公判始末書中原審公判始末書を読み聞けとあるも原審公判始末書には裁判長は四十二年（チ）第二八八号事件の記録中一、報告書一、酒井政次郎始末書一、酒井政次郎和田弥兵衛久和嘉太郎松村浅次郎布引ちか前田栄吉和田熊吉和田八重各聴取書云云右証憑[しょうひょう]書類を読み聞け之が意見を問ひ云云と記載しあるの外其聴取書の内容に付ては何等記載する所なし。 故に原院に於て原審公判始末書を裁判長が読み聞けたるは只其列記せる各聴取書の名目を読み聞けたるに止まり毫も[ごうも]其内容に関しては被告人に示し又は読み聞けたるものにあらず。 然るに原院に於ては被告人に示して弁解を求めざる証拠即ち被告嘉太郎に対する司法警察官の聴取書松村浅次郎の聴取書前田栄吉の警察部に於ける聴取書和田熊吉の同上聴取書を採りて断罪の資料となし判決をなしたるものなり。 故に原院に於ける判決は此点に於ても御院に於て既に認めらるる如く不法なる判決なるを以て破毀を免れざれものなりと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]原審公判始末書に裁判長が所掲証憑[しょうひょう]書類を読み聞けたる旨記載しある以上は其書類の内容を挙けて読み聞けたること明確なれば本論旨は理由なし。

第三点原判決は被告弥兵衛が相被告人嘉太郎と計り酒井政次郎より金銭を交付せしめんと欲し之れを上告人宅に招致し嘉太郎は刑事巡査なりと詐称し政次郎を塩の故買者なりと詰責して殴打制縛し弥兵衛の味噌売代金の残額と塩の損害金との支払を要求し若し之に応せざるときは之を警察署に引致すべしと恐喝し政次郎は支払の義務なきものなるも嘉太郎を真実の刑事巡査なりと信じ且つ制縛殴打せられたるに畏怖し其支払を承諾したるにより被告弥兵衛は同人より金十一円三十銭の交付を受けたりとの本件事実を認定し以上の犯行に対し刑事巡査なりと詐称したる点は警察犯処罰令第二条第二十号に政次郎を不法に逮捕したる点は刑法第二百二十条第一項に恐喝取財の点は同第二百四十九条第一項に各該当するものとし同第五十四条第一項第十条に由り重き恐喝取財に対する刑に従ひ之を処断したり。

然れども[しかれども]右の官職詐称及不法逮捕の行為は本件に於ては恐喝罪の構成部分を為すものにして恐喝罪を離れて官職詐称不法逮捕の犯罪あらざるなり。 恐喝罪に於て被害者の財物を奪取するは加害者の行為に被害者が畏怖したるに原因することを要するは最も明瞭なる所にして其加害者の行為即ち恐喝の手段は暴行又は脅迫なりとす。 暴行を以て人を恐喝すとは先づ暴行を加へ尚恐喝者の求めに応せずんば尚継続して暴行を加ふべしと脅迫する場合にして本件は正に暴行を以て恐喝したるものなり。 我国の学者旧刑法三百九十条に於て詐欺取財罪の規定中恐喝の文字あるのみにして何等独立の法条なかりしと刑法二百四十九条人を恐喝して財物を交付せしめたるものとの記載あるのみなるより多くは暴行を以てずる恐喝を否認せんとする傾きあり。 然れども[しかれども]恐喝罪は暴行脅迫の手段を以て犯し得べきことは中欧の学説の殆んど一致する所にして瑞西刑法草案第七十七条墺太利刑法草案第二百五十二条諾威新刑法第二百六十六条の如きは暴行又は脅迫を以て恐喝罪を犯し得べきことを明言せり刑法第二百四十九条に恐喝の手段を規定せざるは暴行を以てずる恐喝を除外せるにあらずして如何[いかん]なる手段によるも被害者を畏怖せしめ財物を交付する意思決定せしめたる場合に於て猶恐喝罪たるを認容したるの法意と解するを正当と信ず。 而して[しこうして]本件被害者は官職詐称不法逮捕殴打等により初めて畏怖し自分に義務なき出金を承諾するに至りたるは原院判決の認むる所にして官職詐称不法逮捕の本件恐喝罪の手段たるは洵に[まことに]明瞭なりとす。 故に官職詐称不法逮捕は恐喝罪の一構成部分として一罪を形成すべきものにして単に恐喝罪として処断すべきものなり。 然るに原院は該行為を分別し特に警察犯処罰令違反不法逮捕罪及恐喝取財罪を認め原判決が上記の如く法条を適施したるは擬律錯誤の裁判にして破毀を免れざるものと信ずと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]本論旨の理由なきことは弁護人横山鉱太郎上告趣意書第一に対する説明に依りて明白なれば茲に[ここに]之を反覆せず

