明治四十年(れ)第一九五號
明治四十年三月二十六日宣告
◎判决要旨
- 一 一人若クハ數人共謀シテ數次ニ同種同性質ナル數箇ノ犯罪行爲ヲ爲シタル場合ニ於テ各行爲ニ付キ單ニ唯一ノ犯意存スルトキハ其數多ノ行爲中目的ヲ達シタルモノト之ヲ達セサルモノトアルニ拘ハラス所爲全體ヲ包含シタル一箇ノ犯罪ヲ構成スルモノトス(判旨
第四點) - 一 欺罔手段ヲ以テ金員ヲ騙取セントシタルモ被害者ニ於テ之ヲ調達シ得サルトキハ詐欺取財未遂犯ヲ構成スルモノトス(判旨第五點)
右詐欺取財被告事件ニ付明治四十年二月九日廣島控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意書第一點ハ原判决ヲ閲スルニ被告小川謙ハ辭令書樣ノモノヲ發シ相被告ハ各人ニ直接シテ金員ヲ收受スルノ任務ヲ分擔シ云々第一乃至第五ヲ犯意繼續シテ遂行シタリト認メ更ニ擬律ニ至リテ刑法中正犯ノ法條ヲ適用セラレタリ然レトモ右原判决表示ノ事實ハ從犯タルニ外ナラス然モ如此正犯ノ法條ヲ適用シ從犯ニ付テノ減等ノ法條ノ適用ヲ缺如セルハ不法ナリト云フニ在リ◎然レトモ原院ノ認メタル事實ハ上告人ハ神道實行派教導職ニシテ同派管長ノ認可ヲ受ケ惠美須教會講社ナルモノヲ組織シ居ルヲ奇貨トシ直轄本院大教主ト自稱シ神田丑藏ト共謀シ禁厭祈祷等ヲ爲スニハ試驗ヲ要スルモ上告人カ大教主ノ名義ヲ以テセシ免状若クハ辭令書ヲ受クル時ハ無試驗ニテ禁厭祈祷等ヲ爲シ得ヘキ旨ヲ欺キ免状若クハ辭令書等下付ニ要スル手數料ノ名下ニ金員ヲ騙取センコトヲ企テ其犯意繼續シテ上告人ハ專ラ辭令書樣ノモノヲ發シ丑藏ハ各人ニ直接シテ金員ヲ收受スルノ任務ヲ分擔シ三木カツ東山由藏戸田コツルヨリ金員ヲ騙取シ又萬谷空彌加藤ユウヨリ金員ヲ騙取セントシ其目的ヲ達セサリシト云フニ在リテ上告人ニ於テハ豫備ノ所爲ヲ以テ正犯ヲ幇助シ犯罪ヲ容易ナラシメタルモノニ非ス犯罪實行行爲ノ幾部ヲ擔任シ以テ犯罪ノ决行ニ加功シタル正犯ナルヲ以テ本趣意ハ理由ナシ
第二點ハ犯罪事實認定ノ資料トシテ神田丑藏ノ豫審調書及ヒ三木カツノ豫審調書柴田禮一ノ同上調書ヲ引用セラレタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎原院カ所論調書ヲ證據ニ採用シタルハ如何ナル點ニ於テ不法ナルヤ之ヲ指示セサルヲ以テ本趣意ニ對シテハ當否ノ判定ヲ與フルニ由ナク從テ原判决ヲ破毀スルノ理由タラス
第三點ハ原判决ハ認定事實ノ全部ヲ證スヘキ資料ノ明示ヲ缺ケルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎原院ハ原院公判廷ニ於ケル上告人ノ供述竝ニ豫審廷ニ於ケル神田丑藏三木カツ萬谷空彌東山由藏加藤ユウ戸田コツル柴田禮一ノ供述ヲ綜合シ本件ノ犯罪事實ヲ判定シタルモノニシテ右供述ノ趣旨ハ原判决證據説明ノ部ニ於テ詳細ニ説示シアルヲ以テ本趣意モ亦理由ナシ
被告辯護人花井卓藏上告趣意擴張書ノ第一點ハ既遂犯ト未遂犯トハ犯罪ノ情状及ヒ適用ノ條文ヲ異ニスルカ故ニ意思繼續ニ因ル一罪トシテ處斷スル能ハサルコト恰モ重罪ト輕罪トヲ一罪トシテ處斷スルコト能ハサルニ均シ况ンヤ各所爲犯罪ノ日時場所竝ニ被害者ヲ異ニスルニ於テヲヤ原判决ニ認メタル第一乃至第五ノ所爲中第一第三第五ハ既遂ニシテ第二第四ハ未遂ナルコト判决自體ノ明示スル所ナルカ故ニ罪ノ性質上一罪トシテ處分スルコトヲ得ス然ルニ漫然「其犯意ヲ繼續シテ」ナル文字ヲ用ヒ單ニ刑法第三百九十條ヲ適用シタルニ止マル原判决ハ擬律錯誤ノ不法アルモノトスト云ヒ」第二點ハ意思繼續ニ因ル犯罪ハ數箇ノ所爲中一ノ所爲ハ他ノ所爲ニ吸收セラルヘキモノニアラス數箇ノ所爲ハ各別ニ犯罪ヲ構成スルモ其犯意單一ナルカ故ニ一罪トシテ處分スルノミ從テ繼續犯中既遂犯ト未遂犯トヲ包含スル場合ニハ既遂犯ヲ處罰スル條文ヲ適用スルハ勿論未遂犯ヲ處分スル法文モ亦之ヲ適用セサルヘカラス然ラサレハ未遂犯ニ關スル處分ノ法文ハ之カ適用ヲ缺如スルニ至ルヘケレハナレ然ルニ原判决ハ第一乃至第五ノ所爲中第二及ヒ第四ノ所爲ヲ未遂ト認メナカラ單ニ刑法第三百九十條第一項ヲ適用シタルニ止マリ未遂犯ニ關スル同法第百十二條ヲ適用セサルハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎依テ按スルニ一人若クハ數人共謀シテ數次ニ同種同性質ナル數箇ノ犯罪行爲ヲ爲シタル場合ニ於テ各行爲ニ付キ各別ニ犯意存在セルトキハ該行爲ハ各獨立シテ數箇ノ犯罪ヲ構成スヘキハ勿論ナリト雖モ若シ各行爲ニ付キ獨立シテ犯意存セス單ニ繼續シタル唯一ノ犯意存スルニ止マルトキハ其行爲數多ナルニ拘ハラス其數多ナル行爲中目的ヲ達シタルモノト之ヲ達セサルモノト存在スルニ拘ハラス其所爲全體ヲ包含シタル一箇ノ犯罪ヲ構成スルモノト爲サヽルヘカラス(但シ數箇ノ犯罪行爲ニ付キ法律上單一ノ犯意ヲ認ムルヲ許サヽル場合ハ之ヲ除ク)何トナレハ其行爲數多ナリト雖モ犯意ニシテ單一ナル以上ハ數箇ノ犯罪成立スヘキ條理ナク又既ニ之ヲ一罪ト爲ス以上ハ其一罪ヲ組成スル各行爲中適マ其目的ヲ達シタルモノアルト之ヲ達セサルモノアルトニ因リ單一ナル犯意ヲ分割シテ數箇ノ犯意ト爲シ得ヘキモノニ非サレハナリ茲ニ人アリ深夜他家ノ一室ニ忍入リ將サニ甲ナル物件ヲ竊取セントスルニ當リ家人ノ覺目ニ妨ケラレ其目的ヲ達セス室ノ一隅ニ身ヲ潛メ居リ家人ノ寢靜マルヲ待チ更ニ他室ニ至リ他ノ物件ヲ竊取シタリト假定センニ誰レカ其意思單一ナルニ於テハ之ニ擬スルニ竊取未遂及ヒ竊盜既遂ノ二罪ニ關スル法則ヲ以テスルモノアラン是レ蓋シ外形上ノ行爲ハ二アルモ其犯意單一ナルノ理由ニ基クニ外ナラサルナリ今本件ニ付原院カ判定シタル事實ハ上告人ハ繼續セル單一ノ犯意ヲ以テ明治三十九年五月三十日ヨリ同年六月二十七日頃迄ノ間ニ於テ同一方法ニ依リ五度金員騙取ノ行爲ヲ企テ三度ハ其目的ヲ達シタルモ二度ハ其目的ヲ達セサリシト云フニ在リテ右數箇ノ不法行爲ハ同種同性質ノモノナルコト竝ニ其犯意ノ單一ナルコトハ毫モ前例ト異ナル所ナシ只其行爲ノ實行期間ニ長短ノ差異アルニ過キス然レトモ其差異ノ如キハ或ハ事實判定ノ上ニ於テ各行爲ニ付各別ニ犯意存在セシ事實ヲ認ムヘキ資料タルヲ得ヘキモ其犯意單一ナルコト確實ナル如上ノ場合ニ於