明治四十年(れ)第九三七號
明治四十年十月二十二日宣告
◎判决要旨
- 一 新聞紙ノ編輯人カ編輯ノ上新聞紙ニ掲ケタル記事ニシテ偶誹毀ニ關スル刑律ニ觸ルヽコトアルモ之ヲ職務ノ執行行爲ニ非スト云フヲ得ス
私訴上告人 合資會社大阪毎日新聞社
私訴被上告人 上田音吉
右當事者間ニ於ケル中村謙三ニ係ル誹毀ノ公訴ニ附帶セル私訴ニ付明治四十年七月三十日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ民事被告代理人菅沼豐次郎ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意書第一點ハ被上告人ハ原院ニ於テ上告人ハ其業務トシテ發行スル大阪毎日新聞京都滋賀附録紙上ニ明治三十九年十一月四日ヨリ十八日ニ亘リ斷續シテ現世地獄又ハ少女ヲ弄フ大罪人ト題シ虚構ノ事實ヲ羅列シ被上告人ヲ誹毀シタル爲メ被上告人ハ玩具製造事業ニ付キ妨害ヲ受ケ同時ニ取引上種種ノ障碍ヲ受クルニ至リタルヲ以テ名譽囘復ノ爲メ本訴ヲ提起シタル旨ヲ陳述シタル事原判决ニ摘示スルカ如シ即被上告人ハ本案請求ノ原因トシテ上告人カ自ラ被上告人ヲ誹毀シタリトノ事實ヲ主張シタルモノナリ而シテ上告人ノ被用者タル中村謙三ノ誹毀行爲ニ付キ上告人ハ使用者トシテ其責ニ任セサル可ラストカ又ハ上告人ノ業務擔當社員カ中村謙三ノ選任監督ニ付キ過失アルカ故ニ上告人ハ其責ヲ免レスト云フカ如キ請求原因ハ原院ニ於テ之ヲ主張シタル事ナシ然ルニ原院ハ公訴被告人中村謙三カ該記事ヲ掲載シ被上告人ヲ誹毀シタルモノニシテ上告人カ自カラ誹毀シタルニ非サル事實ヲ認メタルニ拘ラス被上告人ノ請求ヲ棄却スル事ナク却テ上告人ノ不利益ニ判决シ「事ノ茲ニ至リタルハ何等反證ノ認ムヘキモノナキニヨリ民事被告(上告人)ノ業務擔當社員カ謙三ノ選任及監督ニ付キ注意ヲ怠リタル過失ニ由來スルモノト認ムヘク即民事被告(上告人)ノ代表者カ其職務ヲ行フニ付キ民事原告(被上告人)ニ損害ヲ加ヘタルニ歸スルヲ以テ民事被告(上告人)ハ民法第四十四條第一項ノ規定ニ從ヒ其損害ヲ賠償スル責ニ任セサル可ラス」ト説示シタリ之レ被上告人ノ主張セサル事實ヲ以テ請求原因ト誤認シ判决シタル違法ノ裁判ト云ハサルヲ得ス加之ナラス被上告人ノ主張セサル公訴被告人中村謙三ノ行爲ハ上告人會社ノ業務擔當社員カ其選任監督ニ付キ注意ヲ怠リタル過失ニ由來ストノ點ニ付キ反對ノ立證ヲ上告人ニ責メ上告人カ之ヲ立證セストノ理由ヲ付シ上告人ノ不利益ニ判决シタルハ對手人ノ主張セサル事實ニ對シ立證セシメントスルモノニシテ證據ニ關スル法則ニ違背シタル不法ヲ免レサルナリト云フニ在リ◎依テ按スルニ上告人カ其業務トシテ發行スル大阪毎日新聞ノ編輯兼發行人トシテ公訴被告中村謙三カ被上告人ノ名譽ヲ害スヘキ記事ヲ同新聞京都滋賀附録紙上ニ掲載シタル事實ハ當事者間ニ爭ナキ所ニシテ上告人カ本件ニ付主タル抗辯トスル所ハ右記事ハ公訴被告人タル中村謙三カ故意ニ被上告人ヲ誹毀セントスルニ出テタル犯罪行爲ニ基因シタルモノニシテ上告人ノ事業執行ノ爲メニシタルモノニアラサレハ上告人ハ本件損害ヲ賠償スルノ責ナシト云フニ在ルコトハ亦タ原判决ニ摘示シタル上告人ノ供述ニ徴シ明カナルヲ以テ被上告人ハ原審ニ於テ上告人ノ被用者タル中村謙三ノ誹毀行爲ニ付テハ上告人ハ使用者トシテ其責ニ任スヘキモノナリトノコト竝ニ上告人ノ業務擔當社員カ中村謙三ノ選任監督ニ付過失アルヲ以テ上告人ハ結局謙三ノ行爲ニ付其責ヲ免レ得サル旨ヲ主張シタルモノニシテ原判决ニ摘示シタル被上告人ノ供述中ニハ其趣旨ヲ含蓄スルモノト解スルヲ相當トス假リニ其趣旨ヲ含蓄セサルモノトスルモ前段説示ノ如ク本件ノ爭點ハ公訴被告中村謙三カ被上告人ヲ誹毀シタルニヨリ生シタル損害ハ上告人ニ於テ負擔スヘキモノナルヤ否ニ在リテ中村謙三カ上告人ノ被用者トシテ誹毀ノ記事ヲ新聞ニ掲ケタル事實ハ當事者間爭ナキ所ナルヲ以テ所論事項ハ本件訟廷ニ顯ハレタル事實關係ヨリ生スル法律關係ニシテ請求ノ原因タルヘキ事實ニアラス故ニ被上告人ノ申立ヲ俟タス原院カ職權ヲ以テ當然判斷スヘキ事項ニ屬スルヲ以テ原院ニ於テ訟廷ニ顯ハレタル事實關係ヲ憑據トシ法律上ノ判斷ヲ爲スニ當リ上告所論ノ如キ説示ヲ爲シタリトテ被上告人ノ主張セサル事實ヲ以テ請求ノ原因ト誤認シタル不法アルモノト云フヘカラス又被用者タル中村謙三ノ選任監督ニ付キ使用者タル上告人ノ業務擔當者カ注意ヲ怠リタル過失ニ因リ上告人ニ損害賠償ノ責任アルヤ否ノ案件ニ於テハ其過失ナカリシトノ點ハ上告人ニ於テ立證スヘキ責任アルモノナレハ原院ニ於テ云々「事ノ茲ニ至リタルハ何等反證ノ認ムヘキモノナキニヨリ民事被告ノ業務擔當社員カ謙三ノ選任及ヒ監督ニ付キ注意ヲ怠リタル過失ニ由來スルモノト認ムヘク」云々ト説示シタルハ相當ニシテ證據ニ關スル法則ヲ不當ニ適用シタルモノニアラス
第二點ハ假ニ數歩ヲ讓リ被上告人ハ原院判示ノ如ク上告人會社ノ業務擔當社員カ中村謙三ノ選任監督ニ付キ注意ヲ怠リタル過失ヲ以テ本案請求原因トナシタルモノトセンカ其訴タルヤ公訴ニ係ル中村謙三ノ犯罪ニ因リ生シタル損害ノ賠償ヲ得ルヲ以テ目的トスルモノニアラス法人代表者ノ過失ニヨリ生シタル損害ノ賠償ヲ求メントスルモノニシテ本案公訴ハ上告人會社ノ代表者ニ對シ提起セラレタルニ非サルカ故ニ被上告人ノ請求ハ民事裁判所ニ訴求スヘキモノニシテ私訴トシテ刑事裁判所ニ係屬スヘキ性質ノモノニアラス然ルニ原院カ私訴トシテ之ヲ受理シ本案ニ入テ判决シタルハ不當ナリト云ハサルヲ得スト云フニ在リ◎然レトモ本件被上告人ノ請求原因ハ上告人ノ被用者タル中村謙三カ上告人ノ業務トシテ發行スル大阪毎日新聞ノ編輯兼發行人トシテ被上告人ノ名譽ヲ毀損スル記事ヲ同新聞京都滋賀附録ニ掲載シタリト云フニ在リテ本件ハ中村謙三ニ對スル誹毀事件ノ目的タル犯罪行爲ニ因リ毀損セラレタル名譽ノ囘復ヲ以テ其目的ト爲スモノナルコト明カナレハ原院ニ於テ之ヲ私訴トシテ判决シタルハ相當ニシテ本趣意ハ理由ナシ
