明治二十八年第一三八〇號
明治二十八年十二月十九日宣告
◎判决要旨
豫審終結决定書ニ掲ル所ハ豫審判事ノ意見ニシテ確定ノ事實ニアラス(判旨第四點)
日曜日ニ公訴ヲ提起スルコトヲ禁シタル法律ナシ(判旨第七點)
右私印私書僞造行使詐欺取財被告事件新潟地方裁判所相川支部ノ判决ニ對スル控訴ヲ審理ノ末明治二十八年十一月一日東京控訴院ニ於テ原判决ヲ取消シ被告仁佐吉ヲ重禁錮二年六月ニ處シ罰金二十圓ヲ附加シ一年ノ監視ニ付シ前發ノ刑重禁錮一年監視一年ニ通算シ被告茂市伊三郎ヲ各重禁錮一年ニ處シ罰金十圓ヲ附加シ十月ノ監視ニ付ス押収ノ委任状一通ハ沒収シ其他ノ帳簿書類ハ各差出人ニ還付ス公訴裁判費用ハ被告共ノ連帶負擔トスト言渡シタル判决ニ服セスシテ被告ハ上告ヲ爲シタリ
大審院ニ於テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ審判スルコト左ノ如シ
被告仁佐吉カ上告趣意書ノ要旨第一本件ニ付市橋榮造ノ父カ百圓ノ金額ヲ持來リ殘金二百圓ハ百圓ツヽ二度ニ相渡スヘキ旨ヲ以テ被告仁佐吉ニ仲裁ヲ依頼シ荒木靈助妻カ右仲裁ノ爲メ數回被告ヲ呼ヒニ來リタルコトアルニ付同人ヲ證人トシテ喚問セラレン事ヲ請求シタルニ原院カ謂レナク此申請ヲ却下シ被告ニ有罪ヲ宣告セラレタルハ違法ナリト云ヒ「同第二ハ本件ニ僞造ナリトスル印影ハ相川支部ノ民事訴訟上眞實ノ印ナリトノ鑑定人ノ鑑定アルニ拘ハラス
原院カ慢ニ僞造印ナリト判定セラレタルハ最モ不法ノ判决ナリト信スト云ヒ」同第三ハ原院ニ於テ告發書又ハ豫審調書ヲ示サレンコトヲ乞ヒタルニ之ヲ示サス判决アリシハ不當ナリト」同第四ハ火藥取締規則違犯ニテ罰金五圓ニ處セラレタルヲ原院カ之ヲ犯數ニ加ヘ三犯ト爲シタルハ法律ニ背キタルモノナリト云フニ在レトモ◎證人喚問ノ要不要ヲ判別シテ申請ヲ許否スルハ一ニ事實裁判官ノ職權ニ存スルカ故ニ原院カ被告ノ申請ヲ採用セサリシトテ之ヲ不法ト云フヲ得ス又鑑定人ノ鑑定ハ事實認定上ノ一材料ニ過キスシテ裁判所ハ之ニ拘束セラルヘキモノニ非ラサレハ原院カ諸般ノ證憑ニ參照シテ鑑定人ノ意見ニ反シタル認定ヲ下タシタリトテ决シテ不法ニアラス要スルニ本論旨ハ原院ノ事實認定ヲ非難スルニ外ナラスシテ上告ノ理由トナラス』其第三ノ告發書及ヒ豫審調書ヲ示サレ度トノ請求ヲ爲シタリトノ事ハ公判始末書中之ヲ徴スヘキ記載ナク反リテ被告カ記録朗讀ノ省略ヲ承認シタル記載アレハ此論訴ハ謂レナシトス』其第四ノ罰金ハ輕罪ノ刑ナレハ火藥取締規則違犯ヲ原院カ輕罪ノ犯數ニ加算シタルハ固ヨリ當然ノコトナリトス上來説明ノ如ク被告仁佐吉ノ論旨ハ總テ不相立
被告伊三郎カ上告趣意ノ要旨第一ハ豫審决定書ニハ僞造ノ委任状ヲ提出セサルト記載シアルニ拘ハラス判决書ニハ僞造ノ委任状ヲ提出シタリト記載シ豫審ト公判ト事實矛盾シ事實未タ確定セサルニ刑ヲ適用シタルハ不法ノ裁判ナリト云フニアレトモ◎豫審終結决定書ニハ「其口頭辯論ノ際右僞造ノ委任状ヲ提出セルノミナラス云々」トアリテ「提出セサル」トハ記載シアラス假ニ豫審决定書ニ掲クル所ト原院認定ノ事實ト相違ノ點アリトスルモ决定書ニ掲ル所ハ豫審判事ノ所見ニシテ固ヨリ確定ノ事實ト謂フ可キモノニアラサレハ原院カ其認メタル被告ノ所爲ニ對シ刑ヲ適用シタルハ當然ノ事ニシテ毫モ不法ノ點ナシ』同第二ハ第一審判决主文ニ今井龜吉及ヒ被告茂ナル者ヲ記載シアルモ本件ニ毫モ關係ナキ者ナルニ之ヲ關係人トシテ裁判ヲ言渡シタルハ違法ノ裁判ナリト云フニアレトモ◎上告ハ第二