明治四十一年(れ)第四四八號
明治四十一年五月二十八日宣告
◎判決要旨
- 一 涜職法第一條第二項ハ賄賂ヲ贈與、提供又ハ約束シタル者ノ資格ニ付キ何等ノ制限ヲ付セサルヲ以テ其第一項ニ掲ケタル議員、會員、委員又ハ總代以外ノ者ハ勿論縱令此等ノ資格ヲ帶フル者ト雖モ苟モ其職務ニ關シ議員、會員、委員又ハ總代ニ對シテ賄賂ヲ贈與、提供若クハ約束スルニ於テハ同條ノ制裁ヲ免ルルコトヲ得ス(判旨第二點)
- 一 涜職法第一條第二項ニ所謂賄賂ノ提供トハ相手方ニ對シ賄賂ノ受領ヲ求ムル意思ノ表示ニシテ相手方ノ承諾若クハ受領ヲ伴ハサル贈賄者ノ一方行爲ヲ指稱シ收賄者ノ方面ニ於ケル賄賂ノ要求ト其歸趣ヲ同ウスルモノトス(判旨第三點)
(參照)法令ニ依リ選擧又ハ任用シタル議員、會員、委員又ハ總代其ノ職話ニ關シ賄賂ヲ收受シ又ハ之ヲ聽許若ハ要求シタル者ハ一月以上一年以下ノ重禁錮ニ處シ四圓以上四十圓以下ノ罰金ヲ附加ス」賄賂ヲ贈與、提供又ハ約束シタル者亦同シ(涜職法$第一條) - 一 市會議員カ其議長ヲ選定スルノ權利ハ國民若クハ公民トシテ享有スル選擧權ニ非サルヲ以テ議會又ハ市町村會ノ議員選擧權ト其性質ヲ同ウセス(判旨第四點)
- 一 市會議長ハ市會成立後ニ至リ市會ノ職務權限トシテ之ヲ選任スルモノトス從テ其選擧ハ市會議員ノ職務ニ屬スルモノナリ(同上)
右涜職法違犯被告事件ニ付明治四十一年四月十五日廣島控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判決スルコト左ノ如シ
上告趣意書ハ市會カ市會議長ノ互選ヲ爲スハ其職務ニアラス故ニ被告ノ所爲ハ涜職法ニ所謂職務ニ關シ賄賂ヲ提供シタルモノナリト云フヲ得ス然ルニ原院カ同法第一條第二項第一項ヲ適用處斷シタルハ法則ヲ不法ニ適用シタル違法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎本論旨ノ理由ナキコトハ辯護人花井卓藏外一名上告趣意擴張書ノ第三點ニ對スル説明ニ依リ明ナルヲ以テ該説明ニ付其理由ヲ了解スヘシ
辯護人花井卓藏、渡邊澄也上告趣意擴張書第一點涜職法第一條第一項ハ法令ニヨリ選擧又ハ任用シタル議員會員委員又ハ總代等ノ收賄ヲ罰スル規定ニシテ同條第二項ハ議員會員委員又ハ總代以外ノ者カ議員會員委員又ハ總代等ニ贈賄シ又ハ贈賄ヲ約シタル所爲ヲ罰スル規定ナリ原判決認定ノ事實ニ依レハ被告ハ廣島市會議員トシテ同市會議長ノ選擧ニ際シ議員高田寅藏ニ金五十圓ヲ提供シテ森川修藏ヲ市會議長ニ推擧シ呉ルヘキ旨依頼シタルモノナリト謂フニ在レハ賄賂ヲ提供シタル被告モ議員ニシテ之カ被提供者モ亦議員ナレハ同條第二項ニ該當セサルモノトス然ルニ同條第二項ニ問擬シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎然レトモ涜職法第一條ハ其明文ノ示ス如ク賄賂ヲ收受シ又ハ之ヲ聽許シ若クハ之ヲ要求シタル者ノ法令ニ依リ選擧又ハ任用シタル議員會員委員又ハ總代タルコトヲ要求スルニ止マリ賄賂ヲ贈與提供又ハ約束シタル者ノ資格ニ付キテハ何等ノ制限ヲ付セサルヲ以テ第一項所掲ノ會員委員又ハ總代以外ノ者ハ勿論其議員會員委員總代ノ資格ヲ帶フル者ト雖モ苟モ其職務ニ關シ會員委員總代ニ對シテ賄賂ヲ贈與提供又ハ約束スルニ於テハ涜職法第一條第二項ニ違背シタルモノトシテ同條所定ノ刑罰ヲ受ケサルヘカラス蓋シ第一項所掲ノ議員委員會員總代等相互ノ間ニ於テ賄賂ノ提供贈與約束アリタル場合ニ於テハ何レモ皆ナ同一ノ職務權限ヲ有シ法律上對等ノ地位ニ立ツモノナレハ其間ニ於テ贈賄罪ハ成立シ得ヘカラサルノ觀アリト雖モ深ク第一條ノ法意ヲ研究スルトキハ反對ノ解釋ヲ採ラサルヲ得ス抑モ委員會員總代ハ其職務ヲ行フノ上ニ於テハ固ヨリ同一ノ權限ヲ有スルコト論ヲ俟タスト雖モ會員委員總代中ノ或者カ其職務ニ關シ他ノ會員委員總代ニ對シテ賄賂ノ贈與提供約束ヲ爲スハ其職務權限外ニ屬シ議員會員委員總代トシテノ行爲ニアラサルヲ以テ議員會員委員總代ノ資格ナキ者ノ爲シタル行爲ト毫モ撰フ所ナク其間ニ區別ヲ設クヘキ理由ナキノミナラス贈賄ノ行爲ニ對スル刑罰ノ制裁ハ其行爲ヲ爲シタル者ノ何人タルニ拘ハラス之ヲ當行シ以テ涜職ノ害惡ニ對シ議員會員委員總代ノ職務ヲ保護スルノ必要アリ議員委員會員總代等ノ爲メニ贈賄ノ責任ヲ免除スヘキ理由ナシトス故ニ何レノ點ヨリ見ルモ贈賄罪ノ主體ハ通常人タルコトヲ要シ議員委員會員總代ハ贈賄罪ノ主體タルヘキ能力ナシトスル本論旨ハ其理由ナシトス(判旨第二點)
第二點涜職法第一條第二項ハ同條第一項ニ規定セル議員會員委員又ハ總代等ニ於テ收賄シタル場合ニ於テ其贈賄者ヲモ併セテ處罰スル旨ヲ規定シタルモノトス從テ同條第一項ニ列擧シタル議員會員委員又ハ總代等ニ於テ收賄セサルトキハ縱令賄賂ノ提供者アリト雖モ同條第二項ヲ適用シテ之ヲ處罰スルコトヲ得ス蓋シ涜職法ハ議員會員委員總代等ニ於テ其職務ヲ汚涜スルノ行爲ヲ處罰スルノ趣旨ニ外ナラサレハ賄賂ヲ提供スル者アリト雖モ議員等ニ於テ之ヲ收受セサルトキハ涜職法ノ製裁セントスル趣旨ニ添ハサレハナリ原判決認定ノ事實ニ依レハ被告ハ廣島市會議長ノ選擧ニ關シ議員高田寅藏ニ對シ金五十圓ヲ提供シテ森川修藏ヲ市會議長ニ推擧シ呉ルヘキ旨依頼シタルモノナリト云フニ止リ高田寅藏カ被告ノ提供シタル金五十圓ヲ收受シタルヤ否ヤハ毫モ其説明セサル所ナルカ故ニ被告ノ所爲ハ罪ト爲ルヘキ事實ナルヤ否ヤ明カナラサルニ拘ラス輙ク涜職法第一條第二項ニ問擬シタル原判決ハ理由不備若クハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎依テ涜職法第一條ノ規定ヲ按スルニ法律ハ先ツ其第一項ニ於テ「法令ニ依リ選擧又ハ任用シタル議員會員委員又ハ總代其職務ニ關シ賄賂ヲ收受シ又ハ之ヲ聽許若クハ要求シタル者ハ云云」ト規定シ收賄ニ關シテ犯罪ノ成立スル三箇ノ場合ヲ明示シ更ニ「賄賂ヲ贈與提供又ハ約束シタル者亦同シ」ト規定シ贈賄ニ關シテモ亦犯罪ノ成立スル三箇ノ場合ヲ明示セリ而シテ收賄罪ノ成立スル三箇ノ場合中賄賂ヲ收受シトアルハ收賄者贈賄者間ニ於テ賄賂ノ授受アリタル場合ニ於ケル收賄者ノ行爲ヲ指シタルモノニシテ賄賂ヲ聽許シトアルハ收賄者贈賄者間ニ於テ賄賂ノ授受ニ關シテ契約ノ成立シタル場合ニ於ケル收賄者ノ行爲ヲ意味シ賄賂ヲ要求スルトハ相手方ヨリ贈賄又ハ贈賄ノ承諾ノ伴ハサル收賄者ノ片面的贈賄ノ要求ヲ意味スルモノナルコトハ基文理ニ徴シテ明確ナリ又贈賄罪ノ成立スル三箇ノ場合中賄賂ノ贈與トハ賄賂ノ授受アリタル場合ニ於ケル贈賄者ノ行爲ヲ意味シ收賄者ノ方面ニ於ケル賄賂ノ收受ニ對當シ賄賂ノ約束トハ贈賄ニ關シテ契約ノ成立シタル場合ニ於ケル贈賄者ノ行爲ヲ意味シ收賄者ノ方面ニ於ケル賄賂ノ聽許ニ對當シ賄賂ノ提供トハ其文字ノ示ス如ク相手方ニ對シテ賄賂ノ受領ヲ求ムル意思ノ表示ニシテ相手方ノ承諾若クハ受領ノ伴ハサル贈賄者ノ一方行爲ヲ意味シ收賄者ノ方面ニ於ケル賄賂ノ要求ト其歸趣ヲ同フシ何レモ要求者又ハ提供者ノ一方行爲ニ因リテ犯罪ハ完成シ相手方ノ同意若クハ協力ヲ必要トセサルノミナラス相手方カ其要求又ハ提供ニ應スルニ於テハ或ハ賄賂ノ收受若クハ贈與トナリ若クハ賄賂ノ聽許若クハ約束トナリテ別種ノ分類