テハ數箇ノ行爲カ相合シテ一罪ヲ構成スル點ニハ毫モ影響ヲ有スルモノニ非ス然ラハ則チ本件事實モ亦前示理由ニ依リ單一ナル金員騙取ノ既遂罪ヲ構成スルモノニシテ其既遂ト未遂トノ二罪ヲ構成スヘキモノニ非サルヤ洵ニ以テ明瞭ナリ又既ニ一箇ノ既遂犯罪ノミヲ構成スルモノト爲スヘキ以上ハ之ニ關スル法條ノミヲ適用スヘキモノニシテ未遂罪ニ關スル法條ヲモ適用スヘキモノニ非サルヲ以テ本趣意ハ共ニ上告ノ理由タラス(判旨第四點)
第三點ハ意外ノ障礙若クハ舛錯ニ因リ犯罪ヲ遂クルコト能ハサルニ非スシテ目的物犯罪ノ能力ヲ缺如スル場合ニハ未遂犯ヲ構成スルモノニ非ス之ヲ詐欺取財罪ニ例ヘンカ意外ノ障礙若クハ舛錯ニ因リ犯人財物ヲ得ル能ハサル場合ニハ未遂罪トシテ處分シ得ヘシト雖モ何等ノ障礙ナキニ拘ハラス被害者タル者全然出金ノ能力ナキ爲メ財物ヲ得ル能ハサル場合ハ所謂不能犯ニシテ未遂犯ニ非ス原判决ハ第四ノ所爲中「被告ハ云々手數料ノ名ノ下ニ金員ヲ騙取セントシタルモユウニ於テ調金シ能ハサリシ爲メ其目的ヲ遂ケス」ト判示シ被害者タル加藤ユウニ全ク出金ノ資力ナキ事實ヲ認メナカラ未遂犯トシテ處分シタルハ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在リ◎然レトモ加藤ユウニ於テ金員ヲ調達シ得サリシ事實ハ上告人カ同人ヨリ金員ヲ騙取セントシタル犯罪實行ノ障礙タリシ事實ト云ハサルヘカラス何トナレハ金員ノ融通ハ經濟界ノ常則ナレハ右ユウカ金員ヲ調達シ能ハサリシハ適マ同人ニ於テ因難ナリシニ過キス元ヨリ絶對的不能ノ事實ニ非サレハナリ故ニ上告人カ加藤ユウヨリ金員ヲ騙取シ遂ケサリシ所爲ハ不能犯ニ非スシテ詐欺取財ノ未遂罪ナルヲ以テ本論旨ハ理由ナシ(判旨第五點)
第四點ハ本件豫審請求書ノ起訴ノ事項ニハ司法警察官意見書記載ノ事實ナル旨明記セルカ故ニ同意見書ヲ閲スルニ第三事實トシテ「被告神田丑藏ハ本月(明治三十九年七月)三日神戸市楠町六丁目三木カツナル者ニ對シ云々金一圓五十錢ヲ騙取シタリ」ト記載シ三十九年七月三日三木カツヨリ金一圓五十錢ヲ騙取シタル旨ノ起訴アルモ原判决ノ認メタル第一事實ノ如ク明治三十九年五月三十日ニ於テ三木カツヨリ金圓ヲ騙取シタル事實ニ對シ起訴シタル事迹ハ毫モ見ルヘキモノナシ是故ニ原判决ハ訴ヲ受ケタル事件ニ付キ裁判ヲ爲サス若クハ訴ヲ受ケサル事件ニ付キ裁判ヲ爲シタル不法アルモノト信スト云フニ在リ◎然レトモ司法警察官ノ意見書第三事實トシテ記載シアル所ノ主眼ハ上告人ハ神田丑藏ト共謀シ三木カツヨリ不正ニ金員ヲ騙取シタリト云フニ在リ而シテ原院カ第一事實トシテ認メタル所モ亦其主眼トスル所ハ毫モ之ト異ナルコトナク只騙取ノ日時ニ付キ二者ノ間差異アルモコハ單ニ犯罪成立日時ノ認定ニ付キ意見ヲ異ニシタルニ外ナラサレハ原判决中第一事實トシテ掲ケアル所ハ警察官意見書第三事實トシテ陳ヘタルモノニ對スル判斷ト認メ得ラルヽヲ以テ本趣意モ亦理由ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
檢事末弘巖石干與明治四十年三月二十六日大審院第一刑事部
