明治四十年(れ)第一一四七號
明治四十一年二月四日宣告
◎判決要旨
- 一 他人ノ所有物ニ關シ其所持權ヲ侵害シテ事實上之ヲ自己ノ所持内ニ移シタルトキハ竊盜罪ハ完全ニ成立ス而シテ犯人カ占有後安全ナル場所ニ其目的物ヲ隱匿スルト否ト又其占有ヲ保持スルト否トハ犯罪ノ成立ニ何等ノ影響ナシ
右竊盜被告事件ニ付明治四十年十一月七日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判決ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判決スルコト左ノ如シ
被告嘉兵衛上告趣意書ハ原判決中ニ證人枡田タツ豫審訊問調書中大師寺前ニ於テ中折帽子ヲ冠リ毛ノ頸卷ヲ爲シ「トンビ」ヲ着ケタル中脊ニテ口髯アル男カ「トンビ」ノ袖ノ下ニ何カ兩手ニ持居ル樣見ヘ云云振返リ見タル處持チ居ルハ宣徳ノ臺付火鉢ニテ臺ノ方ト火鉢ノ角カ袖ノ下ヨリ見ヘ居リ其恰好色合共ニ曳船方格子根ノ板間ニ置キアリシ火鉢ニ寸分違ハヌ樣思ヒツツトアルヲ援用セラレタルトモ第一審ニ於ケル檢證ノ結果ニ依レハ上告人カ當時着用セシ「マント」ヲ試ミニ人ニ着用セシメ本件ノ火鉢二箇ヲ持タシメ證人枡田タツヲシテ當時ノ状態ヲ指示セシメタルニ證人ノ指示スル方法ニテハ背後ヨリハ僅カニ火鉢ノ臺ノ一部分ヲ認メ得ヘキモ證人ノ云フ如ク明カニ認ムルヲ得サリシ(第一審檢證調書)トアリテ事實上該火鉢カ曳船樓ノ火鉢ニ寸分違ハヌ程ニ明確ニ認ムルコトヲ得サリシモノナリ故ニ原院カ右豫審調書中ノ記載ヲ採用シタルハ事實上不可能ノ事ヲ眞實ト認定シタルモノニシテ條理ニ反スル不法ノ判決ナリト云フニ在レトモ◎原院カ其職權ヲ以テ爲シタル證據ノ取捨判斷ヲ非難スルモノニ外ナラサレハ適法ノ上告理由タラス
辯護人花井卓藏外二名上告趣意擴張書第一點ハ竊盜罪ノ成立時期ニ關シテハ古來幾多ノ學説アリ(一)接觸主義即チ目的物ニ接觸スルニ因リテ成立ス(二)遷移主義即チ目的物ヲ其所在以外ニ持出スニ因リテ成立ス(三)獲得主義即チ目的物ヲ自己ノ所持内ニ移スニ因リテ成立ス(四)隱匿主義即チ目的物ヲ安全ナル場所ニ藏匿スルニ因リテ成立スト爲ス此四主義中接觸遷移ノ兩主義ハ今日之ヲ唱フル者ナク獲得隱匿ノ兩主義ハ今日共ニ行ハルル所ナリトス而シテ二主義ノ異ル所ハ獲得主義ハ單ニ目的物ヲ自己ノ所持内ニ移スヲ以テ足レリトスルニ反シ隱匿主義ハ更ニ其目的物ヲ安全ナル場所ニ隱匿スルニ因リテ既遂罪成立スト爲ス兩主義共ニ多少ノ論據アリト雖モ實際ニ於テハ隱匿主義ヲ以テ妥當ナルモノナリト信ス蓋シ目的物ヲ自己ノ所持内ニ移シ逃走ノ途中發覺シテ其目的物ヲ奪取セラレタル場合ニ於テ既遂罪トシテ處罰スルハ其宜ヲ得タルモノト謂フヲ得サレハナリ原判決ハ「被告嘉兵衛ハ云云温井兼助方店先ニ家人ノ居ラサリシ所ヨリ茲ニ不良ノ念ヲ起シ同家宅内ニ忍入リ店ノ間ニ置キアリシ兼助所有ノ宣徳火鉢二箇ヲ竊取シ逃走ノ途中同家ノ雇人枡田タツノ追跡スル所トナリ遂ニ捕ヘラレタルモノナリ」ト認定セリ此事實ニ依レハ被告ハ温井兼助所有ノ宣徳火鉢二箇ヲ握持シタルモ未タ之ヲ安全ナル場所ニ遷移セサルニ先チ同家ノ雇人枡田タツノ發見スル所トナリ其目的ヲ達セサルノ趣旨ナルコト推知スルニ足ルノミナラス更ニ之ヲ原判決引用ノ枡田タツノ豫審訊問調書中「先ノトンビヲ着タル男カ法善寺裏門筋ヲ行キ居ルヲ認メ且火鉢モ見ヘ居リシニ付中筋ヲ西ヘ廻ツタ所ニテ追付キトンビノ左袖ヲ掴ミタルニ其人ハ火鉢二箇ヲ投出シ北ヘ逃ケントスル故云云」トノ供述記載ニ徴スレハ被告ハ意外ノ障碍ニ因リ竊盜ノ目的物ヲ奪還セラレ其目的ヲ達セサルモノナルコト明白ナリトス從テ竊盜罪ノ未遂トシテ處罰スルハ格別既遂トシテ處斷シタル原判決ハ擬律錯誤若クハ理由不備ノ不法アルモノト信スト云ヒ」第五點ハ竊ニ他人ノ物ヲ握取スルモ即時所有者其他ノ人ニ覺知サレテ物ヲ取戻サレ又ハ取押ヘラルルトキハ竊盜未遂ヲ以テ論スヘク既遂トシテ罰スルコトヲ得サルハ從來ノ判例ニ徴スルモ明カナリ是レ竊盜罪ハ他人ノ所有物ヲ他人ノ占有ヨリ自己ノ占有ニ移了スルヲ要シ單ニ物ヲ握取スルノミニテハ未タ既遂ト爲スコトヲ得サルカ爲メナルヲ信ス竊ニ他人ノ物ヲ握取シテ逃走中追跡スル所トナリテ取押ヘラレ又ハ物ヲ取戻サレタル場合ニ於テモ例ヘハ即時ニシテ間斷ナキ追跡ノ如キ握取ト取押又ハ取戻トノ間ニ占有ノ轉換ヲ認ムルコトヲ得サルトキハ是又竊盜未遂ニシテ既遂ニ非サルナリ故ニ物ヲ竊取シテ逃走中追跡スル所トナリテ取押ヘラレタル場合ニ於テハ占有ノ轉換ヲ認ムルニ足ル事實アリヤ否ヤヲ判斷セサレハ其竊盜既遂ナリヤ將タ未遂ナリヤヲ知ルニ由ナシ然ルニ原判決ハ「兼助所有ノ宣徳火鉢二箇ヲ竊取シ逃走ノ途中同家ノ雇人枡田タツノ追跡スル所トナリ遂ニ捕ヘラレタリ」トノ事實ノミヲ認定シテ竊盜既遂ノ刑ヲ科シタルハ事實理由ノ不備アル不法ノ判決ナリト云フニ在リ◎依テ按スルニ竊盜罪ハ不正ニ自己ヲ利スルノ意思ヲ以テ他人ノ所有ニ屬スル物件ヲ竊ニ占有スルニ因テ成立ス故ニ犯人カ他人ノ所有ニ屬スル物件ニ關シ其所持權ヲ侵害シ事實上之ヲ自己ノ所持内ニ移シタルトキハ竊盜罪ハ茲ニ完全ニ成立スルモノニシテ犯人カ占有後其目的物ヲ安全ナル場所ニ隱匿スルト否ト又其占有ヲ保持スルト否トハ毫モ竊盜罪ノ成立ニ影響ヲ有スルモノニアラス從テ一旦其目的物ヲ自己ノ所持内ニ置キタル以上ハ縱令即時ニ之ヲ囘復セラレ又ハ逃走ノ途中追跡セラレ囘復セラレタルトキト雖モ竊盜罪ハ既ニ完成シタルモノト云ハサルヘカラス今原院ノ認メタル事實ハ被告ハ温井兼助ノ家宅内ニ忍入リ店ノ間ニ置キアリシ兼助所有ノ宣徳火鉢二箇ヲ竊取シ逃走ノ途中同家雇人枡田タツノ追跡スル所トナリ遂ニ捕ヘラレタリト云フニ在リテ其趣旨右物件ヲ兼助ノ所持内ヨリ奪去リ之ヲ自己ノ所持内ニ置キ携帶逃走ノ途中即チ右物件ヲ兼助ノ占有ヨリ被告ノ占有ニ轉了シタル後囘復セラレタリト云フニ在ルコト其判文上明カニシテ被告ノ右所爲ハ竊盜罪ノ既遂ニシテ其未遂ニアラサルヤ勿論ナリ而シテ其理由モ原判決ニハ之ヲ説示シアルヲ以テ本趣意ハ何レモ理由ナシ
第二點ハ被告人ノ有罪トナリタル場合ニ於テ公訴ニ關スル訴訟費用ノ言渡ヲ爲スニハ刑法第四十五條ヲ適用スルノ外刑事訴訟法第二百一條第一項ニ則ラサルヘカラス然ルニ公訴裁判費用ノ言渡ニ關シ刑法第四十五條ヲ適用シタルノミ刑事訴訟法第二百一條第一項ヲ不問ニ付シタル原判決ハ理由不備ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎然レトモ所論刑事訴訟法ノ法條ハ之ヲ遵守スルヲ以テ足リ必スシモ之ニ遵據スル旨ヲ判決ニ明示スルヲ要スルモノニアラサルコトハ既ニ本院判例ノ是認スル所ナリ而シテ原院ハ右法條ヲ遵守シタルモノナルコト明カナルヲ以テ本趣意ハ理由ナシ
第三點ハ裁判所書記ハ證人ニ宣誓書ヲ讀聞カセ之ニ署名捺印セシムヘシ若シ署名捺印スルコト能ハサルトキハ其旨ヲ附記スヘシトハ刑事訴訟法第百二十二條第二項ノ明定スル所ナリ從テ宣誓書ニハ署名捺印ヲ必要ト爲シ若シ署名スルコト能ハス又ハ捺印スルコト能ハサルトキハ常ニ其旨ヲ附記スヘク此規定ニ反スルトキハ宣誓書ハ無效ニ歸スヘキモノトス原判決ニ於テ斷罪ノ證憑ニ供シタル中山國雄ノ豫審訊問調書添附ノ宣誓書ニハ氏名ヲ記載スルノミニシテ捺印ヲ缺如スルノミナラス其捺印スルコト能ハサル旨ヲ附記セサルカ故ニ該宣誓書ハ無效ニ歸スヘキモノトス既ニ該當誓書ニシテ無效ナル以上ハ同人ノ豫審調書ハ何等ノ效力ナキニ拘ハラス輙ク採テ以テ罪證ニ供シタル原判決ハ法則ニ背戻スル不法アルモノト信スト云フニ在リ◎然レトモ所論事項ニ關スル刑事訴訟法第百二十二條第二項ノ規定ハ刑事訴訟法第二十一條ノ二ニ依リ改正セラレタルモノナリ而シテ同規定ニ依レハ捺印スルコト能ハサルトキハ單ニ署名ノミヲ爲シ捺印シ能ハサル事由ヲ附記スルヲ要セサルヲ以テ本趣意モ亦理由ナシ
