◎判决要旨
幼者タル甲ノ智慮淺薄ナルニ乘シ證書類ヲ授與セシメタル後其證書ニ基キ乙ニ對シテ金圓ヲ騙取セントシタル所爲ハ二罪ヲ構成ス
(參照)幼者ノ智慮淺薄又ハ人ノ精神錯亂シタルニ乘シテ其財物若クハ證書類ヲ授與セシメタル者ハ詐欺取財ヲ以テ論ス(刑法第三百$九十一條)
右詐欺取財被告事件ニ付明治三十一年十二月二十一日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ大審院ニ於テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
徳太郎上告趣意第一點ノ要旨ハ被告ニ對スル第一審ノ判决ハ重禁錮三年六月罰金三十圓ナリシニ原裁判ハ重禁錮三年六月罰金三十五圓即チ被告ノ不利益ニ變更シタル不法アリト云フニ在レトモ◎原記録公判始末書ニ依レハ檢事ヨリ第一審ノ刑輕キニ失ストノ附帶控訴アリテ原裁判カ附帶控訴ヲ理由アリトナシ第一審ヨリ重キ刑ヲ言渡シタルモノナレハ所論ノ如キ不法ナシ
同擴張第一點ノ趣旨ハ原判决ハ玉三郎ニ對スル詐欺取財未遂ノ事實ヲモ認メナカラ刑法第三百九十條第一項同第三百九十四條同第三百九十七條同第百十二條等ヲ適用セサレハ不法ナリト云フニ在レトモ◎原記録判决原本ヲ閲スルニ右ノ所爲ニ對シテハ明カニ右各法條ノ適用アリテ論告ハ謂レナシ』同第二點前半ノ論旨ハ原院檢事ハ重禁錮三年ニ處セラルヘキ旨ノ附帶控訴ヲ爲シタルニ原判决カ被告ヲ重禁錮三年六月ニ處斷シタルハ不法ナリト云フニアレトモ◎原記録公判始末書ヲ見ルニ檢事ハ三年以上ニ處セラレタシトノ附帶控訴ヲ爲シタル旨記載アリテ是亦謂ハレナキ論難ナリ』又後半ノ要旨ハ附帶控訴ニ依リ前判决ヲ取消ス塲合ハ刑事訴訟法第二百九十九條第二項ヲ適用セサルヘカラサルニ裁判茲ニ出テサリシハ不法ナリト云フニ在レトモ◎同條ハ控訴ノ相手方及控訴裁判所ノ檢事ニ於テ附帶控訴ヲ爲スコトヲ得トノ法條ニ過キサレハ其控訴ニ因リ原判决ヲ取消ス塲合ニ於テ之レヲ適用セサルモ不法ニアラス』同第三點ノ要旨ハ原判决ハ幼者ノ智慮淺薄ナルニ乘シ證書ヲ授與セシメタル所爲アリト爲シタルモ個ハ貸金營業ニ基クモノニシテ且實際ノ貸金ヨリ多額ノ證書ヲ差入レサセタルハ高利貸營業ノ慣習ニシテ惡意アルニアラス然ルニ原裁判カ此慣習ヲ無視シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎是レ全ク原承審官ノ職權ニ屬スル事實ノ認定證據ノ取捨ニ對スル謂レナキ批難ニ過キス』同第四點ノ要旨ハ原裁判ハ第一審判决ノ證據ト爲サヽル告訴状ヲ採リテ證憑ノ一ニ供シタルニ拘ハラス第一審判决ヲ廢棄セサルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎第一審判决カ告訴状ヲ證據ニ採ラサリシハ素ヨリ不法ノ措置ナリト言フヲ得サレハ原院カ之レヲ證憑ノ一ニ供シタレハトテ第一審判决ヲ廢棄スヘキモノニアラス』同第五點ハ原判决ニ本多純平カ第一審ニ於ケル供述證人塚原直次郎ノ證言云々トアレトモ塚原直次郎ナル者ハ第一審ニ於テ證言セシ事實ナシ然ルニ證言アルモノヽ如ク言渡シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎第一審ニ於ケルトノ文詞ハ純平ノ供述ニノミ冠シタルモノニシテ原記録ニ依レハ塚原直次郎ハ原院ニ於テ取調ヘタル證人ナルヲ以テ第一審ノ證人トノコトニ非