明治二十八年第六十七號
明治二十八年九月十三日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 養子ハ一旦其實家ヘ復籍シタル上ニ非サレハ更ニ他家ノ養子トナルヲ得ス
- 一 養子カ實家ヘ復籍セスシテ直チニ他家ノ養子トナル契約ヲ爲スモ其契約ハ養子縁組ノ効力ヲ生セス
- 一 養子タル身分ヲ得テ始メテ取得スヘキ相續權ノ如キハ養子縁組ノ効力生セサルトキハ之ヲ取得スルヲ得ス（以上判旨第一、二、三點）
上告人 岩崎熊一 外一名
訴訟代理人 齊藤孝治
被上告人 宮本國吉 外一名
右當事者間ノ相續權恢復財産引渡請求事件ニ付廣島控訴院カ明拾廿七年五月廿一日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
立會檢事應當融ハ意見ヲ陳述シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告第一點ハ原院判决ハ法律ニ違背シタル不法ノ裁判ト信ス原判决ノ理由ヲ見ルニ養家ヨリ更ニ他ニ養子ニ行クコトハ唯タ一般ノ慣行上不許ノ行爲ナリト云フニ在リテ原院モ亦之ヲ以テ法律禁制ノ事ナリト云フニアラス既ニ法律ノ禁制ニアラストセハ本案ノ如キ角本家先代ト上告人トノ間ニ承諾上養子タル契約ノ成立シタル以上ハ裁判所カ之ニ干渉シテ其双方間ノ承諾ヲ破壞スヘキモノニアラサルハ勿論原判决ハ之ヨリ一層薄弱ナル理由即チ一般ノ慣行ナリト云フ理由ヲ以テ双方（上告人熊一及角本家先代）承諾上成立シタル契約ヲ破壞スルノ愈々以テ其理由ニ乏シキモノト信ス盖シ原判决ハ一般ノ慣行ト云フ（一般ノ慣行ト云フハ原院一個ノ空斷ナレトモ）ヲ以テ法律ノ禁制ト混合シタルモノナラン否ラサレハ一般ノ慣行ハ双方ノ合意ヲ以テ變更出來ストノ理ナケレハナリ然ルニ原院ハ一般ノ慣行ト云フヲ以テ双方ノ合意ヲ打破スルハ實ニ法理ヲ誤用シタル不法ノ判决タルヲ免レサルナリト云ヒ』第二點ハ原院ノ判决ハ事實ノ審理ヲ爲サス遂ニ法律ニ違背シタル裁判ヲ與ヘタルモノナリ其理由ハ上告人熊一ハ岩崎家ノ養子タルニハ相違ナキモ岩崎家ニハ實子ニシテ長男虎吉アルコトハ乙第三號證ノ如シ而シテ虎吉ノ實父玉吉ハ明治二十七年二月中死去シ虎吉ハ之カ相續ヲ爲セリ又熊一カ岩崎家ノ養子トナリシハ長男虎吉出生ノ後ニ在リ右ノ事實ナルカ故ニ熊一ハ養子ニハ相違ナキモ岩崎家ノ嗣子トシテ貰ヒ受ケタルニ非ス又實際戸籍上ニモ嗣子タルコトノ明載ナシ故ニ双方協議ノ上行政廳ニ申立テゝ其許可ヲ得ルニ於テハ何ノ違法アリヤ原院ハ右事實ヲ審理セスシテ慣行ニ違フトシテ判决ヲ與ヘタルハ結局事實ノ審理ヲ爲サス遂ニ法律ニ違背シタル不法ノ裁判タルコトヲ免カレスト云ヒ』第三點ハ原院ハ爭點ニ對シテ判决ヲ與ヘサル不法アリ其理由ハ本件ハ訴名ノ如ク角本家ノ「相續權恢復財産引渡請求」事件ナリ語ヲ換テ云ハゝ上告人熊一ト被上告人徳一トノ身分ノ關係ヲ爭フニアリ而シテ本件ニ於ケル上告人ノ主張ハ上告人熊一ハ其先代亡角本マサ生存中己ニ養子トナリマサ送葬ノ時ノ如キモ喪主トナリテマサカ死亡ノ翌日死亡届ト同時ニ被上告人宮本國吉田邉松助徳一ノ實父モ連署ヲナシ熊一ノ入籍届ト後見届ヲ其筋ニ呈出シタルニ被上告人田邉松助ハ上告人ニ無斷ニテ其届書ヲ取下ケ自己ノ二男徳一ニ改メテ角本家ノ相續人ト爲シタルニアリ右ノ次第ナルカ故ニ上告人カ主張ハ專ラ熊一コソ角本家ノ相續人ナリト云フニ在リテ送入籍等端末ノ手續ヲ爭フニ非ス假リニ養子ハ再ヒ養子タルヘカラストスルモ原院モ認ムルカ如ク其生家ニ歸リ更ニ養子タルコトヲ得ヘシ故ニ假リニ熊一ノ角本家ヲ相續スルニ就テ其手續ニ瑕瑾アリトスルモ爲メニ其權利ニ消長ヲ來スヘキ謂レナキモノナルニ原院ハ其原ヲ捨テ審理セサリシハ不法ノ裁判タルヲ免レスト云フニ在レトモ原院カ判示スル如ク元來我國ニ於テハ一家ノ養子タル者ハ其實家ヘ復籍シタル上ニアラサレハ更ニ他家ノ養子ト爲ルコトヲ得サルヲ以テ從來一般ノ慣行ナリトス隨テ既ニ一家ノ養子タル者カ其實家ヘ復籍セスシテ養家ヨリ直チニ他家ノ養子ト爲ル契約ヲ爲スモ其契約タルヤ未タ以テ養子縁組ノ効力ヲ生スヘキモノニ非ス而シテ養子縁組ノ効力生セスシテ養子タル身分ヲ得テ始メテ取得スヘキ相續權ノ如キ權利ヲ取得スヘキ理ナシ然レハ原院カ「前畧本案岩崎熊一カ現ニ養家タル岩崎家ヨリ直チニ角本家ノ養子トナルコトハ慣行上爲シ得ヘカラサル事柄ナルニ付被控訴人ノ主張ハ到底之ヲ採用スルニ由ナキモノトス既ニ云々熊一カ角本マサノ遺跡ニ付テ相續權ヲ有セサルコト明瞭ナレハ從テ同家ノ財産ヲ取得スヘキ權利ナキヤ勿論ナルニ付云々」ト説明シタルハ相當ニシテ不法ノ廉ナシ（判旨第一、二、三點）
以上説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ之ヲ棄却ス
明治二十八年第六十七号