第四點ハ辯論ノ最終ニハ被告人ヲシテ供述ヲ爲サシムヘキコト刑事訴訟法第二百二十條ノ規定スル所ナリトス而シテ同條ノ規定ハ被告人ヲシテ自由ニ辯解ヲ爲サシメ毫モ遺憾ナカラシメンコトヲ期スルノ趣旨ニ外ナラサルカ故ニ被告人ハ如何ナル申立ヲ爲シタルヤ又ハ申立ツルコトナキ旨ノ供述ヲ爲シタルヤノ事實ヲ審ニセサルヘカラス然ルニ原院公判始末書ニハ不動文字ヲ以テ「裁判長ハ被告人ニ最終ノ供述ヲ爲サシメ」ト記載セルノミ果シテ如何ナル供述ヲ爲サシメタルヤ或ハ何等ノ供述ヲ爲サシメスシテ不動文字ノ印刷物ヲ公判始末書ノ最後ニ添附シタルニ過キサルモノナルヤ之ヲ知ルニ由ナキノミナラス此ノ如キハ刑事訴訟法第二百八條第六號ノ趣旨ニ背戻スルノ甚シキモノナレハ原判決ハ此點ニ於テ破毀セラルヘキモノナリト信スト云フニ在リ◎依テ原審公判始末書ヲ閲スルニ檢事ハ原判決相當ニシテ被告人ノ控訴ハ理由ナシトノ趣旨ヲ論シタリ被告人ハ辯論ハ辯護人ニ頼ムト述ヘタリ各辯護人ハ被告カ宣徳火鉢ヲ竊取セリトノ證憑充分ナラサル旨ヲ辯シタリトノ記載アリ右記載ハ原院裁判長カ被告人竝其辯護人ヲシテ辯論ノ最終ニ供述ヲ爲サシメタル際ノ被告人竝辯護人ノ供述ヲ録載シタルモノナルコト明カナリ同公判始末書ノ末尾ニ不動文字ヲ以テ「裁判長ハ被告人ニ最終ノ供述ヲ爲サシメ」云云トアルハ其前段ニ録載シアル如ク裁判長カ適法ノ手續ヲ履行シタル旨ヲ録載シタルモノニ外ナラス要スルニ本趣意ハ原審公判始末書ノ文意ヲ誤解シタルニ基クモノニシテ適法ノ上告理由タラス
第六點ハ原判決ハ「被告ハ前記公訴事實ニ對シ一切知ラス更ニ存セサル旨強辯スト雖モ證人枡田タツ訊問調書中云云記事ヲ綜合スレハ前示ノ犯罪事實ヲ認定スルニ十分ニシテ被告ノ辯解ハ信ヲ措キ難ク」ト判斷シタリ而シテ其所謂知ラス存セストハ必スシモ事實ヲ否認シタルニアラスシテ酩酊ノ結果何事ヲモ辨知セストノ辯解ナルコトハ原審ノ公判始末書ニ明記サルル所ナレハ原判文モ亦此意ナルコトヲ疑ハス故ニ酩酊シテ知覺ヲ喪失シタル事實ナキコトヲ判示セサレハ被告ノ辯解ヲ斥クルコトヲ得ス認定ノ犯罪事實ノ如キハ酩酊シテ事實ヲ知ラストノ事實ト併立シ得ヘキハ勿論ニシテ彼ノ事實ハ决シテ此ノ事實ヲ否定スルノ理由トナラス然ルニ前述ノ如ク判斷シタルハ相當ノ理由ヲ缺キタル不法ノ判決ナリ被告ニ於テ酩酊シテ知覺ヲ喪失シタリトノ事實ヲ主張スルニ拘ハラス其事實ナキコトヲ判示セサルハ必スシモ不法ナリト云フコトヲ得サルハ敢テ之ヲ非トセス然レトモ原判決ノ如ク特ニ此點ニ關シテ判斷ヲ爲ス以上ハ適當ノ理由ヲ付セサルハ理由不備ノ判決ト云ハサルヲ得スト云フニ在リ◎依テ按スルニ原判決ノ趣意ハ被告ハ本件ノ事實ハ毫モ辨知セスト辯解スト雖モ證人枡田タツ中山國雄ノ豫審ニ於ケル供述ト温井兼助名義ノ始末書ノ記事トヲ綜合シ被告ハ知覺精神アリテ本件犯行ヲ爲シタル事實ヲ判定スルニ足ルト云フニ在ルコト其判文上自カラ明カナレハ所論事項ニ付テハ適切ナル理由ヲ付シタルモノナルニ因リ本趣意ハ理由ナシ