明治四十年(レ)第一九五号
明治四十年三月二十六日宣告
◎判決要旨
- 一 一人若くは数人共謀して数次に同種同性質なる数箇の犯罪行為を為したる場合に於て各行為に付き単に唯一の犯意存するときは其数多の行為中目的を達したるものと之を達せざるものとあるに拘はらず所為全体を包含したる一箇の犯罪を構成するものとす。
(判旨
第四点) - 一 欺罔手段を以て金員を騙取せんとしたるも被害者に於て之を調達し得ざるときは詐欺取財未遂犯を構成するものとす。
(判旨第五点)
右詐欺取財被告事件に付、明治四十年二月九日広島控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告より上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
上告趣意書第一点は原判決を閲するに被告小川謙は辞令書様のものを発し相被告は各人に直接して金員を収受するの任務を分担し云云第一乃至第五を犯意継続して遂行したりと認め更に擬律に至りて刑法中正犯の法条を適用せられたり。
然れども右原判決表示の事実は従犯たるに外ならず然も如此正犯の法条を適用し従犯に付ての減等の法条の適用を欠如せるは不法なりと云ふに在り◎。
然れども原院の認めたる事実は上告人は神道実行派教導職にして同派管長の認可を受け恵美須教会講社なるものを組織し居るを奇貨とし直轄本院大教主と自称し神田丑蔵と共謀し禁厭祈祷等を為すには試験を要するも上告人が大教主の名義を以てせし免状若くは辞令書を受くる時は無試験にて禁厭祈祷等を為し得べき旨を欺き免状若くは辞令書等下付に要する手数料の名下に金員を騙取せんことを企で其犯意継続して上告人は専ら辞令書様のものを発し丑蔵は各人に直接して金員を収受するの任務を分担し三木かつ東山由蔵戸田こつるより金員を騙取し又万谷空弥加藤ゆうより金員を騙取せんとし其目的を達せざりしと云ふに在りて上告人に於ては予備の所為を以て正犯を幇助し犯罪を容易ならしめたるものに非ず犯罪実行行為の幾部を担任し以て犯罪の決行に加功したる正犯なるを以て本趣意は理由なし。
第二点は犯罪事実認定の資料として神田丑蔵の予審調書及び三木かつの予審調書柴田礼一の同上調書を引用せられたるは不法なりと云ふに在れども◎原院が所論調書を証拠に採用したるは如何なる点に於て不法なるや之を指示せざるを以て本趣意に対しては当否の判定を与ふるに由なく。
従て原判決を破毀するの理由たらず
第三点は原判決は認定事実の全部を証すべき資料の明示を欠けるは不法なりと云ふに在れども◎原院は原院公判廷に於ける上告人の供述並に予審廷に於ける神田丑蔵三木かつ万谷空弥東山由蔵加藤ゆう戸田こつる柴田礼一の供述を綜合し本件の犯罪事実を判定したるものにして右供述の趣旨は原判決証拠説明の部に於て詳細に説示しあるを以て本趣意も亦理由なし。