審判决ノ不法アルニ對シ之ヲ爲スコトヲ得ルモノニシテ第一審判决ニ對シ爲スコトヲ得サル者ナレハ第一審判决ニ對スル不服ハ上告ノ理由トナラス况ンヤ第一審判决ハ押収物ヲ其差出人ナル今井龜吉及ヒ被告茂市ニ對シ還付ノ言渡ヲ爲シタルニ在リテ被告伊三郎ノ利害ニ關セサル事柄ナルニ於テヲヤ』同第三ハ判决謄本ニハ被告茂市ハ雜太郡眞野村ヨリ竹田ニ渡ル工事用ノ砂利運搬ノ受負ヲ爲シタルカ如ク記載シアルハ事實ノ錯誤ニシテ同人ハ雜太郡三宮村大字三宮ヨリ同郡眞野村大字吉岡ニ渡ル工事用ノ砂利取リ人夫ノ操出ノミノ受負ヲ爲シタルモノト信スト云フニアリテ◎原院ノ職權ニ存スル事實認定ヲ非難スルニ過キサレハ固ヨリ上告ノ理由トナラス』同第四ハ第一審裁判所ニ於テハ「民事訴訟進行中明治二十八年三月十日當裁判所檢事ヨリ訴訟中止ノ請求ニ因リ中止シタリ」ト記載シアルモ當日ハ日曜日ニシテ公暇ナレハ素ヨリ職務ヲ取扱フヘキ日ニアラス然ルニ此日ニ當リ職務ヲ行フハ故意ニ非サレハ爲シ能ハサルナリ斯ノ如キ公平ヲ失ヒタル檢事ノ公訴ハ違法ノ手續ナルニ之ヲ採用シ判决ヲ言渡シタルハ不法ナリト云フニアレトモ◎是亦第一審判决ニ對スル不服ナレハ以テ上告ノ理由ト爲スコトヲ得ス况ンヤ日曜日ニ公訴ヲ提起スルコトヲ禁シタル法律ノ規定アルニ非ルニ於テオヤ』同第五ハ證人渡邊啓藏第一回ノ豫審調書及ヒ巡査坂内時作外一名ノ告發書ノ朗讀ヲ請求シタルニ裁判長ハ採用セサリシ爲メ被告等ニ於テ何ノ辯解ヲモ爲スコト能ハサリシナリ即チ公判手續ニ違背シタル不法ノ判决ナリト云ニ在リ◎然レトモ原院公判始末書ヲ閲スルニ被告ヨリ右ノ如キ請求ヲ爲シタル事跡ナキノミナラス被告ハ反リテ記録ノ朗讀省畧ニ異存ナキ旨ヲ申立テ又記録ニ付辯解モナキ旨申立テ居ルニ依レハ本論旨ハ甚タ謂レナシトス』同第六ハ公訴ノ原由ハ巳ニ消滅シタルニ拘ハラス事實ニ相當セサル法律ヲ適用シテ刑ヲ言渡シタルハ不法ノ裁判ナリト云フニアレトモ◎何カ故ニ公訴ノ原由消滅シタリト爲ス乎其理由ヲ辯明セサルヲ以テ之ヲ知ルニ由ナキモ一件記録ヲ査スルニ斯ノ如キ事由アルヲ見ス又原院カ認メタル被告ノ所爲ニ對シテ相當ノ法律ヲ適用シ以テ刑ノ言渡シヲ爲シアレハ原判决ハ論旨後段ノ如キ不法アルコトナシ』同第七ハ豫審ニ於テハ判事カ大聲ニテ嚇シ或ハ詐言ヲ以テ訊問ヲ爲シタル爲メ各書類ニ就キ十分ノ意見ヲ陳述スルヲ得ス又原院ニ於テモ佐々木廣吉ノ印譜中ニ押捺シアル僞造ノ印影即チ犯罪ノ原因タル證據物ヲ示サレサルニ依リ十分ノ意見ヲ陳述スルコトヲ得サリシト云フニアリテ◎其前段ハ豫審訊問手續ニ關スル不服ナレハ上告ノ理由トナラス其後段モ押収ノ證據書類一切ヲ示シテ被告ノ辯解ヲ求メタルコト原院公判始末書ニ徴シ明カナレハ論旨ノ如キ不法アルコトナシ』同第八ハ第一審判决ニ於ルカ如ク僞造ノ委任状ヲ提出シ證人トシテ出廷ノ上虚僞ノ陳述ヲ爲シタリトセハ山田茂平宛ノ人夫拂出帳三冊モ僞造トシテ沒収セサル可ラス何トナレハ右三冊ノ帳簿ハ本件訴訟ノ原因ナレハナリ然ルニ右三冊ノ帳簿ヲ眞正ノモノトシテ差出人ニ還付スル以上ハ之ニ從ヒ提出シタル委任状モ眞正ノモノ又證人トシテノ陳述モ事實ヲ陳述シタルモノト斷定セサル可ラス然ルニ事茲ニ出テス事實ニ相當セサル法律ヲ適用シタルハ不法ノ裁判ナリト云フニアリテ◎第一審判决ニ對シ不服ヲ訴フルモノヽ如シ良シ之ヲ第二審判决ニ對スル論訴ナリトスルモ事實認定ノ批難ニ歸スルヲ以テ上告ノ理由ト爲スコトヲ得ス』同第九ハ第二審裁判所ニ於テ言渡シタル判决ハ私印私書僞造行使詐欺取財未遂ノ二罪倶發