官吏侮辱誹毀新聞紙條例違犯ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）9輯907頁
明治三十六年（れ）第八九一號
明治三十六年五月二十五日宣告
◎判决要旨
- 一 特ニ當該官吏ノ氏名ヲ掲ケサルモ東京地方裁判所刑事部ト記載アル以上ハ特定ノ官吏ヲ指示シテ侮辱シタルモノナリトス（判旨第二點）
- 一 衆議院委員會ニ於ケル祕密ノ事項ハ法律ヲ以テ議員ノ外傍聽ヲ禁シタルモノトス從テ新聞紙上ニ其會議ノ事項ヲ掲載シタル所爲ハ新聞紙條例第十八條第二ニ該當ス（判旨第四點）
（參照）官廳ノ議事及法律ニ依リ傍聽ヲ禁シタル公會ノ議事ハ詳畧ニ拘ラス之ヲ記載スルコトヲ得ス（新聞紙條例第＄十八條第二項）
第一審 東京地方裁判所
第二審 東京控訴院
右官吏侮辱誹毀新聞紙條例違犯被告事件ニ付明治三十六年四月十一日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ審判スルコト左ノ如シ
上告趣意ノ第一ハ原判决ノ認メテ以テ被告ノ犯罪行爲ナリトスル五个ノ所爲ハ或ハ官吏ノ私行ヲ摘發シタルモノト云フヲ得ヘキモ决シテ官吏タル當然ノ職務ニ非ス從テ官吏ノ職務ニ對シテ侮辱シタルモノト云フヲ得ス然ルニ原判决カ官吏ノ職務ナリトノ點ニ付キ事實證據ノ説明ヲ示スコトナク漫然被告ニ刑ヲ科シタルハ罪トナルヘキ事實理由ヲ具備セサル不法ノ判决ナリト思料スト云フニ在レトモ◎原判文ヲ査スルニ第一乃至第四ハ官吏ノ職務ニ對シ侮辱シタリト認ムヘキ事實ヲ掲ケ第五ハ新聞條例違犯事件ノ事實ヲ掲ケ右事實ハ孰レモ證據ニ據リ之ヲ認メタルノ理由ヲ説示シアレハ原判决ハ所論ノ如キ不法アルコトナシ』第二ハ原判决ハ事實第二ニ於テ被告カ裁判官ヲ侮辱シタリトノ事實ヲ掲ケ單ニ「當該官吏ノ職務ニ對シ侮辱ヲ加ヘタリ」ト判示シ其何人ニ對スルモノナルカヲ判示スルコトナシ原判决ハ此點ニ於テ理由ヲ備ヘサル不法アルモノト信スト云ヒ」辯護人花井卓藏上告趣意擴張書第一點ハ原判决第二ニ於テ「東京地方裁判所刑事部カ竊盜被告人熊澤鑑司ヲ重禁錮五年監視一年ニ處シタルハ暴ニシテ見識ナク且無能ナル裁判官ノ判斷ナリトノ趣旨ヲ掲ケ當該官吏ノ職務ニ對シ侮辱ヲ加ヘタリ」トアレトモ所謂東京地方裁判所刑事部ナルモノハ一ノ官廳ニシテ官吏ニアラス刑法第百四十一條ハ或ル官吏ヲ摘示シテ侮辱シタルモノヲ制裁スヘキ法條ニシテ官廳ノ侮辱ニ對シテハ刑法上之ヲ罰スヘキ明文アルコトナシ左レハ原判决ハ此點ニ於テ擬律錯誤若シクハ理由不備ノ不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎原判文ヲ査スルニ「東京地方裁判所刑事部カ竊盜被告人熊澤鑑司ヲ重禁錮五年監視一年ニ處シタルハ云々當該官吏ノ職務ニ對シ侮辱ヲ加ヘタリ」トアリテ當該官吏ノ氏名ヲ掲ケサルモ東京地方裁判所刑事部ノ裁判官中竊盜被告人熊澤鑑司ヲ處斷シタル裁判官タルコトヲ指示シアレハ即チ特定ノ官吏ヲ侮辱シタルコトヲ明示シアルモノナリ故ニ原判决ハ所論ノ如キ不法ナシ』第二點刑重キニ失スル旨ヲ論シ其裁判ノ當否ヲ非難スルハ所謂一ノ批評ニシテ决シテ官吏侮辱罪ヲ構成スヘキモノニアラス而シテ又被告人ノ爲メニ同情ヲ表シテ執筆シタルモノトセハ新聞紙條例第十七條ニ所謂刑事ノ被告人ヲ救護シ又ハ賞恤スル爲メニスル文書ヲ掲載シタルモノニシテ之ヲ以テ官吏侮辱罪ナリトスルコトヲ得サルヤ勿論トス之ヲ要スルニ原判决ハ何レノ點ヨリ見ルモ擬律錯誤ノ不法アルヲ免レサルモノト信スト云フニ在レトモ◎批評ト侮辱トハ其範圍ヲ異ニシ刑ノ輕重ヲ云爲スル如キハ所論ノ如ク批評ト云フヲ得ヘキモ暴ニシテ見識ナク且ツ無能ナル裁判官ト云フ如キニ至リテハ侮辱タルコト言ヲ要セサルナリ既ニ前段ノ論旨ニシテ以上説明スル如クナル上ハ後段論旨ニ對シ特ニ説明ヲ付スル要ナシ』第三點原判决第五ニ於テ「虐政繼續ノ必要（兒玉總督演説要旨）ト題シ兒玉總督カ去五日衆議院ノ律令繼續案委員會ニ祕密會ヲ要求シテ演説シタル臺灣統治ノ方針ナルモノヽ要旨云々ト記シ以テ衆議院委員會ニ於ケル祕密會議ノ事項ヲ記載シタリ」トアレトモ議院法第三十七條第三十八條ハ本會議ノ祕密會議ニ關スル規定ニシテ同法中一モ委員會ニ於ケル祕密會議ノ規定アルコトナシ左レハ本件ノ記事ヲ以テ新聞紙條例第十八條第二項第二十九條ニ該當スルモノトシテ有罪ノ判决ヲナシタルハ理理不備竝ニ擬律錯誤ノ不法アルモノト信スト云フニ在レトモ◎新聞紙條例第十八條第二ニ「官廳ノ議事及法律ニ依リ傍聽ヲ禁シタル公會ノ議事ハ詳畧ニ拘ラス之ヲ記載スルコトヲ得ス」トアリ而シテ議院法第二十三條ニ「常任委員會及特別委員會ハ議員ノ外傍聽ヲ禁ス」トアリテ委員會ニ於ケル祕密ノ事項ハ即チ法律ヲ以テ議員ノ外傍聽ヲ禁シタルモノナレハ新聞紙上其會議ノ事項ヲ掲載スルハ即チ前示ノ條例第十八條第二ニ該當スルモノトス故ニ原院ニ於テ被告カ衆議院委員會ニ於ケル祕密會議ノ事項ヲ新聞紙上ニ記載シタル所爲ニ對シ新聞紙條例第十八條第二第二十九條ヲ適用處斷シタルハ相當ノコトニシテ原判决ハ所論ノ如キ不法ナシ（判旨第二點）（判旨第四點）
右ノ理由ニ付刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十六年五月二十五日於大審院第一刑事部公廷檢事倉富勇三郎立會宣告ス