サルヤ明カナレハ此論難モ亦謂レナシ』同第六點ハ原判文前段ニ金百八十圓ノ約束手形ト記シ後段ニ金百六十圓ノ約束手形ト記シタルハ理由ノ齟齬アル不法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎原記録判决原本ヲ査閲スルニ前段後段共ニ百八十圓ノ約束手形トアリテ論告ノ如キ齟齬アルコトナシ』同第七點ハ原判决ハ塚原誾等ニ對スル幼者ノ智慮淺薄ナルニ乘シ證書類ヲ授與セシメタル既遂犯ト塚原玉三郎ニ對スル未遂犯罪ヲ認メラレタレトモ被告カ玉三郎ニ對スル約束手形金支拂請求ノ如キハ幼者ヨリ證書ヲ授與セシメタル所爲ノ結果ニ過キスシテ獨立ノ一所爲トシテ罰スヘキモノニアラサルニ之ヲ二罪トシテ處斷シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎幼者ノ智慮淺薄ナルニ乘シ證書類ヲ授與セシメタルモノハ其證書ヲ授與セシメタルヲ以テ直チニ罪ヲナスモノニシテ此證書ニ因リ他人即チ玉三郎ニ對シ金圓ヲ騙取セントシタルトキハ又一ノ騙取罪ヲ成スモノナルヲ以テ論告ノ如キ玉三郎ヨリ金圓ヲ騙取セントシタルハ幼者ヨリ證書ヲ授與セシメタル結果ニ過キサル一罪ナリト言フヲ得ス即チ原裁判カ是等ノ所爲ニ對シ二罪トシテ處斷シタルハ不法ニアラス』同第八點ノ要旨ハ金四百五十圓ノ約束手形ハ玉三郎ニ對スル詐欺取財未遂ノ件ニ付テモ之レカ處分ヲ言渡サヽルヘカラサルニ幼者ノ智慮淺薄ナルニ乘シ證書ヲ授與セシメタル件ニ付テノミ言渡ヲナシタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎同一ノ物件ニシテ他ノ一罪ニ付之レカ處分ヲ爲シタル以上ハ更ニ他ノ一罪ニ付テノミ處分ヲ言渡スヘキ要ナシ』同第九點第十點ノ要旨ハ原判决認定ノ事實ニ依レハ被告二人共ニ正犯タルカ如クナルニ刑法第百四條ヲ適用セス又第一審判决モ同シク該條ヲ適用セサル不法アルニ被告ノ控訴ヲ理由ナシトシテ棄却シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎總則第百四條ノ如キハ適用セサルモ不法ニアラサルヲ以テ之レニ基ク論告ハ其理由ナシ
同第十一點ハ原院ハ第一審判决ニ於ケル金圓騙取未遂犯ニ付刑法第百十三條ヲ適用セサル不法アルヲ看過シ更ニ同條ノ適用ヲ加ヘナカラ控訴ヲ棄却シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎第一審裁判ハ金圓騙取未遂罪ニ付刑法第百十二條ヲ適用シタルヲ以テ同第百十三條ヲ適用セサルモ唯其詳略ノ差アルノミニシテ敢テ不法ニアラス從テ原院カ之レヲ廢棄セサルモ亦違法ニアラス』同第十二點及辯護人關修輔擴張ノ要旨ハ甲府地方裁判所ニ於ケル豫審終結ハ其决定書ノ如ク玉三郎ニ係ル金圓騙取未遂ノ點ノミ輕罪公判ニ付セラレ幼者ノ智慮淺薄ニ乘シ證書ヲ授與セシメタル點ハ其利害ヲ辨知シナカラ之ヲ承諾シ貸借ヲナシタレトモ云々ノ理由ニテ起訴ハ明カニ排斥セラレタリ乍併豫審判事ハ此點ニ付明カニ免訴ノ言渡ヲ爲サヽリシナリ然レトモ現ニ决定書末項ノ理由ニ依リ此點ノ免訴タリシ事實ハ明白ナリ即チ幼者ノ智慮淺薄ニ乘シ證書ヲ授與セシメタリトノ點ハ豫審終結ニ於テ輕罪公判ニ付ストノ言渡ナリ唯玉三郎ニ對スル詐欺取財未遂ノ點ノミ公判ニ付セラレタルモノナルニ第一審及原院ハ右二個ノ所爲共ニ有罪ノ判决ヲ爲シタルハ公訴提起ノ成立セサルモノニ對シ裁判ヲナシタル不法アリト云フニ在レトモ◎豫審終結决定書末項ニアル免訴ハ古屋晃塚原誾本多純平ノ三名ヨリ金七十圓金百五十圓ノ證書ノ授與ヲ得タル條件ニシテ第一審及原院ノ認メタル塚原誾本多純平ノ兩名ヨリ金四百五十圓ノ約束手形ノ授與ヲ得タル本件トハ別個ノ事實ニ屬ス即チ被告カ本件金四百五十圓ノ約束手形ヲ幼者誾純平ノ智慮淺薄ナルニ乘シテ授與セシメタル行爲ハ豫審ノ免訴ヲ受ケタルモノニアラス抑モ豫審判事カ本件ヲ輕罪公判ニ付シタル法律適用ノ意見ニ依レハ論告ノ如ク玉三郎ニ對スル詐欺取財未遂事件ノミノ如クナルモ幼者ナル誾純平ヨリ金四百五十圓ノ約束手形ヲ授與セシメル事實ハ明カニ記述シアリ則チ原裁判カ此記述ノ事實ニ因リ幼者ニ對スル證書騙取ト玉三郎ニ對スル金圓騙取未遂ノ罪アリト爲シ法條ヲ適用シタルハ當然ニシテ毫モ上告所論ノ如キ不法ナキモノトス
同第十三點ノ要旨ハ被告徳太郎ハ正犯從犯トナリ玉三郎ヲ欺キ金圓ヲ騙取セントシテ遂ケサル所爲アリトノ豫審ノ决定アルニ拘ハラス第一審及原院ハ定次郎ノ從犯タルヲ認メスシテ其無罪タル言渡ヲ爲サヽルハ訴ヲ受ケタル事件ニ付キ裁判ヲ爲サヽル不法アリト云フニ在レトモ◎本件豫審判事カ公判ニ付シタル事實ハ前條説明ノ如シ而シテ原裁判ハ此事實ヲ以テ玉三郎ニ對スル金圓騙取未遂ハ徳太郎ノ行爲ナリト認メ幼者ニ對スル證書騙取ノ行爲ハ徳太郎定次郎ノ共犯ナリト認メ之レカ處斷ヲ爲シタルモノナレハ素ヨリ玉三郎ニ對スル金圓騙取未遂ノ點ニ付特ニ定次郎ニ無罪ヲ言渡スヘキモノニアラス結局原判决ハ訴ヲ受ケタル事件ニ付判决ヲ爲サヽル不法ナキモノトス
辯護人小川平吉追加書第一點ノ要旨ハ本件ノ事實ハ玉三郎ノ署名ノ證書ヲ交付セシムルヲ以テ目的ト爲シタルモノニシテ幼者自身ノ署名ノ證書ヲ交付セシムル目的ニアラサルニ刑法第二百九十一條ヲ適用シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎原判决ノ認ムル事實ニ依レハ被告ハ幼者ヨリ幼者ト玉三郎ナルモノヽ連署シタル約束手形ヲ授與セシメタルモノナレハ假令目的ハ玉三郎ノ署名ヲ必要トナシタルニセヨ幼者ヨリ其證書ノ授與ヲ受ケタルニ外ナラサレハ原判决カ刑法第百九十一條ヲ適用シタルハ不法ニアラス』同第二點ノ要旨ハ原判决ハ被告ニ對シ詐欺取財未遂ノ刑ヲ科セラレ毫モ欺罔ノ事實ヲ示サヽルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎原判决ハ誾ノ父玉三郎ヲ欺キ金圓ヲ騙取セントシ云々僞造ニ係ル玉三郎署名ノ約束手形ニ基キ其寫本ヲ提供シ甲府區裁判所ニ申請シ云々即チ欺罔ノ事實ヲ示シタルモノナレハ本論旨ハ謂レナシ
山田定次郎上告趣意書及擴張書第一二三ノ要旨ハ誾純平カ智能發達シ貸借上ノ承諾アリタルコトハ豫審判事ノ本件ヲ免訴シタルヲ以テモ明白ナルニ刑法第三百九十一條ヲ適用サレタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎個ハ上文徳太郎上告趣意第十二點ニ對シ與ヘタル説明ニ依リ理會スヘシ』同第四點ハ原院ニ於ケル證人内藤國作ノ不實ノ申立アルニ拘ハラス何等ノ訊問モナク審理ヲ遂ケラレサルハ不當ナリト云フニ在レトモ◎是レ全ク證人訊問ニ付テノ苦情ニ過キスシテ上告ノ理由トナラス』辯護人佐々木文一擴張書ノ要旨ハ第一審裁判ニ於ケル共犯罪ヲ認メナカラ刑法第百四條ヲ適用セサル不法アルヲ看過シ原院亦該法條ヲ適用セサルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎是亦上文徳太郎上告趣意第九點第十點ニ付キ與ヘタル説明ニヨリ理會スヘキモノトス