第七點ハ原判決理由中ニ「宣徳火鉢二箇ヲ竊取シ逃走ノ途中同家ノ雇人枡田タツノ追跡スル所トナリ遂ニ捕ヘラレタルモノナリ」トアリ又「證人枡田タツ豫審訊問調書「云云トアリテ上告人ハ枡田タツナルモノニ追跡セラレテ捕ヘラレタル事實ヲ認定シ而シテ此ノ事實ノ證據トシテ第一ニ枡田タツナルモノノ豫審訊問調書ヲ援用セラレタリ然レトモ被害者ト稱スル温井兼助方雇人ニ枡田タツナルモノ實際ニナシ現ニ一件書類中警察署ニ於ケル聽取書等ニハ枡井タツナルモノアレトモ枡田タツナルモノナシ要スルニ枡田タツナルモノハ實際全ク存在セサルモノナリ然ルニ原院カ此ノ實在セサルモノカ上告人ヲ追跡シタリト認定シ若クハ其豫審訊問調書ト稱スルモノヲ採リテ證據トナシタルハ不法ノ判決ナリト云フニ在リ◎然レトモ本件記録中ニ證人枡田タツニ對スル訊問調書ナルモノ存在シ同調書ニハ同人ハ温井兼助方雇人ナル旨記載シアルヲ以テ温井兼助方雇人ニ枡田タツナル者實在セルモノト云ハサルヘカラス警察署ニ於ケル聽取書ニ枡井タツトアルノ一事ヲ以テ兼助方雇人ニ枡田タツナルモノ實在セスト云フヘカラス依テ本趣意モ亦理由ナシ
第八點ハ原審ニ於テ上告人ノ辯護人ハ證人中山國雄ノ證言ノ信用スヘカラサル理由トシテ同人ノ父中山直三郎カ伊藤種三郎ナルモノト親密ノ關係アリ伊藤種三郎ノ舊住所ハ中山直三郎及ヒ國雄ノ住所ト同町ニシテ眞向ニ當リ且ツ中山直三郎カ他ヨリ五千圓ノ金員ヲ借受クルニ當リ伊藤種三郎ハ其保證ヲナシタル如キ間柄ナリ而シテ一方ニ於テ伊藤種三郎ノ右舊住所ハ上告人ノ所有ニ屬シ上告人カ資本ヲ出シ種三郎ト組合ヒ同所ニ於テペン軸等學校用具ノ製造販賣ヲ爲シツツアリシニ兩人間組合事業ニ付議合ハス上告人ハ該組合契約ヲ解除シ營業用諸機械及ヒ商品一切ヲ引取リ種三郎ヲシテ同所ヲ立退カシメタル上同所ニ於テ上告人單獨ニテ同營業ヲ繼續シツツアルニ付種三郎ハ上告人ニ對シ深ク怨恨ヲ懷キ居レリ從フテ直三郎及ヒ國雄モ種三郎ニ同情ヲ表シ上告人ニ對シ怨恨ヲ懷キ機會ニ乘シテ上告人ヲ陷害セント欲シツツアリタルモノナリ且ツ上告人ハ數多ノ多譽職ヲ帶ヒ議員ノ選擧其他公共事業ニ付テハ奔走ヲ極メ大阪市南區内ニ於テ屈指ノ名望家ナルノミナラス上告人ハ右伊藤種三郎ト組合營業ノ關係上日日右組合營業所タル種三郎ノ舊住所ニ出入セシニ付其眞向ニ住居スル中山國雄ハ上告人ノ面貌ヲ熟知セルモノナリトノ事實ヲ主張シ之ヲ證スルニ組合契約證書及ヒ該契約解除證書營業證明書金員貸借公正證書等ヲ以テシ中山國雄ハ右ノ如ク上告人ヲ陷害セント欲シツツアルモノナルカ故ニ上告人カ曳船樓ニ於テ宣徳火鉢竊取問題ニ付キ曳船樓雇女及ヒ出張巡査ト談話中自ラ進ンテ竊盜ノ證人トナリタルモノナリ(巡査報告書等ニ此事實ヲ認メアリ)ト結論シ加フルニ國雄ノ證言中其當時永井嘉兵衛ナルモノヲ承知セサリシ旨ノ陳述アレトモ前記上告人ノ名望家タル事實及國雄ノ住所カ伊藤種三郎ノ舊住所ノ眞向ヒナル事實トニ因リテ其虚言タルコトヲ證明シ之ニ依リテ中山國雄ノ證言ノ信用スヘカラサル次第ヲ論證シタルニ拘ハラス原院ニ於テハ國野ノ證言ヲ本件犯罪ノ主要ナル證據ノ一ニ加ヘ辯護人ノ論證ニ對シテハ何等ノ説明ヲ與ヘラレサリシハ少クトモ審理不盡ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎然レトモ事實裁判所ハ辯護人ノ論證ニ對シ一一説明ヲ與フルノ責務ヲ負フモノニアラス故ニ原院カ所論ノ如キ辯護人ノ論證ニ對シ何等ノ説明ヲ與ヘサリシトテ之ヲ不法ト云フヲ得ス其他ハ原院カ其職權ヲ以テ爲シタル證據ノ取捨ヲ非難スルモノニ外ナラサレハ本趣意ハ理由ナシ
第九點ハ原審ニ於テ辯護人西尾哲夫ヨリ上告人ノ精神ニ異状ナカリシヤ否ヤノ鑑定ヲ求メ其理由ヲ詳説シタルニ原院カ之ヲ却下シタルハ審理不盡ノ不法ヲ免カレサルモノナリト云フニ在リ◎然レトモ鑑定ノ申立ヲ許否スルハ事實裁判所タル原院ノ職權ニ屬スルヲ以テ其許否ニ對スル非難ニ外ナラサル本趣意ハ適法ノ上告理由タラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事矢野茂干與明治四十一年二月四日大審院第一刑事部
