明治四十年(れ)第一二三八號
明治四十一年三月五日宣告
◎判決要旨
- 一 僞證教唆罪(刑法第二百二十五條)ノ教唆ハ刑法第百五條ニ所謂人ヲ教唆シテ重罪輕罪ヲ犯サシメタルモノニ該當ス從テ其所爲ハ同法第二百二十五條第百五條ニ問擬スヘキ犯罪ナリトス(判旨第一點)
- 一 刑法第二百二十五條ノ僞證囑託者ハ訴訟當事者ニ限ラサレハ第三者ト雖モ苟モ賄賂其他ノ方法ヲ以テ人ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタル者ハ同條ニ依リ之ヲ處罰スヘキモノトス(同上)
(參照)賄賂其他ノ方法ヲ以テ人ニ囑託シテ僞證又ハ詐僞ノ鑑定通事ヲ爲サシメタル者ハ亦僞證ノ例ニ同シ(刑法第二百$二十五條)
人ヲ教唆シテ重罪輕罪ヲ犯サシメタル者ハ亦正犯ト爲ス(刑法第$百五條)
右僞證教唆被告事件ニ付明治四十年十二月三日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判決スルコト左ノ如シ
上告趣意書第一點ハ原判決ハ被告ハ渡邊彦次郎竊盜被告事件ニ付天野徳次郎ヲシテ森與左衛門ヲ教唆シテ彦次郎ヲ曲庇スル爲メ僞證ヲ爲サシメタリト認定シテ有罪ノ言渡ヲ爲シタリ然レトモ教唆ノ教唆ハ法律上罪ト爲ルヘキモノニ非レハ被告ニ原判決認定ノ如キ所爲アリト假定スルモ僞證教唆罪ヲ構成スヘキモノニ非ス然ルニ有罪ノ言渡ヲ爲シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト思料スト云ヒ」辯護人花井卓藏渡邊澄也上告趣意擴張書第一點ハ刑法第百五條ニ所謂重罪輕罪トハ刑法第二編以下ノ各條ニ規定セル罪名ヲ指示シタルコト勿論ナレハ人ヲ教唆シテ刑法第二編以下ニ規定セル罪ヲ犯サシメタルトキハ教唆トシテ處分スルコトヲ得ヘシト雖モ教唆罪ナル罪名ハ刑法第二編以下ニ規定セサル所ナルカ故ニ教唆ノ教唆ハ刑法第百五條ニ所謂人ヲ教唆シテ重罪輕罪ヲ犯サシメタルモノト謂フコトヲ得ス原判文ノ認定事實ニ依レハ被告ハ天野徳次郎ヲシテ森與左衛門ヲ教唆シテ僞證罪ヲ犯サシメタリト謂フニ在レハ教唆ノ教唆ニシテ法律上罰スヘキモノニ非ス然ルニ僞證教唆罪トシテ有罪ノ言渡ヲ爲シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云ヒ」同第三點ハ刑法第二百二十五條ハ訴訟ノ當事者タルト否トヲ問ハス苟モ賄賂其他ノ方法ヲ以テ人ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタル所爲ヲ處罰スヘキ規定ニシテ注文上何等ノ區別ヲ設ケタルコトナシ原判決認定ノ事實ニ依レハ被告ハ芦川鐵三郎竊盜被告事件ニ付天野徳次郎ヲシテ森與左衛門ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタリト謂フニ在レハ被告ノ所爲ニシテ刑責ニ任スヘキモノナリトセハ刑法第二百二十五條ニ問擬スル筈ナルニ拘ハラス同條ヲ不問ニ付シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎因テ按スルニ刑法第百五條ニ所謂重罪輕罪トハ同法第二編以下ニ規定スル重輕罪及同法總則ノ適用ヲ受クヘキ他ノ法律ニ規定スル重輕罪ヲ指スコト所論ノ如シト雖モ僞證教唆ノ罪ハ同法第二百二十五條ニ於テ之ヲ規定ス而シテ同條ノ規定タルヤ之ヲ立法ノ歴史ニ徴スルニ同法第百五條ニ適用ヲ示シタルモノニ外ナラサルコトハ從來本院判例ノ認ムル所ナルモ既ニ總則ノ第百五條以外ニ於テ僞證教唆ノ罪トシテ特ニ第二百二十五條ノ規定ノ存スル以上ハ僞證教唆罪ハ直ニ第二百二十五條ニ該當シ從テ僞證教唆罪ヲ教唆シタルモノハ第百五條ニ所謂人ヲ教唆シテ重罪輕罪ヲ犯サシメタルモノニ該當スルヲ以テ僞證教唆罪ノ教唆即チ僞證ノ間接教唆ハ第二百二十五條第百五條ニ依リ罰スヘキモノナルコト明ナリ又第二百二十五條ノ囑託者ハ訴訟當事者ニ限ラス第三者ト雖モ苟モ賄賂其他ノ方法ヲ以テ人ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタルモノハ同條ニ依リ罰スヘキモノナルカ故ニ原判決ニ認定シタル被告カ芦川鐵三郎竊盜被告事件ニ付鐵三郎ヲ曲庇スル爲メ天野徳次郎ヲシテ森與左衛門ニ囑託シテ僞證ヲ爲サシメタル所爲ハ刑法第二百十八條第二第二百二十五條第百五條ニ問擬スヘキ犯罪行爲ナリトス故ニ被告ノ所爲ヲ以テ法律上罰スヘキモノニ非ストスル論旨ハ理由ナキモ第二百十八條第二第百五條ノミヲ適用シ第二百二十五條ヲ不問ニ付シタル原判決ハ擬律錯誤ノ不法アルモノニシテ此點ニ關スル論旨ハ理由アリ原判決ハ破毀ヲ免レス(判旨第一點)
上告趣意書第二點ハ原判決ハ被告ニ僞證教唆ノ所爲アリト認定シテ有罪ノ言渡ヲ爲シタルニ拘ハラス
之カ證據ヲ擧示セサルハ理由不備ノ不法アルモノト思料スト云フニ在レトモ◎原判決ニハ諸多ノ證據ヲ掲ケ之ヲ綜合シテ僞證教唆ノ事實ヲ認定シタル理由ヲ説示シアルヲ以テ理由不備ニ非ス故ニ本論旨ハ理由ナシ
辯護人花井卓藏渡邊澄也上告趣意擴張書第二點ハ原判決ノ證據ニ採用シタル明治四十年一月七日附芦川鐵三郎ノ豫審調書ニハ「森與左衛門僞證被告事件ニ付云云」「明治三十九年(へ)第七三二號事件ノ被告人ト刑事訴訟法第百二十三條ノ關係ナキヤ云云」ト記載セルカ故ニ芦川鐵三郎ハ森與左衛門ノ僞澄被告事件ニ付訊問セラレタルコト明白ナリトス而シテ被告ニ對スル豫審請求ハ明治四十年一月十四日ニ係リ起訴事項ノ最終ニハ「當廳三九(へ)七三二森與左衛門僞證事件記録參照ノ事」ト記載シ其記録番號ハ四〇(へ)二六ト明記スルコト一件記録ニ徴シテ明カナレハ森與左衛門ニ對スル被告事件ト被告ニ對スル被告事件トハ全ク別異ニシテ唯相關聯スルカ故ニ便宜上併合審理シタルノミナレハ森與左衛門ニ對スル被告事件ノ豫審調書ハ直ニ採テ以テ被告ニ對スル被告事件ノ罪證ニ供スルコトヲ得ス況ンヤ被告ニ對スル豫審請求以前ニ係ル芦川鐵三郎豫審調書ニ於テヲヤ然ルニ芦川鐵三郎豫審調書ハ恰モ被告ニ對スル被告事件ニ關シテ作成シタルモノノ如ク説明シテ證據ニ供シタル原判決ハ法則ニ背反スル不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎別件ノ證據書類ト雖モ公廷ニ於テ被告ニ對シ證據調ノ手續ヲ經タルモノハ斷罪ノ資料ニ供スルコトヲ得所論ノ芦川鐵三郎豫審調書ハ森與左衛門僞證被告事件ノ參考人トシテノ豫審調書ナルモ原院ハ本件ノ公判ニ於テ之ヲ被告ニ讀聞ケ辯解ヲ徴シタルコト原院ノ公判始末書ノ記載ニ依リ明白ナレハ之ヲ採テ本件ニ於ケル斷罪ノ資料ニ供シタル原判決ハ採證上不法ニ非ス故ニ本論旨ハ理由ナシ
