債務の履行に代へ新に手形債務を負擔して以て舊債務を消滅せしむる合意を爲したる場合に其手形か要件を缺き無效なるものなるときは債務者は手形債務を負擔したるものと云ふ可らさるを以て債務者は舊債務の履行を請求することを得るものとす
原告大阪市東區備後町二丁目一番屋敷平民呉服商武田彌三郎訴訟代理人辯護士左近司六藏氏被告同市南區稻荷町二丁目九百四十番地ノ内三號隅田貞三間の明治三十五年ワ第二〇四號賣掛代金請求訴訟事件に付大阪地方裁判所民事第四部裁判長杉阪實判事菰淵清雄山内確三郎の三氏は判决を爲す左の如し
(主文)明治三十五年二月十四日當事者間に言渡したる本件闕席判决を維持す、訴訟費用は被告の負擔とす
(事實)原告訴訟代理人は被告は金二百三十九圓に明治十四年十二月十六日より本案判决執行濟まての時期に當る年百分の六の利息を付し原告に支拂ふへし訴訟費用は被告の負擔とすとの判决を求むる申立を爲したり而して其事實上の供述の要旨は原告は呉服商にして明治三十一年一月二十九日被告と締結したる商品の取引契約に基き引續き反物を被告に賣渡し代金は毎月末に支拂を受くへき所被告は明治三十二年二月以後の取引に係る商品代金を正確に支拂はす毎月僅かに一部分つゝの辨濟を爲し遂に明治三十四年十一月の計算にて未拂代金總計四百三十九圓に達したるより原告宛の金額二百三十九圓及ひ二百圓の二口の約束手形を原告に交付し右債務の辨濟に當てたるも該手形たる何れも振出地の記載なきを以て法律上の要件を具備せさる無效の證券なれは原因たる債務を消滅せしむる效果を生せす仍て原告は更に前記賣買を原因とし右代金殘額中先きに被告より受けたる二百圓の保證金を引去り殘餘二百三十九圓及ひ出訴の日以後の商法上の遲滯利息の支拂を請求すと云ふにあり被告は原告の請求を却下する判决を求むる申立を爲したり而て其答辨の要旨は被告か原告主張の額四百三十九圓の賣掛殘金に付原告宛の前記二口の約束手形を振出したるを以て右手形によらすして賣掛金の請求を受くへき謂はれなしと云ふにあり
(理由)按するに當事者の意思により約束手形を債權者に交付し之を以て有效に債務を消滅せしめ之に代へて新に手形債務を負擔すへきを約することを得るや疑なきも此の如き場合にありては其手形の有效なることを前提とするや勿論なりとす本件原因たる賣掛金殘額四百三十九圓に對し同額に達する二口の手形を被告より原告に振出したるは前記の如く賣掛金債務を消滅せしむる目的に出てたることは爭なき所なるも原告か提出したる該手形を檢視するに原告か主張する如く何れも約束手形の形式要件たる振出地の記載なきに付手形として無效の證券たるや明確なるを以て右手形の振出は賣掛金債務を消滅せしめ之に代へ新に手形債務を生すへき效果を來さゝるにより當初辨濟の合意は效力なく原告に於て右手形に拘らす更に賣掛金の支拂を求むるは素より適當の請求にして而て右賣掛殘金及ひ差引すへき保證金の數額に付ては爭なきに付本訴主たる請求の正當なる言ふを俟たす又遲滯利息の請求は右賣掛金か商事に關する債權にして既に出訴の日以前より支拂時期を經過し被告に於て當然遲滯の責あるものなるか故に其正當なるや勿論なりとす云々