明治四十三年(れ)第五四九號
明治四十三年四月二十八日宣告
◎判決要旨
- 一 破産宣告ヲ受ケタル債務者カ債權者ニ損害ヲ被フラシムル意思ヲ以テ有體動産ヲ轉匿、脱漏シタル所爲ニ付キ起訴アリタル場合ニ於テハ該起訴事實ニハ其他ノ財産ニ關スル藏匿、轉匿若クハ脱漏ノ所爲ヲモ包含セルモノトス
被告人 大金源造 外二名
辯護人
熊谷直太 森吉三郎 鯉沼平四郎 新江寅 大橋誠一
右詐欺破産被告事件ニ付明治四十三年二月十日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ各被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
被告源造辯護人熊谷直太同森吉三郎上告趣意書第一點原院ハ明治二十三年法律第三十二號舊商法第千五十條ノ支拂停止ノ意義ヲ誤解シタル違法アリ一、破産宣告ノ原因タル支拂停止トハ現ニ債權辨濟ノ請求ヲ受ケ之レニ應セサルカ若クハ辨濟期後ニ至リ債權者ノ請求ニ對シ其支拂ヲ避免スル爲メ居所ヲ晦マスカ如キ支拂拒絶ニ準スヘキ行爲タルコトニ存スルモノトス(御院民事部三十八年(ク)三〇號事件判決)一、支拂停止ハ債務者カ辨濟ヲ爲スヘキ場合ニ於テ債權者ノ請求アルニモ拘ハラス辨濟ヲ爲ササルカ又ハ其請求ヲ避クル爲メ所在ヲ晦マシ其他自ラ支拂停止ノ意思ヲ表白シタルカ如キ行爲アルトキニ存スルモノトス(御院民事部三十八年(ク)六十四號事件判決)以上判決ヲ要約セハ支拂停止トハ確的ノ事實ヲ指稱スルモノナレハ假令支拂ヲ停止スヘキ状態ニ陷リタリトスルモ債務辨濟ヲ爲ササリシ事實存在セサル限リハ支拂停止ト稱スルコトヲ得ス然ルニ原判決ハ被告源造カ營業維持ノ見込ナキニ至リタル事實小口融四郎ニ依頼シ債權者ニ對シ切捨勘辨ヲ乞ヒタル事實其協議不調ナリシ事實ニ依ニ破産ノ境遇ニ瀕シタル事實ハ之ヲ認定シタルモ債權者カ被告ニ對シ債權ヲ請求シタルコト及之ヲ被告カ拒絶シタル事實ニ付テハ何等認定シタル所ナキカ故ニ前顯判示ニ徴シ未タ支拂停止ノ事實ナキモノト言ハサルヘカラス然ルニ原判決ハ支拂停止ノ事實アリトシ該支拂停止前ニ本件第一乃至第三ノ犯罪事實アルコトヲ認定シタルハ支拂停止ノ意義ヲ誤解シタル爲メ延テ不當ニ法律ヲ適用シタル違法ニ陷リタルモノナリ尤モ御院刑事部判例ニハ支拂停止トハ破産決定ニ依リ確定シタル事實ナリトアルカ故ニ此見解ノ下ニ於テハ原判決ハ妥當ナルコト勿論ナレトモ舊商法第九百七十八條第九百七十九條其他同法ノ趣意ニ考フレハ支拂停止トハ債務者カ債務ノ辨濟ヲ拒絶スル事實ヲ指稱スルモノナルコト明カナルカ故ニ獨リ千五十條ノ支拂停止ノ意義ニ限リ破産決定ニ依リ確定シタル事實ナリトスルカ如キハ格段ノ理由アラサル限リ論理ノ許ササル所ナリ之ヲ要スルニ支拂停止ノ意義ハ上告代理人主張ノ如シトセハ原判決ハ破毀ヲ免カレサル違法アルモノト思料スト云フニ在リ◎然レトモ原判決前段ニ於ケル判示事實ハ被告源造等カ詐欺破産ノ行爲ヲ爲スニ至リタル原由ヲ叙述シタルニ止マラス債務ノ辨濟ヲ爲スヘキ場合ニ於テ支拂ヲ爲ス能ハス而カモ支拂ヲ爲ササリシ事實ヲ説示シタルモノナルコト明白ナルカ故ニ假令債權者ニ於テ辨濟ノ請求ヲ爲シ而シテ債務者ニ於テ支拂ヲ拒絶シタル事實ノ明示ナシトスルモ被告源造等ニ於テ支拂停止ノ事實アリシコトヲ判示シタルモノト謂ハサルヘカラス然ラハ原判決ハ支拂停止ノ事實ヲ確定セスシテ被告等ノ詐欺破産ノ事實ヲ認定シタル違法ナキノミナラス原判決末段ニ於テ被告源造等ニ對シテ破産宣告アリ其裁判確定シタルコト竝ニ該宣告中ニ支拂停止ノ時期ヲ定メアリタルコトヲ説示シアリテ判示各犯罪事實カ其支拂停止以前ニ於テ行ハレタルモノナルコトヲ判定シタル趣旨明瞭ナレハ本論旨ハ理由ナシ
第二點共同被告人辯護人ノ論旨ハ之ヲ引用スト云フニ在リ◎然レトモ本論旨ノ理由ナキコトハ援用ニ係ル各論旨ニ對スル説明ニ依リテ之ヲ了解スヘシ
被告龜吉辯護人鯉沼平四郎上告趣意書第一點被告君島龜吉ニ對スル原判決摘示ノ第二公訴事實ニ關シテハ被告ハ第一審以來該株券ヲ明治四十一年一月中被告源造ノ倅大金武四郎カ借用證書ト共ニ持參シ金圓ヲ貸與シ呉レヘクト申込マレタルニヨリ之ヲ擔保ニ取リテ金四十圓ヲ貸渡シタルモノナル旨ヲ主張シ而シテ原審ニ於テ此事實關係ヲ立證センカ爲メ辯護人ヨリ右大金武四郎ヲ證人トシテ之カ喚問ヲ申請シタルニ容易ク之ヲ却下シ有罪ノ判決ヲ與ヘラレタルハ被告ノ利益ニ於ケル唯一ノ證據方法ヲ排斥シタルモノニシテ所謂證據取捨ノ權限ヲ超越シ採證法上誤謬アルノミナラス被告ノ有スル證據申立ノ權利ヲ阻却スルノ結果ヲ生スヘキ不法アルモノト思量スト云フニ在リ◎然レトモ被告ノ利益ニ於テ申出テタル唯一ノ證據方法ハ必ス之ヲ取調フヘシトノ規定存セサルヲ以テ其取調フヘキヤ否ヤハ一ニ事實裁判所ノ判斷ニ繋ルモノト謂ハサルヘカラス故ニ證據調ノ請求ヲ排斥シタル原審ノ措置ヲ論難スル本論旨ハ摘法ノ上告理由タラス
第二點抑モ有罪破産ノ加功者ハ其者ニ於テ行爲ノ當時破産者カ支拂停止ノ状態ニアリシ事實ヲ認識セルコトヲ犯罪構成條件トス然ルニ原審ニ於テハ「被告源造ハ同月二十二三日頃其所有ノ鹽那肥料株式會社株券十五枚ヲ前示高林寺ノ被告龜吉宅ニ轉匿シ」云云「被告龜吉ハ右源造ノ依頼ニ依リ同人ノ利益ノ爲メ之ヲ承諾シテ該株券ヲ領置シ」云云トノ事實ヲ判示シ而シテ該事實ヲ認定スヘキ證據説明ノ部ニ於テ前掲知情ニ關スル證據上ノ理由ヲ明示セラレサルハ理由不備ノ不法アルモノト思量スト云フニ在リ◎然レトモ原判決ニ援用セル被告龜吉相被告源造及ヒ證人福田「マツ」ノ各豫審調書中ノ供述記載竝ニ押第二六二號ノ一九ノ記載事項ヲ綜合スレハ被告龜吉ニ對スル判示第二ノ犯罪行爲ヲ認定シ得ヘキカ故ニ原判決ハ所論ノ事實ニ付キ理由不備ノ違法アリトノ論旨ハ理由ナシ