ナルニ刑法第百條ヲ適用シ同條末項ヲ適用セサルハ不法ナリト云フニアレトモ◎原判文ニ「第一第二ノ罪倶發ニ付同法第百條ヲ適用シ犯状重キ第一ノ罪ニ從ヒ各處斷スヘキモノ」トアリテ同法末項ニ則リタルコト明カナレハ特ニ其末項ト掲ケサルモ法律ノ理由ニ於テ欠ル所ナシ』同第十ハ原院判决謄本ニハ宣告ノ年月ノミヲ記載シ其日ヲ記載セサルハ法律ノ規定ニ背キタル不法アリト云フニ在レトモ◎原判决原本ニハ明治二十八年十一月一日トアリテ宣告ノ年月日ノ記載アリ謄本ハ誤テ日ヲ脱シタルニ過キサルヘキヲ以テ良シ謄本ニ錯誤アリトモ原判决ノ瑕瑾トナラス
被告伊三郎ノ論旨モ亦總テ理由ナシ(判旨第四點)(判旨第七點)
被告茂市カ上告趣意ノ要旨ハ原判决ニ依レハ被告ハ恰モ潮來仁太郎ヨリ砂利運搬方ヲ請負ヒ市橋榮藏ヨリ受負ヒタルモノニ非ルカ如ク認定セラレタレトモ被告ハ全ク市橋榮藏ト直接請負契約ヲ爲シタルニ在レハ同人ニ係リ人夫賃金並ニ物品代金ノ請求ヲ爲シタルハ决シテ不當ニ非ス委任状ノ僞造又ハ印影ノ僞造ハ被告カ毫モ預リ知ラサル所ニシテ又斯ク認ムヘキ證憑トテハ之アラサルニ原院ハ法律ニ違背シテ不法ニ事實ヲ認定シ被告ニ有罪ノ判决ヲ下タサレシハ不服ナリト云フニアリテ◎原院ノ職權ニ存スル事實ノ認定ニ對シ不服ヲ訴フルニ過キサレハ上告適法ノ理由トナラス』同辯護人宮古啓三郎擴張辯明書ノ要旨第一ハ原院カ委任状ヲ沒収スルニ「刑法第四十三條第二號同第四十四條ニ照シ沒収シ」ト判决シ刑法第四十三條ノ本文ヲ適用セサルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎原判文ニ「僞造ノ委任状一通ハ犯罪ノ用ニ供シタルモノナルヲ以テ同法第四十三條第二號云々ニ照ラシ沒収シ」トアルニ依レハ第四十三條ノ本條ヲ包含シテ適用シタルコト認メ得ヘキカ故ニ之ヲ不法ト爲スニ足ラス』同第二ハ原院カ被告ヲ以テ詐欺取財未遂ノ罪ヲ犯シタルモノト爲シタルハ市橋榮藏ニ係リ人夫賃金並ニ物品代償金請求ノ訴訟ヲ起シタルニ檢事ノ請求ニヨリ訴訟中止トナリタルカ故ナリ然レトモ詐欺取財ナルモノハ被害者カ尋常ノ注意智識ヲ以テ拒キ得サル塲合ナルヲ要ス訴訟ニ由テ騙取セントスルニ公明ノ裁判官アリ又被告ニ抗辯ノ道アリ尋常ノ注意ヲ以テ何人モ之ヲ拒キ得ルモノナレハ之ヲ以テ詐欺取財ニ問フ可ラサルニ原院カ被告ニ詐欺取財ノ罪アリト爲シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎原判文ニ掲載ノ事實ハ即チ詐欺取財ノ事實ナレハ被告ニ對シ詐欺取財ノ罪アリト判定セシハ當然ノ事ナリトス』同第三ハ原院ハ藍原藤吉若林泰藏ノ豫審調書ヲ斷罪ノ證憑ニ供セリ然レトモ該調書ニハ何故ニ證人トセスシテ參考人トシテ同人等ヲ訊問シタリヤ其事由ヲ記載スヘキニ毫モ是等ノ事ヲ掲ケサルハ違法ナレハ之ヲ斷罪ノ證憑ニ供セシハ亦違法ナリト云フニ在レトモ◎豫審判事カ訴訟關係人ノ訊問ヲ爲スニ際リ參考人トシテ訊問スルニハ其何カ故ニ參考人トシテ訊問スルヤ之カ事由ヲ明示スヘシトノ法律ノ規定アルニ非サレハ藍原藤吉若林泰藏ノ豫審調書ニ其事由ノ明示ナシトテ毫モ不法ニアラス隨テ原院カ右參考人ノ調書ヲ斷罪ノ證憑ニ供セシハ不法ニアラス辯護人ノ論旨モ亦上告適法ノ理由ナシ
右ノ理由ナルニ付刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ本件上告ヲ棄却ス
