明治三十九年(れ)第四七五號
明治三十九年六月一日宣告
◎判决要旨
- 一 民法第七百八條ノ規定ハ單ニ不當利得ノ返還請求權ニノミ之ヲ適用スヘキモノニ非スシテ不法ノ原因ノ爲メ給付ヲ爲シタル者カ其給付ニ因リテ受ケタル損害ニ付キ相手方ノ不法行爲ヲ原因トシテ賠償ヲ請求スル場合ニモ亦適用セラルヘキモノトス(判旨第三點)
(參照)不法ノ原因ノ爲メ給付ヲ爲シタル者ハ其給付シタルモノノ返還ヲ請求スルコトヲ得ス但不法ノ原因カ受益者ニ付テノミ存シタルトキハ此限ニ在ラス(民法第七$百八條) - 一 人ヲ欺罔シテ財物ヲ給付セシメタル以上ハ縱令其給付カ不法ノ原因ニ基キタル場合ト雖モ詐欺取財罪ノ成立ヲ妨ケス(判旨第四點)
公訴上告人
私訴被上告人 谷山龜之助
私訴上告人 別役惠喜馬
私訴被告人 岡西銀太郎
右龜之助ニ對スル詐欺取財被告事件竝ニ附帶ノ私訴ニ付明治三十九年三月三十日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告人谷山龜之助ハ公訴判决民事原告人別役惠喜馬代理人片寄伴之助ハ私訴判决ニ對シ各上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スル左ノ如シ
被告龜之助上告趣意書ノ第一點原判决ハ被告ノ犯罪事實ヲ認メテ第一事實ニ於テ金五十圓第二事實ニ於テ二囘ニ金二百圓第三事實ニ於テ金五十圓第四事實ニ於テ金六十圓第五事實ニ於テ金八十圓合計金四百四十圓ヲ別役惠喜馬ヨリ前後六囘ニ騙取シタルモノト爲シタリ而シテ其之レヲ認定シタル事實證憑ヲ説示スルニ方リ「以上ノ犯罪事實ハ被告共ハ孰レモ之レヲ認メサレトモ別役惠喜馬ノ豫審調書ニ前記ト同一趣旨ノ被害事實ヲ供述セル記載同人カ當公廷ニ於テ右豫審ニ於テ申立タルコトハ事實相違ナキ旨ノ供述云々ト判示スレトモ別役惠喜馬豫審調書ノ内容ヲ示サス只認定シタル事實ト同一趣旨ノ記載アリト云フニ過キサレハ以テ證憑理由ヲ明示シタルモノト云フヲ得サル可キハ勿論又當公廷ニ於テ右豫審ニ於テ申立タルコトハ事實相違ナキ旨ヲ供述シタリト云ヘルノミニテハ要スルニ内容不明ノ豫審調書ト内容不明ノ證言トヲ連併記述シタルニ止リテ毫モ事實認定ノ證憑理由ヲ明示セサルノ不法アルヲ免レサルモノトス猶進ンテ垣石伊之助ノ豫審調書同高橋周昭ノ豫審調書ヲ援用スレトモ其記載セル數行ノ文字ニテハ未タ被告カ第一乃至第五事實ニ認定セラレタルカ如ク都合六囘ニ金四百四十圓ヲ騙取シタルノ證憑理由ヲ知ルニ由ナキヲ以テ結局破毀ヲ免レサル不法ノ判决ナリト信スト云フニ在レトモ◎證人又ハ參考人等ノ供述及ヒ豫審調書ノ内容ヲ省畧シテ其趣旨ヲ罪證ニ供スルハ即チ右供述及ヒ調書ノ事項ヲ明示シタルモノニ外ナラサレハ原判决證豫説明ノ部ニ於テ別役惠喜馬ノ豫審調書ニ前記ト同一趣旨ノ被害事實ヲ供述セル記載又同人カ當公廷ニ於テ右豫審ニ於テ申立タルコトハ事實相違ナキ旨ノ供述ト掲ケアル以上ハ豫審調書中判决事實ノ部ニ摘示スル被害事實ト同一趣旨ノ記載アルコト又原院ニ於テ豫審ニ於ケル申立ハ事實ニ相違ナキコトヲ知リ得ヘケレハ證豫ノ理由ヲ明示セサルモノト云フヲ得ス又原判决ニハ垣石伊之助高橋周昭ノ豫審調書ニアル供述ノミナラス他ノ證憑ヲモ綜合シ被告ニ對スル第一乃至第五ノ犯罪事實ヲ認メタル理由ヲ説示シアリテ所論ノ如ク證豫ノ理由ヲ知ルニ由ナキ不法ノ裁判ニアラス故ニ本論旨ハ理由ナシ
