武田五一 (男性)

位階・勲等・功級正五位
爵位・身分・家柄東京府士族
職業京都高等工藝學校教授
生年月日明治五年十一月十五日 (1872)
親名・続柄 武田直行長男
家族妻 やす 明一四、六生、東京、士、阪田貞一長女
男 直秀 明三二、一〇生
記述部分君は廣島縣士族亡武田直行の長男にして明治五年十一月十五日を以て生る父直行は舊福山藩士にして維新後福山藩權大參事公議人となり曾て兵庫縣警部檢事判事等を奉職せり君明治三十年七月東京帝國大學工科大學を卒業して工學士の稱號を得直に大學院に入り同三十二年七月同大學助教授に任じ從七位に叙せらる同三十三年六月圖案科研究の爲め英獨佛へ留學を命せられ同三十六年歸朝京都高等工藝學校教授に任し京都府技師を兼ぬ同四十一年大藏省臨時建築部技師に任し京都高等工藝學校教授を兼ぬ同年歐米へ差遣せられ同四十二年五月京都高等工藝學校教授兼大藏省臨時建築部技師に任せられ後兼官を解かる
家族は前記の外二男英吉(明三四、九生)三男猛夫(同三七、一二生)長女まき(同四一、三生)二女ゆき(同四三、二生)あり
弟安之助(安政二、二生)は其妻と共に分家し姉マチ(明三、一一生)は岐阜縣士族佐々木曠に妹ロク(同八、三生)は山口縣平民原田信次郞に同ノブエ(同一一、二生)は廣島縣士族山岡謙介二男茂松に嫁せり
住所京都、上京、吉田町山副
電話番号
参照人物阪田貞一佐々木曠
参照次数2 (※なし2)
読みたけだ ごいち
別名
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