僞證教唆ノ件
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大審院刑事判決録(刑録)14輯151頁

明治四十年(れ)第一二三八號
明治四十一年三月五日宣告

◎判決要旨

  • 一 僞證教唆罪(刑法第二百二十五條)ノ教唆ハ刑法第百五條ニ所謂人ヲ教唆シテ重罪輕罪ヲ犯サシメタルモノニ該當ス從テ其所爲ハ同法第二百二十五條第百五條ニ問擬スヘキ犯罪ナリトス(判旨第一點)
  • 一 刑法第二百二十五條ノ僞證囑託者ハ訴訟當事者ニ限ラサレハ第三者ト雖モ苟モ賄賂其他ノ方法ヲ以テ人ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタル者ハ同條ニ依リ之ヲ處罰スヘキモノトス(同上)
    (參照)賄賂其他ノ方法ヲ以テ人ニ囑託シテ僞證又ハ詐僞ノ鑑定通事ヲ爲サシメタル者ハ亦僞證ノ例ニ同シ(刑法第二百$二十五條)
    人ヲ教唆シテ重罪輕罪ヲ犯サシメタル者ハ亦正犯ト爲ス(刑法第$百五條)

第一審 靜岡地方裁判所
第二審 東京控訴院

被告人 牛込喜一 
辯護人 花井卓藏 渡邊澄也

右僞證教唆被告事件ニ付明治四十年十二月三日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判決スルコト左ノ如シ