第二點原判决ハ「當院ニ於テ生シタル公訴裁判費用モ亦被告兩名ノ連帶負擔トス」ト判定シタリ而シテ之レカ連帶負擔ヲ命シタル所以ノ理由ヲ明示セス其適用シタル刑法第四十五條第四十七條ノ如キハ刑事被告人ニ對シテ費用ノ負擔ヲ命スヘキ法條ニシテ其連帶負擔ヲ命スルト各自平等分擔ヲ命スルトハ固ヨリ裁判所ノ職權ニ屬スヘキモ其連帶負擔ヲ命スルト將タ又共同分擔ヲ命スルトニ對シテハ其理由ヲ明示セサル可カラサルハ當然ナルニ單ニ法條ヲ適用シタルニ止リテ其連帶負擔ヲ命シタル理由ヲ明示セサリシハ最モ失當不法ナリト信スト云フニ在レトモ◎原判决ヲ査スルニ刑法第四十五條第四十七條刑事訴訟法第二百一條第一項ヲ適用シ其主文ニ於テ當院ニ於テ生シタル公訴裁判費用モ亦被告兩名ノ連帶負擔トスト判示シアルヲ以テ原院ハ右法條ノ規定ニ照シ共犯人タル被告兩名カ有罪トナリタルニ因リ其公訴裁判費用ヲ右兩名ニ連帶負擔セシメタルコト明ナレハ本論旨ハ理由ナシ
民事原告代理人片寄伴之助上告趣意書ハ被告人谷山龜之助外一名カ共謀シ紙幣僞造資本ト詐リ原告人ヨリ金四百四十圓ヲ騙取セシ事ハ原判决ニ於テ既ニ認ムル所ナリ而シテ本訴ヲ排斥スル理由トシテ民法第七百八條ヲ適用シ不法ノ原因ニ基クト云フニアルモ同條ハ當事者間ニ於テ眞實不法行爲ヲ目的トシテ授受シタル場合ノ規定ニシテ本訴ノ如ク紙幣僞造ノ資本ト詐リ之ヲ騙取シタル場合ヲ包含セス本訴ハ不法行爲ヲ原因トスルモノニシテ不當利得ヲ原因トセス相手方カ不法行爲即吾人ノ權利ヲ侵害シテ物ヲ騙取セシ場合ニハ被害者ノ存意ハ善惡何レニセヨ只相手方ニ欺レテ生シタル一ノ幻像ニ過キサレハ相手方カ其物ヲ得シハ權利ヲ侵害シテ奪取セシモノト云フ可ク不法原因ノ爲メニ受取リシト云フコトヲ得ス七百八條ハ物ノ交付者ノ方面ヨリ規定セシカ如キモ法意ハ當事者雙方ノ意思カ不法ニ合致セル場合ニ外ナラス若シ然ラストセハ刑法ニ於テ幼者及ヒ知慮淺薄ナル者ヲ保護セントシテ設ケタル第三百九十一條ノ如キハ殆ント其目的ヲ達スルコトヲ得サルヘシ淺薄ナル彼等ハ犯人ノ言フカ儘ニシテ犯人ハ常ニ不法原因ヲ以テ欺クニ至ラン加之刑法第四十八條ニハ贓物カ犯人ノ手ニアレハ請求ナシト雖モ之ヲ被害者ニ還付スヘシトアリ其意タルヤ請求アレハ勿論請求ナクトモ返ストノ意ナリ然ルニ若シ請求セシトキハ如何其請求ハ不法原因ナリトシテ却下シ而シテ一面其物品ヲ下付スルノ奇態ヲ呈スヘシ然ルニ原院カ民法七〇八條ヲ援用シテ請求棄却セシハ法律ノ誤解ニ出ツルモノト思料スト云フニ在レトモ◎原判决ノ認定事實ニ依レハ私訴上告人カ私訴被上告人ニ金四百四十圓ヲ渡シタルハ紙幣ヲ僞造スルノ資ニ供セントノ目的ニ出タルモノニシテ民法第七百八條ニ謂フ不法ノ原因ノ爲メ金圓ノ給付ヲ爲シタルモノナルコト寔ニ明ナリ而シテ民法第七百八條ノ規定ハ單ニ不當利得ノ返還請求權ニ付テノミ適用スヘキモノニ非スシテ不法ノ原因ノ爲メ給付ヲ爲シタル者カ其給付ニ因リテ受ケタル損害ニ付相手方ノ不法行爲ヲ原因トシテ其賠償ヲ請求スル場合ニ於テモ亦適用セラルヘキコトハ本院判例(明治三十六年(れ)第一三一四號明治三十六年十二月二十二日宣告)ノ認ムル所ナリ而シテ原判决ニ認定セル事實ノ如ク私訴上告人カ金四百四十圓ヲ私訴被上告人ニ交付シタルハ私訴被上告人ノ詐欺行爲ニ依リ蒙リタル損害ナルモ私訴上告人ニ於テ不正ノ原因ノ爲メ給付ヲ爲シタルモノナル以上ハ私訴上告人ノ給付ニ就テハ法律ニ於テ之ヲ保護スルノ限リニアラス故ニ原院カ私訴上告人ノ請求ヲ排斥シタルハ相當ナリ又刑法第四十八條ニ規定スル賍物ノ還給ハ民法上ノ請求權ヲ基礎トスル原状囘復ノ一方法ニ過キサルヲ以テ被害者ニ直チニ其還給ヲ命スヘキヤ否ヤハ民法上ノ權利關係ニ因リテ定ムヘキハ論ナシ其他引用スル事例ハ本件ニ適切ナラサルヲ以テ論旨ハ其理由ナキモノトス(判旨第三點)
