約束手形金請求事件
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法律新聞(新聞)87号7頁


約束手形に振出地現住所と記載し他の部分即振出人の肩書に東京市何町何番地とある以上は依て以て其振出地の東京市たるることを推知するに足るを以て振出地の要件を缺く無效の手形なりと云ふを得す
原告東京府北豐島郡日暮里村大字金杉百九十九番地平民小泉春三郎右訴訟代理人辯護士磯部馬太郎被告東京市下谷區仲根岸町七十一番地猪原作右訴訟代理人辯護士佐藤章次間の明治三十五年(子)第六〇八號約束手形金請求事件に東京地方裁判所民事第五部裁判長判事鈴木英太郎判事須賀喜三郎判事渡邊一郎の三氏は左の如く判决す
(主文)明治三十五年三月十七日本件に就き當裁判所か言渡したる缺席判决を維持す右缺席判决以後の訴訟費用も被告の負擔とす此判决は原告か執行前保證として金五十圓を供托するときは假りに執行することを得
(事實)被告は主文表示の缺席判决に對し故障を申立てたり原告一定の申立は被告は原告に對して金一百九十二圓を支拂ふへし訴訟費用は被告の負擔とすとの判决ありたしと云ふにあり尚保證を立つるを以て假執行の宣言ありたしと申立て其事實として被告は明治三十四年十二月二十三日付けを以て額面金百九十二圓滿期日明治三十四年十二月二十七日の約束手形を原告に宛て振出したるを以て原告は滿期日に至り該手形を呈示し被告に支拂を求めたるも被告は其支拂を爲さすと陳述し其立證方法として甲第一號證を提出し且檢眞の申立を爲したり被告一定の申立は原告の請求を棄却す訟眞費用は原告の負擔とすとの判决ありたしと云ふに在り而して其抗辯として被告は本件約束手形を振出したる事實なし若し假りに振出したる事實ありとするも本件約束手形は振出地の記載に於て不適式あるを以て此點に於て此手形を無效なりと陳述し甲第一號證は之を否認せり
(理由)本件故障は適法なり
本件の爭點は被告は本件約束手形を振出したる事實ありや及ひ本件約束手形は振出地の記載に於て不適式の記載ありやの二點なり當裁判所は原告の申立に依り甲第一號證の檢眞を爲す爲め之に對照すへき語辭の手記を被告に命したるに被告は充分なる辯解を爲さすして之に從はさりしを以て民事訴訟法第三百五十三條第五項に依り甲第一號證は之を眞正なりと看做したり從ふて甲第一號證に依る原告の主張は他に反證なき限りは眞實なりと認むることを得へきを以て被告か本件の約束手形を振出したる事實は之を眞實なりと認定す次に甲第一證に據るに振出地現住所と記載しあることは明瞭なる事實なるも仝書證の他の部分に振出人原猪作とある肩書に住所東京市下谷區中根岸町七十一番地と記載しあるを以て現住所とは東京市下谷區中根岸町七十一番地を意味する一の略語なることは手形面上より當然推測し得へきものとす從ふて本件約束手形は振出地として東京市を記載したる次第なるを以て此點に於て毫も不適法のことなし以上の理由により被告の抗辯は凡て不當なるを以て當裁判所は原告の請求を正當と認め民事訴訟法第二百六十一條第七十二條第一項第五百三條第一號の規定を適用し主文の如き判决を爲したり(四月二十八日判决)