藤田嗣章 (男性)

位階・勲等・功級從三位、勳一等、功三級
爵位・身分・家柄東京府士族
職業退役陸軍軍醫總監
生年月日安政元年正月 (1854)
親名・続柄 藤田嗣昭長男
家族男 嗣雄 明一八、三生
男 嗣治 明一九、一一生、東京美術學校洋畫科出身、佛國サロン會員
記述部分君は舊駿州田中藩士藤田嗣昭の長男にして安政元年正月を以て生れ後家督を相續す明治十年陸軍々醫補に任じ大正元年陸軍々醫總監に累進す日清の役には熊本陸軍豫備病院長より臺灣兵站軍醫長臺灣陸軍々醫部長第五師團軍醫部長に轉じ日露の役には留守第五師團軍醫部長より第四軍々醫部長に轉じ後韓國駐劄軍々醫部長に轉補し尋で明治四十三年朝鮮總督府醫院長に任ぜられ大正三年願に依り官を免ぜらる曩に勳一等に敍し功三級金鵄勳章を賜はる
長女きく(明一一、一一生)は京都府士族蘆原甫養子信之に二女やす(同一三、八生)は陸軍々醫總監中村綠野に三女ひろ(同二九、一生)は陸軍三等軍醫正醫學博士田原鎭雄に妹りう(慶應三、二生)は岡山縣士族山上兼善弟正夫に嫁せり
住所東京市外大久保町百人町三〇
電話番号四谷六八一
参照人物中村綠野藤田嗣雄
参照次数2 (※なし2)
読みふじた つぐあき
別名
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