第三點ハ原院ハ「然リ而シテ新聞編輯ノ行爲タルヤ其性質上新聞發行ニ必要ナル行爲ニ屬シ又新聞ヲ編輯スルニ當リ故意ニ他人ヲ誹毀スヘキ記事ヲ資料トスルモ將タ亦他ノ記事ヲ資料トスルモ其新聞編輯ノ行爲タルニ於テ何等選フ所ナキヲ以テ右謙三ノ行爲ハ其使用主タル民事被告(上告人)ノ新聞發行ナル事業ヲ執行スルニ出テタルモノト認ムルヲ相當トスヘク」云々ト判示セラレタレトモ中村謙三ハ上告人カ大阪毎日新聞ノ編輯兼發行人トシテノ事務ニ當ルヘキ事ヲ命シタルヲ奇貨トシ被上告人ヲ誹毀スルノ意思ヲ以テ其醜行ヲ摘發シタルモノニシテ新聞ヲ以テ誹毀ノ具ニ害用シタルモノニシテ之ヲ職務ノ執行ニ際シテ爲シタル行爲ト云フヲ得ヘキモ職務ノ執行行爲ナリト云フヘカラス上告人ハ未タ曾テ他人ヲ誹毀スヘキ事ヲ命シタル事ナク又新聞事業ノ性質上如此犯行アルヲ許サヽルナリ原院モ亦現ニ中村謙三ノ行爲ハ上告人會社ノ業務擔當社員カ選任監督ヲ怠リタル過失ニ由來スト説示セルニ拘ハラス其前段ニ於テ故意ニ他人ヲ誹毀スヘキ記事ヲ資料トスルモ亦編輯行爲ナリト説示セルハ不當ニ法則ヲ適用セルニ非サレハ中村謙三ノ犯罪行爲ハ上告人會社ノ業務擔當社員カ命シタル職務ノ範圍内ニ在リト云フニ歸シ前後矛盾ノ弊アルヲ免レサルナリト云フニ在リ◎然レトモ新聞ノ編輯行爲ハ性質上新聞ノ發行事業ニ必要缺クヘカラサルモノニシテ編輯人タル中村謙三カ當然爲スヘキ職務ノ執行行爲ナレハ其職務執行行爲トシテ編輯ノ上新聞紙ニ掲ケタル記事カ偶誹毀ニ關スル刑律ニ觸ルヽコトアルノ故ヲ以テ之ヲ職務ノ執行行爲ニアラスト云フヲ得ス如上ノ場合ニ於テハ上告人ニ誹毀ノ責ナキニ因リ唯タ誹毀ニ關スル刑律ノ制裁ヲ上告人ニ加ヘス其編輯人ニ加フルニ過キス民事上ノ責任ハ其使用者タル上告人ニ於テ負擔セサルヘカラス故ニ原判决ノ説示ハ前後一貫シ所論ノ如キ不法アルモノニアラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
私訴上告費用ハ上告人ノ負擔トス
檢事矢野茂干與明治四十年十月二十二日大審院第一刑事部
明治四十年(レ)第九三七号
明治四十年十月二十二日宣告
◎判決要旨
- 一 新聞紙の編輯人が編輯の上新聞紙に掲げたる記事にして偶誹毀に関する刑律に触るることあるも之を職務の執行行為に非ずと云ふを得ず。
私訴上告人 合資会社大坂毎日新聞社
私訴被上告人 上田音吉
右当事者間に於ける中村謙三に係る誹毀の公訴に附帯せる私訴に付、明治四十年七月三十日大坂控訴院に於て言渡したる判決を不法とし民事被告代理人菅沼豊次郎より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
上告趣意書第一点は被上告人は原院に於て上告人は其業務として発行する大坂毎日新聞京都滋賀附録紙上に明治三十九年十一月四日より十八日に亘り断続して現世地獄又は少女を弄ふ大罪人と題し虚構の事実を羅列し被上告人を誹毀したる為め被上告人は玩具製造事業に付き妨害を受け同時に取引上種種の障碍を受くるに至りたるを以て名誉回復の為め本訴を提起したる旨を陳述したる事原判決に摘示するが如し。
即被上告人は本案請求の原因として上告人が自ら被上告人を誹毀したりとの事実を主張したるものなり。
而して上告人の被用者たる中村謙三の誹毀行為に付き上告人は使用者として其責に任ぜざる可らずとか又は上告人の業務担当社員が中村謙三の選任監督に付き過失あるが故に上告人は其責を免れずと云ふが如き請求原因は原院に於て之を主張したる事なし。