ヲ形成スルコトトナルヘシ若シ夫レ辯護人所論ノ如ク賄賂ノ提供ハ相手方タル議員會員委員又ハ總代等ノ收賄行爲ノ伴フニアラサレハ犯罪ヲ構成セサルモノトセンカ是等議員其他ノ者ト贈賄者トノ間ニ於テ賄賂ノ授受若クハ契約アリタル場合ニ付キテハ涜職法ハ既ニ其場合ヲ掲ケテ刑罰ノ制裁ヲ付シタルヲ以テ特ニ賄賂提供ノ場合ヲ規定スルノ必要ナク却テ提供ハ辯護人ノ所論ト異リ相手方ノ行爲ヲ要セス提供者ノ單獨行爲ノミニテ犯罪成立スルカ故ニ雙方間ニ於テ賄賂ノ授受契約アリタル場合ノ外ニ之ヲ以テ贈賄罪ノ成立スル一ノ場合トシテ之ヲ注文ニ掲ケタルモノナルコトヲ推知スルコトヲ得ヘシ故ニ原院カ本件被告ノ爲シタル賄賂ノ提供ニ對シ涜職法第一條ニ問擬シタルハ相當ニシテ上告論旨ハ理由ナシ(判旨第三點)
第三點涜職法第一條ノ犯罪ヲ構成スルニハ議員カ其職務ニ關シ收賄シ若クハ議員以外ノ者カ議員ノ職務ニ關シ贈賄シタルコトヲ要件トス而シテ本件贈賄ノ動機タル市會議長ノ互選ハ市會ナル市立法機關ノ職務權限ナルモ市會議員ヨリ見レハ選擧權ノ行使ニシテ議員ノ權利ニ屬シ職務ニアラス從テ其性質ハ選擧法違犯ナリ涜職法ハ刑法第二百八十四條ノ延長ニシテ議員等ノ收賄行爲ヲ官吏ト同シク罰スルノ規定ニシテ刑法官吏收賄罪ノ規定ヲ補足シタルニ過キス故ニ本件ノ場合ハ涜職法ヲ適用處斷スヘキモノニアラサルニ原判決カ同法ヲ適用シタルハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎然レトモ市會議員カ其議長ヲ選定スルノ權利ハ國民若クハ公民トシテ享有スル選擧權ニアラサルヲ以テ議會市町村會ノ議員選擧權ト全ク其性質ヲ異ニス此點ニ付市町村制ヲ按スルニ議長ノ選擧ニ關スル事項ハ之ヲ市會ノ組織及選擧ニ關スル章中ニ規定セスシテ市會ノ職務權限ニ關スル第三十七條中ニ之カ規定ヲ設ケ「市會ハ毎暦年ノ初メ一周年ヲ限リ議長及其代理者各一名ヲ互選ス」トアリ此規定ハ市會議長ハ市會成立後ニ至リ市會ノ職務權限トシテ之ヲ選任スルモノナルコト從テ市會議員ハ公民タル資格ニ於テ議長ヲ選擧スルノ權利ヲ有スルニアラス市會ヲ組織スル一員トシテ市會ノ職務權限ニ屬スル事項ヲ執行スルモノニシテ議長ノ選擧ハ即チ市會ノ職務權限タルト同時ニ其執行ノ任ニ當ル所ノ市會議員ノ職務權限ニ屬スルコト毫モ疑ヲ容ルヘキニアラサルヲ以テ本件市會議員カ其議長ノ選擧ヲ爲スニ當リ被告カ其選擧ニ關シテ該議員ニ賄賂ヲ提供シタル所爲ハ涜職法第一條ニ違反スルヤ明カナリ故ニ被告ニ對シテ同條ノ刑ヲ擬シタル原判決ハ相當ニシテ本論旨ハ理由ナシ(判旨第四點)
第四點涜職法第一條第一項ハ議員等カ賄賂ヲ收受シ聽許シ要求シタル場合ヲ處罰シ同條第二項ハ其收受聽許又ハ要求ニ對スル贈與提供又ハ約束シタルモノヲ處罰スルノ規定ナルカ故ニ收受聽許又ハ要求ノ事實ナクンハ其提供者ノミヲ處罰スルヲ得ス本件ハ被告カ賄賂ヲ提供セントシタルモ之ヲ受クル者ニ於テ之ヲ收受シ聽許シ又ハ要求シタル事實ナキモノナルカ故ニ同法條ノ未遂ニ過キス而シテ涜職法ハ未遂ヲ處罰スルノ規定ナキヲ以テ本件ハ之ヲ處罰スヘキモノニアラサルニ原判決カ同法條ヲ適用シタルハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎本論旨ノ理由ナキコトハ第二點ニ對スル説明ニ依リテ明カナルヲ以テ重ネテ辯明ヲ爲スノ要ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事棚橋愛七干與明治四十一年五月二十八日大審院第二刑事部
明治四十一年(レ)第四四八号
明治四十一年五月二十八日宣告