右ノ理由ナルニヨリ刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ本件上告ハ之レヲ棄却ス
明治三十二年二月十三日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事古賀廉造立會宣告ス
◎判決要旨
幼者たる甲の智慮浅薄なるに乗し証書類を授与せしめたる後其証書に基き乙に対して金円を騙取せんとしたる所為は二罪を構成す
(参照)幼者の智慮浅薄又は人の精神錯乱したるに乗して其財物若くは証書類を授与せしめたる者は詐欺取財を以て論す(刑法第三百$九十一条)
右詐欺取財被告事件に付、明治三十一年十二月二十一日東京控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
大審院に於て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
徳太郎上告趣意第一点の要旨は被告に対する第一審の判決は重禁錮三年六月罰金三十円なりしに原裁判は重禁錮三年六月罰金三十五円即ち被告の不利益に変更したる不法ありと云ふに在れども◎原記録公判始末書に依れば検事より第一審の刑軽きに失すとの附帯控訴ありて原裁判が附帯控訴を理由ありとなし第一審より重き刑を言渡したるものなれば所論の如き不法なし。
同拡張第一点の趣旨は原判決は玉三郎に対する詐欺取財未遂の事実をも認めながら刑法第三百九十条第一項同第三百九十四条同第三百九十七条同第百十二条等を適用せざれば不法なりと云ふに在れども◎原記録判決原本を閲するに右の所為に対しては明かに右各法条の適用ありて論告は謂れなし』同第二点前半の論旨は原院検事は重禁錮三年に処せらるべき旨の附帯控訴を為したるに原判決が被告を重禁錮三年六月に処断したるは不法なりと云ふにあれども◎原記録公判始末書を見るに検事は三年以上に処せられたしとの附帯控訴を為したる旨記載ありて是亦謂はれなき論難なり。』又後半の要旨は附帯控訴に依り前判決を取消す場合は刑事訴訟法第二百九十九条第二項を適用せざるべからざるに裁判茲に出でさりしは不法なりと云ふに在れども◎同条は控訴の相手方及控訴裁判所の検事に於て附帯控訴を為すことを得との法条に過ぎざれば其控訴に因り原判決を取消す場合に於て之れを適用せざるも不法にあらず。』同第三点の要旨は原判決は幼者の智慮浅薄なるに乗し証書を授与せしめたる所為ありと為したるも個は貸金営業に基くものにして、且、実際の貸金より多額の証書を差入れさせたるは高利貸営業の慣習にして悪意あるにあらず。
然るに原裁判が此慣習を無視したるは不法なりと云ふに在れども◎是れ全く原承審官の職権に属する事実の認定証拠の取捨に対する謂れなき批難に過ぎず』同第四点の要旨は原裁判は第一審判決の証拠と為さざる告訴状を採りて証憑の一に供したるに拘はらず第一審判決を廃棄せざるは不法なりと云ふに在れども◎第一審判決が告訴状を証拠に採らざりしは素より不法の措置なりと言ふを得ざれば原院が之れを証憑の一に供したればとて第一審判決を廃棄すべきものにあらず。』同第五点は原判決に本田純平が第一審に於ける供述証人塚原直次郎の証言云云とあれども塚原直次郎なる者は第一審に於て証言せし事実なし。
