強盜殺人及放火ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）14輯879頁

本件上告ハ之ヲ棄却ス

上告趣意書及辯明書ハ要スルニ本件ノ犯罪ハ被告ノ行爲ニアラス原院カ罪證ニ供シタル松崎清次郎ノ供述ハ虚妄ナリ原院ニ於テ被告ハ幾多ノ反證取調ノ申請ヲ爲シタルニ悉ク却下シ有罪ノ判決ヲ爲シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎事實ノ認定證據ノ取捨判斷及證據調申請ノ許否ハ原院ノ職權ニ屬ススルヲ以テ之ヲ攻撃スル本論旨ハ上告適法ノ理由トナラス

辯護人花井卓藏上告趣意書第一點刑法第四百二條ハ火ヲ放テ人ノ住居シタル家屋ヲ燒燬シタルモノハ死刑ニ處スルニ反シ新刑法第百八條ハ火ヲ放テ現ニ人ノ住居ニ使用シタル建造物ヲ燒燬シタルモノハ死刑又ハ無期若クハ五年以上ノ懲役ニ處スルカ故ニ新刑法輕ク又刑法第三百八十條ハ強盜殺人罪ヲ死刑ニ處スルニ反シ新刑法第二百四十條ハ強盜殺人罪ヲ死刑又ハ無期懲役ニ處スルカ故ニ新法輕キコト明白ナリトス從テ原判決ハ破毀ノ上新法ヲ適用スヘキモノト信スト云フニ在レトモ◎本論旨ハ要スルニ原判決ノ不法ヲ攻撃スルニ在ラサルヲ以テ上告適法ノ理由トナラス

第二點刑法第四百二條ハ火ヲ放テ人ノ住居シタル家屋ヲ燒燬シタル者ハ死刑ニ處スヘキ旨ヲ規定ス原判決ハ「被告ハ橋本タミ方ニ侵入シ云云タミノ頭部ヲ硬固ナル物體ヲ以テ強毆シ云云即死セシメ云云タミノ頭部其他ニ燃料ヲ覆ヒ之ニ火ヲ點シ以テ發火セシメ」ト判示セリ此認定事實ニ依レハ被告ハ橋本タミヲ殺害シタル上放火シタルモノナレハタミ居宅ハタミノ死亡ニ依リテ既ニ人ノ住居シタル家屋ナリト云フコトヲ得ス左レハ火ヲ放テ人ノ住居セサル家屋ヲ燒燬シタルモノトシテ處斷スルハ格別人ノ住居シタル家屋ニ放火シタルモノナリトシテ處斷シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎按スルニ舊刑法第四百二條ニ所謂人ノ住居シタル家屋トハ犯人以外ノモノカ現ニ住居ニ使用スル家屋ヲ云フ故ニ獨居者ヲ殺害シタル上其住居シタル家屋ニ放火スルモ同條ニ問擬スヘカラサルコトハ寔ニ所論ノ如シ然レトモ原判決ニハ「被告ハ橋本タミ方居宅ニ侵入シ云云即死セシメ云云其犯跡ヲ蔽ハンカ爲メタミノ頭部其他ニ燃料ヲ覆ヒ之ニ火ヲ點シ以テ發火セシメ其居宅竝ニ近隣平龜壽平泰壽二瓶藤藏ノ住宅其他ノ建物ヲ燒燬シタリ」ト判示シ此認定事實ニ依レハ被告ノ放火ノ所爲ハ單ニ獨居者橋本タミカ死亡前住居セシ家屋ヲ燒燬シタルノミナラス同時ニ其隣人ノ住宅ヲモ併セテ燒燬シタル一箇ノ放火罪ニシテ其燒燬ノ目的物中ニハ現ニ他人ノ住居ニ使用スル家屋アルヲ以テ舊刑法第四百二條ニ依リ處斷シタル原判決ハ擬律錯誤ニ非ス論旨ハ理由ナシ

右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ主文ノ如ク判決ス

檢事棚橋愛七干與明治四十一年十月二十二日大審院第二刑事部