同第四點ハ原判決ノ罪證ニ供シタル芦川鐵三郎豫審調書ノ芦川鐵三郎ナル記名ハ該調書ノ始メニ裁判所書記ノ記載シタル芦川鐵三郎ナル文字ト異ナルコトナキノミナラス墨色筆蹟共ニ裁判所書記ノ筆記シタル文字ト相異ナルコトナケレハ該記名ハ芦川鐵三郎ノ自署ト認ムルコトヲ得ス而シテ代書ノ附記ヲ缺如スルカ故ニ該調書ハ全部無效ニ歸スヘキモノトス然ルニ輙ク採テ以テ罪證ニ供シタル原判決ハ法則ニ背反スル不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎該調書ノ末尾ニ右讀聞ケタル處相違ナキ旨申立ルモ無筆ニシテ且印ナキ旨ニ付書記代署シ捺印セシメスト記載シ裁判所書記井倉粂三郎ノ署名捺印アルモ以テ本論旨ノ理由ナキコト自ラ明ナルヘシ
被告上告趣意擴張書第一點ハ刑法第二百十八條ニ刑事ニ關スル證人トシテ裁判所ニ呼出サレタルモノ被告人ヲ曲庇スル爲メ事實ヲ掩蔽シテ僞證ヲナシ云云トノ趣旨ハ要スルニ第一裁判所ニ於ケル證據第二證據ノ眞實ニ違背スルコト第三此證據ニヨリテ他人ニ害ヲ釀スコト第四其目的タル事柄ニ付裁判所ヲ迷惑セシムルノ意思此要素アリテ犯罪ヲ構成スヘキモノナリ而シテ右第二ノ眞實ニ違背シタルコトノ要素ヲ按スルニ犯罪事實ニ直接關係ノ事柄ニ違背シタルト犯罪事實ニ直接セサル間接ノ事柄ニ違背シタルトヲ區別セサルヘカラス如何トナレハ刑法第二百十八條ハ被告人ヲ曲庇スル爲メ事實ヲ掩蔽シトアリテ其事實ト云フ文字ハ犯罪事實ト云ハサルヘカラスサレハ犯罪事實ニ直接ノ關係ナキ事實ニ違背シタル申述ヲ爲シタル場合ハ刑法第二百十八條ノ事實掩蔽ニハ包含セサルモノト云ハサルヲ得ス然リ而シテ原判決ノ理由ヲ按スルニ其斷罪ノ要旨ハ被告ノ天野徳次郎ニ對シ森與左衛門カ芦川鐵三郎被告事件ノ證人トシテ訊問ヲ受クルニ當リ渡邊彦次郎盜難事件ニ付芦川鐵三郎ト示談ヲ爲サシメタルハ芦川鐵三郎ニ頼マレ仲裁シタルヲ頼マレタルコトナシト申述ヘタリト云フニ在リサレハ其盜難事件ノ仲裁ハ假令芦川鐵三郎ニ頼マレタリトスルモ頼マレストスルモ芦川鐵三郎竊盜被告事件ヲ審理スルニ何等ノ關係ナキモノナリ所謂竊盜被告事件ニ直接ノ關係ナキモノナリ尚竊盜被告事件ニ直接ノ關係アル場合ヲ例セハ竊盜事件ノ日時場所ニ關スル事柄ニ付不實ノ陳述ヲナセハ僞證罪ヲ構成スヘク右以外ノ事柄ニ付テハ竊盜被告事件ニ直接何等ノ關係ナケレハナリ即本案被告事件ノ如キ仲裁ヲシタル事柄カ竊盜ノ被告人ニ頼マレタルコトヲ頼マレナイト不實ノ陳述ヲナシタリトスルモ芦川鐵三郎ノ竊盜被告事件ヲ斷スルニ何等ノ關係ナケレハ僞證罪ヲ構成セサルモノナルニ被告ニ對シ刑法第二百十八條第二ヲ適用シ有罪ノ言渡ヲナシタル原判決ハ擬律ノ錯誤アルモノト信スト云フニ在レトモ◎僞證罪ハ裁判ノ眞正ヲ保持スル爲メニ設ケタルモノナルカ故ニ證人ニシテ被告事件ニ關シ不實ノ陳述ヲ爲ストキハ必スシモ其陳述シタル事項カ微告事件ニ對シ其關係ノ直接ナルト間接ナルトヲ問ハス僞證罪ヲ構成ス何トナレハ均シク是レ裁判ヲ誤ラシムルノ虞アレハナリ原院カ認定シタル僞證ノ事實ハ論旨記載ノ如クナレハ森與左衛門カ竊盜犯人芦川鐵次郎ト被害者渡邊彦次郎トノ間ニ示談ヲ爲サシメタルハ鐵三郎ノ依頼ニ基クモノナルヤ否ヤハ鐵三郎ノ竊盜被告事件ノ判斷ニ影響ヲ及ホスヘキ關係事實ナルコト明カナルカ故ニ原判決ハ擬律錯誤ニ非ス本論旨ハ理由ナシ