明治二十八年十二月十九日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事岩田武儀立會宣告ス
明治二十八年第一三八〇号
明治二十八年十二月十九日宣告
◎判決要旨
予審終結決定書に掲る所は予審判事の意見にして確定の事実にあらず。
(判旨第四点)
日曜日に公訴を提起することを禁じたる法律なし。
(判旨第七点)
右私印私書偽造行使詐欺取財被告事件新潟地方裁判所相川支部の判決に対する控訴を審理の末明治二十八年十一月一日東京控訴院に於て原判決を取消し被告仁佐吉を重禁錮二年六月に処し罰金二十円を附加し一年の監視に付し前発の刑重禁錮一年監視一年に通算し被告茂市伊三郎を各重禁錮一年に処し罰金十円を附加し十月の監視に付す押収の委任状一通は没収し其他の帳簿書類は各差出人に還付す公訴裁判費用は被告共の連帯負担とすと言渡したる判決に服せずして被告は上告を為したり。
大審院に於て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し審判すること左の如し
被告仁佐吉が上告趣意書の要旨第一本件に付、市橋栄造の父が百円の金額を持来り残金二百円は百円つつ二度に相渡すべき旨を以て被告仁佐吉に仲裁を依頼し荒木霊助妻が右仲裁の為め数回被告を呼ひに来りたることあるに付、同人を証人として喚問せられん事を請求したるに原院が謂れなく此申請を却下し被告に有罪を宣告せられたるは違法なりと云ひ「同第二は本件に偽造なりとする印影は相川支部の民事訴訟上真実の印なりとの鑑定人の鑑定あるに拘はらず
原院が慢に偽造印なりと判定せられたるは最も不法の判決なりと信ずと云ひ」同第三は原院に於て告発書又は予審調書を示されんことを乞ひたるに之を示さず判決ありしは不当なりと」同第四は火薬取締規則違犯にて罰金五円に処せられたるを原院が之を犯数に加へ三犯と為したるは法律に背きたるものなりと云ふに在れども◎証人喚問の要不要を判別して申請を許否するは一に事実裁判官の職権に存するが故に原院が被告の申請を採用せざりしとて之を不法と云ふを得ず。
又鑑定人の鑑定は事実認定上の一材料に過ぎずして裁判所は之に拘束せらるべきものに非らざれば原院が諸般の証憑に参照して鑑定人の意見に反したる認定を下たしたりとて決して不法にあらず。
要するに本論旨は原院の事実認定を非難するに外ならずして上告の理由とならず』其第三の告発書及び予審調書を示され度との請求を為したりとの事は公判始末書中之を徴すべき記載なく反りて被告が記録朗読の省略を承認したる記載あれば此論訴は謂れなしとす』其第四の罰金は軽罪の刑なれば火薬取締規則違犯を原院が軽罪の犯数に加算したるは固より当然のことなりとす。
上来説明の如く被告仁佐吉の論旨は総で不相立
被告伊三郎が上告趣意の要旨第一は予審決定書には偽造の委任状を提出せざると記載しあるに拘はらず判決書には偽造の委任状を提出したりと記載し予審と公判と事実矛盾し事実未だ確定せざるに刑を適用したるは不法の裁判なりと云ふにあれども◎予審終結決定書には「其口頭弁論の際右偽造の委任状を提出せるのみならず云云」とありて「提出せざる」とは記載しあらず。