被告菊二郎辯護人新江寅同大橋誠一上告趣意書第一點檢事ノ起訴ナキ事實ニ對シ審理判決ヲ爲シタル違法アリ原判決ノ認定スル犯罪事實ハ被告菊二郎ハ源造忠藏カ協議上藏匿セントシテ爲シタル不動産ノ假裝賣買ニ其情ヲ知リナカラ干與シ且忠藏ノ代人トシテ其登記手續ヲ爲シタリト云フニ在リ然ルニ被告菊二郎ニ對スル檢事ノ起訴状ニハ「右ハ明治四十一年十一月三十日豫審請求ヲ爲シタル廣瀬房治大金源造ノ詐欺破産事件ノ共犯者ト思料致候條善テ豫審相成度候也」ト在リ而シテ四十一年十一月三十日附豫審請求書ニハ「被告兩名ハ何レモ明治四十一年十月二十八日破産宣告ヲ受ケタルモノニシテ共謀ノ上債權者ニ損害ヲ被ラシムル意思ヲ以テ明治四十一年八月二十四五日頃貸方財産ニ屬スヘキ所有家財道具及商品ノ一部ヲ那須郡大田原町脇村宗吉同室井キン同神山梅吉同淺見利平同荒井與八同松本金一那須郡西那須野村渡邊熊吉同郡東那須野村大金武四郎同廣瀬重吉同郡高林村大字高林君島龜吉同君島長五郎等ノ家宅ニ轉匿シ及同人等ニ脱漏シタリトノ點ニ付求審」トアリテ不動産ノ藏匿事實ニ付テハ何等豫審ヲ求メタル形跡ナキノミナラス源造忠藏間ノ不動産賣買ニ關シテハ一言半句モ記載スル所ナシ然レハ獨立的犯罪タル被告菊二郎ノ犯罪事實ニ對スル起訴ハ起訟状ニ具體的犯罪事實ノ記載ヲ欠缺スルモノニシテ起訴ノ效ナシ然レハ原院ノ爲シタル審理判決ハ起訴ナキ事實ニ付之ヲ爲シタル不法ノモノナリト云フニ在リ◎然レトモ舊商法第千五十條ニ規定スル詐欺破産ヲ構成スヘキ事實中ニハ債權者ニ損害ヲ被ラシムル意思ヲ以テ貸方財産ノ全部若クハ一部ヲ藏匿シ轉匿シ又ハ脱漏シタル行爲ヲ包含ス而シテ其所謂貸方財産トハ動産タルト不動産タルト又債權タルトヲ區別セス總テ之ヲ包括指稱スルモノニシテ其財産ノ種類ヲ異ニスルニ從ヒ各別ニ犯罪行爲成立スルモノニ非ス故ニ有體動産ヲ轉匿シ及脱漏シタル事實ニ付キ起訴アリタル場合ニ於テハ其起訴事實中ニハ其他ノ財産ニ關スル藏匿轉匿若クハ脱漏ノ所爲ヲ包含シタルモノト解スルヲ相當トスルカ故ニ假令起訴状ニ不動産ニ關スル犯罪事實ノ記載ナシトスルモ原審ニ於テ起訴事實中ニ包含セシメテ之ヲ審理判決シタルハ違法ニ非ス論旨ハ理由ナシ
第二點原判決カ被告菊二郎ノ豫審ノ供述トシテ其證據ニ援用シタル部分ハ其豫審調書ニハ「月ハ忘レタルカ二十六七日頃平田喜助大金源造カ參リ源造方ニハ二三日前ニ財産差押ヲ受ケタカ未タ宅地ト家屋ハ差押ニナラヌカラ賣買シテハ如何カト聞ク故自分ハ實際金ヲ取テ賣買スルナラ差支アルマイト申シ喜助ハ自分ニ登記代人トシテ登記ヲ經テ貰ヒタイト云フニ付之ヲ承諾シ」云云トアルニ不拘其中ヨリ其最モ被告ニ利益ナル「實際金ヲ取テ賣買スルナラ」ノ文句ヲ引去リテ被告ハ恰モ金錢ノ授受ナキ賣買ヲ差支ナシト答ヘタル如キ文章ニ訂正シテ援用シタルハ不實ノ事項ヲ證據トシタルモノニシテ採證ニ違法アリト云フニ在リ◎然レトモ同一豫審調書ノ供述記載ニ付キ其一部ヲ採用シ他ノ一部ヲ排斥スル如キハ事實裁判所ノ職權上當然爲シ得ヘキ證據ノ取捨判斷ニ屬スルカ故ニ之ヲ論難スル本論旨ハ適法ノ上告理由タラス
第三點相被告ノ爲メニ提出セラレタル上告趣意書ハ被告菊二郎ノ爲メ之ヲ利益ニ援用スト云フニ在リ◎然レトモ援用ニ係ル各論旨ノ理由ナキコトハ前段説明ノ如クナレハ本論旨モ亦理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
決事棚橋愛七干與明治四十三年四月二十八日大審院第二刑事部
明治四十三年(レ)第五四九号