被告辯護人高木益太郎上告辨明書ノ一詐欺取財ノ罪ハ人ノ財産權ヲ侵害スル犯罪ナリ從テ私法上其侵害ヲ不法トシテ訴權ヲ主張シ得ル場合ナラサルヘカラス本件ハ被害者カ紙幣僞造ノ資金トシテ被告ニ交付シタルモノナレハ此行爲自體法禁ヲ破リタルモノニシテ其結果ハ被害者之ヲ甘受セサルヘカラサルコト勿論ナリ既ニ被害者之ヲ負擔スヘキモノトスル以上ハ被害者ニ訴權ヲ以テ主張シ得ヘキ財産權ノ侵害ナルモノアルヘキノ理ナク從テ被告ノ行爲ハ詐欺取財罪トシテハ其要素ヲ完備セサルモノト謂ハサルヘカラス原判决カ其認定シタル事實ヲ以テ犯罪ナリトシ被告ニ有罪ヲ宣言シタルハ不法也ト云フニ在レトモ◎詐欺取財ハ人ヲ欺罔シテ財物若クハ證書類ヲ交付セシムルニ因リテ成立スルヲ以テ苟モ欺罔セラレタル結果財物ヲ給付シタルトキハ假令其給付カ不法ノ原因ニ基キタルトキト雖モ唯其給付者カ民法上救濟ヲ求ムルコト能ハサルニ止マリ事實上損害ヲ被リタルコト勿論ニシテ加害者ハ不正ニ財物ヲ得タルモノナレハ刑法第三百九十條第一項ノ適用ヲ妨クルノ理ナシ故ニ原判决ニ認定セル事實ノ如ク被告カ別役惠喜馬ヲ欺キ紙幣僞造ノ資金トシテ金四百四十圓ヲ騙取スルニ於テハ被告ノ行爲ヲ以テ詐欺取財罪ヲ構成セサルモノト云フヲ得ス本論旨ハ理由ナシ(判旨第四點)
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
私訴上告費用ハ私訴上告人ノ負擔トス
檢事小宮三保松干與明治三十九年六月一日大審院第一刑事部
明治三十九年(レ)第四七五号
明治三十九年六月一日宣告
◎判決要旨
- 一 民法第七百八条の規定は単に不当利得の返還請求権にのみ之を適用すべきものに非ずして不法の原因の為め給付を為したる者が其給付に因りて受けたる損害に付き相手方の不法行為を原因として賠償を請求する場合にも亦適用せらるべきものとす。
(判旨第三点)
(参照)不法の原因の為め給付を為したる者は其給付したるものの返還を請求することを得ず。
但不法の原因が受益者に付てのみ存したるときは此限に在らず(民法第七$百八条) - 一 人を欺罔して財物を給付せしめたる以上は縦令其給付が不法の原因に基きたる場合と雖も詐欺取財罪の成立を妨げず。
(判旨第四点)
公訴上告人
私訴被上告人 谷山亀之助
私訴上告人 別役恵喜馬
私訴被告人 岡西銀太郎
右亀之助に対する詐欺取財被告事件並に附帯の私訴に付、明治三十九年三月三十日大坂控訴院に於て言渡したる判決を不法とし被告人谷山亀之助は公訴判決民事原告人別役恵喜馬代理人片寄伴之助は私訴判決に対し各上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決する左の如し
被告亀之助上告趣意書の第一点原判決は被告の犯罪事実を認めて第一事実に於て金五十円第二事実に於て二回に金二百円第三事実に於て金五十円第四事実に於て金六十円第五事実に於て金八十円合計金四百四十円を別役恵喜馬より前後六回に騙取したるものと為したり。
