◎判决要旨
巡査ノ作成シタル告發書ハ刑事訴訟法第二十條ノ規定ニ屬スヘキ文書ニ非ス
（參照）官吏公吏ノ作ルヘキ書類ハ其所屬官署公署ノ印ヲ用ヒ年月日及ヒ塲所ヲ記載シテ署名捺印シ毎葉ニ契印ス可シ若シ官署公署ノ印ヲ用ユルコト能ハサル塲合ニ於テハ其事由ヲ記載ス可シ此規定ニ背キタルトキハ其書類ノ效ナカルヘシ（刑事訴訟法第二十條第一項）
右賭博犯被告事件ニ付明治三十二年二月六日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ大審院ニ於テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
酒造藏上告趣意ハ賭塲ノ開帳ハ主トシテ賭博者ヲ誘引スルノ事實ナカルヘカラス被告ハ明治三十一年三月六日ハ終日他出シテ誘引招集ノ手段ヲ施スヘキ餘地ナカリシモノナルニ原院カ賭塲ヲ開帳セシモノト爲シ有罪ノ判决ヲ與ヘタルハ不法ナリト云フニ在リ勇吉半三郎イツ兼太郎常之助徳次郎初太郎貞次郎勘七末吉忠藏傳四郎上告趣意ハ被告等ハ賭博ノ現塲ニ臨ミタルコトナク且第一審ニ於テ無罪ト爲リタルモノナルニ原院カ同一ノ證據ヲ採リテ有罪ノ判决ヲ爲シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎是レ全ク事實承審官ノ職權ニ存スル事實ノ認定證據ノ取捨ニ對スル批難ニシテ一モ上告ノ理由トナルヘキモノニアラス
勘七忠藏傳四郎上告趣意擴張ノ要旨ハ原判文ニアル告發書即チ明治三十一年三月六日巡査河合安次郎外廿五名ノ告發書ナルモノハ宛名ノ記載ナキヲ以テ果シテ相當官吏ニ告發シタルモノナリヤ見ルコト能ハス然ルニ原院カ此不適法ナル告發書ヲ罪證ニ供シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎該告發書末文ヲ閲スルニ「右ハ賭博ノ現行犯ナルヲ以テ日本橋警察署警部山口清盛ノ前ニ引致シ此旨告發候也」トアリテ相當官吏ニ引致シ告發シタルコト明カナレハ論告ハ謂レナシ」半三郎勘七傳四郎上告擴張要旨ハ證人河合安次郎依田命國ニ對シ第一審裁判長ハ單ニ被告人ト刑事訴訟法第百二十三條ノ關係ナキヤ否ヤヲ問ヒタルモ被告人ハ二十八名アリテ其被告人中ノ何人ニ對スル身分關係ヲ訊問シタルヤ分明ナラス然ルニ原院カ此證言ヲ採リテ被告ノ罪證ニ供シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎原記録公判始末書ヲ閲スルニ「裁判長ハ證人ニ對シ云々於茲刑事訴訟法第百二十三條同第百二十四條ニ記載セル條項ニ付取糺シタル處牴觸スル處ナキヲ認メタルヲ以テ前記小林酒造藏以下二十八名賭博被告事件ニ付證人トシテ訊問スル旨ノ式ニ從ヒ」云云トアリテ賭博事件ノ被告人即チ二十九名ニ對スル身分關係等ヲ取糺シタルヤ明カナレハ本論告モ亦謂レナシ
常之助末吉兼太郎初太郎辯護人花井卓藏貞治郎辯護人卜部喜太郎上告趣意擴張第一ハ刑事訴訟法第九十條ニ依レハ被告人ノ陳述ハ自白ヲ除クノ外證據トシテ採用スヘキモノニ非ス然ルニ原院カ公廷ノ供述ヲ採テ罪證ニ供シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎是亦事實承審官ノ職權ニ屬シタル證據ノ取捨ニ對スル批難ニ外ナラスシテ上告ノ理由ト爲ラス』同第二ハ沒收ハ一ノ刑罪ナレハ其罪體罪量ヲ明カニセサルヘカラサルニ原判决ハ單ニ金圓云々ハ之レヲ沒收シト説キ去リ其幾干ナリヤヲ明示セサルハ理由不備ノ不法アル裁判ナリト云フニ在レトモ◎原記録ノ押收目録ニ其金圓ノ員額明記シアリ而シテ原判决ニハ押收ニ係ル金圓ト記シアルヲ以テ其沒收シタル金額ハ明記スルヲ得ヘク乃チ原判决ハ所論ノ如キ不法ナシ』同辯明第一ノ要ハ被告人ヲ受取リタル司法警察官ハ逮捕及告發ニ付テノ調書ヲ作ルヘキハ刑事訴訟法第五十九條ノ命スル處ナルニ本件司法警察官ハ巡査ノ作リタル告發状ト題スル書面ノ末尾ニ該書面ヲ以テ逮捕告發調書ニ換ヘ云々ト附記シ自ラ調書ヲ作ラサル違法アルノミナラス告發状ニ別紙圖面ノ通リ云々ノ記載アリテ圖面モ亦告發ノ一部ニ屬スルコト明白ナルニ該圖面ニハ之レヲ作成シタル者ノ署名捺印ナク且告發状ト圖面ノ間ニ契印ナク刑事訴訟法第二十條ノ規定ニ違反シタル違法ノ書類ナリ然ルニ之ヲ罪證ニ供シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎司法警察官カ自ラ調書ヲ作ラサルハ良シ相當ノ措置ニアラストスルモ原判决ハ巡査ノ告發状ヲ斷罪ノ證憑ニ採用シタルモノナルヲ以テ之レニ對スル論難ハ原判决ニ副ハス又巡査ノ作リタル告發書ハ刑事訴訟法第二十條ノ規定ニ屬スヘキ文書ニアラサルヲ以テ其添附シタル圖面ニ署名捺印及契印ナシトスルモ無效ニアラス論告ハ共ニ其理由ナキモノトス』同第二ハ原判决ニ依レハ「被告徳兵衛以下二十二名ハ云々二階ニ於テ多數集合シ金錢ヲ賭シ」云云トアルヲ以テ金錢ヲ賭シ現ニ博奕ヲ爲シタル者ハ徳兵衛以下二十二名中ノ多數ニシテ其全體ニアラサルモノヽ如キ判旨ナルニ拘ハラス主文ニ於テ被告徳兵衛以下二十二名ニ對シ有罪ノ判决ヲ爲シタルハ理由不備ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎原判决ハ「被告徳兵衛以下二十二名ハ云々小林酒造藏方二階ニ於テ多數集合シ云々天災ト唱フル博奕ヲ爲シ居リタル現塲ヲ巡査ニ看認メラレタルモノトス」トアリテ多人數集合シ賭博ヲ爲シ居タル現塲ニ於テ被告徳兵衛以下二十二名ハ巡査ニ看認メラレタルモノナリトノ判旨ナルコト明カナレハ毫モ理由不備ノ不法ナシ』同第三ハ原判决前段ニ「蒲團壼笊碁石等ヲ博具ニ供シ」云云トアリ後段ニハ「壼笊碁石等ヲ以テ」云々トアリ同一ノ賭博ニ供シタル物件ニシテ彼是相同シカラサル説明ヲ爲シタルハ理由ノ齟齬アル不法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎後段ハ前段ノ蒲團ヲ碁石等ノ等ノ字ヲ以テ畧シタルニ過キスシテ原判决ハ毫モ理由ノ齟齬アルニアラス
酒造藏勇吉徳次郎辯護人高橋捨六青柳正喜上告趣意擴張第一ハ證人河合安次郎依田命國ノ證言ハ其供述ノ相違ナキヤ否ヤヲ問ハス又其署名捺印ナキヲ以テ刑事訴訟法第百九十條第百三十一條ノ規定ニ違反シタルモノナルニ之レヲ採リテ罪證ニ供シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎公判ニ於ケル證人ノ供述ハ公判始末書ニ記載スルニ止リ供述ノ相違ナキヤ否ヤヲ知ラシムル爲メ始末書ヲ讀聞カスヘキモノニアラス又之レニ署名捺印セシムヘキモノニアラス本論告ハ謂レナシ』同第二ハ本件起訴状ヲ閲スルニ賭博犯被告事件ニ付云々トアリテ賭塲開張ノ罪ニ付テハ曾テ其起訴ナキニ拘ハラス酒造藏ニ賭塲開帳ノ罪アリト判决シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎賭塲ノ開帳ハ即チ賭博ニ關スル犯罪ナルヲ以テ賭博犯被告事件トアル起訴状ハ賭塲開帳ノ起訴ニアラスト言フヲ得ス』同第三ハ原判决事實ノ部ニ於テ壼笊碁石等ヲ以テ博奕ヲ爲シ云々ト掲ケ蒲團鋲ノ如キハ賭博ノ用ニ供シタル物件タルコトヲ認メサルニ拘ハラス刑法第二百三十一條末項ヲ適用シ之レカ沒收ヲ言渡シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎蒲團及鋲ハ其碁石等ノ等ノ字ヲ以テ略シタルニ外ナラサルハ判决理由末文ニ「押收ニ係ル蒲團壼笊碁石金錢鋲ランプノ葢」トアルニ依リ明知スルヲ得ヘク即チ現塲ヨリ押收セシ是等ノ物件ヲ刑法第二百六十一條末項ニ依リ沒收シタルハ相當ニシテ原判决ハ所論ノ如キ不法ナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十二年三月六日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
