詐欺横領ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）16輯612頁

原判決を破毀し事件を広島控訴院に移す

弁護人法学博士花井卓蔵上告趣意書第一点原判決の断罪の証拠に供したる三浦熊次の予審調書には

「猪野馬太郎詐欺取財被告事件に付、高知地方裁判所予審判事中内浩世の嘱託に因り明治四十二年六月四日高知地方裁判所管内中村区裁判所判事城晋出席裁判所書記山崎長太郎立会証人三浦熊次に対し訊問を為すこと左の如し」と明記せるが故に予審判事は刑事訴訟法第百三十二条第一項の規定に基き其管轄地内の区裁判所判事に証人の訊問を嘱託したること明白なりとす。 而して[しこうして]予審判事は証人にして管轄地外に在るときは其所在の地の予審判事又は区裁判所判事に訊問を嘱託することを得べしと雖[いえども]証人にして其管轄地内に在るときは其住居の地の区裁判所判事に訊問を嘱託するを得るに止り他の予審判事に訊問を嘱託するは法律の許さざる所なれば判事城晋は予審判事に非ずして中村区裁判所の判事たること疑なき所なりとす。 然るに判事城晋の名下に押捺したる印影には「高知地方裁判所予審掛印」と彫刻せられ其印影は判事城晋の調印と認むること能はざれば該調書は結局判事の捺印を欠如する無効の文書なるに拘はらず採で以て断罪の資料に供したる原判決は法則に背反する不法あるものと信ずと云ふ[いう]に在り◎因で按ず[あんず]るに高知地方裁判所予審判事中内浩世は刑事訴訟法第百三十二条第一項の規定に基き其管轄地内なる中村区裁判所判事に証人三浦熊次の訊問を嘱託し同区裁判所判事城晋は右証人を訊問したることは其調書の冒頭の記載事項に依り自ら明なり。 左すれば其調書に記載せる中村区裁判所判事城晋の名下には相当印章の押捺あるを要するや論を俟たず[またず]。 然るに同判事名下には高知地方裁判所予審掛と彫刻せる印影ありて其印章の区裁判所判事の職印にあらざること明なれば結局同判事の調印なきに帰し。 従て其訊問調書は無効のものなるに拘はらず原判決が之を採で本件の罪証に供したるは所論の如く不法の裁判にして本論旨は理由あり原判決は破毀を免れざるものとす。 既に此点に於て原判決を破毀する上は他の論旨に対し説明するの要なし。

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十六条に依り主文の如く判決す

検事棚橋愛七干与明治四十三年四月十四日大審院第二刑事部