明治四十二年(れ)第七八七號
明治四十二年六月二十九日宣告
◎判決要旨
- 一 豫審ニ於ケル檢證調書作成ノ場所ハ正當ノ管轄區域内ニテ該調書ヲ作成シタルコトヲ確認スルニ足ルヘキ程度ニ於テ之ヲ記載スレハ足ルモノトス(判旨第二點)
- 一 舊刑法第百二條ノ規定ハ犯人ヲ無期徒刑ニ處スヘキ場合ニ於テ前發ノ自由刑アルトキハ之ヲ通算スヘキ旨趣ナリトス(判旨第四點)
(參照)一罪前ニ發シ已ニ判決ヲ經テ餘罪後ニ發シ其輕ク若クハ等シキ者ハ之ヲ論セス其重キ者ハ更ニ之ヲ論シ前發ノ刑ヲ以テ後發ノ刑ニ通算ス但前發ノ刑罰金科料ニ該リ已ニ納完シタル者ハ第二十七條ノ例ニ照シ折算シテ後發ノ刑期ニ通算ス(舊刑法第百二條第一項)
右強姦到死被告事件ニ付明治四十二年四月二十九日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ
理由
本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人澤田薫上告趣意書第一點記録ヲ査閲スルニ原審公判始末書タル記録第四六三葉ニ「澤田辯護人曰ク云云檢證ノ際現場ニテ他ノ證據調ヲ申請ス屍體發見ノ際ノ足跡ニ付取調ヘラレタシ當時時事新報記者山根新次郎ナルモノカ行キ居ルト或ル明家ノ前ニ印半天ヲ着ケ立チ居ル人アリ其ハ宮崎刑事ニテ山根ニ向ヒ犯人ハ之レタト足跡ヲ示シ護謨底足袋ノ跡ナリシト宮崎刑事カ之レタ々々々ト云フヲ聞キテ知ル山根新次郎ト保阪三男衛ノ兩人ヲ證人トシテ其點ニ付現場ニテ取調アリタシ」トノ記載アリテ即チ辯護人ハ檢證ノ申請以外別ニ證人訊問ノ申請ヲ爲シタルモノナルコト寔ニ明確ナリ然ルニ其後段同記録第四六七葉ニハ唯タ「裁判長ハ本件ニ付檢證申請ハ裁判所ニテハ不必要ト決定ス依テ右申請ハ却下スト言渡サレタリ」トノ記載アリテ單ニ檢證ノ申請ニ對シテ其許否ヲ決定シタルノミ前示辯護人ノ爲シタル證人訊問ノ申請ニ對シテハ其許否ノ決定ヲ脱漏シタル違法アリ而シテ原審其後ノ公判ニ於テモ右證人ノ許否ハ終ニ之レカ決定ヲ與フルニ至ラスシテ審理ヲ終結セリ則チ原裁判ハ訴訟手續ノ重大ナル違法アルモノニシテ因テ得タル原判決ハ全部破毀ヲ免レサルモノト信スト云フニ在リ◎依テ按スルニ所論證人申請ハ檢證ノ際現場ニ於テ證人トシテ山根新次郎保坂三男衛ノ兩人ヲ訊問アリ度ト云フニ在リテ檢證ノ申請ト其運命ヲ共ニスヘキ附從ノモノニシテ獨立シタル證人申請ニアラサルコト原審公判始末書ノ記載ニ徴シ明カナリ故ニ檢證申請ヲ却下スル旨ノ原審證據決定中ニハ右證人申請ヲ却下スル旨趣ヲモ包含スルモノナルヲ以テ所論申請ニ對シ許否ノ決定ヲ遺脱シタル不法アリトノ本趣意ハ理由ナシ
同第二點原判決ハ豫審判事ノ檢證調書ヲ採テ本件斷罪ノ資料ニ供用セラレタリ今記録ニ就キ右檢證調書ヲ査閲スルニ調書冐頭「池田龜太郎強姦致死被告事件ニ付キ明治四十一年四月五日云云被告人ヲ現場ニ同行指示案内セシメ檢證スルコト左ノ如シ」ト掲ケ其末段調書作成ノ場所ニハ同シク單ニ「於現場」ノ三字ヲ存スルニ過キスシテ右檢證調書作成ノ場所タル現場ナルモノノ果シテ何レノ地タルカハ之レカ記載アルヲ認メス然ラハ即チ前示檢證調書ハ刑事訴訟法第二十條ニ違背セル無效ノ書面ニシテ之レヲ罪證ニ供シタル原判決ハ破毀ノ原由アルモノト信スト云ヒ」辯護人横山勝太郎上告趣意書第三點原院ハ豫審判事ノ檢證調書ヲ有罪ノ資ニ供セラレタルニ付キ今該調書ヲ閲スルニ單ニ其末文ニ「於現場」ト記載セラレタルニ止マリ其現場ノ何處ナルヤハ之ヲ明示セサルヲ以テ結局該檢證調書ハ作成場所ヲ示ササルモノトス或ハ其冐頭ニ「……被告人ヲ現場ニ同行指示案内セシメ檢證スルコト左ノ如シ」森山湯ノ模樣……「府下豐多摩郡大久保村大字西大久保五十四番地湯屋森山宗松方ハ間口五間奧行十一間ノ平家ニシテ別紙第一號畧圖ニ示ス如ク……」兇行現場模樣……兇行現場ト云フハ同大字四十七番地ナル約十三間四方ノ空地ニシテ……」トアリ所謂現場トハ森山湯ノ所在又ハ犯行ノ場所等ヲ指スカ如キニ該調書ノ末文ニハ「別紙調書ノ如ク被告人ヲ訊問シツツ右檢證ヲ遂ケ然ル後證人訊問ノ爲メ新宿警察署ニ向フ」……又被告人逃亡ノ方向……被告人カ該空地ヨリ逃亡シ道路ニ出テタリト云フハ別紙第二號畧圖中朱點ヲ表ハセル方向ニシテ……」等ノ文字アリ此等ノ文字ニ據レハ所謂「於現場」ノ三字ハ必シモ森山湯ヲ指スニアラス又兇行現場ヲ稱スルニモアラス却テ第二號畧圖朱線ノ通リ十數町ノ距離ヲ被告人ヲ訊問シツツ終始運動シタル事實明ニシテ單ニ「於現場」ノミニテハ到底其作成場所ヲ指示スルニ足ラス要スルニ右檢證調書ハ法律上違式ノモノニシテ之ヲ有罪ノ資ニ供シタルハ不法ノ裁判ナリト云フニ在リ◎然レトモ豫審判事カ檢證シタル現場カ東京府豐多摩郡大久保村大字西大久保四十七番地ノ空地附近ニシテ檢證調書附屬第二號畧圖中ニ表示シアル場所ナルコトハ同調書竝ニ之ニ附屬ノ畧圖ニ徴シ明ナレハ同調書ニ於ケル現場トハ右場所ヲ指示シタルモノナルコト明カナリ而シテ豫審ニ於ケル檢證調書作成ノ場所ハ正當ノ管轄區域内ニ於テ檢證調書ヲ作成シタルコトヲ確認スルニ足ル可キ程度ニ於テ之ヲ記載スルヲ以テ足ルモノナルコトハ夙ニ本院判例ノ認ムル所ニシテ所論調書ノ記載ニ依リ其管轄區内ニ於テ檢證ヲ爲シ且其調書ヲ作成シタルコトヲ認ムルニ足ルヲ以テ本趣意ハ理由ナシ(判旨第二點)
辯護人横山勝太郎上告趣意書第一點原院ハ本件ニ關スル新舊法ヲ比照シ舊刑法ノ刑輕キモノトシ舊刑法第三百五十一條但書ニ依リ被告ヲ無期徒刑ニ處シタリ然レトモ刑法第百八十一條ニ依レハ「第百七十六條乃至第百七十九條ノ罪ヲ犯シ因テ人ヲ死傷ニ致シタルモノハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ處ス」トアリテ舊刑法ニ於ケル強姦致死罪ハ無期徒刑ノ單一ナル刑アルニ過キサルモ新刑法ニ於テハ無期刑若クハ三年以上ノ有期懲役(刑法第十二條參照)ナル選擇刑ヲ規定シタルカ故ニ裁判所カ若シ有期懲役ノ刑ヲ選擇スルトキハ新刑法ノ刑ヲ輕シトセサルヲ得サル次第ナルニ原院カ判文上新刑法ニ於テモ無期刑ヲ科ス可キモノナリトノ理由ヲモ付スルコトナク直ニ舊刑法ノ刑ヲ言渡シタルハ理由不備ナルト同時ニ擬律ノ錯誤アル不法ノ裁判ナリト云ヒ」辯護人柳本信俊上告趣意書本件犯罪ハ舊刑法時代ニ行ハレタルモノニシテ新刑法施行後判決スルモノナレハ之ヲ比照シ輕キ新刑法ニヨリ處罰スヘキモノナルニ原判決カ其比照ヲ誤リ舊刑法ヲ擬シタルハ擬律錯誤ヲ免レス何トナレハ強姦致死罪ハ舊刑法ニ於テハ三百五十一條末段ニ依リ當然無期徒刑ニ處シ新刑法ニ於テハ百七十七條百八十一條ニ依リ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ處スヘク其最高限ニ於テハ兩者相等シト雖モ其最下限ニ於テ新法カ舊法ニ比シ被告ニ利益ナルヤ疑ヲ容レス抑モ新舊兩法比照ノ標準ニ付テハ法典所掲ノ刑罰ノ最高限ヲ採ルヘキカ其