森林法違犯ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）15輯398頁

本件上告ハ之ヲ棄却ス

辯護人花井卓藏上告趣意書第一點明治三十年法律第四十六號森林法第二十條ニハ「府縣知事ノ許可ヲ得ルニ非サレハ保安林ニ於テ土石切芝ノ採取樹根ノ採掘又ハ牛馬ノ放牧ヲ爲スコトヲ得ス」ト規定スルカ故ニ府縣知事ハ保安林ノ伐木ニ關シテ許可ヲ與ヘ若クハ之ヲ制限スルノ權能ヲ有セサルヲ以テ府縣知事ノ命令シタル制限ニ違背シテ保安林ノ立木ヲ伐採スルモ同法第四十六條ニ問擬スルコトヲ得ス

原判決ハ「被告平吉ハ云云明治三十四年長野縣令第二十六號第一條第二項但書ニ因リ該立木ヲ伐採スルニハ申請ノ上許可ヲ受クヘキ制限ヲ附セラレアルヲ以テ云云許可以外ノ立木五十一本價額千四百四十圓十五錢ノモノヲ伐採シタルモノトス」ト判定セルモ長野縣知事ハ保安林ノ伐木ニ關シ禁止又ハ制限ノ命令ヲ發スルヲ得サルコト前叙ノ如クナルヲ以テ縱令長野縣知事ノ爲シタル制限ノ命令ニ違背シテ伐木ヲ爲シタリトスルモ前示森林法第四十六條ヲ適用スルコトヲ得ス然ルニ輙スク同條ニ問擬シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎森林法施行細則第一條第二項ニハ府縣知事ニ於テ森林法第七條第二十一條乃至第二十三條ノ命令ヲ必要ト認ムルトキ及前項規定以外ノ森林ニ付第五十五條ノ命令ヲ必要ト認ムルトキハ農商務大臣ニ具申シ指揮ヲ乞フ可シトアリ左レハ所掲ノ長野縣令第二十六號ハ長野縣知事ニ於テ右ノ手續ヲ經農商務大臣ノ指揮ニ基キ規定シタルモノト認ムヘキヲ相當トスルヲ以テ原審ニ於テ被告カ右命令ニ違背シタル事實ヲ認メ森林法第四十六條ヲ適用シ被告ヲ有罪ニ處斷シタリシハ相當ナリ

第二點明治三十年法律第四十六號森林法第四十六條ニ所謂「禁止若クハ制限ノ命令ヲ受ケタル者」トハ其命令ニ違背シテ伐木シタル場合ヲ指示ス從テ命令ヲ受ケタル以外ノ者ニシテ保安林ノ樹木ヲ伐採シタルトキハ盜伐ノ刑責ニ任スヘキハ格別同條ノ違反者トシテ處分スルコトヲ得ス原判決ハ「被告平吉ハ云云同神社所有ノ云云立木百二十一本ヲ代金千九百七十七圓ニテ買受ケ内金千餘圓ヲ交付シタル處云云」ト判示シテ被告ハ該立木ヲ適法ニ買受ケタルモノナルコト竝ニ禁止若クハ制限ノ命令ニ違背シタルモノニ非サルコトヲ認定シナカラ漫然有罪ノ言渡ヲ爲シタル原判決ハ理由不備若クハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎森林法第四十六條規定ノ趣旨ハ何人タルヲ問ハス成規ノ手續ヲ履マス同法所掲ノ命令ニ違背シ伐木シタルモノハ總テ之ヲ處分ス可シト云フニ在リテ同法ニ依リ特ニ禁止若クハ制限ヲ受ケタル者カ其命令ニ背キ伐木シタル場合ニ限リ之ヲ適用スル法意ニ非サルコト勿論ナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ

第三點原判決ハ「右山林ハ森林法施行以前ノ編入ニ係ル保安林ニシテ未タ施業要領ノ通達ヲ受ケサル箇所ナルニ付キ云云該立木ヲ伐採スルニハ申請ノ上許可ヲ受クヘキ制限ヲ附セラレアルヲ以テ云云」ト判示セリ而シテ明治三十年法律第四十六號森林法第三十條ニ「從來ノ禁伐木、風致林又ハ伐木停止林ハ此法律施行ノ日ヨリ保安林トシ其森林ニ對スル從來ノ制限ハ仍其效力ヲ有ス」ト規定セルカ故ニ同法施行以前ノ保安林ニ對スル制限ニ違背シタルモノトシテ同法第四十六條ニ問擬スルニハ前示森林法第三十條ヲ適用セサル可ラス然ルニ同條ヲ不問ニ付シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎右條文ハ所掲縣令違反ノ事實ニ基キ森林法第四十六條ヲ適用シタル本案ノ如キ場合ニハ之ヲ適用スヘキ必要アラサレハ原審ニ於テ右條文ヲ援用セサリシハ相當ナリ

第四點原判決ハ林茂雄第一囘豫審調書中「明治三十九年四五月頃拂下ヲ受ケ云云」ノ供述記載アリトシテ斷罪ノ證據ニ採用セリ然ルニ該豫審調書ニハ「三十九年四月六日ヨリ五月六日迄ノ間ニ拂下ノ願書ヲ差出シ同年七月十二日許可ニナリ云云」ト明白ニ記載セラレ原判決ノ説明ト一致セサレハ原判決ハ此點ニ於テ虚無ノ證據ヲ採テ斷罪ノ資料ニ供シタル不法アルモノト信スト云フニ在リ◎仍テ記録ヲ閲スルニ記録ノ記載ハ洵ニ所論ノ如クナルモ右ハ本案ノ斷罪資料ニ供シタルモノニ非ラスシテ單ニ事實中該森林カ神明神社ノ所有ニ歸シタル手續ヲ記載シタルノ證左ト爲シタルニ過キサレハ縱シ所論ノ如キ誤リアリトスルモ爲メニ原判決ヲ破毀スルニ足ラサルモノトス

右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス

檢事板倉松太郎干與明治四十二年四月六日大審院第一刑事部