手形上の權利は所謂白地裏書に依る場合の外單に手形の交付のみに依りて移轉し能はさるものたり
原告東京市牛込區新小川町一丁目十二番地瀧澤敬一右法定代理人瀧澤三郎被告同市神田區佐久間町一丁目十六番地長谷川彌兵衛間の明治三十四年(ワ)第一四七三號約束手形金請求事件に付き東京地方裁判所民事第五部裁判長鈴木英太郎判事水原親次判事渡邊一郎の三氏は左の如く判决せり
(主文)原告の請求を棄却す訴訟費用は原告の負擔とす
(事實)原告は被告は原告に對し金一千圓に明治三十四年二月一日より本件判决執行濟みに至る迄年六分の利子を加へ支拂へし訴訟費用は被告の負擔とすとの判决を求むと申立て其陳述する事實の要領は原告は長田新三郎か明治三十三年十二月七日被告に宛て振出たる金額四千圓滿期日明治三十四年一月三十一日の約束手形を明治三十三年十二月七日被告及松原茂久の順次裏書を經て右松原茂久より讓渡を受けたり依て原告は右滿期日に振出人長田新三郎に手形を呈示し支拂を求めたるに内金參千圓を支拂ひたるのみなるを以て其翌日被告に對し殘額一千圓の償還請求の通知を爲したるも應せさるに依り本訴を提起せり而して本件約束手形には拒絶證書作成の義務を免除する旨の特約あるものにして且其最終の裏書は未た株式會社貯藏銀行に讓渡を爲さゝる以前に抹消したるものなりと云ふにありて立證として甲第一乃至第三號證を提出し乙號證に付ては不知の陳述を爲したり被告は原告の請求棄却の判决を求むと申立て其答辯の要旨は本件手形の振出及裏書の事實は之を認むるも支拂の爲めにする呈示の事實拒絶證書作成義務免除の特約及償還請求通知の事實は何れも之を否認す且つ本件手形は最終の裏書人たる松原茂久か署名のみの裏書を以て瀧澤三郎に交付したるものなるのみならす其株式會社貯藏銀行に爲したる裏書の部分は横線を引きあるを以て一且同銀行に讓渡したる後ち其裏書を抹消したるものなること明なれは所謂裏書の連續を缺くものにして原告は到底正當の所持人と云ふ得さるものなりと云ふに在りて立證として第一號乃至第五號證を提出し松田和三郎狛澄好、砂川芳五郎の人證を申出て甲第一號の振出及被告裏書の部分を認め拒絶證書作成義務免除の分部を否認し甲第二號證の成立を認め甲第三號證は之を否認したり
(理由)本件に付き第一に判定すへき主要の爭點は原告は本件約束手形の正當の所持人なるや否やに在り依て案するに原告は本件手形最終の裏書は未た株式會社貯藏銀行に讓渡さゞる以前に於て採消したるものなれは原告は尚ほ手形の所持人なりと云ふと雖も證人砂川芳五郎の證言に依れは手形は既に株式會社貯藏銀行に裏書讓渡せられたる後該銀行より唯た其交付に依りて再ひ原告の手裡に歸したるものなりと認むることを得同證言は信用するに足るを以て此點に干する原告の主張は採用するを得す而して手形上の權利は無記名式の裏書讓渡の外單に手形の交付のみに依りて移轉し能はさるものなれは本件に於て既に株式會社貯藏銀行に記名式の裏書讓渡ありたる後ち同銀行より交付を受け現に手形を所持するも其れのみに依りて原告は再ひ手形上の權利を取得したるものなりと云ふことを得す隨て原告は本件約束手形の正當の所持人として其權利を行使するを得さるなり以上の理由に依り他の爭點に付き説明を要せすして原告の本訴請求を不當と認め訴訟費用に付き民事訴訟法第七十二條第一項を適用し主文の如く判决したり(五月十日判决)