第二點ハ被告ハ芦川鐵三郎被告事件ニ付辯護事務ニ干與シタルハ明治三十九年十一月二十七日迄ニ有之其以後ハ更ニ關係セサリシ而シテ其被告カ關係シタル當時ニアリテハ芦川鐵三郎ハ被告ニ對シ竝裁判所ニ對シ渡邊彦次郎ノ盜難事件ヲ否認シ居リタルモノナリ故ニ被告ハ芦鐵鐵三郎ハ渡邊彦次郎ノ盜難事件ノ竊盜犯ナリトノコトハ毫モ理想ニ描カサルモノナリ然ルニ其後明治四十年一月七日豫審調ニ於テ右竊盜事件ヲ自白シタリトノコトナレトモ被告ノ僞證教唆事件發生以後ノ事柄ナレハ之ヲ以テ被告ノ斷罪ノ證ニ供スルハ頗ル苛酷ナルニ原判決ノ罪證ニ供セラレアリ然レトモ該調書ハ無效ナリ如何トナレハ芦川鐵三郎豫審調書ノ芦川鐵三郎ナル記名ハ該調書ノ初メニ裁判所書記ノ記載シタル芦川鐵三郎ナル文字ト異ナルコトナキノミナラス墨色筆跡共ニ裁判所書記ノ筆記シタルモノト相異ナルトコロナケレハ該記名ハ芦川鐵三郎ノ自署ト認ムルコトヲ得ス而シテ代書ノ附記ヲ缺如セラレアリサレハ該調書ハ刑事訴訟法第二十一條ノ二末項ニ違背セシモノナリ如斯書類ハ法律上無效ト云ハサルヘカラス縱シヤ法律ニ胸效ノ制裁ナシトスルモ右ノ如キ缺如アル書類ハ其本人即チ芦川鐵三郎カ自身認メタルヤ否ヤ不判然ナル場合ハ或ハ僞造ナリヤモ計リ難キニ付其效力ヲ生セサルナリ若シ又斯ル缺如アルモ本人タル芦川鐵三郎カ承認シタルモノトセハ其承認シタル理由ヲ判決ノ理由ニ明示ヲ要スヘキモノト信ス然ルニ右理由ヲ付セス輙ク採リテ以テ斷罪ノ資料ニ供シタルハ法則ニ違背シタル不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎其理由ナキコトハ辯護人花井卓藏渡邊澄也上告趣意擴張書第四點ニ對スル説明ニ就キ了解スヘシ
右ノ理由ナキヲ以テ刑事訴訟法第二百八十七條ニ依リ原判決ヲ破毀シ本院ニ於テ直ニ判決スルコト左ノ如シ
牛込喜一
原院ノ認メタル事實ニ依リ之ヲ法律ニ照スニ被告ノ所爲ハ刑法第二百十八條第二第二百二十五條第百五條ニ該當シ押收物ハ刑事訴訟法第二百二條ニ依リ公訴裁判費用ハ刑法第四十五條第四十七條刑事訴訟法第二百一條第一項ニ依リ尚刑ノ執行猶豫ヲ爲スヘキ情状アルヲ以テ明治三十八年法律第七十號ヲ適用シ被告喜一ヲ重禁錮一月十日ニ處シ罰金三圓ヲ附加ス但裁判確定ノ日ヨリ二年間刑ノ執行ヲ猶豫ス延收物ハ各所有者ニ還付シ公訴裁判費用ハ被告喜一ニ於テ第一審ノ相被告森與左衛門天野徳次郎ト連帶負擔スヘシ
檢事鈴木宗言干與明治四十一年三月五日大審院第二刑事部
明治四十年(レ)第一二三八号
明治四十一年三月五日宣告
◎判決要旨
- 一 偽証教唆罪(刑法第二百二十五条)の教唆は刑法第百五条に所謂人を教唆して重罪軽罪を犯さしめたるものに該当す。
従て其所為は同法第二百二十五条第百五条に問擬すべき犯罪なりとす。
(判旨第一点)
- 一 刑法第二百二十五条の偽証嘱託者は訴訟当事者に限らざれば第三者と雖も苟も賄賂其他の方法を以て人に嘱託して偽証を為さしめたる者は同条に依り之を処罰すべきものとす。
(同上)
(参照)賄賂其他の方法を以て人に嘱託して偽証又は詐偽の鑑定通事を為さしめたる者は亦偽証の例に同じ。
(刑法第二百$二十五条)
人を教唆して重罪軽罪を犯さしめたる者は亦正犯と為す(刑法第$百五条)
右偽証教唆被告事件に付、明治四十年十二月三日東京控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
上告趣意書第一点は原判決は被告は渡辺彦次郎窃盗被告事件に付、天野徳次郎をして森与左衛門を教唆して彦次郎を曲庇する為め偽証を為さしめたりと認定して有罪の言渡を為したり。
然れども教唆の教唆は法律上罪と為るべきものに非れば被告に原判決認定の如き所為ありと仮定するも偽証教唆罪を構成すべきものに非ず。
