明治四十一年（れ）第四八號
明治四十一年二月二十四日宣告
◎判決要旨
- 一 強竊盜罪ト贓物故買罪トハ孰レモ他人ノ所有ニ係ル財物ノ横領ニ關スル犯罪ニシテ互ニ密接ノ關係ヲ有ス從テ竊盜罪ノ公訴事實ニハ贓物故買罪ノ事實ヲ包含セルモノトス（判旨第四點）
- 一 公訴不受理ノ申立ハ第一審第二審ノ裁判所ニ於テノミ之ヲ爲スコトヲ得從テ上告裁判所ニ之ヲ申立ツルハ不適法ナリ（同上）
右賍物故買被告事件ニ付明治四十年十二月二十三日廣島控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判決スルコト左ノ如シ
上告趣意書第一ハ刑事訴訟法第二百十八條第二項ニ「檢事ハ被告事件ヲ陳述スヘシ」ト規定シ以テ如何ナル事件ヲ公判ニ付シ審理セシムヘキカヲ告ケシム而シテ同法第二百三十六條竝ニ第二百五十八條ニヨリ右規定ハ控訴裁判ニ適用スヘキコトヲ定メタリ然ルニ原審公判ニ於テ檢事ノ陳述ヲ俟タス直ニ審理ヲ開始シタルハ該規定ニ反スル不法アリト思料スト云フニ在レトモ◎被告人ノ控訴ニ係ル事件ニ在テハ先ツ被告人ヨリ控訴ノ旨趣ヲ申立ツヘキ筈ノモノニシテ檢事ハ刑事訴訟法第二百十八條第二項ニ據リ被告事件合陳述スヘキモノニ非ス去レハ原院カ被告ノ控訴ヲ受理シ事件ヲ審判スルニ當リ檢事ヲシテ被告事件ヲ陳述セシメサリシモ違法ニ非ス
第二ハ一件記録中本件犯罪事實ヲ認ムルニ足ルヘキ直接ノ證據ナク引用ノ證據説明ハ以テ認定事實ニ適合セサルモノナルニヨリ原判決ハ採證方法ヲ誤マレルノ不法アリト思料スト云フニ在レトモ◎本論旨ハ要スルニ原院ノ專權ニ屬スル證據ノ取捨判斷ニ對スル非難ニ外ナラサレハ上告ノ理由トナラス
第三ハ原判決ハ本件記録ニ存セサル文書ヲ斷罪ノ證據ニ供セラレタリ即チ村上文三郎外二名賍物故買等被告事件ノ記録ノ記事ヲ證據ニ供シタルモ該記録ハ本案被告事件ニ何等ノ關係ナク又證據トナスノ手續ヲ爲シタルコトナキニ漫然之ヲ證據ニ供シタルハ頗ル失當ナリトスト云フニ在レトモ◎原判決ニ引用シタル村上文三郎外二名賍物故買等被告事件ノ記録中呉海兵團主計長桑島敬直ノ盜難届及同記録中野口吉太郎第二囘聽取書ハ本案ノ故買事件ヲ證明スルモノナルヲ以テ原院カ之ヲ心證判斷ノ資料ニ供シタルモノナレハ前顯ノ盜難届及聽取書ハ本案事件ニ關係ナシト言フコトヲ得ス又第一審公判始末書ニ依レハ同盜難届聽取書ハ檢事カ證據トシテ裁判所ニ提出シタルモノニ係レリ而シテ原院カ之ヲ罪證ニ供スルニ當リテ證據調ノ手續ヲ爲シタルコト原院公判始末書ニ徴シテ明カナレハ原院ノ措置ニハ何等ノ失當アルコトナケレハ本論旨ハ孰レモ理由ナシ
辯護人横山勝太郎上告趣意擴張書ハ第一點本件豫審請求書ヲ閲スルニ其起訴事項ニハ「被告ハ殘飯買取人トシテ呉鎭守府各部團内ニ出入中同三十九年四、五月頃呉海兵團被服倉庫當番海軍一等主厨小島利助ト共謀シ海軍用白毛布若干ヲ竊取シタルモノナリ」トアリテ檢事ハ全ク被告ヲ竊盜罪ノ事實ニ關シテ起訴シタルモノナルコト明白ナルニ豫審判事ハ之レト全然別異ナル「海軍一等主厨小島利助カ同團被服倉庫中ヨリ竊取セル白毛布二枚ヲ情ヲ知リナカラ同團内ニ於テ同人ヨリ買受ケ……」ノ事實ニ付輕罪裁判ニ付スル旨ノ決定ヲ爲シ第一審裁判所及原院亦此ノ後ノ事實ニ付審理判決ヲ爲シタルハ訴ヲ受ケサル事件ニ付裁判ヲ言渡シタルト同時ニ先キノ檢事ノ竊盜罪ノ起訴ニ對シ裁判ヲ與ヘサル不法アリト信ス（辯護人ハ此事實ニ基キ公判廷ニ於テ公訴不受理ノ申立ヲ可致候）ト云フニ在レトモ◎強竊盜罪ト賍物故買罪トハ孰レモ他人ノ所有ニ係ル財物ノ横領ニ關スル犯罪ニシテ互ニ密接ノ關係ヲ有シ賍物故買ハ其前提タル強竊盜ノ所爲ニ對シテハ事後ニ於ケル所爲ナルモ之ヲ容易ナラシムル犯罪トシテ所謂事後從犯ノ性質ヲ有スルモノナレハ竊盜罪