最下限ヲ採ル可キカ將タ裁判所ノ必裏ニ新舊別別ニ刑期ヲ定メテ比照スヘキカハ明文ノ示ササル所ナルヲ以テ解釋ヲ以テ決スルノ外ナシト雖モ裁判所ノ必裏ニ二箇ノ刑期ヲ定メテ後之ヲ比照スルカ如キハ是レ法規ノ比照ニアラスシテ判定ノ比照タルノ譏ヲ免レス近世ノ學説判例ハ法典所掲ノ最高限ヲ標準トスル傾向ナキニアラスト雖モ我刑法施行法第三條ニハ法律ニヨリ刑ヲ加重減輕スヘキトキ又ハ酌量減輕ヲ爲スヘキトキハ加重又ハ減輕ヲ爲シタル後刑ノ對照ヲ爲スヘシトアリテ其對照前酌量減輕ヲモ參酌スヘキヨリ見ルトキハ比照ノ標準ハ刑期ノ最下限ニアルヲ推測スルニ難カラス何トナレハ法律ニヨル加重減輕ハ刑期ノ兩端共ニ加重減輕スト雖モ獨リ酌量減刑ナルモノハ刑期ノ最下限ヲ低下スル恩典ニ外ナラサレハナリ果シテ然ラハ新刑法ハ舊刑法ニ比シ被告ニ有利ニシテ裁判所ハ宜敷同法所定ノ三年以上無期ノ範圍ニ於テ刑期ヲ定メサル可カラスト云フニ在リ◎然レトモ新舊法ノ刑ヲ對照比較シ其輕重ヲ定ムルニ當リ二箇以上ノ主刑中其一箇ヲ科スヘキモノアル場合ニ於テハ執法官ハ其中一ノ重キ刑ヲ以テ對照刑ト爲スヘキモノニシテ其數箇中ノ一ヲ選擇シ之ヲ對照刑ト爲スノ自由ヲ有スルモノニアラサルコトハ刑法施行法第三條第三項ノ規定上洵ニ明瞭ナリ而シテ刑法ニ於テハ所論ノ如ク被告ノ所爲ニ對シテハ無期ノ懲役ト三年以上ノ懲役トノ二刑中其一ヲ科スヘキモノナルコト同法第百八十一條第百七十七條ノ規定スル所ナルヲ以テ無期ノ懲役刑ヲ以テ對照刑ト爲スヘキモノナルコト亦論ヲ俟タス原院ハ前記法條ノ規定ニ基キ無期ノ懲役ヲ以テ刑法ニ於ケル對照刑ト爲シ本件被告ノ所爲ニ對シテハ舊刑法ヲ適用スヘキモノト判斷シタルコト其判文上自ラ明カナルヲ以テ特ニ刑法ニ於ケル對照刑ヲ明示セサリシモ之カ爲メ原判決ハ理由ヲ具セサル不法アルモノト云フヲ得ス又對照スヘキ數箇法令ノ刑同種ニシテ其長期同一ナルモ短期ニシテ同一ナラサル場合ニ於テハ短期ノ短カキモノヲ以テ輕キモノト爲スヘキハ辯ヲ俟タサル所ナリト雖モ刑法第百八十一條第百七十七條ニ基キ處斷スヘキ場合ノ如ク科スヘキ刑二箇アリテ其一ヲ選擇スヘキ場合ニ於テハ前段説示ノ如ク常ニ其重キ一ノ無期懲役ヲ以テ對照刑ト爲スヘキモノナレハ本趣意ハ何レモ理由ナシ
辯護人横山勝太郎上告趣意書第二點原院ハ被告ヲ無期徒刑ニ處シ前發ノ刑拘留十日ヲ通算スル旨ノ言渡ヲ爲シタリ然レトモ所謂無期刑ハ終身刑ニシテ前發ノ刑拘留十日ハ如何ナル方法ニ依リテ之ヲ通算ス可キカ畢竟原判決ハ此點ニ於テ執行スルニ由ナキモノトス蓋刑法第百二條ニ於ケル餘罪通算ノ規定タル吸收主義ノ適用ニシテ數箇ノ犯罪ニ對シ刑罰ヲ併科セサルコトヲ主眼トスルモノニ係リ死刑ノ如ク將タ又無期刑ノ如ク之ヲ實行スルニ於テハ到底他ノ刑ヲ併セテ科スルコト能ハサル場合ニ於テモ尚ホ且ツ刑法第百二條ヲ適用スルカ如キハ同條ニ所謂「前發ノ刑ヲ以テ後發ノ刑ニ通算ス」トアル前發ノ刑云云ヲ誤解シタルモノニシテ結局原判決ハ之ヲ執行スルニ由ナキ不法ノ裁判ナリト云フニ在リ◎依テ按スルニ舊刑法第百二條ノ法意ハ無期徒刑ニ處スヘキ場合ニ於テ前發ノ自由刑アルトキハ其通算ヲ爲スヘキ趣旨ナリト解スルヲ相當トス何トナレハ後日被告ニ對シ假出獄ヲ許ス等ノ場合ニ於テ其通算ノ利益ヲ顯出スルコトアルヘキヲ以テナリ故ニ本趣意ハ理由ナシ(判旨第四點)
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス
檢事板倉松太郎干與明治四十二年六月二十九日大審院第一刑事部
明治四十二年(レ)第七八七号
明治四十二年六月二十九日宣告
◎判決要旨
- 一 予審に於ける検証調書作成の場所は正当の管轄区域内にて該調書を作成したることを確認するに足るべき程度に於て之を記載すれば足るものとす。
(判旨第二点)
- 一 旧刑法第百二条の規定は犯人を無期徒刑に処すべき場合に於て前発の自由刑あるときは之を通算すべき旨趣なりとす。
(判旨第四点)
(参照)一罪前に発し己に判決を経で余罪後に発し其軽く若くは等しき者は之を論せず其重き者は更に之を論し前発の刑を以て後発の刑に通算す。
但前発の刑罰金科料に該り己に納完したる者は第二十七条の例に照し折算して後発の刑期に通算す(旧刑法第百二条第一項)
右強姦到死被告事件に付、明治四十二年四月二十九日東京控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で判決する左の如し
理由
本件上告は之を棄却す
弁護人沢田薫上告趣意書第一点記録を査閲するに原審公判始末書たる記録第四六三葉に「沢田弁護人曰く云云検証の際現場にて他の証拠調を申請す屍体発見の際の足跡に付、取調へられたし当時時事新報記者山根新次郎なるものが行き居ると或る明家の前に印半天を着け立ち居る人あり其は宮崎刑事にて山根に向ひ犯人は之れたと足跡を示し護謨底足袋の跡なりしと宮崎刑事が之れたた々々と云ふを聞きて知る山根新次郎と保坂三男衛の両人を証人として其点に付、現場にて取調ありたし」との記載ありて、即ち弁護人は検証の申請以外別に証人訊問の申請を為したるものなること寔に明確なり。
然るに其後段同記録第四六七葉には唯た「裁判長は本件に付、検証申請は裁判所にては不必要と決定す。
依て右申請は却下すと言渡されたり」との記載ありて単に検証の申請に対して其許否を決定したるのみ前示弁護人の為したる証人訊問の申請に対しては其許否の決定を脱漏したる違法あり。
而して原審其後の公判に於ても右証人の許否は終に之れが決定を与ふるに至らずして審理を終結せり則ち原裁判は訴訟手続の重大なる違法あるものにして因で得たる原判決は全部破毀を免れざるものと信ずと云ふに在り◎依て按ずるに所論証人申請は検証の際現場に於て証人として山根新次郎保坂三男衛の両人を訊問あり度と云ふに在りて検証の申請と其運命を共にすべき附従のものにして独立したる証人申請にあらざること原審公判始末書の記載に徴し明かなり。
故に検証申請を却下する旨の原審証拠決定中には右証人申請を却下する旨趣をも包含するものなるを以て所論申請に対し許否の決定を遺脱したる不法ありとの本趣意は理由なし。
同第二点原判決は予審判事の検証調書を採で本件断罪の資料に供用せられたり今記録に就き右検証調書を査閲するに調書冒頭「池田亀太郎強姦致死被告事件に付き明治四十一年四月五日云云被告人を現場に同行指示案内せしめ検証すること左の如し」と掲げ其末段調書作成の場所には同じく単に「於現場」の三字を存するに過ぎずして右検証調書作成の場所たる現場なるものの果して何れの地たるかは之れが記載あるを認めず。
然らば、即ち前示検証調書は刑事訴訟法第二十条に違背せる無効の書面にして之れを罪証に供したる原判決は破毀の原由あるものと信ずと云ひ」弁護人横山勝太郎上告趣意書第三点原院は予審判事の検証調書を有罪の資に供せられたるに付き今該調書を閲するに単に其末文に「於現場」と記載せられたるに止まり其現場の何処なるやは之を明示せざるを以て結局該検証調書は作成場所を示さざるものとす。
或は其冒頭に「……被告人を現場に同行指示案内せしめ検証すること左の如し」森山湯の模様……「府下豊多摩郡大久保村大字西大久保五十四番地湯屋森山宗松方は間口五間奥行十一間の平家にして別紙第一号略図に示す如く……」兇行現場模様……兇行現場と云ふは同大字四十七番地なる約十三間四方の空地にして……」とあり所謂現場とは森山湯の所在又は犯行の場所等を指すが如きに該調書の末文には「別紙調書の如く被告人を訊問しつつ右検証を遂け然る後証人訊問の為め新宿警察署に向ふ」……又被告人逃亡の方向……被告人が該空地より逃亡し道路に出でたりと云ふは別紙第二号略図中朱点を表はせる方向にして……」等の文字あり此等の文字に拠れば所謂「於現場」の三字は必しも森山湯を指すにあらず。
又兇行現場を称するにもあらず。
却て第二号略図朱線の通り十数町の距離を被告人を訊問しつつ終始運動したる事実明にして単に「於現場」のみにては到底其作成場所を指示するに足らず要するに右検証調書は法律上違式のものにして之を有罪の資に供したるは不法の裁判なりと云ふに在り◎。
然れども予審判事が検証したる現場が東京府豊多摩郡大久保村大字西大久保四十七番地の空地附近にして検証調書附属第二号略図中に表示しある場所なることは同調書並に之に附属の略図に徴し明なれば同調書に於ける現場とは右場所を指示したるものなること明かなり。
而して予審に於ける検証調書作成の場所は正当の管轄区域内に於て検証調書を作成したることを確認するに足る可き程度に於て之を記載するを以て足るものなることは夙に本院判例の認むる所にして所論調書の記載に依り其管轄区内に於て検証を為し、且、其調書を作成したることを認むるに足るを以て本趣意は理由なし。
(判旨第二点)
弁護人横山勝太郎上告趣意書第一点原院は本件に関する新旧法を比照し旧刑法の刑軽きものとし旧刑法第三百五十一条但書に依り被告を無期徒刑に処したり。
然れども刑法第百八十一条に依れば「第百七十六条乃至第百七十九条の罪を犯し因で人を死傷に致したるものは無期又は三年以上の懲役に処す」とありて旧刑法に於ける強姦致死罪は無期徒刑の単一なる刑あるに過ぎざるも新刑法に於ては無期刑若くは三年以上の有期懲役(刑法第十二条参照)なる選択刑を規定したるが故に裁判所が若し有期懲役の刑を選択するときは新刑法の刑を軽しとせざるを得ざる次第なるに原院が判文上新刑法に於ても無期刑を科す可きものなりとの理由をも付することなく直に旧刑法の刑を言渡したるは理由不備なると同時に擬律の錯誤ある不法の裁判なりと云ひ」弁護人柳本信俊上告趣意書本件犯罪は旧刑法時代に行はれたるものにして新刑法施行後判決するものなれば之を比照し軽き新刑法により処罰すべきものなるに原判決が其比照を誤り旧刑法を擬したるは擬律錯誤を免れず何となれば強姦致死罪は旧刑法に於ては三百五十一条末段に依り当然無期徒刑に処し新刑法に於ては百七十七条百八十一条に依り無期又は三年以上の懲役に処すべく其最高限に於ては両者相等しと雖も其最下限に於て新法が旧法に比し被告に利益なるや疑を容れず。