仮に予審決定書に掲ぐる所と原院認定の事実と相違の点ありとするも決定書に掲る所は予審判事の所見にして固より確定の事実と謂ふ可きものにあらざれば原院が其認めたる被告の所為に対し刑を適用したるは当然の事にして毫も不法の点なし。』同第二は第一審判決主文に今井亀吉及び被告茂なる者を記載しあるも本件に毫も関係なき者なるに之を関係人として裁判を言渡したるは違法の裁判なりと云ふにあれども◎上告は第二審判決の不法あるに対し之を為すことを得るものにして第一審判決に対し為すことを得ざる者なれば第一審判決に対する不服は上告の理由とならず。
況んや第一審判決は押収物を其差出人なる今井亀吉及び被告茂市に対し還付の言渡を為したるに在りて被告伊三郎の利害に関せざる事柄なるに於てをや』同第三は判決謄本には被告茂市は雑太郡真野村より竹田に渡る工事用の砂利運搬の受負を為したるが如く記載しあるは事実の錯誤にして同人は雑太郡三宮村大字三宮より同郡真野村大字吉岡に渡る工事用の砂利取り人夫の操出のみの受負を為したるものと信ずと云ふにありて◎原院の職権に存する事実認定を非難するに過ぎざれば固より上告の理由とならず』同第四は第一審裁判所に於ては「民事訴訟進行中明治二十八年三月十日当裁判所検事より訴訟中止の請求に因り中止したり。」と記載しあるも当日は日曜日にして公暇なれば素より職務を取扱ふべき日にあらず。
然るに此日に当り職務を行ふは故意に非ざれば為し能はざるなり。
斯の如き公平を失ひたる検事の公訴は違法の手続なるに之を採用し判決を言渡したるは不法なりと云ふにあれども◎是亦第一審判決に対する不服なれば以て上告の理由と為すことを得ず。
況んや日曜日に公訴を提起することを禁じたる法律の規定あるに非るに於ておや』同第五は証人渡辺啓蔵第一回の予審調書及び巡査坂内時作外一名の告発書の朗読を請求したるに裁判長は採用せざりし為め被告等に於て何の弁解をも為すこと能はざりしなり。
即ち公判手続に違背したる不法の判決なりと云に在り◎。
然れども原院公判始末書を閲するに被告より右の如き請求を為したる事跡なきのみならず被告は反りて記録の朗読省略に異存なき旨を申立で又記録に付、弁解もなき旨申立で居るに依れば本論旨は甚た謂れなしとす』同第六は公訴の原由は己に消滅したるに拘はらず事実に相当せざる法律を適用して刑を言渡したるは不法の裁判なりと云ふにあれども◎何が故に公訴の原由消滅したりと為す乎其理由を弁明せざるを以て之を知るに由なきも一件記録を査するに斯の如き事由あるを見す又原院が認めたる被告の所為に対して相当の法律を適用し以て刑の言渡しを為しあれば原判決は論旨後段の如き不法あることなし』同第七は予審に於ては判事が大声にて嚇し或は詐言を以て訊問を為したる為め各書類に就き十分の意見を陳述するを得ず。
又原院に於ても佐佐木広吉の印譜中に押捺しある偽造の印影即ち犯罪の原因たる証拠物を示されざるに依り十分の意見を陳述することを得ざりしと云ふにありて◎其前段は予審訊問手続に関する不服なれば上告の理由とならず其後段も押収の証拠書類一切を示して被告の弁解を求めたること原院公判始末書に徴し明かなれば論旨の如き不法あることなし』同第八は第一審判決に於るが如く偽造の委任状を提出し証人として出廷の上虚偽の陳述を為したりとせば山田茂平宛の人夫払出帳三冊も偽造として没収せざる可らず何となれば右三冊の帳簿は本件訴訟の原因なればなり。
然るに右三冊の帳簿を真正のものとして差出人に還付する以上は之に従ひ提出したる委任状も真正のもの又証人としての陳述も事実を陳述したるものと断定せざる可らず。