ノ公訴事實内ニハ賍物故買罪ノ事實モ包含セラルルモノト認メサルヲ得ス故ニ檢事ヨリ竊盜罪ナリトシ豫審ヲ請求シタル場合ニ豫審判事ニ於テ審問ノ末其事實故買罪ナルトキハ檢事ノ訴名ニ拘束セラルルコトナク賍物故買罪ナリトシ豫審ノ終結決定ヲ下スコトヲ得ヘク隨ヒテ第一審第二審ノ裁判所カ右終結決定ニ基キ賍物故買ノ事實ニ付キ審理判決ヲ爲シタルハ相當ニシテ所論ノ如キ違法アルコトナシ辯護人ハ此論點ニ付公訴不受理ノ申立ヲ爲シタレトモ抑モ公訴不受理ノ申立ハ第一審第二審ノ裁判所ニ於テノミ之ヲ爲スコトヲ得ルモノニシテ上告裁判所ニ之ヲ爲スコトヲ得サルモノナレハ辯護人ノ公訴不受理ノ申立ハ不適法ナルニ因リ棄却スヘキモノトス（判旨第四點）
第二點原判決事實認定ノ部ニハ「……明治三十九年七、八月頃同海兵團所屬海軍一等主厨小島利助カ同團被服倉庫中ヨリ竊取シタル賍品ナルコトヲ知リナカラ……」ト判示シタルニ過キスシテ原院ノ所謂賍物ハ小島利助カ何人ノ所有ニ屬スル物件ヲ竊取シタルモノナルヤノ事實ヲ明確ニ判定セサルハ理由不備ナル不法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎賍物故買罪ハ強竊盜ノ賍物ナルコトヲ知リテ之ヲ故買スレハ成立スルモノナレハ其賍物ノ何人ノ所有ニ屬セシヤ否ヤノ事實ノ如キハ右犯罪ノ構成ニ影響ナキ所ナレハ之カ判示ナキモ違法ニ非ス況ンヤ原判決ニハ被告カ呉鎭守府海兵團被服倉庫中ヨリ竊取シタル賍物ナルコトヲ知リナカラ云云トノ認定アリテ被告カ故買シタル賍物ハ呉鎭守府海兵團ノ保管ニ係ル官有物ナルコトヲ判示シタルニ於テヲヤ因テ本論旨ハ理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
辯護人ノ公訴不受理ノ申立ハ之ヲ棄却ス
檢事鈴木宗言干與明治四十一年二月二十四日大審院第二刑事部
明治四十一年（レ）第四八号
明治四十一年二月二十四日宣告
◎判決要旨
- 一 強窃盗罪と贓物故買罪とは孰れも他人の所有に係る財物の横領に関する犯罪にして互に密接の関係を有す。
従て窃盗罪の公訴事実には贓物故買罪の事実を包含せるものとす。
（判旨第四点）
- 一 公訴不受理の申立は第一審第二審の裁判所に於てのみ之を為すことを得。
従て上告裁判所に之を申立つるは不適法なり。
（同上）
右賍物故買被告事件に付、明治四十年十二月二十三日広島控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
上告趣意書第一は刑事訴訟法第二百十八条第二項に「検事は被告事件を陳述すべし。」と規定し以て如何なる事件を公判に付し審理せしむべきかを告げしむ。
而して同法第二百三十六条並に第二百五十八条により右規定は控訴裁判に適用すべきことを定めたり。
然るに原審公判に於て検事の陳述を俟たず。
直に審理を開始したるは該規定に反する不法ありと思料すと云ふに在れども◎被告人の控訴に係る事件に在ては先づ被告人より控訴の旨趣を申立つべき筈のものにして検事は刑事訴訟法第二百十八条第二項に拠り被告事件合陳述すべきものに非ず去れば原院が被告の控訴を受理し事件を審判するに当り検事をして被告事件を陳述せしめざりしも違法に非ず
第二は一件記録中本件犯罪事実を認むるに足るべき直接の証拠なく引用の証拠説明は以て認定事実に適合せざるものなるにより原判決は採証方法を誤まれるの不法ありと思料すと云ふに在れども◎本論旨は要するに原院の専権に属する証拠の取捨判断に対する非難に外ならざれば上告の理由とならず
第三は原判決は本件記録に存せざる文書を断罪の証拠に供せられたり。