上告趣意書第一點ハ原判決ハ被告ハ渡邊彦次郎竊盜被告事件ニ付天野徳次郎ヲシテ森與左衛門ヲ教唆シテ彦次郎ヲ曲庇スル爲メ僞證ヲ爲サシメタリト認定シテ有罪ノ言渡ヲ爲シタリ然レトモ教唆ノ教唆ハ法律上罪ト爲ルヘキモノニ非レハ被告ニ原判決認定ノ如キ所爲アリト假定スルモ僞證教唆罪ヲ構成スヘキモノニ非ス然ルニ有罪ノ言渡ヲ爲シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト思料スト云ヒ」辯護人花井卓藏渡邊澄也上告趣意擴張書第一點ハ刑法第百五條ニ所謂重罪輕罪トハ刑法第二編以下ノ各條ニ規定セル罪名ヲ指示シタルコト勿論ナレハ人ヲ教唆シテ刑法第二編以下ニ規定セル罪ヲ犯サシメタルトキハ教唆トシテ處分スルコトヲ得ヘシト雖モ教唆罪ナル罪名ハ刑法第二編以下ニ規定セサル所ナルカ故ニ教唆ノ教唆ハ刑法第百五條ニ所謂人ヲ教唆シテ重罪輕罪ヲ犯サシメタルモノト謂フコトヲ得ス原判文ノ認定事實ニ依レハ被告ハ天野徳次郎ヲシテ森與左衛門ヲ教唆シテ僞證罪ヲ犯サシメタリト謂フニ在レハ教唆ノ教唆ニシテ法律上罰スヘキモノニ非ス然ルニ僞證教唆罪トシテ有罪ノ言渡ヲ爲シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云ヒ」同第三點ハ刑法第二百二十五條ハ訴訟ノ當事者タルト否トヲ問ハス苟モ賄賂其他ノ方法ヲ以テ人ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタル所爲ヲ處罰スヘキ規定ニシテ注文上何等ノ區別ヲ設ケタルコトナシ原判決認定ノ事實ニ依レハ被告ハ芦川鐵三郎竊盜被告事件ニ付天野徳次郎ヲシテ森與左衛門ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタリト謂フニ在レハ被告ノ所爲ニシテ刑責ニ任スヘキモノナリトセハ刑法第二百二十五條ニ問擬スル筈ナルニ拘ハラス同條ヲ不問ニ付シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎因テ按スルニ刑法第百五條ニ所謂重罪輕罪トハ同法第二編以下ニ規定スル重輕罪及同法總則ノ適用ヲ受クヘキ他ノ法律ニ規定スル重輕罪ヲ指スコト所論ノ如シト雖モ僞證教唆ノ罪ハ同法第二百二十五條ニ於テ之ヲ規定ス而シテ同條ノ規定タルヤ之ヲ立法ノ歴史ニ徴スルニ同法第百五條ニ適用ヲ示シタルモノニ外ナラサルコトハ從來本院判例ノ認ムル所ナルモ既ニ總則ノ第百五條以外ニ於テ僞證教唆ノ罪トシテ特ニ第二百二十五條ノ規定ノ存スル以上ハ僞證教唆罪ハ直ニ第二百二十五條ニ該當シ從テ僞證教唆罪ヲ教唆シタルモノハ第百五條ニ所謂人ヲ教唆シテ重罪輕罪ヲ犯サシメタルモノニ該當スルヲ以テ僞證教唆罪ノ教唆即チ僞證ノ間接教唆ハ第二百二十五條第百五條ニ依リ罰スヘキモノナルコト明ナリ又第二百二十五條ノ囑託者ハ訴訟當事者ニ限ラス第三者ト雖モ苟モ賄賂其他ノ方法ヲ以テ人ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタルモノハ同條ニ依リ罰スヘキモノナルカ故ニ原判決ニ認定シタル被告カ芦川鐵三郎竊盜被告事件ニ付鐵三郎ヲ曲庇スル爲メ天野徳次郎ヲシテ森與左衛門ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタル所爲ハ刑法第二百十八條第二第二百二十五條第百五條ニ問擬スヘキ犯罪行爲ナリトス故ニ被告ノ所爲ヲ以テ法律上罰スヘキモノニ非ストスル論旨ハ理由ナキモ第二百十八條第二第百五條ノミヲ適用シ第二百二十五條ヲ不問ニ付シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノニシテ此點ニ關スル論旨ハ理由アリ原判決ハ破毀ヲ免レス(判旨第一點)
上告趣意書第二點ハ原判決ハ被告ニ僞證教唆ノ所爲アリト認定シテ有罪ノ言渡ヲ爲シタルニ拘ハラス
之カ證據ヲ擧示セサルハ理由不備ノ不法アルモノト思料スト云フニ在レトモ◎原判決ニハ諸多ノ證據ヲ掲ケ之ヲ綜合シテ僞證教唆ノ事實ヲ認定シタル理由ヲ説示シアルヲ以テ理由不備ニ非ス故ニ本論旨ハ理由ナシ
辯護人花井卓藏渡邊澄也上告趣意擴張書第二點ハ原判決ノ證據ニ採用シタル明治四十年一月七日附芦川鐵三郎ノ豫審調書ニハ「森與左衛門僞證被告事件ニ付云云」「明治三十九年(へ)第七三二號事件ノ被告人ト刑事訴訟法第百二十三條ノ關係ナキヤ云云」ト記載セルカ故ニ芦川鐵三郎ハ森與左衛門ノ僞澄被告事件ニ付訊問セラレタルコト明白ナリトス而シテ被告ニ對スル豫審請求ハ明治四十年一月十四日ニ係リ起訴事項ノ最終ニハ「當廳三九(へ)七三二森與左衛門僞證事件記録參照ノ事」ト記載シ其記録番號ハ四〇(へ)二六ト明記スルコト一件記録ニ徴シテ明カナレハ森與左衛門ニ對スル被告事件ト被告ニ對スル被告事件トハ全ク別異ニシテ唯相關聯スルカ故ニ便宜上併合審理シタルノミナレハ森與左衛門ニ對スル被告事件ノ豫審調書ハ直ニ採テ以テ被告ニ對スル被告事件ノ罪證ニ供スルコトヲ得ス況ンヤ被告ニ對スル豫審請求以前ニ係ル芦川鐵三郎豫審調書ニ於テヲヤ然ルニ芦川鐵三郎豫審調書ハ恰モ被告ニ對スル被告事件ニ關シテ作成シタルモノノ如ク説明シテ證據ニ供シタル原判決ハ法則ニ背反スル不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎別件ノ證據書類ト雖モ公廷ニ於テ被告ニ對シ證據調ノ手續ヲ經タルモノハ斷罪ノ資料ニ供スルコトヲ得所論ノ芦川鐵三郎豫審調書ハ森與左衛門僞證被告事件ノ參考人トシテノ豫審調書ナルモ原院ハ本件ノ公判ニ於テ之ヲ被告ニ讀聞ケ辯解ヲ徴シタルコト原院ノ公判始末書ノ記載ニ依リ明白ナレハ之ヲ採テ本件ニ於ケル斷罪ノ資料ニ供シタル原判決ハ採證上不法ニ非ス故ニ本論旨ハ理由ナシ
同第四點ハ原判決ノ罪證ニ供シタル芦川鐵三郎豫審調書ノ芦川鐵三郎ナル記名ハ該調書ノ始メニ裁判所書記ノ記載シタル芦川鐵三郎ナル文字ト異ナルコトナキノミナラス墨色筆蹟共ニ裁判所書記ノ筆記シタル文字ト相異ナルコトナケレハ該記名ハ芦川鐵三郎ノ自署ト認ムルコトヲ得ス而シテ代書ノ附記ヲ缺如スルカ故ニ該調書ハ全部無效ニ歸スヘキモノトス然ルニ輙ク採テ以テ罪證ニ供シタル原判決ハ法則ニ背反スル不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎該調書ノ末尾ニ右讀聞ケタル處相違ナキ旨申立ルモ無筆ニシテ且印ナキ旨ニ付書記代署シ捺印セシメスト記載シ裁判所書記井倉粂三郎ノ署名捺印アルモ以テ本論旨ノ理由ナキコト自ラ明ナルヘシ
被告上告趣意擴張書第一點ハ刑法第二百十八條ニ刑事ニ關スル證人トシテ裁判所ニ呼出サレタルモノ被告人ヲ曲庇スル爲メ事實ヲ掩蔽シテ僞證ヲナシ云云トノ趣旨ハ要スルニ第一裁判所ニ於ケル證據第二證據ノ眞實ニ違背スルコト第三此證據ニヨリテ他人ニ害ヲ釀スコト第四其目的タル事柄ニ付裁判所ヲ迷惑セシムルノ意思此要素アリテ犯罪ヲ構成スヘキモノナリ而シテ右第二ノ眞實ニ違背シタルコトノ要素ヲ按スルニ犯罪事實ニ直接關係ノ事柄ニ違背シタルト犯罪事實ニ直接セサル間接ノ事柄ニ違背シタルトヲ區別セサルヘカラス如何トナレハ刑法第二百十八條ハ被告人ヲ曲庇スル爲メ事實ヲ掩蔽シトアリテ其事實ト云フ文字ハ犯罪事實ト云ハサルヘカラスサレハ犯罪事實ニ直接ノ關係ナキ事實ニ違背シタル申述ヲ爲シタル場合ハ刑法第二百十八條ノ事實掩蔽ニハ包含セサルモノト云ハサルヲ得ス然リ而シテ原判決ノ理由ヲ按スルニ其斷罪ノ要旨ハ被告ノ天野徳次郎ニ對シ森與左衛門カ芦川鐵三郎被告事件ノ證人トシテ訊問ヲ受クルニ當リ渡邊彦次郎盜難事件ニ付芦川鐵三郎ト示談ヲ爲サシメタルハ芦川鐵三郎ニ頼マレ仲裁シタルヲ頼マレタルコトナシト申述ヘタリト云フニ在リサレハ其盜難事件ノ仲裁ハ假令芦川鐵三郎ニ頼マレタリトスルモ頼マレストスルモ芦川鐵三郎竊盜被告事件ヲ審理スルニ何等ノ關係ナキモノナリ所謂竊盜被告事件ニ直接ノ關係ナキモノナリ尚竊盜被告事件ニ直接ノ關係アル場合ヲ例セハ竊盜事件ノ日時場所ニ關スル事柄ニ付不實ノ陳述ヲナセハ僞證罪ヲ構成スヘク右以外ノ事柄ニ付テハ竊盜被告事件ニ直接何等ノ關係ナケレハナリ即本案被告事件ノ如キ仲裁ヲシタル事柄カ竊盜ノ被告人ニ頼マレタルコトヲ頼マレナイト不實ノ陳述ヲナシタリトスルモ芦川鐵三郎ノ竊盜被告事件ヲ斷スルニ何等ノ關係ナケレハ僞證罪ヲ構成セサルモノナルニ被告ニ對シ刑法第二百十八條第二ヲ適用シ有罪ノ言渡ヲナシタル原判決ハ擬律ノ錯誤アルモノト信スト云フニ在レトモ◎僞證罪ハ裁判ノ眞正ヲ保持スル爲メニ設ケタルモノナルカ故ニ證人ニシテ被告事件ニ關シ不實ノ陳述ヲ爲ストキハ必スシモ其陳述シタル事項カ微告事件ニ對シ其關係ノ直接ナルト間接ナルトヲ問ハス僞證罪ヲ構成ス何トナレハ均シク是レ裁判ヲ誤ラシムルノ虞アレハナリ原院カ認定シタル僞證ノ事實ハ論旨記載ノ如クナレハ森與左衛門カ竊盜犯人芦川鐵次郎ト被害者渡邊彦次郎トノ間ニ示談ヲ爲サシメタルハ鐵三郎ノ依頼ニ基クモノナルヤ否ヤハ鐵三郎ノ竊盜被告事件ノ判斷ニ影響ヲ及ホスヘキ關係事實ナルコト明カナルカ故ニ原判決ハ擬律錯誤ニ非ス本論旨ハ理由ナシ
第二點ハ被告ハ芦川鐵三郎被告事件ニ付辯護事務ニ干與シタルハ明治三十九年十一月二十七日迄ニ有之其以後ハ更ニ關係セサリシ而シテ其被告カ關係シタル當時ニアリテハ芦川鐵三郎ハ被告ニ對シ竝裁判所ニ對シ渡邊彦次郎ノ盜難事件ヲ否認シ居リタルモノナリ故ニ被告ハ芦鐵鐵三郎ハ渡邊彦次郎ノ盜難事件ノ竊盜犯ナリトノコトハ毫モ理想ニ描カサルモノナリ然ルニ其後明治四十年一月七日豫審調ニ於テ右竊盜事件ヲ自白シタリトノコトナレトモ被告ノ僞證教唆事件發生以後ノ事柄ナレハ之ヲ以テ被告ノ斷罪ノ證ニ供スルハ頗ル苛酷ナルニ原判決ノ罪證ニ供セラレアリ然レトモ該調書ハ無效ナリ如何トナレハ芦川鐵三郎豫審調書ノ芦川鐵三郎ナル記名ハ該調書ノ初メニ裁判所書記ノ記載シタル芦川鐵三郎ナル文字ト異ナルコトナキノミナラス墨色筆跡共ニ裁判所書記ノ筆記シタルモノト相異ナルトコロナケレハ該記名ハ芦川鐵三郎ノ自署ト認ムルコトヲ得ス而シテ代書ノ附記ヲ缺如セラレアリサレハ該調書ハ刑事訴訟法第二十一條ノ二末項ニ違背セシモノナリ如斯書類ハ法律上無效ト云ハサルヘカラス縱シヤ法律ニ胸效ノ制裁ナシトスルモ右ノ如キ缺如アル書類ハ其本人即チ芦川鐵三郎カ自身認メタルヤ否ヤ不判然ナル場合ハ或ハ僞造ナリヤモ計リ難キニ付其效力ヲ生セサルナリ若シ又斯ル缺如アルモ本人タル芦川鐵三郎カ承認シタルモノトセハ其承認シタル理由ヲ判決ノ理由ニ明示ヲ要スヘキモノト信ス然ルニ右理由ヲ付セス輙ク採リテ以テ斷罪ノ資料ニ供シタルハ法則ニ違背シタル不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎其理由ナキコトハ辯護人花井卓藏渡邊澄也上告趣意擴張書第四點ニ對スル説明ニ就キ了解スヘシ
右ノ理由ナキヲ以テ刑事訴訟法第二百八十七條ニ依リ原判決ヲ破毀シ本院ニ於テ直ニ判決スルコト左ノ如シ
牛込喜一
原院ノ認メタル事實ニ依リ之ヲ法律ニ照スニ被告ノ所爲ハ刑法第二百十八條第二第二百二十五條第百五條ニ該當シ押收物ハ刑事訴訟法第二百二條ニ依リ公訴裁判費用ハ刑法第四十五條第四十七條刑事訴訟法第二百一條第一項ニ依リ尚刑ノ執行猶豫ヲ爲スヘキ情状アルヲ以テ明治三十八年法律第七十號ヲ適用シ被告喜一ヲ重禁錮一月十日ニ處シ罰金三圓ヲ附加ス但裁判確定ノ日ヨリ二年間刑ノ執行ヲ猶豫ス延收物ハ各所有者ニ還付シ公訴裁判費用ハ被告喜一ニ於テ第一審ノ相被告森與左衛門天野徳次郎ト連帶負擔スヘシ
檢事鈴木宗言干與明治四十一年三月五日大審院第二刑事部