明治四十年(レ)第一一四七号
明治四十一年二月四日宣告
◎判決要旨
- 一 他人の所有物に関し其所持権を侵害して事実上之を自己の所持内に移したるときは窃盗罪は完全に成立す。
而して犯人が占有後安全なる場所に其目的物を隠匿すると否と又其占有を保持すると否とは犯罪の成立に何等の影響なし。
右窃盗被告事件に付、明治四十年十一月七日大坂控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決すること左の如し
被告嘉兵衛上告趣意書は原判決中に証人枡田たつ予審訊問調書中大師寺前に於て中折帽子を冠り毛の頸巻を為し「とんび」を着けたる中脊にて口髯ある男が「とんび」の袖の下に何が両手に持居る様見へ云云振返り見たる処持ち居るは宣徳の台付火鉢にて台の方と火鉢の角が袖の下より見へ居り其恰好色合共に曳船方格子根の板間に置きありし火鉢に寸分違はぬ様思ひつつとあるを援用せられたるとも第一審に於ける検証の結果に依れば上告人が当時着用せし「まんと」を試みに人に着用せしめ本件の火鉢二箇を持たしめ証人枡田たつをして当時の状態を指示せしめたるに証人の指示する方法にては背後よりは僅かに火鉢の台の一部分を認め得べきも証人の云ふ如く明かに認むるを得ざりし(第一審検証調書)とありて事実上該火鉢が曳船楼の火鉢に寸分違はぬ程に明確に認むることを得ざりしものなり。
故に原院が右予審調書中の記載を採用したるは事実上不可能の事を真実と認定したるものにして条理に反する不法の判決なりと云ふに在れども◎原院が其職権を以て為したる証拠の取捨判断を非難するものに外ならざれば適法の上告理由たらず
弁護人花井卓蔵外二名上告趣意拡張書第一点は窃盗罪の成立時期に関しては古来幾多の学説あり(一)接触主義即ち目的物に接触するに因りて成立す(二)遷移主義即ち目的物を其所在以外に持出すに因りて成立す(三)獲得主義即ち目的物を自己の所持内に移すに因りて成立す(四)隠匿主義即ち目的物を安全なる場所に蔵匿するに因りて成立すと為す此四主義中接触遷移の両主義は今日之を唱ふる者なく獲得隠匿の両主義は今日共に行はるる所なりとす。
而して二主義の異る所は獲得主義は単に目的物を自己の所持内に移すを以て足れりとするに反し隠匿主義は更に其目的物を安全なる場所に隠匿するに因りて既遂罪成立すと為す両主義共に多少の論拠ありと雖も実際に於ては隠匿主義を以て妥当なるものなりと信ず。
蓋し目的物を自己の所持内に移し逃走の途中発覚して其目的物を奪取せられたる場合に於て既遂罪として処罰するは其宜を得たるものと謂ふを得ざればなり。
原判決は「被告嘉兵衛は云云温井兼助方店先に家人の居らざりし所より茲に不良の念を起し同家宅内に忍入り店の間に置きありし兼助所有の宣徳火鉢二箇を窃取し逃走の途中同家の雇人枡田たつの追跡する所となり遂に捕へられたるものなり。」と認定せり此事実に依れば被告は温井兼助所有の宣徳火鉢二箇を握持したるも未だ之を安全なる場所に遷移せざるに先ち同家の雇人枡田たつの発見する所となり其目的を達せざるの趣旨なること推知するに足るのみならず更に之を原判決引用の枡田たつの予審訊問調書中「先のとんびを着たる男が法善寺裏門筋を行き居るを認め、且、火鉢も見へ居りしに付、中筋を西へ廻った所にて追付きとんびの左袖を掴みたるに其人は火鉢二箇を投出し北へ逃げんとする故云云」との供述記載に徴すれば被告は意外の障碍に因り窃盗の目的物を奪還せられ其目的を達せざるものなること明白なりとす。