而して其之れを認定したる事実証憑を説示するに方り「以上の犯罪事実は被告共は孰れも之れを認めざれども別役恵喜馬の予審調書に前記と同一趣旨の被害事実を供述せる記載同人が当公廷に於て右予審に於て申立たることは事実相違なき旨の供述云云と判示すれども別役恵喜馬予審調書の内容を示さず只認定したる事実と同一趣旨の記載ありと云ふに過ぎざれば以て証憑理由を明示したるものと云ふを得ざる可きは勿論又当公廷に於て右予審に於て申立たることは事実相違なき旨を供述したりと云へるのみにては要するに内容不明の予審調書と内容不明の証言とを連併記述したるに止りて毫も事実認定の証憑理由を明示せざるの不法あるを免れざるものとす。
猶進んで垣石伊之助の予審調書同高橋周昭の予審調書を援用すれども其記載せる数行の文字にては未だ被告が第一乃至第五事実に認定せられたるが如く都合六回に金四百四十円を騙取したるの証憑理由を知るに由なきを以て結局破毀を免れざる不法の判決なりと信ずと云ふに在れども◎証人又は参考人等の供述及び予審調書の内容を省略して其趣旨を罪証に供するは。
即ち右供述及び調書の事項を明示したるものに外ならざれば原判決証予説明の部に於て別役恵喜馬の予審調書に前記と同一趣旨の被害事実を供述せる記載又同人が当公廷に於て右予審に於て申立たることは事実相違なき旨の供述と掲げある以上は予審調書中判決事実の部に摘示する被害事実と同一趣旨の記載あること又原院に於て予審に於ける申立は事実に相違なきことを知り得べければ証予の理由を明示せざるものと云ふを得ず。
又原判決には垣石伊之助高橋周昭の予審調書にある供述のみならず他の証憑をも綜合し被告に対する第一乃至第五の犯罪事実を認めたる理由を説示しありて所論の如く証予の理由を知るに由なき不法の裁判にあらず。
故に本論旨は理由なし。
第二点原判決は「当院に於て生じたる公訴裁判費用も亦被告両名の連帯負担とす。」と判定したり。
而して之れが連帯負担を命じたる所以の理由を明示せず其適用したる刑法第四十五条第四十七条の如きは刑事被告人に対して費用の負担を命ずべき法条にして其連帯負担を命ずると各自平等分担を命ずるとは固より裁判所の職権に属すべきも其連帯負担を命ずると将た又共同分担を命ずるとに対しては其理由を明示せざる可からざるは当然なるに単に法条を適用したるに止りて其連帯負担を命じたる理由を明示せざりしは最も失当不法なりと信ずと云ふに在れども◎原判決を査するに刑法第四十五条第四十七条刑事訴訟法第二百一条第一項を適用し其主文に於て当院に於て生じたる公訴裁判費用も亦被告両名の連帯負担とすと判示しあるを以て原院は右法条の規定に照し共犯人たる被告両名が有罪となりたるに因り其公訴裁判費用を右両名に連帯負担せしめたること明なれば本論旨は理由なし。
民事原告代理人片寄伴之助上告趣意書は被告人谷山亀之助外一名が共謀し紙幣偽造資本と詐り原告人より金四百四十円を騙取せし事は原判決に於て既に認むる所なり。
而して本訴を排斥する理由として民法第七百八条を適用し不法の原因に基くと云ふにあるも同条は当事者間に於て真実不法行為を目的として授受したる場合の規定にして本訴の如く紙幣偽造の資本と詐り之を騙取したる場合を包含せず本訴は不法行為を原因とするものにして不当利得を原因とせず相手方が不法行為即吾人の権利を侵害して物を騙取せし場合には被害者の存意は善悪何れにせよ只相手方に欺れて生じたる一の幻像に過ぎざれば相手方が其物を得しは権利を侵害して奪取せしものと云ふ可く不法原因の為めに受取りしと云ふことを得ず。
七百八条は物の交付者の方面より規定せしが如きも法意は当事者双方の意思が不法に合致せる場合に外ならず。