◎判決要旨
巡査の作成したる告発書は刑事訴訟法第二十条の規定に属すべき文書に非ず
（参照）官吏公吏の作るべき書類は其所属官署公署の印を用ひ年月日及び場所を記載して署名捺印し毎葉に契印す可し若し官署公署の印を用ゆること能はざる場合に於ては其事由を記載す可し此規定に背きたるときは其書類の効なかるべし（刑事訴訟法第二十条第一項）
右賭博犯被告事件に付、明治三十二年二月六日東京控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
大審院に於て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
酒造蔵上告趣意は賭場の開帳は主として賭博者を誘引するの事実なかるべからず。
被告は明治三十一年三月六日は終日他出して誘引招集の手段を施すべき余地なかりしものなるに原院が賭場を開帳せしものと為し有罪の判決を与へたるは不法なりと云ふに在り勇吉半三郎いつ兼太郎常之助徳次郎初太郎貞次郎勘七末吉忠蔵伝四郎上告趣意は被告等は賭博の現場に臨みたることなく、且、第一審に於て無罪と為りたるものなるに原院が同一の証拠を採りて有罪の判決を為したるは不法なりと云ふに在れども◎是れ全く事実承審官の職権に存する事実の認定証拠の取捨に対する批難にして一も上告の理由となるべきものにあらず。
勘七忠蔵伝四郎上告趣意拡張の要旨は原判文にある告発書即ち明治三十一年三月六日巡査川合安次郎外廿五名の告発書なるものは宛名の記載なきを以て果して相当官吏に告発したるものなりや見ること能はず。
然るに原院が此不適法なる告発書を罪証に供したるは不法なりと云ふに在れども◎該告発書末文を閲するに「右は賭博の現行犯なるを以て日本橋警察署警部山口清盛の前に引致し此旨告発候也」とありて相当官吏に引致し告発したること明かなれば論告は謂れなし」半三郎勘七伝四郎上告拡張要旨は証人川合安次郎依田命国に対し第一審裁判長は単に被告人と刑事訴訟法第百二十三条の関係なきや否やを問ひたるも被告人は二十八名ありて其被告人中の何人に対する身分関係を訊問したるや分明ならず。
然るに原院が此証言を採りて被告の罪証に供したるは違法なりと云ふに在れども◎原記録公判始末書を閲するに「裁判長は証人に対し云云於茲刑事訴訟法第百二十三条同第百二十四条に記載せる条項に付、取糺したる処牴触する処なきを認めたるを以て前記小林酒造蔵以下二十八名賭博被告事件に付、証人として訊問する旨の式に従ひ」云云とありて賭博事件の被告人即ち二十九名に対する身分関係等を取糺したるや明かなれば本論告も亦謂れなし
常之助末吉兼太郎初太郎弁護人花井卓蔵貞次郎弁護人卜部喜太郎上告趣意拡張第一は刑事訴訟法第九十条に依れば被告人の陳述は自白を除くの外証拠として採用すべきものに非ず。
然るに原院が公廷の供述を採で罪証に供したるは不法なりと云ふに在れども◎是亦事実承審官の職権に属したる証拠の取捨に対する批難に外ならずして上告の理由と為らず』同第二は没収は一の刑罪なれば其罪体罪量を明かにせざるべからざるに原判決は単に金円云云は之れを没収しと説き去り其幾干なりやを明示せざるは理由不備の不法ある裁判なりと云ふに在れども◎原記録の押収目録に其金円の員額明記しあり。