従て窃盗罪の未遂として処罰するは格別既遂として処断したる原判決は擬律錯誤若くは理由不備の不法あるものと信ずと云ひ」第五点は窃に他人の物を握取するも即時所有者其他の人に覚知されて物を取戻され又は取押へらるるときは窃盗未遂を以て論すべく既遂として罰することを得ざるは従来の判例に徴するも明かなり。
是れ窃盗罪は他人の所有物を他人の占有より自己の占有に移了するを要し単に物を握取するのみにては未だ既遂と為すことを得ざるか為めなるを信ず。
窃に他人の物を握取して逃走中追跡する所となりて取押へられ又は物を取戻されたる場合に於ても例へば即時にして間断なき追跡の如き握取と取押又は取戻との間に占有の転換を認むることを得ざるときは是又窃盗未遂にして既遂に非ざるなり。
故に物を窃取して逃走中追跡する所となりて取押へられたる場合に於ては占有の転換を認むるに足る事実ありや否やを判断せざれば其窃盗既遂なりや将た未遂なりやを知るに由なし。
然るに原判決は「兼助所有の宣徳火鉢二箇を窃取し逃走の途中同家の雇人枡田たつの追跡する所となり遂に捕へられたり」との事実のみを認定して窃盗既遂の刑を科したるは事実理由の不備ある不法の判決なりと云ふに在り◎依て按ずるに窃盗罪は不正に自己を利するの意思を以て他人の所有に属する物件を窃に占有するに因で成立す。
故に犯人が他人の所有に属する物件に関し其所持権を侵害し事実上之を自己の所持内に移したるときは窃盗罪は茲に完全に成立するものにして犯人が占有後其目的物を安全なる場所に隠匿すると否と又其占有を保持すると否とは毫も窃盗罪の成立に影響を有するものにあらず。
従て一旦其目的物を自己の所持内に置きたる以上は縦令即時に之を回復せられ又は逃走の途中追跡せられ回復せられたるときと雖も窃盗罪は既に完成したるものと云はざるべからず。
今原院の認めたる事実は被告は温井兼助の家宅内に忍入り店の間に置きありし兼助所有の宣徳火鉢二箇を窃取し逃走の途中同家雇人枡田たつの追跡する所となり遂に捕へられたりと云ふに在りて其趣旨右物件を兼助の所持内より奪去り之を自己の所持内に置き携帯逃走の途中即ち右物件を兼助の占有より被告の占有に転了したる後回復せられたりと云ふに在ること其判文上明かにして被告の右所為は窃盗罪の既遂にして其未遂にあらざるや勿論なり。
而して其理由も原判決には之を説示しあるを以て本趣意は何れも理由なし。
第二点は被告人の有罪となりたる場合に於て公訴に関する訴訟費用の言渡を為すには刑法第四十五条を適用するの外刑事訴訟法第二百一条第一項に則らざるべからず。
然るに公訴裁判費用の言渡に関し刑法第四十五条を適用したるのみ刑事訴訟法第二百一条第一項を不問に付したる原判決は理由不備の不法あるものと信ずと云ふに在り◎。
然れども所論刑事訴訟法の法条は之を遵守するを以て足り必ずしも之に遵拠する旨を判決に明示するを要するものにあらざることは既に本院判例の是認する所なり。
而して原院は右法条を遵守したるものなること明かなるを以て本趣意は理由なし。
第三点は裁判所書記は証人に宣誓書を読聞かせ之に署名捺印せしむべし。
若し署名捺印すること能はざるときは其旨を附記すべしとは刑事訴訟法第百二十二条第二項の明定する所なり。
従て宣誓書には署名捺印を必要と為し若し署名すること能はず又は捺印すること能はざるときは常に其旨を附記すべく此規定に反するときは宣誓書は無効に帰すべきものとす。
原判決に於て断罪の証憑に供したる中山国雄の予審訊問調書添附の宣誓書には氏名を記載するのみにして捺印を欠如するのみならず其捺印すること能はざる旨を附記せざるが故に該宣誓書は無効に帰すべきものとす。
既に該当誓書にして無効なる以上は同人の予審調書は何等の効力なきに拘はらず輙く採で以て罪証に供したる原判決は法則に背戻する不法あるものと信ずと云ふに在り◎。