然るに原院は公訴被告人中村謙三が該記事を掲載し被上告人を誹毀したるものにして上告人が自から誹毀したるに非ざる事実を認めたるに拘らず被上告人の請求を棄却する事なく却て上告人の不利益に判決し「事の茲に至りたるは何等反証の認むべきものなきにより民事被告(上告人)の業務担当社員が謙三の選任及監督に付き注意を怠りたる過失に由来するものと認むべく即民事被告(上告人)の代表者が其職務を行ふに付き民事原告(被上告人)に損害を加へたるに帰するを以て民事被告(上告人)は民法第四十四条第一項の規定に従ひ其損害を賠償する責に任ぜざる可らず」と説示したり。
之れ被上告人の主張せざる事実を以て請求原因と誤認し判決したる違法の裁判と云はざるを得ず。
加之ならず被上告人の主張せざる公訴被告人中村謙三の行為は上告人会社の業務担当社員が其選任監督に付き注意を怠りたる過失に由来すとの点に付き反対の立証を上告人に責め上告人が之を立証せずとの理由を付し上告人の不利益に判決したるは対手人の主張せざる事実に対し立証せしめんとするものにして証拠に関する法則に違背したる不法を免れざるなりと云ふに在り◎依て按ずるに上告人が其業務として発行する大坂毎日新聞の編輯兼発行人として公訴被告中村謙三が被上告人の名誉を害すべき記事を同新聞京都滋賀附録紙上に掲載したる事実は当事者間に争なき所にして上告人が本件に付、主たる抗弁とする所は右記事は公訴被告人たる中村謙三が故意に被上告人を誹毀せんとするに出でたる犯罪行為に基因したるものにして上告人の事業執行の為めにしたるものにあらざれば上告人は本件損害を賠償するの責なしと云ふに在ることは亦た原判決に摘示したる上告人の供述に徴し明かなるを以て被上告人は原審に於て上告人の被用者たる中村謙三の誹毀行為に付ては上告人は使用者として其責に任ずべきものなりとのこと並に上告人の業務担当社員が中村謙三の選任監督に付、過失あるを以て上告人は結局謙三の行為に付、其責を免れ得ざる旨を主張したるものにして原判決に摘示したる被上告人の供述中には其趣旨を含蓄するものと解するを相当とす。
仮りに其趣旨を含蓄せざるものとするも前段説示の如く本件の争点は公訴被告中村謙三が被上告人を誹毀したるにより生じたる損害は上告人に於て負担すべきものなるや否に在りて中村謙三が上告人の被用者として誹毀の記事を新聞に掲げたる事実は当事者間争なき所なるを以て所論事項は本件訟廷に顕はれたる事実関係より生ずる法律関係にして請求の原因たるべき事実にあらず。
故に被上告人の申立を俟たず。
原院が職権を以て当然判断すべき事項に属するを以て原院に於て訟廷に顕はれたる事実関係を憑拠とし法律上の判断を為すに当り上告所論の如き説示を為したりとて被上告人の主張せざる事実を以て請求の原因と誤認したる不法あるものと云ふべからず。
又被用者たる中村謙三の選任監督に付き使用者たる上告人の業務担当者が注意を怠りたる過失に因り上告人に損害賠償の責任あるや否の案件に於ては其過失なかりしとの点は上告人に於て立証すべき責任あるものなれば原院に於て云云「事の茲に至りたるは何等反証の認むべきものなきにより民事被告の業務担当社員が謙三の選任及び監督に付き注意を怠りたる過失に由来するものと認むべく」云云と説示したるは相当にして証拠に関する法則を不当に適用したるものにあらず。