◎判決要旨
- 一 涜職法第一条第二項は賄賂を贈与、提供又は約束したる者の資格に付き何等の制限を付せざるを以て其第一項に掲げたる議員、会員、委員又は総代以外の者は勿論縦令此等の資格を帯ふる者と雖も苟も其職務に関し議員、会員、委員又は総代に対して賄賂を贈与、提供若くは約束するに於ては同条の制裁を免るることを得ず。
(判旨第二点)
- 一 涜職法第一条第二項に所謂賄賂の提供とは相手方に対し賄賂の受領を求むる意思の表示にして相手方の承諾若くは受領を伴はざる贈賄者の一方行為を指称し収賄者の方面に於ける賄賂の要求と其帰趣を同うするものとす。
(判旨第三点)
(参照)法令に依り選挙又は任用したる議員、会員、委員又は総代其の職話に関し賄賂を収受し又は之を聴許若は要求したる者は一月以上一年以下の重禁錮に処し四円以上四十円以下の罰金を附加す」賄賂を贈与、提供又は約束したる者亦同じ。
(涜職法$第一条) - 一 市会議員が其議長を選定するの権利は国民若くは公民として亨有する選挙権に非ざるを以て議会又は市町村会の議員選挙権と其性質を同うせず(判旨第四点)
- 一 市会議長は市会成立後に至り市会の職務権限として之を選任するものとす。
従て其選挙は市会議員の職務に属するものなり。
(同上)
右涜職法違犯被告事件に付、明治四十一年四月十五日広島控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
上告趣意書は市会が市会議長の互選を為すは其職務にあらず。
故に被告の所為は涜職法に所謂職務に関し賄賂を提供したるものなりと云ふを得ず。
然るに原院が同法第一条第二項第一項を適用処断したるは法則を不法に適用したる違法の裁判なりと云ふに在れども◎本論旨の理由なきことは弁護人花井卓蔵外一名上告趣意拡張書の第三点に対する説明に依り明なるを以て該説明に付、其理由を了解すべし。
弁護人花井卓蔵、渡辺澄也上告趣意拡張書第一点涜職法第一条第一項は法令により選挙又は任用したる議員会員委員又は総代等の収賄を罰する規定にして同条第二項は議員会員委員又は総代以外の者が議員会員委員又は総代等に贈賄し又は贈賄を約したる所為を罰する規定なり。
原判決認定の事実に依れば被告は広島市会議員として同市会議長の選挙に際し議員高田寅蔵に金五十円を提供して森川修蔵を市会議長に推挙し呉るべき旨依頼したるものなりと謂ふに在れば賄賂を提供したる被告も議員にして之が被提供者も亦議員なれば同条第二項に該当せざるものとす。
然るに同条第二項に問擬したる原判決は擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ふに在り◎。
然れども涜職法第一条は其明文の示す如く賄賂を収受し又は之を聴許し若くは之を要求したる者の法令に依り選挙又は任用したる議員会員委員又は総代たることを要求するに止まり賄賂を贈与提供又は約束したる者の資格に付きては何等の制限を付せざるを以て第一項所掲の会員委員又は総代以外の者は勿論其議員会員委員総代の資格を帯ふる者と雖も苟も其職務に関し会員委員総代に対して賄賂を贈与提供又は約束するに於ては涜職法第一条第二項に違背したるものとして同条所定の刑罰を受けざるべからず。
蓋し第一項所掲の議員委員会員総代等相互の間に於て賄賂の提供贈与約束ありたる場合に於ては何れも皆な同一の職務権限を有し法律上対等の地位に立つものなれば其間に於て贈賄罪は成立し得べからざるの観ありと雖も深く第一条の法意を研究するときは反対の解釈を採らざるを得ず。