然るに事茲に出でず事実に相当せざる法律を適用したるは不法の裁判なりと云ふにありて◎第一審判決に対し不服を訴ふるものの如し良し之を第二審判決に対する論訴なりとするも事実認定の批難に帰するを以て上告の理由と為すことを得ず。』同第九は第二審裁判所に於て言渡したる判決は私印私書偽造行使詐欺取財未遂の二罪倶発なるに刑法第百条を適用し同条末項を適用せざるは不法なりと云ふにあれども◎原判文に「第一第二の罪倶発に付、同法第百条を適用し犯状重き第一の罪に従ひ各処断すべきもの」とありて同法末項に則りたること明かなれば特に其末項と掲げざるも法律の理由に於て欠る所なし。』同第十は原院判決謄本には宣告の年月のみを記載し其日を記載せざるは法律の規定に背きたる不法ありと云ふに在れども◎原判決原本には明治二十八年十一月一日とありて宣告の年月日の記載あり謄本は誤で日を脱したるに過ぎざるべきを以て良し謄本に錯誤ありとも原判決の瑕瑾とならず
被告伊三郎の論旨も亦総で理由なし。
(判旨第四点)(判旨第七点)
被告茂市が上告趣意の要旨は原判決に依れば被告は恰も潮来仁太郎より砂利運搬方を請負ひ市橋栄蔵より受負ひたるものに非るが如く認定せられたれども被告は全く市橋栄蔵と直接請負契約を為したるに在れば同人に係り人夫賃金並に物品代金の請求を為したるは決して不当に非ず委任状の偽造又は印影の偽造は被告が毫も預り知らざる所にして又斯く認むべき証憑とては之あらざるに原院は法律に違背して不法に事実を認定し被告に有罪の判決を下たざれしは不服なりと云ふにありて◎原院の職権に存する事実の認定に対し不服を訴ふるに過ぎざれば上告適法の理由とならず』同弁護人宮古啓三郎拡張弁明書の要旨第一は原院が委任状を没収するに「刑法第四十三条第二号同第四十四条に照し没収し」と判決し刑法第四十三条の本文を適用せざるは違法なりと云ふに在れども◎原判文に「偽造の委任状一通は犯罪の用に供したるものなるを以て同法第四十三条第二号云云に照らし没収し」とあるに依れば第四十三条の本条を包含して適用したること認め得べきが故に之を不法と為すに足らず』同第二は原院が被告を以て詐欺取財未遂の罪を犯したるものと為したるは市橋栄蔵に係り人夫賃金並に物品代償金請求の訴訟を起したるに検事の請求により訴訟中止となりたるが故なり。
然れども詐欺取財なるものは被害者が尋常の注意智識を以て拒き得ざる場合なるを要す。
訴訟に由で騙取せんとするに公明の裁判官あり又被告に抗弁の道あり尋常の注意を以て何人も之を拒き得るものなれば之を以て詐欺取財に問ふ可らざるに原院が被告に詐欺取財の罪ありと為したるは違法なりと云ふに在れども◎原判文に掲載の事実は。
即ち詐欺取財の事実なれば被告に対し詐欺取財の罪ありと判定せしは当然の事なりとす。』同第三は原院は藍原藤吉若林泰蔵の予審調書を断罪の証憑に供せり。
然れども該調書には何故に証人とせずして参考人として同人等を訊問したりや其事由を記載すべきに毫も是等の事を掲げざるは違法なれば之を断罪の証憑に供せしは亦違法なりと云ふに在れども◎予審判事が訴訟関係人の訊問を為すに際り参考人として訊問するには其何が故に参考人として訊問するや之が事由を明示すべしとの法律の規定あるに非ざれば藍原藤吉若林泰蔵の予審調書に其事由の明示なしとて毫も不法にあらず。
随で原院が右参考人の調書を断罪の証憑に供せしは不法にあらず。
弁護人の論旨も亦上告適法の理由なし。
右の理由なるに付、刑事訴訟法第二百八十五条に従ひ本件上告を棄却す
明治二十八年十二月十九日大審院第一刑事部公廷に於て検事岩田武儀立会宣告す