而して原判決には押収に係る金円と記しあるを以て其没収したる金額は明記するを得べく乃ち原判決は所論の如き不法なし。』同弁明第一の要は被告人を受取りたる司法警察官は逮捕及告発に付ての調書を作るべきは刑事訴訟法第五十九条の命ずる処なるに本件司法警察官は巡査の作りたる告発状と題する書面の末尾に該書面を以て逮捕告発調書に換へ云云と附記し自ら調書を作らざる違法あるのみならず告発状に別紙図面の通り云云の記載ありて図面も亦告発の一部に属すること明白なるに該図面には之れを作成したる者の署名捺印なく、且、告発状と図面の間に契印なく刑事訴訟法第二十条の規定に違反したる違法の書類なり。
然るに之を罪証に供したるは不法なりと云ふに在れども◎司法警察官が自ら調書を作らざるは良し相当の措置にあらずとするも原判決は巡査の告発状を断罪の証憑に採用したるものなるを以て之れに対する論難は原判決に副はず又巡査の作りたる告発書は刑事訴訟法第二十条の規定に属すべき文書にあらざるを以て其添附したる図面に署名捺印及契印なしとするも無効にあらず。
論告は共に其理由なきものとす。』同第二は原判決に依れば「被告徳兵衛以下二十二名は云云二階に於て多数集合し金銭を賭し」云云とあるを以て金銭を賭し現に博奕を為したる者は徳兵衛以下二十二名中の多数にして其全体にあらざるものの如き判旨なるに拘はらず主文に於て被告徳兵衛以下二十二名に対し有罪の判決を為したるは理由不備の裁判なりと云ふに在れども◎原判決は「被告徳兵衛以下二十二名は云云小林酒造蔵方二階に於て多数集合し云云天災と唱ふる博奕を為し居りたる現場を巡査に看認められたるものとす。」とありて多人数集合し賭博を為し居たる現場に於て被告徳兵衛以下二十二名は巡査に看認められたるものなりとの判旨なること明かなれば毫も理由不備の不法なし。』同第三は原判決前段に「蒲団壼笊碁石等を博具に供し」云云とあり後段には「壼笊碁石等を以て」云云とあり同一の賭博に供したる物件にして彼是相同しからざる説明を為したるは理由の齟齬ある不法の裁判なりと云ふに在れども◎後段は前段の蒲団を碁石等の等の字を以て略したるに過ぎずして原判決は毫も理由の齟齬あるにあらず。
酒造蔵勇吉徳次郎弁護人高橋捨六青柳正喜上告趣意拡張第一は証人川合安次郎依田命国の証言は其供述の相違なきや否やを問はず又其署名捺印なきを以て刑事訴訟法第百九十条第百三十一条の規定に違反したるものなるに之れを採りて罪証に供したるは不法なりと云ふに在れども◎公判に於ける証人の供述は公判始末書に記載するに止り供述の相違なきや否やを知らしむる為め始末書を読聞かずべきものにあらず。
又之れに署名捺印せしむべきものにあらず。
本論告は謂れなし』同第二は本件起訴状を閲するに賭博犯被告事件に付、云云とありて賭場開張の罪に付ては曽て其起訴なきに拘はらず酒造蔵に賭場開帳の罪ありと判決したるは不法なりと云ふに在れども◎賭場の開帳は。
即ち賭博に関する犯罪なるを以て賭博犯被告事件とある起訴状は賭場開帳の起訴にあらずと言ふを得ず。』同第三は原判決事実の部に於て壼笊碁石等を以て博奕を為し云云と掲げ蒲団鋲の如きは賭博の用に供したる物件たることを認めざるに拘はらず刑法第二百三十一条末項を適用し之れが没収を言渡したるは不法なりと云ふに在れども◎蒲団及鋲は其碁石等の等の字を以て略したるに外ならざるは判決理由末文に「押収に係る蒲団壼笊碁石金銭鋲らんぷの蓋」とあるに依り明知するを得べく。
即ち現場より押収せし是等の物件を刑法第二百六十一条末項に依り没収したるは相当にして原判決は所論の如き不法なし。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に従ひ本件上告は之を棄却す
明治三十二年三月六日大審院第一刑事部公廷に於て検事岩野新平立会宣告す