然るに証言あるものの如く言渡したるは不法なりと云ふに在れども◎第一審に於けるとの文詞は純平の供述にのみ冠したるものにして原記録に依れば塚原直次郎は原院に於て取調へたる証人なるを以て第一審の証人とのことに非ざるや明かなれば此論難も亦謂れなし』同第六点は原判文前段に金百八十円の約束手形と記し後段に金百六十円の約束手形と記したるは理由の齟齬ある不法の裁判なりと云ふに在れども◎原記録判決原本を査閲するに前段後段共に百八十円の約束手形とありて論告の如き齟齬あることなし』同第七点は原判決は塚原誾等に対する幼者の智慮浅薄なるに乗し証書類を授与せしめたる既遂犯と塚原玉三郎に対する未遂犯罪を認められたれども被告が玉三郎に対する約束手形金支払請求の如きは幼者より証書を授与せしめたる所為の結果に過ぎずして独立の一所為として罰すべきものにあらざるに之を二罪として処断したるは不法なりと云ふに在れども◎幼者の智慮浅薄なるに乗し証書類を授与せしめたるものは其証書を授与せしめたるを以て直ちに罪をなすものにして此証書に因り他人即ち玉三郎に対し金円を騙取せんとしたるときは又一の騙取罪を成すものなるを以て論告の如き玉三郎より金円を騙取せんとしたるは幼者より証書を授与せしめたる結果に過ぎざる一罪なりと言ふを得ず。
即ち原裁判が是等の所為に対し二罪として処断したるは不法にあらず。』同第八点の要旨は金四百五十円の約束手形は玉三郎に対する詐欺取財未遂の件に付ても之れが処分を言渡さざるべからざるに幼者の智慮浅薄なるに乗し証書を授与せしめたる件に付てのみ言渡をなしたるは不法なりと云ふに在れども◎同一の物件にして他の一罪に付、之れが処分を為したる以上は更に他の一罪に付てのみ処分を言渡すべき要なし。』同第九点第十点の要旨は原判決認定の事実に依れば被告二人共に正犯たるが如くなるに刑法第百四条を適用せず。
又第一審判決も同じく該条を適用せざる不法あるに被告の控訴を理由なしとして棄却したるは違法なりと云ふに在れども◎総則第百四条の如きは適用せざるも不法にあらざるを以て之れに基く論告は其理由なし。
同第十一点は原院は第一審判決に於ける金円騙取未遂犯に付、刑法第百十三条を適用せざる不法あるを看過し更に同条の適用を加へながら控訴を棄却したるは違法なりと云ふに在れども◎第一審裁判は金円騙取未遂罪に付、刑法第百十二条を適用したるを以て同第百十三条を適用せざるも唯其詳略の差あるのみにして敢て不法にあらず。
従て原院が之れを廃棄せざるも亦違法にあらず。』同第十二点及弁護人関修輔拡張の要旨は甲府地方裁判所に於ける予審終結は其決定書の如く玉三郎に係る金円騙取未遂の点のみ軽罪公判に付せられ幼者の智慮浅薄に乗し証書を授与せしめたる点は其利害を弁知しながら之を承諾し貸借をなしたれども云云の理由にて起訴は明かに排斥せられたり乍併予審判事は此点に付、明かに免訴の言渡を為さざりしなり。
然れども現に決定書末項の理由に依り此点の免訴たりし事実は明白なり。
即ち幼者の智慮浅薄に乗し証書を授与せしめたりとの点は予審終結に於て軽罪公判に付すとの言渡なり。