然るに有罪の言渡を為したる原判決は擬律錯誤の不法あるものと思料すと云ひ」弁護人花井卓蔵渡辺澄也上告趣意拡張書第一点は刑法第百五条に所謂重罪軽罪とは刑法第二編以下の各条に規定せる罪名を指示したること勿論なれば人を教唆して刑法第二編以下に規定せる罪を犯さしめたるときは教唆として処分することを得べしと雖も教唆罪なる罪名は刑法第二編以下に規定せざる所なるが故に教唆の教唆は刑法第百五条に所謂人を教唆して重罪軽罪を犯さしめたるものと謂ふことを得ず。
原判文の認定事実に依れば被告は天野徳次郎をして森与左衛門を教唆して偽証罪を犯さしめたりと謂ふに在れば教唆の教唆にして法律上罰すべきものに非ず。
然るに偽証教唆罪として有罪の言渡を為したる原判決は擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ひ」同第三点は刑法第二百二十五条は訴訟の当事者たると否とを問はず苟も賄賂其他の方法を以て人に嘱託して偽証を為さしめたる所為を処罰すべき規定にして注文上何等の区別を設けたることなし原判決認定の事実に依れば被告は芦川鉄三郎窃盗被告事件に付、天野徳次郎をして森与左衛門に嘱託して偽証を為さしめたりと謂ふに在れば被告の所為にして刑責に任ずべきものなりとせば刑法第二百二十五条に問擬する筈なるに拘はらず同条を不問に付したる原判決は擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ふに在り◎因で按ずるに刑法第百五条に所謂重罪軽罪とは同法第二編以下に規定する重軽罪及同法総則の適用を受くべき他の法律に規定する重軽罪を指すこと所論の如しと雖も偽証教唆の罪は同法第二百二十五条に於て之を規定す。
而して同条の規定たるや之を立法の歴史に徴するに同法第百五条に適用を示したるものに外ならざることは従来本院判例の認むる所なるも既に総則の第百五条以外に於て偽証教唆の罪として特に第二百二十五条の規定の存する以上は偽証教唆罪は直に第二百二十五条に該当し。
従て偽証教唆罪を教唆したるものは第百五条に所謂人を教唆して重罪軽罪を犯さしめたるものに該当するを以て偽証教唆罪の教唆即ち偽証の間接教唆は第二百二十五条第百五条に依り罰すべきものなること明なり。
又第二百二十五条の嘱託者は訴訟当事者に限らず第三者と雖も苟も賄賂其他の方法を以て人に嘱託して偽証を為さしめたるものは同条に依り罰すべきものなるが故に原判決に認定したる被告が芦川鉄三郎窃盗被告事件に付、鉄三郎を曲庇する為め天野徳次郎をして森与左衛門に嘱託して偽証を為さしめたる所為は刑法第二百十八条第二第二百二十五条第百五条に問擬すべき犯罪行為なりとす。
故に被告の所為を以て法律上罰すべきものに非ずとする論旨は理由なきも第二百十八条第二第百五条のみを適用し第二百二十五条を不問に付したる原判決は擬律錯誤の不法あるものにして此点に関する論旨は理由あり原判決は破毀を免れず(判旨第一点)
上告趣意書第二点は原判決は被告に偽証教唆の所為ありと認定して有罪の言渡を為したるに拘はらず
之が証拠を挙示せざるは理由不備の不法あるものと思料すと云ふに在れども◎原判決には諸多の証拠を掲げ之を綜合して偽証教唆の事実を認定したる理由を説示しあるを以て理由不備に非ず。
故に本論旨は理由なし。
弁護人花井卓蔵渡辺澄也上告趣意拡張書第二点は原判決の証拠に採用したる明治四十年一月七日附芦川鉄三郎の予審調書には「森与左衛門偽証被告事件に付、云云」「明治三十九年(ヘ)第七三二号事件の被告人と刑事訴訟法第百二十三条の関係なきや云云」と記載せるが故に芦川鉄三郎は森与左衛門の偽澄被告事件に付、訊問せられたること明白なりとす。
