結納品なるものは一般の慣習として婚姻の意思表示と共に相手方へ贈與するものなれは縱令其婚姻が成立するに至らずして止みたりとするも之か爲め其結納品の取戻を請求するを得さるものとす
控訴人茨城縣久茲郡坂本村大字石名坂平民赤津常八控訴人右同所赤津熊藏右訴訟代理人辨護士清水有國被控訴人茨城縣久慈郡久米村大字玉造十八番地平民和田イネ右訴法代理人辨護士小沼操間に於ける明治三十五年(ネ)第一三一號物品引渡請求事件に付き東京控訴院民事第三部裁判長判事阪崎儁判事布施文四郎判事本橋啓吉判事平野正富判事藤瀬彌一郎の五氏は左の如く判决せり
(主文)本科控訴は之を棄却す、第二審の訴訟費用は控訴人の負擔とす
(事實)控訴人等は原判决の一部を廢棄し被控訴人より控訴人に對する鼠縮緬女袷一枚緋無垢一枚白無垢一枚繻珍女丸帶一筋の引渡の請求は不相立との判决を求むる旨を申立て被控訴人は控訴棄却の判决を求むる旨を申立てたり而して當事者事實上の主張は原判决に摘示する所と同一なるを以て茲に之を援用す、立證として當事者は各其利益の爲め原審の證人塙捨吉山崎昇の證言を援用し尚被控訴人は同審第一囘の辯論調書中被告(控訴人)代理人の陳述の一部を援用したり
(理由)控訴人熊藏と被控訴人との間に一旦婚姻の約束の成立したること係爭の證類四點は其際控訴人より結納として被控訴人に交付したるものなること并に婚姻は成立するに至らすして已みたることは當事者間に爭なき事實なりとす而して結納品は一般の慣習として婚姻の意思表示と共に相手方に贈與する處のものにして控訴人の主張なる如く婚姻の成立したる場合に於て贈與を爲すの目的を以て豫め相手方をして之を占有せしめ又は婚姻の成立せさりし場合には其返還を受くべきことを條件として相手方に贈與する所のものに非さるは勿論控訴人の立證に依りては控訴人より被控訴人に係爭物件を交付するに當り婚姻の成立せさりし場合には其返還を受くべき特約を爲したる旨の主張事實も亦之を認むることを得さるを以て右物件は授受の當時絶對に被控訴人の所有に歸したるものと認めさるを得す又控訴人常八は係爭物件を占有せさる旨を抗辯すれとも同人か控訴人家の戸主にして係爭物件か其家裡に存在することは控訴人等の爭はさる所なるのみならす證人山崎昇の證言に依れは控訴人等か其返還を拒みたることを認め得へきを以て控訴人常八控訴人熊藏と共に係爭物件を占有し居るものと認む以上の理由に依り被控訴人の請求を正當と認め主文の如く判决を爲す(五月十一日判定)