唯玉三郎に対する詐欺取財未遂の点のみ公判に付せられたるものなるに第一審及原院は右二個の所為共に有罪の判決を為したるは公訴提起の成立せざるものに対し裁判をなしたる不法ありと云ふに在れども◎予審終結決定書末項にある免訴は古屋晃塚原誾本田純平の三名より金七十円金百五十円の証書の授与を得たる条件にして第一審及原院の認めたる塚原誾本田純平の両名より金四百五十円の約束手形の授与を得たる本件とは別個の事実に属す。
即ち被告が本件金四百五十円の約束手形を幼者誾純平の智慮浅薄なるに乗して授与せしめたる行為は予審の免訴を受けたるものにあらず。
抑も予審判事が本件を軽罪公判に付したる法律適用の意見に依れば論告の如く玉三郎に対する詐欺取財未遂事件のみの如くなるも幼者なる誾純平より金四百五十円の約束手形を授与せしめる事実は明かに記述しあり則ち原裁判が此記述の事実に因り幼者に対する証書騙取と玉三郎に対する金円騙取未遂の罪ありと為し法条を適用したるは当然にして毫も上告所論の如き不法なきものとす。
同第十三点の要旨は被告徳太郎は正犯従犯となり玉三郎を欺き金円を騙取せんとして遂けざる所為ありとの予審の決定あるに拘はらず第一審及原院は定次郎の従犯たるを認めずして其無罪たる言渡を為さざるは訴を受けたる事件に付き裁判を為さざる不法ありと云ふに在れども◎本件予審判事が公判に付したる事実は前条説明の如し、而して原裁判は此事実を以て玉三郎に対する金円騙取未遂は徳太郎の行為なりと認め幼者に対する証書騙取の行為は徳太郎定次郎の共犯なりと認め之れが処断を為したるものなれば素より玉三郎に対する金円騙取未遂の点に付、特に定次郎に無罪を言渡すべきものにあらず。
結局原判決は訴を受けたる事件に付、判決を為さざる不法なきものとす。
弁護人小川平吉追加書第一点の要旨は本件の事実は玉三郎の署名の証書を交付せしむるを以て目的と為したるものにして幼者自身の署名の証書を交付せしむる目的にあらざるに刑法第二百九十一条を適用したるは不法なりと云ふに在れども◎原判決の認むる事実に依れば被告は幼者より幼者と玉三郎なるものの連署したる約束手形を授与せしめたるものなれば仮令目的は玉三郎の署名を必要となしたるにせよ幼者より其証書の授与を受けたるに外ならざれば原判決が刑法第百九十一条を適用したるは不法にあらず。』同第二点の要旨は原判決は被告に対し詐欺取財未遂の刑を科せられ毫も欺罔の事実を示さざるは不法なりと云ふに在れども◎原判決は誾の父玉三郎を欺き金円を騙取せんとし云云偽造に係る玉三郎署名の約束手形に基き其写本を提供し甲府区裁判所に申請し云云即ち欺罔の事実を示したるものなれば本論旨は謂れなし
山田定次郎上告趣意書及拡張書第一二三の要旨は誾純平が智能発達し貸借上の承諾ありたることは予審判事の本件を免訴したるを以ても明白なるに刑法第三百九十一条を適用されたるは不法なりと云ふに在れども◎個は上文徳太郎上告趣意第十二点に対し与へたる説明に依り理会すべし。』同第四点は原院に於ける証人内藤国作の不実の申立あるに拘はらず何等の訊問もなく審理を遂けられざるは不当なりと云ふに在れども◎是れ全く証人訊問に付ての苦情に過ぎずして上告の理由とならず』弁護人佐佐木文一拡張書の要旨は第一審裁判に於ける共犯罪を認めながら刑法第百四条を適用せざる不法あるを看過し原院亦該法条を適用せざるは違法なりと云ふに在れども◎是亦上文徳太郎上告趣意第九点第十点に付き与へたる説明により理会すべきものとす。
右の理由なるにより刑事訴訟法第二百八十五条に従ひ本件上告は之れを棄却す
明治三十二年二月十三日大審院第一刑事部公廷に於て検事古賀廉造立会宣告す