然れども所論事項に関する刑事訴訟法第百二十二条第二項の規定は刑事訴訟法第二十一条の二に依り改正せられたるものなり。
而して同規定に依れば捺印すること能はざるときは単に署名のみを為し捺印し能はざる事由を附記するを要せざるを以て本趣意も亦理由なし。
第四点は弁論の最終には被告人をして供述を為さしむべきこと刑事訴訟法第二百二十条の規定する所なりとす。
而して同条の規定は被告人をして自由に弁解を為さしめ毫も遺憾ながらしめんことを期するの趣旨に外ならざるが故に被告人は如何なる申立を為したるや又は申立つることなき旨の供述を為したるやの事実を審にせざるべからず。
然るに原院公判始末書には不動文字を以て「裁判長は被告人に最終の供述を為さしめ」と記載せるのみ果して如何なる供述を為さしめたるや或は何等の供述を為さしめずして不動文字の印刷物を公判始末書の最後に添附したるに過ぎざるものなるや之を知るに由なきのみならず此の如きは刑事訴訟法第二百八条第六号の趣旨に背戻するの甚しきものなれば原判決は此点に於て破毀せらるべきものなりと信ずと云ふに在り◎依て原審公判始末書を閲するに検事は原判決相当にして被告人の控訴は理由なしとの趣旨を論したり。
被告人は弁論は弁護人に頼むと述べたり各弁護人は被告が宣徳火鉢を窃取せりとの証憑充分ならざる旨を弁したりとの記載あり右記載は原院裁判長が被告人並其弁護人をして弁論の最終に供述を為さしめたる際の被告人並弁護人の供述を録載したるものなること明かなり。
同公判始末書の末尾に不動文字を以て「裁判長は被告人に最終の供述を為さしめ」云云とあるは其前段に録載しある如く裁判長が適法の手続を履行したる旨を録載したるものに外ならず要するに本趣意は原審公判始末書の文意を誤解したるに基くものにして適法の上告理由たらず
第六点は原判決は「被告は前記公訴事実に対し一切知らず更に存せざる旨強弁すと雖も証人枡田たつ訊問調書中云云記事を綜合すれば前示の犯罪事実を認定するに十分にして被告の弁解は信を措き難く」と判断したり。
而して其所謂知らず存せずとは必ずしも事実を否認したるにあらずして酩酊の結果何事をも弁知せずとの弁解なることは原審の公判始末書に明記さるる所なれば原判文も亦此意なることを疑はず。
故に酩酊して知覚を喪失したる事実なきことを判示せざれば被告の弁解を斥くることを得ず。
認定の犯罪事実の如きは酩酊して事実を知らずとの事実と併立し得べきは勿論にして彼の事実は決して此の事実を否定するの理由とならず。
然るに前述の如く判断したるは相当の理由を欠きたる不法の判決なり。
被告に於て酩酊して知覚を喪失したりとの事実を主張するに拘はらず其事実なきことを判示せざるは必ずしも不法なりと云ふことを得ざるは敢て之を非とせず。
然れども原判決の如く特に此点に関して判断を為す以上は適当の理由を付せざるは理由不備の判決と云はざるを得ずと云ふに在り◎依て按ずるに原判決の趣意は被告は本件の事実は毫も弁知せずと弁解すと雖も証人枡田たつ中山国雄の予審に於ける供述と温井兼助名義の始末書の記事とを綜合し被告は知覚精神ありて本件犯行を為したる事実を判定するに足ると云ふに在ること其判文上自から明かなれば所論事項に付ては適切なる理由を付したるものなるに因り本趣意は理由なし。
第七点は原判決理由中に「宣徳火鉢二箇を窃取し逃走の途中同家の雇人枡田たつの追跡する所となり遂に捕へられたるものなり。」とあり又「証人枡田たつ予審訊問調書「云云とありて上告人は枡田たつなるものに追跡せられて捕へられたる事実を認定し、而して此の事実の証拠として第一に枡田たつなるものの予審訊問調書を援用せられたり。