若し然らずとせば刑法に於て幼者及び知慮浅薄なる者を保護せんとして設けたる第三百九十一条の如きは殆んど其目的を達することを得ざるべし浅薄なる彼等は犯人の言ふか儘にして犯人は常に不法原因を以て欺くに至らん加之刑法第四十八条には贓物が犯人の手にあれば請求なしと雖も之を被害者に還付すべしとあり其意たるや請求あれば勿論請求なくとも返すとの意なり。
然るに若し請求せしときは如何其請求は不法原因なりとして却下し、而して一面其物品を下付するの奇態を呈すべし。
然るに原院が民法七〇八条を援用して請求棄却せしは法律の誤解に出づるものと思料すと云ふに在れども◎原判決の認定事実に依れば私訴上告人が私訴被上告人に金四百四十円を渡したるは紙幣を偽造するの資に供せんとの目的に出だるものにして民法第七百八条に謂ふ不法の原因の為め金円の給付を為したるものなること寔に明なり。
而して民法第七百八条の規定は単に不当利得の返還請求権に付てのみ適用すべきものに非ずして不法の原因の為め給付を為したる者が其給付に因りて受けたる損害に付、相手方の不法行為を原因として其賠償を請求する場合に於ても亦適用せらるべきことは本院判例(明治三十六年(レ)第一三一四号明治三十六年十二月二十二日宣告)の認むる所なり。
而して原判決に認定せる事実の如く私訴上告人が金四百四十円を私訴被上告人に交付したるは私訴被上告人の詐欺行為に依り蒙りたる損害なるも私訴上告人に於て不正の原因の為め給付を為したるものなる以上は私訴上告人の給付に就ては法律に於て之を保護するの限りにあらず。
故に原院が私訴上告人の請求を排斥したるは相当なり。
又刑法第四十八条に規定する賍物の還給は民法上の請求権を基礎とする原状回復の一方法に過ぎざるを以て被害者に直ちに其還給を命ずべきや否やは民法上の権利関係に因りて定むべきは論なし。
其他引用する事例は本件に適切ならざるを以て論旨は其理由なきものとす。
(判旨第三点)
被告弁護人高木益太郎上告弁明書の一詐欺取財の罪は人の財産権を侵害する犯罪なり。
従て私法上其侵害を不法として訴権を主張し得る場合ならざるべからず。
本件は被害者が紙幣偽造の資金として被告に交付したるものなれば此行為自体法禁を破りたるものにして其結果は被害者之を甘受せざるべからざること勿論なり。
既に被害者之を負担すべきものとする以上は被害者に訴権を以て主張し得べき財産権の侵害なるものあるべきの理なく。
従て被告の行為は詐欺取財罪としては其要素を完備せざるものと謂はざるべからず。
原判決が其認定したる事実を以て犯罪なりとし被告に有罪を宣言したるは不法也と云ふに在れども◎詐欺取財は人を欺罔して財物若くは証書類を交付せしむるに因りて成立するを以て苟も欺罔せられたる結果財物を給付したるときは仮令其給付が不法の原因に基きたるときと雖も唯其給付者が民法上救済を求むること能はざるに止まり事実上損害を被りたること勿論にして加害者は不正に財物を得たるものなれば刑法第三百九十条第一項の適用を妨ぐるの理なし。
故に原判決に認定せる事実の如く被告が別役恵喜馬を欺き紙幣偽造の資金として金四百四十円を騙取するに於ては被告の行為を以て詐欺取財罪を構成せざるものと云ふを得ず。
本論旨は理由なし。
(判旨第四点)
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
私訴上告費用は私訴上告人の負担とす。
検事小宮三保松干与明治三十九年六月一日大審院第一刑事部