被告弥兵衛弁護人上村豊上告趣意書第一、原審始末書（明治四十三年四月二十九日附の分）を按ず[あんず]るに「裁判長は被告に対し裁判所構成に変更を生じたるに付き更新すべき旨を告げ更に審理を成せり其更新の部分に付ては前回公判始末書に記載あると同様なりし」とありて其前同即ち明治四十三年四月六日の始末書の末段に「裁判長は右窪田正保を喚問する事其他は総で必要を認めざるに付き請求を却下すとの決定を言渡せり」と記載あるも其前段には単に弁護人は九条警察署巡査窪田正保の喚問を求め其理由を述べたりとあるに過ぎずして各弁護人より提出したる他の各種証拠申請に関しては何等の記載なく。 従て原院が却下の決定をなしたるは如何[いかん]なる証拠申請なるやを知ることを得ざるに拘らず原院が斯る調書に基き判決をなしたるは不法なりと思料すと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]所論明治四十三年四月六日の原審公判始末書には「弁護人は九条警察署巡査窪田正保林巡査並に大野常吉を証人として喚問を求め其理由を述べたり」とあるを以て之を同始末書の「裁判長は右窪田正保を喚問する事其他は総で必要を認めざるに付、請求を却下すと決定を言渡せり」との記載に対照すれば如何[いかん]なる証拠調の申請を却下したるやは自ら分明に帰すべき本論旨は謂はれなし

第二、原院の認めたる事実に依れば本件被告等が被害者酒井政次郎より恐喝して受領せる金額は味噌代及塩代合計十一円三十銭なり。 而して[しこうして]被告の弁解する所に依れば味噌代の如き現に七円有余の売掛債権の残存するありて此の点は債権の実行に外ならずと云ふ[いう]に在り。 然るに原院は此の弁解を採用せざりしも判文に明示する如く金十銭たけは売掛金の残存する事を認定せり。 故に此部分に関しては債権の実行に外ならざれば恐喝取財を構成せざるに拘はらず此部分をも併せて有罪の判決をなしたるは不法なりと思料すと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]原判決は被告等の所為を以て債権の実行を為したるものと判示したる趣旨にあらず。 被告等が名を債権の実行と損害賠償の請求とに藉りて他人を恐喝して金員を交付せしめたる事実を認定したるものなれば縦令[たとい]其交付せしめたる金員中に債権の実行に因りて正当に取得し得べき金額に該当するものありとするも其金額に相当する部分に付て債権の実行ありたりと謂ふべからず。 原判決が被告等が不法に取得したる金員の総額に付き恐喝罪成立すと判示したるは相当なり。

第三、原判決に依れば被告両名は共謀して前記取引残金十銭の外何等の債務なきに拘らず名を味噌売掛代金の取立及盗賍故買に因る損害賠償の請求に藉り政次郎を恐喝して多額の金員を交付せしめんことを企で被告嘉太郎は被告弥兵衛のあらざる席に於て(1)刑事巡査なりと詐称し(2)政次郎を殴打し(3)同人の両手を縛し被害者が出金を承諾したる後被告弥兵衛は其席に顕はれ政次郎を蹴り又は殴打したるものにして原院は右の所為に対し被告両名共同に(1)官名詐称(2)不法逮捕(3)恐喝取財の法条並に刑法第五十四条を適用せられたり。 然れども[しかれども]嘉太郎の官名詐称及不法逮捕等に関しては被告弥兵衛は其席にあらずして全然干与せざるのみならず其行為は被告両名が共謀の決意中に当然包含するものにあらず。 従て被告弥兵衛の所為に対し刑法第二百二十条第一項及警察犯処罰令第二条二十号及刑法第五十四条を適用したるは不法の判決なりと思料すと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]本論旨の理由なきことは弁護人横山広太郎上告趣意書第二及第三に対する説明に参照して之を了解すべし。