明治四十三年四月二十八日宣告
◎判決要旨
- 一 破産宣告を受けたる債務者が債権者に損害を被ふらしむる意思を以て有体動産を転匿、脱漏したる所為に付き起訴ありたる場合に於ては該起訴事実には其他の財産に関する蔵匿、転匿若くは脱漏の所為をも包含せるものとす。
被告人 大金源造 外二名
弁護人
熊谷直太 森吉三郎 鯉沼平四郎 新江寅 大橋誠一
右詐欺破産被告事件に付、明治四十三年二月十日東京控訴院に於て言渡したる判決を不法とし各被告より上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
被告源造弁護人熊谷直太同森吉三郎上告趣意書第一点原院は明治二十三年法律第三十二号旧商法第千五十条の支払停止の意義を誤解したる違法あり。
一、破産宣告の原因たる支払停止とは現に債権弁済の請求を受け之れに応せざるか若くは弁済期後に至り債権者の請求に対し其支払を避免する為め居所を晦ますが如き支払拒絶に準ずべき行為たることに存するものとす。
(御院民事部三十八年(ク)三〇号事件判決)一、支払停止は債務者が弁済を為すべき場合に於て債権者の請求あるにも拘はらず弁済を為さざるか又は其請求を避くる為め所在を晦まし其他自ら支払停止の意思を表白したるが如き行為あるときに存するものとす。
(御院民事部三十八年(ク)六十四号事件判決)以上判決を要約せば支払停止とは確的の事実を指称するものなれば仮令支払を停止すべき状態に陥りたりとするも債務弁済を為さざりし事実存在せざる限りは支払停止と称することを得ず。
然るに原判決は被告源造が営業維持の見込なきに至りたる事実小口融四郎に依頼し債権者に対し切捨勘弁を乞ひたる事実其協議不調なりし事実に依に破産の境遇に瀕したる事実は之を認定したるも債権者が被告に対し債権を請求したること及之を被告が拒絶したる事実に付ては何等認定したる所なきが故に前顕判示に徴し未だ支払停止の事実なきものと言はざるべからず。
然るに原判決は支払停止の事実ありとし該支払停止前に本件第一乃至第三の犯罪事実あることを認定したるは支払停止の意義を誤解したる為め延で不当に法律を適用したる違法に陥りたるものなり。
尤も御院刑事部判例には支払停止とは破産決定に依り確定したる事実なりとあるが故に此見解の下に於ては原判決は妥当なること勿論なれども旧商法第九百七十八条第九百七十九条其他同法の趣意に考ふれば支払停止とは債務者が債務の弁済を拒絶する事実を指称するものなること明かなるが故に独り千五十条の支払停止の意義に限り破産決定に依り確定したる事実なりとするが如きは格段の理由あらざる限り論理の許さざる所なり。
之を要するに支払停止の意義は上告代理人主張の如しとせば原判決は破毀を免がれざる違法あるものと思料すと云ふに在り◎。
然れども原判決前段に於ける判示事実は被告源造等が詐欺破産の行為を為すに至りたる原由を叙述したるに止まらず債務の弁済を為すべき場合に於て支払を為す能はず而かも支払を為さざりし事実を説示したるものなること明白なるが故に仮令債権者に於て弁済の請求を為し、而して債務者に於て支払を拒絶したる事実の明示なしとするも被告源造等に於て支払停止の事実ありしことを判示したるものと謂はざるべからず。