即ち村上文三郎外二名賍物故買等被告事件の記録の記事を証拠に供したるも該記録は本案被告事件に何等の関係なく又証拠となすの手続を為したることなきに漫然之を証拠に供したるは頗る失当なりとすと云ふに在れども◎原判決に引用したる村上文三郎外二名賍物故買等被告事件の記録中呉海兵団主計長桑島敬直の盗難届及同記録中野口吉太郎第二回聴取書は本案の故買事件を証明するものなるを以て原院が之を心証判断の資料に供したるものなれば前顕の盗難届及聴取書は本案事件に関係なしと言ふことを得ず。
又第一審公判始末書に依れば同盗難届聴取書は検事が証拠として裁判所に提出したるものに係れり。
而して原院が之を罪証に供するに当りて証拠調の手続を為したること原院公判始末書に徴して明かなれば原院の措置には何等の失当あることなければ本論旨は孰れも理由なし。
弁護人横山勝太郎上告趣意拡張書は第一点本件予審請求書を閲するに其起訴事項には「被告は残飯買取人として呉鎮守府各部団内に出入中同三十九年四、五月頃呉海兵団被服倉庫当番海軍一等主厨小島利助と共謀し海軍用白毛布若干を窃取したるものなり。」とありて検事は全く被告を窃盗罪の事実に関して起訴したるものなること明白なるに予審判事は之れと全然別異なる「海軍一等主厨小島利助が同団被服倉庫中より窃取せる白毛布二枚を情を知りながら同団内に於て同人より買受け……」の事実に付、軽罪裁判に付する旨の決定を為し第一審裁判所及原院亦此の後の事実に付、審理判決を為したるは訴を受けざる事件に付、裁判を言渡したると同時に先きの検事の窃盗罪の起訴に対し裁判を与へざる不法ありと信ず。
（弁護人は此事実に基き公判廷に於て公訴不受理の申立を可致候）と云ふに在れども◎強窃盗罪と賍物故買罪とは孰れも他人の所有に係る財物の横領に関する犯罪にして互に密接の関係を有し賍物故買は其前提たる強窃盗の所為に対しては事後に於ける所為なるも之を容易ならしむる犯罪として所謂事後従犯の性質を有するものなれば窃盗罪の公訴事実内には賍物故買罪の事実も包含せらるるものと認めざるを得ず。
故に検事より窃盗罪なりとし予審を請求したる場合に予審判事に於て審問の末其事実故買罪なるときは検事の訴名に拘束せらるることなく賍物故買罪なりとし予審の終結決定を下すことを得べく随ひて第一審第二審の裁判所が右終結決定に基き賍物故買の事実に付き審理判決を為したるは相当にして所論の如き違法あることなし弁護人は此論点に付、公訴不受理の申立を為したれども。
抑も公訴不受理の申立は第一審第二審の裁判所に於てのみ之を為すことを得るものにして上告裁判所に之を為すことを得ざるものなれば弁護人の公訴不受理の申立は不適法なるに因り棄却すべきものとす。
（判旨第四点）
第二点原判決事実認定の部には「……明治三十九年七、八月頃同海兵団所属海軍一等主厨小島利助が同団被服倉庫中より窃取したる賍品なることを知りながら……」と判示したるに過ぎずして原院の所謂賍物は小島利助が何人の所有に属する物件を窃取したるものなるやの事実を明確に判定せざるは理由不備なる不法の裁判なりと云ふに在れども◎賍物故買罪は強窃盗の賍物なることを知りて之を故買すれば成立するものなれば其賍物の何人の所有に属せしや否やの事実の如きは右犯罪の構成に影響なき所なれば之が判示なきも違法に非ず況んや原判決には被告が呉鎮守府海兵団被服倉庫中より窃取したる賍物なることを知りながら云云との認定ありて被告が故買したる賍物は呉鎮守府海兵団の保管に係る官有物なることを判示したるに於てをや因で本論旨は理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
弁護人の公訴不受理の申立は之を棄却す
検事鈴木宗言干与明治四十一年二月二十四日大審院第二刑事部