明治二十八年九月十三日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 養子は一旦其実家へ復籍したる上に非ざれば更に他家の養子となるを得ず。
- 一 養子が実家へ復籍せずして直ちに他家の養子となる契約を為すも其契約は養子縁組の効力を生ぜず
- 一 養子たる身分を得て始めて取得すべき相続権の如きは養子縁組の効力生せざるときは之を取得するを得ず。
（以上判旨第一、二、三点）
上告人 岩崎熊一 外一名
訴訟代理人 斎藤孝治
被上告人 宮本国吉 外一名
右当事者間の相続権恢復財産引渡請求事件に付、広島控訴院が明拾廿七年五月廿一日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人は上告棄却の申立を為したり。
立会検事応当融は意見を陳述したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告第一点は原院判決は法律に違背したる不法の裁判と信ず。
原判決の理由を見るに養家より更に他に養子に行くことは唯た一般の慣行上不許の行為なりと云ふに在りて原院も亦之を以て法律禁制の事なりと云ふにあらず。
既に法律の禁制にあらずとせば本案の如き角本家先代と上告人との間に承諾上養子たる契約の成立したる以上は裁判所が之に干渉して其双方間の承諾を破壊すべきものにあらざるは勿論原判決は之より一層薄弱なる理由即ち一般の慣行なりと云ふ理由を以て双方（上告人熊一及角本家先代）承諾上成立したる契約を破壊するの愈愈以て其理由に乏しきものと信ず。
盖し原判決は一般の慣行と云ふ（一般の慣行と云ふは原院一個の空断なれども）を以て法律の禁制と混合したるものならん否らざれば一般の慣行は双方の合意を以て変更出来すとの理なければなり。
然るに原院は一般の慣行と云ふを以て双方の合意を打破するは実に法理を誤用したる不法の判決たるを免れざるなりと云ひ』第二点は原院の判決は事実の審理を為さず遂に法律に違背したる裁判を与へたるものなり。
其理由は上告人熊一は岩崎家の養子たるには相違なきも岩崎家には実子にして長男虎吉あることは乙第三号証の如し、而して虎吉の実父玉吉は明治二十七年二月中死去し虎吉は之が相続を為せり又熊一が岩崎家の養子となりしは長男虎吉出生の後に在り右の事実なるが故に熊一は養子には相違なきも岩崎家の嗣子として貰ひ受けたるに非ず又実際戸籍上にも嗣子たることの明載なし。
故に双方協議の上行政庁に申立てゝ其許可を得るに於ては何の違法ありや原院は右事実を審理せずして慣行に違ふとして判決を与へたるは結局事実の審理を為さず遂に法律に違背したる不法の裁判たることを免がれずと云ひ』第三点は原院は争点に対して判決を与へざる不法あり。
其理由は本件は訴名の如く角本家の「相続権恢復財産引渡請求」事件なり。
語を換で云はゝ上告人熊一と被上告人徳一との身分の関係を争ふにあり。
而して本件に於ける上告人の主張は上告人熊一は其先代亡角本まさ生存中己に養子となりまさ送葬の時の如きも喪主となりてまさか死亡の翌日死亡届と同時に被上告人宮本国吉田辺松助徳一の実父も連署をなし熊一の入籍届と後見届を其筋に呈出したるに被上告人田辺松助は上告人に無断にて其届書を取下け自己の二男徳一に改めて角本家の相続人と為したるにあり右の次第なるが故に上告人が主張は専ら熊一こそ角本家の相続人なりと云ふに在りて送入籍等端末の手続を争ふに非ず仮りに養子は再ひ養子たるべからずとするも原院も認むるが如く其生家に帰り更に養子たることを得べし。
故に仮りに熊一の角本家を相続するに就て其手続に瑕瑾ありとするも為めに其権利に消長を来すべき謂れなきものなるに原院は其原を捨で審理せざりしは不法の裁判たるを免れずと云ふに在れども原院が判示する如く元来我国に於ては一家の養子たる者は其実家へ復籍したる上にあらざれば更に他家の養子と為ることを得ざるを以て従来一般の慣行なりとす。
随で既に一家の養子たる者が其実家へ復籍せずして養家より直ちに他家の養子と為る契約を為すも其契約たるや未だ以て養子縁組の効力を生ずべきものに非ず。
而して養子縁組の効力生せずして養子たる身分を得て始めて取得すべき相続権の如き権利を取得すべき理なし。
然れば原院が「前略本案岩崎熊一が現に養家たる岩崎家より直ちに角本家の養子となることは慣行上為し得べからざる事柄なるに付、被控訴人の主張は到底之を採用するに由なきものとす。
既に云云熊一が角本まさの遺跡に付て相続権を有せざること明瞭なれば。
従て同家の財産を取得すべき権利なきや勿論なるに付、云云」と説明したるは相当にして不法の廉なし。
（判旨第一、二、三点）
以上説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り之を棄却す