抑も委員会員総代は其職務を行ふの上に於ては固より同一の権限を有すること論を俟たずと雖も会員委員総代中の或者が其職務に関し他の会員委員総代に対して賄賂の贈与提供約束を為すは其職務権限外に属し議員会員委員総代としての行為にあらざるを以て議員会員委員総代の資格なき者の為したる行為と毫も撰ふ所なく其間に区別を設くべき理由なきのみならず贈賄の行為に対する刑罰の制裁は其行為を為したる者の何人たるに拘はらず之を当行し以て涜職の害悪に対し議員会員委員総代の職務を保護するの必要あり議員委員会員総代等の為めに贈賄の責任を免除すべき理由なしとす。
故に何れの点より見るも贈賄罪の主体は通常人たることを要し議員委員会員総代は贈賄罪の主体たるべき能力なしとする本論旨は其理由なしとす(判旨第二点)
第二点涜職法第一条第二項は同条第一項に規定せる議員会員委員又は総代等に於て収賄したる場合に於て其贈賄者をも併せて処罰する旨を規定したるものとす。
従て同条第一項に列挙したる議員会員委員又は総代等に於て収賄せざるときは縦令賄賂の提供者ありと雖も同条第二項を適用して之を処罰することを得ず。
蓋し涜職法は議員会員委員総代等に於て其職務を汚涜するの行為を処罰するの趣旨に外ならざれば賄賂を提供する者ありと雖も議員等に於て之を収受せざるときは涜職法の製裁せんとする趣旨に添はざればなり。
原判決認定の事実に依れば被告は広島市会議長の選挙に関し議員高田寅蔵に対し金五十円を提供して森川修蔵を市会議長に推挙し呉るべき旨依頼したるものなりと云ふに止り高田寅蔵が被告の提供したる金五十円を収受したるや否やは毫も其説明せざる所なるが故に被告の所為は罪と為るべき事実なるや否や明かならざるに拘らず輙く涜職法第一条第二項に問擬したる原判決は理由不備若くは擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ふに在り◎依て涜職法第一条の規定を按ずるに法律は先づ其第一項に於て「法令に依り選挙又は任用したる議員会員委員又は総代其職務に関し賄賂を収受し又は之を聴許若くは要求したる者は云云」と規定し収賄に関して犯罪の成立する三箇の場合を明示し更に「賄賂を贈与提供又は約束したる者亦同じ。」と規定し贈賄に関しても亦犯罪の成立する三箇の場合を明示せり。
而して収賄罪の成立する三箇の場合中賄賂を収受しとあるは収賄者贈賄者間に於て賄賂の授受ありたる場合に於ける収賄者の行為を指したるものにして賄賂を聴許しとあるは収賄者贈賄者間に於て賄賂の授受に関して契約の成立したる場合に於ける収賄者の行為を意味し賄賂を要求するとは相手方より贈賄又は贈賄の承諾の伴はざる収賄者の片面的贈賄の要求を意味するものなることは基文理に徴して明確なり。
又贈賄罪の成立する三箇の場合中賄賂の贈与とは賄賂の授受ありたる場合に於ける贈賄者の行為を意味し収賄者の方面に於ける賄賂の収受に対当し賄賂の約束とは贈賄に関して契約の成立したる場合に於ける贈賄者の行為を意味し収賄者の方面に於ける賄賂の聴許に対当し賄賂の提供とは其文字の示す如く相手方に対して賄賂の受領を求むる意思の表示にして相手方の承諾若くは受領の伴はざる贈賄者の一方行為を意味し収賄者の方面に於ける賄賂の要求と其帰趣を同ふし何れも要求者又は提供者の一方行為に因りて犯罪は完成し相手方の同意若くは協力を必要とせざるのみならず相手方が其要求又は提供に応するに於ては或は賄賂の収受若くは贈与となり若くは賄賂の聴許若くは約束となりて別種の分類を形成することとなるべし。