第二点は仮に数歩を譲り被上告人は原院判示の如く上告人会社の業務担当社員が中村謙三の選任監督に付き注意を怠りたる過失を以て本案請求原因となしたるものとせんか其訴たるや公訴に係る中村謙三の犯罪に因り生じたる損害の賠償を得るを以て目的とするものにあらず。
法人代表者の過失により生じたる損害の賠償を求めんとするものにして本案公訴は上告人会社の代表者に対し提起せられたるに非ざるが故に被上告人の請求は民事裁判所に訴求すべきものにして私訴として刑事裁判所に係属すべき性質のものにあらず。
然るに原院が私訴として之を受理し本案に入で判決したるは不当なりと云はざるを得ずと云ふに在り◎。
然れども本件被上告人の請求原因は上告人の被用者たる中村謙三が上告人の業務として発行する大坂毎日新聞の編輯兼発行人として被上告人の名誉を毀損する記事を同新聞京都滋賀附録に掲載したりと云ふに在りて本件は中村謙三に対する誹毀事件の目的たる犯罪行為に因り毀損せられたる名誉の回復を以て其目的と為すものなること明かなれば原院に於て之を私訴として判決したるは相当にして本趣意は理由なし。
第三点は原院は「然り、而して新聞編輯の行為たるや其性質上新聞発行に必要なる行為に属し又新聞を編輯するに当り故意に他人を誹毀すべき記事を資料とするも将た亦他の記事を資料とするも其新聞編輯の行為たるに於て何等選ふ所なきを以て右謙三の行為は其使用主たる民事被告(上告人)の新聞発行なる事業を執行するに出でたるものと認むるを相当とすべく」云云と判示せられたれども中村謙三は上告人が大坂毎日新聞の編輯兼発行人としての事務に当るべき事を命じたるを奇貨とし被上告人を誹毀するの意思を以て其醜行を摘発したるものにして新聞を以て誹毀の具に害用したるものにして之を職務の執行に際して為したる行為と云ふを得べきも職務の執行行為なりと云ふべからず。
上告人は未だ曽て他人を誹毀すべき事を命じたる事なく又新聞事業の性質上如此犯行あるを許さざるなり。
原院も亦現に中村謙三の行為は上告人会社の業務担当社員が選任監督を怠りたる過失に由来すと説示せるに拘はらず其前段に於て故意に他人を誹毀すべき記事を資料とするも亦編輯行為なりと説示せるは不当に法則を適用せるに非ざれば中村謙三の犯罪行為は上告人会社の業務担当社員が命じたる職務の範囲内に在りと云ふに帰し前後矛盾の弊あるを免れざるなりと云ふに在り◎。
然れども新聞の編輯行為は性質上新聞の発行事業に必要欠くべからざるものにして編輯人たる中村謙三が当然為すべき職務の執行行為なれば其職務執行行為として編輯の上新聞紙に掲げたる記事が偶誹毀に関する刑律に触るることあるの故を以て之を職務の執行行為にあらずと云ふを得ず。
如上の場合に於ては上告人に誹毀の責なきに因り唯た誹毀に関する刑律の制裁を上告人に加へず其編輯人に加ふるに過ぎず民事上の責任は其使用者たる上告人に於て負担せざるべからず。
故に原判決の説示は前後一貫し所論の如き不法あるものにあらず。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
私訴上告費用は上告人の負担とす。
検事矢野茂干与明治四十年十月二十二日大審院第一刑事部