被告弁護人花井卓蔵上告趣意拡張書の第一点は既遂犯と未遂犯とは犯罪の情状及び適用の条文を異にするが故に意思継続に因る一罪として処断する能はざること恰も重罪と軽罪とを一罪として処断すること能はざるに均し況んや各所為犯罪の日時場所並に被害者を異にするに於てをや原判決に認めたる第一乃至第五の所為中第一第三第五は既遂にして第二第四は未遂なること判決自体の明示する所なるが故に罪の性質上一罪として処分することを得ず。
然るに漫然「其犯意を継続して」なる文字を用ひ単に刑法第三百九十条を適用したるに止まる原判決は擬律錯誤の不法あるものとすと云ひ」第二点は意思継続に因る犯罪は数箇の所為中一の所為は他の所為に吸収せらるべきものにあらず。
数箇の所為は各別に犯罪を構成するも其犯意単一なるが故に一罪として処分するのみ。
従て継続犯中既遂犯と未遂犯とを包含する場合には既遂犯を処罰する条文を適用するは勿論未遂犯を処分する法文も亦之を適用せざるべからず。
然らざれば未遂犯に関する処分の法文は之が適用を欠如するに至るべければなれ然るに原判決は第一乃至第五の所為中第二及び第四の所為を未遂と認めながら単に刑法第三百九十条第一項を適用したるに止まり未遂犯に関する同法第百十二条を適用せざるは擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ふに在り◎依て按ずるに一人若くは数人共謀して数次に同種同性質なる数箇の犯罪行為を為したる場合に於て各行為に付き各別に犯意存在せるときは該行為は各独立して数箇の犯罪を構成すべきは勿論なりと雖も若し各行為に付き独立して犯意存せず単に継続したる唯一の犯意存するに止まるときは其行為数多なるに拘はらず其数多なる行為中目的を達したるものと之を達せざるものと存在するに拘はらず其所為全体を包含したる一箇の犯罪を構成するものと為さざるべからず。
(但し数箇の犯罪行為に付き法律上単一の犯意を認むるを許さざる場合は之を除く)何となれば其行為数多なりと雖も犯意にして単一なる以上は数箇の犯罪成立すべき条理なく又既に之を一罪と為す以上は其一罪を組成する各行為中適ま其目的を達したるものあると之を達せざるものあるとに因り単一なる犯意を分割して数箇の犯意と為し得べきものに非ざればなり。
茲に人あり深夜他家の一室に忍入り将さに甲なる物件を窃取せんとするに当り家人の覚目に妨げられ其目的を達せず室の一隅に身を潜め居り家人の寝静まるを待ち更に他室に至り他の物件を窃取したりと仮定せんに誰れか其意思単一なるに於ては之に擬するに窃取未遂及び窃盗既遂の二罪に関する法則を以てずるものあらん是れ蓋し外形上の行為は二あるも其犯意単一なるの理由に基くに外ならざるなり。
今本件に付、原院が判定したる事実は上告人は継続せる単一の犯意を以て明治三十九年五月三十日より同年六月二十七日頃迄の間に於て同一方法に依り五度金員騙取の行為を企で三度は其目的を達したるも二度は其目的を達せざりしと云ふに在りて右数箇の不法行為は同種同性質のものなること並に其犯意の単一なることは毫も前例と異なる所なし。
只其行為の実行期間に長短の差異あるに過ぎず。
然れども其差異の如きは或は事実判定の上に於て各行為に付、各別に犯意存在せし事実を認むべき資料たるを得べきも其犯意単一なること確実なる如上の場合に於ては数箇の行為が相合して一罪を構成する点には毫も影響を有するものに非ず。
然らば則ち本件事実も亦前示理由に依り単一なる金員騙取の既遂罪を構成するものにして其既遂と未遂との二罪を構成すべきものに非ざるや洵に以て明瞭なり。
又既に一箇の既遂犯罪のみを構成するものと為すべき以上は之に関する法条のみを適用すべきものにして未遂罪に関する法条をも適用すべきものに非ざるを以て本趣意は共に上告の理由たらず(判旨第四点)
第三点は意外の障碍若くは舛錯に因り犯罪を遂くること能はざるに非ずして目的物犯罪の能力を欠如する場合には未遂犯を構成するものに非ず之を詐欺取財罪に例へんか意外の障碍若くは舛錯に因り犯人財物を得る能はざる場合には未遂罪として処分し得べしと雖も何等の障碍なきに拘はらず被害者たる者全然出金の能力なき為め財物を得る能はざる場合は所謂不能犯にして未遂犯に非ず原判決は第四の所為中「被告は云云手数料の名の下に金員を騙取せんとしたるもゆうに於て調金し能はざりし為め其目的を遂けず」と判示し被害者たる加藤ゆうに全く出金の資力なき事実を認めながら未遂犯として処分したるは擬律錯誤の不法あるものと信ずと云ふに在り◎。
然れども加藤ゆうに於て金員を調達し得ざりし事実は上告人が同人より金員を騙取せんとしたる犯罪実行の障碍たりし事実と云はざるべからず。
何となれば金員の融通は経済界の常則なれば右ゆうか金員を調達し能はざりしは適ま同人に於て因難なりしに過ぎず元より絶対的不能の事実に非ざればなり。
故に上告人が加藤ゆうより金員を騙取し遂けざりし所為は不能犯に非ずして詐欺取財の未遂罪なるを以て本論旨は理由なし。
(判旨第五点)
第四点は本件予審請求書の起訴の事項には司法警察官意見書記載の事実なる旨明記せるが故に同意見書を閲するに第三事実として「被告神田丑蔵は本月(明治三十九年七月)三日神戸市楠町六丁目三木かつなる者に対し云云金一円五十銭を騙取したり。」と記載し三十九年七月三日三木かつより金一円五十銭を騙取したる旨の起訴あるも原判決の認めたる第一事実の如く明治三十九年五月三十日に於て三木かつより金円を騙取したる事実に対し起訴したる事迹は毫も見るべきものなし是故に原判決は訴を受けたる事件に付き裁判を為さず若くは訴を受けざる事件に付き裁判を為したる不法あるものと信ずと云ふに在り◎。
然れども司法警察官の意見書第三事実として記載しある所の主眼は上告人は神田丑蔵と共謀し三木かつより不正に金員を騙取したりと云ふに在り。
而して原院が第一事実として認めたる所も亦其主眼とする所は毫も之と異なることなく只騙取の日時に付き二者の間差異あるもこは単に犯罪成立日時の認定に付き意見を異にしたるに外ならざれば原判決中第一事実として掲げある所は警察官意見書第三事実として陳へたるものに対する判断と認め得らるるを以て本趣意も亦理由なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
検事末弘岩石干与明治四十年三月二十六日大審院第一刑事部