然れども被害者と称する温井兼助方雇人に枡田たつなるもの実際になし現に一件書類中警察署に於ける聴取書等には枡井たつなるものあれども枡田たつなるものなし要するに枡田たつなるものは実際全く存在せざるものなり。
然るに原院が此の実在せざるものが上告人を追跡したりと認定し若くは其予審訊問調書と称するものを採りて証拠となしたるは不法の判決なりと云ふに在り◎。
然れども本件記録中に証人枡田たつに対する訊問調書なるもの存在し同調書には同人は温井兼助方雇人なる旨記載しあるを以て温井兼助方雇人に枡田たつなる者実在せるものと云はざるべからず。
警察署に於ける聴取書に枡井たつとあるの一事を以て兼助方雇人に枡田たつなるもの実在せずと云ふべからず。
依て本趣意も亦理由なし。
第八点は原審に於て上告人の弁護人は証人中山国雄の証言の信用すべからざる理由として同人の父中山直三郎が伊藤種三郎なるものと親密の関係あり伊藤種三郎の旧住所は中山直三郎及び国雄の住所と同町にして真向に当り且つ中山直三郎が他より五千円の金員を借受くるに当り伊藤種三郎は其保証をなしたる如き間柄なり。
而して一方に於て伊藤種三郎の右旧住所は上告人の所有に属し上告人が資本を出し種三郎と組合ひ同所に於てぺん軸等学校用具の製造販売を為しつつありしに両人間組合事業に付、議合はず上告人は該組合契約を解除し営業用諸機械及び商品一切を引取り種三郎をして同所を立退かしめたる上同所に於て上告人単独にて同営業を継続しつつあるに付、種三郎は上告人に対し深く怨恨を懐き居れり。
従ふて直三郎及び国雄も種三郎に同情を表し上告人に対し怨恨を懐き機会に乗して上告人を陥害せんと欲しつつありたるものなり。
且つ上告人は数多の多誉職を帯ひ議員の選挙其他公共事業に付ては奔走を極め大坂市南区内に於て屈指の名望家なるのみならず上告人は右伊藤種三郎と組合営業の関係上日日右組合営業所たる種三郎の旧住所に出入せしに付、其真向に住居する中山国雄は上告人の面貌を熟知せるものなりとの事実を主張し之を証するに組合契約証書及び該契約解除証書営業証明書金員貸借公正証書等を以てし中山国雄は右の如く上告人を陥害せんと欲しつつあるものなるが故に上告人が曳船楼に於て宣徳火鉢窃取問題に付き曳船楼雇女及び出張巡査と談話中自ら進んで窃盗の証人となりたるものなり。
(巡査報告書等に此事実を認めあり。
)と結論し加ふるに国雄の証言中其当時永井嘉兵衛なるものを承知せざりし旨の陳述あれども前記上告人の名望家たる事実及国雄の住所が伊藤種三郎の旧住所の真向ひなる事実とに因りて其虚言たることを証明し之に依りて中山国雄の証言の信用すべからざる次第を論証したるに拘はらず原院に於ては国野の証言を本件犯罪の主要なる証拠の一に加へ弁護人の論証に対しては何等の説明を与へられざりしは少くとも審理不尽の不法あるものと信ずと云ふに在り◎。
然れども事実裁判所は弁護人の論証に対し一一説明を与ふるの責務を負ふものにあらず。
故に原院が所論の如き弁護人の論証に対し何等の説明を与へざりしとて之を不法と云ふを得ず。
其他は原院が其職権を以て為したる証拠の取捨を非難するものに外ならざれば本趣意は理由なし。
第九点は原審に於て弁護人西尾哲夫より上告人の精神に異状なかりしや否やの鑑定を求め其理由を詳説したるに原院が之を却下したるは審理不尽の不法を免がれざるものなりと云ふに在り◎。
然れども鑑定の申立を許否するは事実裁判所たる原院の職権に属するを以て其許否に対する非難に外ならざる本趣意は適法の上告理由たらず
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
検事矢野茂干与明治四十一年二月四日大審院第一刑事部