然らば原判決は支払停止の事実を確定せずして被告等の詐欺破産の事実を認定したる違法なきのみならず原判決末段に於て被告源造等に対して破産宣告あり其裁判確定したること並に該宣告中に支払停止の時期を定めありたることを説示しありて判示各犯罪事実が其支払停止以前に於て行はれたるものなることを判定したる趣旨明瞭なれば本論旨は理由なし。
第二点共同被告人弁護人の論旨は之を引用すと云ふに在り◎。
然れども本論旨の理由なきことは援用に係る各論旨に対する説明に依りて之を了解すべし。
被告亀吉弁護人鯉沼平四郎上告趣意書第一点被告君島亀吉に対する原判決摘示の第二公訴事実に関しては被告は第一審以来該株券を明治四十一年一月中被告源造の倅大金武四郎が借用証書と共に持参し金円を貸与し呉れへくと申込まれたるにより之を担保に取りて金四十円を貸渡したるものなる旨を主張し、而して原審に於て此事実関係を立証せんか為め弁護人より右大金武四郎を証人として之が喚問を申請したるに容易く之を却下し有罪の判決を与へられたるは被告の利益に於ける唯一の証拠方法を排斥したるものにして所謂証拠取捨の権限を超越し採証法上誤謬あるのみならず被告の有する証拠申立の権利を阻却するの結果を生ずべき不法あるものと思量すと云ふに在り◎。
然れども被告の利益に於て申出てたる唯一の証拠方法は必す之を取調ふべしとの規定存せざるを以て其取調ふべきや否やは一に事実裁判所の判断に繋るものと謂はざるべからず。
故に証拠調の請求を排斥したる原審の措置を論難する本論旨は摘法の上告理由たらず
第二点。
抑も有罪破産の加功者は其者に於て行為の当時破産者が支払停止の状態にありし事実を認識せることを犯罪構成条件とす。
然るに原審に於ては「被告源造は同月二十二三日頃其所有の塩那肥料株式会社株券十五枚を前示高林寺の被告亀吉宅に転匿し」云云「被告亀吉は右源造の依頼に依り同人の利益の為め之を承諾して該株券を領置し」云云との事実を判示し、而して該事実を認定すべき証拠説明の部に於て前掲知情に関する証拠上の理由を明示せられざるは理由不備の不法あるものと思量すと云ふに在り◎。
然れども原判決に援用せる被告亀吉相被告源造及び証人福田「まつ」の各予審調書中の供述記載並に押第二六二号の一九の記載事項を綜合すれば被告亀吉に対する判示第二の犯罪行為を認定し得べきが故に原判決は所論の事実に付き理由不備の違法ありとの論旨は理由なし。
被告菊二郎弁護人新江寅同大橋誠一上告趣意書第一点検事の起訴なき事実に対し審理判決を為したる違法あり。
原判決の認定する犯罪事実は被告菊二郎は源造忠蔵が協議上蔵匿せんとして為したる不動産の仮装売買に其情を知りながら干与し、且、忠蔵の代人として其登記手続を為したりと云ふに在り。
然るに被告菊二郎に対する検事の起訴状には「右は明治四十一年十一月三十日予審請求を為したる広瀬房治大金源造の詐欺破産事件の共犯者と思料致候条善で予審相成度候也」と在り。