抑も新旧両法比照の標準に付ては法典所掲の刑罰の最高限を採るべきか其最下限を採る可きか将た裁判所の必裏に新旧別別に刑期を定めて比照すべきかは明文の示さざる所なるを以て解釈を以て決するの外なしと雖も裁判所の必裏に二箇の刑期を定めて後之を比照するが如きは是れ法規の比照にあらずして判定の比照たるの譏を免れず近世の学説判例は法典所掲の最高限を標準とする傾向なきにあらずと雖も我刑法施行法第三条には法律により刑を加重減軽すべきとき又は酌量減軽を為すべきときは加重又は減軽を為したる後刑の対照を為すべしとありて其対照前酌量減軽をも参酌すべきより見るときは比照の標準は刑期の最下限にあるを推測するに難からず。
何となれば法律による加重減軽は刑期の両端共に加重減軽すと雖も独り酌量減刑なるものは刑期の最下限を低下する恩典に外ならざればなり。
果して然らば新刑法は旧刑法に比し被告に有利にして裁判所は宜敷同法所定の三年以上無期の範囲に於て刑期を定めざる可からずと云ふに在り◎。
然れども新旧法の刑を対照比較し其軽重を定むるに当り二箇以上の主刑中其一箇を科すべきものある場合に於ては執法官は其中一の重き刑を以て対照刑と為すべきものにして其数箇中の一を選択し之を対照刑と為すの自由を有するものにあらざることは刑法施行法第三条第三項の規定上洵に明瞭なり。
而して刑法に於ては所論の如く被告の所為に対しては無期の懲役と三年以上の懲役との二刑中其一を科すべきものなること同法第百八十一条第百七十七条の規定する所なるを以て無期の懲役刑を以て対照刑と為すべきものなること亦論を俟たず。
原院は前記法条の規定に基き無期の懲役を以て刑法に於ける対照刑と為し本件被告の所為に対しては旧刑法を適用すべきものと判断したること其判文上自ら明かなるを以て特に刑法に於ける対照刑を明示せざりしも之が為め原判決は理由を具せざる不法あるものと云ふを得ず。
又対照すべき数箇法令の刑同種にして其長期同一なるも短期にして同一ならざる場合に於ては短期の短かきものを以て軽きものと為すべきは弁を俟たざる所なりと雖も刑法第百八十一条第百七十七条に基き処断すべき場合の如く科すべき刑二箇ありて其一を選択すべき場合に於ては前段説示の如く常に其重き一の無期懲役を以て対照刑と為すべきものなれば本趣意は何れも理由なし。
弁護人横山勝太郎上告趣意書第二点原院は被告を無期徒刑に処し前発の刑拘留十日を通算する旨の言渡を為したり。
然れども所謂無期刑は終身刑にして前発の刑拘留十日は如何なる方法に依りて之を通算す可きか畢竟原判決は此点に於て執行するに由なきものとす。
蓋刑法第百二条に於ける余罪通算の規定たる吸収主義の適用にして数箇の犯罪に対し刑罰を併科せざることを主眼とするものに係り死刑の如く将た又無期刑の如く之を実行するに於ては到底他の刑を併せて科すること能はざる場合に於ても尚ほ且つ刑法第百二条を適用するが如きは同条に所謂「前発の刑を以て後発の刑に通算す」とある前発の刑云云を誤解したるものにして結局原判決は之を執行するに由なき不法の裁判なりと云ふに在り◎依て按ずるに旧刑法第百二条の法意は無期徒刑に処すべき場合に於て前発の自由刑あるときは其通算を為すべき趣旨なりと解するを相当とす。
何となれば後日被告に対し仮出獄を許す等の場合に於て其通算の利益を顕出することあるべきを以てなり。
故に本趣意は理由なし。
(判旨第四点)
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り主文の如く判決す
検事板倉松太郎干与明治四十二年六月二十九日大審院第一刑事部