而して被告に対する予審請求は明治四十年一月十四日に係り起訴事項の最終には「当庁三九(ヘ)七三二森与左衛門偽証事件記録参照の事」と記載し其記録番号は四〇(ヘ)二六と明記すること一件記録に徴して明かなれば森与左衛門に対する被告事件と被告に対する被告事件とは全く別異にして唯相関連するが故に便宜上併合審理したるのみなれば森与左衛門に対する被告事件の予審調書は直に採で以て被告に対する被告事件の罪証に供することを得ず。
況んや被告に対する予審請求以前に係る芦川鉄三郎予審調書に於てをや然るに芦川鉄三郎予審調書は恰も被告に対する被告事件に関して作成したるものの如く説明して証拠に供したる原判決は法則に背反する不法あるものと信ずと云ふに在れども◎別件の証拠書類と雖も公廷に於て被告に対し証拠調の手続を経たるものは断罪の資料に供することを得。
所論の芦川鉄三郎予審調書は森与左衛門偽証被告事件の参考人としての予審調書なるも原院は本件の公判に於て之を被告に読聞け弁解を徴したること原院の公判始末書の記載に依り明白なれば之を採で本件に於ける断罪の資料に供したる原判決は採証上不法に非ず。
故に本論旨は理由なし。
同第四点は原判決の罪証に供したる芦川鉄三郎予審調書の芦川鉄三郎なる記名は該調書の始めに裁判所書記の記載したる芦川鉄三郎なる文字と異なることなきのみならず墨色筆蹟共に裁判所書記の筆記したる文字と相異なることなければ該記名は芦川鉄三郎の自署と認むることを得ず。
而して代書の附記を欠如するが故に該調書は全部無効に帰すべきものとす。
然るに輙く採で以て罪証に供したる原判決は法則に背反する不法あるものと信ずと云ふに在れども◎該調書の末尾に右読聞けたる処相違なき旨申立るも無筆にして、且、印なき旨に付、書記代署し捺印せしめずと記載し裁判所書記井倉粂三郎の署名捺印あるも以て本論旨の理由なきこと自ら明なるべし
被告上告趣意拡張書第一点は刑法第二百十八条に刑事に関する証人として裁判所に呼出されたるもの被告人を曲庇する為め事実を掩蔽して偽証をなし云云との趣旨は要するに第一裁判所に於ける証拠第二証拠の真実に違背すること第三此証拠によりて他人に害を醸すこと第四其目的たる事柄に付、裁判所を迷惑せしむるの意思此要素ありて犯罪を構成すべきものなり。
而して右第二の真実に違背したることの要素を按ずるに犯罪事実に直接関係の事柄に違背したると犯罪事実に直接せざる間接の事柄に違背したるとを区別せざるべからず。
如何となれば刑法第二百十八条は被告人を曲庇する為め事実を掩蔽しとありて其事実と云ふ文字は犯罪事実と云はざるべからずされば犯罪事実に直接の関係なき事実に違背したる申述を為したる場合は刑法第二百十八条の事実掩蔽には包含せざるものと云はざるを得ず。
然り、而して原判決の理由を按ずるに其断罪の要旨は被告の天野徳次郎に対し森与左衛門が芦川鉄三郎被告事件の証人として訊問を受くるに当り渡辺彦次郎盗難事件に付、芦川鉄三郎と示談を為さしめたるは芦川鉄三郎に頼まれ仲裁したるを頼まれたることなしと申述へたりと云ふに在りされば其盗難事件の仲裁は仮令芦川鉄三郎に頼まれたりとするも頼まれずとするも芦川鉄三郎窃盗被告事件を審理するに何等の関係なきものなり。
所謂窃盗被告事件に直接の関係なきものなり。
尚窃盗被告事件に直接の関係ある場合を例せば窃盗事件の日時場所に関する事柄に付、不実の陳述をなせば偽証罪を構成すべく右以外の事柄に付ては窃盗被告事件に直接何等の関係なければなり。