而して四十一年十一月三十日附予審請求書には「被告両名は何れも明治四十一年十月二十八日破産宣告を受けたるものにして共謀の上債権者に損害を被らしむる意思を以て明治四十一年八月二十四五日頃貸方財産に属すべき所有家財道具及商品の一部を那須郡大田原町脇村宗吉同室井きん同神山梅吉同浅見利平同荒井与八同松本金一那須郡西那須野村渡辺熊吉同郡東那須野村大金武四郎同広瀬重吉同郡高林村大字高林君島亀吉同君島長五郎等の家宅に転匿し及同人等に脱漏したりとの点に付、求審」とありて不動産の蔵匿事実に付ては何等予審を求めたる形跡なきのみならず源造忠蔵間の不動産売買に関しては一言半句も記載する所なし。
然れば独立的犯罪たる被告菊二郎の犯罪事実に対する起訴は起訟状に具体的犯罪事実の記載を欠欠するものにして起訴の効なし。
然れば原院の為したる審理判決は起訴なき事実に付、之を為したる不法のものなりと云ふに在り◎。
然れども旧商法第千五十条に規定する詐欺破産を構成すべき事実中には債権者に損害を被らしむる意思を以て貸方財産の全部若くは一部を蔵匿し転匿し又は脱漏したる行為を包含す。
而して其所謂貸方財産とは動産たると不動産たると又債権たるとを区別せず総で之を包括指称するものにして其財産の種類を異にするに従ひ各別に犯罪行為成立するものに非ず。
故に有体動産を転匿し及脱漏したる事実に付き起訴ありたる場合に於ては其起訴事実中には其他の財産に関する蔵匿転匿若くは脱漏の所為を包含したるものと解するを相当とするが故に仮令起訴状に不動産に関する犯罪事実の記載なしとするも原審に於て起訴事実中に包含せしめて之を審理判決したるは違法に非ず論旨は理由なし。
第二点原判決が被告菊二郎の予審の供述として其証拠に援用したる部分は其予審調書には「月は忘れたるか二十六七日頃平田喜助大金源造が参り源造方には二三日前に財産差押を受けたか未だ宅地と家屋は差押にならぬから売買しては如何かと聞く故自分は実際金を取で売買するなら差支あるまいと申し喜助は自分に登記代人として登記を経で貰ひたいと云ふに付、之を承諾し」云云とあるに不拘其中より其最も被告に利益なる「実際金を取で売買するなら」の文句を引去りて被告は恰も金銭の授受なき売買を差支なしと答へたる如き文章に訂正して援用したるは不実の事項を証拠としたるものにして採証に違法ありと云ふに在り◎。
然れども同一予審調書の供述記載に付き其一部を採用し他の一部を排斥する如きは事実裁判所の職権上当然為し得べき証拠の取捨判断に属するが故に之を論難する本論旨は適法の上告理由たらず
第三点相被告の為めに提出せられたる上告趣意書は被告菊二郎の為め之を利益に援用すと云ふに在り◎。
然れども援用に係る各論旨の理由なきことは前段説明の如くなれば本論旨も亦理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
決事棚橋愛七干与明治四十三年四月二十八日大審院第二刑事部