被告弥兵衛弁護人菅沼豊次郎上告趣意拡張書第一点原院は被告弥兵衛が酒井政次郎と数年前より味噌の取引を為し来りたる処明治四十一年三月頃代金違算のことより両人間に紛紜を生じ政次郎は代金残額十銭の支払を為さざるまま爾来取引を中止し居りたる事及び被告弥兵衛及嘉太郎は共謀して政次郎は右取引残金十銭の外何等の債務なきに拘はらず名を味噌代金の取立に藉り政次郎を恐喝して多額の金員を交付せしめんことを企で遂に其目的を遂けたるものの如く判決せり。 然れども[しかれども]被告弥兵衛が予審並に一、二審公判に於て味噌代金七円八十三銭の債権を有する事を主張せるは記録により明白なる事実にして果して其主張の如く債権を有したりとせば弁済請求の為め恐喝の手段に出でたりとするも犯罪を構成せざるは明治三十九年（レ）第二五九号恐喝取財被告事件に付き与へられたる御院判例により確定せる所なるが故に原院に於ては被告弥兵衛は政次郎に対し債権を有するや否や若し之れを有すとせば其数額若干なるや必す審理せざるべからざる要点なり。 然るに原院が此点に付き被告に訊問したることなく公判始末書を閲読するも此点に付き審訊[しんじん]を為したる事実の記載あることなし。 即ち原院公判始末書に依れば裁判長が各被告人に対し原判決書記載と同一なる事実を読聞けたること及び被告弥兵衛に対し此読聞けたる事実の通り相違ありや否やの訊問を為したることを知り得べしと雖[いえども]も第一審判決書には「被告弥兵衛は味噌商にして大坂市西区九条町漬物商酒井政次郎と数年前より味噌の取引を為し明治四十一年三四月以後は別段取引を為し居らざりし」云云と判示したるのみにして両人間に債権関係の有無及其数額に付、何等判示する所なし。 而して[しこうして]原院裁判長が右の外被告弥兵衛に対し債権関係に付、審訊[しんじん]したるものと認むべき問答の記載あることなし故に原判決は被告に訊問せずして犯罪事実を確定したる違法あるものと言はざるを得ずと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]明治四十三年四月六日の原審公判始末書に拠れば裁判長は第一審判決を読聞け犯罪事実と共に被告弥兵衛と酒井政次郎との取引関係に関する事実を挙けて訊問したる事跡の認むべきものあるのみならず被告に於て政次郎との取引は中絶の事実なく味噌代金残額七円八十一銭不払の儘存在する旨申立たること明確なれば本論旨は謂はれなし

第二点被告弥兵衛は予審以来政次郎に対し味噌代金七円八十三銭の債権を有する事を主張し押収の留帳を引用せるは記録に明白なるのみならず原院に於ては更に証拠として他の帳簿を提出し債権の存在を証明したるに原院は漫りに債務者政次郎の供述を採用して弥兵衛は単に十銭の債権を有するものなりと断し被告弥兵衛の提出したる証拠に関し何等の説明を与へざるは理由不備の裁判と云はざるべからずと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]事実裁判所は証拠を取捨するの職権を有するが故に被告に不利益なる証拠のみを採用し被告に利益なる証拠を全然排斥するも違法にあらず。 又被告の提出したる証拠を援用したる形跡なき以上は之を採用せざりしこと自ら明瞭なれば其採否に付き一一之を説示することを要せず。 本論旨は理由なし。

被告弥兵衛弁護人高木益太郎上告趣意書（一）原判決証拠説明の部に援用したる被告和田弥兵衛第二回予審調書（記録八四丁）は其作成場所の記載なきが故に刑事訴訟法第二十条に違背する無効の書類なりとす。 勿論其末尾には「大坂地方裁判所裁判所書記吉田清衛予審範事川上定次郎」との記載ありと雖[いえども]も個は単に其所属官庁名を明示したるに止まり未だ以て其作成場所を記載したりと認むるを得ず。 従て之れを採で罪証に供したる原判決は破毀を免がれざるものと信ずと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]所論予審調書には予審判事の肩書に大坂地方裁判所と記載しあり右は惟り其判事の所属官署を掲げたるものなるのみならず併せて書類作成の場所を示したるものと視るを相当とするが故に該予審調書に作成の場所を表示せざる違法ありと云ふ[いう]べからず。 然らば右予審調書を採用したる原判決は違法に非ず

（二）原判決証拠説明の部に援用したる（被告弥兵衛の警察部に於ける聴取書以下全部）証拠書類は刑事訴訟法第百九十八条第一項所定の手続を履践せざるものなれば之を罪証に供するを得ざるものなりと信ず。 尤も[もっとも]原公判始末書中（記録第二六丁裏面）前示書類を読聞けたるの事跡ありと雖[いえども]も尚之れに対する被告の意見の有無及利益となるべき反証提出の機会を与へざりしものにして、即ち適法なる証拠調の手続を経たるものと云ふ[いう]を得ず。 然らば則ち之を断罪資料に援用したる原判決は破毀を免れざるものと信ずと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]原審公判始末書には裁判長は押収の証拠物件を示し且つ所掲各聴取書並に被告人及証人酒井政次郎の予審調書第一審公判始末書を読聞け右に対し弁解を為すべき旨を告げ各被告は答弁したる旨記載しあるを以て原審の証拠調には所論の如き違法あることなければ右証拠調を経たる各聴取書の供述記載を罪証に供するも違法に非ず

（三）相弁護人の論旨は総で之を援用すと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]援用に係る各論旨は孰れ[いずれ]も理由なきを以て本論旨亦[また]理由なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す

検事棚橋愛七干与明治四十三年十月十日大審院第二刑事部