即本案被告事件の如き仲裁をしたる事柄が窃盗の被告人に頼まれたることを頼まれないと不実の陳述をなしたりとするも芦川鉄三郎の窃盗被告事件を断するに何等の関係なければ偽証罪を構成せざるものなるに被告に対し刑法第二百十八条第二を適用し有罪の言渡をなしたる原判決は擬律の錯誤あるものと信ずと云ふに在れども◎偽証罪は裁判の真正を保持する為めに設けたるものなるが故に証人にして被告事件に関し不実の陳述を為すときは必ずしも其陳述したる事項が微告事件に対し其関係の直接なると間接なるとを問はず偽証罪を構成す何となれば均しく是れ裁判を誤らしむるの虞あればなり。
原院が認定したる偽証の事実は論旨記載の如くなれば森与左衛門が窃盗犯人芦川鉄次郎と被害者渡辺彦次郎との間に示談を為さしめたるは鉄三郎の依頼に基くものなるや否やは鉄三郎の窃盗被告事件の判断に影響を及ぼすべき関係事実なること明かなるが故に原判決は擬律錯誤に非ず本論旨は理由なし。
第二点は被告は芦川鉄三郎被告事件に付、弁護事務に干与したるは明治三十九年十一月二十七日迄に有之其以後は更に関係せざりし、而して其被告が関係したる当時にありては芦川鉄三郎は被告に対し並裁判所に対し渡辺彦次郎の盗難事件を否認し居りたるものなり。
故に被告は芦鉄鉄三郎は渡辺彦次郎の盗難事件の窃盗犯なりとのことは毫も理想に描かざるものなり。
然るに其後明治四十年一月七日予審調に於て右窃盗事件を自白したりとのことなれども被告の偽証教唆事件発生以後の事柄なれば之を以て被告の断罪の証に供するは頗る苛酷なるに原判決の罪証に供せられあり。
然れども該調書は無効なり。
如何となれば芦川鉄三郎予審調書の芦川鉄三郎なる記名は該調書の初めに裁判所書記の記載したる芦川鉄三郎なる文字と異なることなきのみならず墨色筆跡共に裁判所書記の筆記したるものと相異なるところなければ該記名は芦川鉄三郎の自署と認むることを得ず。
而して代書の附記を欠如せられありされば該調書は刑事訴訟法第二十一条の二末項に違背せしものなり。
如斯書類は法律上無効と云はざるべからず。
縦しや法律に胸効の制裁なしとするも右の如き欠如ある書類は其本人即ち芦川鉄三郎が自身認めたるや否や不判然なる場合は或は偽造なりやも計り難きに付、其効力を生ぜざるなり。
若し又斯る欠如あるも本人たる芦川鉄三郎が承認したるものとせば其承認したる理由を判決の理由に明示を要すべきものと信ず。
然るに右理由を付せず輙く採りて以て断罪の資料に供したるは法則に違背したる不法あるものと信ずと云ふに在れども◎其理由なきことは弁護人花井卓蔵渡辺澄也上告趣意拡張書第四点に対する説明に就き了解すべし。
右の理由なきを以て刑事訴訟法第二百八十七条に依り原判決を破毀し本院に於て直に判決すること左の如し
牛込喜一
原院の認めたる事実に依り之を法律に照すに被告の所為は刑法第二百十八条第二第二百二十五条第百五条に該当し押収物は刑事訴訟法第二百二条に依り公訴裁判費用は刑法第四十五条第四十七条刑事訴訟法第二百一条第一項に依り尚刑の執行猶予を為すべき情状あるを以て明治三十八年法律第七十号を適用し被告喜一を重禁錮一月十日に処し罰金三円を附加す。
但裁判確定の日より二年間刑の執行を猶予す延収物は各所有者に還付し公訴裁判費用は被告喜一に於て第一審の相被告森与左衛門天野徳次郎と連帯負担すべし。
検事鈴木宗言干与明治四十一年三月五日大審院第二刑事部