若し夫れ弁護人所論の如く賄賂の提供は相手方たる議員会員委員又は総代等の収賄行為の伴ふにあらざれば犯罪を構成せざるものとせんか是等議員其他の者と贈賄者との間に於て賄賂の授受若くは契約ありたる場合に付きては涜職法は既に其場合を掲げて刑罰の制裁を付したるを以て特に賄賂提供の場合を規定するの必要なく却て提供は弁護人の所論と異り相手方の行為を要せず。
提供者の単独行為のみにて犯罪成立するが故に双方間に於て賄賂の授受契約ありたる場合の外に之を以て贈賄罪の成立する一の場合として之を注文に掲げたるものなることを推知することを得べし。
故に原院が本件被告の為したる賄賂の提供に対し涜職法第一条に問擬したるは相当にして上告論旨は理由なし。
(判旨第三点)
第三点涜職法第一条の犯罪を構成するには議員が其職務に関し収賄し若くは議員以外の者が議員の職務に関し贈賄したることを要件とす。
而して本件贈賄の動機たる市会議長の互選は市会なる市立法機関の職務権限なるも市会議員より見れば選挙権の行使にして議員の権利に属し職務にあらず。
従て其性質は選挙法違犯なり。
涜職法は刑法第二百八十四条の延長にして議員等の収賄行為を官吏と同じく罰するの規定にして刑法官吏収賄罪の規定を補足したるに過ぎず。
故に本件の場合は涜職法を適用処断すべきものにあらざるに原判決が同法を適用したるは擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ふに在り◎。
然れども市会議員が其議長を選定するの権利は国民若くは公民として亨有する選挙権にあらざるを以て議会市町村会の議員選挙権と全く其性質を異にす此点に付、市町村制を按ずるに議長の選挙に関する事項は之を市会の組織及選挙に関する章中に規定せずして市会の職務権限に関する第三十七条中に之が規定を設け「市会は毎暦年の初め一周年を限り議長及其代理者各一名を互選す」とあり此規定は市会議長は市会成立後に至り市会の職務権限として之を選任するものなること。
従て市会議員は公民たる資格に於て議長を選挙するの権利を有するにあらず。
市会を組織する一員として市会の職務権限に属する事項を執行するものにして議長の選挙は。
即ち市会の職務権限たると同時に其執行の任に当る所の市会議員の職務権限に属すること毫も疑を容るべきにあらざるを以て本件市会議員が其議長の選挙を為すに当り被告が其選挙に関して該議員に賄賂を提供したる所為は涜職法第一条に違反するや明かなり。
故に被告に対して同条の刑を擬したる原判決は相当にして本論旨は理由なし。
(判旨第四点)
第四点涜職法第一条第一項は議員等が賄賂を収受し聴許し要求したる場合を処罰し同条第二項は其収受聴許又は要求に対する贈与提供又は約束したるものを処罰するの規定なるが故に収受聴許又は要求の事実なくんば其提供者のみを処罰するを得ず。
本件は被告が賄賂を提供せんとしたるも之を受くる者に於て之を収受し聴許し又は要求したる事実なきものなるが故に同法条の未遂に過ぎず。
而して涜職法は未遂を処罰するの規定なきを以て本件は之を処罰すべきものにあらざるに原判決が同法条を適用したるは擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ふに在れども◎本論旨の理由なきことは第二点に対する説明に依りて明かなるを以て重ねて弁明を為すの要なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
検事棚橋愛七干与明治四十一年五月二十八日大審院第二刑事部